クレアはトートから、魔剣の一〇番を受け取る。
「この刀身なき剣こそ、魔剣【地獄極楽右衛門】の、真髄ですわ」
「バカには見えない刀身ですって? バカはアンタの方じゃん。丸腰で私に勝とうっての?」
魔王カリュブディスが笑うのも、ムリはない。
この魔剣が強いのか、クレア自身でさえ半信半疑だった。
「試してみれば、わかりますわ」
「ハン。試すも何も、そんな武器が私に通用するわけ――」
何かをいいかけて、魔王が黙る。
クレアが、カリュブディスの腕を奪ったからだ。
胴体を真っ二つにしたかったが、さすがにかわされてしまう。
復活したばかりで本調子でなくても、そこは魔王か。簡単には、倒れてくれない。
「アンタ、それは」
魔剣が、稲妻の刀身を放つ。
「一〇番の刀身は、ワタクシ自身ですわ」
クレアの魔力自体を、刀身に使っているのである。
「バカな!? たしかに魔力を実体化することは、不可能じゃない。けれど、魔王クラスの魔力がなければ、絶対に安定なんてしないはず」
「おっしゃるとおり、この剣だってさして安定はしていませんわ」
すぐにクレアは、稲妻の刀身を消す。
つい最近まで、一〇番は未完成品だった。しかし、クラーケンの魔石を扱ったことで、ようやく魔剣の安定性が上がったのである。
カリュブディスから魔石を得れば、さらに強くなるだろう。
フワルー氏からは、一本の剣にこだわった方がいいと言われている。
しかし貪欲なクレアは、一〇本の武器を存分に扱いたかった。
ここまで多面的な戦闘を好んでいたのかと、自分でも驚いている。自分がどこまでやれるのか、やれることは全部試したい。
結果、単身で魔王に挑むという、暴挙に出たのだが。血がたぎって、しょうがない。
「魔力を実体化して剣に変える、たいした実力ね。けど、どこまでもつかしら?」
「やってみなければ、わかりませんわ」
またカリュブディスが、切れた腕から触手を生やす。
「深海魚のエサにしてあげるわ!」
触手が、クレアに襲いかかってきた。
柱や壁を、触手は破壊し続ける。クレアが回避する地点に、先回りされる。
「トートさん、六番を!」
触手を切らねば、魔剣を試すどころではない。
一旦、武器を交換する。
しかし、投げた六番が触手に取られてしまった。
「武器がなければ、アンタは何もできない!」
魔剣を奪われて、クレアは回避行動ばかりになる。
やはり、魔王を少し舐めすぎていた。召喚獣に武器を投げてもらう戦法は、修正が必要だ。
「【雷霆蹴り】!」
電撃を帯びたハイキックで、触手を撃墜する。ついでに電流を魔王の身体に流し込んで……。
「ざっけんじゃないわよ!」
と思ったが、魔王は自ら触手を切り捨てた。
「ですが、魔剣は回収しましたわ」
両手斧を取り戻し、触手攻撃を切断していく。
尻尾で、魔王が攻撃してきた。
クレアは両手斧を地面に突き刺す。
魔王は尻尾を減速できず、両手斧に衝突した。ドン、と尻尾がちぎれる。
両手斧から、クレアは九番であるレイピアを抜き取った。魔王の心臓に向けて、レイピアを突き出す。
魔王が、口から魔力の濁流を吐き出した。
濁流に飲まれ、クレアは壁に叩きつけられる。
「ふううう!」
どうにか、クレアは立ち上がった。
「クソが。まだ生きているなんて!」
ダメージは、たしかに大きい。だが、自分はまだ飛べる。
「これくらいのハンデは、ご必要でしょ?」
「まだ言うか! この死にぞこないが!」
魔力を口に溜め、魔王カリュブディスが濁流の渦を作り出す。ガレキをも吸い込んで、確実にダメージを与えるつもりだ。
「一〇番!」
ここで、クレアは一〇番を選択する。ここが、魔剣の使いどころだ。
「フルパワーですわ!」
全力を出すなんて、いつ以来だろう? 父を相手にしたとこでさえ、全力だったかわからない。
とにかく、クレアに並ぶ相手は、いつの間にかいなくなっていた。キャルが現れるまでは。
きっとキャルは、無事だろう。必ず、最悪の局面を切り抜けてくれるに違いない。
だからこそ、信頼できる。だからこそ、自分は全力でこのゴミを始末できるのだ。
「あなたの顔も、見飽きましたわ」
「こっちは、とっくに飽きてるのよ! たかがニンゲンが、この魔王に歯向かうなんて!」
「魔王ごときが、ニンゲンに勝てると思わないことですわね」
実際、この魔王はかつて人間に負けている。その事実を忘却し、いいように解釈しているだけだ。
「今度こそ完全なる復活を遂げて、最強の座をほしいままにするのよ!」
「その愚かな願い、ここで断ち切らせていただきます!」
両足で、クレアは大地を踏みしめた。
「バカね! 自分から渦に飛び込んでいくなんて! 喰らいなさい、【ファイナル・テンペスト】!」
跳躍しながら、一〇番をヒザにセットする。
クレアのレッグガードには、魔剣を装着する仕掛けが施されていた。クラーケン戦の後、キャルがクレアの要望を聞いてくれたのである。
「な!?」
「……雷霆蹴り」
魔剣を突き出した飛びヒザ蹴りを、魔王の口内に食らわせた。
飛び込んでのヒザ蹴りをモロに喰らい、魔王は感電する。
倒れ込んだ魔王の顔面を、さらにヒザで押しつぶした。
魔王の肉体が、ガラスのように砕け散る。
「ふう……。さすがに、立てませんわね」
クレアは、自身の状況を嘲笑した。自分のヒザが、笑うとは。こんな状況まで、自分を追い詰めたことはなかった。
「キャルさん、あとは、頼みました」
本当はすぐにでも、キャルの元へ駆けつけたい。
が、少々休むことにする。
*
ヤトが、邪教の末裔だったとは。
「どうして、そんなことに?」
「いわゆる、勢力争いってやつでヤンスよ」
神の力で国が栄えたが、国が巫女たちから権利を取り上げたのだ。権力争いに魂を奪われた国王が、代々王妃を配してきた巫女の一族を、勢力争いから分離したのである。
「我は国に見限られて、邪神となった」
「語弊でヤンス」
リンタローが、反論した。
「邪神徒は、刀を作ったヤツだけでヤンス。巫女が政権を持てなくなったのも、権力争いから巫女たちを退けさせるための安全策でヤンスよ」
当時は、巫女が暗殺される事件などが続発したという。
巫女の力を失いかねない事情を察し、時の国王が巫女から権力を取り上げた。
「それに、邪教を祀っていたのは分家でヤンス」
「どういうこと?」
「コイツはヤトが祀っていた神とは、まったく違う神でやんす」
妖刀を信仰していたグループが、ヤトの一族から外されたらしい。
当時の国王は、ヤトたちの先祖だけは守り通そうとした。しかし、連帯責任でひいきはできなかったらしい。
「邪教化も、全部そいつの仕業でヤンスから。調べはついてるでヤンス。テメエで居場所をなくしておいて、責任転嫁も甚だしいでヤンスよ!」
「黙れ! 我は今こそ権力を取り戻し、東洋の地を再び手中に収めようぞ!」
「どうやら、言っても聞かねえでヤンスね」
リンタローが、身構える。
「素手じゃ、キツイよね? 錬成!」
わたしは錬成で、リンタローの鉄扇を修理する。
「これ、結構精製に時間がかかったでヤンスよ? それを一瞬で。フワルーじゃあるまいし」
フワルー先輩のことを、知っているのか? リンタローは。
「もしかして、フワルー先輩が言っていたガチの格闘家って、リンタローのこと?」
「そんなことを吹いて回ってたでヤンスか? フワルーが」
リンタローが、苦笑する。
「ご期待に答えられるかわからないでヤンスが、スキくらいは作るでヤンス」
鉄扇をもって、リンタローが突撃した。
「作戦を考えるので、ちょっと時間をちょうだい」
「OKOK、キャル殿。ソレガシが、時間を稼ぐでヤンス」
ひとまず、リンタローには無理せず戦ってもらう。
『ヤトを止める。見込みはあるのかい?』
「手は、あるよ」
わたしは、妖刀が捨てた釣り竿に目を向ける。
「うわーっ!」
リンタローが、こちらにぶっ飛ばされてきた。
妖刀を鉄扇で防いだだけで、突き飛ばされるとは。
わたしは、リンタローをキャッチする。
『キャルが、釣り竿型妖刀をよこしな、だってさ』
