『はいい!? 聖剣だぞ! 直せるもんなのかよ!?』
「形だけは、どうにか正常になったよ」
もっとも、わたし程度の【錬成】では、「ごはん粒でくっつけた程度」の強度しか保てないだろうけど。
『それでも聖剣だぜ。恐れ知らずだな?』
「実は聖剣抜きテストの順番って、姫様の次はわたしだったんだよね」
わたしは姫様のすぐ後ろに並んでいたから、姫の番が済んだらやらざるを得なくなったのだ。
「形式だけで『抜けませんでしたー』ってやろうと思ったんだけど、壊れちゃったじゃん。やることが、なくなっちゃってさ。せっかくだしって、元に戻したんだよ」
その頃には、姫様はダンジョンに向かわれていなかったんだが。
*
「あの」
わたしは手を挙げる。
姫どころか、卒業生全員がいなくなっている。おそらく明日のダンジョン攻略に向けて、準備に取り掛かっているのだ。
そりゃあ、そうだよね。わたしは姫の後で、一番ドベだ。いわば、オチ担当である。ましてや、わたしは平民だ。平民ごときがこんなイベントに参加できること自体、ありえないんだもん。
「君はたしか、キャラメ・F・ルージュくんだったか?」
校長先生は、わたしの名前をちゃんと覚えていてくれた。思い出すまでに一瞬間があったが。だけど校長って、生徒の名前をいちいち把握しているものなのかな?
「どうかしたのかね。おお、すまん。君の番だったか。ご覧のとおり、聖剣は抜けてしまった。どころか、壊れてしまってこの通り」
「あ、あの。この剣、直せます」
わたしは思い切って、校長先生に打診してみた。
「なに? 君は、何を言ったのかわかっているのか?」
校長先生も、目を丸くしている。
「は、はい先生。れれれ、錬成で、どうにかなると思います。わた、わたし、せせ専攻が錬金術なので」
「なにを言う? 宮廷魔術師である私でさえ、まともに復元できるかわからぬのに」
「げげ、原因は、わ、わかっています。こここ、この剣は、ままま、まだ大丈夫です。つつ繋げれば、まだけけ、剣として、きき、機能し、します」
わたしは、どうしてこの剣が折れたのか説明をしようとした。しかし、うまく言葉が出ない。
「お嬢さん、ちょっと、失礼」
いかにも魔女っぽいマダムが、わたしに近づく。たしか音楽魔法の先生で、教頭だったはず。
それにしても、誰かに似ているんだよな。
クレア姫様だ。あの方をめっちゃ大人にして、雰囲気をギャルっぽくしたような感じで。
「ちゅ」
教頭が、わたしの頬にチュッとした。
「なにをするんですか、先生!」
わたしは、教頭先生から飛び退く。
「ワタクシが編み出した、【滑舌をよくする魔法】よ。それに、チュってしたのは、こっち」
頭が水滴みたいな形をした二頭身の精霊が、マダムの手の平に乗っている。水滴精霊が腰に手を当てて、ドヤ顔をしていた。
「どうかしら? 話しやすくなったでしょ? 緊張が解けて」
「話してみないことには……あ」
なんか、いつもよりドモラない。
「ありがとうございます」
「ウフフ。ワタクシ、合唱部の顧問もしているの。大舞台に上がることも多いから、こうやって生徒に応急処置をしているのよ」
満足気に教頭が笑う。
「教頭先生、冗談が過ぎますぞ」
「オホホのホ。ごめんあそばせ。でも、面白そうじゃん。このキャラメちゃんに、賭けてみましょうよ」
ひとまず先生一同が、壊れた聖剣を石の台に置く。
「錬成、開始」
わたしは、魔力を注ぎ込む。
聖剣の表面が光を帯び、他の破片とくっつき始めた。
「話しかけてもいいかな?」
「はい。校長先生」
「説明を頼む」
「はい。この剣は、ずっと魔力不足でした」
聖剣は本来、使い手の魔力をエサとする。持ち手の魔力と一体化して、初めてその真価を発揮するのだ。
しかし学生相手では、ロクな魔力をもらえない。
当然だ。今まで、勇者のパワーという極上の料理を食べていたのだ。
学生の魔力なんて、安物のおやつやジャンクフードに近い。
