「ヘルムースさん。これって、フルーレンツさんのヨロイにならないかな?」
 
 フルーレンツさんのヨロイに使えないかと、わたしは魔法石をドババと放出した。

「これは、翡翠(ヒスイ)かのう? しかも、アビスジェイドではないか」

 アビスジェイドとは、暗黒の魔力を吸ったヒスイのことである。
 
「キャルよ。こんな高価な魔法石を、どこで手に入れたんじゃ?」

「海底神殿だけど?」
 
 カリュブディスが根城にしていた、古代の海底宮殿から採取したものだ。
 魔王の魔力を蓄えているから、このヒスイには相当な力が宿っているだろう。
 実際、レベッカちゃんに可能な限り錬成してブチ込んである。
 
『形状が変わっちまうかもしれないくらいには、喰らい尽くしたねえ』

 レベッカちゃんも、満足げだ。

「ほほう。魔力効果としては、申し分ないわい」

 魔法石は石といっても、鉱石とはいい難い。
 あくまでも、魔法効果をもたらす石である。
 鉄のように頑丈ではないため、武器防具として扱うには加工が大変すぎる。

 用途は主に、鋼鉄製ヨロイのつなぎ目や、盾に直接取り付けて魔法を防ぐ障壁用が多い。
 武器なら柄・柄頭・鞘などの装飾として用いる。
 
「これだけ大量にあれば、ワシの工房にある鉄ヨロイすべてを賄えるわい。こんなにもろうて、ええんかの?」

 フワルー先輩のところに半分分けても、まだ余っていたもんね。

 ちなみにフワルー先輩は、魔法石の一部をゴーレムに変えていた。
 
「いいよ。その代わり、フルーレンツさんにいいヨロイをお願い」

「お安い御用じゃ。タダでもやってやるわい」

 それは、わたしたちが困る。

「ただ、フルーレンツ殿を、待たせるわけには行かぬ。王子よ。仮使いで悪いが、こちらを装備してくだされ。それでしばらく、ご辛抱を」

 ヘルムースさんが、一日だけ時間をくれという。
 アビスジェイドを粉にして、現存の全身ヨロイに流し込むそうだ。

「クレアさん、申し訳ありません。わたし、ここでずっと取材をします。宿に戻っていてください」

 長い時間見ていても、退屈に違いない。

 クレアさんには、トレーニングでもしてもらったほうが有意義だろう。

「ご心配には及びませんわ、キャルさん。ワタクシも、見学に参加いたします。お夕飯どきになったら、お教えいたしますわ」

 さすがクレアさんだ。自分の魔剣だけを見て、満足するような人じゃない。
 見識を深めて、さらに魔剣の上手な扱い方を学ぶつもりだ。

「ではクレア嬢は、我と剣術の稽古などはいかがか? 腕がなまっている感じがするのだ。手合わせ願いたい」
 
「はい。お願いしますわ」

 両者とも、ヘルムースさんから剣を借りて、庭に出ていった。
 

 ヘルムースさんが作業する間、わたしはずっと張り付く。
 魔剣の技を盗むためだ。

「ヘルムースさんは、魔剣って打ったことある?」

「似たようなものは、開発したことはあるわい」

 若い頃に打ったという剣を、ヘルムースさんが見せてくれた。

 一見すると、ただのレイピアと思われる。
 なのに持つと、ずっしりと重い。実際は軽いのに、手に全然なじまなかった。
 なんだろう。悪魔の魂が閉じ込められているみたいな、圧迫感がある。
 武器から拒否されているかのような、不快感があった。
 振り回したら、きっと自分を傷つけてしまうだろう。

