わたしはレベッカちゃんに、海底神殿の鉱石を根こそぎ食べてもらうことにした。

「こんな神殿、あっても仕方ないもんね」

 冒険者用の狩り場ならともかく、人を襲うモンスターが湧くダンジョンはいらない。

 魔王の影響は、まだこの神殿には残っている。

 このダンジョンは、破棄すべきだ。

「神殿のどこに魔法石があるか、わかるよ。わたし、【鉱石探知】を取ってるから」

 本当は、鉱石探知は鍛冶のスキルである。
 とはいえレベッカちゃんと共に行動するなら、魔法石の錬成が必要だ。そのため、知識として取っておいた。
 ファッパの街で、鉱物関連の書籍も集めたし。

『準備がいいじゃないか、キャル! 久々に、ごちそうにありつけるよ!』

 レベッカちゃんを壁に突き刺し、魔法石を食わせる。神殿の端から端まで、すべて。

 わたしが鉱石のありかを探知して、レベッカちゃんが吸い上げる。魔法石を粒状に変化させて、吸収しているのだ。

『アハハ! 大漁だね!』

 海底神殿から、レベッカちゃんが大漁の魔力を奪っていく。

 神殿の明かりが、点滅し始めた。魔力を奪われているせいか、壁を覆う魔力が少なくなってきたのだ。ヒカリゴケは生きているから、暗くはならない。

 壁から、本格的に青緑色の光がなくなっていく。

 砂が、わたしの頬に落ちてきた。

「崩れてきたね」

 わたしは、天井を見上げる。

 グラグラっと、建物が崩れそうな気配が。

 だが、作業はやめない。やめてはいけないんだ。

「魔王が神殿に溜め込んでいた魔力なんて、全部奪ってしまおう」

 ここで作業を止めたら、また魔物がこの神殿に集まってしまう。第二、第三のカリュブディスが生まれるかもしれない。

 だったら、ここで神殿の魔力をすべて狩り取るべき。

「てっきり、魔物が襲ってくるかなと思ったんだけど」

 この神殿の、動力を吸っているんだ。神殿を守ろうと、魔物たちが押し寄せるのを想定していたんだけど。

「別のルートで、ソレガシたちが倒し尽くしたでヤンスよ」

 そっか。ヤトもリンタローも、わたしたちとは違うルートから来たんだっけ。

「ほぼ一本道。ザコだらけで、大した収穫もなかった」

「キャル殿の話を聞いた限りでは、ソレガシたちのルートは近道だったっぽいでヤンス」

 わたしたちのルートは、ハードモードだったんだなぁ。

『このフロアを全部ぶっ壊しちまう勢いで、吸い尽くすよ!』

 神殿が形態を維持できなくなるほど、魔力石をもらっていく。

「すごいでヤンスね。本来なら、数年かけて行う作業でヤンスよ。それを、数時間で」

「キャルさんは、とんでもないんですよ」

 リンタローとクレアさんが、話し合っている。

「終わった。すべてが、化石になった」

 壁を撫でながら、ヤトが神殿の様子を探っていた。

 魔物にとって、この神殿にはもうなんの価値もないはず。

 ここらで、引き上げるとしよう。

 海底神殿を脱出し、洞窟を抜ける。

「神殿が」

 ヤトが、振り返った。

 神殿の門が、崩れていく。建物が、存在を維持できなくなったのだ。

「よかった。これでもう、街は襲われないね」

『神殿の跡地も、魚の住処くらいには、ちょうどいいんじゃないか?』

 そうかもしれない。

 この洞窟も冒険者たちの狩り場として、機能するだろう。

「出口が見えたでヤンス」

 リンタローが先頭になって、道を指し示す。

『久々の、外の光だね』

「でヤンスね、魔剣殿」

 はっ。そういえばわたし、ずっと剣の方に話しかけていたっけ。だったら、バレちゃうよね。

『はあ? アタシ様は仙狸の』

「隠さなくてもいいんでヤンス。最初から、わかっていたでヤンスよ。天狗(イースト・エルフ)は、たいていなんでも見てきた種族でヤンス。インテリジェンスウェポンなんて、珍しい類ではないでヤンスよ」

