森の奥へ入り込み、わたしたちは湿地帯へ。
霧で、あまり先が見えない。
「この先に、カトブレパスがいるはずなんだけど」
慎重な足取りで、ゼゼリィが辺りを見渡す。
「カトブレパスって、危険なドラゴンなの?」
「戦闘力は、たいしたことないよ。ただ、【石化】が怖いね」
カトブレパスの瞳には、石化の効果があるらしい。
「あれだよ、キャル!」
デロデロとした沼地に、首の長いドラゴンが。
大きさは、ドラゴンパピーより少し大きいくらい。
というか、首から上の全部が、目玉ではないか。目だけで、生きている生物なのか。
「あの化け物が、ドラゴンですの?」
「そうだよ。カトブレパス。石化能力を持つ魔物だよ」
他の生命器官は、胴体に集結している。霧の濃い場所で育ったためか、目だけが異常に発達しているそうだ。
「あの大きな瞳に見つめられると、身体が硬直しちゃうんだ」
実際に狩りをする現場を、ゼゼリィが見せてくれる。
「鳥が、枯れ木に止まったね。見てごらん」
カトブレパスが、鳥に向けて目から光芒を発射した。
とっさに、鳥も羽を広げて逃げようとする。
羽を広げた状態のまま、鳥が固まった。そのまま、沼地に落ちる。
目で相手を固めて、そっと近づいて胴体にある口で鳥を食べた。
「気持ち悪いね」
「どう対処しましょうか?」
「わたしがオトリになるよ」
レベッカちゃんに肉体を預け、わたしは立ち上がる。
「キャルさんが?」
「わたしが敵を引き付けるから、クレアさんは弓で相手の首を切って」
レベッカちゃんの身体能力なら、カトブレパスの光線が来てもよけられるはずだ。
「わかりました。ムチャはなさらないでくださいませ、キャルさん」
「クレアさんも、危なくなったら、わたしを置いて逃げて」
わたしの言葉に、クレアさんもうなずく。
危険でも、やらないといけない。
お互いに、わかっているのだ。
だからこそ、相手を信頼している。
打ち合わせも、なし。すべて、アドリブでやっつける。
「準備はいい、レベッカちゃん?」
『ムチャだけど、キャルらしくて楽しいね!』
クレアさんが、召喚獣のトートから【地獄極楽右衛門】の三番を受け取った。
地獄極楽右衛門は、わたしが作ったクレアさん専用の魔剣である。一〇得ナイフのように、一〇本の剣で構成されているのだ。
各種剣には番号が振られていて、その中で三番は弓である。
「ウインドカッターも、乗せて差し上げますわ」
「任せるよ。いくよレベッカちゃん!」
レベッカちゃんが『おうさ!』と雄たけびを上げて、カトブレパスを挑発した。
『オラオラ! アンタの相手はアタシ様だよ!』
剣を振り回しながら、カトブレパスを誘い込む。
『くらいな。ウェーブ・スラッシュ!』
わたしはレベッカちゃんを振って、炎の衝撃波を展開する。
しかし、カトブレパスの瞳は、その炎さえも固めてしまった。
『なんてヤロウだ。こっちのスキルまで止めるとはねえ!』
「来るよ!」
『ホイ来た!』
カトブレパスが、こちらにヘイトを向けてくる。
怪光線を、乱れ打ちした。
だが、このタイミングを逃さないクレアさんではない。
「シュート。トドメですわ」
クレアさんが、矢を放った。
目と胴体を繋げる首を、魔法を重ね掛けした矢で跳ね飛ばす。
「魔物はまだ生きてるよ!」
ゼゼリィの言葉を受けて、わたしは剣に魔力を込める。
『今度こそ! ウェーブ・スラッシュ』
胴体めがけて、炎の衝撃波を撃った。
炎の一閃によって、魔物の身体が切断される。
カトブレパスの目に、触ってみた。
よし。目自体に、石化の能力はないみたい。
やはり、胴体とひとつになってようやく発動するスキルのようだ。
「まずは、カトブレパスの瞳をゲットだね」
『ああ。なんとかね……!?』
レベッカちゃんが、わたしの身体を使って跳躍した。
『気をつけろ、キャル! もう一体来るよ!』
沼から、なにかの魔物が現れる。
「あれは、ドラゴンゾンビだ!」
「ウソでしょ!? だってあれは」
さっき倒したカトブレパスが、ドラゴンゾンビになってるなんて!