レベッカちゃんは仙狸のテンちゃんを介して、リンタローに語りかけた。魔剣が言葉を話すってことは、内緒だ。まだ召喚獣が口をきくって方が、説得力がある。
「わかったでヤンス!」
再度リンタローが、鉄扇を広げてヤトに立ち向かっていった。
「スパルトイ、ゴーレム! わたしを囲んで!」
盾を装備した魔物たちに、取り囲んでもらう。
手持ちの素材を錬成しまくる。どうにか、釣り竿妖刀を受け取る前に、強力な素材を開発していく。
「準備OK! いつでもいいよ!」
「承知でヤンス」
ヤトに作戦を見破られないように、リンタローはあえて足元に注意を払わない。回し蹴りを浴びせ、そのスキに鉄扇で風魔法を起こす。
竜巻が起きた。
その勢いで、こちらに釣り竿が飛んでくる。
『うまいね!』
「お見事」
だが、リンタローのキックは外れ、撃墜されてしまった。
ヤトはまた、ブリッジだけで蹴りを回避したのだ。どんだけ、身体が柔らかいのか。
鉄扇による打撃も、ヤトは妖刀で弾き返す。
「いいでヤンス。殺意高めの攻撃は、久々でヤンスから! でも、もっと違う形で戦いたかったでヤンス!」
強い相手は大歓迎って感じの、リンタローの口調。しかし、イントネーションはどこか物悲しさが。
二人の間に、よほどの信頼関係が合ったのが、戦闘の中で見て取れる。
おそらく、妖刀の洗脳は完璧じゃない。殺そうと思えば、いつでもわたしたちを殺せる場面はあった。その状況は、一度や二度ではない。少なくとも、腕や足は吹っ飛んでいたはずだ。
しかし、ヤトは妖刀にこだわらない。リンタローやレベッカちゃんの攻撃を、徒手空拳で押し戻していた。舐めプかなと思っていたが、攻めきれないのだとわかる。
ヤトも、戦っているのだ。その表情から、苦悩がうかがえるから。リンタローの動きを読みつつ、かといってトドメは刺さない。刺せないんだ。
「どうしたでヤンスか? あなたはそんなヤワな攻撃をしてくるような魔法使いでは、なかったはずでヤンスよ」
リンタローに挑発されて、ヤトの攻撃が激しくなる。より深く踏み込むようになり、リンタローを徐々に追い詰めていく。
「そこ!」
初めて、リンタローの突きがヤトを捉えた。みぞおちに、リンタローの拳がヒットする。
「くっ! ぬかったでヤンス」
ヤトの妖刀が、リンタローの脇腹をすり抜けていた。
そこまで肉薄しなければ、リンタローでさえヤトに一太刀を浴びせられない。
リンタローがヒザをつく。
「伏せてくださいまし!」
もう危ういと思っていた矢先、稲妻を帯びたヒザ蹴りが、ヤトに飛んできた。
「雷霆蹴り!」
妖刀で蹴りを防いだのに、ヤトが一回転する。そのまま、壁まで吹っ飛んだ。
こんな恐ろしい蹴りを打ち込んでくる相手は、一人しかいない。
「クレア氏! 魔王カリュブディスを倒したでヤンスか!?」
「相手は、完全体ではありませんでしたからね。完全復活していれば、危険でしたでしょうけど」
不完全な復活とはいえ、一人で魔王を倒すとは。
「リンタローさん、おケガは?」
クレアさんが、リンタローの横に並ぶ。
「多少は、やられたでヤンス。ツバをつけておけば、治るでヤンスよ」
リンタローが脇腹に、治癒魔法を施す。
「キャルさんが突破口を開くまで、足止めをすればいいのですね?」
「瞬間的な状況確認、恐れ入るでヤンスよ」
クレアさんが飛び蹴りを繰り出し、リンタロが鉄扇で竜巻を起こした。
雷撃を込めた渾身の飛び蹴りを、ヤトがかわす。
「甘いでヤンス!」
「トニトルス!」
キックを避けられたクレアさんが、竜巻で舞い戻ってきた。今度は竜巻を段差代わりにして、オーバーヘッドキックを繰り出す。
起き上がったヤトの首筋に、蹴りがめり込んだ。
苦悶の表情を浮かべながら、ヤトが剣を逆手に持ち替える。
追撃してきたリンタローの首を、妖刀で撫でようとした。
リンタローは、かろうじてすり抜ける。だが追撃の前蹴りを太ももに受けて、転倒した。
反対の手で、釣り竿を取ろうとしたのだろう。ヤトは地面に手を伸ばす。
しかし釣り竿は、わたしの手の中にあった。
クレアさんが、五番の棍棒を掴んで、ヤトに振り下ろす。
『魔剣を破壊する魔剣』として開発した棍棒を、妖刀はいとも簡単に弾き飛ばした。
「オーソドックスな戦法で、参ります。一番を!」
トートに武器交換を頼み、クレアさんはショートソードを装備する。
「やあ!」
妖刀と、魔剣が打ち合う。
リンタローも両手持ちの鉄扇で、クレアさんをサポートした。
二人がヤトと戦っている間に、こちらは素材を錬成。
『キャル。ヤロウ、とんでもないよ。あの二人を相手に、互角以上に戦ってやがる』
「待ってて、二人とも」
妖刀から、ヤトが氷の刃を飛ばしてきた。立て続けに、二発も。衝撃波まで、使うのか。
『キャル!』
「打ち返して、レベッカちゃん!」
『よっしゃ。【ウェーブ・スラッシュ】! おらああ!』
こちらも二発、衝撃波を放った。
ヤトの衝撃波を、無事に打ち消す。
だが今度は、リンタローとクレアさんが吹っ飛んできた。
スパルトイとゴーレムを駆使して、二人をキャッチする。
この二人をもってしても、ヤトを止められないか。
「不甲斐ないでヤンス!」
「強いですわね。不完全体ながらも魔王を倒して、レベルは上がったはずですのに」
わたしは、二人の前に立つ。
「キャルさん!?」
「みんなありがとう。魔剣の錬成は、できあがったよ。クレアさんたちは休んでてください」
「一人で戦うおつもりですか?」
「うん。どうにか、目を覚まさせる方法は、思いつきましたから」
だが、これを外すと、もうヤトを殺すしかなくなる。
一か八かの賭けだ。
「二人は、わたしが失敗したときに、ヤトを倒してもらう」
どうにか、ヤトにダメージだけは負わせるつもりである。レベッカちゃんの戦闘力頼みになるが、そちらの方は安心だろう。
「クレアさん、これを。これが切り札です」
わたしは、クレアさんに耳打ちをした。これで、ヤトが目覚めるはずだと。
『さあ妖刀ヤロウ! 決着をつけようじゃないか!』
レベッカちゃんと、人格を入れ替える。
本格的な切り合いが、始まった。
わたしの身体を使い、レベッカちゃんが片手で魔剣を振り回す。
妖刀を逆手に持ち、ヤトは重い一発に耐える。
『そらそら、どうした!』
「くっ!」
情け容赦がなくなったレベッカちゃんの剛剣に、ヤトはついていけていない。やはり剣術は、使い手の肉体に依存するようだ。
ヤトは本質的に、魔法使いである。今までの戦闘も、魔力依存による肉体強化だったのだろう。
一方でわたしは、身体能力にステータスポイントを振ってきた。
フィジカルの差が、ここにきて生まれている。
『どらあ!』
魔剣の一撃で、レベッカちゃんがヤトを押し出す。
レベッカちゃんが、突きの構えに。
狙うは、妖刀だ。この突きによる【原始の炎】によって、妖刀を破壊すれば……。
ヤトも、同じ構えになる。身体のしなりを活かし、突きを繰り出してきた。
「折れた剣の方が、相手を取り込む!」
『OKだっ! やってやるよ!』
魔剣と妖刀の切っ先が、ぶつかり合う。
弾かれたのは、レベッカちゃんの方だった。
剣の衝突によって、ではない。妖刀が刀の先端に、氷結魔法を込めたのである。
妖刀が、日和ったのだ。
魔剣も、無事である。
「こ、こいつは、レーヴァテインじゃない。何者だ!?」
『アタシ様かい? アタシ様はね、もうレーヴァテインじゃないよ。【魔剣 レベッカ】として、独自に進化したんだ! 違うベクトルで、強くなっていくんだよ!』
レベッカちゃんは、もう魔剣レーヴァテインと呼べないくらい、歪な存在になってしまった。
彼女は彼女で、独自の強さを手に入れている。
「バケモノめ。同じ魔の存在であるレーヴァテインなら、御せたものを! 不純物まみれの、ガラクタが!」
妖刀で、わたしの腕に切りかかった。
『ガラクタ、上等だよ!』
レベッカちゃんが、打ち返す。
『あんたら剣どもに、アタシ様の思想は理解できないだろうね!』
