『はいい!? 聖剣だぞ! 直せるもんなのかよ!?』
「形だけは、どうにか正常になったよ」
もっとも、わたし程度の【錬成】では、「ごはん粒でくっつけた程度」の強度しか保てないだろうけど。
『それでも聖剣だぜ。恐れ知らずだな?』
「実は聖剣抜きテストの順番って、姫様の次はわたしだったんだよね」
わたしは姫様のすぐ後ろに並んでいたから、姫の番が済んだらやらざるを得なくなったのだ。
「形式だけで『抜けませんでしたー』ってやろうと思ったんだけど、壊れちゃったじゃん。やることが、なくなっちゃってさ。せっかくだしって、元に戻したんだよ」
その頃には、姫様はダンジョンに向かわれていなかったんだが。
*
「あの」
わたしは手を挙げる。
姫どころか、卒業生全員がいなくなっている。おそらく明日のダンジョン攻略に向けて、準備に取り掛かっているのだ。
そりゃあ、そうだよね。わたしは姫の後で、一番ドベだ。いわば、オチ担当である。ましてや、わたしは平民だ。平民ごときがこんなイベントに参加できること自体、ありえないんだもん。
「君はたしか、キャラメ・F・ルージュくんだったか?」
校長先生は、わたしの名前をちゃんと覚えていてくれた。思い出すまでに一瞬間があったが。だけど校長って、生徒の名前をいちいち把握しているものなのかな?
「どうかしたのかね。おお、すまん。君の番だったか。ご覧のとおり、聖剣は抜けてしまった。どころか、壊れてしまってこの通り」
「あ、あの。この剣、直せます」
わたしは思い切って、校長先生に打診してみた。
「なに? 君は、何を言ったのかわかっているのか?」
校長先生も、目を丸くしている。
「は、はい先生。れれれ、錬成で、どうにかなると思います。わた、わたし、せせ専攻が錬金術なので」
「なにを言う? 宮廷魔術師である私でさえ、まともに復元できるかわからぬのに」
「げげ、原因は、わ、わかっています。こここ、この剣は、ままま、まだ大丈夫です。つつ繋げれば、まだけけ、剣として、きき、機能し、します」
わたしは、どうしてこの剣が折れたのか説明をしようとした。しかし、うまく言葉が出ない。
「お嬢さん、ちょっと、失礼」
いかにも魔女っぽいマダムが、わたしに近づく。たしか音楽魔法の先生で、教頭だったはず。
それにしても、誰かに似ているんだよな。
クレア姫様だ。あの方をめっちゃ大人にして、雰囲気をギャルっぽくしたような感じで。
「ちゅ」
教頭が、わたしの頬にチュッとした。
「なにをするんですか、先生!」
わたしは、教頭先生から飛び退く。
「ワタクシが編み出した、【滑舌をよくする魔法】よ。それに、チュってしたのは、こっち」
頭が水滴みたいな形をした二頭身の精霊が、マダムの手の平に乗っている。水滴精霊が腰に手を当てて、ドヤ顔をしていた。
「どうかしら? 話しやすくなったでしょ? 緊張が解けて」
「話してみないことには……あ」
なんか、いつもよりドモラない。
「ありがとうございます」
「ウフフ。ワタクシ、合唱部の顧問もしているの。大舞台に上がることも多いから、こうやって生徒に応急処置をしているのよ」
満足気に教頭が笑う。
「教頭先生、冗談が過ぎますぞ」
「オホホのホ。ごめんあそばせ。でも、面白そうじゃん。このキャラメちゃんに、賭けてみましょうよ」
ひとまず先生一同が、壊れた聖剣を石の台に置く。
「錬成、開始」
わたしは、魔力を注ぎ込む。
聖剣の表面が光を帯び、他の破片とくっつき始めた。
「話しかけてもいいかな?」
「はい。校長先生」
「説明を頼む」
「はい。この剣は、ずっと魔力不足でした」
聖剣は本来、使い手の魔力をエサとする。持ち手の魔力と一体化して、初めてその真価を発揮するのだ。
しかし学生相手では、ロクな魔力をもらえない。
当然だ。今まで、勇者のパワーという極上の料理を食べていたのだ。
学生の魔力なんて、安物のおやつやジャンクフードに近い。
お菓子ばかりを一〇〇年も食べさせられては、身体も壊すというもの。
「そこに急に上質な魔力……つまり、姫の魔力を吸ってしまったせいで、身体がビックリしちゃったんでしょうね。消化不良を起こして、壊れちゃったんです」
わたしも身体測定前に、モヤシばっかり食べて断食に近いダイエットをしたことがある。
既定値をクリアして、測定を乗り切った。
直後にドカ食いしたら、お腹を壊したのである。
「たとえがだいぶアレだけど、よくわかったわ」
「ありがとうございます」
聖剣が壊れたのも、その現象に近い。
「つまりむす……コホン。クレア嬢が魔力を急激に注ぎ込んだ時点で、聖剣の構成組織に綻びが出てしまった、と?」
「そうです。恐れ多くも申し上げますと、本当ならもっと、少しずつ魔力を注ぎ込むべきでした」
本人の魔力が相当なものであるのは、確かだ。
しかし、聖剣はもっとデリケートに扱うべきだった。
そう告げたとしても、クレア姫様はなおさら不要というはず。「そんなヤワな剣に興味なし」と、聖剣を切り捨てるだろう。
「聖剣といっても、しょせんは金属です。金属って意外と、デリケートなんですよ」
物質に魔力を注ぎ込むのは、注意が必要だ。ちょっと調節を間違えただけで、壊れてしまう。魔力伝達率が悪い金属だと、なおさらである。使い手の魔力で、溶けたりサビついたりするから。
「ましてやこれ、精霊銀ですよね? ミスリルよりちょっと上等な。だとしたら余計、丁寧に扱わないといけません。制御している装飾品が、かえって反作用を起こして暴走したりするので」
「使い手の……クレア嬢の技量に問題があったと?」
「ええ、実は――」
わたしは、「どうして聖剣が壊れたか」を、教頭にだけ「正確に」教えた。
「――ということです」
「マジで?」
どのみち聖剣と姫の相性は、あまりよくはない。お互いが不幸になるだけだっただろう、と。
「できました」
聖剣は見事に、本来の輝きを取り戻す。
わたしの背中には、じっとりと汗が滲んでいた。
「一応、形だけです。うまくいったかは、わかりません」
「ありがとう。これで威厳が保てる」
校長の手は、震えていた。
そんなに奇跡だろうか? 校長のレベルなら、もっときれいに仕上がると思うのだが。
わたしは、「手が空いていたから」やってみただけに過ぎない。正式な魔法使いさんに、ちゃんと修理してもらったほうがいいよね。
「なんならキャラメ・F・ルージュくん、君が聖剣を持っていなさい。平民とはいえ、君はすばらしい偉業を成し遂げた」
「ご冗談を」
わたしは、この剣を泉の岩に刺し直す。
「欲がないのね。ところで、あなたの出自は?」
「田舎は、沈香村です」
「沈香村……魔除けのお香の元になる香木を、製造・販売している地方よね?」
教頭からの問いかけに、わたしは「はい」とうなずいた。
「あそこの生キャラメル、子ども用に砕いたお香を混ぜているのよね? あの苦味が最高なんだよねー」
「今後もどうぞ、ごひいきに」
たしかに生キャラメルは、我が田舎の名産なんだけど。
大人になった今でも、あのキャラメルを食べているのか、教頭は。
「そうそう。聞き忘れるところだったわ。あなたの一族の誰かに、伽羅の魔女こと、【ソーマタージ・オブ・カーラーグル】と呼ばれている人はいなかった? もしくは、子孫とかご先祖とか」
「さあ……そこまでは」
わたしは、首を傾げる。
「そう。引き止めてごめんなさい」
「いえ」
「さっきかけてあげた【緊張をほぐす魔法】だけど、永続だから。もし何かの拍子で効果が切れたら、いつでもかけ直してあげるわ。卒業しても、うちにいらっしゃい」
「ありがとうございます。では」
【キャラメルの魔女】って、勇者に同行していた魔術師じゃん。
そんなのが、ウチの家系に?
*
『あんたも大概、心臓に毛が生えてるよなぁ』
「そうかな?」
『そうさ。あんたは絶対に、いい魔法剣士になれるよ』
「いやいや」
わたしは、錬金術師になりたいんだが?
