ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

『キャル、まずはドワーフのじじいを、どけるよ』

「うん。でもジジイって……」

 まずは、スパルトイ軍団を召喚する。
 で、ドワーフのおじいさんを回収した。

「離せい。ワシはまだ、戦えるワイ!」

 味方なのに、ドワーフさんはスパルトイたちを腕で払い除ける。

『黙って言うことを聞きな、ジジイ! 邪魔だってんだ!』

 最終的に、レベッカちゃんがわたしを使って、おじいさんを足蹴にした。

「そこまでしなくても」

『ああいうのは、わかりやすくやった方がいいんだよ』

 それより注目は、目下の敵だ。

 スパルトイが寄り集まって剣士に斬りかかる。

 だが、ガイコツ剣士はスパルトイを歯牙にもかけない。斬ろうともせず、ただ払うのみ。

 とはいえ相手からの気合だけで、スパルトイたちは腰を抜かし、退散してしまう。


「だったら、ゴーレムを召喚して」

『あいよ。来な、ゴーレム!』

 感情を持たないストーンゴーレムなら、止められるか?

 しかし、結果は同じだった。
 剣士の圧倒的な魔力の前に、ゴーレムが硬直してしまう。

「召喚士のいうことより、あちらの気迫に負けるなんて」

『どうも、違うみたいだね。雷属性のせいさ』

 電撃を地面に走らせて、ゴーレムの可動部を制御してしまったようだ。

『とんでもないやつだよ!』

「うん。でもさ」

 わたしは、魔剣の心臓部に注目する。

『呪いだね。手練の剣士が、呪いでムリヤリ動かされているんだよ、きっと』

「わたしも、同じ意見だよ」

 あんな使い方が、呪いにはあるのか。

『魔剣の持ち主は、相当に性格が悪いよ!』

「だろうね。まずは、あの剣士をなんとかしないと」

 ガイコツ剣士を、呪いから解放してあげよう。

「まずは、相手の動きを止めて!」
 
『よっしゃあ。おらああ!』

 グレートソードほどの大剣同士が、ぶつかり合う。
 相手もこちらも、同じように片手で振り回していた。

 こちらは剣を逆手に持って、蹴りも攻撃方法に加える。
 ガイコツ剣士の持つ魔剣に足を乗せて、レベッカちゃんはローリングソバットを繰り出した。

 剣士は魔剣を地面に突き刺し、キック攻撃をこらえる。
 ムチャな体勢から、こちらにアッパー気味に斬撃を見舞った。

『なあ!?』

 あの状態から、持ちこたえるか。

 しかし、相手には脳がない。
 脳しんとうを起こさない相手に、こめかみへの攻撃は無意味だったか。

 あくまでも肉弾戦は、肉を持った相手を想定した攻撃法だ。
 まして、骨格を砕くという方法も、効果は薄いようだ。
 骨だけの相手なら、脳も血管もない。

 竜巻のような剣士の動きに、レベッカちゃんも翻弄されている。

 レベッカちゃんの剣術にさえ、追いつける腕前とは。

 そりゃあ、リンタローやクレアさんが苦戦していたくらいだし。
 
『うおっと! 【ファイアボール】!』

 けん制のため、火球を打ち出す。

 だが火球は、ガイコツ剣士を覆う雷のフィールドによって阻まれた。

 こちらが突き攻撃をしても、身体をすり抜けて逆にカウンターをしてくる。しかも、かなりスレスレに。
 雷撃のエンチャントもかかっており、攻撃の度に速度も増している。
 だんだんと、こちらのスピードを凌駕しつつあった。

『肉を切らせて骨を断つっていうけど、肉を切る手順を無視してやがる!』

 手強い!

「だからこそ、私がいる」

 ガイコツ剣士が、踏み込もうとしたときだ。
 剣士の足元が、凍りついている。

 死神の鎌が、ガイコツ剣士から近い地面に突き刺さっていた。

「【フロスト・ノヴァ】」

 直接攻撃ではなく、氷結魔法で足場を凍らせただけ。
 とはいえヤトは氷魔法によって、ガイコツ剣士を捉えた。

【原始の氷】の効果である。

 ガイコツ剣士はあらゆる属性効果を、魔剣の雷属性で防いでいた。

 しかし【原始の氷】は、属性を貫通する効果がある。
 どんな相手をも、凍らせるのだ。 
 
 こちらに注意が向きすぎて、ヤトの存在に気づかなかったか。

 チャンスだ。 


「エンチャント。【呪い焼き】!」

 わたしは、レベッカちゃんに呪いを破壊するエンチャントをかける。

【第三の腕】を発動し、盾を前に固定した。

 続いて、レベッカちゃんを地面に突き刺し、柄頭の上に自分の腕を固定する。

 呪い焼きの効果が、盾に流れていく。
  
『……からのぉ! ディス・レイ!』

 盾が、真っ二つに開く。

 中央の魔法石が、青白い色を放った。

 直線状の閃光が、剣士に向かって射出される。
 
 シールドは、カリュブディスから手に入れた【抹消砲(ディスインテグレイト・レイ)】を錬成してあった。

 これが、わたしの秘密兵器だ。
 
 わたしが放った抹消砲を、ガイコツ剣士は正面から受け止める。

「それでいいよ!」

 ガイコツ剣士が異変に気づいたようだが、もう遅い。

 魔剣に、ヒビが。
 
 魔王カリュブディスの遺品である【抹消砲】は、無属性魔法を込めた杖である。
 さらに【原始の炎】によって、あらゆる属性を貫通するのだ。
 相手がどんな属性であっても、関係なく火炎属性ダメージを与える。
 たとえ、敵が無属性だとしても。

