『はいい!? 聖剣だぞ! 直せるもんなのかよ!?』

「形だけは、どうにか正常になったよ」

 もっとも、わたし程度の【錬成】では、「ごはん粒でくっつけた程度」の強度しか保てないだろうけど。

『それでも聖剣だぜ。恐れ知らずだな?』

「実は聖剣抜きテストの順番って、姫様の次はわたしだったんだよね」

 わたしは姫様のすぐ後ろに並んでいたから、姫の番が済んだらやらざるを得なくなったのだ。

「形式だけで『抜けませんでしたー』ってやろうと思ったんだけど、壊れちゃったじゃん。やることが、なくなっちゃってさ。せっかくだしって、元に戻したんだよ」

 その頃には、姫様はダンジョンに向かわれていなかったんだが。

 


「あの」

 わたしは手を挙げる。

 姫どころか、卒業生全員がいなくなっている。おそらく明日のダンジョン攻略に向けて、準備に取り掛かっているのだ。

 そりゃあ、そうだよね。わたしは姫の後で、一番ドベだ。いわば、オチ担当である。ましてや、わたしは平民だ。平民ごときがこんなイベントに参加できること自体、ありえないんだもん。

「君はたしか、キャラメ・F(フランベ)・ルージュくんだったか?」

 校長先生は、わたしの名前をちゃんと覚えていてくれた。思い出すまでに一瞬間があったが。だけど校長って、生徒の名前をいちいち把握しているものなのかな?

「どうかしたのかね。おお、すまん。君の番だったか。ご覧のとおり、聖剣は抜けてしまった。どころか、壊れてしまってこの通り」

「あ、あの。この剣、直せます」

 わたしは思い切って、校長先生に打診してみた。

「なに? 君は、何を言ったのかわかっているのか?」

 校長先生も、目を丸くしている。

「は、はい先生。れれれ、錬成で、どうにかなると思います。わた、わたし、せせ専攻が錬金術なので」

「なにを言う? 宮廷魔術師である私でさえ、まともに復元できるかわからぬのに」

「げげ、原因は、わ、わかっています。こここ、この剣は、ままま、まだ大丈夫です。つつ繋げれば、まだけけ、剣として、きき、機能し、します」

 わたしは、どうしてこの剣が折れたのか説明をしようとした。しかし、うまく言葉が出ない。

「お嬢さん、ちょっと、失礼」

 いかにも魔女っぽいマダムが、わたしに近づく。たしか音楽魔法の先生で、教頭だったはず。
 それにしても、誰かに似ているんだよな。
 クレア姫様だ。あの方をめっちゃ大人にして、雰囲気をギャルっぽくしたような感じで。

「ちゅ」

 教頭が、わたしの頬にチュッとした。

「なにをするんですか、先生!」

 わたしは、教頭先生から飛び退く。

「ワタクシが編み出した、【滑舌をよくする魔法】よ。それに、チュってしたのは、こっち」

 頭が水滴みたいな形をした二頭身の精霊が、マダムの手の平に乗っている。水滴精霊が腰に手を当てて、ドヤ顔をしていた。

「どうかしら? 話しやすくなったでしょ? 緊張が解けて」

「話してみないことには……あ」

 なんか、いつもよりドモラない。

「ありがとうございます」

「ウフフ。ワタクシ、合唱部の顧問もしているの。大舞台に上がることも多いから、こうやって生徒に応急処置をしているのよ」

 満足気に教頭が笑う。

「教頭先生、冗談が過ぎますぞ」

「オホホのホ。ごめんあそばせ。でも、面白そうじゃん。このキャラメちゃんに、賭けてみましょうよ」

 ひとまず先生一同が、壊れた聖剣を石の台に置く。

「錬成、開始」

 わたしは、魔力を注ぎ込む。

 聖剣の表面が光を帯び、他の破片とくっつき始めた。

「話しかけてもいいかな?」

「はい。校長先生」

「説明を頼む」

「はい。この剣は、ずっと魔力不足でした」

 聖剣は本来、使い手の魔力をエサとする。持ち手の魔力と一体化して、初めてその真価を発揮するのだ。

 しかし学生相手では、ロクな魔力をもらえない。

 当然だ。今まで、勇者のパワーという極上の料理を食べていたのだ。
 学生の魔力なんて、安物のおやつやジャンクフードに近い。
 お菓子ばかりを一〇〇年も食べさせられては、身体も壊すというもの。

「そこに急に上質な魔力……つまり、姫の魔力を吸ってしまったせいで、身体がビックリしちゃったんでしょうね。消化不良を起こして、壊れちゃったんです」

 わたしも身体測定前に、モヤシばっかり食べて断食に近いダイエットをしたことがある。
 既定値をクリアして、測定を乗り切った。
 直後にドカ食いしたら、お腹を壊したのである。