『そうだったね。アハハ。あっ、焼けたぜ。さっさと食わないと焦げる』
「おわっぷ! いただきますっ」
ラビットは一瞬で骨だけになった。
『骨は、アタシ様におくれ』
ゴミの処理まで、していただけるなんて。動物の骨も、魔剣にとっては立派な素材なんだろう。
「ごちそうさま、と。ん?」
壁の隙間が、キラキラと輝いている。
「なんかさ、壁が光っているよ」
『魔法石だ!』
レベッカちゃんの声が、跳ね上がった。
ダンジョンの壁には、魔法石が埋まっていることがあるらしい。
『キャル、ぜひ魔法石を食わせておくれ』
「あいよー」
魔剣の切っ先を、魔法石に差し込んだ。
魔法石が、レベッカちゃんの装飾に吸い込まれていく。
『おおお。これはすばらしい。久々に純度の高い魔力だぜ』
[魔剣【レベッカ】のレベルが、三に上がりました]
レベッカちゃんが、また強化されたらしい。
もらえたスキルは、【火球】と。文字通り、ファイアーボールだよね。剣の先から、炎が出るのだろう。飛び道具としては、オーソドックスだね。
『いいねえ。ここは採掘場だったのかねえ?』
「かもしれないね」
魔剣が、保管されていたくらいだもん。ここで鉱石を採掘して、剣の材料にしていた可能性は高い。
実験として、襲いかかってきたホーンラビットを火球で焼いてみる。
おお、剣で鉄板焼きにしなくても、中までこんがり焼けました。
さっき食べたばかりだけど、おやつとしていただきます。ごちそうさま。
「切れ味の方も、試したい」
『おあつらえ向きの敵が来たよ』
現れたのは、スケルトンだ。手に棍棒や盾を持っている。盾がわずかに焼け焦げているのが、気になるなあ。
「うりゃ」と倒すと、レベルが【七】に上がった。
『スケルトンの数が、増えてきたね』
「なんか、骨も焦げ焦げな感じだったよ」
『嫌な予感がするよ。気をつけるんだ』
「うん。よし」
また別のフロアにて、鉱石を発見した。
『他にも、レアな鉱石が見つかった。これは……おお、いいね』
レベッカちゃんは、うれしそうに叫ぶ。
わたしとしても、レベッカちゃんを立派な魔剣に育って、母心が湧きそ――おおっ!?
「わーっ!」
突然、火球が飛んできた。
わたしはとっさに、回避する。
人間が撃ってきたものではない。遥かに大きなファイアボールだ。
『フロアボスだ!』
どうやら、このダンジョンのボス領域に入ってしまったらしい。
ボスは、口から炎の息を吐きながら現れた。全長五メートルほどの、巨大なトカゲである。四足歩行の足が地面を踏みしめるたびに、床にヒビが入った。
『ファイア・リザートだと!?』
やばいって。詰んだよこれは。炎属性の剣に、炎なんて。
リザードは、スケルトンの身体を踏み潰している。
まさか、スケルトンの身体が焦げていた原因は。
『コイツのせいで、冒険者はやられていたみたいだね! 死んだ冒険者が、スケルトン化していたみたいだよ!』
やっぱりーっ!
「ファイアボール!」
試しに、ファイアーボールでけん制してみる。
だが、やはり火球は炎をまとう皮膚にかき消された。
「だったら!」
レベッカちゃん譲りの身体能力で、斬りかかる。
それでも、刀身が硬い皮膚に弾かれてしまった。炎属性同士のため、ダメージも通らない。
「だったら!」
跳躍して、回転の力を利用して。
「からの!」
斬撃を見舞った。
しかし、傷ひとつつけられない。
『くるぞっ、キャル!』
尻尾による反撃が、襲いかかってきた。
かろうじて、攻撃を受け止める。ノーダメージで受け切ることができた。しかし、大きくふっとばされる。ゴロゴロゴロ、っとわざと後ろ周りのまま後退した。
リザードが、息を大きく吸い込んだ。火炎のブレスを放出する。
「おおおおお!」
熱線に追いかけられながら、扇状に逃げる。
「ダメだ、レベッカちゃん! ビクともしないよ!」
『キャル! あっちに【セーフゾーン】がある! 退避するんだよ!』
レベッカちゃんが、赤い光線を放つ。
その先には、結界が張られた空間が。
わたしは一目散で、セーフゾーンに駆け込む。滑り込みセーフ。
ダンジョンのボス部屋には、こういったセーフゾーンという場所がある。一旦退却し、態勢を立て直すための場所だ。
ボスの間には必ず、セーフゾーンが存在する。
善良な高位存在……いわゆる神様が、お情けで設立したのではない。
セーフゾーンがあるダンジョンに、その無尽蔵の魔力を求めてフロアボスが誕生するのだという。めんどくせえ。
「どうしよう。レベッカちゃん」
レベッカちゃん譲りの剣術をもってしても、あの魔物は倒せない。属性が違いすぎる。
なんとかできないか、レベッカちゃんの性能をもう一度チェックした。
【レアリティ:E、カテゴリ:C、クラス:A:六四七二】か。
装備品のレアリティは、SからEまである。この自称レプリカ・レーヴァテインの最低ランクの【E】だ。
品質は【Calc】、つまり石ころ並である。
クラス、いうなれば『用途』は、【Academic】とあった。アカデミックってことは、訓練とか学問用途ってわけね。
番号はたしか、六四七二番目に作られたっていう型番だったっけ。
「学問ってことは、このレプリカってのは、なにかの実験用品だったって意味じゃないかな?」
例えば強化とか、錬成とか……錬成!
『そうだよ。錬成だっ!』
レベッカちゃんが、わたしに問いかける。
「どうしたん、レベッカちゃん?」
『アタシ様を錬成すれば、アイツに対抗できるんじゃないか?』
「作り直したところで、わたしはポンコツだよ」
『違わない! あんたは聖剣を修繕したんだ! そんなこと、並の錬金術師にできるわけ、ないじゃんか!』
レベッカちゃんが、わたしに言い返す。
「だよね。レベッカちゃんは、わたしをここまで連れてきてくれた」
そんな魔剣が、ウソをつくわけない。
「もし本当にダメだったら、わたしの力が足りなかっただけだよね。やってみる価値はある!」
『キャル。お前さんって、本当になにも疑わないんだな? もし魔剣としてガチで覚醒しちまったら、あんたの魂を食っちまうかも知れないのに』
「構わない。ここまできたら、一蓮托生ってだけだよ」
レベッカちゃんに精神を侵食されるか、リザードの胃袋に転居するか、ってだけ。
こんなところで、終わりたくない。情けない人生だったなんて、思いたくないんだ。
だったら、レベッカちゃんの言葉に賭ける。
「いいの? 錬成に失敗するかも知れないのに」
『うまくいくさ。だってアタシ様は、そのための【学術用品】かもしれないだろ?』
レベッカちゃんは、自ら進んで実験体になってくれると約束してくれた。
『方法は、ある』
インベントリで確認する。
『さっき調べたら、これはレアの魔法石【紅蓮結晶】だった。あのリザードは、この魔法石を飲み込んだせいで、炎の力を得たらしい』
「ふむふむ……錬成素材としては、最適じゃん」
この紅蓮結晶だが、錬成以外に別の用途がある。わたし自身が取り込めばいい。
炎の加護がなくても、剣自体の強度が増して、わたしの身体能力も上がる。あのリザードだって、軽く倒せるようになるだろう。
しかし、威力が強すぎる。モンスターの体組織ごと破壊するため、リザードからのドロップが減ってしまう。
『大雑把に、相手を倒すならこれだ』
「調整が、難しいんだね」
『アタシ様が、制御したほうがいいね』
レベッカちゃんの、いうとおりだ。これは、錬成に使おう。
「あ、そうだ。この魔法石をもらったんだった」
わたしはアイテムボックスから、黒い石を取り出した。小さくて、黒壇のように艶がある。
『なんだい、それは……まさか! よく見せてくれ!』
「いいよ。【原始の炎:極小】だって」
『本物の、原始の炎か!?』
レベッカちゃんの声が、うわずった。そこまで貴重なアイテムなんだ。
「そうだよ。すごいスキルが付与されるんだってさ。教頭先生からもらったんだ」
魔剣を修復したお礼に、教頭先生がわたしにプレゼントしてくれた。「いつか、自分の相棒になるほどの魔剣に出会った時、これを使いなさい」と。
『間違いない。正真正銘、原始の炎だ』
「知ってるの、レベッカちゃん?」
『ああ。とんでもないスキルが手に入るよ』
これなら、あのリザードを倒しても、アイテムが手に入れられるそうだ。
『さすが、魔法学校だね。ヤバいアイテムを所持してやがる』
「なんだろう、原始の炎の持つスキルって?」
抽象的すぎて、わからん。さっぱりプーである。
『属性貫通だ』
魔剣には本来、属性がある。
火・水・風・土・光と闇とか、そういうのだ。
属性がないのは、物理という特性がある。
『アタシ様は【レーヴァテイン】だから、炎の属性だな。その威力を犠牲にする代わりに、どんな奴にも通用する』
「つまり……」
レベッカちゃんの話が、本当だとすると。
『あんたの想像したとおりさ、キャル。原始の炎は、炎さえ斬る』
【原始の炎】とは、炎を越えた炎だという。
この力があれば、並の炎属性すら突き抜けて、ダメージを与えられるそうだ。
『ただ、この力は正式な属性に反する。もし扱えば、炎の剣としての威力は下がるんだ。せっかく覚えたファイアボールも、威力を捨てざるを得ない』