『そのまま呪ごと、ぶっ壊れちまいな! 魔剣!』
 

 呪い焼きスキルの効果で、魔剣が粉々に砕け散った。

 ガイコツ剣士が、吹っ飛んでいく。

『やったようだね!』

「うん。でも、魔剣が」
 
 貴重な魔剣は失ってしまった。今は、黒い塊になっている。
 鑑定してみたけど、鉄くずとしての価値もない。
 ただのモンスターとして、処理されたみたいだ。
 
 つっても、呪いのアイテムなんてこっちから願い下げである。
 呪いは、焼くに限るね。

「トドメじゃ、この!」

 倒れたガイコツ剣士に、ドワーフおじいさんが斧で殴りかかろうとする。
 
「よすでヤンス」

 リンタローが、ドワーフおじいさんを止めた。

「止めるでない、天狗(イースト・エルフ)め!」 

 羽交い締めにされて、ドワーフおじいさんがジタバタする。

 リンタローが、地味に強いな。
 力が強そうなドワーフさんを抑え込めるなんて。
 ああ、召喚クマが加勢しているからか。
 
「待たれよでヤンス、ドワーフ殿。敵の情報を聞き出すまで、攻撃は控えるでヤンス!」

「むむう。口をきく相手とは思えんが?」
 
「まあ、見ているでヤンス」

 なにやら意味深な発言を、リンタローは言う。

「う、ここは!」

 ガイコツ剣士が、額に手を当てながら立ち上がる。
 手に得物を持っておらず、混乱しているようだ。

「我は、いったい……」

「おめえさんは、魔法使いに操られていたでヤンス」

「おお。そうであったか。ダンジョンで手持ちの剣を失い、魔剣に触れたあたりまでは、覚えておるのだが」

 剣士は力なく、あぐらをかいた。

「わたしはキャル。あなた、お名前は?」

 剣士の前にしゃがんで、わたしは相手の名を聞く。

「我が名は、フルーレンツという。フルーレンツ・コーラッセン」

「フルーレンツ・コーラッセンじゃと!?」

 ドワーフのおじいさんが、カブトを落とす勢いでガイコツに駆け寄った。

「まさか、本当にフルーレンツ王子殿か!?」

「王子、か。かつて、そう呼ばれていたな」

「ば、ばかな。ありえんわい。あなたのいた王国は、このとおり滅びたと言うに」

 否定しないフルーレンツに対し、ドワーフさんが腰を落とす。
 
「国が、そうか。そなたは、我を知っておるのか?」

「ワシを覚えてらっしゃらぬか。騎士団長イーシドロールの息子、ヘルムースでありますぞ!」

「おお、ヘルムースよ。そなた、こんなに大きくなったのか」

「覚えておらぬか。まあ、ムリもあるまい。こんな老いぼれに、なってしまっていてはのう」

 ドワーフのヘルムースさんが、ドヨンとした顔に。 

「我が国は滅びたと言うが、我の働きは、無意味だったわけだな」

「残念ながら」

 剣士とドワーフの、二人だけで会話をしている。

 そろそろ、事態を把握しておきたいんだけど。
 
「あのー。お知り合いでヤンスか?」

「この方は、ワシがガキの頃に栄えて追った国の、王子様じゃ!」
 ガイコツ剣士の正体は、今はなき王国の王子さまだった。

「廃王子でしたか。キャルさん。どうもこの方は、ワタクシの家計でご存知の方がいるかもしれませんわね?」

 クレアさんが、わたしの隣にしゃがみ込む。剣士の顔を、覗き込んだ。

「その強力な魔力、どこかの姫君とお見受けする。あなたは?」

「ワタクシは、クレア・ル・モアンドヴィルと申します」

「モアンドヴィル……あの小国に、かような子孫が生まれようとは」

「今、モアンドヴィルはアルセントア大陸を総括する、大国ですわ」

「なんと」
 
 フルーレンツ王子が生きていた頃のモアンドヴィルは、コーラッセン王国の三分の一にも満たなかったらしい。

「そこまでの大国に、成長なさるとは。よほどの苦労があったとお見受けする」

「勇者一行だったという功績が、あったからですわ」
 
「おお、勇者とな! 伝説は、本物であったか!」

「と、申しましても、コーラッセン王国があった当時は、まだ勇者が誕生していませんですわね」

 当時の歴史を、クレアさんがフルーレンツ王子に伝える。

「うむ。我が息子が存命なら、勇者と同じ年頃だったろう」

「かもしれませんわね。して王子、どうして暴れ回っていたのです?」

「おお。そうであった。皆には、すまぬことをした」
 
フルーレンツ王子が、ドワーフのヘルムースさんに詫びた。

「実はのう、殿下は我々が護衛していた馬車を、突然襲撃してきたのじゃ」

 その馬車は今、無事に王都へ向かったという。
 
「本当に、申し訳なく。馬車に乗っていた姫君が、我が妹によく似ていたのだ」

 妹さんは戦火を逃れ、近くの小国に嫁いだそうだ。
 その妹さんと、馬車に乗っていた王女が似ているという。
 
「そうなんですね。ひょっとして、子孫とか?」

「うむ。おそらくは」

 王都に事情を聞けるだろうか。

「ワタクシのツテを、お使いくださいませ。今のあなたは、魔剣の影響を受けておりません。きちんと話し合えば、わかっていただけるかと」

「ワシも、事情を説明しますわい」

 クレアさんとヘルムースさんが言うと、王子は「ありがとう」と告げた。

「だが、ただのモンスターである。王城に入れてすらもらえまい」

「だとしたら、わたしと契約しますか?」

 正式に契約したモンスターとしてなら、王都に入っても危険視されないはずだ。
 
「ふむ。それはいい案だ。よろしい。我を倒したのは、そなただ。そなたと契約しようではないか」

 わたしは契約の魔法で、王子を自分の配下とした。

「うむ。これで我は、そなたの契約モンスターである。よろしく頼む」

 スパルトイ軍団は、王子が率いてくれるという。
 これで、レベッカちゃんのスキルスロットに空きができた。
 別のスキルを、装着可能に。

 続いて、王子はヤトの方へ。

「巫女殿。もし再び我が正気を失ったときは」

「うん。今度こそ、とどめを刺す」

 ヤトが、王子と約束した。

「物騒でヤンスが、仕方ないでヤンスね」

 リンタローは呆れていたが、王子の覚悟を評価する。


「では、王都ツヴァンツィガーへ案内しようぞ」

 ドワーフさんに連れられて、ツヴァンツィガーの街へ向かった。

 だが、ヤトたちは一旦、ファッパに戻るという。
 
「二人は行かないの?」

「ツヴァンツィガーの街の位置は、知っている。ファッパのギルドに報告した後で、追いつく」

 報告だけなら、ギルドカードでもできる。
 が、財団にコーラッセンを調査してもらったほうがいいかもとのこと。

 ヤトたちの足なら、すぐに追いつけるそうだ。

「そうだね。フワルー先輩も心配しているみたいだから、お願い。じゃあ、ヘルムートさん。馬車をお願いします」

「うむ」

 廃墟となったコーラッセン王国を、ツヴァンツィガー騎士団の馬車で進む。

「大陸の半分を総括していた我が国が、見るも無惨に」

「どうして、滅びちゃったんですか?」

「魔王の襲撃だ」

 コーラッセン王国は、魔王との戦いでもっとも被害を受けた国だという。

「国家が、魔王の領地に近い場所にあってな。真っ先に狙われた」

 当時最強と呼ばれたコーラッセンといえど、魔物の物量には敵わなかった。

「今や、その領地も消滅しております。残すは、雪山のダンジョンのみ」

「じゃが、あなたは、その雪山のある方角からおいでなすった」

 ドワーフのヘルムートさんによると、敵の本拠地があったポイントから、フルーレンツ王子が現れたという。

「怪しいですわ。もう少し調べたほうが良さそうですわね」

 破壊の跡が痛々しいエリアを抜けた。

 さらに、大型のボートで川を渡る。

 そうやって、数日ほど進んだ。

「見えてまいりましたぞ。あれこそ、ツヴァンツィガー王国じゃ」

 川の先に、豪華な城が見えてきた。

 ファッパの港町もすごかったが、こちらはもっと大きい。

 川を伝って、水門をくぐる。

「滝の上に、都市がありますのね?」

 すごい作りだなぁ。
 
「刀剣の種類が、豊富だなあ」

 王都は、ドワーフと人間が共存する都市みたいだ。
 いたるところに鍛冶屋や武器・防具屋が見られる。
 あと、強いお酒の匂いも。

「ああ、リンタローが来なくて正解かも」
『だろうね。酒の味につられて、酒場から戻ってこないかもしれないよ』

 馬車のメンツが、ゲラゲラと笑う。

「ワシは先程まで斧を振るっておったが、もうじき引退するんじゃ。鍛冶業を営もうと思うておる」

 ヘルムースさんの斧も、自前だそうだ。
 店舗も買って、今は奥さんが留守を預かっているという。

「あの。武器の鍛え方を教えていただけますか?」
 
「うむ。よかろう」

 よし。これで、レベッカちゃんをさらに強くできるぞ。

「フルーレンツ王子よ。あなたにふさわしい剣を打って差し上げましょうぞ」

 ヘルムースさんが力こぶを見せた。

「ありがたい。よろしく頼むぞ、ヘルムースよ」

 ローブの下から、フルーレンツ王子がお礼を言う。
 
「お安い御用です」

 ただし、店によるのは、王都で用事を済ませてからになる。

 王城の前に、辿り着いた。

 案の定、門番さんたちに止められる。

「騎士団長の、ヘルムースである。国王様と姫君に、お目通りをお願いしたく」

「それは結構です、ヘルムース殿。しかし、部外者を城の中へ入れるには」

 門番さんも、困っていた。

「お待ちを」

「あなたは?」 
 
「クレア・ル・モアンドヴィルと申します。これを王様か、位の高い方にお見せくださること、お願いできますか?」

 小さいペンダントを、クレアさんは外す。
 門番さんに、ペンダントを渡そうとした。

 しかし、門番さんは受け取らない。
 
「そう、申されましても」 
 
「お待ちなさい!」


 通りかかった貴族風のおねえさんが、スタスタとこちらにやってきた。「失礼」と、クレアさんのペンダントを凝視する。

「もももももも申し訳ございません! これ! モアンドヴィル家の姫君ですよ! 早く通しなさいまし!」

「は。失礼しました。グーラノラ様。みなさん、お通りください」

 門番さんが、道を開けた。

 グーラノラ様と呼ばれたおねえさんは、クレアさんにしきりにペコペコ頭を下げている。

「もうしわけありません、クレア様。あとで叱っておきますので」

「いえ。構いませんよ。入らせていただくだけで、結構ですから」

「お気遣い、感謝いたします。して、どのようなご用件で?」

「少々、お話をうかがいたく。コーラッセン王国のことなど」

 ピタ、と、グーラノラさんが立ち止まった。

「ああ、あちらの王国ですか」

 神妙な面持ちで、グーラノラさんがクレアさんと正面から向き合う。

「実は……あたしもよくわかんないんですよねー」
 
 さんざん思わせぶって、この対応かいっ。

「ですが、ちゃんと調べますよー。それまで、お待ちを」
 
 わたしたちが、廊下に出たときだった。

「……我が妹だ」

 一枚の絵の前に、フルーレンツさんが立ち止まる。静かに、わたしに耳打ちをしてきた。

「こちらの方は、どなたですの?」

 事情を察したクレアさんが、グーラノラさんに問いかける。

「この絵の方は、王都ツヴァンツィガーの第一王女、クリームヒルト様です」
 クリームヒルト姫なる女性の絵画を見て、フルーレンツさんが固まっている。
 
「フルーレンツさん、妹さんは、この人にそっくりなの?」
  
「おお、まさに生き写し。だが、我が反応したのは彼女にではない」

 フルーレンツさんは、一番右端にいる老婦人に目を向けていた。

「あれぞ、まさしく我が妹ではないのか!」

「妹さんの名前は?」

「エペカテリナという」

 フルーレンツさんの発した名前に、グーラノラさんが、「ああ」と反応した。

「よくご存知で、こちらの御婦人は、先代王のお妃様で、エペカテリナ妃です」
 
 ベッドに寝ている老婦人を、グーラノラさんは手で指し示す。

「エペカテリナ様は私が大臣に着任した後すぐに亡くなられました。お若い頃は、クリームヒルトお嬢様にたいへんよく似ていらしたと」

「うむ。ワシが保証しますぞ」

「当時の肖像画もございますので、機会があればご鑑賞なさればよろしいかと」

 グーラノラさんが、快く対応してくださった。

「すまぬ。ヨロイ姿のままで。人に見せられぬ容姿なのでな」

「お構いなく。モアンドヴィルのお姫様の、お友だちですもの。決して、悪いようにはなさらないでしょうから……アンデッドといえど」

「お主」

 どうも、グーラノラさんは最初から、フルーレンツさんの正体を知っていたみたい。

「私は【高僧(ビショップ)】ですもの。定命ならざる者の気配くらいは、把握いたします。ですがあなたからは、邪悪な気配はしません。元々あったのでしょうけど、今はすっかり、闇の力を感じません」

