身長155cm、B型、髪は黒でストレートのセミロング、声は低くはないけど高すぎず。
顔。二重だけど、鼻は高くない、唇にはこれといった特長なし。
得意科目は国語と美術、苦手科目は数学と体育。
風邪でもひかない限りは休まず学校へ行く。
それがわたし、府川凛音・16歳、高校2年の平々凡々なプロフィール。
いつだって普通。
どこでだってその他大勢。
それが、わたし。
◇
5月。
「ペアになってお互いの人物クロッキーを描きましょう。3週間後までにそれぞれクロッキー帳5冊分描いて提出してください」
美術の授業で30代の女性教諭が指示を出す。
「えー! 多いよー!」
うちのクラスは美術コースってやつで、普通コースより少しだけ美術の時間が多くて課題も多い。
「じゃあ府川さんと唐沢さんがペアね」
わたしは心の中で「げっ」と言ってしまった。
唐沢染は、今年コース替えしてきたクラスメイト。
長いストレートの黒髪に、高めの身長、モデルみたいにスラっとしてて切れ長の目をしてる。
まだ全然話したことがない。
「よろしく」
落ち着いたクールな声色で彼女が言う。
「よろしく……」
若干ビビり気味にわたしが応える。
唐沢さんは、授業をサボったりするタイプ。
タバコを吸うとかって感じの不良ってわけでもなさそうだけど、学校はダルいって思ってそうでちょっと怖い。
平々凡々モブキャラのわたしとは交わらないタイプの人間だと思う。
再来週までにお互いのクロッキーを5冊分……彼女が学校をサボったら終わらないんじゃない?
なんて心配してたら……
案の定、唐沢さんは次の美術の授業をサボってくれた。
「……」
——シャッ
「……」
——ザッザッ
放課後の美術室の一画に、紙に鉛筆を滑らせる音だけが響く。
授業をサボった分のクロッキーの課題を放課後に描いている。
室内には何人か同じ課題をやっているクラスメイトがいる。彼らは熱心に自習してる組だ。
熱心じゃないわたしには、なんで放課後まで拘束されなきゃいけないわけ? なんて不満もあったりするけど、言えるわけもなく。
それにしても、こうして間近でじっくり見ると唐沢さんの顔ってかっこいい。
和服が似合いそうな顔立ち。
そんなことを考えながら見つめていたらニコッと大人っぽく微笑まれた。
その笑顔にわたしがまたちょっとビビっていたところで、ガラッとドアが開く。
「いち、に、さん……」
先生が室内の生徒の頭数を数える。
「よし、足りた。放課後までがんばる君らに差し入れ」
そう言って先生はケーキ屋さんの紙袋を差し出した。
中から出てきたのは、プラカップに入ったプリン。
クラスメイトたちのテンションが一気に上がる。
わたしのテンションがやや下がる。
「すみません先生。わたしプリン食べられないので、わたしの分は誰かにあげてください」
「え、アレルギーだった?」
先生に心配そうに聞かれ、首を横に振る。
「苦手なんです」
「え、なんで?」
クラスメイトが反応する。
「こんなにおいしいものを!?」
始まった。
「あ、やわらかめのプリンがダメってこと?」
首を横に振る。
「本当においしいプリン食べたことがないんだね」
「プリンがきらいなんて人生損してるよ」
みんないろいろ言ってくる。
「良いプリン食べたら絶対好きになるよ」
「……あはは、だといいな」
唐沢さんはプリンを受け取るとみんなの輪から抜けて、さっきまでクロッキーをやっていた席に戻った。
わたしもやることがないから、一緒に戻った。
「……プリン食べてるところ、描いてもいいですか?」
「いいけど、なんで敬語?」
「え? あ、ごめんなさ……ごめん」
唐沢さんはスプーンをくわえながら苦笑い。
プリンを食べてるところも、文字通り絵になる。ていうか、プリンとの組み合わせが意外性があってかなり良い。
「府川さんて」
ジッと見てたら彼女が急に話しかけてきて、一瞬ドキッとする。
「かわいいね」
「え!? えーいやいや、そんなことないって、はは」
ドキッとしたまま変な感じの受け応えをしてしまった。
彼女は一瞬黙って、なぜかクスッと笑った。
◇
唐沢さんが美術の授業をそこそこサボって、そこそこ出席してくれるおかげで、わたしのペアが変わることもなく、美術の時間は他のクラスメイトを適当に描いて過ごす日が続いている。
