「ヘルムースさん。これって、フルーレンツさんのヨロイにならないかな?」
フルーレンツさんのヨロイに使えないかと、わたしは魔法石をドババと放出した。
「これは、翡翠かのう? しかも、アビスジェイドではないか」
アビスジェイドとは、暗黒の魔力を吸ったヒスイのことである。
「キャルよ。こんな高価な魔法石を、どこで手に入れたんじゃ?」
「海底神殿だけど?」
カリュブディスが根城にしていた、古代の海底宮殿から採取したものだ。
魔王の魔力を蓄えているから、このヒスイには相当な力が宿っているだろう。
実際、レベッカちゃんに可能な限り錬成してブチ込んである。
『形状が変わっちまうかもしれないくらいには、喰らい尽くしたねえ』
レベッカちゃんも、満足げだ。
「ほほう。魔力効果としては、申し分ないわい」
魔法石は石といっても、鉱石とはいい難い。
あくまでも、魔法効果をもたらす石である。
鉄のように頑丈ではないため、武器防具として扱うには加工が大変すぎる。
用途は主に、鋼鉄製ヨロイのつなぎ目や、盾に直接取り付けて魔法を防ぐ障壁用が多い。
武器なら柄・柄頭・鞘などの装飾として用いる。
「これだけ大量にあれば、ワシの工房にある鉄ヨロイすべてを賄えるわい。こんなにもろうて、ええんかの?」
フワルー先輩のところに半分分けても、まだ余っていたもんね。
ちなみにフワルー先輩は、魔法石の一部をゴーレムに変えていた。
「いいよ。その代わり、フルーレンツさんにいいヨロイをお願い」
「お安い御用じゃ。タダでもやってやるわい」
それは、わたしたちが困る。
「ただ、フルーレンツ殿を、待たせるわけには行かぬ。王子よ。仮使いで悪いが、こちらを装備してくだされ。それでしばらく、ご辛抱を」
ヘルムースさんが、一日だけ時間をくれという。
アビスジェイドを粉にして、現存の全身ヨロイに流し込むそうだ。
「クレアさん、申し訳ありません。わたし、ここでずっと取材をします。宿に戻っていてください」
長い時間見ていても、退屈に違いない。
クレアさんには、トレーニングでもしてもらったほうが有意義だろう。
「ご心配には及びませんわ、キャルさん。ワタクシも、見学に参加いたします。お夕飯どきになったら、お教えいたしますわ」
さすがクレアさんだ。自分の魔剣だけを見て、満足するような人じゃない。
見識を深めて、さらに魔剣の上手な扱い方を学ぶつもりだ。
「ではクレア嬢は、我と剣術の稽古などはいかがか? 腕がなまっている感じがするのだ。手合わせ願いたい」
「はい。お願いしますわ」
両者とも、ヘルムースさんから剣を借りて、庭に出ていった。
ヘルムースさんが作業する間、わたしはずっと張り付く。
魔剣の技を盗むためだ。
「ヘルムースさんは、魔剣って打ったことある?」
「似たようなものは、開発したことはあるわい」
若い頃に打ったという剣を、ヘルムースさんが見せてくれた。
一見すると、ただのレイピアと思われる。
なのに持つと、ずっしりと重い。実際は軽いのに、手に全然なじまなかった。
なんだろう。悪魔の魂が閉じ込められているみたいな、圧迫感がある。
武器から拒否されているかのような、不快感があった。
振り回したら、きっと自分を傷つけてしまうだろう。
「すごい。正直な話、レベッカちゃんよりずっと切れ味がよさそう」
『ドワーフが魔剣を打つと、こうなっちまうんだろうね』
レベッカちゃん本人も、ヘルムースさんの腕前に感心している。
「とんでもねえわい。こんな駄作」
「駄作って。これが?」
どう見ても、すごい剣ではないか。
「剣としてなら、こいつには強力無比じゃろう……という自覚はあるんじゃ。しかし、魔剣とはもっと、なんというかのう。怪しい魅力があるのじゃ」
魔剣とは、言葉では表現しきれない危うさ、それこそ悪魔が取り憑いたような狂気が、刀身に内在するという。
「それに比べたら、お主の持つレベッカとかいう魔剣の方が、よっぽど危なっかしいわい」
「そうかな?」
「うむ。魔剣というのはのう、剣を作る工程とはまた違うのかもしれん」
ヘルムースさんは鍛冶屋なので、装備品精製のセオリーに沿ってしか、武器・防具を作れない。
だが魔剣となると、そんな常識をすべて捨てなければならなくなる。
「聞けばお主の剣、その工程を六〇〇〇通りも試しておると聞く。これは、常人の為せる技ではないぞよ。なんといっても、今まで編み出した六〇〇〇もの正攻法を、ことごとく捨て去って磨き上げた狂気の作品なんじゃからの」
過程をすべて六〇〇〇回試して、その都度新しい工程を試しているのか。
「だからこそ、握りたくなる。たとえ、掴んだ瞬間に自身の魂を乗っ取られてものう。持ち手に触らせようとせぬ武器なんぞ、剥き身の刃と変わらぬ」
そりゃあ、ヤバイ武器と言われても仕方ない。
「結局ワシは、魔剣の表面をなぞったに過ぎん。ただ強い武器が出来上がっただけなんじゃ。本物の魔剣打ちが見たら、鼻で笑うじゃろうな」
ヘルムースさんが、自身を嘲笑した。
「でも、ヘルムースさんの武器はすごいじゃないですか」
「ドワーフの常識からすれば、そうかもしれぬ。その自負もある。だが、心を壊せと言われて、そうそう破壊できるもんじゃあるまい」
これだけの名工をして、魔剣は作れないと断言する。
「ワシがお前さんにできるのは、せいぜい鍛冶のいろはを盗んでもらうことくらいじゃろうな」
力なさげに、ヘルムースさんは語った。
「ありがとう、ございました」
わたしは、言葉を失う。
魔剣作り、奥が深いなあ。
庭に行くと、クレアさんが汗だくになっていた。
魔力を最大限に制御する訓練用ジャージを着ているとはいえ、クレアさんがここまでへバるとは。
「はあ、はあ。フルーレンツさん、ありがとうございました」
「うむ。かなりカンが戻ってきた。こちらこそ、ありがたい」
一方、フルーレンツさんは涼しい顔である。
「宿に帰りましょう」
「もう、よろしいのですか?」
「これ以上いても、ヘルムースさんの集中を削ぐだけですので」
「そうですか。わかりましたわ。夕飯にいたしましょう」
宿にチェックインして、酒場で晩ごはんを食べる。
「よく食べますわね」
「王城で緊張しすぎたからかも、しれません」
今まで空腹だったことを忘れていたかのように、わたしはパスタやステーキをモリモリと食らう。
「キャルさん、なにかありましたのね?」
やはり、クレアさんは敏い。
わたしの変化を、敏感に感じ取ってくれた。
「ヘルムースさんから、魔剣は打てないと言われました」
魔剣作りは、鍛冶の常識外だと。
「おそらく、相当の外法を用いないと、魔剣という非常識極まりない武器は作れないのでしょう。魔剣を打った本人も、おそらく正気を失うのかも」
初めてわたしは、自分の行いに恐怖した。
レベッカちゃんと、ちゃんと向き合っていなかったんだと、思い知らされている。
「そうですか。ですがキャルさんなら、きっと魔剣を作っても今まで通りですわ」
わたしが自信を失っていると、クレアさんが励ましてくれた。
「だって、あなたとレベッカさんは、最初から一つの存在みたいでしたもの」
そっか。
わたしは、魔剣を作っているんじゃない。
レベッカちゃんと一緒に、成長しているんだ。
「ありがとうございます。クレアさん。なんか、ヒントを掴めたみたいです」
「ウフフ。元気を取り戻せたなら、なによりですわっ」
一晩寝て、再度ヘルムースさんの元へ。
フルーレンツさんが、緑色の全身ヨロイに身を包む。
「感謝する。ヘルムース」
「とんでもねえ。キャルがダンジョンで金属を採掘してきたら、同じ素材で作りましょうぞ」
「ありがたい、ヘルムース。よろしく頼む」
「いえ。強い装備がなければ、魔女との戦闘どころではありませんで」
いよいよ、魔女と戦うための素材集めだ。
まずは冒険者ギルドへ、鉱石関連の依頼がないか尋ねてみた。
昨日は鍛冶の見学に夢中で、すっかりツヴァンツィガーのギルドへ立ち寄るのを忘れていたんだよね。王様との話し合いもあったし。
「いらっしゃい。ツヴァンツィガーへようこそ」
受付嬢も、ドワーフさんだ。しかも、ちょっとおばちゃんである。
「鉱山ダンジョンに関連した、クエストはありますか?」
「あるとも。あの鉱山の中でも、グミスリルが取れる地帯は、閉鎖されて久しいね」
「グミスリルとは?」
「ミスリルの硬さと、溶かしたアメのような柔軟性を持つ銀を持つ金属さ。鍛冶屋垂涎のアイテムなんだよ。けどねえ。魔女イザボーラ・ドナーツが占領しちまって」
ここでも魔女! イザボーラって、かなり悪さをしてみるみたい。
「冒険者や王城のドワーフ兵たちも、あの鉱山に向かったんだけどさ。みんな逃げ帰ってきたよ」
鉱山を守るモンスターが強すぎて、勝てないという。
「ただのミスリルなら、別のポイントでも取れるんだよ」
たしかに、フルーレンツさんの剣にも、一部ミスリルが使われている。
「そっちにも、魔女イザボーラの手がかかり始めてるね。グミスリルを独占しているモンスターさえ倒せば、魔物共も撤退するだろうさ」
