ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

「ヘルムースさん。これって、フルーレンツさんのヨロイにならないかな?」
 
 フルーレンツさんのヨロイに使えないかと、わたしは魔法石をドババと放出した。

「これは、翡翠(ヒスイ)かのう? しかも、アビスジェイドではないか」

 アビスジェイドとは、暗黒の魔力を吸ったヒスイのことである。
 
「キャルよ。こんな高価な魔法石を、どこで手に入れたんじゃ?」

「海底神殿だけど?」
 
 カリュブディスが根城にしていた、古代の海底宮殿から採取したものだ。
 魔王の魔力を蓄えているから、このヒスイには相当な力が宿っているだろう。
 実際、レベッカちゃんに可能な限り錬成してブチ込んである。
 
『形状が変わっちまうかもしれないくらいには、喰らい尽くしたねえ』

 レベッカちゃんも、満足げだ。

「ほほう。魔力効果としては、申し分ないわい」

 魔法石は石といっても、鉱石とはいい難い。
 あくまでも、魔法効果をもたらす石である。
 鉄のように頑丈ではないため、武器防具として扱うには加工が大変すぎる。

 用途は主に、鋼鉄製ヨロイのつなぎ目や、盾に直接取り付けて魔法を防ぐ障壁用が多い。
 武器なら柄・柄頭・鞘などの装飾として用いる。
 
「これだけ大量にあれば、ワシの工房にある鉄ヨロイすべてを賄えるわい。こんなにもろうて、ええんかの?」

 フワルー先輩のところに半分分けても、まだ余っていたもんね。

 ちなみにフワルー先輩は、魔法石の一部をゴーレムに変えていた。
 
「いいよ。その代わり、フルーレンツさんにいいヨロイをお願い」

「お安い御用じゃ。タダでもやってやるわい」

 それは、わたしたちが困る。

「ただ、フルーレンツ殿を、待たせるわけには行かぬ。王子よ。仮使いで悪いが、こちらを装備してくだされ。それでしばらく、ご辛抱を」

 ヘルムースさんが、一日だけ時間をくれという。
 アビスジェイドを粉にして、現存の全身ヨロイに流し込むそうだ。

「クレアさん、申し訳ありません。わたし、ここでずっと取材をします。宿に戻っていてください」

 長い時間見ていても、退屈に違いない。

 クレアさんには、トレーニングでもしてもらったほうが有意義だろう。

「ご心配には及びませんわ、キャルさん。ワタクシも、見学に参加いたします。お夕飯どきになったら、お教えいたしますわ」

 さすがクレアさんだ。自分の魔剣だけを見て、満足するような人じゃない。
 見識を深めて、さらに魔剣の上手な扱い方を学ぶつもりだ。

「ではクレア嬢は、我と剣術の稽古などはいかがか? 腕がなまっている感じがするのだ。手合わせ願いたい」
 
「はい。お願いしますわ」

 両者とも、ヘルムースさんから剣を借りて、庭に出ていった。
 

 ヘルムースさんが作業する間、わたしはずっと張り付く。
 魔剣の技を盗むためだ。

「ヘルムースさんは、魔剣って打ったことある?」

「似たようなものは、開発したことはあるわい」

 若い頃に打ったという剣を、ヘルムースさんが見せてくれた。

 一見すると、ただのレイピアと思われる。
 なのに持つと、ずっしりと重い。実際は軽いのに、手に全然なじまなかった。
 なんだろう。悪魔の魂が閉じ込められているみたいな、圧迫感がある。
 武器から拒否されているかのような、不快感があった。
 振り回したら、きっと自分を傷つけてしまうだろう。

「すごい。正直な話、レベッカちゃんよりずっと切れ味がよさそう」

『ドワーフが魔剣を打つと、こうなっちまうんだろうね』

 レベッカちゃん本人も、ヘルムースさんの腕前に感心している。

「とんでもねえわい。こんな駄作」

「駄作って。これが?」

 どう見ても、すごい剣ではないか。

「剣としてなら、こいつには強力無比じゃろう……という自覚はあるんじゃ。しかし、魔剣とはもっと、なんというかのう。怪しい魅力があるのじゃ」

 魔剣とは、言葉では表現しきれない危うさ、それこそ悪魔が取り憑いたような狂気が、刀身に内在するという。
 
「それに比べたら、お主の持つレベッカとかいう魔剣の方が、よっぽど危なっかしいわい」

「そうかな?」

「うむ。魔剣というのはのう、剣を作る工程とはまた違うのかもしれん」

 ヘルムースさんは鍛冶屋なので、装備品精製のセオリーに沿ってしか、武器・防具を作れない。
 だが魔剣となると、そんな常識をすべて捨てなければならなくなる。

「聞けばお主の剣、その工程を六〇〇〇通りも試しておると聞く。これは、常人の為せる技ではないぞよ。なんといっても、今まで編み出した六〇〇〇もの正攻法を、ことごとく捨て去って磨き上げた狂気の作品なんじゃからの」

 過程をすべて六〇〇〇回試して、その都度新しい工程を試しているのか。

「だからこそ、握りたくなる。たとえ、掴んだ瞬間に自身の魂を乗っ取られてものう。持ち手に触らせようとせぬ武器なんぞ、剥き身の刃と変わらぬ」
 
 そりゃあ、ヤバイ武器と言われても仕方ない。

「結局ワシは、魔剣の表面をなぞったに過ぎん。ただ強い武器が出来上がっただけなんじゃ。本物の魔剣打ちが見たら、鼻で笑うじゃろうな」

 ヘルムースさんが、自身を嘲笑した。

「でも、ヘルムースさんの武器はすごいじゃないですか」

「ドワーフの常識からすれば、そうかもしれぬ。その自負もある。だが、心を壊せと言われて、そうそう破壊できるもんじゃあるまい」

 これだけの名工をして、魔剣は作れないと断言する。
 
「ワシがお前さんにできるのは、せいぜい鍛冶のいろはを盗んでもらうことくらいじゃろうな」

 力なさげに、ヘルムースさんは語った。

「ありがとう、ございました」

 わたしは、言葉を失う。

 魔剣作り、奥が深いなあ。

 庭に行くと、クレアさんが汗だくになっていた。
 魔力を最大限に制御する訓練用ジャージを着ているとはいえ、クレアさんがここまでへバるとは。
 
「はあ、はあ。フルーレンツさん、ありがとうございました」
 
「うむ。かなりカンが戻ってきた。こちらこそ、ありがたい」

 一方、フルーレンツさんは涼しい顔である。

「宿に帰りましょう」

「もう、よろしいのですか?」

「これ以上いても、ヘルムースさんの集中を削ぐだけですので」

「そうですか。わかりましたわ。夕飯にいたしましょう」

 宿にチェックインして、酒場で晩ごはんを食べる。

「よく食べますわね」

「王城で緊張しすぎたからかも、しれません」

 今まで空腹だったことを忘れていたかのように、わたしはパスタやステーキをモリモリと食らう。

「キャルさん、なにかありましたのね?」

 やはり、クレアさんは敏い。
 わたしの変化を、敏感に感じ取ってくれた。

「ヘルムースさんから、魔剣は打てないと言われました」

 魔剣作りは、鍛冶の常識外だと。

「おそらく、相当の外法を用いないと、魔剣という非常識極まりない武器は作れないのでしょう。魔剣を打った本人も、おそらく正気を失うのかも」

 初めてわたしは、自分の行いに恐怖した。

 レベッカちゃんと、ちゃんと向き合っていなかったんだと、思い知らされている。
 
「そうですか。ですがキャルさんなら、きっと魔剣を作っても今まで通りですわ」

 わたしが自信を失っていると、クレアさんが励ましてくれた。

「だって、あなたとレベッカさんは、最初から一つの存在みたいでしたもの」

 そっか。
 わたしは、魔剣を作っているんじゃない。
 レベッカちゃんと一緒に、成長しているんだ。
 
「ありがとうございます。クレアさん。なんか、ヒントを掴めたみたいです」

「ウフフ。元気を取り戻せたなら、なによりですわっ」

 
 