ゾンビになったカトブレパスが、わたしたちに襲いかかってくる。
「気を付けてキャル! カトブレパスゾンビは、目が見えなくてもこちらを探知するよ! うわ!」
どんくさいと思っていたカトブレパスが、俊敏な動きでゼゼリィに向かっていった。長い首を、ゼゼリィに向けて叩きつけようとする。
『おっと! アンタの相手はこっちだ、つってんだろーが!』
レベッカちゃんが、ブチ切れ気味でカトブレパスを剣で殴った。
だが、たいして効いていない。
『死体だからかねえ? 復活するんだよ!』
「いくら死体を倒しても、意味がないんだよ。沼の底にいるドラゴンゾンビが、常に死体を復活させてしまうんだ!」
ゼゼリィが言うには、この沼の主を倒す必要があるという。
「ドラゴンゾンビなんて、見えないよ!」
「任せて! 【邪眼】!」
ゼゼリィが持つ金属製の瞳から、光芒が放たれた。
どうやら、照明魔法のようだが。
「いた! 三〇メートル下に、敵の影!」
ゼゼリィの邪眼は、魔物の居所をとらえることができるのか。
だが、わたしの剣では届かない。
『そんな深さでは、ウェーブ・スラッシュも届かないねえ』
【抹消砲】も、この角度だと発射できないか。
潜るしか、ないんだろう。
だが、こんなドロドロの底なし沼で、息が続くかどうか。
「キャルさん……ここは、ワタクシに任せていただけませんこと?」
おお、クレアさんがやる気だ。
久々の強敵出現に、拳を鳴らしている。
「トートさん、二番を」
使い魔のトートに指示を出す。
トートは一〇徳ナイフ型の鞘から、槍を取り出した。
クレアさんがキャッチして、槍を装備する。
棒高跳びの要領で、空に舞い上がった。
「ゼゼリィさん、気配はわかりまして?」
「うん! 沼の底全体に、ドラゴンゾンビは拡がっているんだ!」
「沼の底全体が、ドラゴンゾンビですのね」
「そうだよ! コアとかはないから、打撃さえ与えればダメージは入るよ! 結構強力な一撃じゃないと、倒せないけど」
「なるほど! いい的ですわ!」
クレアさんが、魔力で槍を更に伸ばす。
「なにそれ!?」
「これが、グミスリル鉱石の効果ですわ!」
弾力のあるグミスリル鉱石なら、強度を維持しつつ伸縮が自在となる。
「お覚悟を」
沼の底に、槍をぶっ刺した。
「ダメ押しの……【雷霆蹴り】!」
槍の石突に、クレアさんはかかと落としを繰り出す。
原始の雷が、ドラゴンゾンビに叩き込まれた。
結構強力な一撃過ぎるでしょ、クレアさん。
とぷん、と、ドラゴンゾンビらしき物体が浮き上がってくる。
同時に、他のゾンビたちが崩れ落ちた。
「この骨だらけのナマズが、ドラゴンゾンビですのね?」
「そうそう。でも普通は釣り上げてやっつけるんだよね」
だったら、ヤトを連れてくるべきだったか。
『なるほど。そうやって倒せばいいのか』
おや、レベッカちゃんが悪い顔になった。
これは、変なことを考えているぞ。
『もう一箇所、沼地があるねえ』
レベッカちゃんが、沼地の中心まで飛び上がる。
『おらあああ! 【ブレイズ・トラスト】!』
ウェーブ・スラッシュを、真下に向けて発射した。
ドン! と、小気味いい音が、沼地の底で鳴る。
ドラゴンゾンビを、倒したようだ。
しかし、いつまで経ってもドラゴンが浮かんでこない。
逆に、わたしたちが沼に沈んでいく。
違う。沼の水が減り始めているんだ。
「え、何が起きたの?」
ドラゴンゾンビの頭が、見えてきた。
「キャルさん、沼が乾いていきますわ」
ブクブクと泡立って、沼が沸騰しているのだ。
やがて、完全な乾燥地帯に。
なんこったい。沼を干上がらせてしまうとは。
【原始の炎】、恐るべし……。
火野取り扱いには、注意だね。
「まあ、結果オーライだから」
ゼゼリィは言うが、なんのフォローにもなっていない。
とはいえ、沼はまだまだたくさんある。
ドラゴンゾンビの一体や二体、倒してもいいだろう。
「低級ドラゴンゾンビってのは?」
「さっき倒した、カトブレパスゾンビのことだよ」
あああ。上級ドラゴンゾンビも倒してしまったと。
わたしは頭を抱える。
原始の炎、やりすぎたー。
「大丈夫。沼はまだ、あちこちで生きているからね」
ひとまず、一体はレベッカちゃんに食べさせてもいいだろう。
『いただくよ……』
ドラゴンゾンビの骨を、レベッカちゃんは刀身で溶かす。
『ふむ。魔物を食らうってのは、久々な感じがするねえ』
最近は、金属ばかりを食べさせていたもんね。
『なるほど。魔物の骨の方が、魔剣としてはしっくりくるってのは、感覚でわかってきたよ』
レベッカちゃんの柄が、骨の形に近づいてきた。
なるほど。柄にも意識を向けろってのは、こういうことか。
