『こいつは、レーヴァテインじゃねえ! レーヴァテインとは別モンだ! 何者なんだ、テメエェ!』

 レーヴァテインが、一目散に飛んで逃げていった。レベッカちゃんに一瞬触れただけで、ヤバイと認識したのだろう。

『情けないねえ。それでも世界を七度も焼き尽くしたっていう幻の魔剣レーヴァテインかい?』

「え、そんな伝説、わたしも知らないんだけど?」

『キャルには、話していなかったねえ! そうさ。レーヴァテインってのは、世界を何度も消し炭にしているんだよ。その片鱗こそアイツだったんだけどね』

 レーヴァテインを見下すように、レベッカちゃんはそう吐き捨てた。

 世界を七回焼き尽くすとか、もう燃えカスしか残ってなさそう。

『黙れイレギュラー! テメエは魔剣ですらねえ! もっと別のバケモンだ!』 
 
 ミスリルゴーレムに戻って、レーヴァレインは再度肉体を形成する。残った鉄分をフル稼働して、小型のゴーレムに姿を変えた。ただ魔力を使いすぎているのか、人間サイズまで小さくなっている。
 レベッカちゃんに侵食されたダメージは、相当大きいようだ。

『自分が格上だと思って、過信したようだね! アタシ様はレーヴァテインといっても、キャルの錬成を経て別のベクトルに進化しているんだよ! 妖刀さえ恐れるほどにね!』

『そうか。そういうことか! オレが感じ取ったのは、妖刀の残滓だったとは。あんなものを取り込んで、なぜ平然としていられる!? 一瞬で正気を失ったって、おかしくねえのに!』

