ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

 レベッカちゃんは、もう魔剣レーヴァテインと呼べないくらい、歪な存在になってしまった。

 彼女は彼女で、独自の強さを手に入れている。

「バケモノめ。同じ魔の存在であるレーヴァテインなら、御せたものを! 不純物まみれの、ガラクタが!」

 妖刀で、わたしの腕に切りかかった。

『ガラクタ、上等だよ!』

 レベッカちゃんが、打ち返す。

『あんたら剣どもに、アタシ様の思想は理解できないだろうね!』

 魔剣レベッカちゃんがこうなったのは、きっとわたしのせいだ。わたしが低レベルなうちから、錬成でムリヤリ【原始の炎】と錬成したから。

 それが正しいのか悪いことなのか、使い続けていかないとわからない。

 けど、レベッカちゃんはレーヴァテインという『縛り』からは開放された。

『キャルが気にすることじゃ、ないんだよ。たしかにあんたのせいで、アタシ様はレーヴァテインとは別物になったけどさ。今は感謝ているくらいさ』

「レベッカちゃん」

 わたしはレベッカちゃんを、ヤトに向けて構える。

「【属性貫通】など、邪道もいいところだ! 属性剣の誇りを失いおって!」

『あんたこそ、【原始の氷】なんて持っているじゃないか!』

「あれは、魔王カリュブディスのスキルだ! 勝手に取り込んでしまったのだ!」

『ほざいてな! あんたみたいなのを、ダブスタってんだよ!』

 ヤトの妖刀による攻撃を、レベッカちゃんがカウンターで弾き飛ばした。

『おかげで、高純度のオリジナル魔剣に生まれ変わったのさ。いいかい? キャルの錬成はすごいよ。あんたもやられてみなよ!』

「ほざけ! そんな奇術師の手に、改造されたくないわい!」

 ヤトが、妖刀を振り回す。

『頼む、クレア!』

「はい!」

 クレアさんが、釣り竿の針を投げた。

 死神の鎌を思わせる巨大な針と、水氷の糸が、ヤトに巻き付かんとする。

 妖刀で、ヤトが鎌を弾こうとした。

『どらあ!』

 レベッカちゃんが、ヤトに斬りかかる。

 ヤトは、魔剣に対処せざるを得ない。魔法で、釣り糸を破壊した。

 こちらの攻撃は、受け流されてしまう。

 だが、ヤトの動きが一瞬止まった。

「やっぱり!」

 ヤトは魔法を使う時に、洗脳が和らぐ。少しだけ、正気に戻るのだ。身体強化は、妖刀が勝手に作動している。しかし魔法を使うのは、苦手なようだ。

 どおりで、魔法に頼る攻撃をしてこないと思っていたが。

 さすがの妖刀も、マルチタスクに割く魔力はないか。

 妖刀がヤトを洗脳しきれていないというわたしの予想は、間違っていなかったんだ。

 生まれたスキを、わたしは見逃さない。

「今だよ、リンタロー!」

「はいでヤンス!」

 わたしとヤトの間に割って入り、リンタローがヤトの手を折った。

 ヤトの手から、妖刀が離れる。さすがに手の甲が折れたら、妖刀を手放すか。

 カラン、と妖刀が地面に落ちた。

 リンタローはヤトを抱える。すぐさま風属性魔法で竜巻を起こし、妖刀から距離を取った。

「しっかりするでヤンス。ヤト」

 わたしが錬成した特製ポーションを、リンタローがヤトに少しずつ飲ませる。

 折れたヤトの腕が、徐々に再生していった。

「ん?」

 ようやく、ヤトが正気に戻ったらしい。

「無事でヤンスか、ヤト?」

「私は、なんてことを」

 今までのことを思い出してしまったのか、ヤトが顔を覆う。

「いいんでヤンス。お前さんが無事なら、ソレガシはそれで十分でヤンスよ」

「でも、傷だらけ」

「これくらい、ツバをつけていれば治るでヤンス」

 さすがに力を使いすぎたのか、リンタローがあぐらをかいて動けなくなる。

「ば、バカな。洗脳が、こうもあっさりと」

 妖刀を手放せれば、開放できるだろうと思っていたが。

「本来なら、ヤトの腕を切り落とすところでした」

 どうにか最小限のダメージを与えて、ヤトから妖刀を手放せればよかった。

 しかしヤトが強すぎて、付け入るスキがない。

 なのでクレアさんとリンタローをぶつけて、ヤトの戦闘スタイルを把握する必要があった。

 結果、魔法を使うと一瞬の洗脳が微量ながら解除されると判明。

 レベッカちゃんと話し合い、策を立てたのだ。

「錬成で、貴様が作っていたのは?」

「ポーションです。エリクサーっていえば、いいですかね?」

 もしヤトの腕や指を切り離さなければならなくなったとき、このポーションで身体を繋げる予定だったのだ。

「なんと。怪滅竿(ケモノホロボシザヲ)に細工をしたのでは?」

「何もしていません」

 錬成台で釣り竿を分析して、わかった。

 結局どうやっても、ヤトの武器である釣り竿型杖は、錬成できないと。

 完成しすぎていて、わたしの技術を入れ込む余地はない。

 さすが異国の巫女たちが作った、伝説の妖刀である。気軽にわたしが、変化させていいものではない。

「この釣り竿は、これだけで十分に強いので」

 わたしは、釣り竿をヤトに返す。

「本当に、なんの錬成もしていない」

 ヤトが釣り竿の状況を、確認した。

「はい。東洋の武器は、専門外なので」

 ヘタにわたしが釣り竿を細工をすれば、どんなクリーチャー武器になるかわからない。
 人語を解するくらいなら、大丈夫だろう。
 だが魔法使いにとって扱いづらい武器になってしまえば、目も当てられない。

 ましてやわたしは、炎属性の魔法使いだ。
 氷属性の武器を、開発できるかも謎だったし。

「どうもおかしいなと思ったのは、あなたが釣り竿型の妖刀を捨てたときでした」

 ヤトはいわゆる純魔……純粋な魔法使いだ。

 なのに、アイデンティティである釣り竿型の妖刀を使わないのはおかしい。

 これと妖刀ヨグルトノカミで二刀流されていたら、わたしも結構あぶなかったはず。

「これで、わたしは確信したんです。あなたは、魔法を使いたくないのかなって」

 わたしたちは、妖刀に迫る。

「さて、講釈は終わりです。お覚悟を」

「フフ。いくら弁舌を並べ立てたところで、余を手に取る者はまた新たなエサとなるだけ。さあ、どちらの女が余を手に取るのか?」

 未だコイツは、自分に武器としての勝ちがあると思いこんでいるらしい。 

「トート、五番を」

 クレアさんがトートに命じて、『魔剣を破壊する棍棒』を用意させた。ブンと、スイカ割りのようなフォームをしてみせる。

「ヤトさん。どうぞ。これは、『魔剣を壊すために作られた魔剣』ですわ」

 持ち手の方を上にして、クレアさんがヤトに棍棒を差し出す。

 ヤトが、棍棒を受け取った。

「待て! こんな純度の高い妖刀、そのままで活用せねばどうなるか! 元に戻すのに、一〇〇年以上はかかるぞ!」

「私たち一族は、一〇〇〇年以上も苦しめられた」

 棍棒を、ヤトが振りかぶる。

「待て!」

「妖刀としてではなく、単なるガラクタとして死ね」

 断末魔を妖刀が上げることすら許さず、ヤトは妖刀を叩き壊した。


 見事、妖刀は粉々になっている。

「いいの? 報告しなきゃでしょ?」

「大丈夫でヤンス。ほら」

[妖刀【夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)】を討伐しました。ギルドに報告をします]

 わたしたちの手の甲にある端末から、アナウンスが。

 ちゃんと、母国のギルドに伝わるのか。

「さて、素材素材を、と」

 妖刀の破片にしゃがみこんで、素材を取っていく。

 東洋の素材って、不思議なものが多い。見たことない金属を扱っている。

「見て。レベッカちゃん。こんな色した金属なんて、見たことないよ」

『こいつは【ヤミハガネ】だね。邪悪な魔力をインゴットの段階で込めているのさ。アタシ様の一部にも、使われているよ』

「じゃあ、錬成してOK?」

『もちろんさ。大好物だよ』

 わたしは早速、錬成を試す。

「キャラメ・F(フランベ)・ルージュ」

 後ろから、ヤトが声をかけてきた。

「あなた、【原始の氷】はいらないの?」

 黒い氷を、ヤトがわたしに差し出してくる。お礼のつもりなんだろう。

「うーん。いらないかな。わたしたちには、【原始の炎】があるから」

 炎属性なのに、氷の属性貫通なんてもらったら、相殺されちゃいそうだ。

「でも」

「代わりに、いいものをもらうからね」

 わたしは海底神殿の壁に、レベッカちゃんを突き刺す。

「さあ、食事の時間だよ」
 わたしはレベッカちゃんに、海底神殿の鉱石を根こそぎ食べてもらうことにした。

「こんな神殿、あっても仕方ないもんね」

 冒険者用の狩り場ならともかく、人を襲うモンスターが湧くダンジョンはいらない。

 魔王の影響は、まだこの神殿には残っている。

 このダンジョンは、破棄すべきだ。

「神殿のどこに魔法石があるか、わかるよ。わたし、【鉱石探知】を取ってるから」

 本当は、鉱石探知は鍛冶のスキルである。
 とはいえレベッカちゃんと共に行動するなら、魔法石の錬成が必要だ。そのため、知識として取っておいた。
 ファッパの街で、鉱物関連の書籍も集めたし。

