エントランスに入る。

 内部は、普通に貴族のお屋敷みたいだ。
 しかし、明かりがついていない。薄ぼんやりとしか、周囲が伺えなかった。
 
『暗いね。キャル』

「うん」

 わたしは天井に向けて、照明用の火球を飛ばす。
 シャンデリアに、火が灯った。

「像ばっかり」

 四本脚の魔物や、ヨロイを着た兵士の像が、こちらを囲んでいる。

 エントランスの広さも、ダンスホールってレベルじゃない。闘技場みたいな広さがある。

 明らかに、館の外観とは不釣り合いだ。

「屋敷全体を、異界化している。元はただの洋館。しかしその実態は、凶悪な実験場」

 ヤトが釣り竿で地面を叩き、屋敷の内部を調査する。
 根城をダンジョン化し、人を寄せ付けないようにしているらしい。
 
 
「よーく、ここまで来たわね。褒めてあげるわ」
 
 
 踊り場に、魔女イザボーラが姿を表した。
 ロングヘアの銀髪を、丸くまとめている。
 顔に薄手のヴェールを被っているため、顔はよく見えない。
 しかし、かなり年老いているのはわかった。
 エルフは長寿ときくが、イザボーラはかなり高齢の老婆に見える。
 肌はきれいなものの、身体は枯れ枝のように貧相だ。
 