グミスリルを占拠しているモンスターが、配下に指示を出して鉱山を襲わせているらしい。
「わかりました。その魔物を、やっつけに行きます」
なにもヘルムートさんからは、グミスリルのダンジョンに行っちゃいけないって、言われていないもんね。
「正気かい? 相手は、デーモンだよ?」
「デーモンとは?」
「魔族さ。高位のヴァンパイアとか、魔王とか言われているよ」
話を聞く限り、かなり強そうな魔物だな。
「鉱石を使われないように、魔女がグミスリルを使ってガーディアンゴーレムを作っちまったのさ」
カリュブディスのように、不完全体でもなさそう。
なんたって、グミスリルなんて貴重な金属をエサにしているそうだもん。
「それでも行きます」
わたしたち三人は、ガーディアンを倒しに行くことにした。
せっかくだし、珍しい金属が欲しい。
邪魔な魔物も倒せて、一石二鳥だもんね。
ギルドの依頼にあった、閉鎖された鉱山へ。
道中は特になんの危なげもなく、モンスターも湧かなかった。
これも、ヘルムースさんのおかげかも。
カブトをドクロマスクにして、【王者の威厳】を持たせたのがよかったのだろう。
王者の威厳とは、弱いモンスターを遠ざけるスキルだ。
スパルトイに指示を出すのにも、ちょうどいい。
野盗ですら寄り付かないってのは、楽でいいよね。
ただ、ここから先は威厳も通じないモンスターがわんさかいる。
『ミスリルでできたボスなんて、うまそうだね、キャル』
「そうだね」
そんな感想が出るのは、レベッカちゃんくらいだよ。
「で、フルーレンツさん。剣の方は?」
「訓練用のものを、借りてきた」
フルーレンツさんの武器は、ロングソードと、ショートソードの二本差である。
背中に担いでいるロングソードは、両手持ちの大剣だ。
ショートソードの方は、ナイフほどに短い。
「魔剣一〇本をフルに使っても、敵いませんでしたわ」
クレアさんでも、苦戦するなんて。
そこまで強いんだ。さすが、歴戦の王子様である。
なお、盾は片手の上腕にのみ。相手の攻撃を受け流すための、小型の円形シールドを持ってもらった。
わたしが壁役を担当するので、大型盾は持たせていない。
「両手大剣を所持してどのように大型シールドを構えるのかと思えば、もう一本の腕を生やすとは」
背中から、魔力制御の多関節腕を展開し、大盾でみんなを守る。
「キャル殿の発想は、斜め上であるな」
「へへーん」
魔法腕の性能も向上し、より早く盾を動かせるようになった。
ヘルムースさんの技術を盗んで、応用している。
『魔物の気配がするねえ』
レベッカちゃんが、魔物を探知した。
「我に任せてくれ」
フルーレンツさんは、スパルトイ兵隊をどのように動かせばいいかも手慣れていた。王子様だったからだろうな。
『キャル。この間も話したけど、スパルトイやゴーストの統率は、フルーレンツにお願いしたよ』
「うん。同じアンデッドだから、フルーレンツさんが指揮する方がいいかもね」
斥候役をうまく使って、フルーレンツさんは敵勢力の少ないルートを探している。
弱い敵はスパルトイに任せて、障害になる大物だけをこちらで対処した。ムダな戦闘は、しない。みんな、待っているもんね。
弱い魔物を狩るのは、鉱山をある程度安全にしてからにしたい。
「この魔物がいるフロアの奥に、強い殺気を感じる」
フルーレンツさんが、警戒を行った。
「そこが、ボス部屋だね」
たしかに、フロアの端に休憩スペースもある。ここは、当たりかも。
牛頭の巨人が、わたしたちの前に立ちふさがる。
「ミノタウロス型か、悪くない」
フルーレンツさんが、背中に担いでいた両手持ちの細身剣を抜く。
「キャル殿。手出し無用で、お願いいたす」
「わかったよ。あなたの騎士道を、尊重します」
「かたじけない。てやあ!」
フルーレンツさんと、ミノタウロスが打ち合う。
ミノタウロスの巨大な斧さえ、フルーレンツさんの身体に傷一つ付けられない。
対してフルーレンツさんは、ミノタウロスに確実なダメージを与えていく。
これがアンデッドの装備かと思えるくらい、フルーレンツさんは動きが機敏だ。
もしかすると、魔剣を所持していたときより、強いかもしれない。
スケルトンキングとかリッチとかなんていう、次元を超えていた。
死神……。まさしくそう形容してもいいだろう。
「装備の硬さを試させてもらおう。来い」
ミノタウロスの実力を把握したのか、フルーレンツさんが無防備になった。
あえて魔物に、攻撃をさせる。
だが、魔力がこもったヨロイに、ミノタウロスの腕力が通らない。
「うむ。一流の腕だ。ヘルムースよ」
ミノタウロスの斧攻撃を、フルーレンツさんはラウンドシールドで軽く受け流す。
シールドは、傷一つついていない。
これが、職人の技か。
使い手もすごいが、防具を作った職人の本気度もうかがえた。
「いい戦士だった。では、さらばだ」
フルーレンツさんは、相手に敬意を評した。直後、ミノタウロスの首を難なくはねる。
あれで、訓練用の剣かよ。
ミノタウロスの首を切るなんて、それこそヤツが持っている斧でも難しいのに。
ボス部屋横のフロアで、一旦休む。
お腹が空いたので、クレアさんとお昼にする。
「何もすることが、ありませんわ。完全に、フルーレンツさんにおまかせしていますわね」
申し訳なさそうに、クレアさんがサンドイッチをつつく。
戦闘していない者が率先して食べていいものなのか、と考えているのかも。
クレアさんも戦闘に参加しようとしたが、あっという間に終わってしまった。
「どう、フルーレンツさん。ヨロイの着心地は?」
「見事だ。ヘルムースの丁寧さがうかがえる」
フルーレンツさんのヨロイは、魔力が全身にいきわたるように、所々に地獄のヒスイを流し込んである。数ミリ単位という極細の装飾に、店売りの数倍という魔力量を圧縮していた。
ヨロイ本来の硬度も、損なわれていない。
あれだけの魔力を注ぎ込むためには、多少の硬度は犠牲にする必要があるのに。
硬さを維持しつつ魔力をヨロイ全体に浸透させるには、熟練の技量が必要だ。
わたしも、錬成技術をもっと磨かないとね。
「ただ、あれは一人では骨が折れるな」
ボスの間に足を踏み入れて、フルーレンツさんがひとりごちた。
眼の前にいるのは、グミスリル鋼で身を固めた騎士である。
ひざまづいている姿だけでも、ただものではないとわかった。
グミスリル鋼の騎士は、全身が青黒い。
ヨロイの表面を、怨念で固めているかのようだ。
青黒い騎士の周りには、冒険者たちの死体が転がっている。
ボスである騎士を、討伐しに来たのだろう。すべて、返り討ちにあったか。
「彼らの無念は、我が晴らす。キャル殿、手出し無用」
「うん。でも危なくなったら、こっちが勝手に動くね」
いくら使い魔といっても、死なれたらたまったもんじゃない。
「魔女を倒すまでの、契約だろうからな」
「違うって。ずっといっしょに、旅をするつもりだよ」
わたしがいうと、フルーレンツさんは一瞬固まった。
「永久的な、契約だとは。こういうのは、目的を果たすまでのものだと」
「いえいえ。剣術でも、参考になる点は多いからね。レベッカちゃんの助けになってよ」
「……御意っ」
ボス騎士と、フルーレンツ王子が対峙する。
両者、同時に動いた。
「ぐあ!」
インパクトの瞬間、フルーレンツさんが弾かれる。
相手はミノタウロスより、背が高くない。
だが、あんな巨人より腕力が強かった。
王子の一撃を、騎士は軽くいなす。
まさに、魔剣に操られていたときの王子を思わせた。
「ならば!」
王子が、戦法を変える。
両手剣を直し、ショート―ソードでの切り合いにシフトした。
円形盾で敵の攻撃を受け流し、懐に飛び込む。
「そこ!」
どうにか王子は、敵の顔面に剣を突き刺す。
「むっ!?」
すぐに、王子は相手から飛び退いた。
「こやつも、スケルトンか」
『だったら、炎が効くはずだよ! 喰らいな!』
レベッカちゃんが、わたしと意識を交代する。
炎をまとった魔剣を振るって、魔物に叩き込む。
『なんだってんだ!?』
「あれは、スケルトンではありませんわ」
たしか、デーモンっていっていたっけ。こんなに強いんだ。
『じゃあ、【ライカーガス】ってわけかい』
ライカーガスとは、「どこぞの国の王族」という意味である。
アンデッドの姿をとっているが、正確には魔族だ。
「来るよ!」
アンデッドになった冒険者が、わたしたちに襲いかかってきた。
「雷霆蹴り!」
ジグザグ状に、雷光が轟く。
アンデッド冒険者を、クレアさんが片っ端から破壊していた。
「ザコはこちらに任せて、キャルさんはボスをお願いします!」
「わかった! わたしが正面で相手をするから、フルーレンツさんは側面から!」
「うむ! この際、共闘する!」
フルーレンツさんが、こちらの指示通りに側面から敵に切りかかる。
サシの勝負にこだわっていたフルーレンツさんも、さすがに勝てないと思ったか。
二対一になっても、相手の優勢は変わらない。
こんなに、強いのかよ!