 一晩寝て、再度ヘルムースさんの元へ。

 フルーレンツさんが、緑色の全身ヨロイに身を包む。

「感謝する。ヘルムース」
 
「とんでもねえ。キャルがダンジョンで金属を採掘してきたら、同じ素材で作りましょうぞ」

「ありがたい、ヘルムース。よろしく頼む」

「いえ。強い装備がなければ、魔女との戦闘どころではありませんで」

 いよいよ、魔女と戦うための素材集めだ。
 まずは冒険者ギルドへ、鉱石関連の依頼がないか尋ねてみた。

 昨日は鍛冶の見学に夢中で、すっかりツヴァンツィガーのギルドへ立ち寄るのを忘れていたんだよね。王様との話し合いもあったし。

「いらっしゃい。ツヴァンツィガーへようこそ」

 受付嬢も、ドワーフさんだ。しかも、ちょっとおばちゃんである。

「鉱山ダンジョンに関連した、クエストはありますか?」

「あるとも。あの鉱山の中でも、グミスリルが取れる地帯は、閉鎖されて久しいね」

「グミスリルとは?」

「ミスリルの硬さと、溶かしたアメのような柔軟性を持つ銀を持つ金属さ。鍛冶屋垂涎のアイテムなんだよ。けどねえ。魔女イザボーラ・ドナーツが占領しちまって」

 ここでも魔女! イザボーラって、かなり悪さをしてみるみたい。

「冒険者や王城のドワーフ兵たちも、あの鉱山に向かったんだけどさ。みんな逃げ帰ってきたよ」

 鉱山を守るモンスターが強すぎて、勝てないという。 

「ただのミスリルなら、別のポイントでも取れるんだよ」

 たしかに、フルーレンツさんの剣にも、一部ミスリルが使われている。

「そっちにも、魔女イザボーラの手がかかり始めてるね。グミスリルを独占しているモンスターさえ倒せば、魔物共も撤退するだろうさ」

グミスリルを占拠しているモンスターが、配下に指示を出して鉱山を襲わせているらしい。
 
「わかりました。その魔物を、やっつけに行きます」

 なにもヘルムートさんからは、グミスリルのダンジョンに行っちゃいけないって、言われていないもんね。

「正気かい? 相手は、デーモンだよ?」

「デーモンとは?」

「魔族さ。高位のヴァンパイアとか、魔王とか言われているよ」

 話を聞く限り、かなり強そうな魔物だな。

「鉱石を使われないように、魔女がグミスリルを使ってガーディアンゴーレムを作っちまったのさ」

 カリュブディスのように、不完全体でもなさそう。
 なんたって、グミスリルなんて貴重な金属をエサにしているそうだもん。
 
「それでも行きます」

 わたしたち三人は、ガーディアンを倒しに行くことにした。
 せっかくだし、珍しい金属が欲しい。
 邪魔な魔物も倒せて、一石二鳥だもんね。
 
 ギルドの依頼にあった、閉鎖された鉱山へ。

 道中は特になんの危なげもなく、モンスターも湧かなかった。
 

 これも、ヘルムースさんのおかげかも。
 カブトをドクロマスクにして、【王者の威厳】を持たせたのがよかったのだろう。
 王者の威厳とは、弱いモンスターを遠ざけるスキルだ。 
 スパルトイに指示を出すのにも、ちょうどいい。
 野盗ですら寄り付かないってのは、楽でいいよね。
 
 ただ、ここから先は威厳も通じないモンスターがわんさかいる。
 
『ミスリルでできたボスなんて、うまそうだね、キャル』

「そうだね」

 そんな感想が出るのは、レベッカちゃんくらいだよ。
 
「で、フルーレンツさん。剣の方は?」

「訓練用のものを、借りてきた」

 フルーレンツさんの武器は、ロングソードと、ショートソードの二本差である。
 背中に担いでいるロングソードは、両手持ちの大剣だ。
 ショートソードの方は、ナイフほどに短い。

「魔剣一〇本をフルに使っても、敵いませんでしたわ」

 クレアさんでも、苦戦するなんて。

 そこまで強いんだ。さすが、歴戦の王子様である。

 なお、盾は片手の上腕にのみ。相手の攻撃を受け流すための、小型の円形シールドを持ってもらった。
 わたしが壁役を担当するので、大型盾は持たせていない。

「両手大剣を所持してどのように大型シールドを構えるのかと思えば、もう一本の腕を生やすとは」

 背中から、魔力制御の多関節腕を展開し、大盾でみんなを守る。
 
「キャル殿の発想は、斜め上であるな」

「へへーん」

 魔法腕の性能も向上し、より早く盾を動かせるようになった。
 ヘルムースさんの技術を盗んで、応用している。

『魔物の気配がするねえ』

 レベッカちゃんが、魔物を探知した。

「我に任せてくれ」
 
 フルーレンツさんは、スパルトイ兵隊をどのように動かせばいいかも手慣れていた。王子様だったからだろうな。

『キャル。この間も話したけど、スパルトイやゴーストの統率は、フルーレンツにお願いしたよ』

「うん。同じアンデッドだから、フルーレンツさんが指揮する方がいいかもね」

 斥候役をうまく使って、フルーレンツさんは敵勢力の少ないルートを探している。
 弱い敵はスパルトイに任せて、障害になる大物だけをこちらで対処した。ムダな戦闘は、しない。みんな、待っているもんね。
 弱い魔物を狩るのは、鉱山をある程度安全にしてからにしたい。

「この魔物がいるフロアの奥に、強い殺気を感じる」

 フルーレンツさんが、警戒を行った。

「そこが、ボス部屋だね」

 たしかに、フロアの端に休憩スペースもある。ここは、当たりかも。
 
 牛頭の巨人が、わたしたちの前に立ちふさがる。

「ミノタウロス型か、悪くない」

 フルーレンツさんが、背中に担いでいた両手持ちの細身剣を抜く。

「キャル殿。手出し無用で、お願いいたす」

「わかったよ。あなたの騎士道を、尊重します」

「かたじけない。てやあ!」

 フルーレンツさんと、ミノタウロスが打ち合う。

 ミノタウロスの巨大な斧さえ、フルーレンツさんの身体に傷一つ付けられない。

 対してフルーレンツさんは、ミノタウロスに確実なダメージを与えていく。
 
 これがアンデッドの装備かと思えるくらい、フルーレンツさんは動きが機敏だ。
 もしかすると、魔剣を所持していたときより、強いかもしれない。
 スケルトンキングとかリッチとかなんていう、次元を超えていた。
 死神……。まさしくそう形容してもいいだろう。

「装備の硬さを試させてもらおう。来い」

 ミノタウロスの実力を把握したのか、フルーレンツさんが無防備になった。

 あえて魔物に、攻撃をさせる。

 だが、魔力がこもったヨロイに、ミノタウロスの腕力が通らない。

「うむ。一流の腕だ。ヘルムースよ」

 ミノタウロスの斧攻撃を、フルーレンツさんはラウンドシールドで軽く受け流す。

 シールドは、傷一つついていない。
 これが、職人の技か。
 使い手もすごいが、防具を作った職人の本気度もうかがえた。

「いい戦士だった。では、さらばだ」


 フルーレンツさんは、相手に敬意を評した。直後、ミノタウロスの首を難なくはねる。

 あれで、訓練用の剣かよ。

 ミノタウロスの首を切るなんて、それこそヤツが持っている斧でも難しいのに。
 
 ボス部屋横のフロアで、一旦休む。
 お腹が空いたので、クレアさんとお昼にする。

「何もすることが、ありませんわ。完全に、フルーレンツさんにおまかせしていますわね」

 申し訳なさそうに、クレアさんがサンドイッチをつつく。
 戦闘していない者が率先して食べていいものなのか、と考えているのかも。
 クレアさんも戦闘に参加しようとしたが、あっという間に終わってしまった。 
 
「どう、フルーレンツさん。ヨロイの着心地は?」

「見事だ。ヘルムースの丁寧さがうかがえる」
 
 フルーレンツさんのヨロイは、魔力が全身にいきわたるように、所々に地獄のヒスイ(アビスジェイド)を流し込んである。数ミリ単位という極細の装飾に、店売りの数倍という魔力量を圧縮していた。
 ヨロイ本来の硬度も、損なわれていない。

 あれだけの魔力を注ぎ込むためには、多少の硬度は犠牲にする必要があるのに。
 硬さを維持しつつ魔力をヨロイ全体に浸透させるには、熟練の技量が必要だ。

 わたしも、錬成技術をもっと磨かないとね。
 

「ただ、あれは一人では骨が折れるな」

 ボスの間に足を踏み入れて、フルーレンツさんがひとりごちた。

 眼の前にいるのは、グミスリル鋼で身を固めた騎士である。

 ひざまづいている姿だけでも、ただものではないとわかった。
 グミスリル鋼の騎士は、全身が青黒い。
 ヨロイの表面を、怨念で固めているかのようだ。
 
 青黒い騎士の周りには、冒険者たちの死体が転がっている。
 ボスである騎士を、討伐しに来たのだろう。すべて、返り討ちにあったか。

「彼らの無念は、我が晴らす。キャル殿、手出し無用」

「うん。でも危なくなったら、こっちが勝手に動くね」

 いくら使い魔といっても、死なれたらたまったもんじゃない。

「魔女を倒すまでの、契約だろうからな」

「違うって。ずっといっしょに、旅をするつもりだよ」

 わたしがいうと、フルーレンツさんは一瞬固まった。

「永久的な、契約だとは。こういうのは、目的を果たすまでのものだと」

「いえいえ。剣術でも、参考になる点は多いからね。レベッカちゃんの助けになってよ」

「……御意っ」
  
 ボス騎士と、フルーレンツ王子が対峙する。

 両者、同時に動いた。

「ぐあ!」

 インパクトの瞬間、フルーレンツさんが弾かれる。
 
 相手はミノタウロスより、背が高くない。
 だが、あんな巨人より腕力が強かった。

 王子の一撃を、騎士は軽くいなす。

 まさに、魔剣に操られていたときの王子を思わせた。

「ならば!」

 王子が、戦法を変える。
 両手剣を直し、ショート―ソードでの切り合いにシフトした。
 円形盾で敵の攻撃を受け流し、懐に飛び込む。
 
「そこ!」

 どうにか王子は、敵の顔面に剣を突き刺す。

「むっ!?」

 すぐに、王子は相手から飛び退いた。
 
「こやつも、スケルトンか」
 
『だったら、炎が効くはずだよ! 喰らいな!』

 レベッカちゃんが、わたしと意識を交代する。

 炎をまとった魔剣を振るって、魔物に叩き込む。

『なんだってんだ!?』


「あれは、スケルトンではありませんわ」

 たしか、デーモンっていっていたっけ。こんなに強いんだ。

『じゃあ、【ライカーガス】ってわけかい』
 
 ライカーガスとは、「どこぞの国の王族」という意味である。
 アンデッドの姿をとっているが、正確には魔族だ。

「来るよ!」

 アンデッドになった冒険者が、わたしたちに襲いかかってきた。

雷霆蹴り(トニトルス)!」

 ジグザグ状に、雷光が轟く。

 アンデッド冒険者を、クレアさんが片っ端から破壊していた。

「ザコはこちらに任せて、キャルさんはボスをお願いします!」

「わかった! わたしが正面で相手をするから、フルーレンツさんは側面から!」

「うむ! この際、共闘する!」

 フルーレンツさんが、こちらの指示通りに側面から敵に切りかかる。
 
 サシの勝負にこだわっていたフルーレンツさんも、さすがに勝てないと思ったか。
 
 二対一になっても、相手の優勢は変わらない。
 こんなに、強いのかよ!