魔剣レベッカちゃんがこうなったのは、きっとわたしのせいだ。わたしが低レベルなうちから、錬成でムリヤリ【原始の炎】と錬成したから。
それが正しいのか悪いことなのか、使い続けていかないとわからない。
けど、レベッカちゃんはレーヴァテインという『縛り』からは開放された。
『キャルが気にすることじゃ、ないんだよ。たしかにあんたのせいで、アタシ様はレーヴァテインとは別物になったけどさ。今は感謝ているくらいさ』
「レベッカちゃん」
わたしはレベッカちゃんを、ヤトに向けて構える。
「【属性貫通】など、邪道もいいところだ! 属性剣の誇りを失いおって!」
『あんたこそ、【原始の氷】なんて持っているじゃないか!』
「あれは、魔王カリュブディスのスキルだ! 勝手に取り込んでしまったのだ!」
『ほざいてな! あんたみたいなのを、ダブスタってんだよ!』
ヤトの妖刀による攻撃を、レベッカちゃんがカウンターで弾き飛ばした。
『おかげで、高純度のオリジナル魔剣に生まれ変わったのさ。いいかい? キャルの錬成はすごいよ。あんたもやられてみなよ!』
「ほざけ! そんな奇術師の手に、改造されたくないわい!」
ヤトが、妖刀を振り回す。
『頼む、クレア!』
「はい!」
クレアさんが、釣り竿の針を投げた。
死神の鎌を思わせる巨大な針と、水氷の糸が、ヤトに巻き付かんとする。
妖刀で、ヤトが鎌を弾こうとした。
『どらあ!』
レベッカちゃんが、ヤトに斬りかかる。
ヤトは、魔剣に対処せざるを得ない。魔法で、釣り糸を破壊した。
こちらの攻撃は、受け流されてしまう。
だが、ヤトの動きが一瞬止まった。
「やっぱり!」
ヤトは魔法を使う時に、洗脳が和らぐ。少しだけ、正気に戻るのだ。身体強化は、妖刀が勝手に作動している。しかし魔法を使うのは、苦手なようだ。
どおりで、魔法に頼る攻撃をしてこないと思っていたが。
さすがの妖刀も、マルチタスクに割く魔力はないか。
妖刀がヤトを洗脳しきれていないというわたしの予想は、間違っていなかったんだ。
生まれたスキを、わたしは見逃さない。
「今だよ、リンタロー!」
「はいでヤンス!」
わたしとヤトの間に割って入り、リンタローがヤトの手を折った。
ヤトの手から、妖刀が離れる。さすがに手の甲が折れたら、妖刀を手放すか。
カラン、と妖刀が地面に落ちた。
リンタローはヤトを抱える。すぐさま風属性魔法で竜巻を起こし、妖刀から距離を取った。
「しっかりするでヤンス。ヤト」
わたしが錬成した特製ポーションを、リンタローがヤトに少しずつ飲ませる。
折れたヤトの腕が、徐々に再生していった。
「ん?」
ようやく、ヤトが正気に戻ったらしい。
「無事でヤンスか、ヤト?」
「私は、なんてことを」
今までのことを思い出してしまったのか、ヤトが顔を覆う。
「いいんでヤンス。お前さんが無事なら、ソレガシはそれで十分でヤンスよ」
「でも、傷だらけ」
「これくらい、ツバをつけていれば治るでヤンス」
さすがに力を使いすぎたのか、リンタローがあぐらをかいて動けなくなる。
「ば、バカな。洗脳が、こうもあっさりと」
妖刀を手放せれば、開放できるだろうと思っていたが。
「本来なら、ヤトの腕を切り落とすところでした」
どうにか最小限のダメージを与えて、ヤトから妖刀を手放せればよかった。
しかしヤトが強すぎて、付け入るスキがない。
なのでクレアさんとリンタローをぶつけて、ヤトの戦闘スタイルを把握する必要があった。
結果、魔法を使うと一瞬の洗脳が微量ながら解除されると判明。
レベッカちゃんと話し合い、策を立てたのだ。
「錬成で、貴様が作っていたのは?」
「ポーションです。エリクサーっていえば、いいですかね?」
もしヤトの腕や指を切り離さなければならなくなったとき、このポーションで身体を繋げる予定だったのだ。
「なんと。怪滅竿に細工をしたのでは?」
「何もしていません」
錬成台で釣り竿を分析して、わかった。
結局どうやっても、ヤトの武器である釣り竿型杖は、錬成できないと。
完成しすぎていて、わたしの技術を入れ込む余地はない。
さすが異国の巫女たちが作った、伝説の妖刀である。気軽にわたしが、変化させていいものではない。
「この釣り竿は、これだけで十分に強いので」
わたしは、釣り竿をヤトに返す。
「本当に、なんの錬成もしていない」
ヤトが釣り竿の状況を、確認した。
「はい。東洋の武器は、専門外なので」
ヘタにわたしが釣り竿を細工をすれば、どんなクリーチャー武器になるかわからない。
人語を解するくらいなら、大丈夫だろう。
だが魔法使いにとって扱いづらい武器になってしまえば、目も当てられない。
ましてやわたしは、炎属性の魔法使いだ。
氷属性の武器を、開発できるかも謎だったし。
「どうもおかしいなと思ったのは、あなたが釣り竿型の妖刀を捨てたときでした」
ヤトはいわゆる純魔……純粋な魔法使いだ。
なのに、アイデンティティである釣り竿型の妖刀を使わないのはおかしい。
これと妖刀ヨグルトノカミで二刀流されていたら、わたしも結構あぶなかったはず。
「これで、わたしは確信したんです。あなたは、魔法を使いたくないのかなって」
わたしたちは、妖刀に迫る。
「さて、講釈は終わりです。お覚悟を」
「フフ。いくら弁舌を並べ立てたところで、余を手に取る者はまた新たなエサとなるだけ。さあ、どちらの女が余を手に取るのか?」
未だコイツは、自分に武器としての勝ちがあると思いこんでいるらしい。
「トート、五番を」
クレアさんがトートに命じて、『魔剣を破壊する棍棒』を用意させた。ブンと、スイカ割りのようなフォームをしてみせる。
「ヤトさん。どうぞ。これは、『魔剣を壊すために作られた魔剣』ですわ」
持ち手の方を上にして、クレアさんがヤトに棍棒を差し出す。
ヤトが、棍棒を受け取った。
「待て! こんな純度の高い妖刀、そのままで活用せねばどうなるか! 元に戻すのに、一〇〇年以上はかかるぞ!」
「私たち一族は、一〇〇〇年以上も苦しめられた」
棍棒を、ヤトが振りかぶる。
「待て!」
「妖刀としてではなく、単なるガラクタとして死ね」
断末魔を妖刀が上げることすら許さず、ヤトは妖刀を叩き壊した。
見事、妖刀は粉々になっている。
「いいの? 報告しなきゃでしょ?」
「大丈夫でヤンス。ほら」
[妖刀【夜巡斗之神】を討伐しました。ギルドに報告をします]
わたしたちの手の甲にある端末から、アナウンスが。
ちゃんと、母国のギルドに伝わるのか。
「さて、素材素材を、と」
妖刀の破片にしゃがみこんで、素材を取っていく。
東洋の素材って、不思議なものが多い。見たことない金属を扱っている。
「見て。レベッカちゃん。こんな色した金属なんて、見たことないよ」
『こいつは【ヤミハガネ】だね。邪悪な魔力をインゴットの段階で込めているのさ。アタシ様の一部にも、使われているよ』
「じゃあ、錬成してOK?」
『もちろんさ。大好物だよ』
わたしは早速、錬成を試す。
「キャラメ・F・ルージュ」
後ろから、ヤトが声をかけてきた。
「あなた、【原始の氷】はいらないの?」
黒い氷を、ヤトがわたしに差し出してくる。お礼のつもりなんだろう。
「うーん。いらないかな。わたしたちには、【原始の炎】があるから」
炎属性なのに、氷の属性貫通なんてもらったら、相殺されちゃいそうだ。
「でも」
「代わりに、いいものをもらうからね」
わたしは海底神殿の壁に、レベッカちゃんを突き刺す。
「さあ、食事の時間だよ」
わたしはレベッカちゃんに、海底神殿の鉱石を根こそぎ食べてもらうことにした。
「こんな神殿、あっても仕方ないもんね」
冒険者用の狩り場ならともかく、人を襲うモンスターが湧くダンジョンはいらない。
魔王の影響は、まだこの神殿には残っている。
このダンジョンは、破棄すべきだ。
「神殿のどこに魔法石があるか、わかるよ。わたし、【鉱石探知】を取ってるから」
本当は、鉱石探知は鍛冶のスキルである。
とはいえレベッカちゃんと共に行動するなら、魔法石の錬成が必要だ。そのため、知識として取っておいた。