「キャルさん。なにか、掴めそうですか?」
「うん。やっぱり、何事も実戦だね。魔剣を強くするには魔物を食わせろってことなのが、ようやく実体験でわかってきたよ」
これならクレアさん向けの魔剣作りも、はかどりそう。
「あ、遺跡があった」
干上がった沼地から、遺跡の入口が出てきた。
「あれが、冥界竜アラレイムのいる遺跡?」
「間違いないよ」
邪眼で何度も、ゼゼリィが確認をする。
どうやら、ここが遺跡の入口で間違いがないらしい。
『ガハハ! これこそ、ケガの功名ってやつさ』
レベッカちゃん、絶対に狙っていなかったよね。
わたしたちは、冥界竜アラレイムの眠る遺跡の探索を開始した。
「石が全部、黒いね」
「でも、中は明るいですわ」
クレアさんが雷魔法で照明を当てようとする。
だが思いの外、遺跡内は明るかった。
「壁画が、淡い光を放っているからだよ」
祀られていたのか、壁一面に文字や絵がびっしり彫られている。アラレイムを称える壁画が大量に描かれていた。その壁画や文字は、ぼんやりと薄暗い青色に発光している。
「青いタイプの染料を、使っているみたい」
「このドラゴンですが、青いんですわね」
「冥界のドラゴン、【アラレイム】は、【ブルー・ジャイアント】・ドラゴンって言われているんだよ」
「ブルー・ジャイアント?」
「星ってね、あまりに高温になると、赤を通り越して、青く光るんだって」
アラレイムは分類上、氷属性の「ブルードラゴン」なのではなく、「青い炎を放つ、レッドドラゴン」なのだそう。
「その様が、冥界の炎に見えるから、アラレイムは【冥界竜】って呼ばれていたんだって」
『ぜひとも会ってみたいもんだね。キャル!』
「楽しみだね、レベッカちゃん」
だが、ゼゼリィは残念そうな顔をする。
「ところがね。アラレイムは、かつての力を失ったらしいんだよね」
アラレイムは古代の竜、つまりエンシェント・ドラゴンだ。
しかし、あまりに長く生きすぎた。
そのせいで、力も劣化しているという。
「生きていることは、生きているんだよね?」
「まあね。とはいえ、たとえ会えたとしても、望みは薄いよ。オイラたちを認識するかどうか、怪しいね」
ボケている可能性もあるの? ヤバイね。
「このドラゴンは、どうして崇められていますの? かなり重要な功績を成し遂げなければ、こんな大事に敬われたりはしませんわ」
「ああ。世界を救ったんだよね」
かつてこの地に、異世界から【魔王】を名乗る魔族が現れた。
その魔王とドラゴンが戦って、ドラゴンが勝ったという。
そのドラゴンの子孫が、今のアラレイムだとか。
仲間が死に絶えて、今はアラレイムしかいないという。
「勇者が倒した魔王とは違って、ずいぶんと古いタイプの魔物なんですわね?」
「でも待って。この文字は……フルーレンツさん!」
わたしは、フルーレンツさんを呼び出した。
お供のスパルトイまで、一緒に召喚されてきたけど。
「ひいいい!」
「大丈夫。ゼゼリィ。この人は危なくないから。それよりフルーレンツさん」
わたしはフルーレンツさんに、壁画の文字を読んでもらう。
「ふむ。たしかにこの文字は、古代コーラッセンで使われたものとよく似ている」
「よ、読めるの?」と、ゼゼリィがフルーレンツさんに問いかけた。
「読めるわけではない。ただ、似ているからニュアンスは伝わってくる。『その魔王の名は……スルト』か」
スルト!
『キャル。スルトっていえば、レーヴァテインの持ち主の名前じゃないか!』
大昔に、この地をスルトが襲ったってこと?
となると、レーヴァテインも本物があるってことじゃん。
そんな時代から、レベッカちゃんって存在していたってわけ?
すごい。気が遠くなるような時代を、彼女は生きていたんだ。
こんな知っている人が誰もいない、別の世界まで来て。
『スルトの魂を持つものよ……我が眠りを覚ますのは、そなたか?』
声が聞こえる。
正確には、文字が言葉になって、脳に刻み込まれたかのような。
ゼゼリィが気持ち悪がって、うずくまってしまった。
「大丈夫だから、ゼゼリィ」
わたしは、ゼゼリィに肩を貸す。
隣でクレアさんも、同じようにゼゼリィを支えてくれた。
「ありがとう。ふたりとも。ごめんね。怖がりで」
「心配ないって。わたしだって怖いよ」
クレアさんも、珍しく怯えている。
こんな真剣に前を見つめるクレアさんを、わたしは見たことがない。
「この奥から、声が聞こえてきましたわ」
洞窟の奥にある岩戸に、到着した。
『見えるぞ。岩越しからでも、スルトの残滓が。魔剣の使い手よ、我が元にまいれ』
やはり、岩戸の向こうから声がする。