「さすがデーモン! やる!」

 フルーレンツさんにとっても、相手にとって不足なしと言ったところなのだろう。
 苦戦しつつも、高揚している。

「ドワ!」

 真正面から、騎士に斬りかかられた。

 おお。無事である。あってよかった、第三の腕。

「からの! 【ブレイズ】!」

 相手の剣を持つ手を抱え込み、一緒に火だるまに。

『炎属性は効かないだろうけど、ずっと燃え続けて焼け死なないってわけじゃないだろうよ!』

 ましてレベッカちゃんには、【原始の炎】がある。

 黙っていても、ダメージが通るはずだ。
 
『しぶといね!』

 いくら燃やしても、ライカーガスは倒れない。

「決定的な一撃が、足りないみたい」

『くそ! 面倒だねぇ!』

 レベッカちゃんは、一旦魔物から離れる。

「グミスリルに、相殺されているのかも」
 
『そんな効果が、あるようだね』

 グミスリル製の実力を、垣間見た。
 たしかに、この防御力は凄まじい。
【原始の炎】さえも、軽減するとは。
 
 本格的な防具の調節をされると、レベッカちゃんでも苦戦するようだ。

 かといって呪い焼きなんてしたら、せっかくのグミスリルさえ破壊してしまう。

 おそらくあのヨロイに、グミスリルは使い込まている。

 魔女なら、それくらいの悪行はするはず。

「特にこれといって弱点もなさそうだし、動力がグミスリルなのはわかってるんだけど」

……っ!

「わかった。脆いところを狙おう」

『秘策を、見つけたんだね?』

「うん! フルーレンツさん!」

 わたしは、フルーレンツさんに指示を送った。

「承知した!」

 フルーレンツさんとライカーガスが、切り合う。

 懐に飛び込めないほどの、激しい武器同士のぶつかり合いが続いた。

「今だよ、レベッカちゃん!」

『おう! おおおおお!』

 レベッカちゃんが、騎士を背中から切りかかった。
 ただ、相手の身体を斬るわけじゃない。

 狙うのは、ヨロイとヨロイを結ぶ、魔力の繋ぎ目だけ。

 さすがレベッカちゃん。慎重にスパッと、金色の装飾だけを剣先で切った。

 それだけで、あれほどの猛威を振るっていた騎士の体勢が崩れる。

「フルーレンツさん!」

 同じように、フルーレンツさんもショートソードをふるった。
 魔力同士の繋ぎ目を、スパスパと切り捨てる。

 二人の器用さがなければ、できない芸当だ。

 騎士ライカーガスが、戦闘不能になる。
 ヨロイをすっかり失った敵が、弱点の魔法石を露出した。

『トドメだよ!』

 ドスン、と、レベッカちゃんが剣を魔法石に突き立てる。

 どうにか、ボスを退治することができた。

『ところで、フルーレンツ。このヤロウは、知り合いかい?』

 レベッカちゃんが、ライカーガスのカブトを剥ぎ取る。

「むう。やはり、デーモンの顔にしか見えぬ。我が配下や、敵の部隊にも、このような者はいなかった気がする」

『そうかい』

 魔女イザボーラは、デーモンすらも操るのか。
 
  


 
「そんなに調べても、資料なんて出てこないでヤンスよ」

 リンタローは、本の虫になったヤトに辟易する。

 二人は未だに、港町ファッパに腰を据えていた。
 魔女イザボーラについて、調べるためだ。 
 
 風魔法で一冊ずつ本のホコリを払い、そのまま魔法で本棚にしまう。
 その度にヤトが別の本を棚から出すものだから、片付けが終わらない。

 財団の書庫を片付けることを条件に、蔵書や資料類を借りているだけだと言うのに。

 こちらがいくら整理しても、ヤトが散らかしてしまう。

「まって。もうすぐ出てくる。あんたは、魔女について調べて」

 ヤトは、コーラッセンについて調べ物をしていた。

「魔女イザボーラの伝説なんて、ソレガシたち天狗(イースト・エルフ)でさえ知ってるでヤンス。エルフ界隈で、知らないヤツはいないでヤンスよ」

 イザボーラは、エルフのハミ出し者だ。
 自分の力を過信し、自らを「魔王をも超える最強の魔女だ」といい出し、里を飛び出したのである。イザボーラの故郷が宗教色の強い、閉鎖的な地域だったのもあるだろうが。
 当時からイザボーラは、闇に魅入られた厄介オタクとして有名だったが、余計にタチが悪くなったようである。

 魔剣の流通ルートなどの情報から、リンタローはおそらくツヴァンツィガーを狙っているのがイザボーラだと気づく。
 ファッパの財団に聞いたところ、やはりイザボーラが各地で悪さをしていることがわかった。
 本当にイザボーラは、魔王に取って代わろうとしているに違いない。
 
 しかし、ヤトはもっと遡って、コーラッセンの情報を集めだしたのだ。

「どうしてイザボーラが、ツヴァンツィガーにこだわっているのか。どうしてあの王子を手下にしたのか、これでわかるかも」

 本のページを、ヤトが指さしている。

 勇者の特徴、剣術の内容などが、記されていた。
いずれも、フルーレンツと共通するものばかり。
 となれば、なぜフルーレンツがあそこまで強かったか説明がつく。

「なるほど。フルーレンツ殿は、勇者の父親でヤンしたか」

 勇者の強さは、フルーレンツ・コーラッセンの血を引き継いでいたいからなのだろう。
 その血脈は、今も。

「たしかツヴァンツィガーには、小さい王女がいた。ツヴァンツィガーは代々、勇者の血族」

 だとしたら、狙われるのは……。
 
 リンタローとヤトは、資料庫を飛び出した。
 さて。お目当てのグミスリル鋼を、いただきますよっと。

 わたしはレベッカちゃんに、グミスリルの手甲だけを食べさせた。
 
「どう、レベッカちゃん?」
 
『これはいいよ、キャル。ミスリルもいいけど、そちらよりも固くて、弾力があるよ』

 レベッカちゃんはグミスリル鋼を溶かして、体内に取り込む。

「そのままだね、レベッカちゃん」

 魔剣に食レポなんて、求めるべきではなかったか。

『これを鍛冶で加工となると、結構な熟練度が必要だろうね』

 理想の形に固定するには、高い技術とタイミングが必要だろうとのこと。

 素人のわたしがいじくりまわさない方がいいね。
 このまま持ち帰って、ヘルムースさんに仕上げてもらおう。

「フルーレンツさんも、それでいいかな?」

「構わない。我にとってのヨロイを作ってもらえるだけで、満足だ」

 というわけで、アイテムボックスに入るだけグミスリルを入れた。
 それでも、少ないけど。

「クレアさん、無事ですか?」

「ええ。最後まで、ほぼ無傷で済みましたわ」

「そうですか。あとは、ミスリルを持って帰りましょう」

「はい。五番で岩壁を砕けば、よろしくて?」

 発想がゴリラすぎ!

 

 ツヴァンツィガーに帰宅後、ヘルムースさんに加工をお願いする。

「ええ状態じゃ。若干、闇の魔力がこもっておったようじゃが、キレイに祓われておる」

「一応、下処理はしといたよ」

 レベッカちゃんに頼んで、鉱石にこびり付いていた邪気は消し飛ばしてもらった。
 そういうことも、レベッカちゃんはできるのである。

「お前さんたちは、いいのかい?」

「まずは、ヘルムートさんにヨロイをお願い。わたしは、レベッカちゃんの強化方針に着いて、話し合うよ」

「ええじゃろう。レベッカは、ワシの手には負えん。その魔剣は、ワシらドワーフにとっては武器には見えん。魔物を剣という形に押し込んで、『これは剣だ』と言い張っているようなものなんじゃ」