わたしの課題はそれを提出しても良いらしいんだけど、問題は唐沢さんのクロッキー。
あっちも5冊埋まらない限り、ペアとして付き合わなくちゃいけない。
理不尽極まりない。
◇
「ヒマなら寄ってかない?」
ペアになって2週間が経った頃、帰り道で唐沢さんにファミレスに誘われた。
彼女と一緒に帰るほど仲が良くなった……なんてことは全然なくて、たまたま家が同じ方向だから一緒に自転車を走らせているだけ。
会話だってべつにとくべつ弾んだことなんてない。
「えーっと……」
「なんか用事あるの?」
「用事は……ない、です」
誘われた理由はわかってる。
さっきわたしがポロっと質問しちゃったこと。
「で、さっき聞かれたことだけど」
ファミレスのソファ席に向き合った唐沢さんが、ストローの袋を開けながら口を開く。
彼女の前にはアイスティー、わたしの前にはジンジャーエール。
さっき、美術室でつい聞いてしまった。
『唐沢さんて、女の子が好きって本当?』
クロッキーを描いていた彼女の手が止まって、一瞬無言でこちらを見て、そのまままたクロッキーに戻った。
我ながら、デリカシーってやつの無い質問だったなって後悔してる。
「本当ではあるよ」
そうなんだ。
「あんなところで聞くなんてデリカシーのカケラも無くて最低だけど」
「すみませんでした……」
呼び出し説教タイムだろうか……。
だけど彼女は普段から『わたしの恋愛対象は女性だから。今のところ』って隠さずに言ってる。
「なんでいきなりそんなこと聞いてきたの?」
「え……えっと」
「自分も恋愛対象に見られてるんじゃないかって怖くなった?」
正直、それはある。
「そんな風には見てないんだけど」
「だって『かわいいね』って笑ったじゃない」
「あれはね」
彼女はアイスティーをストローで1周かき混ぜた。
「わたしにビビり散らかしてるのを隠さないのがおもしろいなって思っただけ。府川さんだって男女問わず〝かわいい〟〝おもしろい〟って思うでしょ」
ジンジャーエールのストローに口をつけながら頷く。
「府川さんのその、〝自分はいつだって普通の人の派閥〟って思ってそうなとこがかわいいと思うよ」
もしかして唐沢さん、〝普通じゃない〟ことに優越感でも持っているの? 案外ダサくない?
「府川さんだってマイノリティなのに」
「は?」
何を言ってるんだろう。
どこをとっても平凡なこのわたしをつかまえて。
「〝プリンがきらい〟は少数派でしょ」
「え、ただの好ききらいじゃない」
「まあそれはそうなんだけど」
彼女はまた、アイスティーのストローを回す。
「『アレルギーだった?』『なんで?』『本当においしいプリン食べたことがないんだね』『プリンがきらいなんて人生損してるよ』『良いプリン食べたら絶対好きになるよ』」
彼女はわたしが言われたことをなぞるように声に出した。
「ああいうの言われたとき、どう思ってる?」
目を見て質問されてドキッとする。
「え……べつに……良いプリンにいつか当たるといいなって」
「本当に?」
今度はギクっとする。
——『アレルギーだった?』
「普通にきらいなだけだし」
——『なんで』
「味とか食感とか、いくらでも理由なんてあるでしょ」
——『本当においしいプリン食べたことがないんだね』
「目の前のプリンの話をしてるんだけど」
——『プリンがきらいなんて人生損してるよ』
「わたしの人生で損してるかどうかがあなたに関係あるの?」
——『良いプリン食べたら絶対好きになるよ』
「好きになりたい前提で話さないでよ」
「だいたいこんな感じ?」
唐沢さんは、わたしが飲み込んでいた言葉を声に出してみせた。
「だいだいそんな感じ。……なんでわかるの?」
「〝女の子が好き〟って言うと似たようなこと聞かれる」
「え?」
「〝男の人になにかいやなことされたの?〟〝なんで?〟〝男性をよく知らないからだよ〟〝好きになれる人に出会ってないだけだよ〟みたいな」
「……」
「そのとき同じこと思うよ。普通に女性の方が好きなだけだし、理由なんていくらでもあるけど他人には関係ないし、根本的なところはわからないって」
