食事が終わると、真紗子は「ゆっくりして行ってね」と言い残して自分の部屋に引っ込み、その間に絢と友香里は残った唐揚げと新しく小さいサラダを作って、スープも用意した。そこで漸く巫女さんの食事の時間になる。
「巫女さん、どうぞ」
「やったー! 唐揚げー!」
真奈美が箸とスプーンも用意したので、それも霊体にして食べ始める巫女さん。先程まで頼もしかった彼女は、子供のようにはしゃいで、実に美味しそうに唐揚げを頬張っている。守護霊という神聖さを感じる単語からは程遠い姿に、涼佑は思わず笑いが零れた。それを巫女さんに目敏く咎められて理由を話すと、今度はむっとされる。
「いいだろ、別に! 唐揚げに喜んじゃいけないのかっ!?」
「い、いや、いけなくはないけど……ふっ……くく……」
唐揚げに年頃の少女らしく、幸せをそのまま表したような表情を浮かべる巫女さん。幽霊なのに物凄く生命力に溢れている姿を見て、アンバランスでとにかく可笑しくて涼佑は笑いが引っ込まなかった。
「涼佑、巫女さん何か言ってる?」
「む、夢中で、食べてる……っ!」
「幽霊なのに!?」
巫女さんの食事も終わって、彼女は誤魔化すようにティッシュを要求してきたので、涼佑が箱ごとお供え物としてあげると一枚取って口元を拭く。拭き終わり、こほんと咳払いを一つしてから「真奈美に伝えてくれ」と真剣な顔で彼女は続けた。
「美味しかった。ご馳走様だ」
「ああ、分かったよ」
「あんなに夢中で食べてたもんな」と涼佑にからかわれると巫女さんは「もういいだろ! それは!」と顔を赤くして怒り出す。涼佑が宥めながらも、彼女の伝言を伝えると、真奈美は口では「そう」と素っ気無かったが、その口元だけは嬉しさを隠し切れないようだった。
皆で洗い物を片付けてから、涼佑達は帰ることにした。窓の外はもうすっかり暗くなっている。夜のトンネルは危ないからと、真奈美が玄関脇のクローゼットから懐中電灯を出そうとしてくれたが、彼らは自分の家から持って来ていたので断った。本格的に懐中電灯を持ってこなかったのは涼佑だけだ。真奈美に「要る?」と訊かれたが、直樹達が持っているから大丈夫と彼は断った。
「暗いから足元気を付けて。それと、はい」
もう出るという時に真奈美が差し出してきたのは、人数分のラップで包んだおにぎりだった。海苔も巻かれていない真っ白なおにぎりで、涼佑達は不思議そうに首を傾げたが、それぞれ合点がいったようで皆受け取る。
「おっ、サンキュー。青谷。夜食まで持たせてくれるなんてな」
「そういう訳じゃないんだけど。まぁ、いっか。うん、持って行って」
全員におにぎりを二つずつ持たせてくれたが、涼佑はもうお腹いっぱいだから、明日の朝食にでもしようと少々無理矢理にポケットへしまった。
玄関のすぐ外まで見送りすると言う真奈美に、寒いからいいよと断る絢と友香里。見送りなら玄関まででいいと涼佑達も遠慮して、少し残念そうにしていた真奈美だったが、寒い思いをさせずに済んだ。玄関ドアを少し開けて顔を覗かせ、手を振る真奈美に皆それぞれ「ご馳走様でした」と「おやすみなさい」を言って、すぐそこにあるトンネルへ足を向けた。
真奈美の家から少し歩いて、またトンネルの前で止まる。夜のトンネルは真っ暗で懐中電灯が無ければ、目の前すら見えない。古いトンネルだからか、電灯すら付いていなかった。全く光の無いトンネルの口というのは、まるで怪物か何かがぽっかり開けた口のようで、あまり良い連想はできない。しばらく黙ってトンネルを見つめていたかと思うと、沈黙に耐えられなくなったのか、友香里が呟く。
「このトンネル、夜だとこんなに暗いんだね」
彼女がぽつりと呟いた一言に、皆無言で同意した。暗闇に慣れていない涼佑達にとってはかなり怖い。この暗いトンネルには、流石にいつも強気な絢も二の足を踏んでいるらしく、黙ったままだ。
「お前ら、夜にここ通ったことある?」
「ある訳無いじゃん。怖いもん」
「だよなぁ」