貫通能力のある【原始の炎】は、効果こそすぐには現れにくいけど、取り続けると強くなる大器晩成型、と。
『リザードの戦闘レベルは一一。今のあんたじゃ、逆立ちしても勝てない。紅蓮結晶を取り込んで力技で潰すか、原始の炎を用いて、ピンポイントで弱点を突くか』
「万能か。いいんじゃないかな。よし、万能で!」
『いいんだな? これを取り込んで』
「うん。わたし、ソロ狩りプレイを目指すので」
炎が通じない相手が出て来る可能性が高いと思っていたけど、今がその時だとは。
ぼっちなわたしは、ソロで対処するしかなくなる。だから弱点は、なるべく消しておきたいかな。
『とはいえ極小だから、あまり期待はするなよ』
「わかってる。もっと強い敵と戦って、強い装備や素材をゲットできれば、レベッカちゃんがもっと強くなれるんだね?」
『ああ。原始の炎だって、本来はアタシ様がレベルアップして覚えるもんさ。本物のレーヴァテインの力なのさ。だが、今のアタシ様だけの力じゃ、足りない』
本格的に最適化するには、錬金術師の力が必要になる。
しかし、わたしじゃまだまだポンコツだね。
「ごめんね。力になれなくて」
『キャルがあやまることじゃない。アタシ様を強くしたくて、そう考えているんだろ。それだけでもありがたい』
わたしはうなずいて、セーフゾーン内に道具をセッティングした。
「作業台はOK。素材と、魔剣を置いて、と。いくよ!」
レベッカちゃんを作業台の上に置く。紅蓮結晶は剣の上に設置し、黒い石は剣の隣に。
「錬金術師キャラメ・F・ルージュが、命じる。魔剣レーヴァテイン六四七二改め、レベッカよ。【原始の炎】の力を宿し、我の刃となれ!」
呪文を詠唱し、錬成を開始する。
黒い石と紅蓮結晶を、レベッカちゃんが吸い込んでいく。
わたしはさらに、レベッカちゃんにありったけの魔力を注ぎ込む。
「錬・成!」
レベッカちゃんの炎が、紅から、黒の混じったオレンジ色へと変わった。
「すごい。さらにベッコウアメ感が増したよ」
『そのたとえが見事なのか、わからんけどな。でも……』
レベッカちゃんは、刀身から黒いオーラを放ち続けている。プロミネンスのようなゆらめきを、常時放つ。
『アイツを脅威と思わなくなったな』
自信に満ち溢れているレベッカちゃんを見て、わたしも覚悟を決めた。
「ほんとは、他の装備品も錬成で強くしてみたかったんだけど、剣で精一杯だった」
おかげでまだ、手がビリビリと痺れている。
『成果に見合う、仕事をこなしてやるよ』
「お願い!」
わたしは、レベッカちゃんを構えた。
ファイアリザードは、出待ちするでもなく初期位置で待機してくれている。「お前なんぞ、セーフゾーンから出た直後に攻撃しなくても倒せる」って、顔に書いていた。
そりゃあ、わたしはスライムとさえ互角のポンコツだけどさ。
その慢心を、後悔させてやる。
「ぬぁ!」
開幕から、わたしは跳躍した。紅蓮結晶をレベッカちゃんに取り込んだおかげか、ブーストがすさまじい。天井にさえ届きそうなほどに飛ぶ。
空中で無防備状態になったわたしに向けて、リザードが大きく口を開けた。ブレスが来る。
灼熱の炎が、わたしに放たれた。
「なんのぉ!」
わたしは構わず、剣を振り下ろす。
スケルトンの仲間入りになんて、なってやらないんだから!
オレンジ色の刃が、ブレスを斬り裂いた。
「おぅいええええ!?」
自分でも、驚いている。形がない炎を、ホントに斬っちゃうとは。さっすが【原始の炎】だね。
だが、リザードにまで負傷をさせられない。ちょっと口を切っただけ。それでも、怒り狂っているけど。後ろ足をハネさせて、わたしに向かってシッポで打撃を浴びせにかかる。
『やっちまいな!』
「おう!」
繰り出されたシッポを、スパっと切ってやった。
ドン、と極太のシッポが地面に落下する。
トカゲらしく、リザードは再生を試みた。しかし絶大な再生能力をもってしても、原始の炎で斬られた部分は生えてこない。
『炎の力を取り込んだのが、アダになったね!』
普通にリザードだったら、再生したものを。欲張って炎属性を取り込んでしまったために、原始の炎の作用をまともに受けてしまったのだ。
ブチギレたリザードが、なりふり構わずブレスを撒き散らす。
「弱点は!?」
『シッポの付け根さ』
さっき切ったところか。
「よし! ウニャニャニャニャ!」
相手のブレスを回避ししつつ、わたしはリザードの背後に回り込んだ。
リザードの後ろ足が、わたしを踏みつけようと降ってくる。
「うるっせえってんだよ!」
わたしは、リザードのカカトに切り込みを入れた。
軽く悲鳴を上げて、リザードが足を上げる。
「今だ!」
棒高跳びの要領で、わたしは飛び上がった。狙うは、リザードのシッポを斬った傷口である。
「くらえ、【プロミネンス・突き】!」
レベッカちゃんが所持する炎属性の技【プロミネンス】をまとわせ、突き攻撃をリザードに食らわせた。
リザードの身体が黒くなって、ガラスのように砕け散る。
本当ならシッポを切って、リザードの再生を食い止めつつ攻撃するのがセオリーだった。
しかし、このリザードはファイアリザードに変化している。原始の炎を食らったせいで、再生できなかった。
わたしを甘く見た、報いが来たね。
[フロアボス、【リザード亜種・炎】の討伐、完了しました]
リザードが黒いガラス片となった後、手の甲からアナウンスが。
さてさて、ドロップはなにかな……あれ?
ダンジョンの照明が、赤く点滅し始めた。
「うわあああ! 何事!?」
リザードが大量発生したんだけど!? ボスは、倒したはずだよね!?
[緊急事態発生。フロアボスが大量発生しました。【モンスターハウス】です]
モンスターハウスって、いわゆる魔物の大量発生現象のことだ。一部のフロアに魔力が異常に蓄積して、モンスターが魔力を食いにやってくる状態をいう。
今度は、普通のリザードだ。しかし、数が多すぎるだろ!
『まだやるのかい? 何匹来たって、同じことだよ!』
いや、レベッカちゃんはやる気満々だけどさぁ!
わたしはもう、疲れたよ。
呼吸を整えて再度戦闘態勢に、っと思っていたその時だ。
「【雷霆蹴り】」
雷光が縦横無尽に飛び交い、リザードたちの体組織を壊した。
リザードが、雷を帯びたキックを受けて、粉々になっていく。
「どわわ!」
その勢いに気圧されて、わたしは尻餅をついた。
雷の勢いは、止まらない。次々と湧いてくるリザードの群れを、一瞬で灰にしていった。
フロアボスを一撃で屠るほどの火力を放ち続けているのに、一向に威力が衰えない。
わたしは、この稲光に見覚えがある。ダンジョン攻略前日に、わたしはこれを見た。これは、伝説の聖剣をぶっ壊した技だ。
「あなた、ケガはない?」
雷撃を放った少女が、わたしの顔を覗き込む。
すべてのリザードを蹴散らしたのは、クレア姫だった。
――幕間 前日譚
伝説の聖剣を破壊して、夕刻を迎える。
クレア・ル・モアンドヴィルは、校長室に呼ばれた。
「失礼いたします。クレア・ル・モアンドヴィル、参りました」
「ああ、ご苦労さま。あとは、教頭とお話しなさい。私は、失礼するよ」
校長が教頭に鍵を預け、部屋から出ていく。
呼んだのは校長だが、用事があるのは教頭の方か。
「なんでしょう、お母様?」
「ここでは、教頭と呼びなさい。【雷帝】のクレア」
母親のクレイピアが、鼻でため息をつく。母はクレアを心配し、クレアの在学中だけの教頭先生となったのだ。
なんて過保護な。
とはいえ、母が天才なのは本当だ。雷属性と水魔法の【ミックス】ができる。
二つの違う属性をかけ合わせるミックスなんて、クレアですらできない。
また、魔法製造にも長けている。中でも代表的なのは、【リラックス】の魔法だ。雷属性で対象者に電気ショックを与え、水属性で血流を整える。
【リラックス】の魔法を編み出した母は、緊張しぃの生徒に人気があった。
「聖剣を壊した罰なら、しかと受けます」
「わかっています。だから夕方だというのに、まだ制服を着ているのでしょう?」
そこまで、わかっていたか。
「聖剣なら直ったわ。見ていらっしゃい」
「まさか!」
早すぎる。宮廷魔術師でも、一ヶ月はかかると思っていたが。
「でも、付け焼き刃でしょうに。たった半日で聖剣がもとに戻っているなんてもとに戻ってる!?」
思わず、クレアは泉の岩を二度見した。本当に聖剣が、岩に元通りに突き刺さっているではないか。しかも、完全再現されて。
「幻術なのでは、ないですか?」
「ウソだと思うなら、確かめるといいわ」
「再び抜いても?」
「ええ。どうぞ」
母クレイピアが、手で剣を指し示す。
クレアは柄に手をかけて、再び剣を抜いた。
剣の感触は、破壊したときと変わらない。相変わらずの、駄剣。
「その剣をもう一度、折ってみなさい」
クレイピアが、信じられないことを言う。
「ほんとうに、よろしくて?」
「いいわよ。好きになさい」
母の言葉に甘えて、クレアは聖剣を放り投げた。きれいな刀身に、渾身の蹴りを叩き込む。
十分な手応え。魔力の伝達もスムーズだ。これがエクスカリオテ学園歴代最強と謳われ、【雷帝】の二つ名で呼ばれたクレア王女の――!?