彼女はアイスティーをひと口飲んだ。
「とくに年上ってだけで偉そうに言ってくるやつ。自分の人生しか生きたことないくせに、自分のものさし押し付けてくんなっつーの」
きれいな顔で、ボヤくように口を尖らせた。
「プッ」と思わず吹き出してしまった。
「言い方! でもたしかに」
プリンと一緒にしていいのか? って感じだけど。
「府川さんて犬派? 猫派?」
「猫」
「目玉焼きにはソース派? しょう油派?」
「ソース……って、急に何?」
「この手の2択の質問もさ、ゴーマンだよね」
また口を尖らせる。
「犬も猫もきらいとかさ、目玉焼きには塩とかケチャップとか、目玉焼き自体食べないとか。府川さん「プリンのかたいのとやわらかいの、どっち派?」って聞かれたら「はぁ?」ってなるでしょ」
「……なる」
反省するようにつぶやいたら、唐沢さんは笑った。
「人間て、自分が少数派にならないと気づかないんだよね。無邪気にひとを傷つけてることもあるって」
自分の視野のせまさを突きつけられた気がして思わず「ほー」って感心してたら、彼女が注文したプリンパフェが届いた。
プリンに思わず顔をしかめてしまう。
「どうして『〝今のところ〟女の子が恋愛対象』なの?」
気になっていたことを聞いてみた。
「人生損してるかもしれないから、男の人とも付き合ってみてる」
『付き合ってみてる』とか、サラッと言っちゃうんだ。
やっぱり少しわたしをビビらせてくるな。
「『わたしの人生で損してるかどうかがあなたに関係あるの?』じゃなかったっけ?」
「他人に言われたからじゃなくて、自分で思ってるの。実際男の人でも出会えて良かった人はいるよ。でも恋愛は女性かなって最近結論が出始めてる」
パフェ用のスプーンを立てて持ちながら言う。
「ふーん」
このクラスメイトはなんだかいちいち一歩先を行っている気がする。
「多数か少数か、っていうよりさ人生なんて〝1〟でしかないんじゃない?」
唐沢さんがプリンをすくう。
「どうする? 損してるかどうか確かめるために、プリンひと口食べてみる? このプリンが、人生を変える運命のプリンかもしれないよ」
そう言ってひと口分のプリンを差し出される。
わたしは「すうっ」と小さく息を吐く。
「いらない。プリン食べて〝まずい〟って思ってる時間の積み重ねの方が、わたしにとっては人生の損だもん」
「あはは、いいね。これきらいなのは絶対損してるけどねー」
彼女は明るく笑ってプリンを自分で口にした。
「プリンなんて、大きらい」
口に出して、思わずクスッと笑う。
「ところでさ、クロッキーの時間はちゃんと学校来てよ」
「えー。起きれたらね」
「そこは多数派に飲まれてくれないと、わたしが困るんですけど」
彼女は読めない顔で笑ってる。
fin.
顔。二重だけど、鼻は高くない、唇にはこれといった特長なし。
得意科目は国語と美術、苦手科目は数学と体育。
風邪でもひかない限りは休まず学校へ行く。
それがわたし、府川凛音・16歳、高校2年の平々凡々なプロフィール。
いつだって普通。
どこでだってその他大勢。
それが、わたし。
◇
5月。
「ペアになってお互いの人物クロッキーを描きましょう。3週間後までにそれぞれクロッキー帳5冊分描いて提出してください」
美術の授業で30代の女性教諭が指示を出す。
「えー! 多いよー!」
うちのクラスは美術コースってやつで、普通コースより少しだけ美術の時間が多くて課題も多い。
「じゃあ府川さんと唐沢さんがペアね」
わたしは心の中で「げっ」と言ってしまった。
唐沢染は、今年コース替えしてきたクラスメイト。
長いストレートの黒髪に、高めの身長、モデルみたいにスラっとしてて切れ長の目をしてる。
まだ全然話したことがない。
「よろしく」
落ち着いたクールな声色で彼女が言う。
「よろしく……」
若干ビビり気味にわたしが応える。
唐沢さんは、授業をサボったりするタイプ。
タバコを吸うとかって感じの不良ってわけでもなさそうだけど、学校はダルいって思ってそうでちょっと怖い。
平々凡々モブキャラのわたしとは交わらないタイプの人間だと思う。
再来週までにお互いのクロッキーを5冊分……彼女が学校をサボったら終わらないんじゃない?