「すごい。正直な話、レベッカちゃんよりずっと切れ味がよさそう」

『ドワーフが魔剣を打つと、こうなっちまうんだろうね』

 レベッカちゃん本人も、ヘルムースさんの腕前に感心している。

「とんでもねえわい。こんな駄作」

「駄作って。これが?」

 どう見ても、すごい剣ではないか。

「剣としてなら、こいつには強力無比じゃろう……という自覚はあるんじゃ。しかし、魔剣とはもっと、なんというかのう。怪しい魅力があるのじゃ」

 魔剣とは、言葉では表現しきれない危うさ、それこそ悪魔が取り憑いたような狂気が、刀身に内在するという。
 
「それに比べたら、お主の持つレベッカとかいう魔剣の方が、よっぽど危なっかしいわい」

「そうかな?」

「うむ。魔剣というのはのう、剣を作る工程とはまた違うのかもしれん」

 ヘルムースさんは鍛冶屋なので、装備品精製のセオリーに沿ってしか、武器・防具を作れない。
 だが魔剣となると、そんな常識をすべて捨てなければならなくなる。

「聞けばお主の剣、その工程を六〇〇〇通りも試しておると聞く。これは、常人の為せる技ではないぞよ。なんといっても、今まで編み出した六〇〇〇もの正攻法を、ことごとく捨て去って磨き上げた狂気の作品なんじゃからの」

 過程をすべて六〇〇〇回試して、その都度新しい工程を試しているのか。

「だからこそ、握りたくなる。たとえ、掴んだ瞬間に自身の魂を乗っ取られてものう。持ち手に触らせようとせぬ武器なんぞ、剥き身の刃と変わらぬ」
 
 そりゃあ、ヤバイ武器と言われても仕方ない。

「結局ワシは、魔剣の表面をなぞったに過ぎん。ただ強い武器が出来上がっただけなんじゃ。本物の魔剣打ちが見たら、鼻で笑うじゃろうな」

 ヘルムースさんが、自身を嘲笑した。

「でも、ヘルムースさんの武器はすごいじゃないですか」

「ドワーフの常識からすれば、そうかもしれぬ。その自負もある。だが、心を壊せと言われて、そうそう破壊できるもんじゃあるまい」

 これだけの名工をして、魔剣は作れないと断言する。
 
「ワシがお前さんにできるのは、せいぜい鍛冶のいろはを盗んでもらうことくらいじゃろうな」

 力なさげに、ヘルムースさんは語った。

「ありがとう、ございました」

 わたしは、言葉を失う。

 魔剣作り、奥が深いなあ。

 庭に行くと、クレアさんが汗だくになっていた。
 魔力を最大限に制御する訓練用ジャージを着ているとはいえ、クレアさんがここまでへバるとは。
 
「はあ、はあ。フルーレンツさん、ありがとうございました」
 
「うむ。かなりカンが戻ってきた。こちらこそ、ありがたい」

 一方、フルーレンツさんは涼しい顔である。

「宿に帰りましょう」

「もう、よろしいのですか?」

「これ以上いても、ヘルムースさんの集中を削ぐだけですので」

「そうですか。わかりましたわ。夕飯にいたしましょう」

 宿にチェックインして、酒場で晩ごはんを食べる。

「よく食べますわね」

「王城で緊張しすぎたからかも、しれません」

 今まで空腹だったことを忘れていたかのように、わたしはパスタやステーキをモリモリと食らう。

「キャルさん、なにかありましたのね?」

 やはり、クレアさんは敏い。
 わたしの変化を、敏感に感じ取ってくれた。

「ヘルムースさんから、魔剣は打てないと言われました」

 魔剣作りは、鍛冶の常識外だと。

「おそらく、相当の外法を用いないと、魔剣という非常識極まりない武器は作れないのでしょう。魔剣を打った本人も、おそらく正気を失うのかも」

 初めてわたしは、自分の行いに恐怖した。

 レベッカちゃんと、ちゃんと向き合っていなかったんだと、思い知らされている。
 
「そうですか。ですがキャルさんなら、きっと魔剣を作っても今まで通りですわ」

 わたしが自信を失っていると、クレアさんが励ましてくれた。

「だって、あなたとレベッカさんは、最初から一つの存在みたいでしたもの」

 そっか。
 わたしは、魔剣を作っているんじゃない。
 レベッカちゃんと一緒に、成長しているんだ。
 
「ありがとうございます。クレアさん。なんか、ヒントを掴めたみたいです」

「ウフフ。元気を取り戻せたなら、なによりですわっ」

 
 
 一晩寝て、再度ヘルムースさんの元へ。

 フルーレンツさんが、緑色の全身ヨロイに身を包む。

「感謝する。ヘルムース」
 
「とんでもねえ。キャルがダンジョンで金属を採掘してきたら、同じ素材で作りましょうぞ」

「ありがたい、ヘルムース。よろしく頼む」

「いえ。強い装備がなければ、魔女との戦闘どころではありませんで」

 いよいよ、魔女と戦うための素材集めだ。