ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

 わたしたちは、冥界竜アラレイムの眠る遺跡の探索を開始した。
 
「石が全部、黒いね」

「でも、中は明るいですわ」

 クレアさんが雷魔法で照明を当てようとする。
 だが思いの外、遺跡内は明るかった。

「壁画が、淡い光を放っているからだよ」
 
 祀られていたのか、壁一面に文字や絵がびっしり彫られている。アラレイムを称える壁画が大量に描かれていた。その壁画や文字は、ぼんやりと薄暗い青色に発光している。

「青いタイプの染料を、使っているみたい」

「このドラゴンですが、青いんですわね」

「冥界のドラゴン、【アラレイム】は、【ブルー・ジャイアント】・ドラゴンって言われているんだよ」
 
「ブルー・ジャイアント?」
 
「星ってね、あまりに高温になると、赤を通り越して、青く光るんだって」

 アラレイムは分類上、氷属性の「ブルードラゴン」なのではなく、「青い炎を放つ、レッドドラゴン」なのだそう。
 
「その様が、冥界の炎に見えるから、アラレイムは【冥界竜】って呼ばれていたんだって」

『ぜひとも会ってみたいもんだね。キャル!』

「楽しみだね、レベッカちゃん」

 だが、ゼゼリィは残念そうな顔をする。

「ところがね。アラレイムは、かつての力を失ったらしいんだよね」
 
 アラレイムは古代の竜、つまりエンシェント・ドラゴンだ。
 しかし、あまりに長く生きすぎた。
 そのせいで、力も劣化しているという。

「生きていることは、生きているんだよね?」

「まあね。とはいえ、たとえ会えたとしても、望みは薄いよ。オイラたちを認識するかどうか、怪しいね」

 ボケている可能性もあるの? ヤバイね。

「このドラゴンは、どうして崇められていますの? かなり重要な功績を成し遂げなければ、こんな大事に敬われたりはしませんわ」
 
「ああ。世界を救ったんだよね」

 かつてこの地に、異世界から【魔王】を名乗る魔族が現れた。
 その魔王とドラゴンが戦って、ドラゴンが勝ったという。

 そのドラゴンの子孫が、今のアラレイムだとか。
 仲間が死に絶えて、今はアラレイムしかいないという。
  
「勇者が倒した魔王とは違って、ずいぶんと古いタイプの魔物なんですわね?」

「でも待って。この文字は……フルーレンツさん!」

 わたしは、フルーレンツさんを呼び出した。
 お供のスパルトイまで、一緒に召喚されてきたけど。


「ひいいい!」

「大丈夫。ゼゼリィ。この人は危なくないから。それよりフルーレンツさん」

 わたしはフルーレンツさんに、壁画の文字を読んでもらう。

「ふむ。たしかにこの文字は、古代コーラッセンで使われたものとよく似ている」
 
「よ、読めるの?」と、ゼゼリィがフルーレンツさんに問いかけた。

「読めるわけではない。ただ、似ているからニュアンスは伝わってくる。『その魔王の名は……スルト』か」

 スルト!

『キャル。スルトっていえば、レーヴァテインの持ち主の名前じゃないか!』

 大昔に、この地をスルトが襲ったってこと?

 となると、レーヴァテインも本物があるってことじゃん。

 そんな時代から、レベッカちゃんって存在していたってわけ?

 すごい。気が遠くなるような時代を、彼女は生きていたんだ。
 こんな知っている人が誰もいない、別の世界まで来て。

『スルトの魂を持つものよ……我が眠りを覚ますのは、そなたか?』

 声が聞こえる。
 正確には、文字が言葉になって、脳に刻み込まれたかのような。

 ゼゼリィが気持ち悪がって、うずくまってしまった。

「大丈夫だから、ゼゼリィ」

 わたしは、ゼゼリィに肩を貸す。
 隣でクレアさんも、同じようにゼゼリィを支えてくれた。

「ありがとう。ふたりとも。ごめんね。怖がりで」

「心配ないって。わたしだって怖いよ」

 クレアさんも、珍しく怯えている。
 こんな真剣に前を見つめるクレアさんを、わたしは見たことがない。

「この奥から、声が聞こえてきましたわ」

 洞窟の奥にある岩戸に、到着した。
『見えるぞ。岩越しからでも、スルトの残滓が。魔剣の使い手よ、我が元にまいれ』

 やはり、岩戸の向こうから声がする。

 ズズズ、とひとりでに岩が横へゆっくりとスライドした。

「入っていいみたいだね、クレアさん」

「歓迎されているのかはわからないですが、参りましょう。キャルさん。ゼゼリィさんは、ワタクシたちの後ろに下がっていらして」

 わたしとクリスさんで、ゼゼリィを守りながら進む。
 

 青い炎をまとったドラゴンが、ふううと息を吐きながらこちらを見ている。

 大きい。なにより、スケールがデカかった。本来はそこまでの大きさではないのだろう。しかし、大きいと思わせるオーラをまとっていた。
 巨大化の幻を、見せられている。
 青い炎の影響か? いや……。