「どうして」
だが、今度は聖剣が砕けなかった。
「ワタクシの蹴りを受けても、ヒビ一つ入らない!」
いったい、どういうことだ? さっきは、軽く蹴っただけで一撃で崩壊したのに。
蹴ったときの質感も、まるで違う。
最初に抜いたときは、威厳や威圧感などを感じなかった。しかし、この剣からは絶大なオーラを感じる。
再構成された際に、なにか施された? いや、ありえない。聖剣なら構造も製造過程も複雑なはず。
「ようやく、あなたを聖剣の使い手として認めたようなの」
母の言葉に、クレアは首を傾げる。
「剣を抜いた時点で、ワタクシに資格ありだと思っていましたが?」
「違うわ。聖剣は……『わざと』壊れたの」
信じられない言葉を、母がクレアに投げかけた。
「この剣には、二重のセーフティがかかっていたのよ」
一つは、泉の岩に刺さった状態で、抜けば資格あり。
もう一つは、使っても壊れないかどうか。
「つまりあなたは、あの時点では剣を抜いただけ。扱いに慣れていないせいで、剣はあえてぶっ壊れちゃったのよ」
「――!?」
そうだったのか。どうりで脆いと思っていたが。
「あなたは確かに強い。しかし、聖剣を扱うには、少々傲慢が過ぎたみたいね」
母の言うとおりである。
ここまでの意思を、武器が持っているとは。この聖剣は、ただの強い剣ではない。持ち主の慢心を、見抜いている。
「ワタクシは、この剣を持つ資格がありませんわ」
クレアは剣を、泉の岩に刺し直した。謝罪の意味を込めて、祈りを捧げる。
単に自分は、傲慢だった。
聖剣の本質を知らず、イタズラに否定して。
「母さんが見ていたわ。この剣を直した人物のことを」
「いったいどんな魔法使いが、聖剣を」
「平民の女子学生よ」
バカな! 平民が、この剣を直せるはずが。
「ご冗談を! いくら母親といえど、ジョークがすぎるのではなくて?」
「でも、事実よ」
その子の名前はキャラメ・F・ルージュというらしい。
「修理した生徒は、わかっていたわ。聖剣がどんな思いであなたの攻撃によって壊れたのか」
「あの平民の子には、『モノの感情が、わかる』と?」
「そうよ。だから古臭い錬金術師になんて、なろうと思ったんでしょうね」
文明が発達し、錬金術はほぼオートメーション化している。忘れ去られた技術もあるが、そこまでのオーバーテクノロジーなんて誰も求めていない。
人々が求めているのは、ブランド性である。
「このメーカーなら、丈夫」「この店は格式が高いから確実」
そのブランド志向・バイアスこそ、人は信じていた。
お手軽量産・伝統ブランド志向が両立して当然の時代に、キャラメという少女は剣の声を聞き入れ、古の力を発揮させた。
「その生徒なんだけど、魔王を討伐した勇者パーティにいた、魔女の末裔かも」
そんな人物が、この魔法学校に通っていたとは。
キャラメ・F・ルージュ。彼女ならあるいは、クリスの願いを叶えてくれるに違いない。
*
「キャラメ・F・ルージュさんですわね? ご無事のようでなによりです。さあ、脱出しますよ」
「あ、はい」
セーフゾーンに向かうクレア姫に、ついていく。
ボスを倒すと、セーフゾーンはそのままダンジョンの脱出装置になるのだ。
「お水に触れてください。これでダンジョンから出られます」
「はい。その前に、よいしょっと」
荷物の忘れ物がないか、確認をする。
「ドロップアイテムも、お忘れなく」
「おっと、忘れるところでしたよ」
アイテムをどっさり、持って帰ろうとした。しかし、埋まりそうにない。
「これは、絶対持って帰るとして」
リザードのドロップアイテムが、最優先だ。
武器とか防具とかに使えそうな素材がたっぷり。でも、重すぎる。
あきらめるしかないか?
いや、往復すればワンチャン……でもなかった。
このダンジョンは、一度出るとアイテムの再設定がされるんだったよなあ。
「とんでもないものを、拾い上げましたね」
「ああ、これですか」
わたしは小さいビー玉を、指でつまむ。透明なフォルムは、爬虫類の目みたい。
「【龍の眼 極小】……レアリティは、Cだって」
ちょっといい感じのアイテムだね。
『レアリティCだと? 冗談じゃないよ。そんなのは、すぐにノーマルドロップに上書きされるレベルなのに』
リザードのレアアイテムは、めったに取れないという。普通はノーマルアイテムの、【毒消し草】に上書きされしまうからだとか。
「キャラメさん。あなた、しゃべる剣とお友だちになりましたの?」
クレア様が、ギョッとした顔になる。かなりかわいいんですけど?
「そうなんです。レベッカちゃんです」
あと、自分のことはキャルと呼んでくれと頼んだ。
「ご自身で、名前をつけましたのね? それはそうと、キャルさん。そのアイテムは、すぐにお使いなさい」
「いいんですかね?」
「ええ。今のあなたには、絶対必要なアイテムですわ」
どういった効果が……。
[【龍の眼 極小】
ドラゴンの腕力が、多少備わるだけ。
アイテムボックス無限。重量関係なし]
よし、即採用だ。
「多少」とか「だけ」とかっていっているけど、わたしのようなモヤシ体力には十分すぎる。
「どうすれば?」
「胸に、かざしてみなさい。体内に取り込まれます」
わたしは、龍の眼を抱きしめるように、胸にかかげた。
「うわ!」
龍の眼が、小さいネックレスに。しかも、どれだけ動いても邪魔にならない。身体と一体化したかのよう。
「そのネックレスは一生外せません。それでも、よろしくて?」
「よろしくてですわ」
これで、アイテム容量を心配する必要はなくなった! ドッカンドッカンと詰め込む。
「おまたせしました。帰りましょう」
セーフゾーンの泉に触れた。
身体が、光に包まれる。
ようやくわたしは、ダンジョンを脱出できた。
朝早く入ったはずなのに、もう日が暮れそうになっている。
ダンジョンの入口から学校まで、並んで歩く。
「ありがとうございます、クレア姫」
「いいえ。お礼なんて結構よ。それに、敬語も」
「でも、姫は姫なんで」
敬語を解いて話しているのを見られたら、それこそ他のクラスメイトにどんな目に遭わされるか。
「クレアと呼び捨てになさっても、構わなくてよ。同い年のお友だちなのに、みんな姫とかしこまるんですもの」
「では、クレアさん」
「うふふ、よろしくおねがいします。キャルさん」
ていうか、姫の言葉遣いが元々、敬語なのですわ。
「あれ、でもクレアさんって、魔剣探しは免除されているはずでは?」
クレア姫は、聖剣に選ばれている。だったら、聖剣を使えばいいこと。わざわざ卒業過程である、魔剣探しになんか参加しなくてもいいはずなのに。
「これは、ワタクシが招いた災いなのです」
なんでも聖剣を砕いた影響で、ダンジョンの構造がヤバイ雰囲気に変わっちゃったらしい。
魔物が異様に強くなったのも、ボス部屋がモンスターハウス化したのも、すべてクレアさんが聖剣を破壊したせいだったとか。
「おか……教頭先生から、お灸を据えられました。なので、事態の正常化を言い渡されたのですわ。あなたで最後ですよ」
「クレアさん、他の生徒に犠牲者とか」
わたしの向かったフロアで、ファイアリザードが相手だったのだ。生徒たちが、まともに帰れたのだろうか?
あのダンジョンは入り口は共通だが、生徒一人ひとりによってルートも到着地点も違う。先生以外、助け出すことはできないのだ。
「ご心配なく。他の生徒たちは、スケルトンだとか、ゴブリンチーフがフロアボスでしたわ。とんでもない数でしたが」
特別な許可をもらい、クレアさんはダンジョンから生徒を助け出すため、すべてのダンジョンを駆け抜けたという。
「よかったぁ」
他の生徒たちもクレアさんに救出され、教室に帰っているらしい。
「あなたのおかげです。ありがとう、キャルさん。あなたが聖剣を直してくれなかったら、魔物たちの強化や大量発生は、防げませんでした」
あのまま直でダンジョンに向かっていたら、それこそ生徒たちは全滅していたかも知れないという。
やっべー……。直しておいて、よかったぁ。
「それにしても、あなたがどこにいるかわからず、探し回りましたわ。無事でよかった」
「平民のわたしごときにお手間を取らせて、申し訳ございません」
「とんでもない! 平民だろうと、あなたは大事なクラスメイトですわ! それに、ワタクシの目を醒ましてくれた、恩人です」
最大級の賛辞をいただいて、恐悦至極である。
学校に到着した。
だが、クレアさんは教室には向かわない。外れにある。学食まで歩く。
「教室には、戻らないので?」
「みなさんは、おうちに帰りました。卒業式までお会いすることはないでしょう」
クレアさんは、食堂の料金を払ってくれた。
「おかえりなさい。シチューを温めておいたから、お食べ」
「ありがとうございます、おばちゃん」
まるまると太ったおばさんが、わたしたちにシチューを振る舞ってくれる。
ああーっ。数時間ぶりの、まともな食事だぁ。最高ぉ。
「シチューとライスを、合わせる方ですのね? そんな人、初めて見ましたわ」
クレアさんが、目を丸くしていた。彼女の方は、パンに浸して食べている。
「田舎でも、珍しがられるんですけどね。やってみます?」
「では」
木のスプーンで、ライスをすくう。
「なるほど。ライスって、シチューと合わせると甘みが増しますのね? おいしいですわ」
「気に入ってもらえて、よかったです」
布教活動ってわけじゃないけど、同志ができてよかったぁ。
「でも、いいんですか? 平民のわたしとゴハンなんて、つまらないのでは?」
「いえ。あなたと一緒にいると、和みますわ。他の貴族の女の子たちとの会話なんて、誰を婿に迎えるだとか、政治的な話ばかりで」
人の悪口をエサにしている女性の話に、辟易しているのだとか。
「キャルさんのお話は、興味深いですわ」
「ありがとうございます」
「ですから、お礼は無用ですわ。わたくしの責任ですの。申し訳ございません」
クレアさんが、わたしに深々と頭を下げた。
恐縮ですってば! もし、わたしが姫様にお辞儀なんてさせている場面なんて、他の生徒に見られたらぁ! 殺されちゃう!