「夜遅くなる時は真奈美ん家に泊まるし」と開き直る絢。その後も直樹と絢が何故か小声でやり取りしている中、ざあっと後ろから風が吹いてくる。秋風にしては、厭に生温い。何となく嫌な予感がした涼佑が巫女さんに話しかけると、彼女は容赦なく「ここ通らないと帰れないんだろ? じゃあ、早く行った行った」と無常なコメントをした。
「大丈夫なのか? 何か出そうな雰囲気なんだけど」
「大丈夫だ。出る時は出る」
「霊なんて、その辺にうじゃうじゃいるぞ」と追加で全く要らない情報を添えられた。涼佑に憑いているというあの影のこともあるので、一切安心できない。「もしもの時は守ってやるから」と最後に付け足されても安心感はやっぱり湧いてこなかった。
皆怖気付いているので、最後の抵抗にスマホで周辺にトンネルを避けられる迂回ルートが無いか検索したが、見事に惨敗した。
「マジでこのトンネルしか無いとか」
「もういいよ、行こう。ここ通らないと帰れないし。そんなに長いトンネルじゃないから、一気に抜けちゃおう」
絢の提案に若干青い顔をしながらも、皆頷くしか無かった。
トンネルの中はやはり真っ暗で、懐中電灯の明かりだけが頼りだ。気味の悪いトンネル内にいつまでも居たくない一同は、絢の提案通りに懐中電灯をしっかり持って、走り出す。走れば、すぐに出口が見えてくる。確かそうだったと皆記憶を掘り起こしつつ、走り続ける。友香里は走るのが得意ではないから、彼女のペースに合わせてだが。
どのくらい走っただろう。でも、確実に五分以上は走っていると、涼佑は思う。他の皆もそう思ったのか、絢が息を乱しながらも「一旦、止まろう」と誰にともなく言った。
足を止めて、呼吸を整え、スマートフォンを見る。時刻はトンネルを入ってからまだ一分しか経っていなかった。
「絶対嘘! だって、もう五分は走ってる!」
この中で一番息を切らしている友香里が声を上げた。彼女の言う通り、体感でも本来なら確実に五分以上は走っている。加えて、妙なことに前方にはトンネルの出口さえ未だ見えてこない。彼らはこの短いトンネルの中に閉じ込められてしまったようだ。
真っ暗なトンネルの中で、皆一度懐中電灯を下げて今まで来た道とこれから進む道を見た。どちらも終わりは見えず、完全に閉じ込められたと理解してしまった涼佑達は有り得ない状況に頭がおかしくなりそうだと思った。
「どうなってんだよ、これ」
「こんなこと、今まで無かったのに……」
蹲った友香里の目に涙が滲み出し、今にも泣き出しそうな顔をした時、巫女さんが涼佑に話しかける。その目は辺りを警戒しきっており、いつでも刀を抜けるように腰に利き手が添えられている。
「涼佑、繋ぎ目だ。繋ぎ目を探せ」
「え? 何?」
「繋ぎ目だ。今、このトンネルは霊によって、入口と出口が繋がった状態にされている。その繋ぎ目を探してくれ。後は私がやる」
「繋ぎ目を見つけられれば、出られるのか?」
「ああ、約束しよう」
「分かった。みんな、聞いてくれ」
巫女さんの説明を涼佑がまとめて伝えると、解決策を提示されたお陰か、皆いくらか落ち着いて話ができ、手分けして繋ぎ目を探すことになった。二手に分かれて探そうということになったが、男と女で分かれるよりは何かあった時の為に、男女二人組になった方が良いだろうと、涼佑と友香里、直樹と絢という感じで分かれることになった。何かあったら、スマホで連絡を取ろうと決めて、彼らはそれぞれの方向へ歩き出した。
直樹達に背を向けた涼佑は恐らく再び彼らと向かい合わせになった時、そこに繋ぎ目があるのだろうと見当をつける。頭ではそう考えながらも時々、隣を歩いている友香里に声を掛けたり、様子を見たりして彼は彼女の歩幅に合わせて進む。
「ごめんね。足引っ張っちゃって」
「足引っ張るとか、そういうんじゃないだろ。誰だってこんな状況になったら、怖いし」
「それでも、ごめん。私なんかより、新條君の方がよっぽど怖い思いしてるのに……」
「いや、いいよ。オレは、大丈夫だから……」
友香里の一言で涼佑は一瞬、あの影のことを思い出してしまい、ぶるりと震えた。もし今、この暗闇の向こうからあの影が全力疾走して来たりしたら、絶対に気絶する。彼にはその確信があった。そう思いはするが、今ここで自分が気絶したら、友香里が可哀想だと彼は思う。今、彼女が頼れるのは自分だけなんだと自身を奮い立たせて前を向いた。