「まさか、炎の方が、本体?」

 発言したのは、ゼゼリィである。
 わたしたち全員が、同じ答えにたどり着くとは。

 さっきまで退屈そうにしていたドラゴンが、クククとノドをふるわせた。
 
『我の正体に気づくとは! あっぱれなり!』

 やはり、ドラゴンの周りを取り囲む青い炎のほうが、冥界竜の正体だったようだ。

 ドラゴンの体中を這い回っていた炎が、ドラゴンから離れていく。
 
『この肉体は、我がこの地にとどまれるようにするための依代なり。本体は、お主の想像通り炎よ』

 ドラゴンの目から、生気が抜けていった。

 青い炎が、ドラゴンの形を取る。

『俺の名はアラレイム。もう威厳ぶった話し方は、しなくてもいいよな』

 アラレイムが、急に砕けた話し方になった。

『はーあ。ようやく、俺に見合う才能の持ち主に出会ったな』

「ガイコツのお友達が、いますから」

 わたしは、フルーレンツさんを召喚する。

『いいねえ。コーラッセン出身の者と、ゾンビながら出会えるとはね。懐かしいぜ』

 アラレイムが、愉快そうに笑う。

『俺の正体に気づけたのは、昔だったらコーラッセンの奴らくらいだろうな。あいつらにも道具を貸してやったっけな。返ってきてないってことは、滅びたんだろうなって思っていたけど』

 少しさみしそうに、アラレイムが天井を見上げた。

「あの、魔剣の道具を取ってこいって言われてきたんですが」

『いいぜ。好きなだけ持っていけ』

 ドドド、と、魔剣のために使う道具が大量にドラゴンの口から吐き出される。

「ありがとう、ございます」

『ただ、俺に勝てたらの話だがな』

 やはり、こういう展開になるよね?

『やっぱりな。久々に暴れてえんだよ。この辺りのモンスターじゃ、張り合いがなくってな。かといって、持ち場を離れるわけにもいかん』

「なにをなさってるので?」

『スルトがこの地に現れるかどうか、見張ってるんだよ』

 アラレイムがいうには、魔剣レーヴァテインの主であるスルトが、もうすぐこの地に現れるのでは、とのことだ。

『なにやら不穏な流れがあちこちで起きているらしいが、それはそっちの魔剣のせいじゃねえ。スルトが目覚める兆候なんだよなぁ』

 うんざりしたような声で、アラレイムがつぶやく。

『かといって、じゃあよろしくお願いしますって工具だけ渡しても、扱えるかどうかわからん。テメエらの力量を見極めて、魔剣の真なる力を引き出せるかどうか試させてもらわねえとよ』

