「いや、でも、オレは『あいつ』さえ居なくなってくれれば、それでいいから」
「あ、そっか。そうだよね。巫女さんに憑いてもらったのって、そういう話だったし。ごめん。余計なこと言っちゃった」
「いいよ、別に。オレもちょっと考えたけど、オレには荷が重過ぎるから」
少しだけ落胆する友香里に涼佑は何か言葉を掛けるべきかと悩んだが、何も出てこない。何だか彼女とは昨日から謝り合ってばかりだと思っていると、少し気まずくなる空気を一掃するように、絢が一度手を叩いてある提案をした。
「連絡先交換しとこ。あたしとはしたけど、真奈美と友香里とはまだしてないよね? 新條達」
彼女の言葉にそういえばと涼佑と直樹は自分のスマホを取り出した。メイムの連絡先一覧を見ると、確かに真奈美と友香里の名前は無い。していないと二人が報告すると、真奈美と友香里はおずおずと自分のスマホを近付けてくる。
「あ、コードでやる?」
「振るやつをやってみたいの」
何だか若干わくわくしている様子の真奈美を見て、絢が「ああ。真奈美、振るのやったこと無いもんね」と言ったので、何故彼女がスマホを近づけて来たのか納得した。しかし、コードで交換する方法とは違って、振るやつはあまり感度が良くない。
真奈美と涼佑の二人でスマホを左右に振るという傍から見たら、異様な光景であろう手順を踏む。しかし、やっぱり振るやつは感度が良くないのか、彼のスマホに真奈美のIDは届かなかった。
「新條君の来ない……」
「オレんとこにも来ない。青谷、やっぱコードでやろう?」
「………………うん」
少しの間、「納得できかねる」と言いたげな顔をしていた真奈美だったが、渋々コードで交換した。友香里とも同じように交換する。雨に降られた犬のようにあまりにも真奈美が落ち込んでるので、「どんだけやりたかったんだよ」と直樹に言われていた。
「これで何かあった時、すぐ連絡できるね」
「あの、新條君」
真奈美がまたおずおずと、今度は小さく挙手したので、涼佑は努めて優しく「なに?」と返すと、彼女はぐっと意を決したように一瞬、口を引き結んでから言った。
「な、まえで呼んで、いい? その、連絡先を交換したら、友達だから……」
一瞬、「何、その謎ルール」と飛び出しそうになった言葉を、涼佑は慌てて飲み込む。彼にとっては謎極まりないルールでも、真奈美にとっては違うかもしれないと考えたからだ。何より、精一杯の勇気を振り絞って言い出したであろう彼女の気持ちを裏切りたくない。涼佑の反応を窺っている真奈美に、彼は快く「いいよ」と伝えた。
「オレのことも好きに呼んでいいから」
「じゃあ、りょ……涼佑、君って呼ぶね」
「じゃあ、オレも真奈美って呼ぶな」
「うん」
「別にりょーちゃんでも良いと思うけどな。おれは」
「小さい頃のあだ名止めろ」
すかさず、茶々を入れてくる直樹の脇腹を涼佑が肘でつついてやると、彼は「止めろや」と冗談っぽく言って身を引いた。追撃しようかどうしようか涼佑が迷っていると、感慨深そうな真奈美の呟きが聞こえてきた。
「初めてできた……男友達」
本人は気付いているのか、いないのか。自分のスマホを大事そうに見つめる真奈美は、いつもの無表情が少し崩れて、薄く微笑んでいた。真奈美と話すようになるまでは分からなかったが、彼女は案外と年相応の反応をする。しかし、そこで涼佑は当然かと思い直す。彼女も自分達と同い年で、何も特別なことは無いのだから、と。
真奈美とのやり取りを皮切りに、他の面々もお互いに名前呼びを定着させようという流れになり、そのついでにまだ連絡先を交換していない者同士で交換を済ませた。これで何かあってもすぐに全員と連絡がつく態勢が整うと、絢が本題に入る。
「んでさ、ここからが問題だよ。涼佑に憑いてる霊をどう祓うか」
早速名前呼びをする絢。彼女によって挙げられた本日の議題に、一同は考え込んでしまう。生憎とオカルト方面の知識が皆無な涼佑と直樹は、こういう時は何の戦力にもなれない。解決策が何も出ないまま、数秒が過ぎたところで真奈美が一つ提案した。
「逆に今の時点で分かってることから考えてみない? 今の私達に何ができそうか」
「確かに」
「流石」