「さすがデーモン! やる!」
フルーレンツさんにとっても、相手にとって不足なしと言ったところなのだろう。
苦戦しつつも、高揚している。
「ドワ!」
真正面から、騎士に斬りかかられた。
おお。無事である。あってよかった、第三の腕。
「からの! 【ブレイズ】!」
相手の剣を持つ手を抱え込み、一緒に火だるまに。
『炎属性は効かないだろうけど、ずっと燃え続けて焼け死なないってわけじゃないだろうよ!』
ましてレベッカちゃんには、【原始の炎】がある。
黙っていても、ダメージが通るはずだ。
『しぶといね!』
いくら燃やしても、ライカーガスは倒れない。
「決定的な一撃が、足りないみたい」
『くそ! 面倒だねぇ!』
レベッカちゃんは、一旦魔物から離れる。
「グミスリルに、相殺されているのかも」
『そんな効果が、あるようだね』
グミスリル製の実力を、垣間見た。
たしかに、この防御力は凄まじい。
【原始の炎】さえも、軽減するとは。
本格的な防具の調節をされると、レベッカちゃんでも苦戦するようだ。
かといって呪い焼きなんてしたら、せっかくのグミスリルさえ破壊してしまう。
おそらくあのヨロイに、グミスリルは使い込まている。
魔女なら、それくらいの悪行はするはず。
「特にこれといって弱点もなさそうだし、動力がグミスリルなのはわかってるんだけど」
……っ!
「わかった。脆いところを狙おう」
『秘策を、見つけたんだね?』
「うん! フルーレンツさん!」
わたしは、フルーレンツさんに指示を送った。
「承知した!」
フルーレンツさんとライカーガスが、切り合う。
懐に飛び込めないほどの、激しい武器同士のぶつかり合いが続いた。
「今だよ、レベッカちゃん!」
『おう! おおおおお!』
レベッカちゃんが、騎士を背中から切りかかった。
ただ、相手の身体を斬るわけじゃない。
狙うのは、ヨロイとヨロイを結ぶ、魔力の繋ぎ目だけ。
さすがレベッカちゃん。慎重にスパッと、金色の装飾だけを剣先で切った。
それだけで、あれほどの猛威を振るっていた騎士の体勢が崩れる。
「フルーレンツさん!」
同じように、フルーレンツさんもショートソードをふるった。
魔力同士の繋ぎ目を、スパスパと切り捨てる。
二人の器用さがなければ、できない芸当だ。
騎士ライカーガスが、戦闘不能になる。
ヨロイをすっかり失った敵が、弱点の魔法石を露出した。
『トドメだよ!』
ドスン、と、レベッカちゃんが剣を魔法石に突き立てる。
どうにか、ボスを退治することができた。
『ところで、フルーレンツ。このヤロウは、知り合いかい?』
レベッカちゃんが、ライカーガスのカブトを剥ぎ取る。
「むう。やはり、デーモンの顔にしか見えぬ。我が配下や、敵の部隊にも、このような者はいなかった気がする」
『そうかい』
魔女イザボーラは、デーモンすらも操るのか。
*
「そんなに調べても、資料なんて出てこないでヤンスよ」
リンタローは、本の虫になったヤトに辟易する。
二人は未だに、港町ファッパに腰を据えていた。
魔女イザボーラについて、調べるためだ。
風魔法で一冊ずつ本のホコリを払い、そのまま魔法で本棚にしまう。
その度にヤトが別の本を棚から出すものだから、片付けが終わらない。
財団の書庫を片付けることを条件に、蔵書や資料類を借りているだけだと言うのに。
こちらがいくら整理しても、ヤトが散らかしてしまう。
「まって。もうすぐ出てくる。あんたは、魔女について調べて」
ヤトは、コーラッセンについて調べ物をしていた。
「魔女イザボーラの伝説なんて、ソレガシたち天狗でさえ知ってるでヤンス。エルフ界隈で、知らないヤツはいないでヤンスよ」
イザボーラは、エルフのハミ出し者だ。
自分の力を過信し、自らを「魔王をも超える最強の魔女だ」といい出し、里を飛び出したのである。イザボーラの故郷が宗教色の強い、閉鎖的な地域だったのもあるだろうが。
当時からイザボーラは、闇に魅入られた厄介オタクとして有名だったが、余計にタチが悪くなったようである。
魔剣の流通ルートなどの情報から、リンタローはおそらくツヴァンツィガーを狙っているのがイザボーラだと気づく。
ファッパの財団に聞いたところ、やはりイザボーラが各地で悪さをしていることがわかった。
本当にイザボーラは、魔王に取って代わろうとしているに違いない。
しかし、ヤトはもっと遡って、コーラッセンの情報を集めだしたのだ。
「どうしてイザボーラが、ツヴァンツィガーにこだわっているのか。どうしてあの王子を手下にしたのか、これでわかるかも」
本のページを、ヤトが指さしている。
勇者の特徴、剣術の内容などが、記されていた。
いずれも、フルーレンツと共通するものばかり。
となれば、なぜフルーレンツがあそこまで強かったか説明がつく。
「なるほど。フルーレンツ殿は、勇者の父親でヤンしたか」
勇者の強さは、フルーレンツ・コーラッセンの血を引き継いでいたいからなのだろう。
その血脈は、今も。
「たしかツヴァンツィガーには、小さい王女がいた。ツヴァンツィガーは代々、勇者の血族」
だとしたら、狙われるのは……。
リンタローとヤトは、資料庫を飛び出した。
さて。お目当てのグミスリル鋼を、いただきますよっと。
わたしはレベッカちゃんに、グミスリルの手甲だけを食べさせた。
「どう、レベッカちゃん?」
『これはいいよ、キャル。ミスリルもいいけど、そちらよりも固くて、弾力があるよ』
レベッカちゃんはグミスリル鋼を溶かして、体内に取り込む。
「そのままだね、レベッカちゃん」
魔剣に食レポなんて、求めるべきではなかったか。
『これを鍛冶で加工となると、結構な熟練度が必要だろうね』
理想の形に固定するには、高い技術とタイミングが必要だろうとのこと。
素人のわたしがいじくりまわさない方がいいね。
このまま持ち帰って、ヘルムースさんに仕上げてもらおう。
「フルーレンツさんも、それでいいかな?」
「構わない。我にとってのヨロイを作ってもらえるだけで、満足だ」
というわけで、アイテムボックスに入るだけグミスリルを入れた。
それでも、少ないけど。
「クレアさん、無事ですか?」
「ええ。最後まで、ほぼ無傷で済みましたわ」
「そうですか。あとは、ミスリルを持って帰りましょう」
「はい。五番で岩壁を砕けば、よろしくて?」
発想がゴリラすぎ!