『準備がいいじゃないか、キャル! 久々に、ごちそうにありつけるよ!』

 レベッカちゃんを壁に突き刺し、魔法石を食わせる。神殿の端から端まで、すべて。

 わたしが鉱石のありかを探知して、レベッカちゃんが吸い上げる。魔法石を粒状に変化させて、吸収しているのだ。

『アハハ! 大漁だね!』

 海底神殿から、レベッカちゃんが大漁の魔力を奪っていく。

 神殿の明かりが、点滅し始めた。魔力を奪われているせいか、壁を覆う魔力が少なくなってきたのだ。ヒカリゴケは生きているから、暗くはならない。

 壁から、本格的に青緑色の光がなくなっていく。

 砂が、わたしの頬に落ちてきた。

「崩れてきたね」

 わたしは、天井を見上げる。

 グラグラっと、建物が崩れそうな気配が。

 だが、作業はやめない。やめてはいけないんだ。

「魔王が神殿に溜め込んでいた魔力なんて、全部奪ってしまおう」

 ここで作業を止めたら、また魔物がこの神殿に集まってしまう。第二、第三のカリュブディスが生まれるかもしれない。

 だったら、ここで神殿の魔力をすべて狩り取るべき。

「てっきり、魔物が襲ってくるかなと思ったんだけど」

 この神殿の、動力を吸っているんだ。神殿を守ろうと、魔物たちが押し寄せるのを想定していたんだけど。

「別のルートで、ソレガシたちが倒し尽くしたでヤンスよ」

 そっか。ヤトもリンタローも、わたしたちとは違うルートから来たんだっけ。

「ほぼ一本道。ザコだらけで、大した収穫もなかった」

「キャル殿の話を聞いた限りでは、ソレガシたちのルートは近道だったっぽいでヤンス」

 わたしたちのルートは、ハードモードだったんだなぁ。

『このフロアを全部ぶっ壊しちまう勢いで、吸い尽くすよ!』

 神殿が形態を維持できなくなるほど、魔力石をもらっていく。

「すごいでヤンスね。本来なら、数年かけて行う作業でヤンスよ。それを、数時間で」

「キャルさんは、とんでもないんですよ」

 リンタローとクレアさんが、話し合っている。

「終わった。すべてが、化石になった」

 壁を撫でながら、ヤトが神殿の様子を探っていた。

 魔物にとって、この神殿にはもうなんの価値もないはず。

 ここらで、引き上げるとしよう。

 海底神殿を脱出し、洞窟を抜ける。

「神殿が」

 ヤトが、振り返った。

 神殿の門が、崩れていく。建物が、存在を維持できなくなったのだ。

「よかった。これでもう、街は襲われないね」

『神殿の跡地も、魚の住処くらいには、ちょうどいいんじゃないか?』

 そうかもしれない。

 この洞窟も冒険者たちの狩り場として、機能するだろう。

「出口が見えたでヤンス」

 リンタローが先頭になって、道を指し示す。

『久々の、外の光だね』

「でヤンスね、魔剣殿」

 はっ。そういえばわたし、ずっと剣の方に話しかけていたっけ。だったら、バレちゃうよね。

『はあ? アタシ様は仙狸の』

「隠さなくてもいいんでヤンス。最初から、わかっていたでヤンスよ。天狗(イースト・エルフ)は、たいていなんでも見てきた種族でヤンス。インテリジェンスウェポンなんて、珍しい類ではないでヤンスよ」

 だったら今後も、この二人にはレベッカちゃんの素性を隠す必要がない。

 島まで、戻ってきた。

 大型の船が、島の近くに停泊している。

「おーい。みんな無事なんかー?」

「無事だったら、返事をしてください」

 フワルー先輩とシューテファンくんが、船の上からこちらに手を振っていた。

「よう生きとったな。魔王が復活しとったって聞いたときは、目ん玉飛び出たで」

「とにかく、帰りましょう。ここに長居しないほうが、よさそうです」

 わたしたちは、船に乗り込む。

 後のモンスターは、冒険者が処理してくれるだろう。

「レベッカちゃん、魔剣のレベルってどうなった?」

『ざっと、四〇まで上がったよ。とんでもないね。一〇以上もレベルが上がるなんてさ』

 この状態で、魔王や妖刀に挑みたかったな。だとしたら、楽だったんだけど。

 とはいえ、緊急事態だった。今更、「楽がしたかったなー」っていっても、どうしようもない。

「どうもありがとう。キャラメ・ルージュ」

 改めて、ヤトがお礼を言いに来た。

「いえいえ。ギルドの依頼だったし」

 海底神殿の打倒は、あくまでも仕事である。

「でも、私たちを助けることは、依頼には入っていない」

「なりゆきでこうなっただけ。別に、わたしは気にしていないよ」

 わたしがそう言っても、ヤトは満足していない。

「魔王は、クレア姫が討伐した。妖刀は、私が破壊したことになっている。あなたには、なんの見返りもない」

「海底神殿の魔力をまるごと飲み込んだから、差し引きはゼロかな」

 妖刀のパーツだって、分けてもらっているし。

「それでは示しがつかない。私は、あなたに助けてもらった。せめて、恩返しを」

 じゃあ、どうしよう。
 


 考え事をしていたら、ファッパの街まで戻っていた。
 フワルー先輩の工房で、錬成をさせてもらう。

「さっそくなんだけど、【原始の氷】を錬成してほしい」

 ヤトがわたしに、妖刀【怪滅竿(ケモノホロボシザヲ)】を差し出した。自身の武器に、属性貫通効果を付与してほしいという。

「わかった。錬成!」

 釣り竿型の妖刀に、属性を貫通する効果が追加された。

「でもこの武器はもう、属性特化攻撃はできないよ。氷属性を持つ武器として、中途半端になるのが、確定したけど」

「構わない。弱点を消す方が、効果的」

 他には、レベッカちゃんのスキル振りなどを行う。

 わたしもスキルを調節したのだが……。

「ヤバイスキルが開放されたよ」

『ほほう! 【合成魔法】とはね!」

 わたしはステータス画面に浮かぶ、【合成魔法】の説明書きを読む。

[合成魔法:二つ以上の属性魔法を合成し、より強力な魔法を使えるようになる]

「つまり、錬金術師は魔法さえ錬成できるってこと?」
 
 どれくらいヤバイのかを、ヤトがうまいこと解説してくれた。

「うん。トンデモスキルだよ」

 使うには術師が二人以上必要だが、使い勝手はいいスキルになりそうだ。

 これを使うなら、クレアさんとになるけど。
 炎と電撃だけか……。

「あ、そうだ!」

 わたしは、名案を思いつく。

「ヤト、リンタロー。わたしたちと一緒に、冒険する?」

 呼ばれた二人は、わたしの提案を聞いて目を見開いた。

 ヤトは、後衛職である。

 わたしとクレアさんは、どっちもお互いに前のめりな戦闘法だ。

 ゆえに、後方でサポートしてくれる人がいると、ありがたい。

 リンタローも、中衛で攻撃と防御を担当してもらえると、助かる。

「火力も防御面も申し分ないキャルがいれば、防御面に不安があるリンタローにとってもありがたいけど」

 ヤトは、乗り気だ。

 なにより、にぎやかになりそうだ。

「それが、いいですわ」

 クレアさんも、話に割り込んできた。

「お二人は、魔剣探しをなさっているのですわよね? 強い魔剣に出会う可能性が高まります。これはいい機会ですわよ、キャルさん」

「ですよね! ささ、お二人さん。一緒に旅をしない?」

 わたしとクレアさんで、猛プッシュをする。

「ソレガシたちの仕事は、あくまでも国家単位の事業でヤンス。お二人には、なんのメリットもないのでヤンスよ?」

「ワタクシたちはワタクシたちで、現地で冒険者として依頼を受ければいいんですわ」

 うんうん。そういうこと。

「ソレガシは、悪くないと思うでヤンス。あとはヤト次第でヤンスね」

 いたずらっぽく、リンタローがヤトに話題を振った。答えなんて、わかり切っているはずなのに。

「わかった。よろしく。キャラメ……」

「キャルでいいよ」

「うん。キャル」

「よろしくね、ヤト!」


(第四章 完)
 海底神殿で得た戦利品の確認をする前に、わたしたちは一休みすることにした。
 一日中、泥のように眠る。

 夕方になってようやく起き出して、クロスボーデヴィヒ財団主催のバーベキューパーティに呼ばれた。

「おいしい……」

 久々のお肉に、わたしはほっぺが落ちそうになる。

「魚もイケルでヤンスよ、キャル殿」

ラム酒を片手に、リンタローが持っているものは! 
 
