「えっと。コイツ、死んだの?」

 潰したクマのぬいぐるみを確認する。

「違うでヤンスよ、キャル。本体はまだ、生きているでヤンス」

 このぬいぐるみは、イザボーラが操っていただけだという。
 イザボーラはぬいぐるみを通して、幼いクリームヒルト様を傀儡にしようと企んでいたのだろうとのこと。
 
「間一髪だったな。グーラノラに、あえて危険人物でも通せと指示を出していたが、冷や汗が出たぞ」
 
「ぶっちゃけソレガシたちが戦わなくても、この神官殿で対処できたでヤンスよ」

 ヤトが釣り針を動かすタイミングで、グーラノラさんも動いていた。すぐに、クリームヒルト姫をカバーしていたのは見事だ。

「あの程度の人形なら、御せるかと思います。しかし、イザボーラ本体となると、私の手には」

 ツヴァンツィガーの総力をもってしても、足止めするのが限界だとか。

 そこまでなのか、イザボーラは。


「さて、危機は去ったんだけど……」
 
 この後、どうするか。
 グミスリル鋼のヨロイができるまで、レベル上げくらいしかやることがない。
 おまけにヘルムースさんは、わたしとクレアさん用のヨロイまで作ってくれていた。しかも、ミスリル銀製である。
 数が少ないグミスリルをフルーレンツさんだけに使うというので、お詫びも兼ねているそうだ。
 それでも、ありがたい。

 フルーレンツさんのヨロイを待たずに、敵の根城へ突っ込むことも考えた。

 しかし「やめたほうがいい」と、ヤトから止められる。
 
「わたしたちって、カリュブディスを倒したじゃん。あれよりひどい戦闘になると?」

「イザボーラは、当時の魔王と双璧をなす存在にまで、強くなっている」

 不完全だったカリュブディスとは、比較にならないという。

「でもイザボーラって、ただのエルフなんだよね? そんなに強くなった理由なんて」 
「ヤツは、魔剣を所持している可能性が高いでヤンス。その実態がわからない以上、ヘタに手出しはできないでヤンスよ」

 イザボーラとの戦いは、長期戦になりそうな気配がするとか。

 うーむ。こちらとしては早くツヴァンツィガーを発って、魔剣を強化したいのだが。

『また魔剣と戦えるってのかい? 腕が鳴るねえ!』

 レベッカちゃんは、まだ見ぬ強敵に、胸を踊らせていた。
 こういうとき、戦闘狂は気楽だなあ。


 それはそうと、フルーレンツさんの様子がおかしい。
 ずっと、コーラッセンのある方角を見つめていた。

「フルーレンツさんは、故郷が恋しい?」

「おお、キャル殿。どうだろう? 我がどう願っても、コーラッセンの民が戻ってくるわけでなく」

「でも、故郷がボロボロの状態って、さみしいよね」

 わたしにできることは、あるだろうか?


「いっそさ、復興させる? モンスターの街にしちゃうとか」

「できるのか?」

「一応、街としての機能は、回復できるかも」

「おお。すばらしい!」

「ただ、建国許可は必要かも」


 わたしは、再び王城に向かった。
 王様に、事情を説明する。
 クリームヒルト姫を助けたことで、わたしは王城にてほぼ顔パスになっていた。

 それでも、教頭先生にかけてもらった【緊張を解く】永続魔法がなかったら、話すこともできなかっただろうね。
 
 
「……というわけなんですが」

「たしかに、ファッパとツヴァンツィガーとの間にパイプがあれば、色々と助かるな」

 とはいえ「魔物ばかりの街」となると、複雑な顔をした。
 
 すいませんねえ。なにぶん、味方がアンデッドばかりなもので……。

「コーラッセンとしては不可能だが、別の都市として再生なら、考えてもよかろう」

「本当ですか?」

「うむ。他の国家との共有財産にしようかと」

「いいですね!」

 建築自体は、わたしたちの率いるスパルトイでやってみる。

 フルーレンツさんが率先して、スパルトイたちに指示を送った。
 古い王都として再生ではなく、新しい過ごしやすい土地を目指している。
 枯れていた畑も、わたしたちで耕す。