ツヴァンツィガーに帰宅後、ヘルムースさんに加工をお願いする。
「ええ状態じゃ。若干、闇の魔力がこもっておったようじゃが、キレイに祓われておる」
「一応、下処理はしといたよ」
レベッカちゃんに頼んで、鉱石にこびり付いていた邪気は消し飛ばしてもらった。
そういうことも、レベッカちゃんはできるのである。
「お前さんたちは、いいのかい?」
「まずは、ヘルムートさんにヨロイをお願い。わたしは、レベッカちゃんの強化方針に着いて、話し合うよ」
「ええじゃろう。レベッカは、ワシの手には負えん。その魔剣は、ワシらドワーフにとっては武器には見えん。魔物を剣という形に押し込んで、『これは剣だ』と言い張っているようなものなんじゃ」
それだけ、得体のしれないものだったとは。
「じゃが、【サイクロプス】という鍛冶の怪物なら、あるいは魔剣を打てるかもしれん。こんな上等な品を、ヤツにくれてやるのは惜しいがのう」
「サイクロプス? 魔物じゃん」
「魔には魔、魔剣には魔物じゃ」
闇のアイテムなら、闇の住人の方が詳しいと。
「サイクロプスなんて、どこに住んでいるの?」
「ここから北に向かって、一ヶ月弱馬車で進んだ先にある、火山ぞい。その前に魔女の山があるゆえ、先へは進めんぞ」
結局は魔女を倒さない限り、レベッカちゃんの強化は見込めないと。
「魔女はサイクロプスを抑え込んで、どうする気なの?」
「魔物を抑えとるんじゃなくて、交易路を分断しとるんじゃ。北にこちらの商品が、渡らぬようにしておる」
そういえば、「西にある領地も飢饉に見舞われた」って言っていたなあ。
「結構、経済的にヤバいわけ? このあたりって?」
「ツヴァンツィガーだけが、発展しておる状態じゃ。他の国は、ツヴァンツィガーの経済力に依存しておる」
周囲はあんまり、いい環境ではないみたいだね。
「それゆえ、ツヴァンツィガーへの風当たりが強くなってきておる。どうしてこちらばかりが栄えているのかと」
この国は、何も悪いことはしていない。
ただ、環境がいいだけ。
世界的に見ても、かなりいい立地に立っている。
なにより、国自身が努力していた。
しかし、他の国はそこまでの成長はしていないらしい。
自国の努力を、怠っているせいだ。
「じゃがツヴァンツィガーは文句の一つも言わず、支援を続けておる。自国も、魔女の侵攻に備えておるというに」
「大変だね。王様も」
「うむ。ようできたお方じゃて」
「さて」と、ヘルムースさんが、ヒゲをなでた。
「そういえば、キャルよ。見たこともない商人が、王城へ向かったのを見たぞい」
*
ツヴァンツィガー国王の前に、東北東から来たという商人がやってきた。
王の娘のために、贈り物があるという。
「いやはや。お会いできて、光栄にございます」
細目の商人が、国王の前にひざまずく。
白々しい。なにか動きを見せたら、いつでも動く。
「今日は、支援のお礼として、珍しい品々を献上しに参りました」
「うむ。大儀であるぞ」
だがこの商人は、少しもスキを見せない。
いったい、何が目的だろうか。
グーラノラには、「怪しいやつでも通せ」と言ってあった。
王城で迎え撃てそうなら、この王自らが行動すると。
この商人も、気配からして危なっかしい。
持ってきた品々に、危なげな気配はしなかった。
どれも貴重で、ツヴァンツィガーではあまり見られない品ばかりである。
彼のいる国を支援していたのは事実だ。
隣にいる貴族は、何も知らなそうである。
城攻めをしに来た気配は、ない。
だが、なぜか嫌な予感だけがよぎる。
せめて、娘に危害が加わらないようにせねば。
「最後に、こちらはお嬢様に。クマのぬいぐるみでございます」
目の部分に、魔法石を縫い込んだものらしい。
「クリームヒルトは、どこだ?」
「中庭にて、遊んでおいでです」
王はグーラノラに指示を送り、クリームヒルトの元へ案内させた。
商人ともども、中庭へ。
我が娘クリームヒルトは、中庭で人形たちと会話をしていた。
おままごとではない。勉強をしている。
人に教えると、自分の身に定着するという理論を、実践しているのだ。
クリームヒルトは、商人と貴族に一礼をする。
「さあ、その人形はお前のだという。大事にするのだぞ」
ぬいぐるみを見ると、娘がうれしそうに笑った。
本当に、何事もない?
だが、娘がぬいぐるみを商人からもらおうとしたときである。
死神の鎌のような大きい釣り針が、クマのぬいぐるみめがけて飛んできた。
しかし、驚いたのは次の瞬間である。
ぬいぐるみがひとりでに動き、針を避けたのだ。
釣り針を飛ばしたのは、白い着物を来た少女である。自分より背の高い釣り竿を、手に持っていた。
「そいつは、触らない方がいいでヤンスよ」
そう語るのは、お供に付いている天狗である。
『ナンダ。東洋人ノ魔女と、天狗デハナイカ』
転がっていたクマのヌイグルミが、立ち上がった。
『ワタシノ計画ヲ邪魔スルトハ。死ヌノガ怖クナイト見エル』
「うるせえでヤンスよ。魔女イザボーラ」
魔女のイザボーラが、我が拠点に!
東洋人の魔女とグーラノラが、二人で娘に結界を張ってくれた。
一方、商人はすっかり毒気が抜けている。
貴族は、腰を抜かしていた。
どうやら、商人だけが操られていたようである。
「エルフの出来損ないが、ピーピー吠えるでないでヤンスよ。おとなしく、山へ帰るでヤンス」
『ヤカマシイ! ツヴァンツィガーヲ滅ボシテ、ワタシハ世界最強ノ魔王トナルノダ!』
「そんな姿で吠えられても、説得力がないでヤンスね」
『オ笑イダ! ワタシガ貴様タチゴトキニ遅レヲ取ルトデモ思ッテイルノカ? 何百年モ生キル、この魔女イザボーラガ!』
クマのヌイグルミが気合を込めると、辺りが黒雲に包まれた。
『闇ノ使イ手デアルワタシヲ、王城ニ入レタ時点デ、既ニ貴様ラハ負ケテイルノダ! 受ケテミルガイイ。魔女ノ神秘ヲ!』
「ああ、魔女。誤解しているようで、悪いんだけど」
『ン? ナンダ?』
「お前を殺すのは、私じゃない」
『……ナンダ、トォ!?』
クマのぬいぐるみが何かを問いかけようとしたとき、オレンジ色の光芒がクマの真上に落ちてきた。
そのまま、クマは消滅する。
「あの、お話の邪魔だった?」
落ちてきたのは、キャルという少女だった。
彼女は魔剣で、クマのぬいぐるみを叩き潰したのである。
「いやいや。邪魔も何も。ベストタイミングでヤンしたよ。キャル殿」
天狗が、キャルに向けてサムズアップした。
「えっと。コイツ、死んだの?」
潰したクマのぬいぐるみを確認する。
「違うでヤンスよ、キャル。本体はまだ、生きているでヤンス」
このぬいぐるみは、イザボーラが操っていただけだという。
イザボーラはぬいぐるみを通して、幼いクリームヒルト様を傀儡にしようと企んでいたのだろうとのこと。
「間一髪だったな。グーラノラに、あえて危険人物でも通せと指示を出していたが、冷や汗が出たぞ」
「ぶっちゃけソレガシたちが戦わなくても、この神官殿で対処できたでヤンスよ」
ヤトが釣り針を動かすタイミングで、グーラノラさんも動いていた。すぐに、クリームヒルト姫をカバーしていたのは見事だ。
「あの程度の人形なら、御せるかと思います。しかし、イザボーラ本体となると、私の手には」
ツヴァンツィガーの総力をもってしても、足止めするのが限界だとか。
そこまでなのか、イザボーラは。
「さて、危機は去ったんだけど……」
この後、どうするか。
グミスリル鋼のヨロイができるまで、レベル上げくらいしかやることがない。
おまけにヘルムースさんは、わたしとクレアさん用のヨロイまで作ってくれていた。しかも、ミスリル銀製である。
数が少ないグミスリルをフルーレンツさんだけに使うというので、お詫びも兼ねているそうだ。
それでも、ありがたい。
フルーレンツさんのヨロイを待たずに、敵の根城へ突っ込むことも考えた。
しかし「やめたほうがいい」と、ヤトから止められる。
「わたしたちって、カリュブディスを倒したじゃん。あれよりひどい戦闘になると?」
「イザボーラは、当時の魔王と双璧をなす存在にまで、強くなっている」
不完全だったカリュブディスとは、比較にならないという。
「でもイザボーラって、ただのエルフなんだよね? そんなに強くなった理由なんて」
「ヤツは、魔剣を所持している可能性が高いでヤンス。その実態がわからない以上、ヘタに手出しはできないでヤンスよ」
イザボーラとの戦いは、長期戦になりそうな気配がするとか。
うーむ。こちらとしては早くツヴァンツィガーを発って、魔剣を強化したいのだが。
『また魔剣と戦えるってのかい? 腕が鳴るねえ!』
レベッカちゃんは、まだ見ぬ強敵に、胸を踊らせていた。
こういうとき、戦闘狂は気楽だなあ。
それはそうと、フルーレンツさんの様子がおかしい。
ずっと、コーラッセンのある方角を見つめていた。
「フルーレンツさんは、故郷が恋しい?」
「おお、キャル殿。どうだろう? 我がどう願っても、コーラッセンの民が戻ってくるわけでなく」
「でも、故郷がボロボロの状態って、さみしいよね」
わたしにできることは、あるだろうか?