ノートを貸して欲しいと言う真奈美に涼佑が自分のノートを渡すと、彼女は彼がまとめたページを全員に見えるように持って、霊の特徴をまとめた箇所を見る。その中のある一文に彼女は目を留めた。
「あ、ここ。妖域を作り出す霊は強い思いが原因って書いてある。巫女さんと涼佑君が協力して祓えるのは、この妖域ができた時でしょう? まずは涼佑君に憑いてる霊が何者で、どんな思いがあるのか調べてみない? これが分かれば、妖域が作られて祓えるんじゃないかな」
「なるほど。出ないんなら、こっちで作っちゃおうってことか」
「そういや、涼佑。昨日聞いた話だと、ちょっとだけ姿見えたんだよな? 誰とか、分かんなかったの?」
直樹の質問に涼佑は凄まじい嫌悪感を覚えながらも、今まであの影が現れた時のことを思い返してみる。彼の前に度々現れる『あの影』。あれが何者なのかなど、できれば考えたくないと思う涼佑だが、考えない訳にはいかない。
彼より小柄で、頭から水を被ったように全身ずぶ濡れで、髪が短くて、制服を着た――
「っ! そうだ、あいつ……!」
涼佑はそこで漸く思い出した。何故今まで忘れていたんだと彼は己の鈍感さを心底悔やむ。しかし、すぐに思い直す。そんな訳が無いと頭は現実を否定する。何かの間違いだと思いたいが、ある一つの仮説を言うしかない。先を目で促す一同に、彼は自分でも驚く程暗い声で言った。
「『あいつ』、うちの高校の制服着てた……」
そう言うと、今度は彼の記憶は鮮やかにあの姿を思い返すことができる。何故、忘れていたのか、全く分からない。いや、そんなことどうでもいいと原因を追及することは止めた。目下の問題はあれが誰なのか。今、この場においてはそちらの方が重要だ。
「ねぇ、涼佑君。その子、男子? 女子?」
「……女子だったよ。あれは……あいつは多分…………樺倉だ。樺倉望」
彼の殆ど確信に満ちた言葉に、両手で顔を覆っても、皆が息を飲むのが分かった。樺倉望。彼の祖母の葬式に告白してきた女の子。その次の日に氾濫した川に落ちて亡くなった子だ。よく考えてみたら、涼佑は彼女の通夜にも葬式にも行ってない。それで恨まれてるのかと彼は思った。
「どうしてそう思うの?」
「…………あの日、ばあちゃんの葬式の日に、樺倉に告白されたんだ。でも、オレ断って、そのまま……」
後は皆の知ってる通りだと言外でしか言えない涼佑の背中を、直樹が擦ってくれた。泣くつもりなんて無かった彼の目には後から後から勝手に涙が出てくる。それを手で拭いつつ、涼佑はあの日のことを詳しく説明する。
「オレ、樺倉が亡くなったって聞いたその日に、あいつと何度か遭遇して、そのまま真奈美達に相談したから、通夜にも葬式にも行ってなくて、それで……」
「じゃあ、涼佑に憑いてるのって、マジで樺倉?」
重い沈黙が流れる。それはそうだろう。涼佑に憑いている厄介な霊がもしかしたら、亡くなった同級生かもしれないなど、取り憑かれている彼自身もどう反応していいか分からない。しかし、いつまでも押し黙っている訳にもいかないので、気を取り直した直樹が言い出した。
「巫女さんは何か分かんねぇの? そいつが誰とか」
直樹の質問に隣に出てきた巫女さんが答えた。
「私を下ろす前に死んだ奴のことなんて、分かる訳無いだろ」
「巫女さんがいない間のことは分かんないって」
「あー。まぁ、そりゃそうか」
「ただ、そいつ、いつもお前のすぐ近くにいるぞ。涼佑」
「は?」
聞こえてきた不穏の塊に、涼佑は思わず巫女さんを見る。彼の顔色がさっと変わったのを見て、直樹達はすかさず食いついた。一瞬、そちらに気を取られた涼佑だったが、それに構わず、巫女さんは続ける。
「お前、最近姿が見えないからって油断してるだろ。見えなくてもいるんだよ。今は私が近くにいるから姿を見せないだけで、ずっとお前を見てる」
真奈美の家で見た、あの生気の無い真っ黒な目がフラッシュバックして、涼佑はそれを振り払うように耳を塞ぎ、精一杯声を張り上げた。
「やめろよっ!!」
突然、大声を出した涼佑に全員驚いたのが彼には気配で分かったが、頭の中はそれどころではないので、構っている余裕が一気に失われる。緊張と恐怖、ストレスで早くなる呼吸を整えようとしている彼に、巫女さんは死刑宣告のように淡々と告げた。