「巫女さん、どうぞ」
「やったー! 唐揚げー!」
真奈美が箸とスプーンも用意したので、それも霊体にして食べ始める巫女さん。先程まで頼もしかった彼女は、子供のようにはしゃいで、実に美味しそうに唐揚げを頬張っている。守護霊という神聖さを感じる単語からは程遠い姿に、涼佑は思わず笑いが零れた。それを巫女さんに目敏く咎められて理由を話すと、今度はむっとされる。
「いいだろ、別に! 唐揚げに喜んじゃいけないのかっ!?」
「い、いや、いけなくはないけど……ふっ……くく……」
唐揚げに年頃の少女らしく、幸せをそのまま表したような表情を浮かべる巫女さん。幽霊なのに物凄く生命力に溢れている姿を見て、アンバランスでとにかく可笑しくて涼佑は笑いが引っ込まなかった。
「涼佑、巫女さん何か言ってる?」
「む、夢中で、食べてる……っ!」
「幽霊なのに!?」
巫女さんの食事も終わって、彼女は誤魔化すようにティッシュを要求してきたので、涼佑が箱ごとお供え物としてあげると一枚取って口元を拭く。拭き終わり、こほんと咳払いを一つしてから「真奈美に伝えてくれ」と真剣な顔で彼女は続けた。
「美味しかった。ご馳走様だ」
「ああ、分かったよ」
「あんなに夢中で食べてたもんな」と涼佑にからかわれると巫女さんは「もういいだろ! それは!」と顔を赤くして怒り出す。涼佑が宥めながらも、彼女の伝言を伝えると、真奈美は口では「そう」と素っ気無かったが、その口元だけは嬉しさを隠し切れないようだった。
皆で洗い物を片付けてから、涼佑達は帰ることにした。窓の外はもうすっかり暗くなっている。夜のトンネルは危ないからと、真奈美が玄関脇のクローゼットから懐中電灯を出そうとしてくれたが、彼らは自分の家から持って来ていたので断った。本格的に懐中電灯を持ってこなかったのは涼佑だけだ。真奈美に「要る?」と訊かれたが、直樹達が持っているから大丈夫と彼は断った。
「暗いから足元気を付けて。それと、はい」
もう出るという時に真奈美が差し出してきたのは、人数分のラップで包んだおにぎりだった。海苔も巻かれていない真っ白なおにぎりで、涼佑達は不思議そうに首を傾げたが、それぞれ合点がいったようで皆受け取る。
「おっ、サンキュー。青谷。夜食まで持たせてくれるなんてな」
「そういう訳じゃないんだけど。まぁ、いっか。うん、持って行って」
全員におにぎりを二つずつ持たせてくれたが、涼佑はもうお腹いっぱいだから、明日の朝食にでもしようと少々無理矢理にポケットへしまった。
玄関のすぐ外まで見送りすると言う真奈美に、寒いからいいよと断る絢と友香里。見送りなら玄関まででいいと涼佑達も遠慮して、少し残念そうにしていた真奈美だったが、寒い思いをさせずに済んだ。玄関ドアを少し開けて顔を覗かせ、手を振る真奈美に皆それぞれ「ご馳走様でした」と「おやすみなさい」を言って、すぐそこにあるトンネルへ足を向けた。
真奈美の家から少し歩いて、またトンネルの前で止まる。夜のトンネルは真っ暗で懐中電灯が無ければ、目の前すら見えない。古いトンネルだからか、電灯すら付いていなかった。全く光の無いトンネルの口というのは、まるで怪物か何かがぽっかり開けた口のようで、あまり良い連想はできない。しばらく黙ってトンネルを見つめていたかと思うと、沈黙に耐えられなくなったのか、友香里が呟く。
「このトンネル、夜だとこんなに暗いんだね」
彼女がぽつりと呟いた一言に、皆無言で同意した。暗闇に慣れていない涼佑達にとってはかなり怖い。この暗いトンネルには、流石にいつも強気な絢も二の足を踏んでいるらしく、黙ったままだ。
「お前ら、夜にここ通ったことある?」
「ある訳無いじゃん。怖いもん」
「だよなぁ」
「夜遅くなる時は真奈美ん家に泊まるし」と開き直る絢。その後も直樹と絢が何故か小声でやり取りしている中、ざあっと後ろから風が吹いてくる。秋風にしては、厭に生温い。何となく嫌な予感がした涼佑が巫女さんに話しかけると、彼女は容赦なく「ここ通らないと帰れないんだろ? じゃあ、早く行った行った」と無常なコメントをした。