「いっそさ、復興させる? モンスターの街にしちゃうとか」
「できるのか?」
「一応、街としての機能は、回復できるかも」
「おお。すばらしい!」
「ただ、建国許可は必要かも」
わたしは、再び王城に向かった。
王様に、事情を説明する。
クリームヒルト姫を助けたことで、わたしは王城にてほぼ顔パスになっていた。
それでも、教頭先生にかけてもらった【緊張を解く】永続魔法がなかったら、話すこともできなかっただろうね。
「……というわけなんですが」
「たしかに、ファッパとツヴァンツィガーとの間にパイプがあれば、色々と助かるな」
とはいえ「魔物ばかりの街」となると、複雑な顔をした。
すいませんねえ。なにぶん、味方がアンデッドばかりなもので……。
「コーラッセンとしては不可能だが、別の都市として再生なら、考えてもよかろう」
「本当ですか?」
「うむ。他の国家との共有財産にしようかと」
「いいですね!」
建築自体は、わたしたちの率いるスパルトイでやってみる。
フルーレンツさんが率先して、スパルトイたちに指示を送った。
古い王都として再生ではなく、新しい過ごしやすい土地を目指している。
枯れていた畑も、わたしたちで耕す。
『オラオラ! ヤキを入れるよ!』
レベッカちゃんが雑草を焼き尽くし、クワに変形して土を掘った。
農具にまで変形できるとか、レベッカちゃんは何者なんだろうか? ヘルムースさんがいうように、マジで魔物を魔剣の形に固めた存在なのかも。
建物の建築や水車小屋の設計は、フワルー先輩やシューくん、クレアさんが手伝ってくれた。
「ゴハンができましたよー」
わたしは、醤を使った焼きおにぎりを、みんなに振る舞う。
「ああ、うまい! この一口のために生きとるわ」
「おおげさなんですよ、先輩は」
「せやけど、あんたはホンマにええ嫁はんになるで。冗談抜きで」
「ヤですよー。特定の人と添い遂げるなんてー」
わたしは魔剣作りの旅がしたくて、家を飛び出した。
今更、誰かの伴侶になるなんて、考えられない。
王様たちは、他の国から移住したい人を、募ってくれるそうだ。
これは、デカいプロジェクトになりそう。
「よろしいのだ。国家間との交流も、マンネリ気味だったのでな」
ファッパには、ヤトとリンタローが呼びかけてくれるそうだ。
財団にも、協力してもらうという。
「一つの王国が管理するとなると、誰が統治するか揉めそうだったのです。が、財団の所有する土地として活用するなら、問題ないかと」
シューくんが、そう提案してくれた。
財団は、各地に点在している。
各国家の商業と連携して、ショップを管理すればいい。
「だんだん、話が大きくなってきたね」
『街の完成が、楽しみになってきたよ!』
廃墟だった王国が、街として活気を取り戻していく。
街がすっかり新しく生まれ変わった頃、ようやくグミスリルを使ったヨロイが完成した。
「あの化け物が着ていたものより薄いのに、強度が増しておる。かたじけない」
「いえ。気に入ってくださったなら、なにより」
わたしたちの装備も、一新される。
「レベッカの方は扱いに困ったが、お前さんが打ったこの……名前なんだっけ?」
「地獄極楽右衛門ですわ」
クレアさんがわたしに代わって、魔剣の正式名称をヘルムースさんに教える。
「おお。まあこの……魔剣の方な。こちらは武器の寄せ集めだったから、鍛え直すことはできたわい」
見違えるほどに、地獄極楽右衛門は磨きがかかっていた。
構造が、最初から見直されている。
驚いたのは、五番の棍棒が回転式になっている。表面が互い違いに回転することにより、武器破壊の仕方が前よりはるかにえげつなくなった。しかし太い刃物とすることで、剣に見えなかった問題も解決している。
「すばらしい発想ですわ。ありがとうございます、ヘルムースさん」
「すごい。これは、鍛冶屋の発想だね」
鍛冶師といっても、装備品ばかりを扱うわけじゃない。歯車などを作るときだってある。
わたしたちが街を作っている間も、歯車などを加工していた。
「お前さんたちのおかげで、ええ気分転換になったわい。ありがとうよ」
「いえいえ。ヘルムースさんが天才なんだって」
「ぬかせい。この魔剣は、お主のトンデモ発想じゃろうが。ワシは、それを剣として扱いやすくしたまでのことよ」
魔剣を一から作るというのは、やはりなかなか難しいという。
「ましてワシは、歳を取りすぎてしもうた。頭でっかちってやつよのう」
「でもすごいよ。長年の経験から、この魔剣の良さを引き出してくれたんだもん」
「ありがとうよ。そう言ってもらえると、鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ」
何度もお礼を言って、わたしたちはヘルムースさんの鍛冶屋を後にする。
「準備完了でヤンスか?」
「うん。行こう」
あとは、次の目的地への道を邪魔をしている魔女イザボーラを倒すだけ。
(第五章 完)
コーラッセンの街が、ある程度まで復旧した。
といっても、ちょっとしたバザーテントが大量にできているだけだが。
それでもこの間まで、廃墟だった街である。
今では商人たちのおかげで、活気が溢れていた。
ミスリル銀製のアイテムなどは、こちらでも売買している。
コーラッセンとグミスリル鉱山は、ツヴァンツィガーを挟まない位置にあった。
ツヴァンツィガーによる独占なんて、発生しない。
魔女イザボーラの手が入らなくなったことで、国家間によるミスリル争奪の緊張は解けた。
グミスリルはツヴァンツィガーというか、フルーレンツさんが独占してしまっている。だが手に入れたところで、どの国でも加工が難しい。結局、ヘルムースさんらドワーフの手に委ねられるのである。
「そうじゃ。キャルよ、お前さんのヨロイもできあがったぞい。渡し忘れとった」
「ありがと……う」
ヘルムースさんの作ったアーマーを見て、わたしは絶句した。
相変わらずの、メイドビキニアーマーとは。
このヨロイの存在は、忘れていたかったよ。
「あんたもヘンタイかいっ。っての」
「違うわい! ワシはオーダー通りに作ってやっただけぞい」
「オーダーって?」
ヘルムースさんは親指で、クレアさんを指し示す。
ああ。あの人の依頼なら、断れないよね。
しかも、アーマーの完成度といったら。
やはりというか、当然というか。わたしが錬成するより、強度がアップしている。
さらに、外れにくいというスグレモノ。
なのに、布面積はわたしの手製よりやや小さめというね。
職人芸だよ。
「このこだわりは、やっぱりヘンタイじゃないと」
「違うっちゅうんじゃっ。ワシはヨメ一筋じゃて!」
でも、気合の入り方が違うんだけどなあ。
「それはそうと! ツヴァンツィガーの兵隊が、イザボーラの棲む洞窟に突撃したそうじゃ」
複数の冒険者とともに、ツヴァンツィガーが攻め込んだという。
「結果は?」
「各フロアのガーディアンを、破壊できたそうじゃ」
さすがにグミスリルの鉱山を守っていたヤツラよりは、弱かったそうな。
ましてこちらは、ミスリルで武装した集団だもん。
「じゃが、出口が見つからんとな」
「そうなんだ」
雪山は迷宮となっていて、ここを突破しないと魔女の宮殿にたどり着けない。
しかし、その迷宮の攻略に手間取っているという。
「リンタローとヤトが先んじて攻略を開始しておるが、時間がかかりそうじゃ」
「わかった。合流するよ」
お弁当を作って、雪山を突破しに向かおう。
「クレアさん、ダンジョンに行きましょう」
「ですわね。やはりワタクシ、待機していられる性分ではありませんわ」
わたしたちは、いわゆるボスキラーだ。
なのでリンタローとヤトは、わたしたちに待機しておいてくれと言った。
自分たちで露払いをある程度行い、切り札であるわたしたちに、魔女をたおしてもらおうとしていたようである。
しかし、想像以上にダンジョン攻略に難航しているようだ。
雪山のダンジョンに、到着した。
やや肌寒いが、レベッカちゃんで体温調節できるので、寒さは気にならない。
「クレアさんは、どうですか? 寒いんじゃ」
「いえ。このくらい、どうってことありませんわ」
本当に、寒くなさそうだ。
クレアさんの全身は、ミスリル製の胸当てである。
ほかは、金属を編み込んだミニスカートだ。
わたしのメイドプレートもそうだが、全体に「地獄のヒスイ」を施してある。流体状態にして、アーマーの周囲を常に駆け巡っているのだ。これによって魔法攻撃力アップするだけでなく、常に魔法障壁を張って防御面の向上までこなしている。装備が軽いので、敏捷性も高い。
おまけに、クレアさんのブーツは特注品だ。魔法石による強化はもちろん、ヘルムースさんがアーマーに施した処置を、ブーツにも同様に仕込んである。
弱いわけがない。
「行きます、クレアさん」
「ついて参りますわ、キャルさん」
わたしたちは、ダンジョンに入る。
暗くて、先が見えない。
こういうとき、テンちゃんの光る目は便利だ。
光を常に照らしているのでモンスターには襲われるが、その都度蹴散らすから問題ない。
「キャル、こっちでヤンス」
「おなかすいた」
少なくともあいさつしてきたリンタローに対し、ヤトはマイペースである。
「はいはい。安全な場所に移って、ゴハンにしよう」
わたしたちは、ヤトたちと合流して、昼食にする。
ちゃんと、他の冒険者の分だって、もってきてるんだから。
「並んでくださいね」
『横入りするヤツは、メシ抜きだからね!』
おっかないレベッカちゃんの罵声に、冒険者たちが震え上がった。
まあ彼らからしたら、バカでかいネコが怒鳴り散らしているように見えるから、しょうがない。
「ところで、どんな感じ?」
「危険なトラップはないでヤンス。ボス部屋なんかも、なさそうでヤンスよ」
となれば、魔力の温存とかはしなくていいっぽいな。
「ところが、仕掛けが難しい」
純粋魔法使いのヤトでさえ、手を焼くほどの要素があるという。
「全っ然! 単語が、わからん!」
おそらく出口につながっている扉にある文字が、どうあっても解読できないらしい。
「見せて」
「うん、そこにコンソールがある。そこの文字」
ヤトに案内してもらった場所に、辿り着いた。
敵は倒してくれているので、めちゃ安全に到着する。
「うわああああ」
思わず、ため息が漏れた。
着いた場所は、ステンドグラスの間である。
万華鏡のように形を変える鏡が、行く手を遮っていた。