『アタシ様は、そんなヤワじゃないのさ。妖刀だろうが海底神殿だろうが、残さずくらい尽くしてやったよ!』

『そんなことをして、どうして魔剣としての力を維持できる!? 信じられねえ!』
 
『正気を失うことが怖くて、魔剣なんてやってられないんだよ!』
 
 レベッカちゃんが、さらにパワーアップした。

『どうだい? あんたのしけた能力を吸い取って、パワーアップしたよ! あんたの力は、アタシ様が有効活用してやるから、ありがたく思うんだね!』

 魔剣レーヴァテインを吸収して、なおもレベッカちゃんはレベッカちゃんのままである。
 
『ひいいいい!』

 対して、わずかながらもレベッカちゃんに力を奪われたレーヴァテインの方が、すっかり弱気になってしまった。

『キャル。これがレーヴァテインさ。いくら最強の魔剣といえど、威厳を失ったらこんなに弱っちまう。絶対的な力を失った剣は、こんなもんさ』

「そうだね。これは……わたしたちが有効活用したほうがよさそう」

 わたしは、剣を振り上げる。

『来るな! この力は、オレサマのものだぁ! 【プリズミック・ミサイル】!』


 無数の魔弾が、弧を描いてこちらに飛んできた。まるで、虹が分散して襲ってくるかのように。
 
 この世界で見たこともない攻撃だ。

 しかし、なにも怖くない。
 こちらの方が有利だと、わかっているから。

 あれだけ恐ろしかった魔剣が、今はもう格下に見える。

「【紅蓮撃】」

 わたしは、レベッカちゃんを振り回し、オレンジ色のブレスを撒き散らした。

 それだけで、魔弾が焼け落ちる。

「魔剣よ、わたしの力となれ」

 ミスリルゴーレムに向けて、わたしはレベッカちゃんを突き刺した。

『ばかな。ただのレプリカに、オレサマが負けるなんて!』

「レベッカちゃんをただのレプリカと思っていた時点で、あなたは負けていたんです」

 魔剣レーヴァテインの欠片が、レベッカちゃんの中に取り込まれていくのがわかる。

 わずかに抵抗していたようだが、溶岩へ溶けていくかのように魔剣は消滅していった。
 完全に取り込まれたんだろう。

「レベッカちゃん、なんともないの?」

『何がだい?』

「あいつに心を蝕まれたりとか」

『むしろ、アタシ様がヤツを蝕んでやったさ』

 だろうね。その方が、レベッカちゃんらしい。

『終わったよ。アンタたち』

 レベッカちゃんが言うと、クレアさんたちがセーフゾーンから出てきた。

「すべて、終わりましたの? レーヴァテインの気配が、ありませんわ」

「終わりました。クレアさん」

 レベッカちゃんを縮小して、髪留めに戻す。

「妖刀どころか、ナイフ程度の大きさとはいえ、魔剣レーヴァテインをその手にするとは。たいした度胸でヤンス」

「末恐ろしい」

 リンタローもヤトも、わたしを恐ろしい目で見る。

「いやいや。みんなの方がすごいからね」

「またまた。謙遜はよくないでヤンスよ」

 とにかく、魔女とレーヴァテインの脅威は去った。



 ツヴァンツィガーのギルドに、報告を終える。
 ギルドを通じて、国王に魔女討伐の知らせは届いた。

 わたしたちは褒美として、勲章をいただく。

 これによって、わたしたちはどの国へも通行が可能になった。

 レベッカちゃんとしては、大量のグミスリルが手に入ったことが気に入ったみたいだけど。

「それにしても、中を空洞にして軽量化する技術って、よく考えるとナイスなアイデアだね。自分のゴーレムにも、取り入れてみよう」

「キャルさん、宴の席ですから、食べながら夢想は遠慮なさったほうが」

「そうでした! 申し訳ない!」

 鳥のモモにかじりつきながら、うっかり妄想の彼方へ飛んでいたよ。
 わたしはすっかり、錬金術のトリコになっていた。
 宴はいいから、今すぐにでも試したい錬金術がいっぱいだ。

「キャルさん! こちらをお持ちください」

 神官のグーラノラさんが、アミュレットをわたしにくれる。

「これは?」

「ツヴァンツィガーで最も古いドワーフが所持していた、護符です。なんでも【原始の(いかづち)】というスキルが手に入るとか」

 原始の雷!
 わたしが一番、ほしかったものだ!

「ありがとうございます!」

 これさえあれば、クレアさんがもっと強くなる!

 「でも、いいんですか?」

「我々では、扱えませんでした。そのスキルは人を選ぶらしく、高いレベルの武器にしか会得できないのです。あなたの作った魔剣でしたら、耐えられるかと」

 原始シリーズは、ヘタに武器に装着すると、武器そのものの品質を損ないかねないらしい。
 やすやすと武器にはめ込むことは、できないという。

 そんなヤバイスキルを、レベッカちゃんに持たせていたのか。

 たしかに、膨大な魔力を消耗するもんなあ。

 クレアさんの魔剣を作るときは、ちゃんと考えてセッティングしよう。


 後は、別天地へ向かうだけだ。


 しかし、懸念している案件もある。

 フルーレンツさんのことだ。

 
 新しいコーラッセンの街に、戻ってきた。

「本当に、この場を離れてもいいの?」

 都市といっても、未だバザーができている程度の街だ。
 フルーレンツさんのようなカリスマが陰で指揮をすれば、より大きな街になりそうだけど。

「よいのだ。我々古い人間の時代は終わった。この街はやはり、人間が再生していくべきなのだ。今を生きる人間たちが、な」

 古城の一部だった尖塔の上に立ち、フルーレンツさんは下を見下ろす。

 街では、庶民たちがドワーフたちと肩を並べて、酒を酌み交わしていた。
 
 テントの中では、グミスリルの武器や、ミスリル製の防具が、取引されている。
 農作物を持って、薬草やポーションと物々交換をしている者たちも。
 
 かつての王だった男には、この光景はどう映ったのだろう。

「よいものだ。やはり街とは、こう活気に満ちておらねば」
  
 フルーレンツさんが満足気に、尖塔からひょいと飛び降りた。結構高い場所から降りてきているのに、スムーズにこちらへ着地する。すぐ、わたしにひざまずいた。

「キャラメ・F(フランベ)・ルージュ殿。このフルーレンツ、一生をかけてあなたに忠誠を誓う。我は亡国の王としてではなく、一人の兵としてあなたについていく」

「ありがとう、フルーレンツさん。これからも、よろしくお願いします」

「お願いするのは、こちらである。キャル殿」


 ツヴァンツィガーの王城にあいさつをして、わたしたちは出発した。

 目的地は、サイクロプスのいるという北の大地だ。

「火山だって。レベッカちゃんなら、溶岩も食べそう」

『ああ。火山ごと喰らい尽くしてやろうかね!』

 レベッカちゃんの食欲は、マグマすら意に介さないようだ。


(第六章 完)