お菓子ばかりを一〇〇年も食べさせられては、身体も壊すというもの。
「そこに急に上質な魔力……つまり、姫の魔力を吸ってしまったせいで、身体がビックリしちゃったんでしょうね。消化不良を起こして、壊れちゃったんです」
わたしも身体測定前に、モヤシばっかり食べて断食に近いダイエットをしたことがある。
既定値をクリアして、測定を乗り切った。
直後にドカ食いしたら、お腹を壊したのである。
「たとえがだいぶアレだけど、よくわかったわ」
「ありがとうございます」
聖剣が壊れたのも、その現象に近い。
「つまりむす……コホン。クレア嬢が魔力を急激に注ぎ込んだ時点で、聖剣の構成組織に綻びが出てしまった、と?」
「そうです。恐れ多くも申し上げますと、本当ならもっと、少しずつ魔力を注ぎ込むべきでした」
本人の魔力が相当なものであるのは、確かだ。
しかし、聖剣はもっとデリケートに扱うべきだった。
そう告げたとしても、クレア姫様はなおさら不要というはず。「そんなヤワな剣に興味なし」と、聖剣を切り捨てるだろう。
「聖剣といっても、しょせんは金属です。金属って意外と、デリケートなんですよ」
物質に魔力を注ぎ込むのは、注意が必要だ。ちょっと調節を間違えただけで、壊れてしまう。魔力伝達率が悪い金属だと、なおさらである。使い手の魔力で、溶けたりサビついたりするから。
「ましてやこれ、精霊銀ですよね? ミスリルよりちょっと上等な。だとしたら余計、丁寧に扱わないといけません。制御している装飾品が、かえって反作用を起こして暴走したりするので」
「使い手の……クレア嬢の技量に問題があったと?」
「ええ、実は――」
わたしは、「どうして聖剣が壊れたか」を、教頭にだけ「正確に」教えた。
「――ということです」
「マジで?」
どのみち聖剣と姫の相性は、あまりよくはない。お互いが不幸になるだけだっただろう、と。
「できました」
聖剣は見事に、本来の輝きを取り戻す。
わたしの背中には、じっとりと汗が滲んでいた。
「一応、形だけです。うまくいったかは、わかりません」
「ありがとう。これで威厳が保てる」
校長の手は、震えていた。
そんなに奇跡だろうか? 校長のレベルなら、もっときれいに仕上がると思うのだが。
わたしは、「手が空いていたから」やってみただけに過ぎない。正式な魔法使いさんに、ちゃんと修理してもらったほうがいいよね。
「なんならキャラメ・F・ルージュくん、君が聖剣を持っていなさい。平民とはいえ、君はすばらしい偉業を成し遂げた」
「ご冗談を」
わたしは、この剣を泉の岩に刺し直す。
「欲がないのね。ところで、あなたの出自は?」
「田舎は、沈香村です」
「沈香村……魔除けのお香の元になる香木を、製造・販売している地方よね?」
教頭からの問いかけに、わたしは「はい」とうなずいた。
「あそこの生キャラメル、子ども用に砕いたお香を混ぜているのよね? あの苦味が最高なんだよねー」
「今後もどうぞ、ごひいきに」
たしかに生キャラメルは、我が田舎の名産なんだけど。
大人になった今でも、あのキャラメルを食べているのか、教頭は。
「そうそう。聞き忘れるところだったわ。あなたの一族の誰かに、伽羅の魔女こと、【ソーマタージ・オブ・カーラーグル】と呼ばれている人はいなかった? もしくは、子孫とかご先祖とか」
「さあ……そこまでは」
わたしは、首を傾げる。
「そう。引き止めてごめんなさい」
「いえ」
「さっきかけてあげた【緊張をほぐす魔法】だけど、永続だから。もし何かの拍子で効果が切れたら、いつでもかけ直してあげるわ。卒業しても、うちにいらっしゃい」
「ありがとうございます。では」
【キャラメルの魔女】って、勇者に同行していた魔術師じゃん。
そんなのが、ウチの家系に?
*
『あんたも大概、心臓に毛が生えてるよなぁ』
「そうかな?」
『そうさ。あんたは絶対に、いい魔法剣士になれるよ』
「いやいや」
わたしは、錬金術師になりたいんだが?
