さて。お目当てのグミスリル鋼を、いただきますよっと。

 わたしはレベッカちゃんに、グミスリルの手甲だけを食べさせた。
 
「どう、レベッカちゃん?」
 
『これはいいよ、キャル。ミスリルもいいけど、そちらよりも固くて、弾力があるよ』

 レベッカちゃんはグミスリル鋼を溶かして、体内に取り込む。

「そのままだね、レベッカちゃん」

 魔剣に食レポなんて、求めるべきではなかったか。

『これを鍛冶で加工となると、結構な熟練度が必要だろうね』

 理想の形に固定するには、高い技術とタイミングが必要だろうとのこと。

 素人のわたしがいじくりまわさない方がいいね。
 このまま持ち帰って、ヘルムースさんに仕上げてもらおう。

「フルーレンツさんも、それでいいかな?」

「構わない。我にとってのヨロイを作ってもらえるだけで、満足だ」

 というわけで、アイテムボックスに入るだけグミスリルを入れた。
 それでも、少ないけど。

「クレアさん、無事ですか?」

「ええ。最後まで、ほぼ無傷で済みましたわ」

「そうですか。あとは、ミスリルを持って帰りましょう」

「はい。五番で岩壁を砕けば、よろしくて?」

 発想がゴリラすぎ!

 

 ツヴァンツィガーに帰宅後、ヘルムースさんに加工をお願いする。

「ええ状態じゃ。若干、闇の魔力がこもっておったようじゃが、キレイに祓われておる」

「一応、下処理はしといたよ」

 レベッカちゃんに頼んで、鉱石にこびり付いていた邪気は消し飛ばしてもらった。
 そういうことも、レベッカちゃんはできるのである。

「お前さんたちは、いいのかい?」

「まずは、ヘルムートさんにヨロイをお願い。わたしは、レベッカちゃんの強化方針に着いて、話し合うよ」

「ええじゃろう。レベッカは、ワシの手には負えん。その魔剣は、ワシらドワーフにとっては武器には見えん。魔物を剣という形に押し込んで、『これは剣だ』と言い張っているようなものなんじゃ」

