ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

「そりゃそりゃあ!」

 クロネコの【テン】ちゃんに乗りながら、わたしは財団関係者を襲うサハギンたちを蹴散らす。

 テンちゃんはネコ型の召喚獣だが、クマくらい大きい。テンちゃんの方も、足でサハギンたちを踏み潰していく。さすが、水の上もスイスイ歩く召喚獣だ。

 幽霊船型の魔物【クラーケン】に、クレアさんは向かい合う。

 白いゴリラ型召喚獣の【トート】が、クレアさんの指示を待つ。

 クラーケンが、幽霊船からスケルトンをわらわらと湧かせる。

『クレア、地上は任せな! 魔剣の試し切りついでに、あんたの好きに暴れるがいいさ!』

 テンちゃんのノドを借りて、レベッカちゃんがクレアさんに呼びかけた。

「承知。キャルさん、財団の方々はおまかせします。トートさん、まずは一番を」

 トートが、大きな一〇徳ナイフから、ショートソードを差し出す。

 一〇徳ナイフは、人の身体くらいある。

 クレアさんが、ソードを受け取った。柄には、【一】と番号が振ってある。

「魔剣、【地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)】、この大物に通用するのでしょうか。まずは、小手調べですわ!」

 触手の攻撃を器用にかわしながら、クレアさんは触手を坂代わりに駆け足で登った。スケルトンをショートソードで斬りながら。

 触手ごと、クレアさんはスケルトンの胴を薙ぎ払った。

「重い攻撃ですわね。いいですわ。トートさん二番を」

 一番と呼ばれたショートソードを、クレアさんはトートに返す。

 トートが一番を受け取り、二番のヤリを投げ渡した。

 クレアさんを、スケルトンが囲む。

 対するクレアさんは、ヤリを旋回させる。スケルトンを、まとめて振り払った。
 
 幽霊船から、クラーケンが大砲を飛ばす。

 砲台から、火球が発射された。

 海に着弾し、水柱が上がる。

 その度に、クレアさんが体勢を崩した。

「三番を!」

 クレアさんが投げたヤリを、トートはキャッチする。代わりに、弓を投げてよこした。

 ちなみにトートは、さっきからクラーケンの触手の上で、腕を枕にして寝そべっている。飼い主に似て、フリーダムだ。

 クラーケンも、触手でトートを攻撃したところで、触手を引きちぎられるだけ。なので、手出しができないのだ。

 武器を受け取ったクレアさんが、弓を引き絞る。矢は、魔法で自動生成した光の矢だ。

 一筋の光が、クレアさんの弓から解き放たれる。

 光の矢は、砲台の一つに入り込む。そのまま、砲台の箇所が大爆発を起こす。

「クレアさん、反対側も!」

 わたしの声に反応して、クレアさんは移動する。光を矢を、幽霊船の左側面に放つ。

 しかし、矢は触手に阻まれてしまった。触手を犠牲にして、クラーケンは砲台を攻撃から防いでいる。

「触手が厄介ですわね。四番を!」

 トートに指示を出し、弓を投げ渡す。

「待って。クレアさん! 四番は、実験作ですよ!」

「だからこそ、面白くなるのです!」

 わたしがピンチだと思っている局面さえも、クレアさんから見たらアトラクションに過ぎないのか。

 クレアさんが所持したのは、バズソーだ。平たい円盤型のノコギリで、鎖から魔法を通して回転させる。いわゆる、ギザギザの刃が付いたチャクラムだ。鎖で通しているという違いはあるが。

「素晴らしい切れ味ですわ、キャルさん!」

 嬉々として、クレアさんはクラーケンの触手を切り刻んでいった。実に楽しそう。

「あの御婦人が使ってらっしゃる魔剣でヤンスが、あれがあなたの作った魔剣でヤンスかぁ?」

 唖然とした顔で、リンタローがわたしに質問してきた。

「そう。戦う相手によって用途を使い分ける魔剣。その名も【地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)】。地獄も極楽もまとめて面倒を見る魔剣、という由来があるよ」