『とかいって、実際は暴れたいだけなんだろうね』

 レベッカちゃんが、横槍を入れた。
 
『よくわかってんじゃねえか。お嬢ちゃんよぉ』

 アラレイムは、レベッカちゃんをお嬢ちゃん呼ばわりする。

 レベッカちゃんが、青筋を立てているのが、背中から伝わってきた。

『ケンカしたいなら、相手になってやろうじゃないか!』

『吠えるなよ。美人が台無しだぜ、お嬢ちゃん』

『ぶっ飛ばしてやんよ。そんでもって、アンタもアタシ様の一部になりな!』

 わたしの意見も聞かず、レベッカちゃんがわたしの身体を乗っ取る。

 魔剣を抜き、戦闘態勢に。
『さて、お前さんは準備完了だな? 俺はどうするか』


 わたしは、レベッカちゃんに身体を預けている。

 だが冥竜の肉体は、どうもドラゴンの方ではないらしい。

 自身という魔剣を振るうにふさわしい、身体を探しているようだ。
 
「冥界竜……いえ、魔剣とお呼びした方がよろしくて? ワタクシが、あなたを振るいますわ。お手をどうぞ!」

 意気揚々と、クレアさんが手を差し伸べる。

『よせよ。無理するんじゃねえ、お嬢様』

 プイと、冥界竜がクレアさんにそっぽを向いた。
 どうやらクレアさんは、ドラゴンにはお気に召さなかったらしい。

『お前さんが、いいな』

「え!?」

 なんと、物陰に隠れていたゼゼリィに、冥界竜が取り憑く。

 なすすべもなく、ゼゼリィは魔剣に取り込まれた。

「いっ……くぅううう!」

 青い魔剣を構えて、笑みを浮かべる。

「ゼゼリィ!? 大丈夫!?」
 
『話しかけてもムダだ、キャル! ゼゼリィのやつ。完全に、取り込まれてやがる!』

 わたしが声をかけても、ゼゼリィは笑っているだけ。こちらに気づきもしない。

『いいだろ? ずっと俺の美声を聞かされているみたいな状態だ。俺の命令しか聞かねえんだよ』

 だったら、早く解放してあげないと。

「クレアさんは、浄化魔法の用意をお願いします!」

「承知しました。キャルさん、お気をつけて!」

 クレアさんが、精神を浄化する魔法の準備を行う。

『ゼゼリィは、返してもらうよ!』

『やれるもんなら、やってみな!』

 わたしは、レベッカちゃんを振るった。
 ゼゼリィではなく、魔剣の方を狙う。

 青い炎が、ヘビのようにのたくった。
 ゼゼリィの足に巻き付いて、蹴りを打たせる。

『デュラ!』

 ゼゼリィのキックが、わたしの斬撃を受け止めた。

「今度は、こっちからいかせてもらおう! ドゥラ!」

 レベッカちゃんを踏み台にして、ゼゼリィが跳躍した。
 かかと落としを、叩き込んでくる。

『おらあ!』

 レベッカちゃんも、剣で相手のかかとを打ち上げた。

 火花が散る。

 わたしは思わず、顔をそむけてしまった。

『スキだらけだぜ!』

 ゼゼリィが、回し蹴りを叩き込んでくる。

 死角からの攻撃に、わたしはどうにか対処した。レベッカちゃんで、相手の軸足を払う。

『ドゥオラ!』

 アラレイムはゼゼリィの身体を、コマのように回転させる。

『そらよ!』

 青い炎の剣で、ゼゼリィがこちらをかち上げてきた。

 レベッカちゃんで防御するが、わずかながら後ろまで押される。

 力比べなら、向こうのほうが上らしい。
 さすが、ドラゴンと言ったところか。 

『格闘術系の、魔剣かい?』

『そのとおりだ。この嬢ちゃんのファイトスタイルは、俺とマッチしているらしい』

『だとしたら、なおさらクレアが適任者だったと思うがねえ?』

『あのお嬢ちゃんとは、波長が合わん。なんか、聖なる力が邪魔してやがる』

 アラレイムの話を聞いて、わたしも思うところが。
 たしかに、聖剣さえ抜けるクレアさんに、わたしは魔剣を打っていいのだろうかと。

『あれでは一生、魔剣なんて扱えねえだろうな。真の意味じゃあよぉ』

 
 
 


 
 
「わざと、ゼゼリィを行かせた!?」

 ヤトは魔剣を作ってもらっている間、プリンテスから意外な話を聞かされた。
 素材だけを集めてくるなら、キャルとクレアだけでよかったらしい。
 だが、どうしてもゼゼリィを連れて行く必要があるという。

「あたしがあいつをおつかいに出したのは、半分は文字通り魔剣づくりのため。だが目的は、もうひとつあるの。あの子を、魔剣になじませるため」

「そうはいっても、あっちに魔剣はないんでヤンスよね?」

 リンタローは、プリンテスに質問をする。

「冥界竜アラレイム自体が、魔剣そのものなのよ。あいつは並の炎も飲み込む、青い魔剣なの」

 青い炎を放つ、この世界でも最強クラスの魔剣だとか。
 その力は、レーヴァテインと並ぶほどだという。

「どうしてゼゼリィと、その魔剣と引き合わせる必要が?」
 
「あの子は、いちいち臆病すぎるわ。実力は正直、あたしよりあるくらいなの。鍛冶も、戦闘も。だけどあの子は優しすぎて、相手を傷つけるのを嫌う。自分の武器で相手が傷つくのも、嫌っているのよ」

 そんな状態で作った魔剣が、人を斬れるはずがない。

「ゼゼリィは魔剣打ちとして、致命的な欠陥があるわ。それを、冥界竜に焼き尽くしてもらう。あの魔剣を振るって、レベッカと戦って、ようやく見えてくる世界があると思うのよ」
 
 さらなる壁を超えなければいけないのは、ゼゼリィの方だった。
「あうらぁ!」

 ゼゼリィのどんくさい動きから、前蹴りが飛んできた。

『来るよ、受けなキャル!』

「え? こんなおっそい蹴り、レベッカちゃんなら軽く……うわ!?」

 当たるはずがない攻撃が、まともにレベッカちゃんの刀身をとらえる。

 バキイ! っと、イヤな音がしたけど。
 
 今一瞬、加速した?

