――幕間 前日譚
伝説の聖剣を破壊して、夕刻を迎える。
クレア・ル・モアンドヴィルは、校長室に呼ばれた。
「失礼いたします。クレア・ル・モアンドヴィル、参りました」
「ああ、ご苦労さま。あとは、教頭とお話しなさい。私は、失礼するよ」
校長が教頭に鍵を預け、部屋から出ていく。
呼んだのは校長だが、用事があるのは教頭の方か。
「なんでしょう、お母様?」
「ここでは、教頭と呼びなさい。【雷帝】のクレア」
母親のクレイピアが、鼻でため息をつく。母はクレアを心配し、クレアの在学中だけの教頭先生となったのだ。
なんて過保護な。
とはいえ、母が天才なのは本当だ。雷属性と水魔法の【ミックス】ができる。
二つの違う属性をかけ合わせるミックスなんて、クレアですらできない。
また、魔法製造にも長けている。中でも代表的なのは、【リラックス】の魔法だ。雷属性で対象者に電気ショックを与え、水属性で血流を整える。
【リラックス】の魔法を編み出した母は、緊張しぃの生徒に人気があった。
「聖剣を壊した罰なら、しかと受けます」
「わかっています。だから夕方だというのに、まだ制服を着ているのでしょう?」
そこまで、わかっていたか。
「聖剣なら直ったわ。見ていらっしゃい」
「まさか!」
早すぎる。宮廷魔術師でも、一ヶ月はかかると思っていたが。
「でも、付け焼き刃でしょうに。たった半日で聖剣がもとに戻っているなんてもとに戻ってる!?」
思わず、クレアは泉の岩を二度見した。本当に聖剣が、岩に元通りに突き刺さっているではないか。しかも、完全再現されて。
「幻術なのでは、ないですか?」
「ウソだと思うなら、確かめるといいわ」
「再び抜いても?」
「ええ。どうぞ」
母クレイピアが、手で剣を指し示す。
クレアは柄に手をかけて、再び剣を抜いた。
剣の感触は、破壊したときと変わらない。相変わらずの、駄剣。
「その剣をもう一度、折ってみなさい」
クレイピアが、信じられないことを言う。
「ほんとうに、よろしくて?」
「いいわよ。好きになさい」
母の言葉に甘えて、クレアは聖剣を放り投げた。きれいな刀身に、渾身の蹴りを叩き込む。
十分な手応え。魔力の伝達もスムーズだ。これがエクスカリオテ学園歴代最強と謳われ、【雷帝】の二つ名で呼ばれたクレア王女の――!?
「どうして」
だが、今度は聖剣が砕けなかった。
「ワタクシの蹴りを受けても、ヒビ一つ入らない!」
いったい、どういうことだ? さっきは、軽く蹴っただけで一撃で崩壊したのに。
蹴ったときの質感も、まるで違う。
最初に抜いたときは、威厳や威圧感などを感じなかった。しかし、この剣からは絶大なオーラを感じる。
再構成された際に、なにか施された? いや、ありえない。聖剣なら構造も製造過程も複雑なはず。
「ようやく、あなたを聖剣の使い手として認めたようなの」
母の言葉に、クレアは首を傾げる。
「剣を抜いた時点で、ワタクシに資格ありだと思っていましたが?」
「違うわ。聖剣は……『わざと』壊れたの」
信じられない言葉を、母がクレアに投げかけた。
「この剣には、二重のセーフティがかかっていたのよ」
一つは、泉の岩に刺さった状態で、抜けば資格あり。
もう一つは、使っても壊れないかどうか。
「つまりあなたは、あの時点では剣を抜いただけ。扱いに慣れていないせいで、剣はあえてぶっ壊れちゃったのよ」
「――!?」