「いえいえ! おかげさまで、いい魔剣に出会いました。これもケガの功名。不幸中の幸いというものですよ」
「そうでした。あなたの連れている魔剣を、見せていただけますか?」
「どうぞどうぞ」
食べる作業をやめて、わたしはレベッカちゃんを見せる。
「レーヴァテイン・レプリカの、レベッカちゃんです」
レベッカちゃんも、『よろしくな』とあいさつをした。一国の姫君が相手だとしても、レベッカちゃんはブレない。
「ウソでしょ、レーヴァテインですって!?」
やけに、クレア嬢が驚いていた。
「姫様?」
「まさか。伝説のレーヴァテインが、レプリカとはいえ、この世界に顕現するなんて」
「どういう意味でしょう?」
「炎の剣の最上級アイテム【レーヴァテイン】は、この世界とは別の神話に登場するはずの剣ですわ。本の中に出てくる、創作上の逸品であるとしか」
マジかよ。
つまりレベッカちゃんは、この世界のアイテムではないってわけだ。
炎の巨人の武器で、巨人はこの剣を振るって、世界を破壊し尽くしたとされている。その後に創造神によって倒されて、巨人は肉体ごと大陸にされたと伝承に残っているそうだ。
噴火をモチーフにしていて、世界を創造した場面を、神話として語り継いでいるという説も。
わたしは、そっちの話の方が好きかな。リアリティがあって。
「ですが、それはこことは別の世界線での話だとされています。なのに、本物のレーヴァテインがこの世界に現れるなんて」
誰しもレーヴァテインなんて、『想像上の産物だろう』と、信じて疑わなかったそうだ。
「レベッカちゃんって、すごい魔剣だったんだね? おとぎ話の世界から、飛び出してきたなんて」
『自分でも、出自に驚いているよ。おおかた、伝記でしか語られていないレーヴァテインを、どっかの研究者が再現しようとしたんだろうね』
六〇〇〇本以上も魔剣を作る人だから、レベッカちゃんの生みの親は、かなりの変人な可能性がある。
「だったら、レベッカちゃんの扱い、どうしよう?」
そんな立派な魔剣をガッションガッションと持ち歩いていたら、めちゃ注目されるかも。
「ご心配なく。髪留めになさったら?」
「おお。そうでした」
イマドキの冒険者は、装備を小さく圧縮して携行する。デカい武器やヨロイを堂々と身につけ、町中を歩きはしない。「常時、臨戦態勢なのか?」と、役場の人に思われちゃうからだ。
実力を隠す意味も込められる。
よく考えたら、レベッカちゃんもむき身のままだった。抜いてそれっきりだったのを、忘れていたよ。
「拾ってきたファイアリザードの皮を使って、柄を錬成! っと。からのぉ」
わたしは、レベッカちゃんを縮小した。ボブカットの髪に、髪留めとして収める。
「ごちそうさまでした、クレアさん。ここまでしていただけるなんて、どうやってお返しをすればいいのやら」
「お返しは、ちゃんといただきますわ」
おっ。お姫様から、お願いをいただけるとは。なんだろう? 平民のわたしでも、できることかな? 抱いてとか、いわないよね? わたし、そんな性的な知識はないんだけど?
「キャルさん。ワタクシに、魔剣を作ってくださいまし」
おおおお。シチューの代償は、デカかったーっ。
魔法学校の卒業式が、行われた。
体育館に、教員と卒業生全員が集まっている。
「ねえ、レベッカちゃん。みんな、結構いい感じの魔剣を所持しているね」
わたしは、レベッカちゃんと脳内会話を行う。失礼ながら、クラスメイトたちの魔剣を吟味する。
レイピアタイプの魔剣もあれば、斧タイプの魔剣もあった。仕込み杖なんてのも。全員、髪留めや万年筆サイズに、装備を圧縮していた。
今の時代、町中で無意味に武器をジャラジャラと持ち歩いていると、役場の騎士に職質される。そのたび、いちいち冒険者カードを見せなければならない。
魔王がいなくなったのはいいが、面倒な時代になったものだ。
『ほとんど、魔力を帯びただけの無銘だね。アタシ様より脅威になる魔剣は、いないみたいだね』
たしかに、レベッカちゃんのような純正の魔剣とは違う。
「でもみんな、がんばったんだね」
『あんたは、お優しいねぇ』
それは、よく言われる。
『けど、その優しさがあったから、あんたはアタシ様を見捨てなかったんだろうよ。アタシ様が強くなったのも、あんたのおかげだからね。感謝しているよ』
「えへへ」
伝説の聖剣を引っこ抜いたクリスさん以外、全員魔剣ゲットに成功したみたい。
まあ歴代で、この学園は落第者なんて出したことはないし。
レベッカちゃんは、堂々としたものだ。なんといっても、魔剣レーヴァテインだしね。レベッカちゃんは。
最後に、冒険者の許可証をもらって、お開きとなる……はずだった。
「しまった」
魔剣のお披露目、すっかり忘れてたじゃん。
そりゃあ魔剣を取ってきたんだから、手に入れた魔剣を見せるって儀式があっても不思議ではないよね。
「どうしよう? 架空の魔剣なんて、この世界には存在しないよ。パチモンだって、バカにされちゃわない?」
『そんときは、そんときさ。いざとなったら、手頃な相手と決闘して、魔剣レーヴァテインの恐ろしさをわからせりゃいいのさね』
物騒だよ、レベッカちゃんは。そんな過激なことなんてやったら、せっかくの卒業を取り消しにされちゃう。
「キャラメ・F・ルージュ殿。魔剣を、ここへ」
しんがりに、わたしの番が来た。
「遠慮しないで」
校長と教頭から促され、わたしはレベッカちゃんを元のサイズに戻す。
ド派手に、レベッカちゃんはドン! と炎を巻き上げる。直後、美しいオレンジ色の刀身が目の前に現れた。黒い炎と、橙色のコントラストが、実にすばらしい。
「は、はい。いくよ、レベッカちゃん!」
オレンジ色に輝く刀身を見て、式の会場がザワつく。
「あんなデカい剣を軽々と!」
「平民の取って来た魔剣が、一番立派だと!?」
「でも、なんかデザインがカワイイ!」
学校じゅうから、驚きと憧れの眼差しを向けられた。
実は昨日、卒業式を控えたこともあって、ちょっと柄の方をいじってみたのである。
握り込みの気になる点や、無骨なデザイン性などを見直したのだ。
ああでもないこうでもないと考えていたせいで、二時間くらいしか寝ていない。
教頭先生から緊張を解きほぐす永続魔法をもらっていなかったら、わたしは経っていることすらできなかっただろう。その場でうずくまり、保健室あたりに連れて行かれるんだ。
「して、キャラメ・F・ルージュ。その剣の名は?」
「この子は、【レーヴァテイン】のレベッカちゃんです」
レベッカちゃんはしゃべろうとした。
だが、しゃべる魔剣は珍しい。口を挟ませないほうがいいだろう。ここにきて変な誤解を、招きたくない。
「レーヴァテインですって!?」
教頭先生が、クリスさんと同じリアクションをした。
まるで親子みたいだな、あの二人。
「しかし、レーヴァテインなど、この世界で確認はされておりませんぞ。いったい、どう判断すれば」
「おとぎ話に出てくる、剣じゃないですか! デタラメだ!」
教師陣が、ざわついている。
レーヴァテインが顕現してヤッホーって人もいれば、あれは贋作の魔剣だと頑として認めない派閥も。
「仮に本物のレーヴァテインだとしても、平民の娘ですぞ! うちの学生とはいえ、そんな少女が、危険極まる剣を取ってこられるはずがない! ただちに回収すべきです!」
一際偉そうな貴族風の教師が、レベッカちゃんの存在を断固否定する。うわあ、わたしからレベッカちゃんを取り上げる話まで出ているよお。
さらに、生徒たちの私語が多くなっていった。
「お静かに!」
教頭が、手をパンパンと叩く。
卒業式の会場が、一気に緊迫感を増した。
「これはレプリカながら、正真正銘の魔剣に違いありません」
教頭先生が、とまどう教師陣を説得する。
「この子は、錬金術師です。その気になれば、魔剣を錬成することも可能です。結果的に、絵本に出てくる魔剣を作ったに過ぎないなら、それでいいでしょう」
「だったらこの生徒の魔剣は、贋作ということではありませぬか!」
さっきの偉そうな貴族先生が、なおも食い下がった。
もーお。なんなん? そんなに平民が魔法科学校を卒業するのに、納得がいかんのか? いかんのだろうなぁ。
「それでも、ベースとなったのは魔剣に他なりません。この魔剣から、なんらかの特殊効果を確認しました。校長もどうぞ」
手持ちのモノクルを、教頭が校長に差し出す。
「ふむ。たしかにベースは魔剣ですな。それも、かなりレアリティは低いようだ」
「でしょ? なら、魔剣を取ってきたこと自体は、事実なわけです。レーヴァテインを『自称』したところで、さしたる脅威にはならないかと」
教頭は、助け舟を出してくれているみたいだ。
意固地になってレーヴァテインを本物だと主張したら、実験道具にされる。
かといってレベッカちゃんがニセモノだとしたら、わたしは卒業できない。