「それより、レベッカちゃん!」

 ブツブツと、レベッカちゃんの刀身が煮えたぎっている。
 そこだけ、アヒージョみたいにドロっとなっていた。

「レベッカちゃん!?」

『どうってこと、ないよ! それより、油断するなよ! なんか妙だ!』

 ゼゼリィが乗っ取られている段階で、充分ヤバイんだけどね!

「キャルさん、加勢いたしましょうか?」

 クレアさんが、加勢を申し出る。
 たしかに、クレアさんのスピードとパワーなら、ゼゼリィのスキをついて昏倒させることも可能だろう。
 しかし、それではダメな気がした。

 アラレイムとゼゼリィのコンビとは、正面切って戦わないと。
 そうしなければ、きっとわたしは何もつかめない。

『ちゅわ!』

 変なポーズをしたゼゼリィが、ラリアットをかます。
 ここに来て、プロレス技?
 あんなショー格闘技の技が、当たるとでも?

『キャル!』

「うわっと! っとぉ!」

 猛烈なラリアットが、レベッカちゃんの柄を叩き折らんばかりに命中した。

「なんだこれ!? なんで攻撃が、伸びてくるの!?」

「キャルさん、お気をつけて」

「クレアさん?」
 
「なんか、瞬間的に移動をしていますわ!」
 
 ずっと観戦していたから、クレアさんには相手のパターンが読めるみたい。

「ぎゅっとやあ!」


 今度は、ドロップキックがレベッカちゃんを襲う。

 わたしはレベッカちゃんの刀身を振り回して、払いのける。
 できるだけ、ゼゼリィの身体に当たらないように。

 だが、足を広げてさらに足刀のキックを浴びせてきた。

「ヤバイ。強い!」

 しかし、なんだろう。この違和感は。

 なぜか、戦っている気がしない。

 これって……まさかね。

『どうしたんだい、キャル?』

「いやぁさ。もしかして、って思うんだけど」

 わたしはレベッカちゃんに、ゼゼリィの攻撃パターンを予測してみた。

『たしかに。アタシ様だけ狙ってきているねえ』

「でしょ?」

 だから、考えられることは一つしかないんだよね。 

「キャルさん!」

「どうしたの、クレアさん?」

「さっきから、レベッカさんにしか攻撃が向いていませんわ。ドラゴンの狙いは、レベッカさんを叩き壊すことなのでは?」

 クレアさんが、わたしに推理を披露する。

 まあ、普通に考えたらそうだよねえ。普通なら。
 だがアラレイムほどのドラゴンが、どうしてレベッカちゃんほどの魔剣を脅威と思っている?
 魔物のゼゼリィを味方につけてまで、レベッカちゃんを壊しにかかる理由なんてあるのか?
 だったら、最初からクレアさんに取り憑けばいい。