「ホント? うわ。お刺身だ!」

 お刺身なんて、王都じゃめったに食べられなかったもんなあ。
 あっても、干物だったもんね。しかも、現地の数倍は塩辛い。

「ああ。おいしい……」

「いい食べっぷりでヤンスね。一杯どうでヤンス?」

 リンタローが、ラム酒をすすめてきた。

「いや。わたし飲めなくて」

 一五歳になって一応、元服はしている。お酒は飲んでいいんだけど、アルコール自体がダメっぽい。
 ラム酒の匂いを嗅いだだけで、むせてしまった。

「ごめん。いいかな?」

「そうでヤンスかー。ヤトもダメなんでヤンスよねえ。あっちは辛党でヤンして」

 ヤトは、わさびをきかせたお寿司を食べている。
 にぎり寿司なんてあるんだ。ここって。

「わたしも、あっちをいただきます……」

「でヤンスか。飲めるようになったら、おっしゃってくれでヤンス」

 リンタローはラム酒の瓶を、ラッパのように傾ける。
 クレアさんの方には、行かないんだな。
 飲めないって、わかってるんだ。
 
 クレアさんの方はフワルー先輩に、お酒をすすめられている。
 だが、あちらも飲まない様子だ。
 シューくんは、まだ未成年なのでお酒はダメ。

「フワルー、ダメでヤンスよ。飲めない人に、ムリヤリすすめたら。アルハラでヤンス」

「しゃーない。ほな、アンタが飲み」

「へーい」

 フワルー先輩がリンタローのグラスに、ワインをなみなみと注ぐ。

「じゃあ、ご返杯」

「いらんわ! それ、アンタが口つけた瓶やんけ!」

 リンタローはラム酒を注ごうとして、フワルー先輩にかわされていた。 

 さて、わたしはお寿司を、と。

「あいにく、血合いしかありません」

 板前さんが、わたしに頭を下げる。

 フフフ。わたしにお魚の知識がないと見てるね。
 
「なにをおっしゃる。骨の周りなんて、一番美味しいところじゃないですか」

「おっ。わかってらっしゃいますね」

 負けたよ、といった顔になって、アラをこそぎ落とす。
 自分たちだけで一番美味しい部分を、食べようとしていたな。

 残念でした。わたしにも、ちょっぴり分けていただきますからね。


『楽しそうだな。キャル』

 仙狸のテンちゃんにくくりつけられた、レベッカちゃんのそばまで行く。

 テンちゃんはツナ、つまり、炙ったマグロを食べていた。クマかよってくらいに、モリモリ召し上がってらっしゃる。
 
「ごめんね、レベッカちゃん」

『いいってことよ。海底神殿をまるごといただいたんだ。むしろ、食あたり気味なくらいさ』

 レベッカちゃんが食あたりって。

「明日は、絶対に錬成するからね」

『頼んだよ、キャル』
 
 
 で、翌日を迎えた。


 改めて、戦利品の確認を行う。

 妖刀のかけら数点と、魔法石はわたしとレベッカちゃんで。

 神殿を支配していた魔王【カリュブディス】のドロップ品は、クレアさんが手に入れた。

 こちらは、同じように魔王を倒したヤト組も同じである。

 ただ、二人のアイテムの種類は微妙に違っていた。

「クレアさんは武器全般。ヤト組は、防具やアクセサリが中心ですね」

 カリュブディスのドロップ品を、クレアさんは一箇所にまとめる。
 
「お好きなものを、どうぞ」

 錬成に使いたい品を、分け合う。
 
「いいんでヤンスか? そちらには、デメリットばかり残るのでは?」

「構いませんわ。お二人がそんな薄情な方たちだとは、こちらも思っていませんもの」
 
 さすがクレアさんだ。相手のことを、よく見ている。

「でもソレガシたちは、お二人がセイレーンと戦っているときに、先回りしたでヤンスよ? 薄情だとは、思わないので?」

「別に。当然の判断だと思いますわ。ワタクシがリンタローさんだとしても、同じことをしていたでしょう」
 
「欲がないどころか、お人好しすぎるでヤンス」

 リンタローは戸惑ったが、ヤトは迷わず自分の欲しい物を取っていった。

「この二人は、別にお人好しじゃない。こちらが最適な武具を選ぶと、本気で信じてる」

「でヤンスね」

 リンタローも、自分の求めている品に手を出す。

 続いて、わたしたちも同様の行為をした。

「見事に、割れたでヤンスね」


 リンタローは、敏捷性が上がるブーツなど。
 ヤトは、精神耐性の上がるアクセなどを選んだ。

 脳筋クレアさんは、攻撃力の上がる腕輪だけをチョイス。さすがというべきか。

「キャルは、ヨロイ中心?」

「うん。重めのを選んでみたよ」

 このパーティなら、今後わたしはタンクを引き受けることになるだろう。

 タンクとは、ヘイトを稼いで相手の攻撃を受ける役回りだ。
 
 どうあがいても、わたしは足が遅い。
 鈍重なわたしが速度アップの装備で固めても、足手まといになりそう。
 海底神殿での戦いで、わたしは思い知った。

 レベッカちゃんに身体強化をしてもらったけど、筋力がメインである。
 これでは、ヒット・アンド・アウェイ戦法なんてできそうにない。

 ならば素早さを捨てて、相手の攻撃は全部受け切るつもりで構えていたほうがいいのではないか。
 そう、ビルド構築を考えたのだ。

「魔法石が大量にあるから、ヨロイづくりには事欠かないよ」

「そうはいっても、専門家の知恵は必要かも」

「そこは、ぬかりはないよ」


 シューくんにも、工房に入ってもらった。
 フワルー先輩も、監修役として同行している。

「キャルさんに呼ばれるなんて、光栄ですね」

「ありがとう。こっちのムチャぶりにこたえてくれて」

 さっそくビルドの構築について、相談に乗ってもらう。

「はい。魔法ヨロイですね。古い文献を調べたら、こんなものが」


 シューくんが、ヨロイの百科事典を調べる。

「ビキニアーマーやて!?」

 先輩が、目を丸くした。

「うーん。これなら際どい露出をガマンすれば、機敏にうごけるけどね」

 肌を見せびらかすこと以外は、案外防御面で不自由しなさそう。
 一応、ビキニ素材は金属みたいだし。

『たしかに、動きやすそうだね』

 レベッカちゃんも、満更でもない様子。

「アカンアカン! こんなの! シューと二人きりのときに、見せたるわ!」

 フワルー先輩が、やたら焦りだしている。

「そういえば、先輩が学校で来ていた貝殻ビキニも、いちおう『これは【ビキニアーマー】や!』って、ごまかしていましたもんね」

「せや! あんなんでよかったら、家でなんべんでも見せたるわ、シュー! せやからキャルをビキニ姿にするんは、やめとき」

「どうしてです? わたしは一向に構いませんよ」

 フワルー先輩に続き、なぜかクレアさんまで「ダメ!」と声を荒らげた。

「クレアさん?」

 なんなんだ、二人して?
 
「キャルさん! あなたはもっとご自身の身体がいかに殿方を狂わせるか、もっと自覚した方がよろしくてよ!」

「せやで。よろしくてよ!」
 
 うーん。動きやすそうでいいと思ったんだが。

「あの、お二人には申し訳ないのですが、一応ボクは『こういうアイデアもあります』と提示しただけでして、決してキャルさんのビキニが見たかったわけでは」

 シューくんが、頭をポリポリとかく。

「せやったん!? ほんならはよ言うてえな! 本気にしてもうたやん!」

 フワルー先輩が、シューくんの肩をバチンと叩いた。

「いてて。では、候補を上げますね」

 改めてシューくんが、リストをわたしに見せる。


「本命は、こっちかなと」
 
「ドレスアーマーか」
 素材の荒い紙と絵の具を用意して、シューくんがわたしの全身像を描き始めた。

「ボクがキャルさんの体型や戦闘スタイルを分析して、提案するのは、こちらです」

 シューくんから提案されたのは、赤いドレス型のアーマーだ。
 真紅のドレスの上に、金属製のプロテクターを埋め込むというものである。

 ドレスといっても、ロングスカートで下半身を覆うって程度だ。
 レースを使うとか、豪華なものではない。

 ただ、ドレスというとクレアさん、ってイメージなんだよなあ。

「クレアさんは、どう思いますか?」
 
「ワタクシなら、ドレスアーマーは自前で持っていますわ」

 城攻めなどが発生した場合は、ドレスアーマーを着込むという。

「使ったところは、見たことがないですね?」
 
「スカートが、めちゃくちゃ重くて。とても、立ち回れませんの」

 なるほど。
 クレアさんは、飛び跳ねまわる戦闘スタイルだからね。
 
「キャルさんのイメージに合わせて、赤いドレスアーマーなんていかがでしょう」
 
「ヨロイの下には、タートルネックのホーバージョンを着るんだね?」
 
 つまり、黒いキルトのインナーを着るのか。

「はい。その上にホーバーク、いわゆる薄手の鎖帷子(くさりかたびら)のシャツを着てもOKですね。鎖帷子の利点は、重ね着ができることですから」

 シューくんからの言葉に、わたしはちょっと待ったをかけた。
 
 この上からさらにプロテクターを付けると、ずんぐりむっくりした出で立ちになりそう。
 
「フムフム。じゃあ、キルトのみで」

「わかりました。では、下の方はどうします?」

 こちらは、金属製ニーハイで固めようかなと、考えている。

「いいですね。前はミニスカートタイプで、動きやすさ重視と、で、死角となっている後方は、ロングスカートで覆うんですね?」

 薄手の生地の上に、さらにプロテクターを重ねるイメージだ。

「うん。その感じで行くよ」


 完成したイラストを、見てもらう。


「ボツですわ」

「ないわー」

 クレアさんとヤトから、強烈なダメ出しを食らう。

「キャルのアイデンティティが、全部死んでるでヤンス」

「せやな」

 リンタローと、フワルー先輩からも。

「えーっ? なんでですか?」

「なんかこう、しっくり来ませんわ。キャルさんの持ち味がすべて、消え去ったような」

 クレアさんからは、抽象的な意見が返ってきた。

「キャルは生足を出さないと、キャルじゃない」

 かなり具体的なコメントが、ヤトから飛んでくる。

「いや、生足出すってそんなに重要?」

「少なくとも、キャルに限って言えば」

 スカートの部分に、ヤトが大きくバッテンを付けた。

「こんな、足が隠れてしまうようなプロテクターは、アウト」

「マジに言うと、ソレガシもあまり賛成できかねるでヤンスよ」

 なんと、リンタローからもダメ出しを食らう。

「どうして? 足が隠れるってのは、いいことなんじゃ?」

 足の動きから、こちらの戦法を読み取るって聞いた。
 だから足が隠れるドレスアーマーは、かなり最適だって思ったんだけど。

「それは、達人の領域でヤンス。単に足を隠しているだけだと、邪魔なだけでヤンスよ。ましてや、重めのヨロイを着るんでヤンス。足さばきどころの話じゃなくなるでヤンスよ」

