昼休みになったので、涼佑と直樹は学校の中庭で真奈美達と弁当を広げる。今日は天気が良いからここにしたいと女子達による提案があったからだ。運良く、空いているスペースに汚れないよう、それぞれ対策をして座る。絢に情報収集も兼ねていると耳打ちされ、男子二人が疑問符を浮かべたところで、すぐにその訳が分かった。女子達の噂の渦中にいる人物、夏神明孝が中庭に入場してきたからである。彼の姿を認めると、中庭にいた女子は全員そちらへちらりと視線を送る。その中には当然ながら真奈美達も含まれており、それを見た直樹は些かショックを受けたようだった。持っていた自分の弁当箱の包みに顔を突っ伏して力なく呟く。
「なんで、いっつもいっつもあいつばっかり……」
「あ、青谷さん!」
夏神がこちらに気付いて手を振り、歩いてくる。その動きに周りの女子達はもちろん、直樹も瞬時に顔を上げ、目つきだけで威嚇し出した。猛獣の如く、夏神を睨み付ける直樹の前に「どうどう」と涼佑が入って視線を切ってやる。そうしないと、今にも飛びかかって行きそうだ。夏神に呼ばれた真奈美本人は、いつもの無表情で彼を迎える。ただ、何故自分に話し掛けてくるのか分からないとでも言うように、不思議そうに首を傾げてはいたが。にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべて輪に入った夏神は、当たり前のように真奈美の隣に腰を下ろす。予想外の行動に、今度こそ周囲の女子達と直樹はそれぞれの敵をはっきりと認識した。夏神は周囲の注目を特に気にした様子も無く、手に持っていたコンビニ袋の中身を広げだした。
「夏神君、どうして……」
不思議そうな真奈美にコンビニ袋の中身を広げ終わった夏神は彼女へ顔を向け、安心させるように微笑む。
「前から君とは話してみたかったんだ。君って何かとちょくちょく話題になる人だし」
さらりとそんなことを言ってのける夏神の台詞に、言い様の無いむず痒さを覚えた直樹は思わず傍に生えていた木に体当たりしては、無意味に痛がっていた。そんな彼を尚も涼佑が宥めにかかっている。
夏神の台詞に絢と友香里が頬を染め、密かにきゃあきゃあと盛り上がる。しかし、真奈美だけは何も変わらずに不思議そうに「そうなの?」と訊くだけだ。周りのことに些か鈍感な彼女にもめげず、夏神は「そうだよ」と可笑しそうに笑う。それがまた爽やかなせいで、益々「何よ、あの男ぉ……!」と直樹の恨みを買っていた。それを知ってか知らずか、夏神は唐突に涼佑達の方を向いてにこやかに誘ってきた。
「もし良かったら、そっちの二人もどう?」
なんで後から来たお前が仕切ってんだと思った涼佑だったが、直樹は違ったようで今や完全に心が女生徒と化している彼は、わざとらしく顔を背けてから「ふ、ふんっ! そこまで言うなら、座ってやろうじゃないっ!」と謎のオネエ現象に見舞われていた。直樹は対抗するように夏神の隣に座ったが、すぐに絢に無理矢理退かされ、すごすごと涼佑の隣に来た。とうとう惨めに泣き真似を始めてしまった直樹を受け止め、落ち着くよう背中を摩ってやる涼佑。その姿に引いていた絢は気を取り直して、夏神へ向き直る。
「夏神君が来てくれるなんて思わなかったぁ~。風邪で寝込んでたって聞いてたけど、もう大丈夫なの?」
今まで聞いたことの無い猫撫で声を出す絢に若干、引く涼佑と直樹。そんな二人とは対照的に夏神はそんな彼女へ目を向け、また女殺しの笑顔を浮かべる。
「隣のクラスまで僕の話、行ってたの? へへ、何だか恥ずかしいなぁ。でも、心配してくれてありがとう。白石さん」
「い、いいのっ。もう大丈夫なら、いいのっ。良かったぁ」
「夏神くん、真奈美と話したいっていうのは、どういう?」
今度は絢とは反対側、真奈美の隣に座っている友香里が質問する。夏神は常のように友香里の方へ向き直って答える。彼はいつも誰に対しても誠実な対応をしている。それが彼の最も好ましいと思われる由縁だ。そういう細やかさが自分達には足りないんだろうなと、涼佑は隣で悔しさに歯噛みしている直樹を見てそう思った。
「ああ、そうそう。今朝、見たネットニュースの記事を受けて面白い噂を聞いたからだよ」
夏神はそう言うと、制服のポケットから自分のスマホを取り出して、あるネットニュースを表示させ、真奈美に見せる。夏神とくっ付けるチャンスだと思ったらしい絢は、ここぞとばかりにスマホの画面を覗くついでに肩を密着させた。
画面にはある小さな記事が映っている。その内容は正直、あまり気持ちの良いものではなかった。要約すると、アパートの一室でバラバラになった男の死体が発見されたというものだった。犯人がどこから侵入し、どのように殺害し、どのように現場を去ったのか、何も分からないようだ。スマホをしまう為、真奈美から離れる夏神の動きに合わせて、内容に眉を顰めながらも絢も同じように離れる。依然として無表情のまま、真奈美は「それで、その噂って?」と先を促す。夏神は頷くと、スマホの画面を消して仕舞った。