 それだけ、得体のしれないものだったとは。

「じゃが、【サイクロプス】という鍛冶の怪物なら、あるいは魔剣を打てるかもしれん。こんな上等な品を、ヤツにくれてやるのは惜しいがのう」

「サイクロプス? 魔物じゃん」
 
「魔には魔、魔剣には魔物じゃ」

 闇のアイテムなら、闇の住人の方が詳しいと。

「サイクロプスなんて、どこに住んでいるの?」
 
「ここから北に向かって、一ヶ月弱馬車で進んだ先にある、火山ぞい。その前に魔女の山があるゆえ、先へは進めんぞ」

 結局は魔女を倒さない限り、レベッカちゃんの強化は見込めないと。

「魔女はサイクロプスを抑え込んで、どうする気なの?」

「魔物を抑えとるんじゃなくて、交易路を分断しとるんじゃ。北にこちらの商品が、渡らぬようにしておる」

 そういえば、「西にある領地も飢饉に見舞われた」って言っていたなあ。

「結構、経済的にヤバいわけ? このあたりって?」

「ツヴァンツィガーだけが、発展しておる状態じゃ。他の国は、ツヴァンツィガーの経済力に依存しておる」

 周囲はあんまり、いい環境ではないみたいだね。
 
「それゆえ、ツヴァンツィガーへの風当たりが強くなってきておる。どうしてこちらばかりが栄えているのかと」

 この国は、何も悪いことはしていない。
 ただ、環境がいいだけ。
 世界的に見ても、かなりいい立地に立っている。
 なにより、国自身が努力していた。

 しかし、他の国はそこまでの成長はしていないらしい。
 自国の努力を、怠っているせいだ。

「じゃがツヴァンツィガーは文句の一つも言わず、支援を続けておる。自国も、魔女の侵攻に備えておるというに」

「大変だね。王様も」

「うむ。ようできたお方じゃて」

「さて」と、ヘルムースさんが、ヒゲをなでた。

「そういえば、キャルよ。見たこともない商人が、王城へ向かったのを見たぞい」





 ツヴァンツィガー国王の前に、東北東から来たという商人がやってきた。
 王の娘のために、贈り物があるという。
 
「いやはや。お会いできて、光栄にございます」

 細目の商人が、国王の前にひざまずく。

 白々しい。なにか動きを見せたら、いつでも動く。

「今日は、支援のお礼として、珍しい品々を献上しに参りました」

「うむ。大儀であるぞ」
 
 だがこの商人は、少しもスキを見せない。

 いったい、何が目的だろうか。

 グーラノラには、「怪しいやつでも通せ」と言ってあった。

 王城で迎え撃てそうなら、この王自らが行動すると。

 この商人も、気配からして危なっかしい。

 持ってきた品々に、危なげな気配はしなかった。
 どれも貴重で、ツヴァンツィガーではあまり見られない品ばかりである。

 彼のいる国を支援していたのは事実だ。
 隣にいる貴族は、何も知らなそうである。
 城攻めをしに来た気配は、ない。

 だが、なぜか嫌な予感だけがよぎる。

 せめて、娘に危害が加わらないようにせねば。

「最後に、こちらはお嬢様に。クマのぬいぐるみでございます」

 目の部分に、魔法石を縫い込んだものらしい。

「クリームヒルトは、どこだ?」

「中庭にて、遊んでおいでです」

 王はグーラノラに指示を送り、クリームヒルトの元へ案内させた。
 商人ともども、中庭へ。

 我が娘クリームヒルトは、中庭で人形たちと会話をしていた。
 おままごとではない。勉強をしている。
 人に教えると、自分の身に定着するという理論を、実践しているのだ。

 クリームヒルトは、商人と貴族に一礼をする。

「さあ、その人形はお前のだという。大事にするのだぞ」

 ぬいぐるみを見ると、娘がうれしそうに笑った。

 本当に、何事もない?

 だが、娘がぬいぐるみを商人からもらおうとしたときである。

 死神の鎌のような大きい釣り針が、クマのぬいぐるみめがけて飛んできた。

 しかし、驚いたのは次の瞬間である。
 ぬいぐるみがひとりでに動き、針を避けたのだ。


 釣り針を飛ばしたのは、白い着物を来た少女である。自分より背の高い釣り竿を、手に持っていた。
 
「そいつは、触らない方がいいでヤンスよ」

 そう語るのは、お供に付いている天狗(イースト・エルフ)である。

『ナンダ。東洋人ノ魔女と、天狗デハナイカ』

 転がっていたクマのヌイグルミが、立ち上がった。

『ワタシノ計画ヲ邪魔スルトハ。死ヌノガ怖クナイト見エル』

「うるせえでヤンスよ。魔女イザボーラ」

 魔女のイザボーラが、我が拠点に!

 東洋人の魔女とグーラノラが、二人で娘に結界を張ってくれた。

 一方、商人はすっかり毒気が抜けている。
 貴族は、腰を抜かしていた。
 どうやら、商人だけが操られていたようである。

「エルフの出来損ないが、ピーピー吠えるでないでヤンスよ。おとなしく、山へ帰るでヤンス」

『ヤカマシイ! ツヴァンツィガーヲ滅ボシテ、ワタシハ世界最強ノ魔王トナルノダ!』

「そんな姿で吠えられても、説得力がないでヤンスね」

『オ笑イダ! ワタシガ貴様タチゴトキニ遅レヲ取ルトデモ思ッテイルノカ? 何百年モ生キル、この魔女イザボーラガ!』

 クマのヌイグルミが気合を込めると、辺りが黒雲に包まれた。

『闇ノ使イ手デアルワタシヲ、王城ニ入レタ時点デ、既ニ貴様ラハ負ケテイルノダ! 受ケテミルガイイ。魔女ノ神秘ヲ!』

「ああ、魔女。誤解しているようで、悪いんだけど」

『ン? ナンダ?』

「お前を殺すのは、私じゃない」

『……ナンダ、トォ!?』
 

 クマのぬいぐるみが何かを問いかけようとしたとき、オレンジ色の光芒がクマの真上に落ちてきた。

 そのまま、クマは消滅する。

「あの、お話の邪魔だった?」

 落ちてきたのは、キャルという少女だった。
 彼女は魔剣で、クマのぬいぐるみを叩き潰したのである。
 
「いやいや。邪魔も何も。ベストタイミングでヤンしたよ。キャル殿」

 天狗が、キャルに向けてサムズアップした。