 この人、相当の実力者かも。

「ならば、お話しよう」

 フルーレンツさんが、事情を説明した。

「わかりました。私を通じて、国王に相談いたします」
 
 応接間まで、通される。

「国王は、こちらにおいでです。お話などをなさってくださいませ」

「ありがとう」

 ひとまずグーラノラさんが、事情を説明してくれた。

 応接室に入って、わたしたちはひざまづく。

「お招きくださって、ありがとうございます。陛下」

 クレアさんが率先して、前に出る。
 
 中年の国王は、「あいさつは、よい」と、わたしたちを立たせた。

「それより、話を聞こうではないか。そちらの剣士殿が、わたしの娘に刃を向けたと聞いたが」

 応接室に、緊張が走る。

 ヤバイよ。このままだと、全員が牢屋にブチ込まれちゃう。

『キャル。いざとなったら、アタシ様を抜きな』

 小声で、レベッカちゃんがわたしに語りかけてきた。
 レベッカちゃんは、今は髪留めになっている。

「ダメだよ。それこそギロチン刑になっちゃうじゃん」

 ギロチンがこの国にあるかは、謎だけど。

「よいのだ。グーラノラから、一通りの話は聞いた。騎士団長ヘルムース。目撃者として、その方の話を聞かせてくれ」

「御意」

 ヘルムースさんが、国王に話をする。

 だいたい、わたしたちとフルーレンツさんが戦闘になった経緯など。

「して、その方らよ。ヘルムースの説明に、相違はないな?」

「はい。全部本当のことです。こちらのガイコツ剣士が、フルーレンツ王子だということも」

「ふむ。にわかには、信じられん」

「あと、魔除けの結界を張ってもムダです。フルーレンツさんは、わたしの契約モンスターとなったので。アンデッドだとしても、害はありませんよ」

 まあ、彼が暴れたら、今度こそ引導を渡すけど。

「なんという……。よろしい。信じよう」

 国王は、頭を下げた。

「娘は、休ませている。会っていくか?」

 害はないとはいえ、会わせていいものかどうか。

「会ってもらったほうが、後々面倒にはならんと思う。フルーレンツ殿下。あなたが本物のコーラッセンの王子なら、子孫にお会いたいのでは?」

「うむ。妹の忘れ形見を、ひと目見たく思う。抱きしめるとは行かないまでも、元気であることを確認できれば。あと、刃を向けたことを、お詫びしたい」

「構わんよ。あなたに娘を襲わせたのは、魔剣であろう? 余は、あなたを憎んではイないよ」

「おお、ツヴァンツィガー国王。ありがたき、お言葉」

「頭を上げてください。殿下」

 国王の許可をいただき、中庭へ。

 花とたわむれる、小さい少女がいた。

 遠目から、フルーレンツさんが見守っている。

「おお。遠くから見ても、妹そっくりだ。あんなに、大きな子孫をもうけて。我は、幸せだ。思い残すことはない」

「いやいや。がんばって。まだ使い魔として、わたしに協力してほしいですから」

「心得た……ん?」

 少女クリームヒルト姫が、幼い瞳をこちらに向けた。
 フルーレンツさんに、会釈をしている。

 対しフルーレンツさんは、剣先を地面につけて、クリームヒルト姫にひざまづいた。

「満足だ。帰ろう」

「その前に、報告をいただけませんか?」

 グーラノラさんが、フルーレンツさんを呼び止める。
 
「おお、そうであった」

 うんうん。どうしてクリームヒルト姫が襲われたのか、だよね。


 客間にお茶を用意しているそうで、案内してもらう。

「姫様と言うか、王族が狙われた可能性が高いよね」

「うむ。国王に敵対する者は多いのう。悪党の取り締りも、活発化しているし」

 ヘルムースさんが、腕を組んで考え込む。
 
 わたしなんかは恐縮して、お茶さえノドを通らない。

 しかしクレアさんは、ガブガブ飲んでいる。
 トートも一緒になって、お茶をガブガブ、茶菓子をバリボリと。
 話を聞いているのだか聞いていないんだか。

「お昼を食べていませんもの」

 ああ、そうでした。

 緊張しっぱなしで、食べるどころじゃなかったし。

「なんかさ、悪い魔法使いがどうのって言っていなかった?」

「うーむ。このあたりで危険な魔法使いといえば、魔女イザボーラ・ドナーツですね」

 グーラノラさんが、解説をする。

 魔女イザボーラは、永遠の若さを保つため、若い娘を魔物にさらわせているという。

「その尖兵として、我が操られたと?」
 
「可能性はあるね。フルーレンツさんは、面識あるの?」

 わたしとしては、馴れ馴れしいかなと思った。
 しかしもう、この人はわたしの使い魔だもん。敬語を使っても仕方がないんだよ。

「我の亡骸を、利用されたのかもしれん」

「ネクロマンサー……ではないか」

 一瞬、可能性がよぎったけど、訂正する。

 ネクロマンサーなら、わたしと契約なんてできない。
 アンデッドの契約対象を変えるには、相手をもう一度殺す必要がある。

『違うね。コイツが復活したのは、おそらく魔剣の力だろうさ』

「おおお、無礼極まりないぞ、レベッカちゃんよ」

『はあ? アタシ様は、コイツの部下でもなんでもねえんだよ。他人さ』

 まあ、そうだけどさ。

「よい。我とは普通に接してくれればよい。キャル殿。レベッカ殿」

 フルーレンツさんがいいなら、止めないでいいか。

「魔女に関しては、こちらで調べます。ギルドにて、続報をお待ち下さい」

 グーラノラさんが、冒険者ギルドを通して情報を集めてくれるという。
 
 それまで、なにをしておこうかな。

「では、ワシの工房へ参られよ。フルーレンツ殿が活動しやすいように、ヨロイを新調してしんぜよう」

「うむ。世話になる」

 
 というわけで、一旦街へ入る。

 フルーレンツさんは、ヘルムートさんの元に預けた。

「キャルとやら。スマンが一緒におってくれ。ガイコツなんて、家内が見たらぶったまげちまう。いくら殿下といえど、じゃ」

 だね。
 
 ヘルムートさんにはつきっきりで、ヨロイのサイズを測ってもらう。
 
 続いて、レベッカちゃんを見てもらった。

「コイツは、たまげた。随分と内部構造が歪じゃのう」

 わたしの錬成を言っているのか、かなりの辛口批評だ。

「じゃが、危ういバランスで力を保っておる。これを打ち直すのは、骨が折れそうじゃわい」

 ドワーフさえ、手を焼く存在だったか。

「生半可な鉄鉱石なんぞを混ぜてしまえば、たちどころに劣化しようぞ。素材は、厳選せねば」

『そういえば、アタシ様は雑食だったからねえ』

 自分で言いますか。

「近くに、魔法石の鉱山がある。そこへ向かうとええ」

 ひとまず、目的は決まった。
「ヘルムースさん。これって、フルーレンツさんのヨロイにならないかな?」
 
 フルーレンツさんのヨロイに使えないかと、わたしは魔法石をドババと放出した。

「これは、翡翠(ヒスイ)かのう? しかも、アビスジェイドではないか」

 アビスジェイドとは、暗黒の魔力を吸ったヒスイのことである。
 
「キャルよ。こんな高価な魔法石を、どこで手に入れたんじゃ?」

「海底神殿だけど?」
 
 カリュブディスが根城にしていた、古代の海底宮殿から採取したものだ。
 魔王の魔力を蓄えているから、このヒスイには相当な力が宿っているだろう。
 実際、レベッカちゃんに可能な限り錬成してブチ込んである。
 
『形状が変わっちまうかもしれないくらいには、喰らい尽くしたねえ』

 レベッカちゃんも、満足げだ。

「ほほう。魔力効果としては、申し分ないわい」

 魔法石は石といっても、鉱石とはいい難い。
 あくまでも、魔法効果をもたらす石である。
 鉄のように頑丈ではないため、武器防具として扱うには加工が大変すぎる。

 用途は主に、鋼鉄製ヨロイのつなぎ目や、盾に直接取り付けて魔法を防ぐ障壁用が多い。
 武器なら柄・柄頭・鞘などの装飾として用いる。
 
「これだけ大量にあれば、ワシの工房にある鉄ヨロイすべてを賄えるわい。こんなにもろうて、ええんかの?」

 フワルー先輩のところに半分分けても、まだ余っていたもんね。

 ちなみにフワルー先輩は、魔法石の一部をゴーレムに変えていた。
 
「いいよ。その代わり、フルーレンツさんにいいヨロイをお願い」

「お安い御用じゃ。タダでもやってやるわい」

 それは、わたしたちが困る。

「ただ、フルーレンツ殿を、待たせるわけには行かぬ。王子よ。仮使いで悪いが、こちらを装備してくだされ。それでしばらく、ご辛抱を」

 ヘルムースさんが、一日だけ時間をくれという。
 アビスジェイドを粉にして、現存の全身ヨロイに流し込むそうだ。

「クレアさん、申し訳ありません。わたし、ここでずっと取材をします。宿に戻っていてください」

 長い時間見ていても、退屈に違いない。

 クレアさんには、トレーニングでもしてもらったほうが有意義だろう。

「ご心配には及びませんわ、キャルさん。ワタクシも、見学に参加いたします。お夕飯どきになったら、お教えいたしますわ」

 さすがクレアさんだ。自分の魔剣だけを見て、満足するような人じゃない。
 見識を深めて、さらに魔剣の上手な扱い方を学ぶつもりだ。

「ではクレア嬢は、我と剣術の稽古などはいかがか? 腕がなまっている感じがするのだ。手合わせ願いたい」
 
「はい。お願いしますわ」

 両者とも、ヘルムースさんから剣を借りて、庭に出ていった。
 

 ヘルムースさんが作業する間、わたしはずっと張り付く。
 魔剣の技を盗むためだ。

「ヘルムースさんは、魔剣って打ったことある?」

「似たようなものは、開発したことはあるわい」

 若い頃に打ったという剣を、ヘルムースさんが見せてくれた。

 一見すると、ただのレイピアと思われる。
 なのに持つと、ずっしりと重い。実際は軽いのに、手に全然なじまなかった。
 なんだろう。悪魔の魂が閉じ込められているみたいな、圧迫感がある。
 武器から拒否されているかのような、不快感があった。
 振り回したら、きっと自分を傷つけてしまうだろう。