「そうやってお前が逃げている限り、この地獄は続くぞ」
「あ、そっか。そうだよね。巫女さんに憑いてもらったのって、そういう話だったし。ごめん。余計なこと言っちゃった」
「いいよ、別に。オレもちょっと考えたけど、オレには荷が重過ぎるから」
少しだけ落胆する友香里に涼佑は何か言葉を掛けるべきかと悩んだが、何も出てこない。何だか彼女とは昨日から謝り合ってばかりだと思っていると、少し気まずくなる空気を一掃するように、絢が一度手を叩いてある提案をした。
「連絡先交換しとこ。あたしとはしたけど、真奈美と友香里とはまだしてないよね? 新條達」
彼女の言葉にそういえばと涼佑と直樹は自分のスマホを取り出した。メイムの連絡先一覧を見ると、確かに真奈美と友香里の名前は無い。していないと二人が報告すると、真奈美と友香里はおずおずと自分のスマホを近付けてくる。
「あ、コードでやる?」
「振るやつをやってみたいの」
何だか若干わくわくしている様子の真奈美を見て、絢が「ああ。真奈美、振るのやったこと無いもんね」と言ったので、何故彼女がスマホを近づけて来たのか納得した。しかし、コードで交換する方法とは違って、振るやつはあまり感度が良くない。
真奈美と涼佑の二人でスマホを左右に振るという傍から見たら、異様な光景であろう手順を踏む。しかし、やっぱり振るやつは感度が良くないのか、彼のスマホに真奈美のIDは届かなかった。
「新條君の来ない……」
「オレんとこにも来ない。青谷、やっぱコードでやろう?」
「………………うん」
少しの間、「納得できかねる」と言いたげな顔をしていた真奈美だったが、渋々コードで交換した。友香里とも同じように交換する。雨に降られた犬のようにあまりにも真奈美が落ち込んでるので、「どんだけやりたかったんだよ」と直樹に言われていた。
「これで何かあった時、すぐ連絡できるね」
「あの、新條君」
真奈美がまたおずおずと、今度は小さく挙手したので、涼佑は努めて優しく「なに?」と返すと、彼女はぐっと意を決したように一瞬、口を引き結んでから言った。
「な、まえで呼んで、いい? その、連絡先を交換したら、友達だから……」
一瞬、「何、その謎ルール」と飛び出しそうになった言葉を、涼佑は慌てて飲み込む。彼にとっては謎極まりないルールでも、真奈美にとっては違うかもしれないと考えたからだ。何より、精一杯の勇気を振り絞って言い出したであろう彼女の気持ちを裏切りたくない。涼佑の反応を窺っている真奈美に、彼は快く「いいよ」と伝えた。
「オレのことも好きに呼んでいいから」
「じゃあ、りょ……涼佑、君って呼ぶね」
「じゃあ、オレも真奈美って呼ぶな」
「うん」
「別にりょーちゃんでも良いと思うけどな。おれは」
「小さい頃のあだ名止めろ」
すかさず、茶々を入れてくる直樹の脇腹を涼佑が肘でつついてやると、彼は「止めろや」と冗談っぽく言って身を引いた。追撃しようかどうしようか涼佑が迷っていると、感慨深そうな真奈美の呟きが聞こえてきた。
「初めてできた……男友達」
本人は気付いているのか、いないのか。自分のスマホを大事そうに見つめる真奈美は、いつもの無表情が少し崩れて、薄く微笑んでいた。真奈美と話すようになるまでは分からなかったが、彼女は案外と年相応の反応をする。しかし、そこで涼佑は当然かと思い直す。彼女も自分達と同い年で、何も特別なことは無いのだから、と。
真奈美とのやり取りを皮切りに、他の面々もお互いに名前呼びを定着させようという流れになり、そのついでにまだ連絡先を交換していない者同士で交換を済ませた。これで何かあってもすぐに全員と連絡がつく態勢が整うと、絢が本題に入る。
「んでさ、ここからが問題だよ。涼佑に憑いてる霊をどう祓うか」
早速名前呼びをする絢。彼女によって挙げられた本日の議題に、一同は考え込んでしまう。生憎とオカルト方面の知識が皆無な涼佑と直樹は、こういう時は何の戦力にもなれない。解決策が何も出ないまま、数秒が過ぎたところで真奈美が一つ提案した。
「逆に今の時点で分かってることから考えてみない? 今の私達に何ができそうか」
「確かに」
「流石」