 それだけ、得体のしれないものだったとは。

「じゃが、【サイクロプス】という鍛冶の怪物なら、あるいは魔剣を打てるかもしれん。こんな上等な品を、ヤツにくれてやるのは惜しいがのう」

「サイクロプス? 魔物じゃん」
 
「魔には魔、魔剣には魔物じゃ」

 闇のアイテムなら、闇の住人の方が詳しいと。

「サイクロプスなんて、どこに住んでいるの?」
 
「ここから北に向かって、一ヶ月弱馬車で進んだ先にある、火山ぞい。その前に魔女の山があるゆえ、先へは進めんぞ」

 結局は魔女を倒さない限り、レベッカちゃんの強化は見込めないと。

「魔女はサイクロプスを抑え込んで、どうする気なの?」

「魔物を抑えとるんじゃなくて、交易路を分断しとるんじゃ。北にこちらの商品が、渡らぬようにしておる」

 そういえば、「西にある領地も飢饉に見舞われた」って言っていたなあ。

「結構、経済的にヤバいわけ? このあたりって?」

「ツヴァンツィガーだけが、発展しておる状態じゃ。他の国は、ツヴァンツィガーの経済力に依存しておる」

 周囲はあんまり、いい環境ではないみたいだね。
 
「それゆえ、ツヴァンツィガーへの風当たりが強くなってきておる。どうしてこちらばかりが栄えているのかと」

 この国は、何も悪いことはしていない。
 ただ、環境がいいだけ。
 世界的に見ても、かなりいい立地に立っている。
 なにより、国自身が努力していた。

 しかし、他の国はそこまでの成長はしていないらしい。
 自国の努力を、怠っているせいだ。

「じゃがツヴァンツィガーは文句の一つも言わず、支援を続けておる。自国も、魔女の侵攻に備えておるというに」

「大変だね。王様も」

「うむ。ようできたお方じゃて」

「さて」と、ヘルムースさんが、ヒゲをなでた。

「そういえば、キャルよ。見たこともない商人が、王城へ向かったのを見たぞい」





 ツヴァンツィガー国王の前に、東北東から来たという商人がやってきた。
 王の娘のために、贈り物があるという。
 
「いやはや。お会いできて、光栄にございます」

 細目の商人が、国王の前にひざまずく。

 白々しい。なにか動きを見せたら、いつでも動く。

「今日は、支援のお礼として、珍しい品々を献上しに参りました」

「うむ。大儀であるぞ」
 
 だがこの商人は、少しもスキを見せない。

 いったい、何が目的だろうか。

 グーラノラには、「怪しいやつでも通せ」と言ってあった。

 王城で迎え撃てそうなら、この王自らが行動すると。

 この商人も、気配からして危なっかしい。

 持ってきた品々に、危なげな気配はしなかった。
 どれも貴重で、ツヴァンツィガーではあまり見られない品ばかりである。

 彼のいる国を支援していたのは事実だ。
 隣にいる貴族は、何も知らなそうである。
 城攻めをしに来た気配は、ない。

 だが、なぜか嫌な予感だけがよぎる。

 せめて、娘に危害が加わらないようにせねば。

「最後に、こちらはお嬢様に。クマのぬいぐるみでございます」

 目の部分に、魔法石を縫い込んだものらしい。

「クリームヒルトは、どこだ?」

「中庭にて、遊んでおいでです」

 王はグーラノラに指示を送り、クリームヒルトの元へ案内させた。
 商人ともども、中庭へ。

 我が娘クリームヒルトは、中庭で人形たちと会話をしていた。
 おままごとではない。勉強をしている。
 人に教えると、自分の身に定着するという理論を、実践しているのだ。

 クリームヒルトは、商人と貴族に一礼をする。

「さあ、その人形はお前のだという。大事にするのだぞ」

 ぬいぐるみを見ると、娘がうれしそうに笑った。

 本当に、何事もない?

 だが、娘がぬいぐるみを商人からもらおうとしたときである。

 死神の鎌のような大きい釣り針が、クマのぬいぐるみめがけて飛んできた。

 しかし、驚いたのは次の瞬間である。
 ぬいぐるみがひとりでに動き、針を避けたのだ。


 釣り針を飛ばしたのは、白い着物を来た少女である。自分より背の高い釣り竿を、手に持っていた。
 
「そいつは、触らない方がいいでヤンスよ」

 そう語るのは、お供に付いている天狗(イースト・エルフ)である。

『ナンダ。東洋人ノ魔女と、天狗デハナイカ』

 転がっていたクマのヌイグルミが、立ち上がった。

『ワタシノ計画ヲ邪魔スルトハ。死ヌノガ怖クナイト見エル』

「うるせえでヤンスよ。魔女イザボーラ」

 魔女のイザボーラが、我が拠点に!

 東洋人の魔女とグーラノラが、二人で娘に結界を張ってくれた。

 一方、商人はすっかり毒気が抜けている。
 貴族は、腰を抜かしていた。
 どうやら、商人だけが操られていたようである。

「エルフの出来損ないが、ピーピー吠えるでないでヤンスよ。おとなしく、山へ帰るでヤンス」

『ヤカマシイ! ツヴァンツィガーヲ滅ボシテ、ワタシハ世界最強ノ魔王トナルノダ!』

「そんな姿で吠えられても、説得力がないでヤンスね」

『オ笑イダ! ワタシガ貴様タチゴトキニ遅レヲ取ルトデモ思ッテイルノカ? 何百年モ生キル、この魔女イザボーラガ!』

 クマのヌイグルミが気合を込めると、辺りが黒雲に包まれた。

『闇ノ使イ手デアルワタシヲ、王城ニ入レタ時点デ、既ニ貴様ラハ負ケテイルノダ! 受ケテミルガイイ。魔女ノ神秘ヲ!』

「ああ、魔女。誤解しているようで、悪いんだけど」

『ン? ナンダ?』

「お前を殺すのは、私じゃない」

『……ナンダ、トォ!?』
 

 クマのぬいぐるみが何かを問いかけようとしたとき、オレンジ色の光芒がクマの真上に落ちてきた。

 そのまま、クマは消滅する。

「あの、お話の邪魔だった?」

 落ちてきたのは、キャルという少女だった。
 彼女は魔剣で、クマのぬいぐるみを叩き潰したのである。
 
「いやいや。邪魔も何も。ベストタイミングでヤンしたよ。キャル殿」

 天狗が、キャルに向けてサムズアップした。
「えっと。コイツ、死んだの?」

 潰したクマのぬいぐるみを確認する。

「違うでヤンスよ、キャル。本体はまだ、生きているでヤンス」

 このぬいぐるみは、イザボーラが操っていただけだという。
 イザボーラはぬいぐるみを通して、幼いクリームヒルト様を傀儡にしようと企んでいたのだろうとのこと。
 
「間一髪だったな。グーラノラに、あえて危険人物でも通せと指示を出していたが、冷や汗が出たぞ」
 
「ぶっちゃけソレガシたちが戦わなくても、この神官殿で対処できたでヤンスよ」

 ヤトが釣り針を動かすタイミングで、グーラノラさんも動いていた。すぐに、クリームヒルト姫をカバーしていたのは見事だ。

「あの程度の人形なら、御せるかと思います。しかし、イザボーラ本体となると、私の手には」

 ツヴァンツィガーの総力をもってしても、足止めするのが限界だとか。

 そこまでなのか、イザボーラは。


「さて、危機は去ったんだけど……」
 
 この後、どうするか。
 グミスリル鋼のヨロイができるまで、レベル上げくらいしかやることがない。
 おまけにヘルムースさんは、わたしとクレアさん用のヨロイまで作ってくれていた。しかも、ミスリル銀製である。
 数が少ないグミスリルをフルーレンツさんだけに使うというので、お詫びも兼ねているそうだ。
 それでも、ありがたい。

 フルーレンツさんのヨロイを待たずに、敵の根城へ突っ込むことも考えた。

 しかし「やめたほうがいい」と、ヤトから止められる。
 
「わたしたちって、カリュブディスを倒したじゃん。あれよりひどい戦闘になると?」

「イザボーラは、当時の魔王と双璧をなす存在にまで、強くなっている」

 不完全だったカリュブディスとは、比較にならないという。

「でもイザボーラって、ただのエルフなんだよね? そんなに強くなった理由なんて」 
「ヤツは、魔剣を所持している可能性が高いでヤンス。その実態がわからない以上、ヘタに手出しはできないでヤンスよ」

 イザボーラとの戦いは、長期戦になりそうな気配がするとか。

 うーむ。こちらとしては早くツヴァンツィガーを発って、魔剣を強化したいのだが。

『また魔剣と戦えるってのかい? 腕が鳴るねえ!』

 レベッカちゃんは、まだ見ぬ強敵に、胸を踊らせていた。
 こういうとき、戦闘狂は気楽だなあ。


 それはそうと、フルーレンツさんの様子がおかしい。
 ずっと、コーラッセンのある方角を見つめていた。

「フルーレンツさんは、故郷が恋しい?」

「おお、キャル殿。どうだろう? 我がどう願っても、コーラッセンの民が戻ってくるわけでなく」

「でも、故郷がボロボロの状態って、さみしいよね」

 わたしにできることは、あるだろうか?