ズズズ、とひとりでに岩が横へゆっくりとスライドした。
「入っていいみたいだね、クレアさん」
「歓迎されているのかはわからないですが、参りましょう。キャルさん。ゼゼリィさんは、ワタクシたちの後ろに下がっていらして」
わたしとクリスさんで、ゼゼリィを守りながら進む。
青い炎をまとったドラゴンが、ふううと息を吐きながらこちらを見ている。
大きい。なにより、スケールがデカかった。本来はそこまでの大きさではないのだろう。しかし、大きいと思わせるオーラをまとっていた。
巨大化の幻を、見せられている。
青い炎の影響か? いや……。
「まさか、炎の方が、本体?」
発言したのは、ゼゼリィである。
わたしたち全員が、同じ答えにたどり着くとは。
さっきまで退屈そうにしていたドラゴンが、クククとノドをふるわせた。
『我の正体に気づくとは! あっぱれなり!』
やはり、ドラゴンの周りを取り囲む青い炎のほうが、冥界竜の正体だったようだ。
ドラゴンの体中を這い回っていた炎が、ドラゴンから離れていく。
『この肉体は、我がこの地にとどまれるようにするための依代なり。本体は、お主の想像通り炎よ』
ドラゴンの目から、生気が抜けていった。
青い炎が、ドラゴンの形を取る。
『俺の名はアラレイム。もう威厳ぶった話し方は、しなくてもいいよな』
アラレイムが、急に砕けた話し方になった。
『はーあ。ようやく、俺に見合う才能の持ち主に出会ったな』
「ガイコツのお友達が、いますから」
わたしは、フルーレンツさんを召喚する。
『いいねえ。コーラッセン出身の者と、ゾンビながら出会えるとはね。懐かしいぜ』
アラレイムが、愉快そうに笑う。
『俺の正体に気づけたのは、昔だったらコーラッセンの奴らくらいだろうな。あいつらにも道具を貸してやったっけな。返ってきてないってことは、滅びたんだろうなって思っていたけど』
少しさみしそうに、アラレイムが天井を見上げた。
「あの、魔剣の道具を取ってこいって言われてきたんですが」
『いいぜ。好きなだけ持っていけ』
ドドド、と、魔剣のために使う道具が大量にドラゴンの口から吐き出される。
「ありがとう、ございます」
『ただ、俺に勝てたらの話だがな』
やはり、こういう展開になるよね?
『やっぱりな。久々に暴れてえんだよ。この辺りのモンスターじゃ、張り合いがなくってな。かといって、持ち場を離れるわけにもいかん』
「なにをなさってるので?」
『スルトがこの地に現れるかどうか、見張ってるんだよ』
アラレイムがいうには、魔剣レーヴァテインの主であるスルトが、もうすぐこの地に現れるのでは、とのことだ。
『なにやら不穏な流れがあちこちで起きているらしいが、それはそっちの魔剣のせいじゃねえ。スルトが目覚める兆候なんだよなぁ』
うんざりしたような声で、アラレイムがつぶやく。
『かといって、じゃあよろしくお願いしますって工具だけ渡しても、扱えるかどうかわからん。テメエらの力量を見極めて、魔剣の真なる力を引き出せるかどうか試させてもらわねえとよ』
『とかいって、実際は暴れたいだけなんだろうね』
レベッカちゃんが、横槍を入れた。
『よくわかってんじゃねえか。お嬢ちゃんよぉ』
アラレイムは、レベッカちゃんをお嬢ちゃん呼ばわりする。
レベッカちゃんが、青筋を立てているのが、背中から伝わってきた。
『ケンカしたいなら、相手になってやろうじゃないか!』
『吠えるなよ。美人が台無しだぜ、お嬢ちゃん』
『ぶっ飛ばしてやんよ。そんでもって、アンタもアタシ様の一部になりな!』
わたしの意見も聞かず、レベッカちゃんがわたしの身体を乗っ取る。
魔剣を抜き、戦闘態勢に。
『さて、お前さんは準備完了だな? 俺はどうするか』
わたしは、レベッカちゃんに身体を預けている。
だが冥竜の肉体は、どうもドラゴンの方ではないらしい。
自身という魔剣を振るうにふさわしい、身体を探しているようだ。
「冥界竜……いえ、魔剣とお呼びした方がよろしくて? ワタクシが、あなたを振るいますわ。お手をどうぞ!」
意気揚々と、クレアさんが手を差し伸べる。
『よせよ。無理するんじゃねえ、お嬢様』
プイと、冥界竜がクレアさんにそっぽを向いた。
どうやらクレアさんは、ドラゴンにはお気に召さなかったらしい。
『お前さんが、いいな』
「え!?」
なんと、物陰に隠れていたゼゼリィに、冥界竜が取り憑く。
なすすべもなく、ゼゼリィは魔剣に取り込まれた。
「いっ……くぅううう!」
青い魔剣を構えて、笑みを浮かべる。
「ゼゼリィ!? 大丈夫!?」
『話しかけてもムダだ、キャル! ゼゼリィのやつ。完全に、取り込まれてやがる!』