ファッパの街で、鉱物関連の書籍も集めたし。
『準備がいいじゃないか、キャル! 久々に、ごちそうにありつけるよ!』
レベッカちゃんを壁に突き刺し、魔法石を食わせる。神殿の端から端まで、すべて。
わたしが鉱石のありかを探知して、レベッカちゃんが吸い上げる。魔法石を粒状に変化させて、吸収しているのだ。
『アハハ! 大漁だね!』
海底神殿から、レベッカちゃんが大漁の魔力を奪っていく。
神殿の明かりが、点滅し始めた。魔力を奪われているせいか、壁を覆う魔力が少なくなってきたのだ。ヒカリゴケは生きているから、暗くはならない。
壁から、本格的に青緑色の光がなくなっていく。
砂が、わたしの頬に落ちてきた。
「崩れてきたね」
わたしは、天井を見上げる。
グラグラっと、建物が崩れそうな気配が。
だが、作業はやめない。やめてはいけないんだ。
「魔王が神殿に溜め込んでいた魔力なんて、全部奪ってしまおう」
ここで作業を止めたら、また魔物がこの神殿に集まってしまう。第二、第三のカリュブディスが生まれるかもしれない。
だったら、ここで神殿の魔力をすべて狩り取るべき。
「てっきり、魔物が襲ってくるかなと思ったんだけど」
この神殿の、動力を吸っているんだ。神殿を守ろうと、魔物たちが押し寄せるのを想定していたんだけど。
「別のルートで、ソレガシたちが倒し尽くしたでヤンスよ」
そっか。ヤトもリンタローも、わたしたちとは違うルートから来たんだっけ。
「ほぼ一本道。ザコだらけで、大した収穫もなかった」
「キャル殿の話を聞いた限りでは、ソレガシたちのルートは近道だったっぽいでヤンス」
わたしたちのルートは、ハードモードだったんだなぁ。
『このフロアを全部ぶっ壊しちまう勢いで、吸い尽くすよ!』
神殿が形態を維持できなくなるほど、魔力石をもらっていく。
「すごいでヤンスね。本来なら、数年かけて行う作業でヤンスよ。それを、数時間で」
「キャルさんは、とんでもないんですよ」
リンタローとクレアさんが、話し合っている。
「終わった。すべてが、化石になった」
壁を撫でながら、ヤトが神殿の様子を探っていた。
魔物にとって、この神殿にはもうなんの価値もないはず。
ここらで、引き上げるとしよう。
海底神殿を脱出し、洞窟を抜ける。
「神殿が」
ヤトが、振り返った。
神殿の門が、崩れていく。建物が、存在を維持できなくなったのだ。
「よかった。これでもう、街は襲われないね」
『神殿の跡地も、魚の住処くらいには、ちょうどいいんじゃないか?』
そうかもしれない。
この洞窟も冒険者たちの狩り場として、機能するだろう。
「出口が見えたでヤンス」
リンタローが先頭になって、道を指し示す。
『久々の、外の光だね』
「でヤンスね、魔剣殿」
はっ。そういえばわたし、ずっと剣の方に話しかけていたっけ。だったら、バレちゃうよね。
『はあ? アタシ様は仙狸の』
「隠さなくてもいいんでヤンス。最初から、わかっていたでヤンスよ。天狗は、たいていなんでも見てきた種族でヤンス。インテリジェンスウェポンなんて、珍しい類ではないでヤンスよ」
だったら今後も、この二人にはレベッカちゃんの素性を隠す必要がない。
島まで、戻ってきた。
大型の船が、島の近くに停泊している。
「おーい。みんな無事なんかー?」
「無事だったら、返事をしてください」
フワルー先輩とシューテファンくんが、船の上からこちらに手を振っていた。
「よう生きとったな。魔王が復活しとったって聞いたときは、目ん玉飛び出たで」
「とにかく、帰りましょう。ここに長居しないほうが、よさそうです」
わたしたちは、船に乗り込む。
後のモンスターは、冒険者が処理してくれるだろう。
「レベッカちゃん、魔剣のレベルってどうなった?」
『ざっと、四〇まで上がったよ。とんでもないね。一〇以上もレベルが上がるなんてさ』
この状態で、魔王や妖刀に挑みたかったな。だとしたら、楽だったんだけど。
とはいえ、緊急事態だった。今更、「楽がしたかったなー」っていっても、どうしようもない。
「どうもありがとう。キャラメ・ルージュ」
改めて、ヤトがお礼を言いに来た。
「いえいえ。ギルドの依頼だったし」
海底神殿の打倒は、あくまでも仕事である。
「でも、私たちを助けることは、依頼には入っていない」
「なりゆきでこうなっただけ。別に、わたしは気にしていないよ」
わたしがそう言っても、ヤトは満足していない。
「魔王は、クレア姫が討伐した。妖刀は、私が破壊したことになっている。あなたには、なんの見返りもない」
「海底神殿の魔力をまるごと飲み込んだから、差し引きはゼロかな」
妖刀のパーツだって、分けてもらっているし。
「それでは示しがつかない。私は、あなたに助けてもらった。せめて、恩返しを」
じゃあ、どうしよう。
考え事をしていたら、ファッパの街まで戻っていた。
フワルー先輩の工房で、錬成をさせてもらう。
「さっそくなんだけど、【原始の氷】を錬成してほしい」
ヤトがわたしに、妖刀【怪滅竿】を差し出した。自身の武器に、属性貫通効果を付与してほしいという。
「わかった。錬成!」
釣り竿型の妖刀に、属性を貫通する効果が追加された。
「でもこの武器はもう、属性特化攻撃はできないよ。氷属性を持つ武器として、中途半端になるのが、確定したけど」
「構わない。弱点を消す方が、効果的」
他には、レベッカちゃんのスキル振りなどを行う。
わたしもスキルを調節したのだが……。
「ヤバイスキルが開放されたよ」
『ほほう! 【合成魔法】とはね!」
わたしはステータス画面に浮かぶ、【合成魔法】の説明書きを読む。
[合成魔法:二つ以上の属性魔法を合成し、より強力な魔法を使えるようになる]
「つまり、錬金術師は魔法さえ錬成できるってこと?」
どれくらいヤバイのかを、ヤトがうまいこと解説してくれた。
「うん。トンデモスキルだよ」
使うには術師が二人以上必要だが、使い勝手はいいスキルになりそうだ。
これを使うなら、クレアさんとになるけど。
炎と電撃だけか……。
「あ、そうだ!」
わたしは、名案を思いつく。
「ヤト、リンタロー。わたしたちと一緒に、冒険する?」
呼ばれた二人は、わたしの提案を聞いて目を見開いた。
ヤトは、後衛職である。
わたしとクレアさんは、どっちもお互いに前のめりな戦闘法だ。
ゆえに、後方でサポートしてくれる人がいると、ありがたい。
リンタローも、中衛で攻撃と防御を担当してもらえると、助かる。
「火力も防御面も申し分ないキャルがいれば、防御面に不安があるリンタローにとってもありがたいけど」
ヤトは、乗り気だ。
なにより、にぎやかになりそうだ。
「それが、いいですわ」
クレアさんも、話に割り込んできた。
「お二人は、魔剣探しをなさっているのですわよね? 強い魔剣に出会う可能性が高まります。これはいい機会ですわよ、キャルさん」
「ですよね! ささ、お二人さん。一緒に旅をしない?」
わたしとクレアさんで、猛プッシュをする。
「ソレガシたちの仕事は、あくまでも国家単位の事業でヤンス。お二人には、なんのメリットもないのでヤンスよ?」
「ワタクシたちはワタクシたちで、現地で冒険者として依頼を受ければいいんですわ」
うんうん。そういうこと。
「ソレガシは、悪くないと思うでヤンス。あとはヤト次第でヤンスね」
いたずらっぽく、リンタローがヤトに話題を振った。答えなんて、わかり切っているはずなのに。
「わかった。よろしく。キャラメ……」
「キャルでいいよ」
「うん。キャル」
「よろしくね、ヤト!」
(第四章 完)
海底神殿で得た戦利品の確認をする前に、わたしたちは一休みすることにした。
一日中、泥のように眠る。
夕方になってようやく起き出して、クロスボーデヴィヒ財団主催のバーベキューパーティに呼ばれた。
「おいしい……」
久々のお肉に、わたしはほっぺが落ちそうになる。
「魚もイケルでヤンスよ、キャル殿」
ラム酒を片手に、リンタローが持っているものは!