そうだったのか。どうりで脆いと思っていたが。
「あなたは確かに強い。しかし、聖剣を扱うには、少々傲慢が過ぎたみたいね」
母の言うとおりである。
ここまでの意思を、武器が持っているとは。この聖剣は、ただの強い剣ではない。持ち主の慢心を、見抜いている。
「ワタクシは、この剣を持つ資格がありませんわ」
クレアは剣を、泉の岩に刺し直した。謝罪の意味を込めて、祈りを捧げる。
単に自分は、傲慢だった。
聖剣の本質を知らず、イタズラに否定して。
「母さんが見ていたわ。この剣を直した人物のことを」
「いったいどんな魔法使いが、聖剣を」
「平民の女子学生よ」
バカな! 平民が、この剣を直せるはずが。
「ご冗談を! いくら母親といえど、ジョークがすぎるのではなくて?」
「でも、事実よ」
その子の名前はキャラメ・F・ルージュというらしい。
「修理した生徒は、わかっていたわ。聖剣がどんな思いであなたの攻撃によって壊れたのか」
「あの平民の子には、『モノの感情が、わかる』と?」
「そうよ。だから古臭い錬金術師になんて、なろうと思ったんでしょうね」
文明が発達し、錬金術はほぼオートメーション化している。忘れ去られた技術もあるが、そこまでのオーバーテクノロジーなんて誰も求めていない。
人々が求めているのは、ブランド性である。
「このメーカーなら、丈夫」「この店は格式が高いから確実」
そのブランド志向・バイアスこそ、人は信じていた。
お手軽量産・伝統ブランド志向が両立して当然の時代に、キャラメという少女は剣の声を聞き入れ、古の力を発揮させた。
「その生徒なんだけど、魔王を討伐した勇者パーティにいた、魔女の末裔かも」
そんな人物が、この魔法学校に通っていたとは。
キャラメ・F・ルージュ。彼女ならあるいは、クリスの願いを叶えてくれるに違いない。
*
「キャラメ・F・ルージュさんですわね? ご無事のようでなによりです。さあ、脱出しますよ」
「あ、はい」
セーフゾーンに向かうクレア姫に、ついていく。
ボスを倒すと、セーフゾーンはそのままダンジョンの脱出装置になるのだ。
「お水に触れてください。これでダンジョンから出られます」
「はい。その前に、よいしょっと」
荷物の忘れ物がないか、確認をする。
「ドロップアイテムも、お忘れなく」
「おっと、忘れるところでしたよ」
アイテムをどっさり、持って帰ろうとした。しかし、埋まりそうにない。
「これは、絶対持って帰るとして」
リザードのドロップアイテムが、最優先だ。
武器とか防具とかに使えそうな素材がたっぷり。でも、重すぎる。
あきらめるしかないか?
いや、往復すればワンチャン……でもなかった。
このダンジョンは、一度出るとアイテムの再設定がされるんだったよなあ。
「とんでもないものを、拾い上げましたね」
「ああ、これですか」
わたしは小さいビー玉を、指でつまむ。透明なフォルムは、爬虫類の目みたい。
「【龍の眼 極小】……レアリティは、Cだって」
ちょっといい感じのアイテムだね。
『レアリティCだと? 冗談じゃないよ。そんなのは、すぐにノーマルドロップに上書きされるレベルなのに』
リザードのレアアイテムは、めったに取れないという。普通はノーマルアイテムの、【毒消し草】に上書きされしまうからだとか。
「キャラメさん。あなた、しゃべる剣とお友だちになりましたの?」
クレア様が、ギョッとした顔になる。かなりかわいいんですけど?