『オラオラ! ヤキを入れるよ!』

 レベッカちゃんが雑草を焼き尽くし、クワに変形して土を掘った。
 農具にまで変形できるとか、レベッカちゃんは何者なんだろうか? ヘルムースさんがいうように、マジで魔物を魔剣の形に固めた存在なのかも。

 建物の建築や水車小屋の設計は、フワルー先輩やシューくん、クレアさんが手伝ってくれた。
 
「ゴハンができましたよー」

 わたしは、(ひしお)を使った焼きおにぎりを、みんなに振る舞う。


「ああ、うまい! この一口のために生きとるわ」

「おおげさなんですよ、先輩は」

「せやけど、あんたはホンマにええ嫁はんになるで。冗談抜きで」

「ヤですよー。特定の人と添い遂げるなんてー」

 わたしは魔剣作りの旅がしたくて、家を飛び出した。
 今更、誰かの伴侶になるなんて、考えられない。
 

 
 王様たちは、他の国から移住したい人を、募ってくれるそうだ。

 これは、デカいプロジェクトになりそう。

「よろしいのだ。国家間との交流も、マンネリ気味だったのでな」

 ファッパには、ヤトとリンタローが呼びかけてくれるそうだ。
 財団にも、協力してもらうという。


「一つの王国が管理するとなると、誰が統治するか揉めそうだったのです。が、財団の所有する土地として活用するなら、問題ないかと」

 シューくんが、そう提案してくれた。

 財団は、各地に点在している。
 各国家の商業と連携して、ショップを管理すればいい。


「だんだん、話が大きくなってきたね」

『街の完成が、楽しみになってきたよ!』

 廃墟だった王国が、街として活気を取り戻していく。


 街がすっかり新しく生まれ変わった頃、ようやくグミスリルを使ったヨロイが完成した。

「あの化け物が着ていたものより薄いのに、強度が増しておる。かたじけない」

「いえ。気に入ってくださったなら、なにより」
 
 
 わたしたちの装備も、一新される。

「レベッカの方は扱いに困ったが、お前さんが打ったこの……名前なんだっけ?」

地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)ですわ」

 クレアさんがわたしに代わって、魔剣の正式名称をヘルムースさんに教える。

「おお。まあこの……魔剣の方な。こちらは武器の寄せ集めだったから、鍛え直すことはできたわい」

 見違えるほどに、地獄極楽右衛門は磨きがかかっていた。
 構造が、最初から見直されている。
 驚いたのは、五番の棍棒が回転式になっている。表面が互い違いに回転することにより、武器破壊の仕方が前よりはるかにえげつなくなった。しかし太い刃物とすることで、剣に見えなかった問題も解決している。

「すばらしい発想ですわ。ありがとうございます、ヘルムースさん」

「すごい。これは、鍛冶屋の発想だね」

 鍛冶師といっても、装備品ばかりを扱うわけじゃない。歯車などを作るときだってある。
 わたしたちが街を作っている間も、歯車などを加工していた。

「お前さんたちのおかげで、ええ気分転換になったわい。ありがとうよ」

「いえいえ。ヘルムースさんが天才なんだって」

「ぬかせい。この魔剣は、お主のトンデモ発想じゃろうが。ワシは、それを剣として扱いやすくしたまでのことよ」

 魔剣を一から作るというのは、やはりなかなか難しいという。

「ましてワシは、歳を取りすぎてしもうた。頭でっかちってやつよのう」

「でもすごいよ。長年の経験から、この魔剣の良さを引き出してくれたんだもん」

「ありがとうよ。そう言ってもらえると、鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ」
 

 何度もお礼を言って、わたしたちはヘルムースさんの鍛冶屋を後にする。


「準備完了でヤンスか?」

「うん。行こう」

 あとは、次の目的地への道を邪魔をしている魔女イザボーラを倒すだけ。

(第五章 完)