「すごい。正直な話、レベッカちゃんよりずっと切れ味がよさそう」

『ドワーフが魔剣を打つと、こうなっちまうんだろうね』

 レベッカちゃん本人も、ヘルムースさんの腕前に感心している。

「とんでもねえわい。こんな駄作」

「駄作って。これが?」

 どう見ても、すごい剣ではないか。

「剣としてなら、こいつには強力無比じゃろう……という自覚はあるんじゃ。しかし、魔剣とはもっと、なんというかのう。怪しい魅力があるのじゃ」

 魔剣とは、言葉では表現しきれない危うさ、それこそ悪魔が取り憑いたような狂気が、刀身に内在するという。
 
「それに比べたら、お主の持つレベッカとかいう魔剣の方が、よっぽど危なっかしいわい」

「そうかな?」

「うむ。魔剣というのはのう、剣を作る工程とはまた違うのかもしれん」

 ヘルムースさんは鍛冶屋なので、装備品精製のセオリーに沿ってしか、武器・防具を作れない。
 だが魔剣となると、そんな常識をすべて捨てなければならなくなる。

「聞けばお主の剣、その工程を六〇〇〇通りも試しておると聞く。これは、常人の為せる技ではないぞよ。なんといっても、今まで編み出した六〇〇〇もの正攻法を、ことごとく捨て去って磨き上げた狂気の作品なんじゃからの」

 過程をすべて六〇〇〇回試して、その都度新しい工程を試しているのか。

「だからこそ、握りたくなる。たとえ、掴んだ瞬間に自身の魂を乗っ取られてものう。持ち手に触らせようとせぬ武器なんぞ、剥き身の刃と変わらぬ」
 
 そりゃあ、ヤバイ武器と言われても仕方ない。

「結局ワシは、魔剣の表面をなぞったに過ぎん。ただ強い武器が出来上がっただけなんじゃ。本物の魔剣打ちが見たら、鼻で笑うじゃろうな」

 ヘルムースさんが、自身を嘲笑した。

「でも、ヘルムースさんの武器はすごいじゃないですか」

「ドワーフの常識からすれば、そうかもしれぬ。その自負もある。だが、心を壊せと言われて、そうそう破壊できるもんじゃあるまい」

 これだけの名工をして、魔剣は作れないと断言する。
 
「ワシがお前さんにできるのは、せいぜい鍛冶のいろはを盗んでもらうことくらいじゃろうな」

 力なさげに、ヘルムースさんは語った。

「ありがとう、ございました」

 わたしは、言葉を失う。

 魔剣作り、奥が深いなあ。

 庭に行くと、クレアさんが汗だくになっていた。
 魔力を最大限に制御する訓練用ジャージを着ているとはいえ、クレアさんがここまでへバるとは。
 
「はあ、はあ。フルーレンツさん、ありがとうございました」
 
「うむ。かなりカンが戻ってきた。こちらこそ、ありがたい」

 一方、フルーレンツさんは涼しい顔である。

「宿に帰りましょう」

「もう、よろしいのですか?」

「これ以上いても、ヘルムースさんの集中を削ぐだけですので」

「そうですか。わかりましたわ。夕飯にいたしましょう」

 宿にチェックインして、酒場で晩ごはんを食べる。

「よく食べますわね」

「王城で緊張しすぎたからかも、しれません」

 今まで空腹だったことを忘れていたかのように、わたしはパスタやステーキをモリモリと食らう。

「キャルさん、なにかありましたのね?」

 やはり、クレアさんは敏い。
 わたしの変化を、敏感に感じ取ってくれた。

「ヘルムースさんから、魔剣は打てないと言われました」

 魔剣作りは、鍛冶の常識外だと。

「おそらく、相当の外法を用いないと、魔剣という非常識極まりない武器は作れないのでしょう。魔剣を打った本人も、おそらく正気を失うのかも」

 初めてわたしは、自分の行いに恐怖した。

 レベッカちゃんと、ちゃんと向き合っていなかったんだと、思い知らされている。
 
「そうですか。ですがキャルさんなら、きっと魔剣を作っても今まで通りですわ」

 わたしが自信を失っていると、クレアさんが励ましてくれた。

「だって、あなたとレベッカさんは、最初から一つの存在みたいでしたもの」

 そっか。
 わたしは、魔剣を作っているんじゃない。
 レベッカちゃんと一緒に、成長しているんだ。
 
「ありがとうございます。クレアさん。なんか、ヒントを掴めたみたいです」

「ウフフ。元気を取り戻せたなら、なによりですわっ」

 
 
 一晩寝て、再度ヘルムースさんの元へ。

 フルーレンツさんが、緑色の全身ヨロイに身を包む。

「感謝する。ヘルムース」
 
「とんでもねえ。キャルがダンジョンで金属を採掘してきたら、同じ素材で作りましょうぞ」

「ありがたい、ヘルムース。よろしく頼む」

「いえ。強い装備がなければ、魔女との戦闘どころではありませんで」

 いよいよ、魔女と戦うための素材集めだ。
 まずは冒険者ギルドへ、鉱石関連の依頼がないか尋ねてみた。

 昨日は鍛冶の見学に夢中で、すっかりツヴァンツィガーのギルドへ立ち寄るのを忘れていたんだよね。王様との話し合いもあったし。

「いらっしゃい。ツヴァンツィガーへようこそ」

 受付嬢も、ドワーフさんだ。しかも、ちょっとおばちゃんである。

「鉱山ダンジョンに関連した、クエストはありますか?」

「あるとも。あの鉱山の中でも、グミスリルが取れる地帯は、閉鎖されて久しいね」

「グミスリルとは?」

「ミスリルの硬さと、溶かしたアメのような柔軟性を持つ銀を持つ金属さ。鍛冶屋垂涎のアイテムなんだよ。けどねえ。魔女イザボーラ・ドナーツが占領しちまって」

 ここでも魔女! イザボーラって、かなり悪さをしてみるみたい。

「冒険者や王城のドワーフ兵たちも、あの鉱山に向かったんだけどさ。みんな逃げ帰ってきたよ」

 鉱山を守るモンスターが強すぎて、勝てないという。 

「ただのミスリルなら、別のポイントでも取れるんだよ」

 たしかに、フルーレンツさんの剣にも、一部ミスリルが使われている。

「そっちにも、魔女イザボーラの手がかかり始めてるね。グミスリルを独占しているモンスターさえ倒せば、魔物共も撤退するだろうさ」

グミスリルを占拠しているモンスターが、配下に指示を出して鉱山を襲わせているらしい。
 
「わかりました。その魔物を、やっつけに行きます」

 なにもヘルムートさんからは、グミスリルのダンジョンに行っちゃいけないって、言われていないもんね。

「正気かい? 相手は、デーモンだよ?」

「デーモンとは?」

「魔族さ。高位のヴァンパイアとか、魔王とか言われているよ」

 話を聞く限り、かなり強そうな魔物だな。

「鉱石を使われないように、魔女がグミスリルを使ってガーディアンゴーレムを作っちまったのさ」

 カリュブディスのように、不完全体でもなさそう。
 なんたって、グミスリルなんて貴重な金属をエサにしているそうだもん。
 
「それでも行きます」

 わたしたち三人は、ガーディアンを倒しに行くことにした。
 せっかくだし、珍しい金属が欲しい。
 邪魔な魔物も倒せて、一石二鳥だもんね。
 
 ギルドの依頼にあった、閉鎖された鉱山へ。

 道中は特になんの危なげもなく、モンスターも湧かなかった。
 

 これも、ヘルムースさんのおかげかも。
 カブトをドクロマスクにして、【王者の威厳】を持たせたのがよかったのだろう。
 王者の威厳とは、弱いモンスターを遠ざけるスキルだ。 
 スパルトイに指示を出すのにも、ちょうどいい。
 野盗ですら寄り付かないってのは、楽でいいよね。
 
 ただ、ここから先は威厳も通じないモンスターがわんさかいる。
 
『ミスリルでできたボスなんて、うまそうだね、キャル』

「そうだね」

 そんな感想が出るのは、レベッカちゃんくらいだよ。
 
「で、フルーレンツさん。剣の方は?」

「訓練用のものを、借りてきた」

 フルーレンツさんの武器は、ロングソードと、ショートソードの二本差である。
 背中に担いでいるロングソードは、両手持ちの大剣だ。
 ショートソードの方は、ナイフほどに短い。