「そうなんです。レベッカちゃんです」
あと、自分のことはキャルと呼んでくれと頼んだ。
「ご自身で、名前をつけましたのね? それはそうと、キャルさん。そのアイテムは、すぐにお使いなさい」
「いいんですかね?」
「ええ。今のあなたには、絶対必要なアイテムですわ」
どういった効果が……。
[【龍の眼 極小】
ドラゴンの腕力が、多少備わるだけ。
アイテムボックス無限。重量関係なし]
よし、即採用だ。
「多少」とか「だけ」とかっていっているけど、わたしのようなモヤシ体力には十分すぎる。
「どうすれば?」
「胸に、かざしてみなさい。体内に取り込まれます」
わたしは、龍の眼を抱きしめるように、胸にかかげた。
「うわ!」
龍の眼が、小さいネックレスに。しかも、どれだけ動いても邪魔にならない。身体と一体化したかのよう。
「そのネックレスは一生外せません。それでも、よろしくて?」
「よろしくてですわ」
これで、アイテム容量を心配する必要はなくなった! ドッカンドッカンと詰め込む。
「おまたせしました。帰りましょう」
セーフゾーンの泉に触れた。
身体が、光に包まれる。
伝説の聖剣を破壊して、夕刻を迎える。
クレア・ル・モアンドヴィルは、校長室に呼ばれた。
「失礼いたします。クレア・ル・モアンドヴィル、参りました」
「ああ、ご苦労さま。あとは、教頭とお話しなさい。私は、失礼するよ」
校長が教頭に鍵を預け、部屋から出ていく。
呼んだのは校長だが、用事があるのは教頭の方か。
「なんでしょう、お母様?」
「ここでは、教頭と呼びなさい。【雷帝】のクレア」
母親のクレイピアが、鼻でため息をつく。母はクレアを心配し、クレアの在学中だけの教頭先生となったのだ。
なんて過保護な。
とはいえ、母が天才なのは本当だ。雷属性と水魔法の【ミックス】ができる。
二つの違う属性をかけ合わせるミックスなんて、クレアですらできない。
また、魔法製造にも長けている。中でも代表的なのは、【リラックス】の魔法だ。雷属性で対象者に電気ショックを与え、水属性で血流を整える。
【リラックス】の魔法を編み出した母は、緊張しぃの生徒に人気があった。
「聖剣を壊した罰なら、しかと受けます」
「わかっています。だから夕方だというのに、まだ制服を着ているのでしょう?」
そこまで、わかっていたか。
「聖剣なら直ったわ。見ていらっしゃい」
「まさか!」
早すぎる。宮廷魔術師でも、一ヶ月はかかると思っていたが。
「でも、付け焼き刃でしょうに。たった半日で聖剣がもとに戻っているなんてもとに戻ってる!?」
思わず、クレアは泉の岩を二度見した。本当に聖剣が、岩に元通りに突き刺さっているではないか。しかも、完全再現されて。
「幻術なのでは、ないですか?」
「ウソだと思うなら、確かめるといいわ」
「再び抜いても?」
「ええ。どうぞ」
母クレイピアが、手で剣を指し示す。
クレアは柄に手をかけて、再び剣を抜いた。
剣の感触は、破壊したときと変わらない。相変わらずの、駄剣。
「その剣をもう一度、折ってみなさい」
クレイピアが、信じられないことを言う。
「ほんとうに、よろしくて?」
「いいわよ。好きになさい」
母の言葉に甘えて、クレアは聖剣を放り投げた。きれいな刀身に、渾身の蹴りを叩き込む。
十分な手応え。魔力の伝達もスムーズだ。これがエクスカリオテ学園歴代最強と謳われ、【雷帝】の二つ名で呼ばれたクレア王女の――!?
「どうして」
だが、今度は聖剣が砕けなかった。
「ワタクシの蹴りを受けても、ヒビ一つ入らない!」
いったい、どういうことだ? さっきは、軽く蹴っただけで一撃で崩壊したのに。
蹴ったときの質感も、まるで違う。
最初に抜いたときは、威厳や威圧感などを感じなかった。しかし、この剣からは絶大なオーラを感じる。
再構成された際に、なにか施された? いや、ありえない。聖剣なら構造も製造過程も複雑なはず。
「ようやく、あなたを聖剣の使い手として認めたようなの」
母の言葉に、クレアは首を傾げる。
「剣を抜いた時点で、ワタクシに資格ありだと思っていましたが?」
「違うわ。聖剣は……『わざと』壊れたの」
信じられない言葉を、母がクレアに投げかけた。
「この剣には、二重のセーフティがかかっていたのよ」
一つは、泉の岩に刺さった状態で、抜けば資格あり。
もう一つは、使っても壊れないかどうか。
「つまりあなたは、あの時点では剣を抜いただけ。扱いに慣れていないせいで、剣はあえてぶっ壊れちゃったのよ」
「――!?」
そうだったのか。どうりで脆いと思っていたが。