「たとえがだいぶアレだけど、よくわかったわ」

「ありがとうございます」

 聖剣が壊れたのも、その現象に近い。

「つまりむす……コホン。クレア嬢が魔力を急激に注ぎ込んだ時点で、聖剣の構成組織に綻びが出てしまった、と?」

「そうです。恐れ多くも申し上げますと、本当ならもっと、少しずつ魔力を注ぎ込むべきでした」

 本人の魔力が相当なものであるのは、確かだ。

 しかし、聖剣はもっとデリケートに扱うべきだった。

 そう告げたとしても、クレア姫様はなおさら不要というはず。「そんなヤワな剣に興味なし」と、聖剣を切り捨てるだろう。

「聖剣といっても、しょせんは金属です。金属って意外と、デリケートなんですよ」

 物質に魔力を注ぎ込むのは、注意が必要だ。ちょっと調節を間違えただけで、壊れてしまう。魔力伝達率が悪い金属だと、なおさらである。使い手の魔力で、溶けたりサビついたりするから。

「ましてやこれ、精霊銀ですよね? ミスリルよりちょっと上等な。だとしたら余計、丁寧に扱わないといけません。制御している装飾品が、かえって反作用を起こして暴走したりするので」

「使い手の……クレア嬢の技量に問題があったと?」

「ええ、実は――」

 わたしは、「どうして聖剣が壊れたか」を、教頭にだけ「正確に」教えた。

「――ということです」

「マジで?」

 どのみち聖剣と姫の相性は、あまりよくはない。お互いが不幸になるだけだっただろう、と。

「できました」

 聖剣は見事に、本来の輝きを取り戻す。

 わたしの背中には、じっとりと汗が滲んでいた。

「一応、形だけです。うまくいったかは、わかりません」

「ありがとう。これで威厳が保てる」

 校長の手は、震えていた。

 そんなに奇跡だろうか? 校長のレベルなら、もっときれいに仕上がると思うのだが。

 わたしは、「手が空いていたから」やってみただけに過ぎない。正式な魔法使いさんに、ちゃんと修理してもらったほうがいいよね。

「なんならキャラメ・F(フランベ)・ルージュくん、君が聖剣を持っていなさい。平民とはいえ、君はすばらしい偉業を成し遂げた」

「ご冗談を」

 わたしは、この剣を泉の岩に刺し直す。

「欲がないのね。ところで、あなたの出自は?」

「田舎は、沈香(ジンコウ)村です」

「沈香村……魔除けのお香の元になる香木を、製造・販売している地方よね?」

 教頭からの問いかけに、わたしは「はい」とうなずいた。

「あそこの生キャラメル、子ども用に砕いたお香を混ぜているのよね? あの苦味が最高なんだよねー」

「今後もどうぞ、ごひいきに」

 たしかに生キャラメルは、我が田舎の名産なんだけど。
 大人になった今でも、あのキャラメルを食べているのか、教頭は。

「そうそう。聞き忘れるところだったわ。あなたの一族の誰かに、伽羅(キャラメル)の魔女こと、【ソーマタージ・オブ・カーラーグル】と呼ばれている人はいなかった? もしくは、子孫とかご先祖とか」

「さあ……そこまでは」

 わたしは、首を傾げる。

「そう。引き止めてごめんなさい」

「いえ」

「さっきかけてあげた【緊張をほぐす魔法】だけど、永続だから。もし何かの拍子で効果が切れたら、いつでもかけ直してあげるわ。卒業しても、うちにいらっしゃい」

「ありがとうございます。では」

キャラメルの魔女(ソーマタージ・オブ・カーラーグル)】って、勇者に同行していた魔術師じゃん。
 そんなのが、ウチの家系に?

  


 
『あんたも大概、心臓に毛が生えてるよなぁ』

「そうかな?」

『そうさ。あんたは絶対に、いい魔法剣士になれるよ』

「いやいや」

 わたしは、錬金術師になりたいんだが?

『そうだったね。アハハ。あっ、焼けたぜ。さっさと食わないと焦げる』

「おわっぷ! いただきますっ」

 ラビットは一瞬で骨だけになった。

『骨は、アタシ様におくれ』

 ゴミの処理まで、していただけるなんて。動物の骨も、魔剣にとっては立派な素材なんだろう。

「ごちそうさま、と。ん?」

 壁の隙間が、キラキラと輝いている。

「なんかさ、壁が光っているよ」

『魔法石だ!』

 レベッカちゃんの声が、跳ね上がった。