「さっき、自分で言っていなかった? 『鈍重だから、相手の攻撃はすべて受けてカウンターを狙うのだ』って。だから、気を配る必要はなし」

 リンタローとヤトの二人から、具体的な反論が返ってくる。

「そうでしたわ。だからワタクシも、ドレスアーマーに抵抗があるのですわ」

 だとしたら、クレアさんにドレスアーマーはこしらえないでおこう。

「キャルさんに至っては、あまりオシャレな気がしませんの。この絵のままだと、ドレスに着られていると言うか」

「そもそも、キャルはドレス姿が似合う子じゃない。どちらかというと、使用人って感じが当てはまりそう」

 お姫様二人から、トドメを刺される。

 わたしは、清楚ではないんだな。

「ですので、こういうのをご提案いたしますわ」

 クレアさんシューくんから、余った紙をもらう。

 余った用紙で、クレアさんがイラストを描く。

「シュー様。こういったものはいかがでしょう?」

 できあがったイラストを、クレアさんはシューくんに見せた。

「ボクには、判断できかねます」

 お手上げと言った感じの意見を、シューくんは述べた。

 クレアさんは、どんなイラストを描いたんだ?

「どれどれ」

 シューくんの肩の上から、イラストを覗き込む。
 
 おお。抽象画みたいになっていた。
 なんのイラストか、まったくわからん。
 これがわたしだというなら、いったいわたしはクレアさんからどんな風に見えているんだろう?

「クレア、あまりえが上手じゃない」

「ですわね。キャルさんをイメージしてみたんですけれど」

「それだと、古代の壁画。貸してみて」

 ヤトがあとを引き継いで、イラストを描き始めた。

「おお、うまいっ」

 意外な才能を、ヤトが発揮する。

「絵日記が大好きなんでヤンスよ」

「バラさないで。ばか」

 赤くなったヤトが、頬を膨らます。
 
 出来上がった絵を、ヤトがみんなに見せた。

「これは!」

「クレアの絵を参考にしてイメージした、メイドアーマー」

 メイド服タイプのアーマー、ってことかな?

「ドレスアーマーもいいけど、なんだかキャルって印象じゃない。豪勢すぎ。あと、ドレスアーマーってゴツい。だから案外、かわいくない」
 
 あくまでも見た目重視である、と。

 使用人の服なら、機能性なども重視されているから、たしかに動きやすいかも。

「ミニスカメイドなのは?」

「足を見せないキャルは、キャルじゃない」

 さいですか。
 やはりそこは、譲れないんだろうな。
 
「肩のパフスリーブが、かわいいね」

「これ。これが一番のポイント。ここ重要」

 トントントントン! と、ヤトが紙を指でノックする。

「他の部分はマジおまけ。大事なのは、パフスリーブ」

 ヤトが、やたら力説した。

「わかったよ。これでいくね」

 みんなに出て行ってもらい、わたしは装備の錬成を始める。

 今まで使っていた外套も、錬成に使おう。
 クレアさんに仕立ててもらったやつだし。

「キャル!」

 扉が開き、フワルー先輩がなにか黒いものを投げてよこす。
 メイド服だった。

「あ、ありがとうございます」

「赤メイド、黒ニーハイでお願い致しますわ!」

 先輩の後ろから、クレアさんがひょっこり顔を出す。

「はい。わかりましたクレアさん」

 半ば棒読みになりつつ、改めて作業を再開した。

 クレアさんって、あんなに食い気味な人だったっけ?

「錬成!」

 外套、魔法石、メイド服を錬成した。

「これで、しばしの辛抱」

 あと一五分もすれば、完成するだろう。
 
 他に、改良しておきたいのは、左腕まですっぽりと覆う手甲だ。

「これさ、勝手に動かすことってできないかな?」

『キャル。あんたって、ほんとにヤバイことを考えるよなあ?』

 レベッカちゃんが、呆れ果てる。 

「だってせっかくイソギンチャクが寄生したから、なにか使い道がないかなって」

『可能っちゃ可能だろうね。スパルトイの腕だけを、活用すればいいんじゃないか?』

「なるほど!」
 
『そんで、盾でも持たせておけばいいよ』

 そうだよね。わたしは今回、壁役を担当する。ならば、シールドは欲しいかも。

 スパルトイの腕を、肩にかけるホルスターとくっつけて錬成した。
 腕だけで、タワーシールドを担いでみる。

「結構、いい感じ?」

『上等じゃないか。イソギンチャクが骨の筋組織になってくれて、うまいこと機能してくれているよ』

 突然、ドアがノックされた。

「キャルさん、よろしくて?」

「まだ、ヨロイは完成していません。あと五分、待ってください」

「承知しました。我々は、山にある廃墟にいますので」

 なんだろう? 依頼かな?
 
「どうしたんです?」

「廃墟に強力なモンスターが出現したと、報告がありましたの。調査に向かいますわ」
 どうやら、トラブルが発生したみたいだ。

 こんなときに。

『まあ、アイツらなら大丈夫さ。キャルは万全の状態で、戦えばいい』
 
「うん。それと、もう一つ。この盾には、もう一つオマケがあるのだ」

『何だってんだい?』

「実はね。ジャジャーンと」

 わたしは、とある杖をレベッカちゃんに見せた。

 一見すると、サンゴの寄せ集めにしか見えない。

 だが、その正体は禍々しいマジックアイテムである。
 
『【抹消(ディス・)(レイ)】かい。いいね~っ!』

 さすがレベッカちゃんだ。この杖の本質を、一発で見抜くとは。

 ディス・レイは正式名称を、【ディスインテグレイト・レイ】と呼ぶ。

 この杖を掲げると、高純度な無属性破壊光線を直線上に照射する。

『無属性攻撃か。いかにも【原始の炎】が活かせそうな、凶悪装備じゃないか』

 これは魔王が落とした中でも、最高級品である。

 それを、わたしはみんなから譲ってもらったのだ。

 わたしはこの杖とレーヴァ―テインとを、錬成しようかと考えた。
 
「ただねー。魔剣との相性が最悪なんだよね……」

 魔剣の先から照射するくらいなら、杖から撃つ方がいいだろう。

 かといって魔剣レーヴァテインの力がなければ、【原始の炎】が活かせない。

『それこそ、クレアの【魔剣 一〇番】の素材にするしか、考えつかないよ』

 わたしも、そう思っていた。

「だけど、断られたんだよ。制御できるかわからないし、『撃つときは棒立ちですわー』って」

 なにより今のクレアさんは、【電撃(スパーク) 格闘術(アーツ)】使いだ。
 電撃格闘術を取ったことにより、ファイトスタイルがより【魔法拳士】に近くなっている。
 本格的に、魔法は肉体強化に注ぎ込むだろう。

 そこにいくら無属性とはいえ、棒立ちビームなんて必要かと。

『で、棒立ちでビーム発射なら、アンタだろと』
 
「そういうこと」

 てなわけで、わたしにお鉢が回ってきたわけよ。

 
『けどアタシ様だって、戦闘になったら割と動くよ。棒立ちってわけじゃない』

 ご安心を。 
 
「そこで、この【第三の腕】くんが、がんばってくれるわけよ」
 
『ほほう。どうなるか楽しみだ』

「まあ、先に出発しよう。実践で試せばいいじゃん」

『ぶっつけ本番でお披露目ってわけだね? ワクワクするねえ!』

 こんなときに「ちゃんと準備しなよ」と言わない辺り、レベッカちゃんらしい。
 わたしを信頼してくれているんだな。
 
 