わたしが声をかけても、ゼゼリィは笑っているだけ。こちらに気づきもしない。
『いいだろ? ずっと俺の美声を聞かされているみたいな状態だ。俺の命令しか聞かねえんだよ』
だったら、早く解放してあげないと。
「クレアさんは、浄化魔法の用意をお願いします!」
「承知しました。キャルさん、お気をつけて!」
クレアさんが、精神を浄化する魔法の準備を行う。
『ゼゼリィは、返してもらうよ!』
『やれるもんなら、やってみな!』
わたしは、レベッカちゃんを振るった。
ゼゼリィではなく、魔剣の方を狙う。
青い炎が、ヘビのようにのたくった。
ゼゼリィの足に巻き付いて、蹴りを打たせる。
『デュラ!』
ゼゼリィのキックが、わたしの斬撃を受け止めた。
「今度は、こっちからいかせてもらおう! ドゥラ!」
レベッカちゃんを踏み台にして、ゼゼリィが跳躍した。
かかと落としを、叩き込んでくる。
『おらあ!』
レベッカちゃんも、剣で相手のかかとを打ち上げた。
火花が散る。
わたしは思わず、顔をそむけてしまった。
『スキだらけだぜ!』
ゼゼリィが、回し蹴りを叩き込んでくる。
死角からの攻撃に、わたしはどうにか対処した。レベッカちゃんで、相手の軸足を払う。
『ドゥオラ!』
アラレイムはゼゼリィの身体を、コマのように回転させる。
『そらよ!』
青い炎の剣で、ゼゼリィがこちらをかち上げてきた。
レベッカちゃんで防御するが、わずかながら後ろまで押される。
力比べなら、向こうのほうが上らしい。
さすが、ドラゴンと言ったところか。
『格闘術系の、魔剣かい?』
『そのとおりだ。この嬢ちゃんのファイトスタイルは、俺とマッチしているらしい』
『だとしたら、なおさらクレアが適任者だったと思うがねえ?』
『あのお嬢ちゃんとは、波長が合わん。なんか、聖なる力が邪魔してやがる』
アラレイムの話を聞いて、わたしも思うところが。
たしかに、聖剣さえ抜けるクレアさんに、わたしは魔剣を打っていいのだろうかと。
『あれでは一生、魔剣なんて扱えねえだろうな。真の意味じゃあよぉ』
*
「わざと、ゼゼリィを行かせた!?」
ヤトは魔剣を作ってもらっている間、プリンテスから意外な話を聞かされた。
素材だけを集めてくるなら、キャルとクレアだけでよかったらしい。
だが、どうしてもゼゼリィを連れて行く必要があるという。
「あたしがあいつをおつかいに出したのは、半分は文字通り魔剣づくりのため。だが目的は、もうひとつあるの。あの子を、魔剣になじませるため」
「そうはいっても、あっちに魔剣はないんでヤンスよね?」
リンタローは、プリンテスに質問をする。
「冥界竜アラレイム自体が、魔剣そのものなのよ。あいつは並の炎も飲み込む、青い魔剣なの」
青い炎を放つ、この世界でも最強クラスの魔剣だとか。
その力は、レーヴァテインと並ぶほどだという。
「どうしてゼゼリィと、その魔剣と引き合わせる必要が?」
「あの子は、いちいち臆病すぎるわ。実力は正直、あたしよりあるくらいなの。鍛冶も、戦闘も。だけどあの子は優しすぎて、相手を傷つけるのを嫌う。自分の武器で相手が傷つくのも、嫌っているのよ」
そんな状態で作った魔剣が、人を斬れるはずがない。
「ゼゼリィは魔剣打ちとして、致命的な欠陥があるわ。それを、冥界竜に焼き尽くしてもらう。あの魔剣を振るって、レベッカと戦って、ようやく見えてくる世界があると思うのよ」
さらなる壁を超えなければいけないのは、ゼゼリィの方だった。
「あうらぁ!」
ゼゼリィのどんくさい動きから、前蹴りが飛んできた。
『来るよ、受けなキャル!』
「え? こんなおっそい蹴り、レベッカちゃんなら軽く……うわ!?」
当たるはずがない攻撃が、まともにレベッカちゃんの刀身をとらえる。
バキイ! っと、イヤな音がしたけど。
今一瞬、加速した?
「それより、レベッカちゃん!」
ブツブツと、レベッカちゃんの刀身が煮えたぎっている。
そこだけ、アヒージョみたいにドロっとなっていた。
「レベッカちゃん!?」
『どうってこと、ないよ! それより、油断するなよ! なんか妙だ!』
ゼゼリィが乗っ取られている段階で、充分ヤバイんだけどね!
「キャルさん、加勢いたしましょうか?」
クレアさんが、加勢を申し出る。
たしかに、クレアさんのスピードとパワーなら、ゼゼリィのスキをついて昏倒させることも可能だろう。
しかし、それではダメな気がした。
アラレイムとゼゼリィのコンビとは、正面切って戦わないと。
そうしなければ、きっとわたしは何もつかめない。
『ちゅわ!』
変なポーズをしたゼゼリィが、ラリアットをかます。
ここに来て、プロレス技?
あんなショー格闘技の技が、当たるとでも?