「ホント? うわ。お刺身だ!」
お刺身なんて、王都じゃめったに食べられなかったもんなあ。
あっても、干物だったもんね。しかも、現地の数倍は塩辛い。
「ああ。おいしい……」
「いい食べっぷりでヤンスね。一杯どうでヤンス?」
リンタローが、ラム酒をすすめてきた。
「いや。わたし飲めなくて」
一五歳になって一応、元服はしている。お酒は飲んでいいんだけど、アルコール自体がダメっぽい。
ラム酒の匂いを嗅いだだけで、むせてしまった。
「ごめん。いいかな?」
「そうでヤンスかー。ヤトもダメなんでヤンスよねえ。あっちは辛党でヤンして」
ヤトは、わさびをきかせたお寿司を食べている。
にぎり寿司なんてあるんだ。ここって。
「わたしも、あっちをいただきます……」
「でヤンスか。飲めるようになったら、おっしゃってくれでヤンス」
リンタローはラム酒の瓶を、ラッパのように傾ける。
クレアさんの方には、行かないんだな。
飲めないって、わかってるんだ。
クレアさんの方はフワルー先輩に、お酒をすすめられている。
だが、あちらも飲まない様子だ。
シューくんは、まだ未成年なのでお酒はダメ。
「フワルー、ダメでヤンスよ。飲めない人に、ムリヤリすすめたら。アルハラでヤンス」
「しゃーない。ほな、アンタが飲み」
「へーい」
フワルー先輩がリンタローのグラスに、ワインをなみなみと注ぐ。
「じゃあ、ご返杯」
「いらんわ! それ、アンタが口つけた瓶やんけ!」
リンタローはラム酒を注ごうとして、フワルー先輩にかわされていた。
さて、わたしはお寿司を、と。
「あいにく、血合いしかありません」
板前さんが、わたしに頭を下げる。
フフフ。わたしにお魚の知識がないと見てるね。
「なにをおっしゃる。骨の周りなんて、一番美味しいところじゃないですか」
「おっ。わかってらっしゃいますね」
負けたよ、といった顔になって、アラをこそぎ落とす。
自分たちだけで一番美味しい部分を、食べようとしていたな。
残念でした。わたしにも、ちょっぴり分けていただきますからね。
『楽しそうだな。キャル』
仙狸のテンちゃんにくくりつけられた、レベッカちゃんのそばまで行く。
テンちゃんはツナ、つまり、炙ったマグロを食べていた。クマかよってくらいに、モリモリ召し上がってらっしゃる。
「ごめんね、レベッカちゃん」
『いいってことよ。海底神殿をまるごといただいたんだ。むしろ、食あたり気味なくらいさ』
レベッカちゃんが食あたりって。
「明日は、絶対に錬成するからね」
『頼んだよ、キャル』
で、翌日を迎えた。
改めて、戦利品の確認を行う。
妖刀のかけら数点と、魔法石はわたしとレベッカちゃんで。
神殿を支配していた魔王【カリュブディス】のドロップ品は、クレアさんが手に入れた。
こちらは、同じように魔王を倒したヤト組も同じである。
ただ、二人のアイテムの種類は微妙に違っていた。
「クレアさんは武器全般。ヤト組は、防具やアクセサリが中心ですね」
カリュブディスのドロップ品を、クレアさんは一箇所にまとめる。
「お好きなものを、どうぞ」
錬成に使いたい品を、分け合う。
「いいんでヤンスか? そちらには、デメリットばかり残るのでは?」
「構いませんわ。お二人がそんな薄情な方たちだとは、こちらも思っていませんもの」
さすがクレアさんだ。相手のことを、よく見ている。
「でもソレガシたちは、お二人がセイレーンと戦っているときに、先回りしたでヤンスよ? 薄情だとは、思わないので?」
「別に。当然の判断だと思いますわ。ワタクシがリンタローさんだとしても、同じことをしていたでしょう」
「欲がないどころか、お人好しすぎるでヤンス」
リンタローは戸惑ったが、ヤトは迷わず自分の欲しい物を取っていった。
「この二人は、別にお人好しじゃない。こちらが最適な武具を選ぶと、本気で信じてる」
「でヤンスね」
リンタローも、自分の求めている品に手を出す。
続いて、わたしたちも同様の行為をした。
「見事に、割れたでヤンスね」
リンタローは、敏捷性が上がるブーツなど。
ヤトは、精神耐性の上がるアクセなどを選んだ。
脳筋クレアさんは、攻撃力の上がる腕輪だけをチョイス。さすがというべきか。
「キャルは、ヨロイ中心?」
「うん。重めのを選んでみたよ」
このパーティなら、今後わたしはタンクを引き受けることになるだろう。
タンクとは、ヘイトを稼いで相手の攻撃を受ける役回りだ。
どうあがいても、わたしは足が遅い。
鈍重なわたしが速度アップの装備で固めても、足手まといになりそう。
海底神殿での戦いで、わたしは思い知った。
レベッカちゃんに身体強化をしてもらったけど、筋力がメインである。
これでは、ヒット・アンド・アウェイ戦法なんてできそうにない。
ならば素早さを捨てて、相手の攻撃は全部受け切るつもりで構えていたほうがいいのではないか。
そう、ビルド構築を考えたのだ。
「魔法石が大量にあるから、ヨロイづくりには事欠かないよ」
「そうはいっても、専門家の知恵は必要かも」
「そこは、ぬかりはないよ」
シューくんにも、工房に入ってもらった。
フワルー先輩も、監修役として同行している。
「キャルさんに呼ばれるなんて、光栄ですね」
「ありがとう。こっちのムチャぶりにこたえてくれて」
さっそくビルドの構築について、相談に乗ってもらう。
「はい。魔法ヨロイですね。古い文献を調べたら、こんなものが」
シューくんが、ヨロイの百科事典を調べる。
「ビキニアーマーやて!?」
先輩が、目を丸くした。
「うーん。これなら際どい露出をガマンすれば、機敏にうごけるけどね」
肌を見せびらかすこと以外は、案外防御面で不自由しなさそう。
一応、ビキニ素材は金属みたいだし。
『たしかに、動きやすそうだね』
レベッカちゃんも、満更でもない様子。
「アカンアカン! こんなの! シューと二人きりのときに、見せたるわ!」
フワルー先輩が、やたら焦りだしている。
「そういえば、先輩が学校で来ていた貝殻ビキニも、いちおう『これは【ビキニアーマー】や!』って、ごまかしていましたもんね」
「せや! あんなんでよかったら、家でなんべんでも見せたるわ、シュー! せやからキャルをビキニ姿にするんは、やめとき」
「どうしてです? わたしは一向に構いませんよ」
フワルー先輩に続き、なぜかクレアさんまで「ダメ!」と声を荒らげた。
「クレアさん?」
なんなんだ、二人して?
「キャルさん! あなたはもっとご自身の身体がいかに殿方を狂わせるか、もっと自覚した方がよろしくてよ!」
「せやで。よろしくてよ!」
うーん。動きやすそうでいいと思ったんだが。
「あの、お二人には申し訳ないのですが、一応ボクは『こういうアイデアもあります』と提示しただけでして、決してキャルさんのビキニが見たかったわけでは」
シューくんが、頭をポリポリとかく。
「せやったん!? ほんならはよ言うてえな! 本気にしてもうたやん!」
フワルー先輩が、シューくんの肩をバチンと叩いた。
「いてて。では、候補を上げますね」
改めてシューくんが、リストをわたしに見せる。
「本命は、こっちかなと」
「ドレスアーマーか」
素材の荒い紙と絵の具を用意して、シューくんがわたしの全身像を描き始めた。
「ボクがキャルさんの体型や戦闘スタイルを分析して、提案するのは、こちらです」
シューくんから提案されたのは、赤いドレス型のアーマーだ。
真紅のドレスの上に、金属製のプロテクターを埋め込むというものである。
ドレスといっても、ロングスカートで下半身を覆うって程度だ。
レースを使うとか、豪華なものではない。
ただ、ドレスというとクレアさん、ってイメージなんだよなあ。
「クレアさんは、どう思いますか?」
「ワタクシなら、ドレスアーマーは自前で持っていますわ」
城攻めなどが発生した場合は、ドレスアーマーを着込むという。
「使ったところは、見たことがないですね?」
「スカートが、めちゃくちゃ重くて。とても、立ち回れませんの」
なるほど。
クレアさんは、飛び跳ねまわる戦闘スタイルだからね。
「キャルさんのイメージに合わせて、赤いドレスアーマーなんていかがでしょう」
「ヨロイの下には、タートルネックのホーバージョンを着るんだね?」
つまり、黒いキルトのインナーを着るのか。
「はい。その上にホーバーク、いわゆる薄手の鎖帷子のシャツを着てもOKですね。鎖帷子の利点は、重ね着ができることですから」
シューくんからの言葉に、わたしはちょっと待ったをかけた。
この上からさらにプロテクターを付けると、ずんぐりむっくりした出で立ちになりそう。
「フムフム。じゃあ、キルトのみで」
「わかりました。では、下の方はどうします?」
こちらは、金属製ニーハイで固めようかなと、考えている。
「いいですね。前はミニスカートタイプで、動きやすさ重視と、で、死角となっている後方は、ロングスカートで覆うんですね?」
薄手の生地の上に、さらにプロテクターを重ねるイメージだ。
「うん。その感じで行くよ」
完成したイラストを、見てもらう。
「ボツですわ」
「ないわー」
クレアさんとヤトから、強烈なダメ出しを食らう。
「キャルのアイデンティティが、全部死んでるでヤンス」
「せやな」
リンタローと、フワルー先輩からも。
「えーっ? なんでですか?」
「なんかこう、しっくり来ませんわ。キャルさんの持ち味がすべて、消え去ったような」
クレアさんからは、抽象的な意見が返ってきた。
「キャルは生足を出さないと、キャルじゃない」
かなり具体的なコメントが、ヤトから飛んでくる。
「いや、生足出すってそんなに重要?」
「少なくとも、キャルに限って言えば」
スカートの部分に、ヤトが大きくバッテンを付けた。
「こんな、足が隠れてしまうようなプロテクターは、アウト」
「マジに言うと、ソレガシもあまり賛成できかねるでヤンスよ」
なんと、リンタローからもダメ出しを食らう。
「どうして? 足が隠れるってのは、いいことなんじゃ?」
足の動きから、こちらの戦法を読み取るって聞いた。
だから足が隠れるドレスアーマーは、かなり最適だって思ったんだけど。
「それは、達人の領域でヤンス。単に足を隠しているだけだと、邪魔なだけでヤンスよ。ましてや、重めのヨロイを着るんでヤンス。足さばきどころの話じゃなくなるでヤンスよ」
「さっき、自分で言っていなかった? 『鈍重だから、相手の攻撃はすべて受けてカウンターを狙うのだ』って。だから、気を配る必要はなし」
リンタローとヤトの二人から、具体的な反論が返ってくる。
「そうでしたわ。だからワタクシも、ドレスアーマーに抵抗があるのですわ」
だとしたら、クレアさんにドレスアーマーはこしらえないでおこう。
「キャルさんに至っては、あまりオシャレな気がしませんの。この絵のままだと、ドレスに着られていると言うか」
「そもそも、キャルはドレス姿が似合う子じゃない。どちらかというと、使用人って感じが当てはまりそう」
お姫様二人から、トドメを刺される。
わたしは、清楚ではないんだな。
「ですので、こういうのをご提案いたしますわ」
クレアさんシューくんから、余った紙をもらう。
余った用紙で、クレアさんがイラストを描く。
「シュー様。こういったものはいかがでしょう?」
できあがったイラストを、クレアさんはシューくんに見せた。
「ボクには、判断できかねます」
お手上げと言った感じの意見を、シューくんは述べた。
クレアさんは、どんなイラストを描いたんだ?
「どれどれ」
シューくんの肩の上から、イラストを覗き込む。
おお。抽象画みたいになっていた。
なんのイラストか、まったくわからん。
これがわたしだというなら、いったいわたしはクレアさんからどんな風に見えているんだろう?