「魔剣一〇本をフルに使っても、敵いませんでしたわ」

 クレアさんでも、苦戦するなんて。

 そこまで強いんだ。さすが、歴戦の王子様である。

 なお、盾は片手の上腕にのみ。相手の攻撃を受け流すための、小型の円形シールドを持ってもらった。
 わたしが壁役を担当するので、大型盾は持たせていない。

「両手大剣を所持してどのように大型シールドを構えるのかと思えば、もう一本の腕を生やすとは」

 背中から、魔力制御の多関節腕を展開し、大盾でみんなを守る。
 
「キャル殿の発想は、斜め上であるな」

「へへーん」

 魔法腕の性能も向上し、より早く盾を動かせるようになった。
 ヘルムースさんの技術を盗んで、応用している。

『魔物の気配がするねえ』

 レベッカちゃんが、魔物を探知した。

「我に任せてくれ」
 
 フルーレンツさんは、スパルトイ兵隊をどのように動かせばいいかも手慣れていた。王子様だったからだろうな。

『キャル。この間も話したけど、スパルトイやゴーストの統率は、フルーレンツにお願いしたよ』

「うん。同じアンデッドだから、フルーレンツさんが指揮する方がいいかもね」

 斥候役をうまく使って、フルーレンツさんは敵勢力の少ないルートを探している。
 弱い敵はスパルトイに任せて、障害になる大物だけをこちらで対処した。ムダな戦闘は、しない。みんな、待っているもんね。
 弱い魔物を狩るのは、鉱山をある程度安全にしてからにしたい。

「この魔物がいるフロアの奥に、強い殺気を感じる」

 フルーレンツさんが、警戒を行った。

「そこが、ボス部屋だね」

 たしかに、フロアの端に休憩スペースもある。ここは、当たりかも。
 
 牛頭の巨人が、わたしたちの前に立ちふさがる。

「ミノタウロス型か、悪くない」

 フルーレンツさんが、背中に担いでいた両手持ちの細身剣を抜く。

「キャル殿。手出し無用で、お願いいたす」

「わかったよ。あなたの騎士道を、尊重します」

「かたじけない。てやあ!」

 フルーレンツさんと、ミノタウロスが打ち合う。

 ミノタウロスの巨大な斧さえ、フルーレンツさんの身体に傷一つ付けられない。

 対してフルーレンツさんは、ミノタウロスに確実なダメージを与えていく。
 
 これがアンデッドの装備かと思えるくらい、フルーレンツさんは動きが機敏だ。
 もしかすると、魔剣を所持していたときより、強いかもしれない。
 スケルトンキングとかリッチとかなんていう、次元を超えていた。
 死神……。まさしくそう形容してもいいだろう。

「装備の硬さを試させてもらおう。来い」

 ミノタウロスの実力を把握したのか、フルーレンツさんが無防備になった。

 あえて魔物に、攻撃をさせる。

 だが、魔力がこもったヨロイに、ミノタウロスの腕力が通らない。

「うむ。一流の腕だ。ヘルムースよ」

 ミノタウロスの斧攻撃を、フルーレンツさんはラウンドシールドで軽く受け流す。

 シールドは、傷一つついていない。
 これが、職人の技か。
 使い手もすごいが、防具を作った職人の本気度もうかがえた。

「いい戦士だった。では、さらばだ」


 フルーレンツさんは、相手に敬意を評した。直後、ミノタウロスの首を難なくはねる。

 あれで、訓練用の剣かよ。

 ミノタウロスの首を切るなんて、それこそヤツが持っている斧でも難しいのに。
 
 ボス部屋横のフロアで、一旦休む。
 お腹が空いたので、クレアさんとお昼にする。

「何もすることが、ありませんわ。完全に、フルーレンツさんにおまかせしていますわね」

 申し訳なさそうに、クレアさんがサンドイッチをつつく。
 戦闘していない者が率先して食べていいものなのか、と考えているのかも。
 クレアさんも戦闘に参加しようとしたが、あっという間に終わってしまった。 
 
「どう、フルーレンツさん。ヨロイの着心地は?」

「見事だ。ヘルムースの丁寧さがうかがえる」
 
 フルーレンツさんのヨロイは、魔力が全身にいきわたるように、所々に地獄のヒスイ(アビスジェイド)を流し込んである。数ミリ単位という極細の装飾に、店売りの数倍という魔力量を圧縮していた。
 ヨロイ本来の硬度も、損なわれていない。

 あれだけの魔力を注ぎ込むためには、多少の硬度は犠牲にする必要があるのに。
 硬さを維持しつつ魔力をヨロイ全体に浸透させるには、熟練の技量が必要だ。

 わたしも、錬成技術をもっと磨かないとね。
 

「ただ、あれは一人では骨が折れるな」

 ボスの間に足を踏み入れて、フルーレンツさんがひとりごちた。

 眼の前にいるのは、グミスリル鋼で身を固めた騎士である。

 ひざまづいている姿だけでも、ただものではないとわかった。
 グミスリル鋼の騎士は、全身が青黒い。
 ヨロイの表面を、怨念で固めているかのようだ。
 
 青黒い騎士の周りには、冒険者たちの死体が転がっている。
 ボスである騎士を、討伐しに来たのだろう。すべて、返り討ちにあったか。

「彼らの無念は、我が晴らす。キャル殿、手出し無用」

「うん。でも危なくなったら、こっちが勝手に動くね」

 いくら使い魔といっても、死なれたらたまったもんじゃない。

「魔女を倒すまでの、契約だろうからな」

「違うって。ずっといっしょに、旅をするつもりだよ」

 わたしがいうと、フルーレンツさんは一瞬固まった。

「永久的な、契約だとは。こういうのは、目的を果たすまでのものだと」

「いえいえ。剣術でも、参考になる点は多いからね。レベッカちゃんの助けになってよ」

「……御意っ」
  
 ボス騎士と、フルーレンツ王子が対峙する。

 両者、同時に動いた。

「ぐあ!」

 インパクトの瞬間、フルーレンツさんが弾かれる。
 
 相手はミノタウロスより、背が高くない。
 だが、あんな巨人より腕力が強かった。

 王子の一撃を、騎士は軽くいなす。

 まさに、魔剣に操られていたときの王子を思わせた。

「ならば!」

 王子が、戦法を変える。
 両手剣を直し、ショート―ソードでの切り合いにシフトした。
 円形盾で敵の攻撃を受け流し、懐に飛び込む。
 
「そこ!」

 どうにか王子は、敵の顔面に剣を突き刺す。

「むっ!?」

 すぐに、王子は相手から飛び退いた。
 
「こやつも、スケルトンか」
 
『だったら、炎が効くはずだよ! 喰らいな!』

 レベッカちゃんが、わたしと意識を交代する。

 炎をまとった魔剣を振るって、魔物に叩き込む。

『なんだってんだ!?』


「あれは、スケルトンではありませんわ」

 たしか、デーモンっていっていたっけ。こんなに強いんだ。

『じゃあ、【ライカーガス】ってわけかい』
 
 ライカーガスとは、「どこぞの国の王族」という意味である。
 アンデッドの姿をとっているが、正確には魔族だ。

「来るよ!」

 アンデッドになった冒険者が、わたしたちに襲いかかってきた。

雷霆蹴り(トニトルス)!」

 ジグザグ状に、雷光が轟く。

 アンデッド冒険者を、クレアさんが片っ端から破壊していた。

「ザコはこちらに任せて、キャルさんはボスをお願いします!」

「わかった! わたしが正面で相手をするから、フルーレンツさんは側面から!」

「うむ! この際、共闘する!」

 フルーレンツさんが、こちらの指示通りに側面から敵に切りかかる。
 
 サシの勝負にこだわっていたフルーレンツさんも、さすがに勝てないと思ったか。
 
 二対一になっても、相手の優勢は変わらない。
 こんなに、強いのかよ!

「さすがデーモン! やる!」

 フルーレンツさんにとっても、相手にとって不足なしと言ったところなのだろう。
 苦戦しつつも、高揚している。

「ドワ!」

 真正面から、騎士に斬りかかられた。

 おお。無事である。あってよかった、第三の腕。

「からの! 【ブレイズ】!」

 相手の剣を持つ手を抱え込み、一緒に火だるまに。

『炎属性は効かないだろうけど、ずっと燃え続けて焼け死なないってわけじゃないだろうよ!』

 ましてレベッカちゃんには、【原始の炎】がある。

 黙っていても、ダメージが通るはずだ。
 
『しぶといね!』

 いくら燃やしても、ライカーガスは倒れない。

「決定的な一撃が、足りないみたい」

『くそ! 面倒だねぇ!』

 レベッカちゃんは、一旦魔物から離れる。

「グミスリルに、相殺されているのかも」
 
『そんな効果が、あるようだね』

 グミスリル製の実力を、垣間見た。
 たしかに、この防御力は凄まじい。
【原始の炎】さえも、軽減するとは。
 
 本格的な防具の調節をされると、レベッカちゃんでも苦戦するようだ。

 かといって呪い焼きなんてしたら、せっかくのグミスリルさえ破壊してしまう。

 おそらくあのヨロイに、グミスリルは使い込まている。

 魔女なら、それくらいの悪行はするはず。

「特にこれといって弱点もなさそうだし、動力がグミスリルなのはわかってるんだけど」

……っ!