「これ、氷だ」
「そう。【永遠の氷】。【原始の氷】でも破壊できない、究極の氷。行く手を塞ぐのに、最適」
「詰みじゃん」
もし、ここを通れなければ、何ヶ月もかけて山を登る必要がある。しかも、人が通れる道ではない。別口から山にトンネルを掘ることも、不可能だ。
「開く手段はある。でも、解読できる相手がいない」
ヤトが、ため息を付く。
「これは……我に任せよ」
ステンドグラスのそばにあるコンソールに、フルーレンツさんが立つ。
「永遠の氷よ。今、雪解けのとき……」
「読めるの?」
「これは、古代コーラッセンで使われていた言語だ。何千年も昔の」
さらにフルーレンツさんは、コーラッセンの言葉を読み上げた。
「今こそ裂け目を抜け、魔女を討たん」
ズズズ……と、氷の万華鏡が開く。やがて、氷の結晶による道ができあがった。
「すごいでヤンス。古代コーラッセンの言語なんて、天狗にさえ、伝わっていないでヤンスよ」
「古代コーラッセン語なら、読むものはいないと踏んだのだな。だから我を目覚めさせ、傀儡にしたのだろう」
自分の根城を守るために、古代王国の言葉を利用するとは。
『こざかしいヤロウだね?』
「うん。絶対、やっつけよう」
大切な故郷の言葉を利用された、フルーレンツさんのためにも。
雪山のトンネルを抜けると、真っ白い洋館が見えてきた。
木でできている屋敷だが、すべてが雪でできているかのように、白い。
「ここから先は、私たちだけで行く。みなさんは、帰って」
ツヴァンツィガーの兵隊に、ヤトが告げる。
「いいのか? ツヴァンツィガーとしては、なんとしても魔女を叩かねば」
「どちらかというと、私たちがいない間に城を守ってほしい。魔女を警戒しつつ、ツヴァンツィガーを守るなんて器用なマネはできない」
ヤトが、ここまで気を張る相手なんだ。魔女イザボーラって。
「わかった。国王には報告しておく。ご武運を」
ツヴァンツィガー兵は、去っていく。
わたしたち以外の冒険者も、帰っていった。
自分たちが足手まといだと、思ったのだろう。
エントランスに入る。
内部は、普通に貴族のお屋敷みたいだ。
しかし、明かりがついていない。薄ぼんやりとしか、周囲が伺えなかった。
『暗いね。キャル』
「うん」
わたしは天井に向けて、照明用の火球を飛ばす。
シャンデリアに、火が灯った。
「像ばっかり」
四本脚の魔物や、ヨロイを着た兵士の像が、こちらを囲んでいる。
エントランスの広さも、ダンスホールってレベルじゃない。闘技場みたいな広さがある。
明らかに、館の外観とは不釣り合いだ。
「屋敷全体を、異界化している。元はただの洋館。しかしその実態は、凶悪な実験場」
ヤトが釣り竿で地面を叩き、屋敷の内部を調査する。
根城をダンジョン化し、人を寄せ付けないようにしているらしい。
「よーく、ここまで来たわね。褒めてあげるわ」
踊り場に、魔女イザボーラが姿を表した。
ロングヘアの銀髪を、丸くまとめている。
顔に薄手のヴェールを被っているため、顔はよく見えない。
しかし、かなり年老いているのはわかった。
エルフは長寿ときくが、イザボーラはかなり高齢の老婆に見える。
肌はきれいなものの、身体は枯れ枝のように貧相だ。
『魔剣に、生気を吸われているんだね。あのヤロウ、かなり極悪な剣を拾ったみたいだよ』
レベッカちゃんが、魔剣があることを探知した。
「魔剣の存在が、わかるの?」
『わかるさ。隠されてはいるが、ビリビリって伝わってくるよ』
手には持っていないが、どこかにあるはずだとのこと。
「絶大なパワーを手に入れた代わりに、身体は崩れかけている」
ヤトの分析だと、もう長くはないだろうとのこと。
魔剣にムリヤリ、生かされているだけらしい。
「悪いことは言わないでヤンスよ。魔剣を手放したほうがいいでヤンス」
「なにをバカな。あんな凄まじいパワーをくれる魔剣を、そうそう手放せるもんですか!」
リンタローの説得も、イザボーラには届かない。
「そのせいで命を失っては、元も子もないでヤンスよ」
「くだらない。最強のためなら、死んでも構わないわ」
イザボーラは、紫色の魔力を手から放つ、魔物の像たちに、自身の魔力を注いだ。
像だったモンスターたちが、動き出す。
「目障りな侵入者を、食ってしまいなさい」
イザボーラは、奥へと引っ込んでいく。
「自分の身体さえ実験道具にしているやつに、説得はムダ。倒すしかない」
「しょうがないでヤンスね。ヤト。派手に参るでヤンス」
リンタローが着物を脱いで、身軽になった。着物を変形させ、鉄扇を装備する。
「【絶風陣】!」
風魔法で、リンタローが竜巻を起こす。
だが兵士は、リンタローの魔法を盾で簡単に弾いた。
「おお、あれは、グミスリル鋼でヤンス!」
敵が、ランスで突き攻撃をしてくる。
リンタローが、鉄扇で相手の攻めを受け流した。
「敵にすると、厄介でヤンス」
「ならこの新しい五番を、試しますわ」
クレアさんが、トートに五番を用意させた。棍棒を囲んでいる歯車に、魔力を込める。
歯車が、回転を始めた。
クレアさんが、兵士に棍棒を叩き込む。
当然、兵士は盾で防いだ。
「愚行ですわ」
回転する棍棒は、盾を腕ごと巻き込んでいった。
兵士が、回転棍棒に吸い込まれていく。
魔法攻撃を受け付けなかったグミスリルの兵士を、クレアさんは回転する棍棒で粉々にする。
「なんて、凶器なんでヤンスか」
「狂人相手には、これでも優しいくらいですわ」
クレアさんはもう二、三体の兵士を、破壊した。
残りの兵士たちが、四本脚の魔物に取り付いた。
ただの大きなヤギらしき魔物が、巨大なキメラへと変わる。
胴体に獅子の頭が生えて、尻尾がヘビに。翼まで生えた。
キメラが、空を飛ぶ。獅子の口から、火炎弾を撃ってきた。
「おっと! 【風の壁】でヤンス」
鉄扇をブンブンと振り回し、リンタローが風で障壁を作る。
「任せてよ!」
わたしも【第三の腕】を操作して、火球を防ぐ。
「【アイスジャベリン】」
釣り竿を振り回し、ヤトが釣り針から氷のヤリを無数に放った。
炎には、氷とばかりに。
リンタローの風の力も借りて、連射速度もアップさせた。
だがその攻撃も、グミスリルに包んだ肉体には通じない。
「面倒」
「我に任せよ」
防御で動けないわたしの代わりに、フルーレンツさんが飛び出した。
グミスリル鋼で作られた剣を、空中のキメラに打ち込む。
翼を切られたキメラが、落ちてくる。
着地はしたが……。
『そこはもう、地獄の一丁目さね!』
レベッカちゃんが、既にダメージ床を形成していた。
マグマのようなダメージ床に落ちてキメラがもがき苦しむ。
こちらへ火球を打ち出しても、地面で燃え盛る黒い炎に阻まれた。
【原始の炎】による攻撃は、頑強なグミスリル鋼さえ通す。
「どえらく、成長したでヤンスね。キャル殿」
「レベッカちゃんが、アビスジェイドを食べたせいかな? めちゃレベルアップして、変身しても燃料切れにならなくなったんだよね」
これでいつでも、レベッカちゃんと入れ替わりが可能だ。
魔力消費に、気をもむ必要もない。
燃費が悪い【原始の炎】は、本来持続ダメージを与える魔法には使いづらい。
ヤトもあまり積極的には、【原始】の力を使っていなかった。
純粋な魔法使いであるヤトでさえ、原始シリーズの魔力消費はキツい。
しかし、レベッカちゃんは【アビスジェイド】を大量に食っている。
そのため、最大魔力量が尋常ではない。
キメラがドロドロになるまで、ダメージ床は存在し続けている。
結局最後まで黒い炎の床から脱出できず、キメラは生命活動を停止。粉々に砕け散った。
ドロップしたグミスリル鋼を手にとって、二階へ上がる。
「また、レベッカやキャルが化け物になりつつあるでヤンス」
「化け物というか、バカ。でも、こんなことなら私もアビスジェイドを妖刀に食わせればよかった」
リンタローとヤトから、辛辣な褒め言葉をいただく。
『やめときな。妖刀が腹を壊すだけだよ。こんな芸当、後先考えてないアタシ様だからこそやれるのさ』
「そうそう。化け物は、レベッカちゃんだけで充分だよお」
『なにを言ってるんだい。そもそもアタシ様を導いているのは、キャル。アンタなんだからね』
「えー。責任転嫁しないでよー」
談笑しながら、長い廊下を進む。
「私が恐れているのは、魔剣レベッカにすべてを委ねているのに、あなたが正気を保っていること」
ヤトが、核心をついたような言い方をする。
「それは、わたしも思ってるんだよねえ」
これまでかなりの頻度で、魔剣に依存してきたんだ。今頃、魔剣に命を乗っ取られてもおかしくはない。
だがレベッカちゃんは、わたしに取って代わろうとまではしない。
『アタシ様自身、自分が何者かわからなくなってきてね。キャルと二人三脚している方が、アタシ様も正気でいられるのさ。キャルの世話になる方が、色々と便利だと分かってきたからね』
「もうなんか、友だち感覚なんだよね。二人で一人って方が、自然っていうか」
魔剣とこんな関係になるなんて、夢にも思っていなかったけどね。
「それにしても、静かですわ」
クレアさんが、歩きながらつぶやいた。
番犬を退治してから、敵が出てこない。
あの勢力だけで、勝てると思っていたのだろう。
魔物を一切、配置していなかった。
「キャルさん、見えてきましたわ」
クレアさんが、ひときわ豪華な扉を発見する。
ドアを開くと、広い場所に出てきた。
部屋の奥に、魔剣が飾られている。
「なんとも、骨ばっていて禍々しいでヤンスね」
「変わった形だね。剣の先に、剣先が装着されているよ」
剣の上に、小さいナイフの刃先を取り付けたような感じに見えた。
「きっと、魔剣の魔力を触らないように、別の剣で補強したんでヤンスよ」
魔剣の先が、オレンジ色に輝く。
レベッカちゃんに反応するかのように。
『あれは、レーヴァテイン!』
魔剣レーヴァテインが、魔剣の刃とつながっていると、レベッカちゃんは言う。
「レベッカちゃん、間違いないの?」
『同じレーヴァテインだから、わかるのさ。キャル。あれは、正真正銘のレイーヴァテインだ。あんな小さいナイフでも、ね』
確信めいた口調で、レベッカちゃんは告げる。
「でも、伝説上の魔剣でヤンスよ」
『だから、レーヴァテインはヤバイのさ。おそらくどこかから飛来して、こっちの世界に実体化したんだな』
なんらかの手段を用いて、おとぎ話の世界を飛び越えてきたってこと?