「魔剣であることは本物だが、レーヴァテインはあくまで自称」と、教頭は折衷案を出してくれたようだ。
「フン。たしかに、まがい物ではないようですな」
わたしを認めようとしなかった貴族先生も、モノクルでレベッカちゃんを確認した後にため息をつく。
「ではキャラメルージュ殿、ご卒業おめでとう」
パチパチパチ、とわたしは生徒たちに歓迎されて席に戻った。
さて、帰り支度をするか。
わたしは、荷物を整理する。
「お世話になりました」
錬成術の先生に、あいさつをした。
「それと今日一日、こちらを使わせていただきたいのですが」
「好きなだけ、使いなさいな」
先生である老魔女さまが、快く承諾してくれる。
よし、装備品を作ろう。たっぷりと、錬成するぞー。
『夕方に始まる、ダンスのドレス作りかい?』
レベッカちゃんからの質問に、わたしは首を振った。
「あれは、貴族様の式典だから」
卒業式典のパーティなんて、わたしのような平民が立ち入っていい場所ではない。窮屈すぎて、息が詰まりそう。
今、わたしが作っているのは、冒険者用のジャケットだ。
「錬成!」
掛け声とともに、鉄のヨロイとファイアリザードの皮を融合させる。
ファイアリザードの皮を使って、赤紫のジャケットを仕上げてみた。
「制服の色と近くて、いい感じじゃない?」
『たしかに、いいねえ。身体のラインも出て、セクシーじゃないか』
「そこは、見なくていいよぉ」
わたしは、自分の身体を抱きしめる。
しかもこのジャケットは、鉄のヨロイよりも硬い。レザーアーマーとしての役割も、果たすのだ。
『殊勝だねえ。もう旅の支度をしておくなんてさ』
「わたしは学校にいたいんじゃなくて、錬金術師でレベッカちゃんを強くしたいからね」
今ではなく、わたしは先を見据えて行動する。いつまでも、学生気分じゃいられない。
あとはスカートと靴を揃えたいけど、ベース素材がない。買ってこなくては。
ひとまず、使わない武器は鉄くずに変えておこう。素材に使えるかも。
錬成室で一人旅の準備をしていると、部屋をノックされた。
「クレア姫……」
扉を開けると、前にいたのはクレア姫ではないか。
「姫……クレアさん。どうして?」
「キャルさん。お昼のパーティに、ご出席されていませんでしたから」
あっ、もうお昼すぎか。
そういえば卒業式の直後も、なんかイベントがあったんだっけ。
でもなー。貴族のパーティなんて気後れしちゃうんだよねえ。
『昼メシも食わずに、没頭していたねぇ』
卒業のあれやこれやで、胃があまり食事を受け付けないのであった。
錬成中にお菓子をバリバリ食べていたので、お腹はあまり空いていない。
早く姫に差し上げる魔剣の素材を集めるため、街を出ることを最優先にしていたからね。
「もう、行ってしまわれるのですか?」
「はい」
昼の間に準備をして、夕方には出ていく予定だ。
「夕刻には、ダンスも立食もありますのに」
「結構です。みなさんで楽しんでください」
わたしのような平民は、クールに去るぜ。
「ならば、ワタクシも出発いたします」
ええ……。大丈夫なのか? お姫様じゃん。勝手に出歩いて、いいのかよ?
「あなたに、魔剣を作っていただかなくては」
やはり、昨日話してきたお願いは、まだ生きているのかー。
「作って、お届けするというわけには」
「参りません。自分で素材を集めて、直接手で触れて、肌触りを実感しなくては。それが、聖剣・魔剣を愛好するというもの」
ホントたくましいな、クレアさんって。
「本物の剣士は、手を汚すものです。人に全部任せて自分の所有物ヅラなんて、できるわけないですわ」
「たしかに、もう旅支度をなさっていますね」
クレアさんは、気が早い。言っているそばから、もう支度ができている。貴族とのイベントなんて、まったく興味がないんだな。
「家督は、一番上の兄が継承なさいます。両親や兄弟姉妹に、あいさつも済ませて参りました。みな、快く送ってくださいましたわ」
王家といえど、末娘は融通は効くみたい。
「よく、承諾してくださいましたね。国王様」
本来なら、泣いて引き止めるところなんだろうけど。
「ワタクシは、末っ子ですから。それにロクな花嫁修業もしない穀潰しは、必要ないのですよ。ヘタに政治に関与されるより、放逐してしまった方が国としても都合がよいのですわ」
国の言う通りにならないなら追放しちまえとか、マフィアみたいな考えだなぁ。
『ふーむ。「国の守り神である聖剣を叩き壊すような女は、家においておけない」ってのが、本音なんだろうね』
レベッカちゃんが、えらいことを言う。それは思っていても、はばかられちゃうよ。
「ウフフ。よろしくてよ。事実だから」
クリスさんも、自身の状況を把握しているらしい。
「それにしても、そのお洋服は?」
「自分で作ってみました。どうでしょう?」
わたしは、くるりんと回ってみせた。
「ファイアリザードの皮を鉄のヨロイと融合させて、ジャケットにして――」
「そうではなく! 今の格好を話しているのです」
やけに圧が強めで、クレアさんがつっかかってくる。
「あなたまさか、学校指定のジャージ姿で旅をなさるおつもり!?」
今のわたしの服装を見て、クレアさんが驚愕していた。
ジャージは最強の部屋着であり、トレーニングウェアであり、外着だ。冒険に行くんだから、別に服装なんてどうでもいいじゃないかと。
「いけませんかねえ? この服、身体に馴染んで落ち着くんですよ」
「いらっしゃい!」
「わわ!?」
わたしは、クレアさんに手を引かれる。
「どうしたんです? クレアさん!」
「ワタクシの行きつけの仕立て屋さんへ、ご案内しますわ!」
ツカツカと、わたしの手を引きながら石畳の街を歩いた。
周りの人は、わたしの横にいる人がクレア姫だとわかっていないようである。おそらくクレアさんが、認識阻害の魔法でもかけているのだろう。
「どうしてあなたは、平然とジャージで街を動き回れますの? 理解できません」
「さて、どうしてでしょう?」
わたしが出歩くとしても、特に誰もいない早朝だもんね。早寝早起きで街へ行けば、人と会うこともないし。
「今後は、人に慣れる必要がございます。ひとまず、わたくしの行きつけにどうぞ!」
有無を言わせぬ様子で、クリスさんはわたしの手を引っ張り続けた。
「到着しましたわ」
ものの五分で、仕立て屋とやらにたどり着く。
「いらっしゃいませ。おお、クレア姫様」
女性店員さんが声をかけるより早く、クレアさんが呼びかけた。
「この子の寸法を、測ってくださいまし! できるだけ細かく!」
店員さんに、クレアさんがわたしを差し出す。
「か、かしこまりました」
仕立て屋さんが、わたしのサイズをメジャーで測りだした。
「バスト九二ですか、実にうらやましい限りですわ。ほかはムチムチですわね」
「衣装の作り甲斐が、あるというものです」
クレアさんが店員さんと、わたしの胸をマジマジと見る。
まずクレアさんは、街で着る衣服を用意してくれた。
白ブラウスと、赤いミニのプリーツスカートである。服の下に、一分丈のショートスパッツを履くタイプだ。
全体的に、魔法学校の制服に近い。
「では、この子が作った錬成品に合いそうな衣装を、見繕ってくださいませ」
この服の上からつけられる装備を、作ってもらえるそうだ。
わたしも、作った錬成品を店員さんに差し出す。
「承知しました。装備品として仕立てなくても?」
「装備品を装飾するアイテムは、この子がご自身で用意していますわ。あとは、そちらで加工なさって!」
「はい!」
「あと、お食事してまいります。お腹周りは、なるべく余裕をもたせてちょうだい」
「かしこまりました。お気をつけて」
装備の加工一式を仕立て屋さんに任せて、昼食に向かう。
「キャルさん。あとは、完成品をお待ちなさい」
「ありがとうございます。あの、お金まで出してもらって、よろしいので?」
「お構いなく。ダンジョンにモンスターを大量発生させた、迷惑料です。取っておきなさいませ」
じゃあ、受け取っておこうかな。
「でも、錬成ならわたしが」
「あなたは人の為なら腕は確かなのですが、自分のこととなると美的センスが壊滅なさっています。それは、あまりよろしくないですわ」
「お世話になります。じゃあ、お昼はごちそうさせてください」
「ありがとう。いただきます」
わたしはクレアさんを連れて、小さな酒場に向かった。
「ここが、旅人の集う酒場ですか?」
「はい。カウンターで注文をしてきますね。同じものでいいですか?」
「お願いします」
酒場で、米粉でできたラーメンをいただく。服にかからないよう、いつもよりおとなしめに食べる。
ちなみに、二人ともお酒は飲まない。甘い炭酸水をもらう。
「モチモチで、すごくおいしいですわ! こういった料理、初めて食べましたわ。食べる機会がありませんでしたの」
「わたしと一緒に旅をするなら、ずっとこんな料理ばかりになりますよ」
景観が汚くても美味しい場所を探すなら、わたしにお任せあれ。