「いっそさ、復興させる? モンスターの街にしちゃうとか」

「できるのか?」

「一応、街としての機能は、回復できるかも」

「おお。すばらしい!」

「ただ、建国許可は必要かも」


 わたしは、再び王城に向かった。
 王様に、事情を説明する。
 クリームヒルト姫を助けたことで、わたしは王城にてほぼ顔パスになっていた。

 それでも、教頭先生にかけてもらった【緊張を解く】永続魔法がなかったら、話すこともできなかっただろうね。
 
 
「……というわけなんですが」

「たしかに、ファッパとツヴァンツィガーとの間にパイプがあれば、色々と助かるな」

 とはいえ「魔物ばかりの街」となると、複雑な顔をした。
 
 すいませんねえ。なにぶん、味方がアンデッドばかりなもので……。

「コーラッセンとしては不可能だが、別の都市として再生なら、考えてもよかろう」

「本当ですか?」

「うむ。他の国家との共有財産にしようかと」

「いいですね!」

 建築自体は、わたしたちの率いるスパルトイでやってみる。

 フルーレンツさんが率先して、スパルトイたちに指示を送った。
 古い王都として再生ではなく、新しい過ごしやすい土地を目指している。
 枯れていた畑も、わたしたちで耕す。

『オラオラ! ヤキを入れるよ!』

 レベッカちゃんが雑草を焼き尽くし、クワに変形して土を掘った。
 農具にまで変形できるとか、レベッカちゃんは何者なんだろうか? ヘルムースさんがいうように、マジで魔物を魔剣の形に固めた存在なのかも。

 建物の建築や水車小屋の設計は、フワルー先輩やシューくん、クレアさんが手伝ってくれた。
 
「ゴハンができましたよー」

 わたしは、(ひしお)を使った焼きおにぎりを、みんなに振る舞う。


「ああ、うまい! この一口のために生きとるわ」

「おおげさなんですよ、先輩は」

「せやけど、あんたはホンマにええ嫁はんになるで。冗談抜きで」

「ヤですよー。特定の人と添い遂げるなんてー」

 わたしは魔剣作りの旅がしたくて、家を飛び出した。
 今更、誰かの伴侶になるなんて、考えられない。
 

 
 王様たちは、他の国から移住したい人を、募ってくれるそうだ。

 これは、デカいプロジェクトになりそう。

「よろしいのだ。国家間との交流も、マンネリ気味だったのでな」

 ファッパには、ヤトとリンタローが呼びかけてくれるそうだ。
 財団にも、協力してもらうという。


「一つの王国が管理するとなると、誰が統治するか揉めそうだったのです。が、財団の所有する土地として活用するなら、問題ないかと」

 シューくんが、そう提案してくれた。

 財団は、各地に点在している。
 各国家の商業と連携して、ショップを管理すればいい。


「だんだん、話が大きくなってきたね」

『街の完成が、楽しみになってきたよ!』

 廃墟だった王国が、街として活気を取り戻していく。


 街がすっかり新しく生まれ変わった頃、ようやくグミスリルを使ったヨロイが完成した。

「あの化け物が着ていたものより薄いのに、強度が増しておる。かたじけない」

「いえ。気に入ってくださったなら、なにより」
 
 
 わたしたちの装備も、一新される。

「レベッカの方は扱いに困ったが、お前さんが打ったこの……名前なんだっけ?」

地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)ですわ」

 クレアさんがわたしに代わって、魔剣の正式名称をヘルムースさんに教える。

「おお。まあこの……魔剣の方な。こちらは武器の寄せ集めだったから、鍛え直すことはできたわい」

 見違えるほどに、地獄極楽右衛門は磨きがかかっていた。
 構造が、最初から見直されている。
 驚いたのは、五番の棍棒が回転式になっている。表面が互い違いに回転することにより、武器破壊の仕方が前よりはるかにえげつなくなった。しかし太い刃物とすることで、剣に見えなかった問題も解決している。

「すばらしい発想ですわ。ありがとうございます、ヘルムースさん」

「すごい。これは、鍛冶屋の発想だね」

 鍛冶師といっても、装備品ばかりを扱うわけじゃない。歯車などを作るときだってある。
 わたしたちが街を作っている間も、歯車などを加工していた。

「お前さんたちのおかげで、ええ気分転換になったわい。ありがとうよ」

「いえいえ。ヘルムースさんが天才なんだって」

「ぬかせい。この魔剣は、お主のトンデモ発想じゃろうが。ワシは、それを剣として扱いやすくしたまでのことよ」

 魔剣を一から作るというのは、やはりなかなか難しいという。

「ましてワシは、歳を取りすぎてしもうた。頭でっかちってやつよのう」

「でもすごいよ。長年の経験から、この魔剣の良さを引き出してくれたんだもん」

「ありがとうよ。そう言ってもらえると、鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ」
 

 何度もお礼を言って、わたしたちはヘルムースさんの鍛冶屋を後にする。


「準備完了でヤンスか?」

「うん。行こう」

 あとは、次の目的地への道を邪魔をしている魔女イザボーラを倒すだけ。

(第五章 完)
 コーラッセンの街が、ある程度まで復旧した。
 といっても、ちょっとしたバザーテントが大量にできているだけだが。
 それでもこの間まで、廃墟だった街である。
 今では商人たちのおかげで、活気が溢れていた。

 ミスリル銀製のアイテムなどは、こちらでも売買している。

 コーラッセンとグミスリル鉱山は、ツヴァンツィガーを挟まない位置にあった。
 ツヴァンツィガーによる独占なんて、発生しない。
 魔女イザボーラの手が入らなくなったことで、国家間によるミスリル争奪の緊張は解けた。
 グミスリルはツヴァンツィガーというか、フルーレンツさんが独占してしまっている。だが手に入れたところで、どの国でも加工が難しい。結局、ヘルムースさんらドワーフの手に委ねられるのである。

「そうじゃ。キャルよ、お前さんのヨロイもできあがったぞい。渡し忘れとった」

「ありがと……う」

 ヘルムースさんの作ったアーマーを見て、わたしは絶句した。

 相変わらずの、メイドビキニアーマーとは。

 このヨロイの存在は、忘れていたかったよ。

「あんたもヘンタイかいっ。っての」

「違うわい! ワシはオーダー通りに作ってやっただけぞい」

「オーダーって?」

 ヘルムースさんは親指で、クレアさんを指し示す。

 ああ。あの人の依頼なら、断れないよね。
 しかも、アーマーの完成度といったら。
 やはりというか、当然というか。わたしが錬成するより、強度がアップしている。
 さらに、外れにくいというスグレモノ。
 なのに、布面積はわたしの手製よりやや小さめというね。
 職人芸だよ。
 
「このこだわりは、やっぱりヘンタイじゃないと」

「違うっちゅうんじゃっ。ワシはヨメ一筋じゃて!」

 でも、気合の入り方が違うんだけどなあ。

「それはそうと! ツヴァンツィガーの兵隊が、イザボーラの棲む洞窟に突撃したそうじゃ」

 複数の冒険者とともに、ツヴァンツィガーが攻め込んだという。

「結果は?」

「各フロアのガーディアンを、破壊できたそうじゃ」

 さすがにグミスリルの鉱山を守っていたヤツラよりは、弱かったそうな。
 ましてこちらは、ミスリルで武装した集団だもん。

「じゃが、出口が見つからんとな」

「そうなんだ」

 雪山は迷宮となっていて、ここを突破しないと魔女の宮殿にたどり着けない。
 しかし、その迷宮の攻略に手間取っているという。

「リンタローとヤトが先んじて攻略を開始しておるが、時間がかかりそうじゃ」

「わかった。合流するよ」

 お弁当を作って、雪山を突破しに向かおう。

「クレアさん、ダンジョンに行きましょう」

「ですわね。やはりワタクシ、待機していられる性分ではありませんわ」

 わたしたちは、いわゆるボスキラーだ。

 なのでリンタローとヤトは、わたしたちに待機しておいてくれと言った。
 自分たちで露払いをある程度行い、切り札であるわたしたちに、魔女をたおしてもらおうとしていたようである。

 しかし、想像以上にダンジョン攻略に難航しているようだ。


 雪山のダンジョンに、到着した。

 やや肌寒いが、レベッカちゃんで体温調節できるので、寒さは気にならない。

「クレアさんは、どうですか? 寒いんじゃ」

「いえ。このくらい、どうってことありませんわ」

 本当に、寒くなさそうだ。

 クレアさんの全身は、ミスリル製の胸当てである。
 ほかは、金属を編み込んだミニスカートだ。

 わたしのメイドプレートもそうだが、全体に「地獄のヒスイ(アビスジェイド)」を施してある。流体状態にして、アーマーの周囲を常に駆け巡っているのだ。これによって魔法攻撃力アップするだけでなく、常に魔法障壁を張って防御面の向上までこなしている。装備が軽いので、敏捷性も高い。
 おまけに、クレアさんのブーツは特注品だ。魔法石による強化はもちろん、ヘルムースさんがアーマーに施した処置を、ブーツにも同様に仕込んである。
 弱いわけがない。


