あの後、私は鞄を持って校舎から出てしまった。
『最低だ、知りたいって思ったくせに。怖くなって逃げてくるなんて。』
頭上から冷たい物が落ちてきて、見上げると雨が降って来ていた。天気予報では雨は今日降らないはずなのに。
どんどん粒が大きくなり雨の量が増えてきて、仕方なく近くにあった公園のベンチで雨宿りすることにした。
「止みそうにないな」
周りには人影もなく、只々雨の音だけが響くばかりだった。
こんな事なら折り畳みを鞄に入れとくんだったと後悔しても、傘は全て家にあった。
ただ弱まるのを待つのも退屈だった私は、鞄にの中にある小説を取り出して読むことにした。
いつもは、読み始めると周囲の音が気にならないくらい集中できるのに、今日に限って中々自分の世界にのめり込むことが出来ずにいた。
「今は本を読む気分じゃないかも」
私の独り言は誰に聞かれるでもなく、全て雨にかき消されてしまった。
一気に何もやることがなくなった私は、さっきまで一緒にいた彼の事を思い返していた。何を伝えようとしてくれていたんだろう。
ベンチの上で横になり、今日の彼の言葉の意味を考えた。
あれから、何時間経っただろ。考えながら眠っていたみたいで雲はさっき見た時より大分暗くなっていた。
「何か、手が妙に暖かいな。カイロかなんか持って寝てたっけ」
ゆっくり体を起こして、眠気が覚め始めた時自分の手を見て驚いた。
「えっ。宮下くん!?」
「起きた?」
「て、て、手!」
「手繋いできたのはそっちからね」
「そうだったの!なんてことを....それより、何で宮下くんがいるの?」
「山中が出て行った後、雨が凄い降って来てたから心配になって。この辺り探したら見つかるかなって思って。見つけたはいいけど、よだれ垂らして寝てたからどうしようかなって」
「よだれ!?たれてたの?」
顔を確認できるものを鞄から探していると、横から笑い声が聞こえてきた。
「そんな、変な顔だった?」
「いや、めっちゃ必死過ぎてそれが面白かっただけ。垂れてなかったし、変な顔じゃなかった」
それを聞いて一安心した私は、探すのをやめた。
「なあ、さっきの話の続き知りたい?」
周囲の空気が一気に変わる。そして、学校にいた時と同じ様に不安そうな顔をしていた。
「宮下くんはどうなんですか?私は、言いたくないならこのままでもいいと思ってるよ。だから、つまり私はいくらでも待てるよってこと」
「....」
「私は、何があってもあなたとは、離れないし嫌いになんてならない」
「でも、さっき逃げたじゃん」
「確かに、信用できませんよね」
「信用はしてる。それにありがとう。そう言ってくれて心が少し軽くなった。」
「私は何も」
「ちゃんと言うよ。俺の秘密」
真剣な眼差しが逆に怖かった。内容によっては、話せなくなっちゃいそうで不安で仕方なかった。
「ちゃんと聞かせて。宮下くんのこと」
「俺、実は相手の気持ちが何となく分かるんだ。正確に言うと、人がもつオーラで分かる」
「オーラ?」
全てが繋がった。あの時私を見て不機嫌になった意味、心で思っていたことが彼にバレてた理由それは全てオーラで伝わっていたから。そして、続けて説明をされた。
「物心ついた時ぐらいから、人の後ろに色のついた靄みたいなのが現れる様になったんだ。その人の思いが強ければ強いほど色ははっきり見える。」
「色のついた靄?」
「うん。」
「両親には相談したの?」
「したよ。身内にも先生にも友達にも、だから皆俺から離れて行った。気づいたら、ずっと一人だった」
背中を押してあげられる言葉が見つからなかった私は彼から視線を外した。
「山中、そんな辛そうにしないで。もう過去の事だよ」
「でも、そのせいで宮下くんが辛い思いしてきたんでしょ?」
「確かに、化け物を見る様な目で見られた時は流石にショックだったけど、そればかりじゃなかったんだ」
「えっ?」
「小学生の頃その噂が広まって、一回転校をしたんだけどその先で皆と変わらずに接してくれた女の子がいたんだ。
その子は、もう俺の事覚えてないと思うけど」
「なんでそう思うの?」
「何となくかな」
遠くを見つめる宮下くんの目は凄く寂しそうに見えた。
一通り話が終わると、宮下くんは私を自宅まで送り届けてくれた。
帰り際に見た彼の後ろ姿は、目を離したら消えてしまいそうで目が離せなかった。