「クレア、あまりえが上手じゃない」
「ですわね。キャルさんをイメージしてみたんですけれど」
「それだと、古代の壁画。貸してみて」
ヤトがあとを引き継いで、イラストを描き始めた。
「おお、うまいっ」
意外な才能を、ヤトが発揮する。
「絵日記が大好きなんでヤンスよ」
「バラさないで。ばか」
赤くなったヤトが、頬を膨らます。
出来上がった絵を、ヤトがみんなに見せた。
「これは!」
「クレアの絵を参考にしてイメージした、メイドアーマー」
メイド服タイプのアーマー、ってことかな?
「ドレスアーマーもいいけど、なんだかキャルって印象じゃない。豪勢すぎ。あと、ドレスアーマーってゴツい。だから案外、かわいくない」
あくまでも見た目重視である、と。
使用人の服なら、機能性なども重視されているから、たしかに動きやすいかも。
「ミニスカメイドなのは?」
「足を見せないキャルは、キャルじゃない」
さいですか。
やはりそこは、譲れないんだろうな。
「肩のパフスリーブが、かわいいね」
「これ。これが一番のポイント。ここ重要」
トントントントン! と、ヤトが紙を指でノックする。
「他の部分はマジおまけ。大事なのは、パフスリーブ」
ヤトが、やたら力説した。
「わかったよ。これでいくね」
みんなに出て行ってもらい、わたしは装備の錬成を始める。
今まで使っていた外套も、錬成に使おう。
クレアさんに仕立ててもらったやつだし。
「キャル!」
扉が開き、フワルー先輩がなにか黒いものを投げてよこす。
メイド服だった。
「あ、ありがとうございます」
「赤メイド、黒ニーハイでお願い致しますわ!」
先輩の後ろから、クレアさんがひょっこり顔を出す。
「はい。わかりましたクレアさん」
半ば棒読みになりつつ、改めて作業を再開した。
クレアさんって、あんなに食い気味な人だったっけ?
「錬成!」
外套、魔法石、メイド服を錬成した。
「これで、しばしの辛抱」
あと一五分もすれば、完成するだろう。
他に、改良しておきたいのは、左腕まですっぽりと覆う手甲だ。
「これさ、勝手に動かすことってできないかな?」
『キャル。あんたって、ほんとにヤバイことを考えるよなあ?』
レベッカちゃんが、呆れ果てる。
「だってせっかくイソギンチャクが寄生したから、なにか使い道がないかなって」
『可能っちゃ可能だろうね。スパルトイの腕だけを、活用すればいいんじゃないか?』
「なるほど!」
『そんで、盾でも持たせておけばいいよ』
そうだよね。わたしは今回、壁役を担当する。ならば、シールドは欲しいかも。
スパルトイの腕を、肩にかけるホルスターとくっつけて錬成した。
腕だけで、タワーシールドを担いでみる。
「結構、いい感じ?」
『上等じゃないか。イソギンチャクが骨の筋組織になってくれて、うまいこと機能してくれているよ』
突然、ドアがノックされた。
「キャルさん、よろしくて?」
「まだ、ヨロイは完成していません。あと五分、待ってください」
「承知しました。我々は、山にある廃墟にいますので」
なんだろう? 依頼かな?
「どうしたんです?」
「廃墟に強力なモンスターが出現したと、報告がありましたの。調査に向かいますわ」
どうやら、トラブルが発生したみたいだ。
こんなときに。
『まあ、アイツらなら大丈夫さ。キャルは万全の状態で、戦えばいい』
「うん。それと、もう一つ。この盾には、もう一つオマケがあるのだ」
『何だってんだい?』
「実はね。ジャジャーンと」
わたしは、とある杖をレベッカちゃんに見せた。
一見すると、サンゴの寄せ集めにしか見えない。
だが、その正体は禍々しいマジックアイテムである。
『【抹消砲】かい。いいね~っ!』
さすがレベッカちゃんだ。この杖の本質を、一発で見抜くとは。
ディス・レイは正式名称を、【ディスインテグレイト・レイ】と呼ぶ。
この杖を掲げると、高純度な無属性破壊光線を直線上に照射する。
『無属性攻撃か。いかにも【原始の炎】が活かせそうな、凶悪装備じゃないか』
これは魔王が落とした中でも、最高級品である。
それを、わたしはみんなから譲ってもらったのだ。
わたしはこの杖とレーヴァ―テインとを、錬成しようかと考えた。
「ただねー。魔剣との相性が最悪なんだよね……」
魔剣の先から照射するくらいなら、杖から撃つ方がいいだろう。
かといって魔剣レーヴァテインの力がなければ、【原始の炎】が活かせない。
『それこそ、クレアの【魔剣 一〇番】の素材にするしか、考えつかないよ』
わたしも、そう思っていた。
「だけど、断られたんだよ。制御できるかわからないし、『撃つときは棒立ちですわー』って」
なにより今のクレアさんは、【電撃 格闘術】使いだ。
電撃格闘術を取ったことにより、ファイトスタイルがより【魔法拳士】に近くなっている。
本格的に、魔法は肉体強化に注ぎ込むだろう。
そこにいくら無属性とはいえ、棒立ちビームなんて必要かと。
『で、棒立ちでビーム発射なら、アンタだろと』
「そういうこと」
てなわけで、わたしにお鉢が回ってきたわけよ。
『けどアタシ様だって、戦闘になったら割と動くよ。棒立ちってわけじゃない』
ご安心を。
「そこで、この【第三の腕】くんが、がんばってくれるわけよ」
『ほほう。どうなるか楽しみだ』
「まあ、先に出発しよう。実践で試せばいいじゃん」
『ぶっつけ本番でお披露目ってわけだね? ワクワクするねえ!』
こんなときに「ちゃんと準備しなよ」と言わない辺り、レベッカちゃんらしい。
わたしを信頼してくれているんだな。
『キャル。ようやくメイドアーマーが、できあがったみたいだよ』
五分後、ようやくメイド服が完成した。
「え、思っているよりいいかも?」
姿見で、見た目を確認してみる。
かなり、完成度が高い。
露出は、思っていたより控えめだ。
これなら、ダメ出しも食らうまい。
「さて、行きますか!」
仙狸のテンちゃんに乗って、出発をする。
*
廃墟の村は、死霊系の魔物で溢れかえっていた。
すべてのガイコツが、武装している。
キャラメ・F・ルージュの扱うスパルトイのように、統率されているわけじゃない。
それぞれが独立した思考を持ち、無差別に攻撃を行っている。
どこかの騎士団だったのか、装備もそれなりだ。腕も立つ。
並の冒険者たちが、敵う相手ではなかった。
先発隊が、逃げ惑う。
「みなのもの、下がれ! ぬおおお!」
ヒゲをたずさえたドワーフの戦士が、斧を振り回す。
自身をコマのように旋回させ、両手斧の勢いを上げていった。
スケルトン兵団が、面白いように砕けていく。
回転する度に、老人のヒゲが風になびいているのが勇ましかった。
ベテランの戦士なのか、彼の目に油断の色はない。
正確に戦局を見極め、冒険者の退避を促している。
「あとは、引き受けたでヤンスよ。【サモン・グリズリー】でヤンス!」
リンタローが、灰色のクマを召喚した。
冒険者を追ってきたスケルトンを、クマが通せんぼする。
続いてリンタローは、負傷した冒険者たちを一箇所に集めた。
「いいでヤンスね? いくでヤンス。【キュア・ウーンズ】でヤンス」
冒険者たちの傷が、徐々に回復していく。
「リンタローさん、あなた、回復役でしたの?」
「いい忘れていたでヤンスが、ソレガシは【ドルイド】なんでヤンス。格闘はオマケでヤンして、主にヒーラーなんでヤンスよ」
それで、純粋魔法使いのヤトが安心して戦えるのか。
いざとなったら、クマに壁役をしてもらうと。
「お見事な、作戦だと思いますわ」
「といっても、クマは最近召喚できるようになったばかりでヤンス」
自分が戦ったほうが早いので、クマ召喚を取っていなかっただけらしい。
「これで、ラストじゃ!」
最後の一匹に向けて、ドワーフの老戦士は回転速度を上げる。
だが、たった一体のスケルトンが、ドワーフの戦士を止めた。
そのスケルトンが所持しているのは、魔剣である。
ガイコツ剣士の得物は、両手持ちの剣だ。
なんと、無骨な剣か。剣というより、鈍器に近い。
「退散するでヤンス! それは、あなたが勝てる相手じゃないでヤンスよ!」
「ならん! 強い相手なら、なおさら売られたケンカは買わねばのう!」
この老人、戦闘を楽しんでいた。
「リンタローさん、止めないでおきましょう」
今は敵の数が減っている。周囲を警戒しつつ、このガイコツ剣士の戦闘力を見ておいた方がいい。
「ぬん!」
ドワーフ戦士が、両手斧でガイコツ剣士に斬りかかる。
まるで熟練した、ダンスのような動きだ。
だが、剣士は魔剣を片手だけでふるい、ドワーフの腕力を受け流した。
軌道を変えた両手斧が、岩をチーズのように切り裂く。
「なんと! 我が自慢の斧を流すとは! では、おかわりといこうかのう!」
ドワーフ戦士が、スコップのように両手斧で土をえぐる。