「うん。青谷さんは聞いたこと無い? 『鹿島さん』の噂」
「――昔からある話なら」
「へぇ、そうなんだ。そっちは僕は知らないな。もし、差し支え無ければ、教えてくれない?」
「うん。私の聞いた話では――」
真奈美の口から語られた噂の内容はあまりにも希望が無い内容だった。
自分の美しさに絶対の自信を持っていたある女生徒が、数人の男達に強姦された挙げ句、四肢を銃で撃たれてしまい、切断するしかない程の怪我を負って歩けなくなった。自分にはもう普通の人間としての先が無いと悟った彼女は、退院したその日に鉄橋の上から身を投げて電車に轢かれ、自殺した。彼女の死体はバラバラになり、あちこちに散らばったが、何故か頭と胴体だけはどうしても見付からなかった。
しかし、この話はここで終わりではない。この一連の事件はあくまでも、『ある女生徒』が『鹿島さん』に至るまでの原因の話でしかないのだ。この事件後、ある噂が囁かれるようになった。妙な光を目撃した次の日に目撃者が死亡したという噂。しかも、それは一人二人の話ではなく、数人、それも定期的に起こるのだそうだ。ある刑事がこの噂及び事件を連続殺人事件として扱い、本格的に調査に乗り込んだ。調査を続けていくにつれて、ある事実が浮かび上がる。妙な光だと思っていたのは、首と四肢を切り落とされた女の胴体が周囲の光を受けて這いずり回っていた際、その肌や断面が反射していた光であったこと、その胴体に出会った場所を点として地図上で線で結ぶと、丁度胴体の形になる、というものだ。
この『鹿島さん』から逃れる方法は何通りかある。一つは最初に胴体が現れた時、「鹿島さん、鹿島さん、鹿島さん」と三回唱えること。これは彼の怪異が現れた際に祈ると良いとされている神の名だそうだ。他にも『鹿島さん』は夢の中にも現れる。夢の中で彼女はこちらに手足に関する質問をいくつかしてくるが、その全てに「今、使っています」や「今必要です」と答えねばならない。答えなければ、手足を捥ぎ取られてしまうということらしい。
真奈美から噂の内容を聞いた夏神は興味深そうにうんうんと頷き、何事か考えているようだった。何も答えない彼に少し不安になったらしい真奈美がその端正な顔を覗き込む。
「大丈夫? 私の話、おかしいところあった?」
「ん? ああ、大丈夫。僕にはその話がどこまで正しいかはよく分からないけどね」
真奈美に顔を覗き込まれて、漸く我に返った夏神は彼女の不安を払拭しようと、微笑んだ。
「なんで、いっつもいっつもあいつばっかり……」
「あ、青谷さん!」
夏神がこちらに気付いて手を振り、歩いてくる。その動きに周りの女子達はもちろん、直樹も瞬時に顔を上げ、目つきだけで威嚇し出した。猛獣の如く、夏神を睨み付ける直樹の前に「どうどう」と涼佑が入って視線を切ってやる。そうしないと、今にも飛びかかって行きそうだ。夏神に呼ばれた真奈美本人は、いつもの無表情で彼を迎える。ただ、何故自分に話し掛けてくるのか分からないとでも言うように、不思議そうに首を傾げてはいたが。にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべて輪に入った夏神は、当たり前のように真奈美の隣に腰を下ろす。予想外の行動に、今度こそ周囲の女子達と直樹はそれぞれの敵をはっきりと認識した。夏神は周囲の注目を特に気にした様子も無く、手に持っていたコンビニ袋の中身を広げだした。
「夏神君、どうして……」
不思議そうな真奈美にコンビニ袋の中身を広げ終わった夏神は彼女へ顔を向け、安心させるように微笑む。
「前から君とは話してみたかったんだ。君って何かとちょくちょく話題になる人だし」
さらりとそんなことを言ってのける夏神の台詞に、言い様の無いむず痒さを覚えた直樹は思わず傍に生えていた木に体当たりしては、無意味に痛がっていた。そんな彼を尚も涼佑が宥めにかかっている。
夏神の台詞に絢と友香里が頬を染め、密かにきゃあきゃあと盛り上がる。しかし、真奈美だけは何も変わらずに不思議そうに「そうなの?」と訊くだけだ。周りのことに些か鈍感な彼女にもめげず、夏神は「そうだよ」と可笑しそうに笑う。それがまた爽やかなせいで、益々「何よ、あの男ぉ……!」と直樹の恨みを買っていた。それを知ってか知らずか、夏神は唐突に涼佑達の方を向いてにこやかに誘ってきた。
「もし良かったら、そっちの二人もどう?」