 もし、破壊が目的ではないなら、答えは一つだ。

「レベッカちゃん、ゼゼリィの攻撃、全部受けるよ!」

『よっしゃ。アンタの分析を信じるよ!』

 わたしは、ゼゼリィの攻撃を、かわしたり受け流さないことに決めた。

「でゅええええ!」

「おおお! かかってこい、ゼゼリィ!」
 
 ドンと、真正面から受け止める。

「よいしょおお! 無事なの、レベッカちゃん!?」

『ど、どうってこと、ないさね……』

 ゼゼリィの強烈な一発だけで、レベッカちゃんは疲弊していた。

 ローキックも、かかと落としも、すべて、レベッカちゃんで受け止める。
 
 ゼゼリィが打ち込んでくるたびに、レベッカちゃんの刀身から火花が散った。

『だけど、これでいいんだよなあ、キャル?』

「うん。これが、鍛冶作業なら」
 
 これは、バトルじゃない。
 レベッカちゃんを鍛えてくれているのだ。

「本当ですか、キャルさん? 冗談でしょ?」

「いや、冗談じゃない。アラレイム自らが、レベッカちゃんを鍛えてくれているんだよ」

 だからこそ乗り移る対象は、ゼゼリィじゃなければいけなかった。
 ゼゼリィを介してでなければ、魔剣を鍛えることはできない。

「ですが、工具はこちらに」

 ドラゴンが吐き出した工具を、クレアさんが指差す。

「それは、後で取り込むんじゃないかな? もしくは、わたしが使用するための、リペアアイテムかも」

 後者のほうが、おそらく正しい。
 あの工具を使えば、ゼゼリィによる鍛冶作業に限りなく近い「修復・錬成」が、わたしでも可能になるのだろう。

『戦いながら、俺様の目的に気づくとは。大したやつだよ。さすが、F(フランベ)の名を継ぐものだ』

 やはり、アラレイムの行動は、わたしの考えていたとおりだった。

「わたしを知っているの?」

『錬金術師で赤毛っていったら、Fの一族って相場が決まっているもんよ』

「でも、レベッカちゃんはもう」
 
 レベッカちゃんの燃えるような刀身が、ドロドロに溶け出している。
 もはやレベッカちゃんは、ヘナヘナになった鉄の塊だ。
 
『黙ってなよ、キャル。アタシ様は、まだ、まだ』

 ここまで追い詰められたレベッカちゃんは、初めて見た。
 
『嬢ちゃん、俺様の鍛錬によく耐えたな。褒めてやるぜ。さあ、仕上げだ。生まれ変われよ、魔剣レーヴァテイン。いや、魔剣レベッカ!』

 わたしが集めてきたアイテムが、ゼゼリィの手に渡る。

「こおおおお!」

 アイテムを持つゼゼリィの手が、レベッカちゃんの刀身の中に。
 ドロドロのブヨブヨになったレベッカちゃんに、ゼゼリィが手を突っ込む。
 
『冥界竜アラレイム遺跡の魔工具』
『邪竜カトブレパスの瞳』
『低級ドラゴンゾンビの骨一式』

 これらのアイテムは、すべて揃った。

 レベッカちゃんが最強の魔剣になるかどうかは、最高の鍛冶屋であるゼゼリィに委ねられている。

 魔剣って、ああやって作られるのか。
 鍛冶や錬成とは、一線を画している。
 
 やはりわたしも、鍛冶師としての常識に囚われすぎていた。

 ヘルムースさんが、「魔剣だけは鍛えられない」と言ったわけだ。

 こんなのを最初の頃に見せられていたら、自信をなくしていただろう。

『おおう。あおうぅ! キャル、こいつは、やばすぎる!』

 レベッカちゃんは、これまで聞いたこともない嗚咽を漏らす。
 泣いているような、感じているような。

 わたしは女だけど、オンナの快感とかはよくわかっていない。
 くすぐったそうにしているようにしか、見えなかった。

「大丈夫ですの、レベッカさんは?」

 クレアさんも、不思議そうにレベッカちゃんが鍛えられていく様子を見ている。
 
「あのー。ゼゼリィに話しかけても大丈夫? もしくは、レベッカちゃんに」

 わたしは恐る恐る、アラレイムに問いかけた。

「ゼゼリィにはやめときな。お楽しみ中だ」

 完全にトランス状態なため、わたしの声は耳にも入らないとのこと。
 
「レベッカになら、いいぜ。まともに受け答えできるか、わかったもんじゃねえが」
 
 できることなら、レベッカちゃんの不安を取り除いてあげたい。
 わたしは、出産中の妊婦に声を掛けるような、面持ちになった。

「どう、レベッカちゃん? 痛い?」

思い切って、わたしはレベッカちゃんに語りかける。
 
『痛くはありませんわ。ただ、少々柄の辺りが凝ってまして。もう少し、下のあたりを揉んでいただけると、練度が上がりそうですわ』

 なんか、キャラ変わってるー!

『ああ。脳が混乱していて、意識が混濁しているんだよ。製造が完了すれば、もとに戻るから安心しな』

 魔剣作りでは、よくあるパターンらしい。
 
「で、できたあああ!」

 ゼゼリィが、手を引っ込める。

 そこには、一回り大きくなったレベッカちゃんが。

 手に持ってみた。
 いつものように鋭い目のようなオーラが、刀身から湧き出てくる。
 まばたきをしながら、オーラがこちらを見た。
 
「レ、レベッカちゃん?」

 再度、声を掛ける。
 また別人になってなかったらいいけど。

『いやあ、生まれ変わった気分だったよ! 魔剣としてのアイデンティティが、戻ってきたみたいだ!』

 よかった。元のレベッカちゃんだ。

「なんだか、スッキリした感じだけど?」

『たしかにね。溜め込んでいた魔力もうまい具合に圧縮できて。自己強化能力も、復元できたようさね』

「自己強化?」

『魔剣ってのは本来、自分で進化していけるもんなのさ。だけどアタシ様は、実験体だったためにその部分がオミットされていた。あえて機能を止めていたっていうかさ』

 つまり、もっと強くなるはずだったのに、そうならなかったと。
 その部分を復元したことで、本来強化されるはずだった切れ味がアップしたと。

「これまででも、十分強くなったと思っていたけど?」

『あんなの、誤差レベルさね。今のアタシ様なら、一二〇%は強化されているよ』

 その証拠に、わたしに大量の力が流れ込んできた。
 今までの戦闘経験が、魔力となってわたしに吸収されていく。
 レベッカちゃんをどう扱っていいのかも、頭に刻み込まれた。