「行きます、クレアさん」
 
「ついて参りますわ、キャルさん」


 わたしたちは、ダンジョンに入る。

 暗くて、先が見えない。

 こういうとき、テンちゃんの光る目は便利だ。
 光を常に照らしているのでモンスターには襲われるが、その都度蹴散らすから問題ない。

「キャル、こっちでヤンス」

「おなかすいた」

 少なくともあいさつしてきたリンタローに対し、ヤトはマイペースである。

「はいはい。安全な場所に移って、ゴハンにしよう」


 わたしたちは、ヤトたちと合流して、昼食にする。
 ちゃんと、他の冒険者の分だって、もってきてるんだから。

「並んでくださいね」

『横入りするヤツは、メシ抜きだからね!』

 おっかないレベッカちゃんの罵声に、冒険者たちが震え上がった。

 まあ彼らからしたら、バカでかいネコが怒鳴り散らしているように見えるから、しょうがない。

「ところで、どんな感じ?」
  
「危険なトラップはないでヤンス。ボス部屋なんかも、なさそうでヤンスよ」
 
 となれば、魔力の温存とかはしなくていいっぽいな。

「ところが、仕掛けが難しい」

 純粋魔法使いのヤトでさえ、手を焼くほどの要素があるという。


「全っ然! 単語が、わからん!」

 おそらく出口につながっている扉にある文字が、どうあっても解読できないらしい。

「見せて」

「うん、そこにコンソールがある。そこの文字」


 ヤトに案内してもらった場所に、辿り着いた。

 敵は倒してくれているので、めちゃ安全に到着する。

「うわああああ」

 思わず、ため息が漏れた。

 着いた場所は、ステンドグラスの間である。
 万華鏡のように形を変える鏡が、行く手を遮っていた。

「これ、氷だ」

「そう。【永遠の氷】。【原始の氷】でも破壊できない、究極の氷。行く手を塞ぐのに、最適」

「詰みじゃん」

 もし、ここを通れなければ、何ヶ月もかけて山を登る必要がある。しかも、人が通れる道ではない。別口から山にトンネルを掘ることも、不可能だ。
 
「開く手段はある。でも、解読できる相手がいない」

 ヤトが、ため息を付く。

「これは……我に任せよ」

 ステンドグラスのそばにあるコンソールに、フルーレンツさんが立つ。

「永遠の氷よ。今、雪解けのとき……」

「読めるの?」


「これは、古代コーラッセンで使われていた言語だ。何千年も昔の」

 さらにフルーレンツさんは、コーラッセンの言葉を読み上げた。

「今こそ裂け目を抜け、魔女を討たん」


 ズズズ……と、氷の万華鏡が開く。やがて、氷の結晶による道ができあがった。


「すごいでヤンス。古代コーラッセンの言語なんて、天狗(イースト・エルフ)にさえ、伝わっていないでヤンスよ」

「古代コーラッセン語なら、読むものはいないと踏んだのだな。だから我を目覚めさせ、傀儡にしたのだろう」

 自分の根城を守るために、古代王国の言葉を利用するとは。

『こざかしいヤロウだね?』

「うん。絶対、やっつけよう」

 大切な故郷の言葉を利用された、フルーレンツさんのためにも。

 雪山のトンネルを抜けると、真っ白い洋館が見えてきた。
 木でできている屋敷だが、すべてが雪でできているかのように、白い。
 
 
「ここから先は、私たちだけで行く。みなさんは、帰って」

 ツヴァンツィガーの兵隊に、ヤトが告げる。

「いいのか? ツヴァンツィガーとしては、なんとしても魔女を叩かねば」

「どちらかというと、私たちがいない間に城を守ってほしい。魔女を警戒しつつ、ツヴァンツィガーを守るなんて器用なマネはできない」

 ヤトが、ここまで気を張る相手なんだ。魔女イザボーラって。

「わかった。国王には報告しておく。ご武運を」

 ツヴァンツィガー兵は、去っていく。

 わたしたち以外の冒険者も、帰っていった。
 自分たちが足手まといだと、思ったのだろう。
 エントランスに入る。

 内部は、普通に貴族のお屋敷みたいだ。
 しかし、明かりがついていない。薄ぼんやりとしか、周囲が伺えなかった。
 
『暗いね。キャル』

「うん」

 わたしは天井に向けて、照明用の火球を飛ばす。
 シャンデリアに、火が灯った。

「像ばっかり」

 四本脚の魔物や、ヨロイを着た兵士の像が、こちらを囲んでいる。

 エントランスの広さも、ダンスホールってレベルじゃない。闘技場みたいな広さがある。

 明らかに、館の外観とは不釣り合いだ。

「屋敷全体を、異界化している。元はただの洋館。しかしその実態は、凶悪な実験場」

 ヤトが釣り竿で地面を叩き、屋敷の内部を調査する。
 根城をダンジョン化し、人を寄せ付けないようにしているらしい。
 
 
「よーく、ここまで来たわね。褒めてあげるわ」
 
 
 踊り場に、魔女イザボーラが姿を表した。
 ロングヘアの銀髪を、丸くまとめている。
 顔に薄手のヴェールを被っているため、顔はよく見えない。
 しかし、かなり年老いているのはわかった。
 エルフは長寿ときくが、イザボーラはかなり高齢の老婆に見える。
 肌はきれいなものの、身体は枯れ枝のように貧相だ。
 
『魔剣に、生気を吸われているんだね。あのヤロウ、かなり極悪な剣を拾ったみたいだよ』

 レベッカちゃんが、魔剣があることを探知した。

「魔剣の存在が、わかるの?」

『わかるさ。隠されてはいるが、ビリビリって伝わってくるよ』

 手には持っていないが、どこかにあるはずだとのこと。

「絶大なパワーを手に入れた代わりに、身体は崩れかけている」

 ヤトの分析だと、もう長くはないだろうとのこと。
 魔剣にムリヤリ、生かされているだけらしい。
 
「悪いことは言わないでヤンスよ。魔剣を手放したほうがいいでヤンス」
 
「なにをバカな。あんな凄まじいパワーをくれる魔剣を、そうそう手放せるもんですか!」

 リンタローの説得も、イザボーラには届かない。
 
「そのせいで命を失っては、元も子もないでヤンスよ」

「くだらない。最強のためなら、死んでも構わないわ」

 イザボーラは、紫色の魔力を手から放つ、魔物の像たちに、自身の魔力を注いだ。

 像だったモンスターたちが、動き出す。

「目障りな侵入者を、食ってしまいなさい」
 
 イザボーラは、奥へと引っ込んでいく。

「自分の身体さえ実験道具にしているやつに、説得はムダ。倒すしかない」

「しょうがないでヤンスね。ヤト。派手に参るでヤンス」

 リンタローが着物を脱いで、身軽になった。着物を変形させ、鉄扇を装備する。

「【絶風陣(ぜつふうじん)】!」
  
 風魔法で、リンタローが竜巻を起こす。

 だが兵士は、リンタローの魔法を盾で簡単に弾いた。
 
「おお、あれは、グミスリル鋼でヤンス!」

 敵が、ランスで突き攻撃をしてくる。
 リンタローが、鉄扇で相手の攻めを受け流した。

「敵にすると、厄介でヤンス」 
 
「ならこの新しい五番を、試しますわ」

 クレアさんが、トートに五番を用意させた。棍棒を囲んでいる歯車に、魔力を込める。

 歯車が、回転を始めた。

 クレアさんが、兵士に棍棒を叩き込む。

 当然、兵士は盾で防いだ。

「愚行ですわ」

 回転する棍棒は、盾を腕ごと巻き込んでいった。

 兵士が、回転棍棒に吸い込まれていく。
 
 魔法攻撃を受け付けなかったグミスリルの兵士を、クレアさんは回転する棍棒で粉々にする。
 
「なんて、凶器なんでヤンスか」
 
「狂人相手には、これでも優しいくらいですわ」

 クレアさんはもう二、三体の兵士を、破壊した。

 残りの兵士たちが、四本脚の魔物に取り付いた。

 ただの大きなヤギらしき魔物が、巨大なキメラへと変わる。
 胴体に獅子の頭が生えて、尻尾がヘビに。翼まで生えた。
 
 キメラが、空を飛ぶ。獅子の口から、火炎弾を撃ってきた。

「おっと! 【風の壁】でヤンス」
 
 鉄扇をブンブンと振り回し、リンタローが風で障壁を作る。

「任せてよ!」

 わたしも【第三の腕】を操作して、火球を防ぐ。

「【アイスジャベリン】」


 釣り竿を振り回し、ヤトが釣り針から氷のヤリを無数に放った。
 炎には、氷とばかりに。
 リンタローの風の力も借りて、連射速度もアップさせた。

 だがその攻撃も、グミスリルに包んだ肉体には通じない。

「面倒」

「我に任せよ」

 防御で動けないわたしの代わりに、フルーレンツさんが飛び出した。

 グミスリル鋼で作られた剣を、空中のキメラに打ち込む。

 翼を切られたキメラが、落ちてくる。
 着地はしたが……。

『そこはもう、地獄の一丁目さね!』

 レベッカちゃんが、既にダメージ床を形成していた。

 マグマのようなダメージ床に落ちてキメラがもがき苦しむ。
 こちらへ火球を打ち出しても、地面で燃え盛る黒い炎に阻まれた。
 
【原始の炎】による攻撃は、頑強なグミスリル鋼さえ通す。

「どえらく、成長したでヤンスね。キャル殿」

「レベッカちゃんが、アビスジェイドを食べたせいかな? めちゃレベルアップして、変身しても燃料切れにならなくなったんだよね」

 これでいつでも、レベッカちゃんと入れ替わりが可能だ。
 魔力消費に、気をもむ必要もない。

 燃費が悪い【原始の炎】は、本来持続ダメージを与える魔法には使いづらい。

 ヤトもあまり積極的には、【原始】の力を使っていなかった。
 純粋な魔法使いであるヤトでさえ、原始シリーズの魔力消費はキツい。

 しかし、レベッカちゃんは【アビスジェイド】を大量に食っている。
 そのため、最大魔力量が尋常ではない。

 キメラがドロドロになるまで、ダメージ床は存在し続けている。

 結局最後まで黒い炎の床から脱出できず、キメラは生命活動を停止。粉々に砕け散った。

 ドロップしたグミスリル鋼を手にとって、二階へ上がる。
 
「また、レベッカやキャルが化け物になりつつあるでヤンス」

「化け物というか、バカ。でも、こんなことなら私もアビスジェイドを妖刀に食わせればよかった」

 リンタローとヤトから、辛辣な褒め言葉をいただく。

『やめときな。妖刀が腹を壊すだけだよ。こんな芸当、後先考えてないアタシ様だからこそやれるのさ』
 
 
「そうそう。化け物は、レベッカちゃんだけで充分だよお」

『なにを言ってるんだい。そもそもアタシ様を導いているのは、キャル。アンタなんだからね』
 
「えー。責任転嫁しないでよー」

 談笑しながら、長い廊下を進む。

「私が恐れているのは、魔剣レベッカにすべてを委ねているのに、あなたが正気を保っていること」

 ヤトが、核心をついたような言い方をする。

「それは、わたしも思ってるんだよねえ」

 これまでかなりの頻度で、魔剣に依存してきたんだ。今頃、魔剣に命を乗っ取られてもおかしくはない。
 だがレベッカちゃんは、わたしに取って代わろうとまではしない。

『アタシ様自身、自分が何者かわからなくなってきてね。キャルと二人三脚している方が、アタシ様も正気でいられるのさ。キャルの世話になる方が、色々と便利だと分かってきたからね』
 