『キャル。ようやくメイドアーマーが、できあがったみたいだよ』

 五分後、ようやくメイド服が完成した。

「え、思っているよりいいかも?」

 姿見で、見た目を確認してみる。
 かなり、完成度が高い。
 露出は、思っていたより控えめだ。
 
 これなら、ダメ出しも食らうまい。
 
「さて、行きますか!」

 仙狸のテンちゃんに乗って、出発をする。





 廃墟の村は、死霊系の魔物で溢れかえっていた。
 すべてのガイコツが、武装している。

 キャラメ・F(フランベ)・ルージュの扱うスパルトイのように、統率されているわけじゃない。
 それぞれが独立した思考を持ち、無差別に攻撃を行っている。

 どこかの騎士団だったのか、装備もそれなりだ。腕も立つ。

 並の冒険者たちが、敵う相手ではなかった。
 先発隊が、逃げ惑う。
 
「みなのもの、下がれ! ぬおおお!」
 
 ヒゲをたずさえたドワーフの戦士が、斧を振り回す。
 自身をコマのように旋回させ、両手斧の勢いを上げていった。

 スケルトン兵団が、面白いように砕けていく。

 回転する度に、老人のヒゲが風になびいているのが勇ましかった。
 
 ベテランの戦士なのか、彼の目に油断の色はない。
 正確に戦局を見極め、冒険者の退避を促している。

「あとは、引き受けたでヤンスよ。【サモン・グリズリー】でヤンス!」

 リンタローが、灰色のクマを召喚した。
 冒険者を追ってきたスケルトンを、クマが通せんぼする。

 続いてリンタローは、負傷した冒険者たちを一箇所に集めた。

「いいでヤンスね? いくでヤンス。【キュア・ウーンズ】でヤンス」

 冒険者たちの傷が、徐々に回復していく。

「リンタローさん、あなた、回復役でしたの?」

「いい忘れていたでヤンスが、ソレガシは【ドルイド】なんでヤンス。格闘はオマケでヤンして、主にヒーラーなんでヤンスよ」

 それで、純粋魔法使いのヤトが安心して戦えるのか。
 いざとなったら、クマに壁役をしてもらうと。

「お見事な、作戦だと思いますわ」

「といっても、クマは最近召喚できるようになったばかりでヤンス」

 自分が戦ったほうが早いので、クマ召喚を取っていなかっただけらしい。

「これで、ラストじゃ!」

 最後の一匹に向けて、ドワーフの老戦士は回転速度を上げる。
 
 だが、たった一体のスケルトンが、ドワーフの戦士を止めた。

 そのスケルトンが所持しているのは、魔剣である。
 ガイコツ剣士の得物は、両手持ちの剣だ。
 なんと、無骨な剣か。剣というより、鈍器に近い。

「退散するでヤンス! それは、あなたが勝てる相手じゃないでヤンスよ!」
 
「ならん! 強い相手なら、なおさら売られたケンカは買わねばのう!」

 この老人、戦闘を楽しんでいた。
 
「リンタローさん、止めないでおきましょう」

 今は敵の数が減っている。周囲を警戒しつつ、このガイコツ剣士の戦闘力を見ておいた方がいい。

「ぬん!」

 ドワーフ戦士が、両手斧でガイコツ剣士に斬りかかる。
 
 まるで熟練した、ダンスのような動きだ。

 だが、剣士は魔剣を片手だけでふるい、ドワーフの腕力を受け流した。

 軌道を変えた両手斧が、岩をチーズのように切り裂く。

「なんと! 我が自慢の斧を流すとは! では、おかわりといこうかのう!」

 ドワーフ戦士が、スコップのように両手斧で土をえぐる。

 石や岩が、ガイコツ剣士の身体や顔面に突き刺さった。
 怯んだ様子は見られないが。

 ドワーフ戦士が、いつの間にか消えていた。

 かと思えば、剣士の足元から斧を振り上げてきたではないか。

「取った!」

 ドワーフ戦士が、勝利を確信する。

 なのにガイコツは、片手だけでドワーフの斧を受け止めてしまった。
 下から盛り上がってきたドワーフを、また剣で押し戻す。

「くう! 無念!」

 さらに追い打ちをかけようと、ガイコツ剣士が剣を振り上げた。
 
雷霆蹴り(トニトルス)!」

 クレアが、魔剣を飛び蹴りで薙ぎ払う。
 ここからは自分の出番だ。

「リンタローさん、彼の治療を」

 クレアは、一番のショートソードに剣を持ち直す。

 ヤトも、リンタローの周りを氷の結界で覆った。

「バフが欲しかったら、言って」

「ありがとうございます」

「【エンチャント:氷】!」

 クレアの剣に、氷属性の魔法が付与される。

「【電撃格闘術(スパーク・アーツ)】!」

 足に雷属性の肉体強化魔法を施し、クレアはショートソードでガイコツに切りかかった。
 
 まずは、魔剣の属性を調べるか。

 以前ヒクイドリと戦ったときは、炎属性の魔剣を飲み込んでいた。

 この剣士はどうか。

 クレアの速度に対処するためか、あちらも両手に持ち替えた。
 必要最小限のさばき方で、クレアの攻撃を流す。
 あんな大きな剣を振り回しているのに、どこまで器用なのか。

 クレアの速度に、追いつけるとは。
 
「あちらも、スパーク・アーツ使いですわね?」

 となると、魔剣も雷撃属性か。

 どうにか、ガイコツ剣士の動きを止める。
 
「くっ!」

 だが同時に、クレアの剣も弾かれた。

「トートさん、二番を!」

 クレアが、トートにヤリをリクエストする。

 しかしヤリを受け取ろうとしたとき、横っ腹を蹴られて位置をずらされた。
  
そのスキを狙って、ガイコツ剣士がクレアに対して距離を詰めてくる。

『おらああ!』

 ガイコツ剣士に、何かが衝突した。

「キャルさん!」

『またせたね。キャラメ・ルージュのお出ましだよ!』
『キャル、まずはドワーフのじじいを、どけるよ』

「うん。でもジジイって……」

 まずは、スパルトイ軍団を召喚する。
 で、ドワーフのおじいさんを回収した。

「離せい。ワシはまだ、戦えるワイ!」

 味方なのに、ドワーフさんはスパルトイたちを腕で払い除ける。

『黙って言うことを聞きな、ジジイ! 邪魔だってんだ!』

 最終的に、レベッカちゃんがわたしを使って、おじいさんを足蹴にした。

「そこまでしなくても」

『ああいうのは、わかりやすくやった方がいいんだよ』

 それより注目は、目下の敵だ。

 スパルトイが寄り集まって剣士に斬りかかる。

 だが、ガイコツ剣士はスパルトイを歯牙にもかけない。斬ろうともせず、ただ払うのみ。

 とはいえ相手からの気合だけで、スパルトイたちは腰を抜かし、退散してしまう。


「だったら、ゴーレムを召喚して」

『あいよ。来な、ゴーレム!』

 感情を持たないストーンゴーレムなら、止められるか?

 しかし、結果は同じだった。
 剣士の圧倒的な魔力の前に、ゴーレムが硬直してしまう。

「召喚士のいうことより、あちらの気迫に負けるなんて」

『どうも、違うみたいだね。雷属性のせいさ』

 電撃を地面に走らせて、ゴーレムの可動部を制御してしまったようだ。

『とんでもないやつだよ!』

「うん。でもさ」

 わたしは、魔剣の心臓部に注目する。

『呪いだね。手練の剣士が、呪いでムリヤリ動かされているんだよ、きっと』

「わたしも、同じ意見だよ」

 あんな使い方が、呪いにはあるのか。

『魔剣の持ち主は、相当に性格が悪いよ!』

「だろうね。まずは、あの剣士をなんとかしないと」

 ガイコツ剣士を、呪いから解放してあげよう。

「まずは、相手の動きを止めて!」
 
『よっしゃあ。おらああ!』

 グレートソードほどの大剣同士が、ぶつかり合う。
 相手もこちらも、同じように片手で振り回していた。

 こちらは剣を逆手に持って、蹴りも攻撃方法に加える。
 ガイコツ剣士の持つ魔剣に足を乗せて、レベッカちゃんはローリングソバットを繰り出した。

 剣士は魔剣を地面に突き刺し、キック攻撃をこらえる。
 ムチャな体勢から、こちらにアッパー気味に斬撃を見舞った。

『なあ!?』

 あの状態から、持ちこたえるか。

 しかし、相手には脳がない。
 脳しんとうを起こさない相手に、こめかみへの攻撃は無意味だったか。

 あくまでも肉弾戦は、肉を持った相手を想定した攻撃法だ。
 まして、骨格を砕くという方法も、効果は薄いようだ。
 骨だけの相手なら、脳も血管もない。

 竜巻のような剣士の動きに、レベッカちゃんも翻弄されている。

 レベッカちゃんの剣術にさえ、追いつける腕前とは。

 そりゃあ、リンタローやクレアさんが苦戦していたくらいだし。
 
『うおっと! 【ファイアボール】!』

 けん制のため、火球を打ち出す。

 だが火球は、ガイコツ剣士を覆う雷のフィールドによって阻まれた。

 こちらが突き攻撃をしても、身体をすり抜けて逆にカウンターをしてくる。しかも、かなりスレスレに。
 雷撃のエンチャントもかかっており、攻撃の度に速度も増している。
 だんだんと、こちらのスピードを凌駕しつつあった。

『肉を切らせて骨を断つっていうけど、肉を切る手順を無視してやがる!』

 手強い!

「だからこそ、私がいる」

 ガイコツ剣士が、踏み込もうとしたときだ。
 剣士の足元が、凍りついている。

 死神の鎌が、ガイコツ剣士から近い地面に突き刺さっていた。

「【フロスト・ノヴァ】」

 直接攻撃ではなく、氷結魔法で足場を凍らせただけ。
 とはいえヤトは氷魔法によって、ガイコツ剣士を捉えた。

【原始の氷】の効果である。

 ガイコツ剣士はあらゆる属性効果を、魔剣の雷属性で防いでいた。

 しかし【原始の氷】は、属性を貫通する効果がある。
 どんな相手をも、凍らせるのだ。 
 
 こちらに注意が向きすぎて、ヤトの存在に気づかなかったか。

 チャンスだ。 


「エンチャント。【呪い焼き】!」

 わたしは、レベッカちゃんに呪いを破壊するエンチャントをかける。

【第三の腕】を発動し、盾を前に固定した。

 続いて、レベッカちゃんを地面に突き刺し、柄頭の上に自分の腕を固定する。

 呪い焼きの効果が、盾に流れていく。
  
『……からのぉ! ディス・レイ!』

 盾が、真っ二つに開く。

 中央の魔法石が、青白い色を放った。

 直線状の閃光が、剣士に向かって射出される。
 
 シールドは、カリュブディスから手に入れた【抹消砲(ディスインテグレイト・レイ)】を錬成してあった。

 これが、わたしの秘密兵器だ。
 
 わたしが放った抹消砲を、ガイコツ剣士は正面から受け止める。

「それでいいよ!」

 ガイコツ剣士が異変に気づいたようだが、もう遅い。

 魔剣に、ヒビが。
 
 魔王カリュブディスの遺品である【抹消砲】は、無属性魔法を込めた杖である。
 さらに【原始の炎】によって、あらゆる属性を貫通するのだ。
 相手がどんな属性であっても、関係なく火炎属性ダメージを与える。
 たとえ、敵が無属性だとしても。