ノートを貸して欲しいと言う真奈美に涼佑が自分のノートを渡すと、彼女は彼がまとめたページを全員に見えるように持って、霊の特徴をまとめた箇所を見る。その中のある一文に彼女は目を留めた。
「あ、ここ。妖域を作り出す霊は強い思いが原因って書いてある。巫女さんと涼佑君が協力して祓えるのは、この妖域ができた時でしょう? まずは涼佑君に憑いてる霊が何者で、どんな思いがあるのか調べてみない? これが分かれば、妖域が作られて祓えるんじゃないかな」
「なるほど。出ないんなら、こっちで作っちゃおうってことか」
「そういや、涼佑。昨日聞いた話だと、ちょっとだけ姿見えたんだよな? 誰とか、分かんなかったの?」
直樹の質問に涼佑は凄まじい嫌悪感を覚えながらも、今まであの影が現れた時のことを思い返してみる。彼の前に度々現れる『あの影』。あれが何者なのかなど、できれば考えたくないと思う涼佑だが、考えない訳にはいかない。
彼より小柄で、頭から水を被ったように全身ずぶ濡れで、髪が短くて、制服を着た――
「っ! そうだ、あいつ……!」
涼佑はそこで漸く思い出した。何故今まで忘れていたんだと彼は己の鈍感さを心底悔やむ。しかし、すぐに思い直す。そんな訳が無いと頭は現実を否定する。何かの間違いだと思いたいが、ある一つの仮説を言うしかない。先を目で促す一同に、彼は自分でも驚く程暗い声で言った。
「『あいつ』、うちの高校の制服着てた……」
そう言うと、今度は彼の記憶は鮮やかにあの姿を思い返すことができる。何故、忘れていたのか、全く分からない。いや、そんなことどうでもいいと原因を追及することは止めた。目下の問題はあれが誰なのか。今、この場においてはそちらの方が重要だ。
「ねぇ、涼佑君。その子、男子? 女子?」
「……女子だったよ。あれは……あいつは多分…………樺倉だ。樺倉望」
彼の殆ど確信に満ちた言葉に、両手で顔を覆っても、皆が息を飲むのが分かった。樺倉望。彼の祖母の葬式に告白してきた女の子。その次の日に氾濫した川に落ちて亡くなった子だ。よく考えてみたら、涼佑は彼女の通夜にも葬式にも行ってない。それで恨まれてるのかと彼は思った。
「どうしてそう思うの?」
「…………あの日、ばあちゃんの葬式の日に、樺倉に告白されたんだ。でも、オレ断って、そのまま……」
後は皆の知ってる通りだと言外でしか言えない涼佑の背中を、直樹が擦ってくれた。泣くつもりなんて無かった彼の目には後から後から勝手に涙が出てくる。それを手で拭いつつ、涼佑はあの日のことを詳しく説明する。
「オレ、樺倉が亡くなったって聞いたその日に、あいつと何度か遭遇して、そのまま真奈美達に相談したから、通夜にも葬式にも行ってなくて、それで……」
「じゃあ、涼佑に憑いてるのって、マジで樺倉?」
重い沈黙が流れる。それはそうだろう。涼佑に憑いている厄介な霊がもしかしたら、亡くなった同級生かもしれないなど、取り憑かれている彼自身もどう反応していいか分からない。しかし、いつまでも押し黙っている訳にもいかないので、気を取り直した直樹が言い出した。
「巫女さんは何か分かんねぇの? そいつが誰とか」
直樹の質問に隣に出てきた巫女さんが答えた。
「私を下ろす前に死んだ奴のことなんて、分かる訳無いだろ」
「巫女さんがいない間のことは分かんないって」
「あー。まぁ、そりゃそうか」
「ただ、そいつ、いつもお前のすぐ近くにいるぞ。涼佑」
「は?」
聞こえてきた不穏の塊に、涼佑は思わず巫女さんを見る。彼の顔色がさっと変わったのを見て、直樹達はすかさず食いついた。一瞬、そちらに気を取られた涼佑だったが、それに構わず、巫女さんは続ける。
「お前、最近姿が見えないからって油断してるだろ。見えなくてもいるんだよ。今は私が近くにいるから姿を見せないだけで、ずっとお前を見てる」
真奈美の家で見た、あの生気の無い真っ黒な目がフラッシュバックして、涼佑はそれを振り払うように耳を塞ぎ、精一杯声を張り上げた。
「やめろよっ!!」
突然、大声を出した涼佑に全員驚いたのが彼には気配で分かったが、頭の中はそれどころではないので、構っている余裕が一気に失われる。緊張と恐怖、ストレスで早くなる呼吸を整えようとしている彼に、巫女さんは死刑宣告のように淡々と告げた。
「そうやってお前が逃げている限り、この地獄は続くぞ」