 あと、これから何が起きるのかも。
 何をすべきかさえも、わかってしまった。

『想像以上に、ヤバイ事態が起きているようさね。だから、プリンテスはあんたに剣を打たせたんだ』
 
「なにが起きるの?」

 まだゼゼリィは、コトの事態がわかっていないようだ。

「スルトが、動き出した。この世界に、向かってくる」

「キャルさん。スルトとは、まさか」

「レベッカちゃんの本来の持ち主である、魔王です」
 スルトという魔王が、この世界に迫っているらしい。

「目的は、なんですの?」

 クレアさんが、冥界竜アラレイムに尋ねた。

『あいつは魔力のある場所なら、どこにでも現れる。おとぎ話の世界だと、追っ払われたけどな。まあ、追い払ったのは俺だし』

 アラレイムが、そう語る。
 世界の七割を食い尽くし、スルトはこの世界から追い出されたらしい。

『具体的には、そっちのガイコツに聞いてみるといい』
 
「フルーレンツさんに?」

 魔王スルトの伝承は、フルーレンツさんの一族のほうが詳しいとか。
 
「伝承によると、我々の一族が、スルトを撃退したという」

 所々にあった遺跡は、スルト関連のものらしい。 

「眉唾だと思っていた。だがアラレイム殿ご自身がおっしゃるなら、本当なんだろうな。我のことも、よく知っていらっしゃるようだし」

 そうなんだ。

 すごい人と、一緒に戦っていたんだな。

 フルーレンツさんがどうしてこんなに強いのか、わかった気がする。 

「たしか、クレア殿が抜いた聖剣だが、聖剣で倒された魔王も、スルトの配下だと聞く」

「そうなんですの?」

「ただ、クレア殿の魔力が規格外すぎて、そのクラスの魔王が現れても、すぐに倒してしまうだろうな」

 クレアさん、魔王超えちゃったよ。

「ひょっとして、スルトが来ちゃうのは、わたしのせい? わたしがレベッカちゃんを目覚めさせちゃったから」

『いんや。違うな。遅かれ早かれ、ヤロウはこっちに向かってくる運命だったのさ。強い魔力に惹かれるんだからな。俺のような、さ』

 どの道、魔力を食料とする魔王スルトは、この地に災いをもたらす存在のようだ。

『お試しで現地に放った魔王が、死んだんだ。その通達は、スルト陣営にも渡っているだろうさ』
 
 わたしのせいでも、フルーレンツさんのせいでもないようだ。

 スルトは何が何でも、この地の魔力を空い尽くしたいのか。

『準備は万端な方がいいよな。錬金術師キャルよ。いいものをやる』
 
 アラレイムが、自分の立っている位置に手を伸ばす。

 財宝の山々が、空間の向こうに広がっている。
 空間を捻じ曲げたのか。
  
『宝物庫への道を、開けてやった。お嬢ちゃんの魔剣を、作ってやるんだろ? いい感じの道具を、見繕ってやる。ほらよ』

 アラレイムが、虚空に手招きをすると、金貨の山が持ち上がった。

 青い脱皮跡が崩れて、わたしの手に収まる。
 角やツメなどのおまけつき。

「自分の体の一部でしょ? くれるの?」
 
『なにを今さら。【冥界竜アラレイム遺跡の魔工具】の素材は、俺の角・牙・ツメだぜ?』

 そうだったんだ。

 それら自分の体の一部を、鍛冶の道具として加工しているという。

『魔剣の作り方自体は、ゼゼリィから教わりな。それくらいの手ほどきは済ませてある』

 ゼゼリィが、恐縮しながらも頭を下げてきた。
 
「ありがとう。ゼゼリィよろしくね……じゃないか。お願いします師匠」

「お安い御用だよ。あと、敬語もやめてね」

「わかった。そうする。ありがとう、ゼゼリィ」

「ワタシとキャルの仲だもん。いいよ、これくらい」
 
 しかし、ウロコはどうしよう?