『そのまま呪ごと、ぶっ壊れちまいな! 魔剣!』
 

 呪い焼きスキルの効果で、魔剣が粉々に砕け散った。

 ガイコツ剣士が、吹っ飛んでいく。

『やったようだね!』

「うん。でも、魔剣が」
 
 貴重な魔剣は失ってしまった。今は、黒い塊になっている。
 鑑定してみたけど、鉄くずとしての価値もない。
 ただのモンスターとして、処理されたみたいだ。
 
 つっても、呪いのアイテムなんてこっちから願い下げである。
 呪いは、焼くに限るね。

「トドメじゃ、この!」

 倒れたガイコツ剣士に、ドワーフおじいさんが斧で殴りかかろうとする。
 
「よすでヤンス」

 リンタローが、ドワーフおじいさんを止めた。

「止めるでない、天狗(イースト・エルフ)め!」 

 羽交い締めにされて、ドワーフおじいさんがジタバタする。

 リンタローが、地味に強いな。
 力が強そうなドワーフさんを抑え込めるなんて。
 ああ、召喚クマが加勢しているからか。
 
「待たれよでヤンス、ドワーフ殿。敵の情報を聞き出すまで、攻撃は控えるでヤンス!」

「むむう。口をきく相手とは思えんが?」
 
「まあ、見ているでヤンス」

 なにやら意味深な発言を、リンタローは言う。

「う、ここは!」

 ガイコツ剣士が、額に手を当てながら立ち上がる。
 手に得物を持っておらず、混乱しているようだ。

「我は、いったい……」

「おめえさんは、魔法使いに操られていたでヤンス」

「おお。そうであったか。ダンジョンで手持ちの剣を失い、魔剣に触れたあたりまでは、覚えておるのだが」

 剣士は力なく、あぐらをかいた。

「わたしはキャル。あなた、お名前は?」

 剣士の前にしゃがんで、わたしは相手の名を聞く。

「我が名は、フルーレンツという。フルーレンツ・コーラッセン」

「フルーレンツ・コーラッセンじゃと!?」

 ドワーフのおじいさんが、カブトを落とす勢いでガイコツに駆け寄った。

「まさか、本当にフルーレンツ王子殿か!?」

「王子、か。かつて、そう呼ばれていたな」

「ば、ばかな。ありえんわい。あなたのいた王国は、このとおり滅びたと言うに」

 否定しないフルーレンツに対し、ドワーフさんが腰を落とす。
 
「国が、そうか。そなたは、我を知っておるのか?」

「ワシを覚えてらっしゃらぬか。騎士団長イーシドロールの息子、ヘルムースでありますぞ!」

「おお、ヘルムースよ。そなた、こんなに大きくなったのか」

「覚えておらぬか。まあ、ムリもあるまい。こんな老いぼれに、なってしまっていてはのう」

 ドワーフのヘルムースさんが、ドヨンとした顔に。 

「我が国は滅びたと言うが、我の働きは、無意味だったわけだな」

「残念ながら」

 剣士とドワーフの、二人だけで会話をしている。

 そろそろ、事態を把握しておきたいんだけど。
 
「あのー。お知り合いでヤンスか?」

「この方は、ワシがガキの頃に栄えて追った国の、王子様じゃ!」
 ガイコツ剣士の正体は、今はなき王国の王子さまだった。

「廃王子でしたか。キャルさん。どうもこの方は、ワタクシの家計でご存知の方がいるかもしれませんわね?」

 クレアさんが、わたしの隣にしゃがみ込む。剣士の顔を、覗き込んだ。

「その強力な魔力、どこかの姫君とお見受けする。あなたは?」

「ワタクシは、クレア・ル・モアンドヴィルと申します」

「モアンドヴィル……あの小国に、かような子孫が生まれようとは」

「今、モアンドヴィルはアルセントア大陸を総括する、大国ですわ」

「なんと」
 
 フルーレンツ王子が生きていた頃のモアンドヴィルは、コーラッセン王国の三分の一にも満たなかったらしい。

「そこまでの大国に、成長なさるとは。よほどの苦労があったとお見受けする」

「勇者一行だったという功績が、あったからですわ」
 
「おお、勇者とな! 伝説は、本物であったか!」

「と、申しましても、コーラッセン王国があった当時は、まだ勇者が誕生していませんですわね」

 当時の歴史を、クレアさんがフルーレンツ王子に伝える。

「うむ。我が息子が存命なら、勇者と同じ年頃だったろう」

「かもしれませんわね。して王子、どうして暴れ回っていたのです?」

「おお。そうであった。皆には、すまぬことをした」
 
フルーレンツ王子が、ドワーフのヘルムースさんに詫びた。

「実はのう、殿下は我々が護衛していた馬車を、突然襲撃してきたのじゃ」

 その馬車は今、無事に王都へ向かったという。
 
「本当に、申し訳なく。馬車に乗っていた姫君が、我が妹によく似ていたのだ」

 妹さんは戦火を逃れ、近くの小国に嫁いだそうだ。
 その妹さんと、馬車に乗っていた王女が似ているという。
 
「そうなんですね。ひょっとして、子孫とか?」

「うむ。おそらくは」

 王都に事情を聞けるだろうか。

「ワタクシのツテを、お使いくださいませ。今のあなたは、魔剣の影響を受けておりません。きちんと話し合えば、わかっていただけるかと」

「ワシも、事情を説明しますわい」

 クレアさんとヘルムースさんが言うと、王子は「ありがとう」と告げた。

「だが、ただのモンスターである。王城に入れてすらもらえまい」

「だとしたら、わたしと契約しますか?」

 正式に契約したモンスターとしてなら、王都に入っても危険視されないはずだ。
 
「ふむ。それはいい案だ。よろしい。我を倒したのは、そなただ。そなたと契約しようではないか」

 わたしは契約の魔法で、王子を自分の配下とした。

「うむ。これで我は、そなたの契約モンスターである。よろしく頼む」

 スパルトイ軍団は、王子が率いてくれるという。
 これで、レベッカちゃんのスキルスロットに空きができた。
 別のスキルを、装着可能に。

 続いて、王子はヤトの方へ。

「巫女殿。もし再び我が正気を失ったときは」

「うん。今度こそ、とどめを刺す」

 ヤトが、王子と約束した。

「物騒でヤンスが、仕方ないでヤンスね」

 リンタローは呆れていたが、王子の覚悟を評価する。


「では、王都ツヴァンツィガーへ案内しようぞ」

 ドワーフさんに連れられて、ツヴァンツィガーの街へ向かった。

 だが、ヤトたちは一旦、ファッパに戻るという。
 
「二人は行かないの?」

「ツヴァンツィガーの街の位置は、知っている。ファッパのギルドに報告した後で、追いつく」

 報告だけなら、ギルドカードでもできる。
 が、財団にコーラッセンを調査してもらったほうがいいかもとのこと。

 ヤトたちの足なら、すぐに追いつけるそうだ。

「そうだね。フワルー先輩も心配しているみたいだから、お願い。じゃあ、ヘルムートさん。馬車をお願いします」

「うむ」

 廃墟となったコーラッセン王国を、ツヴァンツィガー騎士団の馬車で進む。

「大陸の半分を総括していた我が国が、見るも無惨に」

「どうして、滅びちゃったんですか?」

「魔王の襲撃だ」

 コーラッセン王国は、魔王との戦いでもっとも被害を受けた国だという。

「国家が、魔王の領地に近い場所にあってな。真っ先に狙われた」

 当時最強と呼ばれたコーラッセンといえど、魔物の物量には敵わなかった。

「今や、その領地も消滅しております。残すは、雪山のダンジョンのみ」

「じゃが、あなたは、その雪山のある方角からおいでなすった」

 ドワーフのヘルムートさんによると、敵の本拠地があったポイントから、フルーレンツ王子が現れたという。

「怪しいですわ。もう少し調べたほうが良さそうですわね」

 破壊の跡が痛々しいエリアを抜けた。

 さらに、大型のボートで川を渡る。

 そうやって、数日ほど進んだ。

「見えてまいりましたぞ。あれこそ、ツヴァンツィガー王国じゃ」

 川の先に、豪華な城が見えてきた。

 ファッパの港町もすごかったが、こちらはもっと大きい。

 川を伝って、水門をくぐる。

「滝の上に、都市がありますのね?」

 すごい作りだなぁ。
 
「刀剣の種類が、豊富だなあ」

 王都は、ドワーフと人間が共存する都市みたいだ。
 いたるところに鍛冶屋や武器・防具屋が見られる。
 あと、強いお酒の匂いも。

「ああ、リンタローが来なくて正解かも」
『だろうね。酒の味につられて、酒場から戻ってこないかもしれないよ』

 馬車のメンツが、ゲラゲラと笑う。

「ワシは先程まで斧を振るっておったが、もうじき引退するんじゃ。鍛冶業を営もうと思うておる」

 ヘルムースさんの斧も、自前だそうだ。
 店舗も買って、今は奥さんが留守を預かっているという。

「あの。武器の鍛え方を教えていただけますか?」
 
「うむ。よかろう」

 よし。これで、レベッカちゃんをさらに強くできるぞ。

「フルーレンツ王子よ。あなたにふさわしい剣を打って差し上げましょうぞ」

 ヘルムースさんが力こぶを見せた。

「ありがたい。よろしく頼むぞ、ヘルムースよ」

 ローブの下から、フルーレンツ王子がお礼を言う。
 
「お安い御用です」

 ただし、店によるのは、王都で用事を済ませてからになる。

 王城の前に、辿り着いた。

 案の定、門番さんたちに止められる。

「騎士団長の、ヘルムースである。国王様と姫君に、お目通りをお願いしたく」

「それは結構です、ヘルムース殿。しかし、部外者を城の中へ入れるには」

 門番さんも、困っていた。

「お待ちを」

「あなたは?」 
 
「クレア・ル・モアンドヴィルと申します。これを王様か、位の高い方にお見せくださること、お願いできますか?」

 小さいペンダントを、クレアさんは外す。
 門番さんに、ペンダントを渡そうとした。

 しかし、門番さんは受け取らない。
 
「そう、申されましても」 
 
「お待ちなさい!」


 通りかかった貴族風のおねえさんが、スタスタとこちらにやってきた。「失礼」と、クレアさんのペンダントを凝視する。

「もももももも申し訳ございません! これ! モアンドヴィル家の姫君ですよ! 早く通しなさいまし!」

「は。失礼しました。グーラノラ様。みなさん、お通りください」

 門番さんが、道を開けた。

 グーラノラ様と呼ばれたおねえさんは、クレアさんにしきりにペコペコ頭を下げている。

「もうしわけありません、クレア様。あとで叱っておきますので」

「いえ。構いませんよ。入らせていただくだけで、結構ですから」

「お気遣い、感謝いたします。して、どのようなご用件で?」

「少々、お話をうかがいたく。コーラッセン王国のことなど」

 ピタ、と、グーラノラさんが立ち止まった。

「ああ、あちらの王国ですか」

 神妙な面持ちで、グーラノラさんがクレアさんと正面から向き合う。

「実は……あたしもよくわかんないんですよねー」
 
 さんざん思わせぶって、この対応かいっ。

「ですが、ちゃんと調べますよー。それまで、お待ちを」
 
 わたしたちが、廊下に出たときだった。

「……我が妹だ」

 一枚の絵の前に、フルーレンツさんが立ち止まる。静かに、わたしに耳打ちをしてきた。

「こちらの方は、どなたですの?」

 事情を察したクレアさんが、グーラノラさんに問いかける。

「この絵の方は、王都ツヴァンツィガーの第一王女、クリームヒルト様です」
 クリームヒルト姫なる女性の絵画を見て、フルーレンツさんが固まっている。
 
「フルーレンツさん、妹さんは、この人にそっくりなの?」
  
「おお、まさに生き写し。だが、我が反応したのは彼女にではない」

 フルーレンツさんは、一番右端にいる老婦人に目を向けていた。

「あれぞ、まさしく我が妹ではないのか!」

「妹さんの名前は?」

「エペカテリナという」

 フルーレンツさんの発した名前に、グーラノラさんが、「ああ」と反応した。

「よくご存知で、こちらの御婦人は、先代王のお妃様で、エペカテリナ妃です」
 
 ベッドに寝ている老婦人を、グーラノラさんは手で指し示す。

「エペカテリナ様は私が大臣に着任した後すぐに亡くなられました。お若い頃は、クリームヒルトお嬢様にたいへんよく似ていらしたと」

「うむ。ワシが保証しますぞ」

「当時の肖像画もございますので、機会があればご鑑賞なさればよろしいかと」

 グーラノラさんが、快く対応してくださった。

「すまぬ。ヨロイ姿のままで。人に見せられぬ容姿なのでな」

「お構いなく。モアンドヴィルのお姫様の、お友だちですもの。決して、悪いようにはなさらないでしょうから……アンデッドといえど」

「お主」

 どうも、グーラノラさんは最初から、フルーレンツさんの正体を知っていたみたい。

「私は【高僧(ビショップ)】ですもの。定命ならざる者の気配くらいは、把握いたします。ですがあなたからは、邪悪な気配はしません。元々あったのでしょうけど、今はすっかり、闇の力を感じません」