「もうなんか、友だち感覚なんだよね。二人で一人って方が、自然っていうか」

 魔剣とこんな関係になるなんて、夢にも思っていなかったけどね。

「それにしても、静かですわ」

 クレアさんが、歩きながらつぶやいた。

 番犬を退治してから、敵が出てこない。
 あの勢力だけで、勝てると思っていたのだろう。
 魔物を一切、配置していなかった。

「キャルさん、見えてきましたわ」

 クレアさんが、ひときわ豪華な扉を発見する。

 ドアを開くと、広い場所に出てきた。

 部屋の奥に、魔剣が飾られている。

「なんとも、骨ばっていて禍々しいでヤンスね」

「変わった形だね。剣の先に、剣先が装着されているよ」
 
 剣の上に、小さいナイフの刃先を取り付けたような感じに見えた。

「きっと、魔剣の魔力を触らないように、別の剣で補強したんでヤンスよ」
 
 魔剣の先が、オレンジ色に輝く。

 レベッカちゃんに反応するかのように。

『あれは、レーヴァテイン!』
 魔剣レーヴァテインが、魔剣の刃とつながっていると、レベッカちゃんは言う。

「レベッカちゃん、間違いないの?」

『同じレーヴァテインだから、わかるのさ。キャル。あれは、正真正銘のレイーヴァテインだ。あんな小さいナイフでも、ね』

 確信めいた口調で、レベッカちゃんは告げる。

「でも、伝説上の魔剣でヤンスよ」

『だから、レーヴァテインはヤバイのさ。おそらくどこかから飛来して、こっちの世界に実体化したんだな』

 なんらかの手段を用いて、おとぎ話の世界を飛び越えてきたってこと?

 そんなトンデモ平気だったなんて、ありえない。

「多分だけど、【こちらとは違う世界】ってのは、本当にあるんだと思う。そこからなにかの手段を用いて、こっちの世界に運ばれてきたのかも。レベッカちゃんも」
 
 わたしなら、そっちの説を信じる。
「フィクションから実体化しました」なんてナンセンスな理屈より、よっぽど筋が通るよ。

「レベッカは、こっちに来た記憶はない? あなたは魔剣本人。こちらの世界にやってきた経緯だって、思い出せるはず」
 
『あいにくだけど、覚えていないんだ。まったく。アタシ様がこちらにやってきた目的も、あいまいなのさ』

 ただひとつ言えるのは、レベッカちゃんはレーヴァテインの【影打ち】……つまり、試作品であること。
 また、あの魔剣もレーヴァテインであることだけだ。

「あっちのレーヴァテインが影打ち、って可能性は?」

『さてね。しかし、アタシ様よりよっぽどヤバイ瘴気を放っているよ。話せばわかるなんて、言えないねえ』
 
 どうあっても、魔剣とは戦うしかないみたいである。
 
 
「それにしても、大きい魔剣でヤンス」

 リンタローが、レーヴァテインと接続された魔剣の感想を述べた。
 
 魔剣と言うより、【戦斧】と形容してもいいだろう。
 それも、ミノタウロスが使う得物より大きい。軽く、二倍くらいはあるだろう。

 刀身も一応あるから「剣」の形はしている。だが、実際の刃はレーヴァテインだけのようだ。

 あんなナイフくらい小さい刃を、五メートル位の戦斧に繋いである。

 あれほどの処置を施さないと、扱えないとは。
 レーヴァテインは、危険きわまりないアイテムだというわけか。

「台座の隣に、鉄製の像が座ってるでヤンス」
 
 魔剣の右隣には、鋼鉄でできた巨人が鎮座していた。
 あの魔剣を持ち上げられそうなくらいの、大きさである。

 わたしたちが知っている、どのヨロイとも違った形をしていた。
 表面がシャープではなく、分厚い盾を全身に装備しているかのような形状だ。明らかに、人が装着するように想定していない。

 悪魔にでも着せるつもりなんだろうか? 
 いや。イザボーラはグミスリルの鉱山で、ヨロイを悪魔に着せていた。
 しかしこのヨロイは、誰が着るイメージで作られたのだろう。

 ヨロイ姿の巨人と言うより、ゴーレムを思わせた。
 だが、ゴーレムとはもっと無骨なものだ。こんな城塞じみた造形にはならない。
 妙な角やトゲなどが、頭や背中から突き出ている。羽のない翼まで、背面に装備していた。

 ああいうのを、「近未来型」というのだろうか?

 レーヴァテインの放つ瘴気に当てられているのか、右半身だけ歪な形に変形していた。
 魔剣と同じように、禍々しさで満ち溢れている。まさに、悪魔を具現化したかのような。

 
「キャル。あの像、グミスリル製」

 グミスリルが歪むくらい、レーヴァテインの放つ毒はエゲツナイと?
 
 使ってみてわかったが、グミスリルは魔法抵抗力が高い。
 そのミスリルが、あんな形になってしまうなんて。

「そのとおりよ」

 台座の間に、老婆の声が響き渡る。

 どこからだ? 

 あたりを探すが、声の主が見当たらない。
 
「キャルさん、あそこに!」

 クレアさんが、巨人の肩あたりを指さした。
 
 巨人の首の横に、さっきの老婆が座っている。

「逃げずに、よく来たわね。この魔女イザボーラに挑もうなんて」

「イザボーラ。ツヴァンツィガーを襲うのはやめるでヤンス。もうあなたは各国から囲まれているでヤンスよ」

「上等だわ。返り討ちにしてやるから。それに、向こうから出向いてくれるのなら、アタシがわざわざ向かう手間も省けるというもの」

「そんなヨボヨボの身体で、なにができるっていうんでヤンス?」

「できるわ。自分で魔剣に触れられないなら、扱える道具を用意すればいいのよ!」


 鉄の像が、立ち上がった。手に、魔剣を持つ。
 

「これぞ、抗・魔剣レーヴァテイン用決戦ミスリルゴーレム。ヘパイストス!」

 ミスリルゴーレムの表面に、更にグミスリルをコーティングしているのか。 

「なるほど。グミスリルを集めていた理由がようやくわかったでヤンスよ。キャル殿もわかったのでは?」

「うん。今、思い知ったよ」
 
 ミスリルよりさらに強固なグミスリルで、魔剣や巨人を補強したんだ。
 魔剣に抵抗できるように。 

 鉱石にはない柔軟さで、グミスリルがねじれて歪んでしまっている。
 まるで生き物になってしまったかのように。

 いや、あれは……魔剣は、生き物になっている!

「レーヴァテインを離して! もうそれは、あなたの手に負えないよ!」

「うるさいわね、小娘が! 天才であるアタシが、魔剣レーヴァテインごときを使いこなせないと思っているのね?」
 
 イザボーラが、巨人の背後に乗り込んだ。

 かと思えば、中央の一つ目ライオンの目に移動してきた。

「行きなさい、ヘパイストス! この小娘たちを踏み潰しておやり!」

 二本の杖を操り、イザボーラが巨人に指示を送り込む。
 あの杖に魔力を送り込んで、この巨人を動かしているのか。

 手に持った魔剣を、巨人が振り下ろした。

「トートさん、五番!」

 クレアさんがさっそく、魔剣破壊兵器を試す。

「くっ!?」
 
 だが、魔剣殺しがドロっと溶けてしまう。


「ムダよ。喰らいなさい!」


 中央にある獅子の顔から、イザボーラが特大の火球を撃ち出す。

 全員が、その場から跳躍して散った。

 屋敷が破壊され、外への穴が開く。

「魔法も、魔剣レーヴァテインの力でパワーアップしているでヤンスよ!」

 上空で竜巻に乗りながら、リンタローが戦況を分析する。

「だったら、レーヴァテインを経由している魔剣を攻撃する」

 ヤトが、釣り竿を操作した。
 釣り糸を動かし、魔剣に巻きつける。

 原始の氷の力を全開にし、魔剣を固定した。
 
「トートさん、一〇番を。雷霆蹴り(トニトルス)!」

 クレアさん自らが魔剣と化し、巨人の持つ魔剣に必殺の蹴りを叩き込む。

 レーヴァテインには、クレアさんの蹴りさえも通じない。

 それでも――。

「捕りました」

 魔剣にヒビを入れることには成功した。さすがクレアさん!