なんて心配してたら……
案の定、唐沢さんは次の美術の授業をサボってくれた。
「……」
——シャッ
「……」
——ザッザッ
放課後の美術室の一画に、紙に鉛筆を滑らせる音だけが響く。
授業をサボった分のクロッキーの課題を放課後に描いている。
室内には何人か同じ課題をやっているクラスメイトがいる。彼らは熱心に自習してる組だ。
熱心じゃないわたしには、なんで放課後まで拘束されなきゃいけないわけ? なんて不満もあったりするけど、言えるわけもなく。
それにしても、こうして間近でじっくり見ると唐沢さんの顔ってかっこいい。
和服が似合いそうな顔立ち。
そんなことを考えながら見つめていたらニコッと大人っぽく微笑まれた。
その笑顔にわたしがまたちょっとビビっていたところで、ガラッとドアが開く。
「いち、に、さん……」
先生が室内の生徒の頭数を数える。
「よし、足りた。放課後までがんばる君らに差し入れ」
そう言って先生はケーキ屋さんの紙袋を差し出した。
中から出てきたのは、プラカップに入ったプリン。
クラスメイトたちのテンションが一気に上がる。
わたしのテンションがやや下がる。
「すみません先生。わたしプリン食べられないので、わたしの分は誰かにあげてください」
「え、アレルギーだった?」
先生に心配そうに聞かれ、首を横に振る。
「苦手なんです」
「え、なんで?」
クラスメイトが反応する。
「こんなにおいしいものを!?」
始まった。
「あ、やわらかめのプリンがダメってこと?」
首を横に振る。
「本当においしいプリン食べたことがないんだね」
「プリンがきらいなんて人生損してるよ」
みんないろいろ言ってくる。
「良いプリン食べたら絶対好きになるよ」
「……あはは、だといいな」
唐沢さんはプリンを受け取るとみんなの輪から抜けて、さっきまでクロッキーをやっていた席に戻った。
わたしもやることがないから、一緒に戻った。
「……プリン食べてるところ、描いてもいいですか?」
「いいけど、なんで敬語?」
「え? あ、ごめんなさ……ごめん」
唐沢さんはスプーンをくわえながら苦笑い。
プリンを食べてるところも、文字通り絵になる。ていうか、プリンとの組み合わせが意外性があってかなり良い。
「府川さんて」
ジッと見てたら彼女が急に話しかけてきて、一瞬ドキッとする。
「かわいいね」
「え!? えーいやいや、そんなことないって、はは」
ドキッとしたまま変な感じの受け応えをしてしまった。
彼女は一瞬黙って、なぜかクスッと笑った。
◇
唐沢さんが美術の授業をそこそこサボって、そこそこ出席してくれるおかげで、わたしのペアが変わることもなく、美術の時間は他のクラスメイトを適当に描いて過ごす日が続いている。
わたしの課題はそれを提出しても良いらしいんだけど、問題は唐沢さんのクロッキー。
あっちも5冊埋まらない限り、ペアとして付き合わなくちゃいけない。
理不尽極まりない。
◇
「ヒマなら寄ってかない?」
ペアになって2週間が経った頃、帰り道で唐沢さんにファミレスに誘われた。
彼女と一緒に帰るほど仲が良くなった……なんてことは全然なくて、たまたま家が同じ方向だから一緒に自転車を走らせているだけ。
会話だってべつにとくべつ弾んだことなんてない。
「えーっと……」
「なんか用事あるの?」
「用事は……ない、です」
誘われた理由はわかってる。
さっきわたしがポロっと質問しちゃったこと。
「で、さっき聞かれたことだけど」
ファミレスのソファ席に向き合った唐沢さんが、ストローの袋を開けながら口を開く。
彼女の前にはアイスティー、わたしの前にはジンジャーエール。
さっき、美術室でつい聞いてしまった。
『唐沢さんて、女の子が好きって本当?』
クロッキーを描いていた彼女の手が止まって、一瞬無言でこちらを見て、そのまままたクロッキーに戻った。
我ながら、デリカシーってやつの無い質問だったなって後悔してる。
「本当ではあるよ」
そうなんだ。
「あんなところで聞くなんてデリカシーのカケラも無くて最低だけど」
「すみませんでした……」
呼び出し説教タイムだろうか……。
だけど彼女は普段から『わたしの恋愛対象は女性だから。今のところ』って隠さずに言ってる。
「なんでいきなりそんなこと聞いてきたの?」
「え……えっと」
「自分も恋愛対象に見られてるんじゃないかって怖くなった?」
正直、それはある。
「そんな風には見てないんだけど」
「だって『かわいいね』って笑ったじゃない」
「あれはね」
彼女はアイスティーをストローで1周かき混ぜた。
「わたしにビビり散らかしてるのを隠さないのがおもしろいなって思っただけ。府川さんだって男女問わず〝かわいい〟〝おもしろい〟って思うでしょ」
ジンジャーエールのストローに口をつけながら頷く。
「府川さんのその、〝自分はいつだって普通の人の派閥〟って思ってそうなとこがかわいいと思うよ」
もしかして唐沢さん、〝普通じゃない〟ことに優越感でも持っているの? 案外ダサくない?