 この人、相当の実力者かも。

「ならば、お話しよう」

 フルーレンツさんが、事情を説明した。

「わかりました。私を通じて、国王に相談いたします」
 
 応接間まで、通される。

「国王は、こちらにおいでです。お話などをなさってくださいませ」

「ありがとう」

 ひとまずグーラノラさんが、事情を説明してくれた。

 応接室に入って、わたしたちはひざまづく。

「お招きくださって、ありがとうございます。陛下」

 クレアさんが率先して、前に出る。
 
 中年の国王は、「あいさつは、よい」と、わたしたちを立たせた。

「それより、話を聞こうではないか。そちらの剣士殿が、わたしの娘に刃を向けたと聞いたが」

 応接室に、緊張が走る。

 ヤバイよ。このままだと、全員が牢屋にブチ込まれちゃう。

『キャル。いざとなったら、アタシ様を抜きな』

 小声で、レベッカちゃんがわたしに語りかけてきた。
 レベッカちゃんは、今は髪留めになっている。

「ダメだよ。それこそギロチン刑になっちゃうじゃん」

 ギロチンがこの国にあるかは、謎だけど。

「よいのだ。グーラノラから、一通りの話は聞いた。騎士団長ヘルムース。目撃者として、その方の話を聞かせてくれ」

「御意」

 ヘルムースさんが、国王に話をする。

 だいたい、わたしたちとフルーレンツさんが戦闘になった経緯など。

「して、その方らよ。ヘルムースの説明に、相違はないな?」

「はい。全部本当のことです。こちらのガイコツ剣士が、フルーレンツ王子だということも」

「ふむ。にわかには、信じられん」

「あと、魔除けの結界を張ってもムダです。フルーレンツさんは、わたしの契約モンスターとなったので。アンデッドだとしても、害はありませんよ」

 まあ、彼が暴れたら、今度こそ引導を渡すけど。

「なんという……。よろしい。信じよう」

 国王は、頭を下げた。

「娘は、休ませている。会っていくか?」

 害はないとはいえ、会わせていいものかどうか。

「会ってもらったほうが、後々面倒にはならんと思う。フルーレンツ殿下。あなたが本物のコーラッセンの王子なら、子孫にお会いたいのでは?」

「うむ。妹の忘れ形見を、ひと目見たく思う。抱きしめるとは行かないまでも、元気であることを確認できれば。あと、刃を向けたことを、お詫びしたい」

「構わんよ。あなたに娘を襲わせたのは、魔剣であろう? 余は、あなたを憎んではイないよ」

「おお、ツヴァンツィガー国王。ありがたき、お言葉」

「頭を上げてください。殿下」

 国王の許可をいただき、中庭へ。

 花とたわむれる、小さい少女がいた。

 遠目から、フルーレンツさんが見守っている。

「おお。遠くから見ても、妹そっくりだ。あんなに、大きな子孫をもうけて。我は、幸せだ。思い残すことはない」

「いやいや。がんばって。まだ使い魔として、わたしに協力してほしいですから」

「心得た……ん?」

 少女クリームヒルト姫が、幼い瞳をこちらに向けた。
 フルーレンツさんに、会釈をしている。

 対しフルーレンツさんは、剣先を地面につけて、クリームヒルト姫にひざまづいた。

「満足だ。帰ろう」

「その前に、報告をいただけませんか?」

 グーラノラさんが、フルーレンツさんを呼び止める。
 
「おお、そうであった」

 うんうん。どうしてクリームヒルト姫が襲われたのか、だよね。


 客間にお茶を用意しているそうで、案内してもらう。

「姫様と言うか、王族が狙われた可能性が高いよね」

「うむ。国王に敵対する者は多いのう。悪党の取り締りも、活発化しているし」

 ヘルムースさんが、腕を組んで考え込む。
 
 わたしなんかは恐縮して、お茶さえノドを通らない。

 しかしクレアさんは、ガブガブ飲んでいる。
 トートも一緒になって、お茶をガブガブ、茶菓子をバリボリと。
 話を聞いているのだか聞いていないんだか。

「お昼を食べていませんもの」

 ああ、そうでした。

 緊張しっぱなしで、食べるどころじゃなかったし。

「なんかさ、悪い魔法使いがどうのって言っていなかった?」

「うーむ。このあたりで危険な魔法使いといえば、魔女イザボーラ・ドナーツですね」

 グーラノラさんが、解説をする。

 魔女イザボーラは、永遠の若さを保つため、若い娘を魔物にさらわせているという。

「その尖兵として、我が操られたと?」
 
「可能性はあるね。フルーレンツさんは、面識あるの?」

 わたしとしては、馴れ馴れしいかなと思った。
 しかしもう、この人はわたしの使い魔だもん。敬語を使っても仕方がないんだよ。

「我の亡骸を、利用されたのかもしれん」

「ネクロマンサー……ではないか」

 一瞬、可能性がよぎったけど、訂正する。

 ネクロマンサーなら、わたしと契約なんてできない。
 アンデッドの契約対象を変えるには、相手をもう一度殺す必要がある。

『違うね。コイツが復活したのは、おそらく魔剣の力だろうさ』

「おおお、無礼極まりないぞ、レベッカちゃんよ」

『はあ? アタシ様は、コイツの部下でもなんでもねえんだよ。他人さ』

 まあ、そうだけどさ。

「よい。我とは普通に接してくれればよい。キャル殿。レベッカ殿」

 フルーレンツさんがいいなら、止めないでいいか。

「魔女に関しては、こちらで調べます。ギルドにて、続報をお待ち下さい」

 グーラノラさんが、冒険者ギルドを通して情報を集めてくれるという。
 
 それまで、なにをしておこうかな。

「では、ワシの工房へ参られよ。フルーレンツ殿が活動しやすいように、ヨロイを新調してしんぜよう」

「うむ。世話になる」

 
 というわけで、一旦街へ入る。

 フルーレンツさんは、ヘルムートさんの元に預けた。

「キャルとやら。スマンが一緒におってくれ。ガイコツなんて、家内が見たらぶったまげちまう。いくら殿下といえど、じゃ」

 だね。
 
 ヘルムートさんにはつきっきりで、ヨロイのサイズを測ってもらう。
 
 続いて、レベッカちゃんを見てもらった。

「コイツは、たまげた。随分と内部構造が歪じゃのう」

 わたしの錬成を言っているのか、かなりの辛口批評だ。

「じゃが、危ういバランスで力を保っておる。これを打ち直すのは、骨が折れそうじゃわい」

 ドワーフさえ、手を焼く存在だったか。

「生半可な鉄鉱石なんぞを混ぜてしまえば、たちどころに劣化しようぞ。素材は、厳選せねば」

『そういえば、アタシ様は雑食だったからねえ』

 自分で言いますか。

「近くに、魔法石の鉱山がある。そこへ向かうとええ」

 ひとまず、目的は決まった。
「ヘルムースさん。これって、フルーレンツさんのヨロイにならないかな?」
 
 フルーレンツさんのヨロイに使えないかと、わたしは魔法石をドババと放出した。

「これは、翡翠(ヒスイ)かのう? しかも、アビスジェイドではないか」

 アビスジェイドとは、暗黒の魔力を吸ったヒスイのことである。
 
「キャルよ。こんな高価な魔法石を、どこで手に入れたんじゃ?」

「海底神殿だけど?」
 
 カリュブディスが根城にしていた、古代の海底宮殿から採取したものだ。
 魔王の魔力を蓄えているから、このヒスイには相当な力が宿っているだろう。
 実際、レベッカちゃんに可能な限り錬成してブチ込んである。
 