「わかった。脆いところを狙おう」

『秘策を、見つけたんだね?』

「うん! フルーレンツさん!」

 わたしは、フルーレンツさんに指示を送った。

「承知した!」

 フルーレンツさんとライカーガスが、切り合う。

 懐に飛び込めないほどの、激しい武器同士のぶつかり合いが続いた。

「今だよ、レベッカちゃん!」

『おう! おおおおお!』

 レベッカちゃんが、騎士を背中から切りかかった。
 ただ、相手の身体を斬るわけじゃない。

 狙うのは、ヨロイとヨロイを結ぶ、魔力の繋ぎ目だけ。

 さすがレベッカちゃん。慎重にスパッと、金色の装飾だけを剣先で切った。

 それだけで、あれほどの猛威を振るっていた騎士の体勢が崩れる。

「フルーレンツさん!」

 同じように、フルーレンツさんもショートソードをふるった。
 魔力同士の繋ぎ目を、スパスパと切り捨てる。

 二人の器用さがなければ、できない芸当だ。

 騎士ライカーガスが、戦闘不能になる。
 ヨロイをすっかり失った敵が、弱点の魔法石を露出した。

『トドメだよ!』

 ドスン、と、レベッカちゃんが剣を魔法石に突き立てる。

 どうにか、ボスを退治することができた。

『ところで、フルーレンツ。このヤロウは、知り合いかい?』

 レベッカちゃんが、ライカーガスのカブトを剥ぎ取る。

「むう。やはり、デーモンの顔にしか見えぬ。我が配下や、敵の部隊にも、このような者はいなかった気がする」

『そうかい』

 魔女イザボーラは、デーモンすらも操るのか。
 
  


 
「そんなに調べても、資料なんて出てこないでヤンスよ」

 リンタローは、本の虫になったヤトに辟易する。

 二人は未だに、港町ファッパに腰を据えていた。
 魔女イザボーラについて、調べるためだ。 
 
 風魔法で一冊ずつ本のホコリを払い、そのまま魔法で本棚にしまう。
 その度にヤトが別の本を棚から出すものだから、片付けが終わらない。

 財団の書庫を片付けることを条件に、蔵書や資料類を借りているだけだと言うのに。

 こちらがいくら整理しても、ヤトが散らかしてしまう。

「まって。もうすぐ出てくる。あんたは、魔女について調べて」

 ヤトは、コーラッセンについて調べ物をしていた。

「魔女イザボーラの伝説なんて、ソレガシたち天狗(イースト・エルフ)でさえ知ってるでヤンス。エルフ界隈で、知らないヤツはいないでヤンスよ」

 イザボーラは、エルフのハミ出し者だ。
 自分の力を過信し、自らを「魔王をも超える最強の魔女だ」といい出し、里を飛び出したのである。イザボーラの故郷が宗教色の強い、閉鎖的な地域だったのもあるだろうが。
 当時からイザボーラは、闇に魅入られた厄介オタクとして有名だったが、余計にタチが悪くなったようである。

 魔剣の流通ルートなどの情報から、リンタローはおそらくツヴァンツィガーを狙っているのがイザボーラだと気づく。
 ファッパの財団に聞いたところ、やはりイザボーラが各地で悪さをしていることがわかった。
 本当にイザボーラは、魔王に取って代わろうとしているに違いない。
 
 しかし、ヤトはもっと遡って、コーラッセンの情報を集めだしたのだ。

「どうしてイザボーラが、ツヴァンツィガーにこだわっているのか。どうしてあの王子を手下にしたのか、これでわかるかも」

 本のページを、ヤトが指さしている。

 勇者の特徴、剣術の内容などが、記されていた。
いずれも、フルーレンツと共通するものばかり。
 となれば、なぜフルーレンツがあそこまで強かったか説明がつく。

「なるほど。フルーレンツ殿は、勇者の父親でヤンしたか」

 勇者の強さは、フルーレンツ・コーラッセンの血を引き継いでいたいからなのだろう。
 その血脈は、今も。

「たしかツヴァンツィガーには、小さい王女がいた。ツヴァンツィガーは代々、勇者の血族」

 だとしたら、狙われるのは……。
 
 リンタローとヤトは、資料庫を飛び出した。
 さて。お目当てのグミスリル鋼を、いただきますよっと。

 わたしはレベッカちゃんに、グミスリルの手甲だけを食べさせた。
 
「どう、レベッカちゃん?」
 
『これはいいよ、キャル。ミスリルもいいけど、そちらよりも固くて、弾力があるよ』

 レベッカちゃんはグミスリル鋼を溶かして、体内に取り込む。

「そのままだね、レベッカちゃん」

 魔剣に食レポなんて、求めるべきではなかったか。

『これを鍛冶で加工となると、結構な熟練度が必要だろうね』

 理想の形に固定するには、高い技術とタイミングが必要だろうとのこと。

 素人のわたしがいじくりまわさない方がいいね。
 このまま持ち帰って、ヘルムースさんに仕上げてもらおう。

「フルーレンツさんも、それでいいかな?」

「構わない。我にとってのヨロイを作ってもらえるだけで、満足だ」

 というわけで、アイテムボックスに入るだけグミスリルを入れた。
 それでも、少ないけど。

「クレアさん、無事ですか?」

「ええ。最後まで、ほぼ無傷で済みましたわ」

「そうですか。あとは、ミスリルを持って帰りましょう」

「はい。五番で岩壁を砕けば、よろしくて?」

 発想がゴリラすぎ!

 

 ツヴァンツィガーに帰宅後、ヘルムースさんに加工をお願いする。

「ええ状態じゃ。若干、闇の魔力がこもっておったようじゃが、キレイに祓われておる」

「一応、下処理はしといたよ」

 レベッカちゃんに頼んで、鉱石にこびり付いていた邪気は消し飛ばしてもらった。
 そういうことも、レベッカちゃんはできるのである。

「お前さんたちは、いいのかい?」

「まずは、ヘルムートさんにヨロイをお願い。わたしは、レベッカちゃんの強化方針に着いて、話し合うよ」

「ええじゃろう。レベッカは、ワシの手には負えん。その魔剣は、ワシらドワーフにとっては武器には見えん。魔物を剣という形に押し込んで、『これは剣だ』と言い張っているようなものなんじゃ」

 それだけ、得体のしれないものだったとは。

「じゃが、【サイクロプス】という鍛冶の怪物なら、あるいは魔剣を打てるかもしれん。こんな上等な品を、ヤツにくれてやるのは惜しいがのう」

「サイクロプス? 魔物じゃん」
 
「魔には魔、魔剣には魔物じゃ」

 闇のアイテムなら、闇の住人の方が詳しいと。

「サイクロプスなんて、どこに住んでいるの?」
 
「ここから北に向かって、一ヶ月弱馬車で進んだ先にある、火山ぞい。その前に魔女の山があるゆえ、先へは進めんぞ」

 結局は魔女を倒さない限り、レベッカちゃんの強化は見込めないと。

「魔女はサイクロプスを抑え込んで、どうする気なの?」

「魔物を抑えとるんじゃなくて、交易路を分断しとるんじゃ。北にこちらの商品が、渡らぬようにしておる」

 そういえば、「西にある領地も飢饉に見舞われた」って言っていたなあ。

「結構、経済的にヤバいわけ? このあたりって?」

「ツヴァンツィガーだけが、発展しておる状態じゃ。他の国は、ツヴァンツィガーの経済力に依存しておる」

 周囲はあんまり、いい環境ではないみたいだね。
 
「それゆえ、ツヴァンツィガーへの風当たりが強くなってきておる。どうしてこちらばかりが栄えているのかと」

 この国は、何も悪いことはしていない。
 ただ、環境がいいだけ。
 世界的に見ても、かなりいい立地に立っている。
 なにより、国自身が努力していた。

 しかし、他の国はそこまでの成長はしていないらしい。
 自国の努力を、怠っているせいだ。

「じゃがツヴァンツィガーは文句の一つも言わず、支援を続けておる。自国も、魔女の侵攻に備えておるというに」

「大変だね。王様も」

「うむ。ようできたお方じゃて」

「さて」と、ヘルムースさんが、ヒゲをなでた。

「そういえば、キャルよ。見たこともない商人が、王城へ向かったのを見たぞい」





 ツヴァンツィガー国王の前に、東北東から来たという商人がやってきた。
 王の娘のために、贈り物があるという。
 
「いやはや。お会いできて、光栄にございます」

 細目の商人が、国王の前にひざまずく。

 白々しい。なにか動きを見せたら、いつでも動く。

「今日は、支援のお礼として、珍しい品々を献上しに参りました」

「うむ。大儀であるぞ」
 
 だがこの商人は、少しもスキを見せない。

 いったい、何が目的だろうか。

 グーラノラには、「怪しいやつでも通せ」と言ってあった。

 王城で迎え撃てそうなら、この王自らが行動すると。

 この商人も、気配からして危なっかしい。

 持ってきた品々に、危なげな気配はしなかった。
 どれも貴重で、ツヴァンツィガーではあまり見られない品ばかりである。

 彼のいる国を支援していたのは事実だ。
 隣にいる貴族は、何も知らなそうである。
 城攻めをしに来た気配は、ない。

 だが、なぜか嫌な予感だけがよぎる。

 せめて、娘に危害が加わらないようにせねば。

「最後に、こちらはお嬢様に。クマのぬいぐるみでございます」

 目の部分に、魔法石を縫い込んだものらしい。

「クリームヒルトは、どこだ?」

「中庭にて、遊んでおいでです」

 王はグーラノラに指示を送り、クリームヒルトの元へ案内させた。
 商人ともども、中庭へ。

 我が娘クリームヒルトは、中庭で人形たちと会話をしていた。
 おままごとではない。勉強をしている。
 人に教えると、自分の身に定着するという理論を、実践しているのだ。

 クリームヒルトは、商人と貴族に一礼をする。

「さあ、その人形はお前のだという。大事にするのだぞ」

 ぬいぐるみを見ると、娘がうれしそうに笑った。

 本当に、何事もない?