「大丈夫なのか? 何か出そうな雰囲気なんだけど」
「大丈夫だ。出る時は出る」
「霊なんて、その辺にうじゃうじゃいるぞ」と追加で全く要らない情報を添えられた。涼佑に憑いているというあの影のこともあるので、一切安心できない。「もしもの時は守ってやるから」と最後に付け足されても安心感はやっぱり湧いてこなかった。
皆怖気付いているので、最後の抵抗にスマホで周辺にトンネルを避けられる迂回ルートが無いか検索したが、見事に惨敗した。
「マジでこのトンネルしか無いとか」
「もういいよ、行こう。ここ通らないと帰れないし。そんなに長いトンネルじゃないから、一気に抜けちゃおう」
絢の提案に若干青い顔をしながらも、皆頷くしか無かった。
トンネルの中はやはり真っ暗で、懐中電灯の明かりだけが頼りだ。気味の悪いトンネル内にいつまでも居たくない一同は、絢の提案通りに懐中電灯をしっかり持って、走り出す。走れば、すぐに出口が見えてくる。確かそうだったと皆記憶を掘り起こしつつ、走り続ける。友香里は走るのが得意ではないから、彼女のペースに合わせてだが。
どのくらい走っただろう。でも、確実に五分以上は走っていると、涼佑は思う。他の皆もそう思ったのか、絢が息を乱しながらも「一旦、止まろう」と誰にともなく言った。
足を止めて、呼吸を整え、スマートフォンを見る。時刻はトンネルを入ってからまだ一分しか経っていなかった。
「絶対嘘! だって、もう五分は走ってる!」
この中で一番息を切らしている友香里が声を上げた。彼女の言う通り、体感でも本来なら確実に五分以上は走っている。加えて、妙なことに前方にはトンネルの出口さえ未だ見えてこない。彼らはこの短いトンネルの中に閉じ込められてしまったようだ。
真っ暗なトンネルの中で、皆一度懐中電灯を下げて今まで来た道とこれから進む道を見た。どちらも終わりは見えず、完全に閉じ込められたと理解してしまった涼佑達は有り得ない状況に頭がおかしくなりそうだと思った。
「どうなってんだよ、これ」
「こんなこと、今まで無かったのに……」
蹲った友香里の目に涙が滲み出し、今にも泣き出しそうな顔をした時、巫女さんが涼佑に話しかける。その目は辺りを警戒しきっており、いつでも刀を抜けるように腰に利き手が添えられている。
「涼佑、繋ぎ目だ。繋ぎ目を探せ」
「え? 何?」
「繋ぎ目だ。今、このトンネルは霊によって、入口と出口が繋がった状態にされている。その繋ぎ目を探してくれ。後は私がやる」
「繋ぎ目を見つけられれば、出られるのか?」
「ああ、約束しよう」
「分かった。みんな、聞いてくれ」
巫女さんの説明を涼佑がまとめて伝えると、解決策を提示されたお陰か、皆いくらか落ち着いて話ができ、手分けして繋ぎ目を探すことになった。二手に分かれて探そうということになったが、男と女で分かれるよりは何かあった時の為に、男女二人組になった方が良いだろうと、涼佑と友香里、直樹と絢という感じで分かれることになった。何かあったら、スマホで連絡を取ろうと決めて、彼らはそれぞれの方向へ歩き出した。
直樹達に背を向けた涼佑は恐らく再び彼らと向かい合わせになった時、そこに繋ぎ目があるのだろうと見当をつける。頭ではそう考えながらも時々、隣を歩いている友香里に声を掛けたり、様子を見たりして彼は彼女の歩幅に合わせて進む。
「ごめんね。足引っ張っちゃって」
「足引っ張るとか、そういうんじゃないだろ。誰だってこんな状況になったら、怖いし」
「それでも、ごめん。私なんかより、新條君の方がよっぽど怖い思いしてるのに……」
「いや、いいよ。オレは、大丈夫だから……」
友香里の一言で涼佑は一瞬、あの影のことを思い出してしまい、ぶるりと震えた。もし今、この暗闇の向こうからあの影が全力疾走して来たりしたら、絶対に気絶する。彼にはその確信があった。そう思いはするが、今ここで自分が気絶したら、友香里が可哀想だと彼は思う。今、彼女が頼れるのは自分だけなんだと自身を奮い立たせて前を向いた。