 だったら今後も、この二人にはレベッカちゃんの素性を隠す必要がない。

 島まで、戻ってきた。

 大型の船が、島の近くに停泊している。

「おーい。みんな無事なんかー?」

「無事だったら、返事をしてください」

 フワルー先輩とシューテファンくんが、船の上からこちらに手を振っていた。

「よう生きとったな。魔王が復活しとったって聞いたときは、目ん玉飛び出たで」

「とにかく、帰りましょう。ここに長居しないほうが、よさそうです」

 わたしたちは、船に乗り込む。

 後のモンスターは、冒険者が処理してくれるだろう。

「レベッカちゃん、魔剣のレベルってどうなった?」

『ざっと、四〇まで上がったよ。とんでもないね。一〇以上もレベルが上がるなんてさ』

 この状態で、魔王や妖刀に挑みたかったな。だとしたら、楽だったんだけど。

 とはいえ、緊急事態だった。今更、「楽がしたかったなー」っていっても、どうしようもない。

「どうもありがとう。キャラメ・ルージュ」

 改めて、ヤトがお礼を言いに来た。

「いえいえ。ギルドの依頼だったし」

 海底神殿の打倒は、あくまでも仕事である。

「でも、私たちを助けることは、依頼には入っていない」

「なりゆきでこうなっただけ。別に、わたしは気にしていないよ」

 わたしがそう言っても、ヤトは満足していない。

「魔王は、クレア姫が討伐した。妖刀は、私が破壊したことになっている。あなたには、なんの見返りもない」

「海底神殿の魔力をまるごと飲み込んだから、差し引きはゼロかな」

 妖刀のパーツだって、分けてもらっているし。

「それでは示しがつかない。私は、あなたに助けてもらった。せめて、恩返しを」

 じゃあ、どうしよう。
 


 考え事をしていたら、ファッパの街まで戻っていた。
 フワルー先輩の工房で、錬成をさせてもらう。

「さっそくなんだけど、【原始の氷】を錬成してほしい」

 ヤトがわたしに、妖刀【怪滅竿(ケモノホロボシザヲ)】を差し出した。自身の武器に、属性貫通効果を付与してほしいという。

「わかった。錬成!」

 釣り竿型の妖刀に、属性を貫通する効果が追加された。

「でもこの武器はもう、属性特化攻撃はできないよ。氷属性を持つ武器として、中途半端になるのが、確定したけど」

「構わない。弱点を消す方が、効果的」

 他には、レベッカちゃんのスキル振りなどを行う。

 わたしもスキルを調節したのだが……。

「ヤバイスキルが開放されたよ」

『ほほう! 【合成魔法】とはね!」

 わたしはステータス画面に浮かぶ、【合成魔法】の説明書きを読む。

[合成魔法:二つ以上の属性魔法を合成し、より強力な魔法を使えるようになる]

「つまり、錬金術師は魔法さえ錬成できるってこと?」
 
 どれくらいヤバイのかを、ヤトがうまいこと解説してくれた。

「うん。トンデモスキルだよ」

 使うには術師が二人以上必要だが、使い勝手はいいスキルになりそうだ。

 これを使うなら、クレアさんとになるけど。
 炎と電撃だけか……。

「あ、そうだ!」

 わたしは、名案を思いつく。

「ヤト、リンタロー。わたしたちと一緒に、冒険する?」

 呼ばれた二人は、わたしの提案を聞いて目を見開いた。

 ヤトは、後衛職である。

 わたしとクレアさんは、どっちもお互いに前のめりな戦闘法だ。

 ゆえに、後方でサポートしてくれる人がいると、ありがたい。

 リンタローも、中衛で攻撃と防御を担当してもらえると、助かる。

「火力も防御面も申し分ないキャルがいれば、防御面に不安があるリンタローにとってもありがたいけど」

 ヤトは、乗り気だ。

 なにより、にぎやかになりそうだ。

「それが、いいですわ」

 クレアさんも、話に割り込んできた。

「お二人は、魔剣探しをなさっているのですわよね? 強い魔剣に出会う可能性が高まります。これはいい機会ですわよ、キャルさん」

「ですよね! ささ、お二人さん。一緒に旅をしない?」

 わたしとクレアさんで、猛プッシュをする。

「ソレガシたちの仕事は、あくまでも国家単位の事業でヤンス。お二人には、なんのメリットもないのでヤンスよ?」

「ワタクシたちはワタクシたちで、現地で冒険者として依頼を受ければいいんですわ」

 うんうん。そういうこと。

「ソレガシは、悪くないと思うでヤンス。あとはヤト次第でヤンスね」

 いたずらっぽく、リンタローがヤトに話題を振った。答えなんて、わかり切っているはずなのに。

「わかった。よろしく。キャラメ……」

「キャルでいいよ」

「うん。キャル」

「よろしくね、ヤト!」


(第四章 完)