 だが、娘がぬいぐるみを商人からもらおうとしたときである。

 死神の鎌のような大きい釣り針が、クマのぬいぐるみめがけて飛んできた。

 しかし、驚いたのは次の瞬間である。
 ぬいぐるみがひとりでに動き、針を避けたのだ。


 釣り針を飛ばしたのは、白い着物を来た少女である。自分より背の高い釣り竿を、手に持っていた。
 
「そいつは、触らない方がいいでヤンスよ」

 そう語るのは、お供に付いている天狗(イースト・エルフ)である。

『ナンダ。東洋人ノ魔女と、天狗デハナイカ』

 転がっていたクマのヌイグルミが、立ち上がった。

『ワタシノ計画ヲ邪魔スルトハ。死ヌノガ怖クナイト見エル』

「うるせえでヤンスよ。魔女イザボーラ」

 魔女のイザボーラが、我が拠点に!

 東洋人の魔女とグーラノラが、二人で娘に結界を張ってくれた。

 一方、商人はすっかり毒気が抜けている。
 貴族は、腰を抜かしていた。
 どうやら、商人だけが操られていたようである。

「エルフの出来損ないが、ピーピー吠えるでないでヤンスよ。おとなしく、山へ帰るでヤンス」

『ヤカマシイ! ツヴァンツィガーヲ滅ボシテ、ワタシハ世界最強ノ魔王トナルノダ!』

「そんな姿で吠えられても、説得力がないでヤンスね」

『オ笑イダ! ワタシガ貴様タチゴトキニ遅レヲ取ルトデモ思ッテイルノカ? 何百年モ生キル、この魔女イザボーラガ!』

 クマのヌイグルミが気合を込めると、辺りが黒雲に包まれた。

『闇ノ使イ手デアルワタシヲ、王城ニ入レタ時点デ、既ニ貴様ラハ負ケテイルノダ! 受ケテミルガイイ。魔女ノ神秘ヲ!』

「ああ、魔女。誤解しているようで、悪いんだけど」

『ン? ナンダ?』

「お前を殺すのは、私じゃない」

『……ナンダ、トォ!?』
 

 クマのぬいぐるみが何かを問いかけようとしたとき、オレンジ色の光芒がクマの真上に落ちてきた。

 そのまま、クマは消滅する。

「あの、お話の邪魔だった?」

 落ちてきたのは、キャルという少女だった。
 彼女は魔剣で、クマのぬいぐるみを叩き潰したのである。
 
「いやいや。邪魔も何も。ベストタイミングでヤンしたよ。キャル殿」

 天狗が、キャルに向けてサムズアップした。
「えっと。コイツ、死んだの?」

 潰したクマのぬいぐるみを確認する。

「違うでヤンスよ、キャル。本体はまだ、生きているでヤンス」

 このぬいぐるみは、イザボーラが操っていただけだという。
 イザボーラはぬいぐるみを通して、幼いクリームヒルト様を傀儡にしようと企んでいたのだろうとのこと。
 
「間一髪だったな。グーラノラに、あえて危険人物でも通せと指示を出していたが、冷や汗が出たぞ」
 
「ぶっちゃけソレガシたちが戦わなくても、この神官殿で対処できたでヤンスよ」

 ヤトが釣り針を動かすタイミングで、グーラノラさんも動いていた。すぐに、クリームヒルト姫をカバーしていたのは見事だ。

「あの程度の人形なら、御せるかと思います。しかし、イザボーラ本体となると、私の手には」

 ツヴァンツィガーの総力をもってしても、足止めするのが限界だとか。

 そこまでなのか、イザボーラは。


「さて、危機は去ったんだけど……」
 
 この後、どうするか。
 グミスリル鋼のヨロイができるまで、レベル上げくらいしかやることがない。
 おまけにヘルムースさんは、わたしとクレアさん用のヨロイまで作ってくれていた。しかも、ミスリル銀製である。
 数が少ないグミスリルをフルーレンツさんだけに使うというので、お詫びも兼ねているそうだ。
 それでも、ありがたい。

 フルーレンツさんのヨロイを待たずに、敵の根城へ突っ込むことも考えた。

 しかし「やめたほうがいい」と、ヤトから止められる。
 
「わたしたちって、カリュブディスを倒したじゃん。あれよりひどい戦闘になると?」

「イザボーラは、当時の魔王と双璧をなす存在にまで、強くなっている」

 不完全だったカリュブディスとは、比較にならないという。

「でもイザボーラって、ただのエルフなんだよね? そんなに強くなった理由なんて」 
「ヤツは、魔剣を所持している可能性が高いでヤンス。その実態がわからない以上、ヘタに手出しはできないでヤンスよ」

 イザボーラとの戦いは、長期戦になりそうな気配がするとか。

 うーむ。こちらとしては早くツヴァンツィガーを発って、魔剣を強化したいのだが。

『また魔剣と戦えるってのかい? 腕が鳴るねえ!』

 レベッカちゃんは、まだ見ぬ強敵に、胸を踊らせていた。
 こういうとき、戦闘狂は気楽だなあ。


 それはそうと、フルーレンツさんの様子がおかしい。
 ずっと、コーラッセンのある方角を見つめていた。

「フルーレンツさんは、故郷が恋しい?」

「おお、キャル殿。どうだろう? 我がどう願っても、コーラッセンの民が戻ってくるわけでなく」

「でも、故郷がボロボロの状態って、さみしいよね」

 わたしにできることは、あるだろうか?


「いっそさ、復興させる? モンスターの街にしちゃうとか」

「できるのか?」

「一応、街としての機能は、回復できるかも」

「おお。すばらしい!」

「ただ、建国許可は必要かも」


 わたしは、再び王城に向かった。
 王様に、事情を説明する。
 クリームヒルト姫を助けたことで、わたしは王城にてほぼ顔パスになっていた。

 それでも、教頭先生にかけてもらった【緊張を解く】永続魔法がなかったら、話すこともできなかっただろうね。
 
 
「……というわけなんですが」

「たしかに、ファッパとツヴァンツィガーとの間にパイプがあれば、色々と助かるな」

 とはいえ「魔物ばかりの街」となると、複雑な顔をした。
 
 すいませんねえ。なにぶん、味方がアンデッドばかりなもので……。

「コーラッセンとしては不可能だが、別の都市として再生なら、考えてもよかろう」

「本当ですか?」

「うむ。他の国家との共有財産にしようかと」

「いいですね!」

 建築自体は、わたしたちの率いるスパルトイでやってみる。

 フルーレンツさんが率先して、スパルトイたちに指示を送った。
 古い王都として再生ではなく、新しい過ごしやすい土地を目指している。
 枯れていた畑も、わたしたちで耕す。

『オラオラ! ヤキを入れるよ!』

 レベッカちゃんが雑草を焼き尽くし、クワに変形して土を掘った。
 農具にまで変形できるとか、レベッカちゃんは何者なんだろうか? ヘルムースさんがいうように、マジで魔物を魔剣の形に固めた存在なのかも。

 建物の建築や水車小屋の設計は、フワルー先輩やシューくん、クレアさんが手伝ってくれた。
 
「ゴハンができましたよー」

 わたしは、(ひしお)を使った焼きおにぎりを、みんなに振る舞う。


「ああ、うまい! この一口のために生きとるわ」

「おおげさなんですよ、先輩は」

「せやけど、あんたはホンマにええ嫁はんになるで。冗談抜きで」

「ヤですよー。特定の人と添い遂げるなんてー」

 わたしは魔剣作りの旅がしたくて、家を飛び出した。
 今更、誰かの伴侶になるなんて、考えられない。
 

 
 王様たちは、他の国から移住したい人を、募ってくれるそうだ。

 これは、デカいプロジェクトになりそう。

「よろしいのだ。国家間との交流も、マンネリ気味だったのでな」

 ファッパには、ヤトとリンタローが呼びかけてくれるそうだ。
 財団にも、協力してもらうという。


「一つの王国が管理するとなると、誰が統治するか揉めそうだったのです。が、財団の所有する土地として活用するなら、問題ないかと」

 シューくんが、そう提案してくれた。

 財団は、各地に点在している。
 各国家の商業と連携して、ショップを管理すればいい。


「だんだん、話が大きくなってきたね」

『街の完成が、楽しみになってきたよ!』

 廃墟だった王国が、街として活気を取り戻していく。


 街がすっかり新しく生まれ変わった頃、ようやくグミスリルを使ったヨロイが完成した。

「あの化け物が着ていたものより薄いのに、強度が増しておる。かたじけない」

「いえ。気に入ってくださったなら、なにより」
 
 
 わたしたちの装備も、一新される。

「レベッカの方は扱いに困ったが、お前さんが打ったこの……名前なんだっけ?」

地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)ですわ」

 クレアさんがわたしに代わって、魔剣の正式名称をヘルムースさんに教える。

「おお。まあこの……魔剣の方な。こちらは武器の寄せ集めだったから、鍛え直すことはできたわい」

 見違えるほどに、地獄極楽右衛門は磨きがかかっていた。
 構造が、最初から見直されている。
 驚いたのは、五番の棍棒が回転式になっている。表面が互い違いに回転することにより、武器破壊の仕方が前よりはるかにえげつなくなった。しかし太い刃物とすることで、剣に見えなかった問題も解決している。