石や岩が、ガイコツ剣士の身体や顔面に突き刺さった。
怯んだ様子は見られないが。
ドワーフ戦士が、いつの間にか消えていた。
かと思えば、剣士の足元から斧を振り上げてきたではないか。
「取った!」
ドワーフ戦士が、勝利を確信する。
なのにガイコツは、片手だけでドワーフの斧を受け止めてしまった。
下から盛り上がってきたドワーフを、また剣で押し戻す。
「くう! 無念!」
さらに追い打ちをかけようと、ガイコツ剣士が剣を振り上げた。
「雷霆蹴り!」
クレアが、魔剣を飛び蹴りで薙ぎ払う。
ここからは自分の出番だ。
「リンタローさん、彼の治療を」
クレアは、一番のショートソードに剣を持ち直す。
ヤトも、リンタローの周りを氷の結界で覆った。
「バフが欲しかったら、言って」
「ありがとうございます」
「【エンチャント:氷】!」
クレアの剣に、氷属性の魔法が付与される。
「【電撃格闘術】!」
足に雷属性の肉体強化魔法を施し、クレアはショートソードでガイコツに切りかかった。
まずは、魔剣の属性を調べるか。
以前ヒクイドリと戦ったときは、炎属性の魔剣を飲み込んでいた。
この剣士はどうか。
クレアの速度に対処するためか、あちらも両手に持ち替えた。
必要最小限のさばき方で、クレアの攻撃を流す。
あんな大きな剣を振り回しているのに、どこまで器用なのか。
クレアの速度に、追いつけるとは。
「あちらも、スパーク・アーツ使いですわね?」
となると、魔剣も雷撃属性か。
どうにか、ガイコツ剣士の動きを止める。
「くっ!」
だが同時に、クレアの剣も弾かれた。
「トートさん、二番を!」
クレアが、トートにヤリをリクエストする。
しかしヤリを受け取ろうとしたとき、横っ腹を蹴られて位置をずらされた。
そのスキを狙って、ガイコツ剣士がクレアに対して距離を詰めてくる。
『おらああ!』
ガイコツ剣士に、何かが衝突した。
「キャルさん!」
『またせたね。キャラメ・ルージュのお出ましだよ!』
『キャル、まずはドワーフのじじいを、どけるよ』
「うん。でもジジイって……」
まずは、スパルトイ軍団を召喚する。
で、ドワーフのおじいさんを回収した。
「離せい。ワシはまだ、戦えるワイ!」
味方なのに、ドワーフさんはスパルトイたちを腕で払い除ける。
『黙って言うことを聞きな、ジジイ! 邪魔だってんだ!』
最終的に、レベッカちゃんがわたしを使って、おじいさんを足蹴にした。
「そこまでしなくても」
『ああいうのは、わかりやすくやった方がいいんだよ』
それより注目は、目下の敵だ。
スパルトイが寄り集まって剣士に斬りかかる。
だが、ガイコツ剣士はスパルトイを歯牙にもかけない。斬ろうともせず、ただ払うのみ。
とはいえ相手からの気合だけで、スパルトイたちは腰を抜かし、退散してしまう。
「だったら、ゴーレムを召喚して」
『あいよ。来な、ゴーレム!』
感情を持たないストーンゴーレムなら、止められるか?
しかし、結果は同じだった。
剣士の圧倒的な魔力の前に、ゴーレムが硬直してしまう。
「召喚士のいうことより、あちらの気迫に負けるなんて」
『どうも、違うみたいだね。雷属性のせいさ』
電撃を地面に走らせて、ゴーレムの可動部を制御してしまったようだ。
『とんでもないやつだよ!』
「うん。でもさ」
わたしは、魔剣の心臓部に注目する。
『呪いだね。手練の剣士が、呪いでムリヤリ動かされているんだよ、きっと』
「わたしも、同じ意見だよ」
あんな使い方が、呪いにはあるのか。
『魔剣の持ち主は、相当に性格が悪いよ!』
「だろうね。まずは、あの剣士をなんとかしないと」
ガイコツ剣士を、呪いから解放してあげよう。
「まずは、相手の動きを止めて!」
『よっしゃあ。おらああ!』
グレートソードほどの大剣同士が、ぶつかり合う。
相手もこちらも、同じように片手で振り回していた。
こちらは剣を逆手に持って、蹴りも攻撃方法に加える。
ガイコツ剣士の持つ魔剣に足を乗せて、レベッカちゃんはローリングソバットを繰り出した。
剣士は魔剣を地面に突き刺し、キック攻撃をこらえる。
ムチャな体勢から、こちらにアッパー気味に斬撃を見舞った。
『なあ!?』
あの状態から、持ちこたえるか。
しかし、相手には脳がない。
脳しんとうを起こさない相手に、こめかみへの攻撃は無意味だったか。
あくまでも肉弾戦は、肉を持った相手を想定した攻撃法だ。
まして、骨格を砕くという方法も、効果は薄いようだ。
骨だけの相手なら、脳も血管もない。
竜巻のような剣士の動きに、レベッカちゃんも翻弄されている。
レベッカちゃんの剣術にさえ、追いつける腕前とは。
そりゃあ、リンタローやクレアさんが苦戦していたくらいだし。
『うおっと! 【ファイアボール】!』
けん制のため、火球を打ち出す。
だが火球は、ガイコツ剣士を覆う雷のフィールドによって阻まれた。
こちらが突き攻撃をしても、身体をすり抜けて逆にカウンターをしてくる。しかも、かなりスレスレに。
雷撃のエンチャントもかかっており、攻撃の度に速度も増している。
だんだんと、こちらのスピードを凌駕しつつあった。
『肉を切らせて骨を断つっていうけど、肉を切る手順を無視してやがる!』
手強い!
「だからこそ、私がいる」
ガイコツ剣士が、踏み込もうとしたときだ。
剣士の足元が、凍りついている。
死神の鎌が、ガイコツ剣士から近い地面に突き刺さっていた。
「【フロスト・ノヴァ】」
直接攻撃ではなく、氷結魔法で足場を凍らせただけ。
とはいえヤトは氷魔法によって、ガイコツ剣士を捉えた。
【原始の氷】の効果である。
ガイコツ剣士はあらゆる属性効果を、魔剣の雷属性で防いでいた。
しかし【原始の氷】は、属性を貫通する効果がある。
どんな相手をも、凍らせるのだ。
こちらに注意が向きすぎて、ヤトの存在に気づかなかったか。
チャンスだ。
「エンチャント。【呪い焼き】!」
わたしは、レベッカちゃんに呪いを破壊するエンチャントをかける。
【第三の腕】を発動し、盾を前に固定した。
続いて、レベッカちゃんを地面に突き刺し、柄頭の上に自分の腕を固定する。
呪い焼きの効果が、盾に流れていく。
『……からのぉ! ディス・レイ!』
盾が、真っ二つに開く。
中央の魔法石が、青白い色を放った。
直線状の閃光が、剣士に向かって射出される。
シールドは、カリュブディスから手に入れた【抹消砲】を錬成してあった。
これが、わたしの秘密兵器だ。
わたしが放った抹消砲を、ガイコツ剣士は正面から受け止める。
「それでいいよ!」
ガイコツ剣士が異変に気づいたようだが、もう遅い。
魔剣に、ヒビが。
魔王カリュブディスの遺品である【抹消砲】は、無属性魔法を込めた杖である。
さらに【原始の炎】によって、あらゆる属性を貫通するのだ。
相手がどんな属性であっても、関係なく火炎属性ダメージを与える。
たとえ、敵が無属性だとしても。
『そのまま呪ごと、ぶっ壊れちまいな! 魔剣!』
呪い焼きスキルの効果で、魔剣が粉々に砕け散った。
ガイコツ剣士が、吹っ飛んでいく。
『やったようだね!』
「うん。でも、魔剣が」
貴重な魔剣は失ってしまった。今は、黒い塊になっている。
鑑定してみたけど、鉄くずとしての価値もない。
ただのモンスターとして、処理されたみたいだ。
つっても、呪いのアイテムなんてこっちから願い下げである。
呪いは、焼くに限るね。
「トドメじゃ、この!」
倒れたガイコツ剣士に、ドワーフおじいさんが斧で殴りかかろうとする。
「よすでヤンス」
リンタローが、ドワーフおじいさんを止めた。
「止めるでない、天狗め!」
羽交い締めにされて、ドワーフおじいさんがジタバタする。
リンタローが、地味に強いな。
力が強そうなドワーフさんを抑え込めるなんて。
ああ、召喚クマが加勢しているからか。
「待たれよでヤンス、ドワーフ殿。敵の情報を聞き出すまで、攻撃は控えるでヤンス!」
「むむう。口をきく相手とは思えんが?」
「まあ、見ているでヤンス」
なにやら意味深な発言を、リンタローは言う。
「う、ここは!」
ガイコツ剣士が、額に手を当てながら立ち上がる。
手に得物を持っておらず、混乱しているようだ。
「我は、いったい……」
「おめえさんは、魔法使いに操られていたでヤンス」
「おお。そうであったか。ダンジョンで手持ちの剣を失い、魔剣に触れたあたりまでは、覚えておるのだが」
剣士は力なく、あぐらをかいた。
「わたしはキャル。あなた、お名前は?」
剣士の前にしゃがんで、わたしは相手の名を聞く。
「我が名は、フルーレンツという。フルーレンツ・コーラッセン」
「フルーレンツ・コーラッセンじゃと!?」
ドワーフのおじいさんが、カブトを落とす勢いでガイコツに駆け寄った。
「まさか、本当にフルーレンツ王子殿か!?」
「王子、か。かつて、そう呼ばれていたな」