 わたしの作った魔剣は、一〇徳ナイフから着想を得ている。

「何を渡しても強いんだから、武器を全部渡すことにした。あとは的によって選んでね、っていうさ」

「その結果が、一〇徳ナイフとは。さしずめ、【一〇刀流】といったところでヤンスかね? 理にかなっているでヤンス。ですが随分と、投げやりでヤンスね?」

「使い手の選択肢を、増やしたんだよっ」

 クレアさんの戦い方からして、もっとも戦闘力が高いのは素手だ。そんな人を相手に、最も強い武器となると、これしか思いつかなかったのだ。

「武器も敵を選ぶ……属性特化型の私では、到底浮かばない発想」

「あぁ、ありがとう。好意的に受け止めてくれて」

「褒めてない」

 ヤトからは、称賛とも侮蔑とも取れないコメントをいただく。

「自分であんな武器を作っておいて、怖くない?」

「怖くはないかな? 一番ヤバイのは、使い手であるクレアさんだから」

 一言でクレアさんを形容するなら、『人間凶器』だろう。あの人は、鞘のないむき出しの剣だ。飾っておいても、厳重に保管していても、放浪に出てしまう。

 クラーケンも、触手の先に針をむき出しにした。クレアさんを突き殺す気だ。

「いいですわ。お相手しましょう!」

 相手のヤリ型触手に対抗し、クレアさんはバズソーでカウンターを行う。

 クラーケンの触手は、ハムのようにスライスされた。





 ヤトは、海底神殿へと続く洞窟へ向かう。

「はあ!? ヤトッ! 全部見ていかないんでヤンスか!?」

 リンタローが、不満をヤトにぶつけてきた。

「ここからが面白いんじゃないでヤンスか! あのパツキン冒険者殿が、どうやってクラーケンを退治するか、ヤトは知りたくないでヤンスか!?」

「いい。どうせ、あの金髪が勝つ」

 クラーケン相手なら、あの金髪だって確実に勝てるだろう。おそらく、油断もしない。

「どうやって勝つのか、見ておかないとでヤンス! いずれ彼女とも、戦うかもしれないんでヤンスよ?」

 たしかに、リンタローの意見はもっともだ。敵を視察しておくことは、大事である。

「大丈夫。私たちの方が強いから」

 手品がわかっている敵と戦っても、それは勝利とは呼べない。ただの消化試合だ。

 それに、今見ていても、仕方がない気がする。

「クレア・ル・モアンドヴィル第一王女程度に、ザイゼンの巫女である私は遅れを取らない」

「あーっ。ヤトも、気づいていたでヤンスね?」

 わざとらしく、リンタローが肩をすくめた。

「あんたもでしょ?」

「ええ。あれだけ強い雷属性の剣士なんて、この辺りだとモアンドヴィル王家くらいでヤンスから」

 バズソーは、雷属性魔法を流し込んで動いている。
 あの器用さと勢いの強さは、並の冒険者では会得できまい。

 雷属性持ちで、戦闘力がゴリラ並みの姫君がいることは、あの王国近隣でよくウワサになっている。勝手に城を飛び出しては、ダンジョン攻略に専念していたと。

「なんといっても警戒すべきは、あのキャラメ・F(フランベ)・ルージュの方」

「モアンドヴィル王家よりも脅威、なんでヤンスかねえ?」

 彼女は金髪の魔剣を、さらにアップデートさせるに違いない。

「あの子はクレア姫をヤバイと形容していたけど、本当にヤバイのは、あの子。キャラメ・ルージュは、王女の強さを引き出しつつある。本人にその自覚はないけど」

 今観察をしていても、それは余計な情報収集というもの。

 どうせ戦うなら、未知の状態で戦いたい。

 それが、フェアプレーだ。

「どうしたでヤンス、ヤト? まったく気にしていないと思ったら、かなり引っかかってるんでヤンスね? 人間に興味のないヤトが、珍しい心境でヤンスね?」

「自分でも、驚いている」

 まさか、こんなにも胸を踊らせる相手が存在していたとは。

 あの魔剣を作り、さらにレーヴァテインさえ操る女錬金術師に、ヤトは興味を示していた。

「グズグズしていられない。海底神殿に向かって、マジックアイテムの調査を進めないと」

 ヤトたちは、一刻も早く確認しなければならない。

 魔物がマジックアイテムを操っているのか、マジックアイテムが魔物を先導しているのか。
「この程度ですか、クラーケン? それだけの巨体を誇りながら、少女一人倒せないとは」