「府川さんだってマイノリティなのに」
「は?」
何を言ってるんだろう。
どこをとっても平凡なこのわたしをつかまえて。
「〝プリンがきらい〟は少数派でしょ」
「え、ただの好ききらいじゃない」
「まあそれはそうなんだけど」
彼女はまた、アイスティーのストローを回す。
「『アレルギーだった?』『なんで?』『本当においしいプリン食べたことがないんだね』『プリンがきらいなんて人生損してるよ』『良いプリン食べたら絶対好きになるよ』」
彼女はわたしが言われたことをなぞるように声に出した。
「ああいうの言われたとき、どう思ってる?」
目を見て質問されてドキッとする。
「え……べつに……良いプリンにいつか当たるといいなって」
「本当に?」
今度はギクっとする。
——『アレルギーだった?』
「普通にきらいなだけだし」
——『なんで』
「味とか食感とか、いくらでも理由なんてあるでしょ」
——『本当においしいプリン食べたことがないんだね』
「目の前のプリンの話をしてるんだけど」
——『プリンがきらいなんて人生損してるよ』
「わたしの人生で損してるかどうかがあなたに関係あるの?」
——『良いプリン食べたら絶対好きになるよ』
「好きになりたい前提で話さないでよ」
「だいたいこんな感じ?」
唐沢さんは、わたしが飲み込んでいた言葉を声に出してみせた。
「だいだいそんな感じ。……なんでわかるの?」
「〝女の子が好き〟って言うと似たようなこと聞かれる」
「え?」
「〝男の人になにかいやなことされたの?〟〝なんで?〟〝男性をよく知らないからだよ〟〝好きになれる人に出会ってないだけだよ〟みたいな」
「……」
「そのとき同じこと思うよ。普通に女性の方が好きなだけだし、理由なんていくらでもあるけど他人には関係ないし、根本的なところはわからないって」
彼女はアイスティーをひと口飲んだ。
「とくに年上ってだけで偉そうに言ってくるやつ。自分の人生しか生きたことないくせに、自分のものさし押し付けてくんなっつーの」
きれいな顔で、ボヤくように口を尖らせた。
「プッ」と思わず吹き出してしまった。
「言い方! でもたしかに」
プリンと一緒にしていいのか? って感じだけど。
「府川さんて犬派? 猫派?」
「猫」
「目玉焼きにはソース派? しょう油派?」
「ソース……って、急に何?」
「この手の2択の質問もさ、ゴーマンだよね」
また口を尖らせる。
「犬も猫もきらいとかさ、目玉焼きには塩とかケチャップとか、目玉焼き自体食べないとか。府川さん「プリンのかたいのとやわらかいの、どっち派?」って聞かれたら「はぁ?」ってなるでしょ」
「……なる」
反省するようにつぶやいたら、唐沢さんは笑った。
「人間て、自分が少数派にならないと気づかないんだよね。無邪気にひとを傷つけてることもあるって」
自分の視野のせまさを突きつけられた気がして思わず「ほー」って感心してたら、彼女が注文したプリンパフェが届いた。
プリンに思わず顔をしかめてしまう。
「どうして『〝今のところ〟女の子が恋愛対象』なの?」
気になっていたことを聞いてみた。
「人生損してるかもしれないから、男の人とも付き合ってみてる」
『付き合ってみてる』とか、サラッと言っちゃうんだ。
やっぱり少しわたしをビビらせてくるな。
「『わたしの人生で損してるかどうかがあなたに関係あるの?』じゃなかったっけ?」
「他人に言われたからじゃなくて、自分で思ってるの。実際男の人でも出会えて良かった人はいるよ。でも恋愛は女性かなって最近結論が出始めてる」
パフェ用のスプーンを立てて持ちながら言う。
「ふーん」
このクラスメイトはなんだかいちいち一歩先を行っている気がする。
「多数か少数か、っていうよりさ人生なんて〝1〟でしかないんじゃない?」
唐沢さんがプリンをすくう。
「どうする? 損してるかどうか確かめるために、プリンひと口食べてみる? このプリンが、人生を変える運命のプリンかもしれないよ」
そう言ってひと口分のプリンを差し出される。
わたしは「すうっ」と小さく息を吐く。
「いらない。プリン食べて〝まずい〟って思ってる時間の積み重ねの方が、わたしにとっては人生の損だもん」
「あはは、いいね。これきらいなのは絶対損してるけどねー」
彼女は明るく笑ってプリンを自分で口にした。
「プリンなんて、大きらい」
口に出して、思わずクスッと笑う。
「ところでさ、クロッキーの時間はちゃんと学校来てよ」
「えー。起きれたらね」
「そこは多数派に飲まれてくれないと、わたしが困るんですけど」
彼女は読めない顔で笑ってる。
fin.