そんなトンデモ平気だったなんて、ありえない。
「多分だけど、【こちらとは違う世界】ってのは、本当にあるんだと思う。そこからなにかの手段を用いて、こっちの世界に運ばれてきたのかも。レベッカちゃんも」
わたしなら、そっちの説を信じる。
「フィクションから実体化しました」なんてナンセンスな理屈より、よっぽど筋が通るよ。
「レベッカは、こっちに来た記憶はない? あなたは魔剣本人。こちらの世界にやってきた経緯だって、思い出せるはず」
『あいにくだけど、覚えていないんだ。まったく。アタシ様がこちらにやってきた目的も、あいまいなのさ』
ただひとつ言えるのは、レベッカちゃんはレーヴァテインの【影打ち】……つまり、試作品であること。
また、あの魔剣もレーヴァテインであることだけだ。
「あっちのレーヴァテインが影打ち、って可能性は?」
『さてね。しかし、アタシ様よりよっぽどヤバイ瘴気を放っているよ。話せばわかるなんて、言えないねえ』
どうあっても、魔剣とは戦うしかないみたいである。
「それにしても、大きい魔剣でヤンス」
リンタローが、レーヴァテインと接続された魔剣の感想を述べた。
魔剣と言うより、【戦斧】と形容してもいいだろう。
それも、ミノタウロスが使う得物より大きい。軽く、二倍くらいはあるだろう。
刀身も一応あるから「剣」の形はしている。だが、実際の刃はレーヴァテインだけのようだ。
あんなナイフくらい小さい刃を、五メートル位の戦斧に繋いである。
あれほどの処置を施さないと、扱えないとは。
レーヴァテインは、危険きわまりないアイテムだというわけか。
「台座の隣に、鉄製の像が座ってるでヤンス」
魔剣の右隣には、鋼鉄でできた巨人が鎮座していた。
あの魔剣を持ち上げられそうなくらいの、大きさである。
わたしたちが知っている、どのヨロイとも違った形をしていた。
表面がシャープではなく、分厚い盾を全身に装備しているかのような形状だ。明らかに、人が装着するように想定していない。
悪魔にでも着せるつもりなんだろうか?
いや。イザボーラはグミスリルの鉱山で、ヨロイを悪魔に着せていた。
しかしこのヨロイは、誰が着るイメージで作られたのだろう。
ヨロイ姿の巨人と言うより、ゴーレムを思わせた。
だが、ゴーレムとはもっと無骨なものだ。こんな城塞じみた造形にはならない。
妙な角やトゲなどが、頭や背中から突き出ている。羽のない翼まで、背面に装備していた。
ああいうのを、「近未来型」というのだろうか?
レーヴァテインの放つ瘴気に当てられているのか、右半身だけ歪な形に変形していた。
魔剣と同じように、禍々しさで満ち溢れている。まさに、悪魔を具現化したかのような。
「キャル。あの像、グミスリル製」
グミスリルが歪むくらい、レーヴァテインの放つ毒はエゲツナイと?
使ってみてわかったが、グミスリルは魔法抵抗力が高い。
そのミスリルが、あんな形になってしまうなんて。
「そのとおりよ」
台座の間に、老婆の声が響き渡る。
どこからだ?
あたりを探すが、声の主が見当たらない。
「キャルさん、あそこに!」
クレアさんが、巨人の肩あたりを指さした。
巨人の首の横に、さっきの老婆が座っている。
「逃げずに、よく来たわね。この魔女イザボーラに挑もうなんて」
「イザボーラ。ツヴァンツィガーを襲うのはやめるでヤンス。もうあなたは各国から囲まれているでヤンスよ」
「上等だわ。返り討ちにしてやるから。それに、向こうから出向いてくれるのなら、アタシがわざわざ向かう手間も省けるというもの」
「そんなヨボヨボの身体で、なにができるっていうんでヤンス?」
「できるわ。自分で魔剣に触れられないなら、扱える道具を用意すればいいのよ!」
鉄の像が、立ち上がった。手に、魔剣を持つ。
「これぞ、抗・魔剣レーヴァテイン用決戦ミスリルゴーレム。ヘパイストス!」
ミスリルゴーレムの表面に、更にグミスリルをコーティングしているのか。
「なるほど。グミスリルを集めていた理由がようやくわかったでヤンスよ。キャル殿もわかったのでは?」
「うん。今、思い知ったよ」
ミスリルよりさらに強固なグミスリルで、魔剣や巨人を補強したんだ。
魔剣に抵抗できるように。
鉱石にはない柔軟さで、グミスリルがねじれて歪んでしまっている。
まるで生き物になってしまったかのように。
いや、あれは……魔剣は、生き物になっている!
「レーヴァテインを離して! もうそれは、あなたの手に負えないよ!」
「うるさいわね、小娘が! 天才であるアタシが、魔剣レーヴァテインごときを使いこなせないと思っているのね?」
イザボーラが、巨人の背後に乗り込んだ。
かと思えば、中央の一つ目ライオンの目に移動してきた。
「行きなさい、ヘパイストス! この小娘たちを踏み潰しておやり!」
二本の杖を操り、イザボーラが巨人に指示を送り込む。
あの杖に魔力を送り込んで、この巨人を動かしているのか。
手に持った魔剣を、巨人が振り下ろした。
「トートさん、五番!」
クレアさんがさっそく、魔剣破壊兵器を試す。
「くっ!?」
だが、魔剣殺しがドロっと溶けてしまう。
「ムダよ。喰らいなさい!」
中央にある獅子の顔から、イザボーラが特大の火球を撃ち出す。
全員が、その場から跳躍して散った。
屋敷が破壊され、外への穴が開く。
「魔法も、魔剣レーヴァテインの力でパワーアップしているでヤンスよ!」
上空で竜巻に乗りながら、リンタローが戦況を分析する。
「だったら、レーヴァテインを経由している魔剣を攻撃する」
ヤトが、釣り竿を操作した。
釣り糸を動かし、魔剣に巻きつける。
原始の氷の力を全開にし、魔剣を固定した。
「トートさん、一〇番を。雷霆蹴り!」
クレアさん自らが魔剣と化し、巨人の持つ魔剣に必殺の蹴りを叩き込む。
レーヴァテインには、クレアさんの蹴りさえも通じない。
それでも――。
「捕りました」
魔剣にヒビを入れることには成功した。さすがクレアさん!