「それは、楽しそうですわ!」
クレアさんの様子なら、大丈夫そうだ。
米粉のラーメンを食べ終わり、装備のチェックを行う。
「うわあ。女子力の高さがハンパない」
わたしだったら、的確なパーツに装具を取り付けるくらいしか、思いつかなかったよ。
ちょっとアイテムの位置をずらすだけ、ちょっとアクセサリの角度を変えるだけで、乙女度が格段に上がっている。
「ファイアリザードの皮って、こんな感じに仕上げるとかっこよくなるんだぁ」
垢抜けたデザインの装備品なんて、わたしには絶対に似合わないと思っていた。しかし装備してみると、毎日身に着けていたかのようなフィット感がある。
これが、最高級の仕立て屋さんのお仕事なんだなあ。
「装備品のリストです。ここでご説明差し上げてもよろしいのですが、実際にお使いなさってからのほうがよろしいかと」
習うより慣れよ、だ。その方がいい。こちらとしては、早く街を出たいからね。
「ありがとうございます」
「ワタクシからも、お礼をいたします」
夕食も、外で食べる。卒業パーティも出席しない。
馬車を手配して、今度こそ街を出る。
「キャルさん。晴れて冒険者になったわけですが、これからどこへ向かいますの?」
「ツテがあります。そこまで旅をしようかと」
幌馬車を休ませて、キャンプにした。
夕飯は食べてきている。朝食も、あらかじめ買っておいた。
魔物よけの結界を張って、馬車ごと包む。結界装置の真下に火を炊いておけば、ずっと魔物から守ってくれる。
あとは、休むだけ。
テントも兼ねる馬車って、便利だね。
『キャル、アタシ様が見張っておくから、ゆっくり休みな。モンスターが出てきたら、起こしてやるよ』
「ありがとう、レベッカちゃん」
わたしは、レベッカちゃんを元のサイズに戻す。
「クレアさん、しんどくないですか?」
「どうってこと、ありませんわ」
寝袋にくるまるクレアさんは、どこか楽しげだ。
「わたくしたちは災害時や有事の際に備えて、訓練もしていますから。いざというときに『非常食がおいしくない。食べられない』なんてワガママ、言っていられませんもの」
王国では、相当厳しく育てられたみたい。
「あなたのお知り合いが、目的地にいらっしゃるのですわね? どんな方?」
「わたしのひとつ上の先輩で、エクスカリオテ魔法学校の卒業生です。わたしと同じ平民出身ですよ」
「先輩自体は、どんな方ですの?」
「破天荒ですね。同じ錬金科にいたんですが、とにかくワイルドでした」
錬金術のアレンジ方法は、たいていあの先輩から授かったものである。
「修学旅行で水泳の課外授業があったとき、浜辺の貝殻を使って水着を錬成したんですって。『貝殻ビキニや!』といって、クラス中の注目を浴びていたそうです」
「アイザッカー地方の方言ですわね? たしかにあそこは、うるさくて人懐っこい方が多いと聞きますわ」
卒業式でわたしにつっかかっていた先生が、先輩の担任なんだったっけ。そりゃあの人、平民を目の敵にするよね。
「ただ、腕は確かなんですよね」
ケンカは強かったが、冒険者にはならなかった。人と話す方が好きだったため、この先にある村で店を開いたという。
「で、よかったら店専属の素材収集冒険者にならないかと、打診がありまして」
わたしは二つ返事で、「やります」と書いたのである。
「お店番をやってと言われたら、お客さんが怖くてできません。でも、素材集めなら多少の知恵はありますので」
「このキャンプをする前も、えらく大量に素材を集めていらしたわね。ただの木片から、石ころに至るまで」
「訓練用です。すぐに魔剣を作るわけには、いきませんから」
木や石の成分は、個体によってかなり違う。
枝一本でも、どれだけの雨を吸ってきたか、日差しをどれだけ浴びてきたか。
そんな些細なことも、錬成には関わってくる。「石なんだから、こう錬成すればいい」わけじゃない。
「錬成をしているキャルさん、楽しそうですわ」
「ありがとうございま――」
レベッカちゃんが、ピコンピコンと点滅した。
「どうしたの?」
『敵だ。オウルベアだね』
ウマと御者さんを隠し、わたしたちは結界から出た。
いくら弱いモンスターを避ける結界と言っても、オウルベアクラスとなると放っておけない。結界を壊す可能性があるからだ。
「オウルベア討伐はギルドの依頼書にもあったね。ちょうどいいよ」
わたしは、手配書を確認する。
あらかじめ、わたしたちは冒険者ギルドで討伐依頼を受けていた。道中でモンスターと遭遇したら討伐し、目的地の街で報酬を受け取ろうと考えたのである。
やっつけてほしいオウルベアの数は、冒険者一人につき三体と書かれていた。
「てっとり早く仕留めますわ」
「まってください。ちょっとやりたいことが」
わたしは、レベッカちゃんを地面に突き刺す。
「我が呼びかけに応じて、いでよ。しもべたち! 【スパルトイ召喚】!」
スキル振りのときに、見つけたんだよね。ガイコツを召喚する魔法を。
「グガー」「ウオー」「ムキュー」
三匹のスケルトンが、地面から這い出てきた。それにしても、四等身とは。
剣と盾を持つタンクに、斧を持つ前衛戦士は、スケルトンである。三角帽子と杖を持つ魔法タイプは、ゴーストをベースにした。
わたしは基本、ぼっちプレイである。
なので、前衛が必要だなと考えたのだ。
スケルトンの骨粉と、不要な装備品をリサイクルしたかったし。
「がんばって!」
わたしが声をかけると、一同が「わー」っと声を上げてオウルベアに立ち向かう。
剣と斧がオウルベアの動きを止めている間に、魔法使いがファイアーボールを撃って仕留める。
ファンシーな光景だが、彼ら的に必死だ。
ただ、普通にわたしたちが斬ったほうが早かった。
クレアさんが仲間になるなんて、想定していなかったもんよ。
「あまり役に立っている感じじゃないですね」
「ですが集団戦となると、変わってきますわ」
いわく、「数を増やせば、ザコ戦では重宝するかも」とのこと。そんなすごい戦いがあればいいけど、戦争がしたいわけじゃないからなあ、わたし。
『見張りというか火の番はコイツらに任せな。あとはアタシ様が、しっかり見ておいてやるよ』
「ありがとう、レベッカちゃん」
わたしたちは、就寝することにする。
朝起きると、スパルトイ軍団の数が五体に増えていた。一体は、やたらゴツい。もう一体は、犬っぽかった。
『あの後、オウルベアやウルフの襲撃が、三回あったのさ。面倒だからスパルトイ共で適当に始末して、配下にしてやったよ』
わっはっはーと楽しげに、レベッカちゃんが笑う。
レベッカちゃんのレベルが上っていたので、【スパルトイ召喚】にさらにスキルポイントを振ってあげた。これで操れる数もさらに増えるし、維持できる時間もアップする。
で、オウルベアとウルフをさらに一体ずつ増やした。
『賑やかになったね』
かなりアレなパーティだけど。
「スパルトイたちに、スキルは振らなくていい?」
『構わないよ。アタシ様がのレベルが上がれば、勝手に強くなるよ』
よかった。スパルトイが増えたら、そちらのスキル振りも考える必要があるかもって、思っていたからなあ。
「朝食が、できましたわ」
クレアさんのいる方角から、おいしそうな香りが。
うお、いつの間に。
オウルベアの肉で、サンドイッチとスープを作っている。御者さんが、もう食べてるじゃん。
「いただきます! おおーっ。おいしいです!」
「お料理を覚えた甲斐が、ありましたわ」
簡単な料理を、クレアさんはメイドさんから、教わっていたらしい。
これで、結婚する気がないっていうんだからなあ。
旅に出て三日が過ぎた。
わたしたちは、森で採取を始める。
ガイコツウルフの軍団が、よく働いてくれた。上に乗っているレンジャー型スケルトンが指揮を取り、薬草やキノコを取ってきてくれる。錬成がはかどって、仕方がない。
「ワタクシたちの出番が、ありませんわ」
「ホントですね。ここまでの数になると」
はい、わたしのせいですよね。ゴブリンの集落を壊滅させようなんて思ったから。
もはや、ガイコツの群れは三〇体を越えていた。どれも四等身サイズだが、これだけの数がいればかなり強い。
ウルフやオウルベア、オバケキノコなどをターゲットにしていた。そのうち、ゴブリンの集落を見つけたのである。
討伐依頼があったので、わたしたちは集落を撃滅させることにした。
ガイコツたちで集落を襲撃して、またガイコツが増えるという状況に。
『アハハ! 絶景だね! スパルトイの大行列だよ! これなら、世界だって征服できそううさね!』
ただ、レベッカちゃんだけが上機嫌だ。
なにごともなければいいが。
しかし、わたしの願いは脆くも崩れ去る。
目的地である、トリカンの村が見えたときだ。
「そこのモンスター使い、止まれ!」
門の前で早々に、わたしは門番にヤリを突きつけられた。
やっべ。スケルトンを引っ込めるのを忘れてたよ!