 クレアさんが、クラーケンを煽る。

 自分より小さい存在に挑発されてか、クラーケンが怒り狂った。触手でバシャバシャと、水面を叩く。

「おとと」

 クレアさんもトートも、平然として動じない。

 両者の対応は、まったく対照的だ。

 側面を向き、クラーケンが大砲をセッティングした。体内で威力を調節できるのか、一発だけながら、やたら砲台がデカい。代わりに、他の砲台はしなびている。

 砲台が、魔力を貯め始めた。船の表面すら、しおれてきたではないか。

『クレア、とんでもない一発が来るよ!』

「心得ております、レベッカさん。トートさん、五番を」

 トートは、バズソーと棍棒を交換した。剣というには棍棒に近い代物で、大きさが大雑把すぎる。
 トロルが使うようなデザインの鉄塊だ。
 周りには、大量の棘が。魔剣と言うか、もはや鉄の塊に過ぎない。この剣は、先のトゲトゲを刃とみなしている。

「撃ってご覧なさい、クラーケンよ!」

 触手の上で、クレアさんは一本足で立つ。ほんとに器用だな、この人は。 

 クレアさんの方へ向けて、クラーケンが大砲を放つ。
 側に停泊していた財団の船すら、一撃で破壊した。くくりつけていた岩ごと、粉々になる。
 誰も乗っていなかったからよかったものの、もし動かしていたら、惨劇は免れなかったろう。

 それでもクレアさんは、クラーケンが放った特大の火球を、鉄塊のごとき棍棒で打ち返した。打った火球で、クラーケンのフラッグを叩き折る。

「マジかよ」

 作ったわたしでさえ、その破壊力に驚いた。クレアさんのセンスの賜物か、思っていた以上の傑作を、わたしは作り上げてしまったのか。

 棍棒なんて、もはや魔剣ですらない。

 あの魔剣に、あんな使い方があったなんて。ヤケクソで作った鉄塊を、カウンター専門の武器にしてしまうとは。

「クラーケン、あいにくトドメですわ」

 クレアさんはトートに、六番を指定した。 

 トートが用意したのは、両手持ちの斧だ。トートでさえ、重たがっている。十分に勢いをつけて、トートは斧を投げ飛ばした。

 重量に全身を持っていかれそうになりながらも、クレアさんは斧を掴む。勢いをつけながら、上空へ跳躍した。

「そおおれ!」

 クレアさんは急降下して、船の先端ごとクラーケンに斧を叩き落とす。

 クラーケンの顔が、真っ二つに裂けた。


 やったか?


「まだです。クレアさん!」

 魔物を、まだ倒せていない。

 沈んでいくと思われたクラーケンが、水上で体勢を立て直した。ファスナーが上がるかのように、クラーケンの顔が一瞬で元に戻る。

「なんと……うぐ!」

 クレアさんが、触手で殴り飛ばされた。呆けていたのを、狙われたか。
 さすがのクレアさんも、あれでトドメをさせたと思い込んだらしい。あんな感じで、完全復活をするとは考えていなかったのだろう。