『そうだったね。アハハ。あっ、焼けたぜ。さっさと食わないと焦げる』
「おわっぷ! いただきますっ」
ラビットは一瞬で骨だけになった。
『骨は、アタシ様におくれ』
ゴミの処理まで、していただけるなんて。動物の骨も、魔剣にとっては立派な素材なんだろう。
「ごちそうさま、と。ん?」
壁の隙間が、キラキラと輝いている。
「なんかさ、壁が光っているよ」
『魔法石だ!』
レベッカちゃんの声が、跳ね上がった。
「形だけは、どうにか正常になったよ」
もっとも、わたし程度の【錬成】では、「ごはん粒でくっつけた程度」の強度しか保てないだろうけど。
『それでも聖剣だぜ。恐れ知らずだな?』
「実は聖剣抜きテストの順番って、姫様の次はわたしだったんだよね」
わたしは姫様のすぐ後ろに並んでいたから、姫の番が済んだらやらざるを得なくなったのだ。
「形式だけで『抜けませんでしたー』ってやろうと思ったんだけど、壊れちゃったじゃん。やることが、なくなっちゃってさ。せっかくだしって、元に戻したんだよ」
その頃には、姫様はダンジョンに向かわれていなかったんだが。
*
「あの」
わたしは手を挙げる。
姫どころか、卒業生全員がいなくなっている。おそらく明日のダンジョン攻略に向けて、準備に取り掛かっているのだ。
そりゃあ、そうだよね。わたしは姫の後で、一番ドベだ。いわば、オチ担当である。ましてや、わたしは平民だ。平民ごときがこんなイベントに参加できること自体、ありえないんだもん。
「君はたしか、キャラメ・F・ルージュくんだったか?」
校長先生は、わたしの名前をちゃんと覚えていてくれた。思い出すまでに一瞬間があったが。だけど校長って、生徒の名前をいちいち把握しているものなのかな?
「どうかしたのかね。おお、すまん。君の番だったか。ご覧のとおり、聖剣は抜けてしまった。どころか、壊れてしまってこの通り」
「あ、あの。この剣、直せます」
わたしは思い切って、校長先生に打診してみた。
「なに? 君は、何を言ったのかわかっているのか?」
校長先生も、目を丸くしている。
「は、はい先生。れれれ、錬成で、どうにかなると思います。わた、わたし、せせ専攻が錬金術なので」
「なにを言う? 宮廷魔術師である私でさえ、まともに復元できるかわからぬのに」
「げげ、原因は、わ、わかっています。こここ、この剣は、ままま、まだ大丈夫です。つつ繋げれば、まだけけ、剣として、きき、機能し、します」
わたしは、どうしてこの剣が折れたのか説明をしようとした。しかし、うまく言葉が出ない。
「お嬢さん、ちょっと、失礼」
いかにも魔女っぽいマダムが、わたしに近づく。たしか音楽魔法の先生で、教頭だったはず。
それにしても、誰かに似ているんだよな。
クレア姫様だ。あの方をめっちゃ大人にして、雰囲気をギャルっぽくしたような感じで。
「ちゅ」
教頭が、わたしの頬にチュッとした。
「なにをするんですか、先生!」
わたしは、教頭先生から飛び退く。
「ワタクシが編み出した、【滑舌をよくする魔法】よ。それに、チュってしたのは、こっち」
頭が水滴みたいな形をした二頭身の精霊が、マダムの手の平に乗っている。水滴精霊が腰に手を当てて、ドヤ顔をしていた。
「どうかしら? 話しやすくなったでしょ? 緊張が解けて」
「話してみないことには……あ」
なんか、いつもよりドモラない。
「ありがとうございます」
「ウフフ。ワタクシ、合唱部の顧問もしているの。大舞台に上がることも多いから、こうやって生徒に応急処置をしているのよ」
満足気に教頭が笑う。
「教頭先生、冗談が過ぎますぞ」
「オホホのホ。ごめんあそばせ。でも、面白そうじゃん。このキャラメちゃんに、賭けてみましょうよ」
ひとまず先生一同が、壊れた聖剣を石の台に置く。
「錬成、開始」
わたしは、魔力を注ぎ込む。
聖剣の表面が光を帯び、他の破片とくっつき始めた。
「話しかけてもいいかな?」
「はい。校長先生」
「説明を頼む」
「はい。この剣は、ずっと魔力不足でした」
聖剣は本来、使い手の魔力をエサとする。持ち手の魔力と一体化して、初めてその真価を発揮するのだ。
しかし学生相手では、ロクな魔力をもらえない。
当然だ。今まで、勇者のパワーという極上の料理を食べていたのだ。
学生の魔力なんて、安物のおやつやジャンクフードに近い。
お菓子ばかりを一〇〇年も食べさせられては、身体も壊すというもの。