「やるでヤンスね! 【竜巻】!」

 リンタローが竜巻でヤトとクレアさんを包み、避難させる。
 

「それでも、ダメージは少々って感じでヤンス。キャル殿!」


『わーってるよ! 最初からクライマックスでやらせてもらうさ!』

 レベッカちゃんがわたしと人格を交代して、魔剣に斬りかかった。

「ヤト、【原始の氷】もお願い!」

「了解!」

 魔剣のヒビに剣を執拗に打ち込みつつ、ヤトに【原始の氷】を込めた糸で同様に叩いてもらう。
【原始】の炎と氷との、ダブル攻撃である。

 究極の温度差には、いくらグミスリルでも対抗できなかったようだ。

 巨大な魔剣が、ボキリと折れた。

「バカな!? ヘパイストスの剣が!」

 しかし、イザボーラもあきらめない。直接、巨人にレーヴァテインを持たせた。

「こうなったら、直に攻撃を……!?」

 なぜか、巨人が魔女の身体を剣で貫いた。

 巨人が、イザボーラの制御を離れたのか?

「ど、どうし、て」







『わからぬか? もうハンデ戦ではないのだ』

 魔剣レーヴァテインの声は、レベッカちゃんの声に近かった。
 レーヴァテインが、ゴーレムを勝手に動かして、魔女イザボーラを刺したではないか。
 そんなことも可能なのか。

「拾い主の恩を、仇で返すの!?」

『オレサマは最初から、自立して動けるのだ。このように』

 ミスリルゴーレムが、イザボーラの指示なしでひとりでに動き出す。

『一人で勝手に、手足がなければ魔剣は動かぬと誤解していたに過ぎん。オレサマはレーヴァテインぞ。それくらいできずにどうするか?』
 
 たしかにレベッカちゃんは、わたしに憑依できるが。
 無機物まで操作するとは。

「このアタシを殺して、あなたが魔剣を維持できると思っているの!? ヘパイストスがなければ、あなたはただのデクノボウなのよ!?」

『心配をすることはない。この機動兵器の扱い方は、お前より知っている。安心して死ね』

 ミスリルゴーレムが、より深々と魔剣をイザボーラに突き刺した。

 イザボーラの肉体が、みるみるしぼんでいく。

『フン。大した魔力を持たぬくせに、支配者ぶるとは』

 ゴーレムが、イザボーラだったものから剣を引き抜く。
 亡骸をつまんで、ポイと外へ放り出した。
 
 自分を拾った相手すら、手にかけるとは。
 レーヴァテインの性格を見るからに、かなり危険な相手と見た。

「なんでヤツでヤンス」

「……あのさ、みんな」

 わたしは、みんなに提案をする。


「この魔剣とは、わたしとレベッカちゃんだけで戦いたい」

「なにを言っているのか、わかってる? キャル?」

 ヤトが猛反発した。

「相手は【原始の炎】を標準装備した、凶悪な魔剣。こちらは【原始の氷】魔法も持っている。束になってかかれば」

「それは、わかってる」

 おそらく集団で戦ったほうが、勝率は高い。

 しかし、どうしてもこの魔剣とは、二人だけで戦わなければならない気がした。

「フルーレンツさんも、いいかな?」

「我は、あなたに従うまで」

 まず、フルーレンツさんの承諾を得る。

「クレアさんは、どうですか?」

「キャルさんの行動で、間違っていたことは一度もありませんでしたわ」

 あれだけ好戦的だったクレアさんが、引き下がった。

「悔しいですわ。ワタクシでは、あの魔剣レーヴァテインに、傷一つ付けられないでしょう。それは、重々承知していますわ」

 クレアさんは、唇を噛む。よほど、悔しいのだろう。

「ソレガシは、あまり気が進まないでヤンス。合理的に戦うなら、少しでも勝率を上げたほうがいいでヤンスよ」
 
「私も、同意見。無謀な行為は避けるべき。あなたが負けたら、魔剣は外に出て、すべてを破壊していく。誰にも止められなくなる」

 外に危険が及ぶことを、ヤトとリンタローは懸念していた。
 一度妖刀に憑依されたことのあるヤトは、なおさらだろう。

「だからこそ、あのレーヴァテインとは一対一で戦わなきゃならない」

「キャル!」

「みんなの力を借りてばかりだったら、この先レーヴァテインがまた現れたとき、まともに戦えない!」

 ただでさえレベッカちゃんという、サンプル品のレーヴァテインを持っているのだ。
 なのに、戦闘になると周りに頼り切りなんて。

 これではレベッカちゃんの全力を、いつまでも測れない。

 この戦いは、レベッカちゃんの腕試しでもあるのだ。

『アタシ様がどこまでやれるのか、キャルの錬金術がどこまで通用しているのか、試すなら、まだレーヴァテインが欠片のうちしかないのさ』
 
 欠片の状態でも、レベッカちゃんの方が弱いとわかったら、すぐに応援してもらう。

 だが、手応えがありそうなら!


「これは、わたしたちのプライドの問題だよ。もしなにかあったら、お願い」

「わかった。好きにしたらいい」

 ヤトとリンタローは、同室にある【セーフエリア】まで下がっていった。

 ダンジョンには、セーフエリアという回復施設が自然発生する。
 闇の力が溢れる場所には、必然的に光の力も微量に集まるのだ。
 そうやって、ダンジョンの秩序は保たれている。
 たとえ魔剣でさえも、手は出せない。

『話し合いは、済んだか?』

「うん。あんたは、わたしとレベッカちゃんだけで相手をする」
 
『フン。試作品ふぜいが、オレサマにケンカを売るとは』
 
 ゴーレムが、イザボーラの使っていた魔剣にレーヴァテインを埋め込む。

『こおおおお!』

 魔剣から炎が吹き出し、質量のある炎へと変わった。

『これが、レーヴァテインの真の力だ! テメエのようなサンプル品とは、できが違うんだよ!』

『それは、アタシ様に傷をつけられてから言うんだね!』

『ほざけ、不良品がぁ!』

 ミスリルゴーレムが、剣を振り下ろした。叩き落とすというべきか。

 その剣を、わたしは片手でレベッカちゃんを構えて防ぐ。
 
 バシュッと、魔剣同士が炎を吹く。

『なんだと!?』

『質量を持った大剣なんてのは、こっちだって出せるんだよ! アンタだけの専売特許じゃないのさ!』
 

 この技術は、クレアさんの魔剣を作ったときにできた副産物だ。

 レベッカちゃんの刀身を主軸にして、炎に質量を持たせて巨大な刃にしたのである。

『ならば、どちらの炎が強いか試させてもらう』

『おうさ!』

 わたしとゴーレムで、炎の剣を打ち合う。

 いくら質量があるとはいえ、グニャグニャと曲がりながら叩きつけあった。

『なぜだ!? なぜゴーレム相手に、ここまで追随できるのだ!?』

『あんたのヨロイは強固な分、すっからかんなんだよ! がらんどうなのは、扱ってみたらわかるだろうが!』

 ミスリルゴーレムは、ほぼハリボテだった。中に魔物の骨を埋め込んではいるが。
 純粋に鉄の塊だったら、わたしも押し負けていたかもしれない。
 だが完全なミスリル銀ばかりでは、扱うにしても相当な魔力量が必要である。
 極力、薄手にしたほうが使いやすかったのだろう。

『ならば!』

 ゴーレムが肩から、二本の大砲を撃ち出す。

『おっと!』

 レベッカちゃんが、砲撃を側転で回避する。

 続いてゴーレムは、指から無数の炎の弾丸を撃ち出した。

 魔剣を回転させて、攻撃を弾き返す。
 
「この攻撃は……レベッカちゃん!」

『わかってるよ。キャル。あのヤロウ、「この世界にない武器」を使ってやがるね!』

 明らかに、この世界では追いつかない文明を利用している。

 わたしが適応できているのは、シューくんの発明を見ていたからだ。「シューくんなら、あんな武器は編み出せるだろう」と。
 
 とはいえ、しっかりとテストしていないのだろう。雑な攻撃ばかりが続く。

『そっちが邪道で攻めるなら、こちらも道を踏み外すよ!』

 レベッカちゃんが、地面に剣を突き刺した。
 ダメージ床を、形成する気だ。

『ちいい!』
 
 だが、ミスリルゴーレムは下半身を犠牲にして、飛行した。
 これも、わたしが見たこともない技術である。

『くらえ。【マジックミサイル】!』

 ゴーレムの下半身が砕け、破片が誘導弾となって襲ってきた。

 これは、レベッカちゃんでも防ぎきれない。

『とどめ!』 
 

 上空から、レーヴァテインの炎が振り下ろされた。

「わあ!」

 わたしの身体が、ふっとばされる。

「レベッカちゃん!」

 魔剣を手放してしまったため、わたしの意識が身体に戻ってきてしまう。

『手間を掛けさせやがって。だが、これでお前も、オレサマのモノだ!』

 ゴーレムが、レベッカちゃんをつまみ上げた。

 レーヴァテインの刀身へと、近づけていく。

 融合する気か。

……なんて、無謀な。
  
『ケケケ! 食えるもんなら、喰らってみな!』

 レベッカちゃんに、レーヴァテインが侵食していく。

『負け惜しみを……うっ! グヘエエエエエッ!』

 即座に、魔剣レーヴァテインはレベッカちゃんを手放す。
 その刀身は、ナイフより小さくなってしまっていた。
 
 やはり、食あたりを起こしたか。