『キャル!』
「うわっと! っとぉ!」
猛烈なラリアットが、レベッカちゃんの柄を叩き折らんばかりに命中した。
「なんだこれ!? なんで攻撃が、伸びてくるの!?」
「キャルさん、お気をつけて」
「クレアさん?」
「なんか、瞬間的に移動をしていますわ!」
ずっと観戦していたから、クレアさんには相手のパターンが読めるみたい。
「ぎゅっとやあ!」
今度は、ドロップキックがレベッカちゃんを襲う。
わたしはレベッカちゃんの刀身を振り回して、払いのける。
できるだけ、ゼゼリィの身体に当たらないように。
だが、足を広げてさらに足刀のキックを浴びせてきた。
「ヤバイ。強い!」
しかし、なんだろう。この違和感は。
なぜか、戦っている気がしない。
これって……まさかね。
『どうしたんだい、キャル?』
「いやぁさ。もしかして、って思うんだけど」
わたしはレベッカちゃんに、ゼゼリィの攻撃パターンを予測してみた。
『たしかに。アタシ様だけ狙ってきているねえ』
「でしょ?」
だから、考えられることは一つしかないんだよね。
「キャルさん!」
「どうしたの、クレアさん?」
「さっきから、レベッカさんにしか攻撃が向いていませんわ。ドラゴンの狙いは、レベッカさんを叩き壊すことなのでは?」
クレアさんが、わたしに推理を披露する。
まあ、普通に考えたらそうだよねえ。普通なら。
だがアラレイムほどのドラゴンが、どうしてレベッカちゃんほどの魔剣を脅威と思っている?
魔物のゼゼリィを味方につけてまで、レベッカちゃんを壊しにかかる理由なんてあるのか?
だったら、最初からクレアさんに取り憑けばいい。
もし、破壊が目的ではないなら、答えは一つだ。
「レベッカちゃん、ゼゼリィの攻撃、全部受けるよ!」
『よっしゃ。アンタの分析を信じるよ!』
わたしは、ゼゼリィの攻撃を、かわしたり受け流さないことに決めた。
「でゅええええ!」
「おおお! かかってこい、ゼゼリィ!」
ドンと、真正面から受け止める。
「よいしょおお! 無事なの、レベッカちゃん!?」
『ど、どうってこと、ないさね……』
ゼゼリィの強烈な一発だけで、レベッカちゃんは疲弊していた。
ローキックも、かかと落としも、すべて、レベッカちゃんで受け止める。
ゼゼリィが打ち込んでくるたびに、レベッカちゃんの刀身から火花が散った。
『だけど、これでいいんだよなあ、キャル?』
「うん。これが、鍛冶作業なら」
これは、バトルじゃない。
レベッカちゃんを鍛えてくれているのだ。
「本当ですか、キャルさん? 冗談でしょ?」
「いや、冗談じゃない。アラレイム自らが、レベッカちゃんを鍛えてくれているんだよ」
だからこそ乗り移る対象は、ゼゼリィじゃなければいけなかった。
ゼゼリィを介してでなければ、魔剣を鍛えることはできない。
「ですが、工具はこちらに」
ドラゴンが吐き出した工具を、クレアさんが指差す。
「それは、後で取り込むんじゃないかな? もしくは、わたしが使用するための、リペアアイテムかも」
後者のほうが、おそらく正しい。
あの工具を使えば、ゼゼリィによる鍛冶作業に限りなく近い「修復・錬成」が、わたしでも可能になるのだろう。
『戦いながら、俺様の目的に気づくとは。大したやつだよ。さすが、Fの名を継ぐものだ』
やはり、アラレイムの行動は、わたしの考えていたとおりだった。
「わたしを知っているの?」
『錬金術師で赤毛っていったら、Fの一族って相場が決まっているもんよ』
「でも、レベッカちゃんはもう」
レベッカちゃんの燃えるような刀身が、ドロドロに溶け出している。
もはやレベッカちゃんは、ヘナヘナになった鉄の塊だ。
『黙ってなよ、キャル。アタシ様は、まだ、まだ』
ここまで追い詰められたレベッカちゃんは、初めて見た。
『嬢ちゃん、俺様の鍛錬によく耐えたな。褒めてやるぜ。さあ、仕上げだ。生まれ変われよ、魔剣レーヴァテイン。いや、魔剣レベッカ!』
わたしが集めてきたアイテムが、ゼゼリィの手に渡る。
「こおおおお!」
アイテムを持つゼゼリィの手が、レベッカちゃんの刀身の中に。
ドロドロのブヨブヨになったレベッカちゃんに、ゼゼリィが手を突っ込む。
『冥界竜アラレイム遺跡の魔工具』
『邪竜カトブレパスの瞳』
『低級ドラゴンゾンビの骨一式』
これらのアイテムは、すべて揃った。
レベッカちゃんが最強の魔剣になるかどうかは、最高の鍛冶屋であるゼゼリィに委ねられている。
魔剣って、ああやって作られるのか。
鍛冶や錬成とは、一線を画している。
やはりわたしも、鍛冶師としての常識に囚われすぎていた。
ヘルムースさんが、「魔剣だけは鍛えられない」と言ったわけだ。
こんなのを最初の頃に見せられていたら、自信をなくしていただろう。
『おおう。あおうぅ! キャル、こいつは、やばすぎる!』
レベッカちゃんは、これまで聞いたこともない嗚咽を漏らす。
泣いているような、感じているような。
わたしは女だけど、オンナの快感とかはよくわかっていない。
くすぐったそうにしているようにしか、見えなかった。
「大丈夫ですの、レベッカさんは?」
クレアさんも、不思議そうにレベッカちゃんが鍛えられていく様子を見ている。
「あのー。ゼゼリィに話しかけても大丈夫? もしくは、レベッカちゃんに」
わたしは恐る恐る、アラレイムに問いかけた。
「ゼゼリィにはやめときな。お楽しみ中だ」
完全にトランス状態なため、わたしの声は耳にも入らないとのこと。
「レベッカになら、いいぜ。まともに受け答えできるか、わかったもんじゃねえが」
できることなら、レベッカちゃんの不安を取り除いてあげたい。
わたしは、出産中の妊婦に声を掛けるような、面持ちになった。
「どう、レベッカちゃん? 痛い?」
思い切って、わたしはレベッカちゃんに語りかける。
『痛くはありませんわ。ただ、少々柄の辺りが凝ってまして。もう少し、下のあたりを揉んでいただけると、練度が上がりそうですわ』
なんか、キャラ変わってるー!