なんで後から来たお前が仕切ってんだと思った涼佑だったが、直樹は違ったようで今や完全に心が女生徒と化している彼は、わざとらしく顔を背けてから「ふ、ふんっ! そこまで言うなら、座ってやろうじゃないっ!」と謎のオネエ現象に見舞われていた。直樹は対抗するように夏神の隣に座ったが、すぐに絢に無理矢理退かされ、すごすごと涼佑の隣に来た。とうとう惨めに泣き真似を始めてしまった直樹を受け止め、落ち着くよう背中を摩ってやる涼佑。その姿に引いていた絢は気を取り直して、夏神へ向き直る。
「夏神君が来てくれるなんて思わなかったぁ~。風邪で寝込んでたって聞いてたけど、もう大丈夫なの?」
今まで聞いたことの無い猫撫で声を出す絢に若干、引く涼佑と直樹。そんな二人とは対照的に夏神はそんな彼女へ目を向け、また女殺しの笑顔を浮かべる。
「隣のクラスまで僕の話、行ってたの? へへ、何だか恥ずかしいなぁ。でも、心配してくれてありがとう。白石さん」
「い、いいのっ。もう大丈夫なら、いいのっ。良かったぁ」
「夏神くん、真奈美と話したいっていうのは、どういう?」
今度は絢とは反対側、真奈美の隣に座っている友香里が質問する。夏神は常のように友香里の方へ向き直って答える。彼はいつも誰に対しても誠実な対応をしている。それが彼の最も好ましいと思われる由縁だ。そういう細やかさが自分達には足りないんだろうなと、涼佑は隣で悔しさに歯噛みしている直樹を見てそう思った。
「ああ、そうそう。今朝、見たネットニュースの記事を受けて面白い噂を聞いたからだよ」
夏神はそう言うと、制服のポケットから自分のスマホを取り出して、あるネットニュースを表示させ、真奈美に見せる。夏神とくっ付けるチャンスだと思ったらしい絢は、ここぞとばかりにスマホの画面を覗くついでに肩を密着させた。
画面にはある小さな記事が映っている。その内容は正直、あまり気持ちの良いものではなかった。要約すると、アパートの一室でバラバラになった男の死体が発見されたというものだった。犯人がどこから侵入し、どのように殺害し、どのように現場を去ったのか、何も分からないようだ。スマホをしまう為、真奈美から離れる夏神の動きに合わせて、内容に眉を顰めながらも絢も同じように離れる。依然として無表情のまま、真奈美は「それで、その噂って?」と先を促す。夏神は頷くと、スマホの画面を消して仕舞った。
「うん。青谷さんは聞いたこと無い? 『鹿島さん』の噂」
「――昔からある話なら」
「へぇ、そうなんだ。そっちは僕は知らないな。もし、差し支え無ければ、教えてくれない?」
「うん。私の聞いた話では――」
真奈美の口から語られた噂の内容はあまりにも希望が無い内容だった。
自分の美しさに絶対の自信を持っていたある女生徒が、数人の男達に強姦された挙げ句、四肢を銃で撃たれてしまい、切断するしかない程の怪我を負って歩けなくなった。自分にはもう普通の人間としての先が無いと悟った彼女は、退院したその日に鉄橋の上から身を投げて電車に轢かれ、自殺した。彼女の死体はバラバラになり、あちこちに散らばったが、何故か頭と胴体だけはどうしても見付からなかった。
しかし、この話はここで終わりではない。この一連の事件はあくまでも、『ある女生徒』が『鹿島さん』に至るまでの原因の話でしかないのだ。この事件後、ある噂が囁かれるようになった。妙な光を目撃した次の日に目撃者が死亡したという噂。しかも、それは一人二人の話ではなく、数人、それも定期的に起こるのだそうだ。ある刑事がこの噂及び事件を連続殺人事件として扱い、本格的に調査に乗り込んだ。調査を続けていくにつれて、ある事実が浮かび上がる。妙な光だと思っていたのは、首と四肢を切り落とされた女の胴体が周囲の光を受けて這いずり回っていた際、その肌や断面が反射していた光であったこと、その胴体に出会った場所を点として地図上で線で結ぶと、丁度胴体の形になる、というものだ。
この『鹿島さん』から逃れる方法は何通りかある。一つは最初に胴体が現れた時、「鹿島さん、鹿島さん、鹿島さん」と三回唱えること。これは彼の怪異が現れた際に祈ると良いとされている神の名だそうだ。他にも『鹿島さん』は夢の中にも現れる。夢の中で彼女はこちらに手足に関する質問をいくつかしてくるが、その全てに「今、使っています」や「今必要です」と答えねばならない。答えなければ、手足を捥ぎ取られてしまうということらしい。
真奈美から噂の内容を聞いた夏神は興味深そうにうんうんと頷き、何事か考えているようだった。何も答えない彼に少し不安になったらしい真奈美がその端正な顔を覗き込む。
「大丈夫? 私の話、おかしいところあった?」
「ん? ああ、大丈夫。僕にはその話がどこまで正しいかはよく分からないけどね」
真奈美に顔を覗き込まれて、漸く我に返った夏神は彼女の不安を払拭しようと、微笑んだ。