「あなたは確かに強い。しかし、聖剣を扱うには、少々傲慢が過ぎたみたいね」
母の言うとおりである。
ここまでの意思を、武器が持っているとは。この聖剣は、ただの強い剣ではない。持ち主の慢心を、見抜いている。
「ワタクシは、この剣を持つ資格がありませんわ」
クレアは剣を、泉の岩に刺し直した。謝罪の意味を込めて、祈りを捧げる。
単に自分は、傲慢だった。
聖剣の本質を知らず、イタズラに否定して。
「母さんが見ていたわ。この剣を直した人物のことを」
「いったいどんな魔法使いが、聖剣を」
「平民の女子学生よ」
バカな! 平民が、この剣を直せるはずが。
「ご冗談を! いくら母親といえど、ジョークがすぎるのではなくて?」
「でも、事実よ」
その子の名前はキャラメ・F・ルージュというらしい。
「修理した生徒は、わかっていたわ。聖剣がどんな思いであなたの攻撃によって壊れたのか」
「あの平民の子には、『モノの感情が、わかる』と?」
「そうよ。だから古臭い錬金術師になんて、なろうと思ったんでしょうね」
文明が発達し、錬金術はほぼオートメーション化している。忘れ去られた技術もあるが、そこまでのオーバーテクノロジーなんて誰も求めていない。
人々が求めているのは、ブランド性である。
「このメーカーなら、丈夫」「この店は格式が高いから確実」
そのブランド志向・バイアスこそ、人は信じていた。
お手軽量産・伝統ブランド志向が両立して当然の時代に、キャラメという少女は剣の声を聞き入れ、古の力を発揮させた。
「その生徒なんだけど、魔王を討伐した勇者パーティにいた、魔女の末裔かも」
そんな人物が、この魔法学校に通っていたとは。
キャラメ・F・ルージュ。彼女ならあるいは、クリスの願いを叶えてくれるに違いない。
*
「キャラメ・F・ルージュさんですわね? ご無事のようでなによりです。さあ、脱出しますよ」
「あ、はい」
セーフゾーンに向かうクレア姫に、ついていく。
ボスを倒すと、セーフゾーンはそのままダンジョンの脱出装置になるのだ。
「お水に触れてください。これでダンジョンから出られます」
「はい。その前に、よいしょっと」
荷物の忘れ物がないか、確認をする。
「ドロップアイテムも、お忘れなく」
「おっと、忘れるところでしたよ」
アイテムをどっさり、持って帰ろうとした。しかし、埋まりそうにない。
「これは、絶対持って帰るとして」
リザードのドロップアイテムが、最優先だ。
武器とか防具とかに使えそうな素材がたっぷり。でも、重すぎる。
あきらめるしかないか?
いや、往復すればワンチャン……でもなかった。
このダンジョンは、一度出るとアイテムの再設定がされるんだったよなあ。
「とんでもないものを、拾い上げましたね」
「ああ、これですか」
わたしは小さいビー玉を、指でつまむ。透明なフォルムは、爬虫類の目みたい。
「【龍の眼 極小】……レアリティは、Cだって」
ちょっといい感じのアイテムだね。
『レアリティCだと? 冗談じゃないよ。そんなのは、すぐにノーマルドロップに上書きされるレベルなのに』
リザードのレアアイテムは、めったに取れないという。普通はノーマルアイテムの、【毒消し草】に上書きされしまうからだとか。
「キャラメさん。あなた、しゃべる剣とお友だちになりましたの?」
クレア様が、ギョッとした顔になる。かなりかわいいんですけど?
「そうなんです。レベッカちゃんです」
あと、自分のことはキャルと呼んでくれと頼んだ。
「ご自身で、名前をつけましたのね? それはそうと、キャルさん。そのアイテムは、すぐにお使いなさい」
「いいんですかね?」
「ええ。今のあなたには、絶対必要なアイテムですわ」
どういった効果が……。
[【龍の眼 極小】
ドラゴンの腕力が、多少備わるだけ。
アイテムボックス無限。重量関係なし]
よし、即採用だ。
「多少」とか「だけ」とかっていっているけど、わたしのようなモヤシ体力には十分すぎる。
「どうすれば?」
「胸に、かざしてみなさい。体内に取り込まれます」
わたしは、龍の眼を抱きしめるように、胸にかかげた。
「うわ!」
龍の眼が、小さいネックレスに。しかも、どれだけ動いても邪魔にならない。身体と一体化したかのよう。
「そのネックレスは一生外せません。それでも、よろしくて?」
「よろしくてですわ」
これで、アイテム容量を心配する必要はなくなった! ドッカンドッカンと詰め込む。
「おまたせしました。帰りましょう」
セーフゾーンの泉に触れた。
身体が、光に包まれる。