『ああ。脳が混乱していて、意識が混濁しているんだよ。製造が完了すれば、もとに戻るから安心しな』
魔剣作りでは、よくあるパターンらしい。
「で、できたあああ!」
ゼゼリィが、手を引っ込める。
そこには、一回り大きくなったレベッカちゃんが。
手に持ってみた。
いつものように鋭い目のようなオーラが、刀身から湧き出てくる。
まばたきをしながら、オーラがこちらを見た。
「レ、レベッカちゃん?」
再度、声を掛ける。
また別人になってなかったらいいけど。
『いやあ、生まれ変わった気分だったよ! 魔剣としてのアイデンティティが、戻ってきたみたいだ!』
よかった。元のレベッカちゃんだ。
「なんだか、スッキリした感じだけど?」
『たしかにね。溜め込んでいた魔力もうまい具合に圧縮できて。自己強化能力も、復元できたようさね』
「自己強化?」
『魔剣ってのは本来、自分で進化していけるもんなのさ。だけどアタシ様は、実験体だったためにその部分がオミットされていた。あえて機能を止めていたっていうかさ』
つまり、もっと強くなるはずだったのに、そうならなかったと。
その部分を復元したことで、本来強化されるはずだった切れ味がアップしたと。
「これまででも、十分強くなったと思っていたけど?」
『あんなの、誤差レベルさね。今のアタシ様なら、一二〇%は強化されているよ』
その証拠に、わたしに大量の力が流れ込んできた。
今までの戦闘経験が、魔力となってわたしに吸収されていく。
レベッカちゃんをどう扱っていいのかも、頭に刻み込まれた。
あと、これから何が起きるのかも。
何をすべきかさえも、わかってしまった。
『想像以上に、ヤバイ事態が起きているようさね。だから、プリンテスはあんたに剣を打たせたんだ』
「なにが起きるの?」
まだゼゼリィは、コトの事態がわかっていないようだ。
「スルトが、動き出した。この世界に、向かってくる」
「キャルさん。スルトとは、まさか」
「レベッカちゃんの本来の持ち主である、魔王です」
スルトという魔王が、この世界に迫っているらしい。
「目的は、なんですの?」
クレアさんが、冥界竜アラレイムに尋ねた。
『あいつは魔力のある場所なら、どこにでも現れる。おとぎ話の世界だと、追っ払われたけどな。まあ、追い払ったのは俺だし』
アラレイムが、そう語る。
世界の七割を食い尽くし、スルトはこの世界から追い出されたらしい。
『具体的には、そっちのガイコツに聞いてみるといい』
「フルーレンツさんに?」
魔王スルトの伝承は、フルーレンツさんの一族のほうが詳しいとか。
「伝承によると、我々の一族が、スルトを撃退したという」
所々にあった遺跡は、スルト関連のものらしい。
「眉唾だと思っていた。だがアラレイム殿ご自身がおっしゃるなら、本当なんだろうな。我のことも、よく知っていらっしゃるようだし」
そうなんだ。
すごい人と、一緒に戦っていたんだな。
フルーレンツさんがどうしてこんなに強いのか、わかった気がする。
「たしか、クレア殿が抜いた聖剣だが、聖剣で倒された魔王も、スルトの配下だと聞く」
「そうなんですの?」
「ただ、クレア殿の魔力が規格外すぎて、そのクラスの魔王が現れても、すぐに倒してしまうだろうな」
クレアさん、魔王超えちゃったよ。
「ひょっとして、スルトが来ちゃうのは、わたしのせい? わたしがレベッカちゃんを目覚めさせちゃったから」
『いんや。違うな。遅かれ早かれ、ヤロウはこっちに向かってくる運命だったのさ。強い魔力に惹かれるんだからな。俺のような、さ』
どの道、魔力を食料とする魔王スルトは、この地に災いをもたらす存在のようだ。
『お試しで現地に放った魔王が、死んだんだ。その通達は、スルト陣営にも渡っているだろうさ』
わたしのせいでも、フルーレンツさんのせいでもないようだ。
スルトは何が何でも、この地の魔力を空い尽くしたいのか。
『準備は万端な方がいいよな。錬金術師キャルよ。いいものをやる』
アラレイムが、自分の立っている位置に手を伸ばす。
財宝の山々が、空間の向こうに広がっている。
空間を捻じ曲げたのか。
『宝物庫への道を、開けてやった。お嬢ちゃんの魔剣を、作ってやるんだろ? いい感じの道具を、見繕ってやる。ほらよ』
アラレイムが、虚空に手招きをすると、金貨の山が持ち上がった。
青い脱皮跡が崩れて、わたしの手に収まる。
角やツメなどのおまけつき。
「自分の体の一部でしょ? くれるの?」
『なにを今さら。【冥界竜アラレイム遺跡の魔工具】の素材は、俺の角・牙・ツメだぜ?』
そうだったんだ。
それら自分の体の一部を、鍛冶の道具として加工しているという。
『魔剣の作り方自体は、ゼゼリィから教わりな。それくらいの手ほどきは済ませてある』
ゼゼリィが、恐縮しながらも頭を下げてきた。
「ありがとう。ゼゼリィよろしくね……じゃないか。お願いします師匠」
「お安い御用だよ。あと、敬語もやめてね」
「わかった。そうする。ありがとう、ゼゼリィ」
「ワタシとキャルの仲だもん。いいよ、これくらい」
しかし、ウロコはどうしよう?