「すばらしい発想ですわ。ありがとうございます、ヘルムースさん」

「すごい。これは、鍛冶屋の発想だね」

 鍛冶師といっても、装備品ばかりを扱うわけじゃない。歯車などを作るときだってある。
 わたしたちが街を作っている間も、歯車などを加工していた。

「お前さんたちのおかげで、ええ気分転換になったわい。ありがとうよ」

「いえいえ。ヘルムースさんが天才なんだって」

「ぬかせい。この魔剣は、お主のトンデモ発想じゃろうが。ワシは、それを剣として扱いやすくしたまでのことよ」

 魔剣を一から作るというのは、やはりなかなか難しいという。

「ましてワシは、歳を取りすぎてしもうた。頭でっかちってやつよのう」

「でもすごいよ。長年の経験から、この魔剣の良さを引き出してくれたんだもん」

「ありがとうよ。そう言ってもらえると、鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ」
 

 何度もお礼を言って、わたしたちはヘルムースさんの鍛冶屋を後にする。


「準備完了でヤンスか?」

「うん。行こう」

 あとは、次の目的地への道を邪魔をしている魔女イザボーラを倒すだけ。

(第五章 完)
 コーラッセンの街が、ある程度まで復旧した。
 といっても、ちょっとしたバザーテントが大量にできているだけだが。
 それでもこの間まで、廃墟だった街である。
 今では商人たちのおかげで、活気が溢れていた。

 ミスリル銀製のアイテムなどは、こちらでも売買している。

 コーラッセンとグミスリル鉱山は、ツヴァンツィガーを挟まない位置にあった。
 ツヴァンツィガーによる独占なんて、発生しない。
 魔女イザボーラの手が入らなくなったことで、国家間によるミスリル争奪の緊張は解けた。
 グミスリルはツヴァンツィガーというか、フルーレンツさんが独占してしまっている。だが手に入れたところで、どの国でも加工が難しい。結局、ヘルムースさんらドワーフの手に委ねられるのである。

「そうじゃ。キャルよ、お前さんのヨロイもできあがったぞい。渡し忘れとった」

「ありがと……う」

 ヘルムースさんの作ったアーマーを見て、わたしは絶句した。

 相変わらずの、メイドビキニアーマーとは。

 このヨロイの存在は、忘れていたかったよ。

「あんたもヘンタイかいっ。っての」

「違うわい! ワシはオーダー通りに作ってやっただけぞい」

「オーダーって?」

 ヘルムースさんは親指で、クレアさんを指し示す。

 ああ。あの人の依頼なら、断れないよね。
 しかも、アーマーの完成度といったら。
 やはりというか、当然というか。わたしが錬成するより、強度がアップしている。
 さらに、外れにくいというスグレモノ。
 なのに、布面積はわたしの手製よりやや小さめというね。
 職人芸だよ。
 
「このこだわりは、やっぱりヘンタイじゃないと」

「違うっちゅうんじゃっ。ワシはヨメ一筋じゃて!」

 でも、気合の入り方が違うんだけどなあ。

「それはそうと! ツヴァンツィガーの兵隊が、イザボーラの棲む洞窟に突撃したそうじゃ」

 複数の冒険者とともに、ツヴァンツィガーが攻め込んだという。

「結果は?」

「各フロアのガーディアンを、破壊できたそうじゃ」

 さすがにグミスリルの鉱山を守っていたヤツラよりは、弱かったそうな。
 ましてこちらは、ミスリルで武装した集団だもん。

「じゃが、出口が見つからんとな」

「そうなんだ」

 雪山は迷宮となっていて、ここを突破しないと魔女の宮殿にたどり着けない。
 しかし、その迷宮の攻略に手間取っているという。

「リンタローとヤトが先んじて攻略を開始しておるが、時間がかかりそうじゃ」

「わかった。合流するよ」

 お弁当を作って、雪山を突破しに向かおう。

「クレアさん、ダンジョンに行きましょう」

「ですわね。やはりワタクシ、待機していられる性分ではありませんわ」

 わたしたちは、いわゆるボスキラーだ。

 なのでリンタローとヤトは、わたしたちに待機しておいてくれと言った。
 自分たちで露払いをある程度行い、切り札であるわたしたちに、魔女をたおしてもらおうとしていたようである。

 しかし、想像以上にダンジョン攻略に難航しているようだ。


 雪山のダンジョンに、到着した。

 やや肌寒いが、レベッカちゃんで体温調節できるので、寒さは気にならない。

「クレアさんは、どうですか? 寒いんじゃ」

「いえ。このくらい、どうってことありませんわ」

 本当に、寒くなさそうだ。

 クレアさんの全身は、ミスリル製の胸当てである。
 ほかは、金属を編み込んだミニスカートだ。

 わたしのメイドプレートもそうだが、全体に「地獄のヒスイ(アビスジェイド)」を施してある。流体状態にして、アーマーの周囲を常に駆け巡っているのだ。これによって魔法攻撃力アップするだけでなく、常に魔法障壁を張って防御面の向上までこなしている。装備が軽いので、敏捷性も高い。
 おまけに、クレアさんのブーツは特注品だ。魔法石による強化はもちろん、ヘルムースさんがアーマーに施した処置を、ブーツにも同様に仕込んである。
 弱いわけがない。


「行きます、クレアさん」
 
「ついて参りますわ、キャルさん」


 わたしたちは、ダンジョンに入る。

 暗くて、先が見えない。

 こういうとき、テンちゃんの光る目は便利だ。
 光を常に照らしているのでモンスターには襲われるが、その都度蹴散らすから問題ない。

「キャル、こっちでヤンス」

「おなかすいた」

 少なくともあいさつしてきたリンタローに対し、ヤトはマイペースである。

「はいはい。安全な場所に移って、ゴハンにしよう」


 わたしたちは、ヤトたちと合流して、昼食にする。
 ちゃんと、他の冒険者の分だって、もってきてるんだから。

「並んでくださいね」

『横入りするヤツは、メシ抜きだからね!』

 おっかないレベッカちゃんの罵声に、冒険者たちが震え上がった。

 まあ彼らからしたら、バカでかいネコが怒鳴り散らしているように見えるから、しょうがない。

「ところで、どんな感じ?」
  
「危険なトラップはないでヤンス。ボス部屋なんかも、なさそうでヤンスよ」
 
 となれば、魔力の温存とかはしなくていいっぽいな。

「ところが、仕掛けが難しい」

 純粋魔法使いのヤトでさえ、手を焼くほどの要素があるという。


「全っ然! 単語が、わからん!」

 おそらく出口につながっている扉にある文字が、どうあっても解読できないらしい。

「見せて」

「うん、そこにコンソールがある。そこの文字」


 ヤトに案内してもらった場所に、辿り着いた。

 敵は倒してくれているので、めちゃ安全に到着する。

「うわああああ」

 思わず、ため息が漏れた。

 着いた場所は、ステンドグラスの間である。
 万華鏡のように形を変える鏡が、行く手を遮っていた。

「これ、氷だ」

「そう。【永遠の氷】。【原始の氷】でも破壊できない、究極の氷。行く手を塞ぐのに、最適」

「詰みじゃん」

 もし、ここを通れなければ、何ヶ月もかけて山を登る必要がある。しかも、人が通れる道ではない。別口から山にトンネルを掘ることも、不可能だ。
 
「開く手段はある。でも、解読できる相手がいない」

 ヤトが、ため息を付く。

「これは……我に任せよ」

 ステンドグラスのそばにあるコンソールに、フルーレンツさんが立つ。

「永遠の氷よ。今、雪解けのとき……」

「読めるの?」


「これは、古代コーラッセンで使われていた言語だ。何千年も昔の」

 さらにフルーレンツさんは、コーラッセンの言葉を読み上げた。

「今こそ裂け目を抜け、魔女を討たん」


 ズズズ……と、氷の万華鏡が開く。やがて、氷の結晶による道ができあがった。


「すごいでヤンス。古代コーラッセンの言語なんて、天狗(イースト・エルフ)にさえ、伝わっていないでヤンスよ」

「古代コーラッセン語なら、読むものはいないと踏んだのだな。だから我を目覚めさせ、傀儡にしたのだろう」

 自分の根城を守るために、古代王国の言葉を利用するとは。

『こざかしいヤロウだね?』

「うん。絶対、やっつけよう」

 大切な故郷の言葉を利用された、フルーレンツさんのためにも。

 雪山のトンネルを抜けると、真っ白い洋館が見えてきた。
 木でできている屋敷だが、すべてが雪でできているかのように、白い。
 
 
「ここから先は、私たちだけで行く。みなさんは、帰って」

 ツヴァンツィガーの兵隊に、ヤトが告げる。

「いいのか? ツヴァンツィガーとしては、なんとしても魔女を叩かねば」

「どちらかというと、私たちがいない間に城を守ってほしい。魔女を警戒しつつ、ツヴァンツィガーを守るなんて器用なマネはできない」

 ヤトが、ここまで気を張る相手なんだ。魔女イザボーラって。

「わかった。国王には報告しておく。ご武運を」

 ツヴァンツィガー兵は、去っていく。

 わたしたち以外の冒険者も、帰っていった。
 自分たちが足手まといだと、思ったのだろう。