【一九十〇年 五月十三日】
女学校の階級制度に怒りがおさまらない。
爵位のない者と話してはならい、平民とは目を合わせたくない、果ては一緒の空気を吸いたくないと言う。
しかし、「ならば息を止めていてはいかがでしょう」と言ったのは間違いだったかもしれない。
周りが一気に凍てついた。文句を垂れている同級生よりも、平民である彼ら彼女らのほうが成績が良いことには一つも触れないのだ。
今の私こそ、同じ空気など吸いたくないと芯から思う。
【一九十〇年 八月二日】
毎日毎日、謡や茶事、生花や舞踏会に参加しなくてはならない。
一度でいいから気の済むまで寝てみたい。好きなものを買って食べ、好きな洋服を着て外を走りたい。
姉にそう文句をぶつけると、彼女はこの家に生まれてきた以上仕方のないことだと言った。
……姉は本当にそれでいいのだろうか。
ずっと穏やかな人だとは思っていたけれど、自分の意思はないのだろうか。私とは大違いのよう。
【一九十一年 三月六日】
姉に、好きな人がいると聞かされた。
私はとても嬉しかった。
なんでも両親の言いなりだった姉が、自ら誰かを愛することができるのだと確認できて安堵したのも確かだ。
けれど、これは秘密にしておいてと釘を刺された。自分の中に留めておきたいのだと言う。
……おかしな人。狙った獲物は素早く仕留めないと逃げられてしまうということを姉は知らないのかしら。
【一九十一年 十一月二十日】
姉が結婚することになった。
父が勧めた、たった三度会ったばかりのふくよかな男の元へ。
目の前が真っ暗になった。
どうして父はこんな金を持っていることだけが取り柄のような男を姉に勧めたのか、どうして母は幸せそうに祝福の空気を醸し出しているのか、どうして姉はよろしくお願い致しますと言って頭を下げているのか、私はその一つだって理解はできなかった。
姉に、好きな人はどうしたのかと聞くと、彼女は静かに泣いた。
そして言ったのだ。
あなたはいいわね、と。一度でいいからあなたになりたい、と。来世では私はあなたのような人に生まれ変わりたいと。
姉のこぼした涙を、私は初めて目にした。
【一九十一年 十二月十三日】
母に着物を譲ってもらった。
母の家系で代々受け継いでいるという、紅掛空色という伝統的な色を主とした高級な着物だった。
このような色が似合う女性になりなさい、と念を押して私に言う。
私にはひどく色あせた色に見えた。
【一九十二年 一月七日】
私の結婚が──……
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