『形状が変わっちまうかもしれないくらいには、喰らい尽くしたねえ』

 レベッカちゃんも、満足げだ。

「ほほう。魔力効果としては、申し分ないわい」

 魔法石は石といっても、鉱石とはいい難い。
 あくまでも、魔法効果をもたらす石である。
 鉄のように頑丈ではないため、武器防具として扱うには加工が大変すぎる。

 用途は主に、鋼鉄製ヨロイのつなぎ目や、盾に直接取り付けて魔法を防ぐ障壁用が多い。
 武器なら柄・柄頭・鞘などの装飾として用いる。
 
「これだけ大量にあれば、ワシの工房にある鉄ヨロイすべてを賄えるわい。こんなにもろうて、ええんかの?」

 フワルー先輩のところに半分分けても、まだ余っていたもんね。

 ちなみにフワルー先輩は、魔法石の一部をゴーレムに変えていた。
 
「いいよ。その代わり、フルーレンツさんにいいヨロイをお願い」

「お安い御用じゃ。タダでもやってやるわい」

 それは、わたしたちが困る。

「ただ、フルーレンツ殿を、待たせるわけには行かぬ。王子よ。仮使いで悪いが、こちらを装備してくだされ。それでしばらく、ご辛抱を」

 ヘルムースさんが、一日だけ時間をくれという。
 アビスジェイドを粉にして、現存の全身ヨロイに流し込むそうだ。

「クレアさん、申し訳ありません。わたし、ここでずっと取材をします。宿に戻っていてください」

 長い時間見ていても、退屈に違いない。

 クレアさんには、トレーニングでもしてもらったほうが有意義だろう。

「ご心配には及びませんわ、キャルさん。ワタクシも、見学に参加いたします。お夕飯どきになったら、お教えいたしますわ」

 さすがクレアさんだ。自分の魔剣だけを見て、満足するような人じゃない。
 見識を深めて、さらに魔剣の上手な扱い方を学ぶつもりだ。

「ではクレア嬢は、我と剣術の稽古などはいかがか? 腕がなまっている感じがするのだ。手合わせ願いたい」
 
「はい。お願いしますわ」

 両者とも、ヘルムースさんから剣を借りて、庭に出ていった。
 

 ヘルムースさんが作業する間、わたしはずっと張り付く。
 魔剣の技を盗むためだ。

「ヘルムースさんは、魔剣って打ったことある?」

「似たようなものは、開発したことはあるわい」

 若い頃に打ったという剣を、ヘルムースさんが見せてくれた。

 一見すると、ただのレイピアと思われる。
 なのに持つと、ずっしりと重い。実際は軽いのに、手に全然なじまなかった。
 なんだろう。悪魔の魂が閉じ込められているみたいな、圧迫感がある。
 武器から拒否されているかのような、不快感があった。
 振り回したら、きっと自分を傷つけてしまうだろう。

「すごい。正直な話、レベッカちゃんよりずっと切れ味がよさそう」

『ドワーフが魔剣を打つと、こうなっちまうんだろうね』

 レベッカちゃん本人も、ヘルムースさんの腕前に感心している。

「とんでもねえわい。こんな駄作」

「駄作って。これが?」

 どう見ても、すごい剣ではないか。

「剣としてなら、こいつには強力無比じゃろう……という自覚はあるんじゃ。しかし、魔剣とはもっと、なんというかのう。怪しい魅力があるのじゃ」

 魔剣とは、言葉では表現しきれない危うさ、それこそ悪魔が取り憑いたような狂気が、刀身に内在するという。
 
「それに比べたら、お主の持つレベッカとかいう魔剣の方が、よっぽど危なっかしいわい」

「そうかな?」

「うむ。魔剣というのはのう、剣を作る工程とはまた違うのかもしれん」

 ヘルムースさんは鍛冶屋なので、装備品精製のセオリーに沿ってしか、武器・防具を作れない。
 だが魔剣となると、そんな常識をすべて捨てなければならなくなる。

「聞けばお主の剣、その工程を六〇〇〇通りも試しておると聞く。これは、常人の為せる技ではないぞよ。なんといっても、今まで編み出した六〇〇〇もの正攻法を、ことごとく捨て去って磨き上げた狂気の作品なんじゃからの」

 過程をすべて六〇〇〇回試して、その都度新しい工程を試しているのか。

「だからこそ、握りたくなる。たとえ、掴んだ瞬間に自身の魂を乗っ取られてものう。持ち手に触らせようとせぬ武器なんぞ、剥き身の刃と変わらぬ」
 
 そりゃあ、ヤバイ武器と言われても仕方ない。

「結局ワシは、魔剣の表面をなぞったに過ぎん。ただ強い武器が出来上がっただけなんじゃ。本物の魔剣打ちが見たら、鼻で笑うじゃろうな」

 ヘルムースさんが、自身を嘲笑した。

「でも、ヘルムースさんの武器はすごいじゃないですか」

「ドワーフの常識からすれば、そうかもしれぬ。その自負もある。だが、心を壊せと言われて、そうそう破壊できるもんじゃあるまい」

 これだけの名工をして、魔剣は作れないと断言する。
 
「ワシがお前さんにできるのは、せいぜい鍛冶のいろはを盗んでもらうことくらいじゃろうな」

 力なさげに、ヘルムースさんは語った。

「ありがとう、ございました」

 わたしは、言葉を失う。

 魔剣作り、奥が深いなあ。

 庭に行くと、クレアさんが汗だくになっていた。
 魔力を最大限に制御する訓練用ジャージを着ているとはいえ、クレアさんがここまでへバるとは。
 
「はあ、はあ。フルーレンツさん、ありがとうございました」
 
「うむ。かなりカンが戻ってきた。こちらこそ、ありがたい」

 一方、フルーレンツさんは涼しい顔である。

「宿に帰りましょう」

「もう、よろしいのですか?」

「これ以上いても、ヘルムースさんの集中を削ぐだけですので」

「そうですか。わかりましたわ。夕飯にいたしましょう」

 宿にチェックインして、酒場で晩ごはんを食べる。

「よく食べますわね」

「王城で緊張しすぎたからかも、しれません」

 今まで空腹だったことを忘れていたかのように、わたしはパスタやステーキをモリモリと食らう。

「キャルさん、なにかありましたのね?」

 やはり、クレアさんは敏い。
 わたしの変化を、敏感に感じ取ってくれた。

「ヘルムースさんから、魔剣は打てないと言われました」

 魔剣作りは、鍛冶の常識外だと。

「おそらく、相当の外法を用いないと、魔剣という非常識極まりない武器は作れないのでしょう。魔剣を打った本人も、おそらく正気を失うのかも」

 初めてわたしは、自分の行いに恐怖した。

 レベッカちゃんと、ちゃんと向き合っていなかったんだと、思い知らされている。
 
「そうですか。ですがキャルさんなら、きっと魔剣を作っても今まで通りですわ」

 わたしが自信を失っていると、クレアさんが励ましてくれた。

「だって、あなたとレベッカさんは、最初から一つの存在みたいでしたもの」

 そっか。
 わたしは、魔剣を作っているんじゃない。
 レベッカちゃんと一緒に、成長しているんだ。
 
「ありがとうございます。クレアさん。なんか、ヒントを掴めたみたいです」

「ウフフ。元気を取り戻せたなら、なによりですわっ」

 
 
 一晩寝て、再度ヘルムースさんの元へ。

 フルーレンツさんが、緑色の全身ヨロイに身を包む。

「感謝する。ヘルムース」
 
「とんでもねえ。キャルがダンジョンで金属を採掘してきたら、同じ素材で作りましょうぞ」

「ありがたい、ヘルムース。よろしく頼む」

「いえ。強い装備がなければ、魔女との戦闘どころではありませんで」

 いよいよ、魔女と戦うための素材集めだ。