「ウロコって、何に使うの? 魔剣の素材?」

『お前さん、何も身に着けないで戦うつもりか?』


 ああ、ヨロイのパーツか。
「ただいまー」

 わたしは、ダクフィの街に帰ってきた。

「おかえりでヤンス」

「あなたたちが強くなっている間、こちらも変化があった」
 
 ヤトとリンタローは、プリンテス氏の元で、修行をしていたらしい。

「まずはリンタローだけど、球体状の魔剣があったでしょ?」

「あったね」

「あれを使いこなせるようになった」

「あれって、ちゃんと魔剣として機能するの!?」

「使い方が、リンタロー向けだったみたい」

 見ればわかるということで、リンタローの実力を見せてもらうことに。

 外に出て、リンタローは、球体状の魔剣を蹴鞠のようにポンポンと足で打ち上げる。時々頭や肩に乗せて、またポンポンと打ち上げた。

「いい感じね。リンちゃん」

 プリンテス氏が、リンタローをそう呼ぶ。結構、打ち解けたみたいだな。

「ソレガシの場合、魔剣使いというより【魔拳使い】でヤンスから」
 
「じゃあリンちゃん。この魔剣の使い方を、あの子たちに見せてやりなさい」 

「でヤンス。シュッ!」

 岩状のカカシに向かって、リンタローが魔剣を蹴り上げる。

 カカシが、粉々に砕けた。またすぐに、もとに戻る。
  
「ヤトの方も、いい感じになったのよね」

「でヤンス。シュ!」

 なんとリンタローが、ヤトに向けてボールを蹴り放つ。

 ヤトはまったく驚きもせず、自身の妖刀で撃ち落とした。

 魔剣を跳ね返される度に、リンタローが強く打ち返す。

「耐久値が、めちゃ上がってる?」

「妖刀の練度が上がって、重い攻撃にも耐えられるようになった」

 氷魔法には、限界がある。あれ以上は、強くならないと思っていたが。

『水氷で攻撃を滑らせて、ダメージを散らしているのかね?』

「さすが、魔剣レーヴァテインね。御名答よ」

 レベッカちゃんの推理に、プリンテス氏が拍手を送る。

 ヤトの妖刀【怪滅竿(ケモノホロボシザヲ)】の釣り糸には、水氷という「曲がる氷」が用いられている。ヤトの魔力で作り上げた水氷は、わずかに水を帯びているため、攻撃を逸らすのに適していた。
 それでも、強度は上がっている。あそこまで重い一発を、真正面から受けても砕けないなんて。

「こちらでの修行で、二人の戦闘術も高まっているってわけだね」

「死ぬほどのスパーリングだった、でヤンス」

 ボール型魔剣を手に掴んで、リンタローがガックリとうなだれる。

「あのまま、死ぬかと思った」

「それくらいやらないと、スルトとの戦いには耐えられないでヤンスよ」

 二人も、事情は把握しているみたいだ。

「冥界竜から、事情は聞いていたわ。あんたたちのような冒険者が来たら、自分の元に誘えと」

 プリンテス氏は始めから、なにもかも準備できていたみたいである。
 
「でも、キャルちゃん。あんたに対して、あたしは手を出さないわ。自分のできる範囲でやってみなさい。お友だち用の魔剣の作り方は、ゼゼリィに習うといいわ。あたしはクレアちゃんと、あんた用の装備を作っておくわね」

「わかりました。ありがとうございます」

「いいって。でも、魔剣の整備は大変よ。下手をすると、魔剣に斬り捨てられてしまう。それだけ、魔剣を作るのは危険なの」

「望むところです」

 こんなところで、怖気づいていられるか。

 いよいよクレアさんのために、ちゃんとした魔剣を用意できる。

(第七章 完)
 わたしはクレアさんたちと、ダクフィの街から森へ出た。レベッカちゃんの最終形態を振るう。
 クレアさんの魔剣を打つ前に、自分の魔剣の出来を見ておかないと。

「普段は、ロングソード並のサイズになったんですね?」

「そうなんだよ。スマートになっちゃって」

 以前のレベッカちゃんは大剣サイズで、存在感が大きかった。
 今は、その三分の一くらいしかない。
 鞘の形状も、羊かヤギの太い角を伸ばしたような形だ。魔物の本性を現して、より動物的になった。手触りも、どこか生物を思わせる。