『魔剣に、生気を吸われているんだね。あのヤロウ、かなり極悪な剣を拾ったみたいだよ』

 レベッカちゃんが、魔剣があることを探知した。

「魔剣の存在が、わかるの?」

『わかるさ。隠されてはいるが、ビリビリって伝わってくるよ』

 手には持っていないが、どこかにあるはずだとのこと。

「絶大なパワーを手に入れた代わりに、身体は崩れかけている」

 ヤトの分析だと、もう長くはないだろうとのこと。
 魔剣にムリヤリ、生かされているだけらしい。
 
「悪いことは言わないでヤンスよ。魔剣を手放したほうがいいでヤンス」
 
「なにをバカな。あんな凄まじいパワーをくれる魔剣を、そうそう手放せるもんですか!」

 リンタローの説得も、イザボーラには届かない。
 
「そのせいで命を失っては、元も子もないでヤンスよ」

「くだらない。最強のためなら、死んでも構わないわ」

 イザボーラは、紫色の魔力を手から放つ、魔物の像たちに、自身の魔力を注いだ。

 像だったモンスターたちが、動き出す。

「目障りな侵入者を、食ってしまいなさい」
 
 イザボーラは、奥へと引っ込んでいく。

「自分の身体さえ実験道具にしているやつに、説得はムダ。倒すしかない」

「しょうがないでヤンスね。ヤト。派手に参るでヤンス」

 リンタローが着物を脱いで、身軽になった。着物を変形させ、鉄扇を装備する。

「【絶風陣(ぜつふうじん)】!」
  
 風魔法で、リンタローが竜巻を起こす。

 だが兵士は、リンタローの魔法を盾で簡単に弾いた。
 
「おお、あれは、グミスリル鋼でヤンス!」

 敵が、ランスで突き攻撃をしてくる。
 リンタローが、鉄扇で相手の攻めを受け流した。

「敵にすると、厄介でヤンス」 
 
「ならこの新しい五番を、試しますわ」

 クレアさんが、トートに五番を用意させた。棍棒を囲んでいる歯車に、魔力を込める。

 歯車が、回転を始めた。

 クレアさんが、兵士に棍棒を叩き込む。

 当然、兵士は盾で防いだ。

「愚行ですわ」

 回転する棍棒は、盾を腕ごと巻き込んでいった。

 兵士が、回転棍棒に吸い込まれていく。
 
 魔法攻撃を受け付けなかったグミスリルの兵士を、クレアさんは回転する棍棒で粉々にする。
 
「なんて、凶器なんでヤンスか」
 
「狂人相手には、これでも優しいくらいですわ」

 クレアさんはもう二、三体の兵士を、破壊した。

 残りの兵士たちが、四本脚の魔物に取り付いた。

 ただの大きなヤギらしき魔物が、巨大なキメラへと変わる。
 胴体に獅子の頭が生えて、尻尾がヘビに。翼まで生えた。
 
 キメラが、空を飛ぶ。獅子の口から、火炎弾を撃ってきた。

「おっと! 【風の壁】でヤンス」
 
 鉄扇をブンブンと振り回し、リンタローが風で障壁を作る。

「任せてよ!」

 わたしも【第三の腕】を操作して、火球を防ぐ。

「【アイスジャベリン】」


 釣り竿を振り回し、ヤトが釣り針から氷のヤリを無数に放った。
 炎には、氷とばかりに。
 リンタローの風の力も借りて、連射速度もアップさせた。

 だがその攻撃も、グミスリルに包んだ肉体には通じない。

「面倒」

「我に任せよ」

 防御で動けないわたしの代わりに、フルーレンツさんが飛び出した。

 グミスリル鋼で作られた剣を、空中のキメラに打ち込む。

 翼を切られたキメラが、落ちてくる。
 着地はしたが……。

『そこはもう、地獄の一丁目さね!』

 レベッカちゃんが、既にダメージ床を形成していた。

 マグマのようなダメージ床に落ちてキメラがもがき苦しむ。
 こちらへ火球を打ち出しても、地面で燃え盛る黒い炎に阻まれた。
 
【原始の炎】による攻撃は、頑強なグミスリル鋼さえ通す。

「どえらく、成長したでヤンスね。キャル殿」

「レベッカちゃんが、アビスジェイドを食べたせいかな? めちゃレベルアップして、変身しても燃料切れにならなくなったんだよね」

 これでいつでも、レベッカちゃんと入れ替わりが可能だ。
 魔力消費に、気をもむ必要もない。

 燃費が悪い【原始の炎】は、本来持続ダメージを与える魔法には使いづらい。

 ヤトもあまり積極的には、【原始】の力を使っていなかった。
 純粋な魔法使いであるヤトでさえ、原始シリーズの魔力消費はキツい。

 しかし、レベッカちゃんは【アビスジェイド】を大量に食っている。
 そのため、最大魔力量が尋常ではない。

 キメラがドロドロになるまで、ダメージ床は存在し続けている。

 結局最後まで黒い炎の床から脱出できず、キメラは生命活動を停止。粉々に砕け散った。

 ドロップしたグミスリル鋼を手にとって、二階へ上がる。
 
「また、レベッカやキャルが化け物になりつつあるでヤンス」

「化け物というか、バカ。でも、こんなことなら私もアビスジェイドを妖刀に食わせればよかった」

 リンタローとヤトから、辛辣な褒め言葉をいただく。

『やめときな。妖刀が腹を壊すだけだよ。こんな芸当、後先考えてないアタシ様だからこそやれるのさ』
 
 
「そうそう。化け物は、レベッカちゃんだけで充分だよお」

『なにを言ってるんだい。そもそもアタシ様を導いているのは、キャル。アンタなんだからね』
 
「えー。責任転嫁しないでよー」

 談笑しながら、長い廊下を進む。

「私が恐れているのは、魔剣レベッカにすべてを委ねているのに、あなたが正気を保っていること」

 ヤトが、核心をついたような言い方をする。

「それは、わたしも思ってるんだよねえ」

 これまでかなりの頻度で、魔剣に依存してきたんだ。今頃、魔剣に命を乗っ取られてもおかしくはない。
 だがレベッカちゃんは、わたしに取って代わろうとまではしない。

『アタシ様自身、自分が何者かわからなくなってきてね。キャルと二人三脚している方が、アタシ様も正気でいられるのさ。キャルの世話になる方が、色々と便利だと分かってきたからね』
 
「もうなんか、友だち感覚なんだよね。二人で一人って方が、自然っていうか」

 魔剣とこんな関係になるなんて、夢にも思っていなかったけどね。

「それにしても、静かですわ」

 クレアさんが、歩きながらつぶやいた。

 番犬を退治してから、敵が出てこない。
 あの勢力だけで、勝てると思っていたのだろう。
 魔物を一切、配置していなかった。

「キャルさん、見えてきましたわ」

 クレアさんが、ひときわ豪華な扉を発見する。

 ドアを開くと、広い場所に出てきた。

 部屋の奥に、魔剣が飾られている。

「なんとも、骨ばっていて禍々しいでヤンスね」

「変わった形だね。剣の先に、剣先が装着されているよ」
 
 剣の上に、小さいナイフの刃先を取り付けたような感じに見えた。

「きっと、魔剣の魔力を触らないように、別の剣で補強したんでヤンスよ」
 
 魔剣の先が、オレンジ色に輝く。

 レベッカちゃんに反応するかのように。

『あれは、レーヴァテイン!』