「やるでヤンスね! 【竜巻】!」
リンタローが竜巻でヤトとクレアさんを包み、避難させる。
「それでも、ダメージは少々って感じでヤンス。キャル殿!」
『わーってるよ! 最初からクライマックスでやらせてもらうさ!』
レベッカちゃんがわたしと人格を交代して、魔剣に斬りかかった。
「ヤト、【原始の氷】もお願い!」
「了解!」
魔剣のヒビに剣を執拗に打ち込みつつ、ヤトに【原始の氷】を込めた糸で同様に叩いてもらう。
【原始】の炎と氷との、ダブル攻撃である。
究極の温度差には、いくらグミスリルでも対抗できなかったようだ。
巨大な魔剣が、ボキリと折れた。
「バカな!? ヘパイストスの剣が!」
しかし、イザボーラもあきらめない。直接、巨人にレーヴァテインを持たせた。
「こうなったら、直に攻撃を……!?」
なぜか、巨人が魔女の身体を剣で貫いた。
巨人が、イザボーラの制御を離れたのか?
「ど、どうし、て」
『わからぬか? もうハンデ戦ではないのだ』
魔剣レーヴァテインの声は、レベッカちゃんの声に近かった。
レーヴァテインが、ゴーレムを勝手に動かして、魔女イザボーラを刺したではないか。
そんなことも可能なのか。
「拾い主の恩を、仇で返すの!?」
『オレサマは最初から、自立して動けるのだ。このように』
ミスリルゴーレムが、イザボーラの指示なしでひとりでに動き出す。
『一人で勝手に、手足がなければ魔剣は動かぬと誤解していたに過ぎん。オレサマはレーヴァテインぞ。それくらいできずにどうするか?』
たしかにレベッカちゃんは、わたしに憑依できるが。
無機物まで操作するとは。
「このアタシを殺して、あなたが魔剣を維持できると思っているの!? ヘパイストスがなければ、あなたはただのデクノボウなのよ!?」
『心配をすることはない。この機動兵器の扱い方は、お前より知っている。安心して死ね』
ミスリルゴーレムが、より深々と魔剣をイザボーラに突き刺した。
イザボーラの肉体が、みるみるしぼんでいく。
『フン。大した魔力を持たぬくせに、支配者ぶるとは』
ゴーレムが、イザボーラだったものから剣を引き抜く。
亡骸をつまんで、ポイと外へ放り出した。
自分を拾った相手すら、手にかけるとは。
レーヴァテインの性格を見るからに、かなり危険な相手と見た。
「なんでヤツでヤンス」
「……あのさ、みんな」
わたしは、みんなに提案をする。
「この魔剣とは、わたしとレベッカちゃんだけで戦いたい」
「なにを言っているのか、わかってる? キャル?」
ヤトが猛反発した。
「相手は【原始の炎】を標準装備した、凶悪な魔剣。こちらは【原始の氷】魔法も持っている。束になってかかれば」
「それは、わかってる」
おそらく集団で戦ったほうが、勝率は高い。
しかし、どうしてもこの魔剣とは、二人だけで戦わなければならない気がした。
「フルーレンツさんも、いいかな?」
「我は、あなたに従うまで」
まず、フルーレンツさんの承諾を得る。
「クレアさんは、どうですか?」
「キャルさんの行動で、間違っていたことは一度もありませんでしたわ」
あれだけ好戦的だったクレアさんが、引き下がった。
「悔しいですわ。ワタクシでは、あの魔剣レーヴァテインに、傷一つ付けられないでしょう。それは、重々承知していますわ」
クレアさんは、唇を噛む。よほど、悔しいのだろう。
「ソレガシは、あまり気が進まないでヤンス。合理的に戦うなら、少しでも勝率を上げたほうがいいでヤンスよ」
「私も、同意見。無謀な行為は避けるべき。あなたが負けたら、魔剣は外に出て、すべてを破壊していく。誰にも止められなくなる」
外に危険が及ぶことを、ヤトとリンタローは懸念していた。
一度妖刀に憑依されたことのあるヤトは、なおさらだろう。
「だからこそ、あのレーヴァテインとは一対一で戦わなきゃならない」
「キャル!」
「みんなの力を借りてばかりだったら、この先レーヴァテインがまた現れたとき、まともに戦えない!」
ただでさえレベッカちゃんという、サンプル品のレーヴァテインを持っているのだ。
なのに、戦闘になると周りに頼り切りなんて。
これではレベッカちゃんの全力を、いつまでも測れない。
この戦いは、レベッカちゃんの腕試しでもあるのだ。
『アタシ様がどこまでやれるのか、キャルの錬金術がどこまで通用しているのか、試すなら、まだレーヴァテインが欠片のうちしかないのさ』
欠片の状態でも、レベッカちゃんの方が弱いとわかったら、すぐに応援してもらう。
だが、手応えがありそうなら!
「これは、わたしたちのプライドの問題だよ。もしなにかあったら、お願い」
「わかった。好きにしたらいい」
ヤトとリンタローは、同室にある【セーフエリア】まで下がっていった。
ダンジョンには、セーフエリアという回復施設が自然発生する。
闇の力が溢れる場所には、必然的に光の力も微量に集まるのだ。
そうやって、ダンジョンの秩序は保たれている。
たとえ魔剣でさえも、手は出せない。
『話し合いは、済んだか?』
「うん。あんたは、わたしとレベッカちゃんだけで相手をする」
『フン。試作品ふぜいが、オレサマにケンカを売るとは』
ゴーレムが、イザボーラの使っていた魔剣にレーヴァテインを埋め込む。
『こおおおお!』
魔剣から炎が吹き出し、質量のある炎へと変わった。
『これが、レーヴァテインの真の力だ! テメエのようなサンプル品とは、できが違うんだよ!』
『それは、アタシ様に傷をつけられてから言うんだね!』
『ほざけ、不良品がぁ!』
ミスリルゴーレムが、剣を振り下ろした。叩き落とすというべきか。
その剣を、わたしは片手でレベッカちゃんを構えて防ぐ。
バシュッと、魔剣同士が炎を吹く。
『なんだと!?』
『質量を持った大剣なんてのは、こっちだって出せるんだよ! アンタだけの専売特許じゃないのさ!』
この技術は、クレアさんの魔剣を作ったときにできた副産物だ。
レベッカちゃんの刀身を主軸にして、炎に質量を持たせて巨大な刃にしたのである。
『ならば、どちらの炎が強いか試させてもらう』
『おうさ!』
わたしとゴーレムで、炎の剣を打ち合う。
いくら質量があるとはいえ、グニャグニャと曲がりながら叩きつけあった。
『なぜだ!? なぜゴーレム相手に、ここまで追随できるのだ!?』
『あんたのヨロイは強固な分、すっからかんなんだよ! がらんどうなのは、扱ってみたらわかるだろうが!』
ミスリルゴーレムは、ほぼハリボテだった。中に魔物の骨を埋め込んではいるが。
純粋に鉄の塊だったら、わたしも押し負けていたかもしれない。
だが完全なミスリル銀ばかりでは、扱うにしても相当な魔力量が必要である。
極力、薄手にしたほうが使いやすかったのだろう。
『ならば!』
ゴーレムが肩から、二本の大砲を撃ち出す。
『おっと!』
レベッカちゃんが、砲撃を側転で回避する。
続いてゴーレムは、指から無数の炎の弾丸を撃ち出した。
魔剣を回転させて、攻撃を弾き返す。
「この攻撃は……レベッカちゃん!」
『わかってるよ。キャル。あのヤロウ、「この世界にない武器」を使ってやがるね!』
明らかに、この世界では追いつかない文明を利用している。
わたしが適応できているのは、シューくんの発明を見ていたからだ。「シューくんなら、あんな武器は編み出せるだろう」と。
とはいえ、しっかりとテストしていないのだろう。雑な攻撃ばかりが続く。
『そっちが邪道で攻めるなら、こちらも道を踏み外すよ!』
レベッカちゃんが、地面に剣を突き刺した。
ダメージ床を、形成する気だ。
『ちいい!』
だが、ミスリルゴーレムは下半身を犠牲にして、飛行した。
これも、わたしが見たこともない技術である。
『くらえ。【マジックミサイル】!』
ゴーレムの下半身が砕け、破片が誘導弾となって襲ってきた。
これは、レベッカちゃんでも防ぎきれない。
『とどめ!』
上空から、レーヴァテインの炎が振り下ろされた。
「わあ!」
わたしの身体が、ふっとばされる。
「レベッカちゃん!」
魔剣を手放してしまったため、わたしの意識が身体に戻ってきてしまう。
『手間を掛けさせやがって。だが、これでお前も、オレサマのモノだ!』
ゴーレムが、レベッカちゃんをつまみ上げた。
レーヴァテインの刀身へと、近づけていく。
融合する気か。
……なんて、無謀な。
『ケケケ! 食えるもんなら、喰らってみな!』
レベッカちゃんに、レーヴァテインが侵食していく。
『負け惜しみを……うっ! グヘエエエエエッ!』
即座に、魔剣レーヴァテインはレベッカちゃんを手放す。
その刀身は、ナイフより小さくなってしまっていた。
やはり、食あたりを起こしたか。