「ば、ばかな。ありえんわい。あなたのいた王国は、このとおり滅びたと言うに」
否定しないフルーレンツに対し、ドワーフさんが腰を落とす。
「国が、そうか。そなたは、我を知っておるのか?」
「ワシを覚えてらっしゃらぬか。騎士団長イーシドロールの息子、ヘルムースでありますぞ!」
「おお、ヘルムースよ。そなた、こんなに大きくなったのか」
「覚えておらぬか。まあ、ムリもあるまい。こんな老いぼれに、なってしまっていてはのう」
ドワーフのヘルムースさんが、ドヨンとした顔に。
「我が国は滅びたと言うが、我の働きは、無意味だったわけだな」
「残念ながら」
剣士とドワーフの、二人だけで会話をしている。
そろそろ、事態を把握しておきたいんだけど。
「あのー。お知り合いでヤンスか?」
「この方は、ワシがガキの頃に栄えて追った国の、王子様じゃ!」
ガイコツ剣士の正体は、今はなき王国の王子さまだった。
「廃王子でしたか。キャルさん。どうもこの方は、ワタクシの家計でご存知の方がいるかもしれませんわね?」
クレアさんが、わたしの隣にしゃがみ込む。剣士の顔を、覗き込んだ。
「その強力な魔力、どこかの姫君とお見受けする。あなたは?」
「ワタクシは、クレア・ル・モアンドヴィルと申します」
「モアンドヴィル……あの小国に、かような子孫が生まれようとは」
「今、モアンドヴィルはアルセントア大陸を総括する、大国ですわ」
「なんと」
フルーレンツ王子が生きていた頃のモアンドヴィルは、コーラッセン王国の三分の一にも満たなかったらしい。
「そこまでの大国に、成長なさるとは。よほどの苦労があったとお見受けする」
「勇者一行だったという功績が、あったからですわ」
「おお、勇者とな! 伝説は、本物であったか!」
「と、申しましても、コーラッセン王国があった当時は、まだ勇者が誕生していませんですわね」
当時の歴史を、クレアさんがフルーレンツ王子に伝える。
「うむ。我が息子が存命なら、勇者と同じ年頃だったろう」
「かもしれませんわね。して王子、どうして暴れ回っていたのです?」
「おお。そうであった。皆には、すまぬことをした」
フルーレンツ王子が、ドワーフのヘルムースさんに詫びた。
「実はのう、殿下は我々が護衛していた馬車を、突然襲撃してきたのじゃ」
その馬車は今、無事に王都へ向かったという。
「本当に、申し訳なく。馬車に乗っていた姫君が、我が妹によく似ていたのだ」
妹さんは戦火を逃れ、近くの小国に嫁いだそうだ。
その妹さんと、馬車に乗っていた王女が似ているという。
「そうなんですね。ひょっとして、子孫とか?」
「うむ。おそらくは」
王都に事情を聞けるだろうか。
「ワタクシのツテを、お使いくださいませ。今のあなたは、魔剣の影響を受けておりません。きちんと話し合えば、わかっていただけるかと」
「ワシも、事情を説明しますわい」
クレアさんとヘルムースさんが言うと、王子は「ありがとう」と告げた。
「だが、ただのモンスターである。王城に入れてすらもらえまい」
「だとしたら、わたしと契約しますか?」
正式に契約したモンスターとしてなら、王都に入っても危険視されないはずだ。
「ふむ。それはいい案だ。よろしい。我を倒したのは、そなただ。そなたと契約しようではないか」
わたしは契約の魔法で、王子を自分の配下とした。
「うむ。これで我は、そなたの契約モンスターである。よろしく頼む」
スパルトイ軍団は、王子が率いてくれるという。
これで、レベッカちゃんのスキルスロットに空きができた。
別のスキルを、装着可能に。
続いて、王子はヤトの方へ。
「巫女殿。もし再び我が正気を失ったときは」
「うん。今度こそ、とどめを刺す」
ヤトが、王子と約束した。
「物騒でヤンスが、仕方ないでヤンスね」
リンタローは呆れていたが、王子の覚悟を評価する。
「では、王都ツヴァンツィガーへ案内しようぞ」
ドワーフさんに連れられて、ツヴァンツィガーの街へ向かった。
だが、ヤトたちは一旦、ファッパに戻るという。
「二人は行かないの?」
「ツヴァンツィガーの街の位置は、知っている。ファッパのギルドに報告した後で、追いつく」
報告だけなら、ギルドカードでもできる。
が、財団にコーラッセンを調査してもらったほうがいいかもとのこと。
ヤトたちの足なら、すぐに追いつけるそうだ。
「そうだね。フワルー先輩も心配しているみたいだから、お願い。じゃあ、ヘルムートさん。馬車をお願いします」
「うむ」
廃墟となったコーラッセン王国を、ツヴァンツィガー騎士団の馬車で進む。
「大陸の半分を総括していた我が国が、見るも無惨に」
「どうして、滅びちゃったんですか?」
「魔王の襲撃だ」
コーラッセン王国は、魔王との戦いでもっとも被害を受けた国だという。
「国家が、魔王の領地に近い場所にあってな。真っ先に狙われた」
当時最強と呼ばれたコーラッセンといえど、魔物の物量には敵わなかった。
「今や、その領地も消滅しております。残すは、雪山のダンジョンのみ」
「じゃが、あなたは、その雪山のある方角からおいでなすった」
ドワーフのヘルムートさんによると、敵の本拠地があったポイントから、フルーレンツ王子が現れたという。
「怪しいですわ。もう少し調べたほうが良さそうですわね」
破壊の跡が痛々しいエリアを抜けた。
さらに、大型のボートで川を渡る。
そうやって、数日ほど進んだ。
「見えてまいりましたぞ。あれこそ、ツヴァンツィガー王国じゃ」
川の先に、豪華な城が見えてきた。
ファッパの港町もすごかったが、こちらはもっと大きい。
川を伝って、水門をくぐる。
「滝の上に、都市がありますのね?」
すごい作りだなぁ。
「刀剣の種類が、豊富だなあ」
王都は、ドワーフと人間が共存する都市みたいだ。
いたるところに鍛冶屋や武器・防具屋が見られる。
あと、強いお酒の匂いも。
「ああ、リンタローが来なくて正解かも」
『だろうね。酒の味につられて、酒場から戻ってこないかもしれないよ』
馬車のメンツが、ゲラゲラと笑う。
「ワシは先程まで斧を振るっておったが、もうじき引退するんじゃ。鍛冶業を営もうと思うておる」
ヘルムースさんの斧も、自前だそうだ。
店舗も買って、今は奥さんが留守を預かっているという。
「あの。武器の鍛え方を教えていただけますか?」
「うむ。よかろう」
よし。これで、レベッカちゃんをさらに強くできるぞ。
「フルーレンツ王子よ。あなたにふさわしい剣を打って差し上げましょうぞ」
ヘルムースさんが力こぶを見せた。
「ありがたい。よろしく頼むぞ、ヘルムースよ」
ローブの下から、フルーレンツ王子がお礼を言う。
「お安い御用です」
ただし、店によるのは、王都で用事を済ませてからになる。
王城の前に、辿り着いた。
案の定、門番さんたちに止められる。
「騎士団長の、ヘルムースである。国王様と姫君に、お目通りをお願いしたく」
「それは結構です、ヘルムース殿。しかし、部外者を城の中へ入れるには」
門番さんも、困っていた。
「お待ちを」
「あなたは?」
「クレア・ル・モアンドヴィルと申します。これを王様か、位の高い方にお見せくださること、お願いできますか?」
小さいペンダントを、クレアさんは外す。
門番さんに、ペンダントを渡そうとした。
しかし、門番さんは受け取らない。
「そう、申されましても」
「お待ちなさい!」
通りかかった貴族風のおねえさんが、スタスタとこちらにやってきた。「失礼」と、クレアさんのペンダントを凝視する。
「もももももも申し訳ございません! これ! モアンドヴィル家の姫君ですよ! 早く通しなさいまし!」
「は。失礼しました。グーラノラ様。みなさん、お通りください」
門番さんが、道を開けた。
グーラノラ様と呼ばれたおねえさんは、クレアさんにしきりにペコペコ頭を下げている。
「もうしわけありません、クレア様。あとで叱っておきますので」
「いえ。構いませんよ。入らせていただくだけで、結構ですから」
「お気遣い、感謝いたします。して、どのようなご用件で?」
「少々、お話をうかがいたく。コーラッセン王国のことなど」
ピタ、と、グーラノラさんが立ち止まった。
「ああ、あちらの王国ですか」
神妙な面持ちで、グーラノラさんがクレアさんと正面から向き合う。
「実は……あたしもよくわかんないんですよねー」
さんざん思わせぶって、この対応かいっ。
「ですが、ちゃんと調べますよー。それまで、お待ちを」
わたしたちが、廊下に出たときだった。
「……我が妹だ」
一枚の絵の前に、フルーレンツさんが立ち止まる。静かに、わたしに耳打ちをしてきた。
「こちらの方は、どなたですの?」
事情を察したクレアさんが、グーラノラさんに問いかける。
「この絵の方は、王都ツヴァンツィガーの第一王女、クリームヒルト様です」