「まって! ウチのお客さんや!」
オオカミ獣人族の女性が、村からわたしたちの元に駆け寄ってくる。豊満な胸を、ユッサユッサと揺らしながら。
「フワルー先輩!」
フワルー先輩が、門番さんと話をした。
「堪忍や。この子は、ウチの通ってた学校の後輩でな。キャラメ・F・ルージュちゃんいうんや。キャルちゃんをこの村に呼んだんは、ウチなんよ」
先輩が、わたしの説明をする。
「いくらあなたの顧客といえど、魔物を村に入れるわけにはいかんぞ」
「かまへんかまへん。この子ら、デコに召喚の紋章が付いてるやろ? あれはキャルちゃんと契約したモンスターや。襲ったりせえへんって」
さすが錬金術師である。ちゃんと魔物の識別も可能とは。
門番さんが確認をして、わたしたちは晴れてお咎めなしに。
「事情はわかった。ただ召喚モンスターとはいえ、この数では村の連中が怯えてしまう。悪いが、お嬢さん。差し支えがなかったら、モンスターを引っ込めていただけないだろうか?」
ああ。ですよね。
「すいません。消しますんで」
わたしは、スパルトイ軍団に「戻って」と指示した。
レベッカちゃんの中へ、スパルトイたちが吸い込まれていく。あとは、有事の際に召喚し直せばいいし。
「おおきに。ほなキャルちゃん、お店まで来てな」
「ありがとうございます、先輩」
馬車を駅舎へ帰し、わたしとクレアさんは先輩についていく。
フワルー先輩は、豊満な身体をユサユサと揺らしながら歩いた。生地の厚いジャンパースカートの上からでも、スタイルのよさがわかる。
街の男たちの視線を集めて……などいない。
男たちはみんな、先輩の女っ気のなさを知っているのだろう。
「ところでキャルちゃん? となりに連れてるべっぴんさんは、誰や?」
興味深そうに、先輩がクレアさんを見る。
「こちらの方は、おひ――」
「クレア・ナイフリートと申します。キャルさんとは、エクスカリオテ魔法学校の同級生でした」
当たり前のように、クレア姫は偽名を使う。だよね。お姫様ってバレたらヤバいもん。それこそ、スパルトイ軍団が村に入るより恐ろしいことが起きるよ。
「さよか。ウチは『コナモロッド村のフワルー』や。よろしゅうな」
フワルー先輩は、クレアさんの正体に気づいていないみたい。
よかったぁ。先輩が世情に疎くて。この人、研究以外にはまるで興味がないもん。
もっと社会勉強をしていたら、先輩だって大きな街でも成果を上げられるのに。
そんな先輩でさえ、クレアさんには興味を持つんだね。やっぱりクレアさんは、すごいんだ。
「あんたの魔剣も、大概やな」
「レベッカちゃんですか?」
「名前までつけとるんかいな! アンタらしいわ!」
フワルー先輩の視線が、レベッカちゃんに向けられる。
「アンタ、黙っとったら窮屈やろ? ウチの前では、しゃべってええさかい」
突然、フワルー先輩が、レベッカちゃんに語りかけた。
『アハハ! バレちまうとは! アタシ様はレベッカ。よろしくな』
「フワルーや。よろしゅうな」
レベッカちゃんが言葉を話すことが、わかるなんて。
『どうして、バレたかねえ?』
「魔剣には、息遣いがする個体が存在するんや。アンタは、そのタイプみたいやったから」
『随分と、魔剣に詳しいようだね』
そこまで勘がいいなら、クレアさんが王女様だってこともわかるはずなのになあ。
「せや。ギルド行かなアカンやん」
スタスタと、冒険者ギルドのある建物へ。
「いらっしゃい。トリカン村の冒険者ギルドへようこそ。あら、フワルーじゃないの」
カウンターには、耳の長いおねえさんが。この人、ウッドエルフだ。
「この子、ウチの後輩やねん。素材を取ってきたよってに、ちょっと頼むわな」
フワルー先輩は、エルフおねえさんにすべてを任せて、先に店へ戻るという。客を待たせているそうだ。
「じゃ、よろしくね。手を拝見するわ。見せてちょうだい」
「はい。お願いします」
ウッドエルフのおねえさんに、わたしは手を差し出す。
「承知しました」
エルフおねえさんが、わたしの手の甲に平べったい特殊な杖をかざした。記録された冒険者データを、杖を使って読み込む。
クレアさんの手も、同じように見る。
「お二人で、冒険者七人分のお仕事をなさったのね。まだお若いのに、すばらしいわ」
「どうも。それと、これを」
わたしはエルフおねえさんに、戦利品を見てもらう。
「ウフフ。上等な品ばかりだわ。フワルーの後輩なだけあるわね」
一部はギルドが買い取って、残りはフワルー先輩の元に行くそうだ。
「いやあ。おまちどうさん」
「あのおばあさん?」
「せやねん。孫が街へ出てもうたさかい、話し相手がほしいんやろうな。なかなか、話してくれへんかったんよ」
フワルー先輩が、ナハハと高らかに笑った。
「これが、依頼の品よ。いいものは、持って帰っていいわ」
「おおきにやで。依頼主は、ウチやもんな」
オウルベアのクチバシと目を手に、先輩がホクホク顔で家へと帰る。
「ついたで。ここがウチの店や」
先輩の家は、こじんまりとした木組みの家だ。ハンドメイド感が溢れている。ただ、あと二人が生活できるスペースはなさそう。
「二人もやってきてくれるなんて、思ってへんかったさかい。庭が余っとるから、増築増築っと」
フワルー先輩が、腕をまくる。
「お構いなく」
「そういうわけにも、いかへんて。キャルちゃんが木材も集めてくれとるさかい。すぐ終わるわ」
空いたスペースに、フワルー先輩が家を作り始めた。魔剣をガッツリ装備して。
「ええやろ?」
フワルー先輩の魔剣は特殊で、ただの魔法で動く工具だ。刃の周りにチェーンが取り付けられていて、魔力を流し込むとチェーンが刃の周りを回転する。丸太を切るのに、特化しているとか。
「これでゾンビをシバいたら、なんか爽快やねん。なんでやろ?」
ウイーンと轟音を立てながら、フワルー先輩は丸太を斬り続ける。片手で。
もう片方の手で魔法を操り、丸太を削って組み立てる。
「相変わらず、規格外ですね。先輩って」
「どうやろ? アンタこそ、こんなえげつない量の丸太を、アイテムボックスに仕込んできたやん。ウチからしたら、アンタのほうがよっぽどバケモンなんやが?」
そうだろうか? それを片手でバシバシ切り刻んでいるのは、先輩でしょ?
「お二人とも、バケモノですわ」
わたしたちのやり取りを見て、クレアさんがつぶやく。
「そうだ。お手伝いします。おいで、スパルトイ軍団」
スパルトイを召喚して、手伝ってもらった。ガイコツがウロつくと村人の視線が痛いので、カブトとヨロイを着てもらう。これで姿を隠して、作業してもらった。
斧使いが丸太を斬り、手の開いているガイコツが木を組み立てていく。
「器用やなあ。あんたの召喚したアンデッドは」
「わたしの腕が、反映されているのかも知れませんね」
柵も作っておくか。あとは薬草畑のお手入れと、部屋の中に入れる作業台の準備を。
「キャルさん、一階にキッチンを作ってくださいまし。わたくしは、お夕飯の材料を買ってきます」
「いいの、クレアさん?」
「はい。村の方ともお話がしたいので」
「ありがとうございます。じゃあ、お願いしちゃおっかな?」
「おまかせを」
買い物かごを持って、クレアさんが買い物へ。
わたしは、二階に取り掛かる。ベッドは、広めに作らせてもらった。
「先輩は、どこを作ってらっしゃるので?」
広い敷地に、先輩がやたらと岩や石を積み上げている。石窯は大量にあるし、クラフト用の設備ではないだろう。城壁ってわけでもなさそうだな。
「できてからのお楽しみや」
フフン、とフワルー先輩が不敵に笑う。
あっという間に、もう一軒の家が出来上がった。お店と地続きになっている。お店も新調されて、立派に。
「ま、魔王城だわ!」
「大変よ! 魔王の城ができているわ!」
わたしたちが作った家は、すっかり魔王城呼ばわりだった……。