美術室で話しを終えた私たちは最終下校を知らせる放送を合図に、私は彼の片付けの手伝いをしていた。
その間、私たちの空気は静寂に包まれていて、私のうるさい心臓の音が彼に聞かれていたらどうしようと、そればかり考えていた。
片付けが終わり門の前で別れた私たちは何の言葉も交わすことなく、別々の道へ歩いていく。
帰宅後、ベットの上に身を投げた私はさっきの出来事を思い出して顔を熱くさせていた。
「私ってこんなに、ちょろかったんだ」
声に出した後布団に顔を埋めた私は、明日からの事を悩んでいた。彼は、普段通り私とは一切会話はしないだろうから大丈夫だろうけど、初めての感情でどうするのが正解か分からない。
彼の事が知りたい。今は、ただその思いだけで頭がいっぱいだった。
次の日の朝、学校に着いた私は自分の席に座り小説を読んでいた。隣に人影が見えて顔を上げて、その方向を見た私に少し驚いたのか、「おっ」と声を出す彼を見て自然と笑みが零れた。
「おはよう」
「あ、うん。おはよ」
返してくれた。それだけなのに、心が軽く跳ねた。
「小春~!」
聞きなれた明るい声が聞こえて私は振り返った。
「あっ、実花ちゃんおはよう」
「私もいるんだけど」
「麻里ちゃんもおはよ」
「ところでさ、小春昨日何時まで学校にいたの?」
「昨日は、最終下校までいまして」
「えっ!?また何でそんな時間まで?」
「小説読んでたら、つい没頭しちゃいまして」
二人は顔を合わせて、呆れていた。
「小春らしいけどね。小説が友達みたいなところ高一の頃からあったし。でも夜遅くなり過ぎたら危ないよ」
「そそ、麻里の言う通りだよ~!ちなみに、今日も残る感じ?」
「うん、そのつもりだよ!昨日ほとんど読み終わっちゃってね新しいの持って来たんだ!」
すると、良い事を思いついたと言わんばかりに顔がパーッと明るくなった実花ちゃんに、嫌な予感しかしなかった。
「ねね、じゃあさ久々一緒に買い物行こ!」
やっぱりだ。買い物が嫌いとかではなく、実花ちゃんたちと行くと話や好みが合わなくて、いつも一人で買い物に来てるみたいな感じになるから苦手だった。
麻里ちゃんも賛成派なのか、頷いていた。
「小春さ、服全然持ってないし私と麻里で一緒に行って決めたげる」
大きなお世話だと内心思ったが、ここで断ると二人の気持ちを無下にするみたいで申し訳なくて、私も首を縦に振るしかなかった。
「じゃあ、帰り一人じゃなきゃいいの?」
私たちの話に割って入って来たのは、誰でもない彼だった。
「ゲッ」
実花ちゃんが短く、それでも誰が聞いても嫌というのが分かる声を出していた。
「俺、いつも最終下校の時間まで学校にいるから、そんなに心配なら山中の事送っていくけど」
「いや、なしでしょ。あんた、初日小春の事無視してなかった?」
「したけど」
「そんな奴に任せられないって言ってんの」
「めんどくせーな。あんたら、自分たちの意見押し付けすぎ。山中は、そんな小さい子供じゃないんだぞ」
段々ややこしくなっていきそうな会話に、私は内心焦る事しか出来ずにいた。
「小春はどっちが正しいと思うの?」
「そうだよ、小春は当然私たちの方だよね?」
「私は、」
普段から自分の本心を相手に伝えるのは苦手だった。周りに合わせている方が、危ない道を渡らなくて済むし嫌われることもなくて楽だから、合わせていた。でも、ずっと変わりたいって心のどこかで思っていた。
変わるなら今しかないかもしれない。
「私は、どっちが正しいとかはよく分からないけど、私は私が行きたいと思った方に行きたいから。ごめん、二人とは今日帰れない。」
言ってしまった。でも、なんだか気持ちがスーッと軽くなった気がした。
「そっか。まあ、なら小春の好きにしな。一緒に帰るなんていつでも出来るし」
「麻里ちゃん、ありがとう」
そう言うと二人は自分の席へ帰っていった。
一気に緊張が解けた私は、大きく深呼吸をした。言えて良かった。
「良かったな。言えて。」
「うん。初めて自分の意見言えたよ。今までは言ったら嫌われると思って合わせてたから」
「自分の意見を言う為に口がついてるんだから、これからは自分を出してけよ」
何だろう、彼のオーラも昨日私と会話してから、柔らかくなった気がする。
今日も眠くなるような授業を全てクリアし、ホッと一息ついていた。
「おい」
「どうしたの?」
「今日、美術室で小説読むか?」
聞き間違いかと思い、もう一度聞いてみる事にした。
「えっ、今なんて言ったの?」
「だから、美術室で小説読んでもいいって言ったの」
「いいの?邪魔にならない?」
「山中、美術室で叫んだりするつもりなの?それなら、確かに無理だな」
「叫ばないよ!そんな子供じゃないよ」
なんでだろう、彼といる時だけは自然体の私でいられる。楽しいって心から思える。
「じゃあ、来る?」
「うん。行こうかな」
美術室に到着した私は、彼が運んでいた絵をまじまじと見た。
「綺麗な作品だね。ずっと気になってたんだけど、美術部なの?」
「違うよ。趣味というか、山中と理由一緒かな。何も考えずに自分の世界に浸っていられるからかな」
「そうだったんだ」
「俺、教室にいる時とか別人みたいだろ」
「確かに。ちょっと怖いかも」
その後、中々返事が返って来なかったので、怒らしたかもと振り返ってみると彼は何かに迷っているようだった。腹が決まったのか私の目を見た。
「俺がもし、皆とは違うって言ったら山中は離れていくか?」
言っていることが理解できずに、ただ呆然と立っていた私に歩み寄り苦笑いを浮かべた彼に対し、何も言ってあげられなかった。
「ごめん。変なこと言ったよな。話して間もない奴にこんなこと言われても困るよな。でも山中だけだったんだ。あの日も、いつもみたいに諦めてたんだ。皆に意味もなく嫌われて一人なんだろうなって、だけど山中が一生懸命俺に声をかけてくれて凄く嬉しかったんだ。」
私の頭が、彼の話している内容に追いつかない。それでも聞きたかった事を声に出して伝えた。
「嬉しかったなら、なんで偽善者って言ったの?」
「それは、今はまだ言えない。」
「さっき言ってた皆とは違うから?」

静かに頷いた、彼の表情は辛そうで、今にでも消えてなくなってしまいそうな気がして胸が苦しくなった。