「ウロコって、何に使うの? 魔剣の素材?」
『お前さん、何も身に着けないで戦うつもりか?』
ああ、ヨロイのパーツか。
「ただいまー」
わたしは、ダクフィの街に帰ってきた。
「おかえりでヤンス」
「あなたたちが強くなっている間、こちらも変化があった」
ヤトとリンタローは、プリンテス氏の元で、修行をしていたらしい。
「まずはリンタローだけど、球体状の魔剣があったでしょ?」
「あったね」
「あれを使いこなせるようになった」
「あれって、ちゃんと魔剣として機能するの!?」
「使い方が、リンタロー向けだったみたい」
見ればわかるということで、リンタローの実力を見せてもらうことに。
外に出て、リンタローは、球体状の魔剣を蹴鞠のようにポンポンと足で打ち上げる。時々頭や肩に乗せて、またポンポンと打ち上げた。
「いい感じね。リンちゃん」
プリンテス氏が、リンタローをそう呼ぶ。結構、打ち解けたみたいだな。
「ソレガシの場合、魔剣使いというより【魔拳使い】でヤンスから」
「じゃあリンちゃん。この魔剣の使い方を、あの子たちに見せてやりなさい」
「でヤンス。シュッ!」
岩状のカカシに向かって、リンタローが魔剣を蹴り上げる。
カカシが、粉々に砕けた。またすぐに、もとに戻る。
「ヤトの方も、いい感じになったのよね」
「でヤンス。シュ!」
なんとリンタローが、ヤトに向けてボールを蹴り放つ。
ヤトはまったく驚きもせず、自身の妖刀で撃ち落とした。
魔剣を跳ね返される度に、リンタローが強く打ち返す。
「耐久値が、めちゃ上がってる?」
「妖刀の練度が上がって、重い攻撃にも耐えられるようになった」
氷魔法には、限界がある。あれ以上は、強くならないと思っていたが。
『水氷で攻撃を滑らせて、ダメージを散らしているのかね?』
「さすが、魔剣レーヴァテインね。御名答よ」
レベッカちゃんの推理に、プリンテス氏が拍手を送る。
ヤトの妖刀【怪滅竿】の釣り糸には、水氷という「曲がる氷」が用いられている。ヤトの魔力で作り上げた水氷は、わずかに水を帯びているため、攻撃を逸らすのに適していた。
それでも、強度は上がっている。あそこまで重い一発を、真正面から受けても砕けないなんて。
「こちらでの修行で、二人の戦闘術も高まっているってわけだね」
「死ぬほどのスパーリングだった、でヤンス」
ボール型魔剣を手に掴んで、リンタローがガックリとうなだれる。
「あのまま、死ぬかと思った」
「それくらいやらないと、スルトとの戦いには耐えられないでヤンスよ」
二人も、事情は把握しているみたいだ。
「冥界竜から、事情は聞いていたわ。あんたたちのような冒険者が来たら、自分の元に誘えと」
プリンテス氏は始めから、なにもかも準備できていたみたいである。
「でも、キャルちゃん。あんたに対して、あたしは手を出さないわ。自分のできる範囲でやってみなさい。お友だち用の魔剣の作り方は、ゼゼリィに習うといいわ。あたしはクレアちゃんと、あんた用の装備を作っておくわね」
「わかりました。ありがとうございます」
「いいって。でも、魔剣の整備は大変よ。下手をすると、魔剣に斬り捨てられてしまう。それだけ、魔剣を作るのは危険なの」
「望むところです」
こんなところで、怖気づいていられるか。
いよいよクレアさんのために、ちゃんとした魔剣を用意できる。
(第七章 完)