「そこに急に上質な魔力……つまり、姫の魔力を吸ってしまったせいで、身体がビックリしちゃったんでしょうね。消化不良を起こして、壊れちゃったんです」
わたしも身体測定前に、モヤシばっかり食べて断食に近いダイエットをしたことがある。
既定値をクリアして、測定を乗り切った。
直後にドカ食いしたら、お腹を壊したのである。
「たとえがだいぶアレだけど、よくわかったわ」
「ありがとうございます」
聖剣が壊れたのも、その現象に近い。
「つまりむす……コホン。クレア嬢が魔力を急激に注ぎ込んだ時点で、聖剣の構成組織に綻びが出てしまった、と?」
「そうです。恐れ多くも申し上げますと、本当ならもっと、少しずつ魔力を注ぎ込むべきでした」
本人の魔力が相当なものであるのは、確かだ。
しかし、聖剣はもっとデリケートに扱うべきだった。
そう告げたとしても、クレア姫様はなおさら不要というはず。「そんなヤワな剣に興味なし」と、聖剣を切り捨てるだろう。
「聖剣といっても、しょせんは金属です。金属って意外と、デリケートなんですよ」
物質に魔力を注ぎ込むのは、注意が必要だ。ちょっと調節を間違えただけで、壊れてしまう。魔力伝達率が悪い金属だと、なおさらである。使い手の魔力で、溶けたりサビついたりするから。
「ましてやこれ、精霊銀ですよね? ミスリルよりちょっと上等な。だとしたら余計、丁寧に扱わないといけません。制御している装飾品が、かえって反作用を起こして暴走したりするので」
「使い手の……クレア嬢の技量に問題があったと?」
「ええ、実は――」
わたしは、「どうして聖剣が壊れたか」を、教頭にだけ「正確に」教えた。
「――ということです」
「マジで?」
どのみち聖剣と姫の相性は、あまりよくはない。お互いが不幸になるだけだっただろう、と。
「できました」
聖剣は見事に、本来の輝きを取り戻す。
わたしの背中には、じっとりと汗が滲んでいた。
「一応、形だけです。うまくいったかは、わかりません」
「ありがとう。これで威厳が保てる」
校長の手は、震えていた。
そんなに奇跡だろうか? 校長のレベルなら、もっときれいに仕上がると思うのだが。
わたしは、「手が空いていたから」やってみただけに過ぎない。正式な魔法使いさんに、ちゃんと修理してもらったほうがいいよね。
「なんならキャラメ・F・ルージュくん、君が聖剣を持っていなさい。平民とはいえ、君はすばらしい偉業を成し遂げた」
「ご冗談を」
わたしは、この剣を泉の岩に刺し直す。
「欲がないのね。ところで、あなたの出自は?」
「田舎は、沈香村です」
「沈香村……魔除けのお香の元になる香木を、製造・販売している地方よね?」
教頭からの問いかけに、わたしは「はい」とうなずいた。
「あそこの生キャラメル、子ども用に砕いたお香を混ぜているのよね? あの苦味が最高なんだよねー」
「今後もどうぞ、ごひいきに」
たしかに生キャラメルは、我が田舎の名産なんだけど。
大人になった今でも、あのキャラメルを食べているのか、教頭は。
「そうそう。聞き忘れるところだったわ。あなたの一族の誰かに、伽羅の魔女こと、【ソーマタージ・オブ・カーラーグル】と呼ばれている人はいなかった? もしくは、子孫とかご先祖とか」
「さあ……そこまでは」
わたしは、首を傾げる。
「そう。引き止めてごめんなさい」
「いえ」
「さっきかけてあげた【緊張をほぐす魔法】だけど、永続だから。もし何かの拍子で効果が切れたら、いつでもかけ直してあげるわ。卒業しても、うちにいらっしゃい」
「ありがとうございます。では」
【キャラメルの魔女】って、勇者に同行していた魔術師じゃん。
そんなのが、ウチの家系に?
*
『あんたも大概、心臓に毛が生えてるよなぁ』
「そうかな?」
『そうさ。あんたは絶対に、いい魔法剣士になれるよ』
「いやいや」
わたしは、錬金術師になりたいんだが?
『そうだったね。アハハ。あっ、焼けたぜ。さっさと食わないと焦げる』
「おわっぷ! いただきますっ」
ラビットは一瞬で骨だけになった。
『骨は、アタシ様におくれ』
ゴミの処理まで、していただけるなんて。動物の骨も、魔剣にとっては立派な素材なんだろう。
「ごちそうさま、と。ん?」
壁の隙間が、キラキラと輝いている。
「なんかさ、壁が光っているよ」
『魔法石だ!』
レベッカちゃんの声が、跳ね上がった。