『重量も、減らしたよ』

 第三の腕クンも、【抹消砲(ディスインテグレイト・レイ)】も、全部取り込んだ。
 なのに、こんな形になって。

「でも、威力が落ちたわけではないようですね」
 
「それを、これから試す」

 わたしは、レベッカちゃんを抜いた。

 ブオン、と、炎の刃がレベッカちゃんを包んだ。オレンジ色の炎が、レベッカちゃんの周りで揺らめいている。

「フン!」

 剣を横に凪ぐ。

「おっと」

 離れたところにいたクレアさんに、剣から出たオーラの先端が当たりそうになった。
 すぐに避けてもらえたが。

「おお。すごいですわね」
 
 遠くにあった岩山が、チーズのように切断された。

「キャル。とんでもない威力になって、帰ってきてる」

「それだけじゃないでヤンス」

「うん」

 ヤト、リンタローコンビが、なんか「後方腕組みおじさん」みたいな状態になっている。

「どうしたの? 岩を斬ったくらいでは、特に珍しくないって思うけど?」

 これまで、わたしとレベッカちゃんは、無機物という無機物を斬り捨ててきた。
 同族の魔剣レーヴァテインさえ、剣のサビにしてやったこともある。

「違うよ。キャルちゃん」

 ゼゼリィが、わたしたちに歩み寄ってきた。

「ワタシの目で、森の中を見てみたんだけどね」

 前髪を上げて、ゼゼリィが隠れている目をわたしたちに向ける。
 万華鏡みたいに、目の中に光がグリングリン回っていた。

「悪意のある魔物たちが、ワタシたちに襲いかかろうとしていたんだよ。でもレベッカさんが、全部正気に戻しちゃった」

『はあ? アタシ様は、なにもしていないさ』

「したよ。発動した時点で、瘴気を焼き払っちゃったんだ」

 マジですか。

「なんかね。スルトが迫ってきている瘴気に当てられて、魔物が凶暴化していたんだ。そいつらが、この森にまで集まっていたんだよ」

 でも、レベッカちゃんの【原始の炎(げんしのほのお)】効果が、魔物の心にまで反映したみたい。
 元々邪悪な魔物はそのまま焼き払い、瘴気にあてられただけの魔物に対して、悪の心だけを斬り捨てたという。

『そこまで、原始の炎がパワーアップしていたとはねえ。おったまげたよ』 
 
「うえええ。もはやレベッカちゃんは、悪の心まで断ち切る存在に」

『無自覚だったけど、アタシ様ってとんでもなく強くなってね?』

 そこは、自覚しようね。 

「これは、本気で戦いたくなってきたでヤンスよ」

 ヤトとリンタローが、戦闘態勢に入る。

「お手合わせ、願うでヤンス」
「いいの、リンタロー? 手加減できないかもしれないのに」

「全力でどうぞ、キャル殿。足の一本くらい斬られないと、レベッカ殿の実力がわからないでヤンス」

 どこまでも体験主義な、天狗(イースト・エルフ)だ。

「バカな天狗で、ごめんなさい。キャル。こいつは、頭が好奇心でいっぱいで」

「いいよいいよ。ヤト」

 魔剣を試したいのは、こちらも同じである。

「それに、この魔球【TORAHUGU(トラフグ)】の試し切りもまだでヤンスので」

「その魔剣、【魔球 TORAHUGU】って名前なんだ」
 
「ソレガシが付けたでヤンス。プリンテス師匠は失敗作とおっしゃっていたでヤンスが、使い手がいなかっただけでヤンスね。ソレガシなら、三〇〇%のポテンシャルを……」

 リンタローが、鉄球型魔剣をカカト蹴りで浮かべた。

「出せるでヤンス、よ!」

 見えないケリで、リンタローが魔球を打ち込んでくる。

「うわっと!」

 すかさず、レベッカちゃんで防御した。

 やはり鉄球型の魔剣も、感触が生々しい。

「まだまだ!」

 スピードが落ちきっていない魔球を、リンタローがさらに蹴り込む。

「うおおう!」

「ここからでヤンスよ!」

 リンタローが、身体をのけぞらせながら跳躍した。右手を魔球に叩きつける。

「【アロー・スパイク】!」

 丸かった魔球が、三日月状の刃となって降下してきた。

『なるほど、球状のものを刃に変形させて斬るんだね!』

「ボールと言うより、丸いブーメランだね!」

『アハハ! 言えてるよ! そら!』

 アッパー気味の打ち上げによって、リンタローの魔球を弾き返す。

「あっちゃー……よっと」

 虚空を飛んでいった魔球は、リンタローの手にポスッと収まった。

「すべてをかけた、必殺技だったでヤンスよ。それを、あっさりと打ち返されたでヤンス」

 リンタローが、白旗を上げる。

「これまでの戦闘経験を分析して、かつてのキャル殿には一〇〇%勝てる見込みだったでヤンスが。ホントに強くなったでヤンスよ」

『やるねえ。このアタシ様相手に、勝てると思っていたとはね』

「こう見えてソレガシは、いつだって全力全開なんでヤンスよ。そうでないと、楽しくないでヤンスよ」
 
 リンタローがいうと、ジョークに聞こえないから不思議だ。
 おそらく、本気でカツつもりだったんだろうなあ。

 でも、当時のわたしでリンタローに勝てたかな。
 
「レベッカちゃんの調整に、クレアさんの魔剣。おまけに、自分の防具まで作るわけだから、時間があるかなぁ」

「キャル殿の防具でヤンスが、助っ人を呼んだでヤンスよ」

 リンタローの知り合いだよね。まさか、とは思うけど。
  
 ズシンズシンと、聞き慣れた音が。
 
「おーい」

 魔王の城を思わせる移動要塞型ゴーレムが、ノッシノッシとダクフィの街に現れた。

 操るのはもちろん、獣人族の巨乳お姉さんである。
 
「フワルーさん!」

「先輩! シューくんも!」