 トートの太い両腕に、クレアさんはキャッチしてもらった。

「なるほど」

「交代しましょうか、クレアさん?」

 ここで油を売っている場合じゃない。

 ヤトたちが、もう海底神殿に先行してしまった。こちらは、財団からクラーケンを引き付けているのに。薄情と言えるが、彼女たちだって調査に来ているんだ。責められないか。

「お気遣いなく。クラーケン、そうこなくては」

 この土壇場で、まだ笑みを浮かべますか。クレアさんは。

「キャルさん。ワタクシは、満足していますのよ。自分がどんどん強くなっていくのを、肌で感じますわ」

 クレアさんは、戦闘を楽しんでる。頼もしくいて、危うい。そのところがクレアさんを彼女たらしめるのだから、なんとも言えなかった。

「トートさん、七番も同時にくださいませ。キャルさん、おまたせしましたわね。ここで仕留めます」

 六番の両手斧を持って、クレアさんはトートの手の上に乗った。

「上です、トートさん。クラーケンの頭上へ、投げてくださいまし」 

 トートの力で、上空に投げ飛ばしてもらう。七番であるナイフを、片手に持ったまま。

 再度急降下して、クレアさんは斧を踏むようなスタイルに構え直した。

「また、かまぼこにして差し上げます!」

 クラーケンの頭上を捉え、クレアさんは足で斧を踏みつける。再び、クラーケンの顔面を両断した。

 斧が、眉間近くで止まる。

「そこですわ!」

 クラーケンの眉間の奥めがけて、クレアさんがキックでナイフを投げ飛ばす。七番は、ザラタンが襲ってきたときに使った、飛び出しナイフである。

 魔物の眉間には、セイレーンの姿が。コイツが、クラーケンを再生させていたようだ。飲み込まれたふりをして、操っていたとは。

 ナイフで心臓に一撃をくらい、セイレーンが断末魔の叫びを上げる。

 今度こそ、クラーケンは海に沈んでいった。

 クレアさんに、大量の経験値が入る。

「ふううう」

 モンスターを倒してレベルが上ったとはいえ、疲労が取れていない。

「神殿へ急ぎたいですが」

 財団たちの消耗が、激しかった。あれでは、帰れるかどうか。

「助けましょう」

「はい。クレアさんは、治療をお願いします。わたしは、昼食を用意しますので」

 クラーケンからは魔石だけではなく、お肉も大量に手に入った。お昼は、クラーケン鍋にしよう。

「レベッカちゃん、ちょっと魔剣を圧縮してくれませんかね?」

『アタシ様を、包丁に使うのかい? お安い御用さ』

 レベッカちゃんが、刀身を短くする。ショートソードくらいの包丁に変形した。

 まずは洗った昆布を、鍋に放り込む。ダシをとりつつ、野菜を入れた。

 鍋が煮えるまで、クラーケンの身や足を薄くスライスする。

 薄切りにした身を沸騰した鍋にくぐらせる、しゃぶしゃぶスタイルだ。

 余ったゲソは(ひしお)を塗って、串焼きに。

「鍋が煮えてきたね」

 クラーケンの切り身をしゃぶしゃぶして、塩ダレで味見する。

「うん、うまい!」

 塩ダレだからちょい薄いかなと思っていたが、クラーケンの身は濃厚だ。

 醤ダレのゲソも、負けず劣らずうまい。こっちは少し、アイテムボックスへ。先行したあの二人に、取っておいてあげよう。

[【タコしゃぶしゃぶ】は、体力を大きく回復させる効果があります]

[【ゲソの串焼き】は、傷を癒す効果があります]

 え、そんな機能があるの? ただ料理しただけだよ? レベッカちゃんで作ったからかな?

「できました。みんな、食べてください」

 クラーケン鍋に、みんなが飛びついた。

 あとタコスミといえば、なんといってもパスタでしょう。

 シメに、パスタを放り込んだ。昆布のダシが出ているから、塩も振らなくていいでしょう。

『イカスミは聞いたことがあるが、タコスミのパスタは見ないねえ』

「お値段がとんでもないからね」

 タコスミは手間がかかる上に、取れる量が少ない。一食作るには、タコが一〇匹も必要だ。量が取れないゆえ、イカスミの一〇倍もする高級食材である。

 しかしこれだけデカければ、タコスミもわんさかというわけよ。

「ほら、思った通り」

 アイテムとして手に入れた【タコスミ袋】は、案の定の大きさ。これは、いいパスタになるはず。ざっと一〇〇人前はあるに違いない。

 スミを香草やにんにくと一緒に炒めて、生臭さを消す。で、茹で上がったパスタと絡めて完成と。

 おお、大絶賛じゃん。旨味成分は、イカスミより多いらしいからね。「毒がある」説もあるけど、甲殻類だけに効果があるとか。

 鍋やパスタをつついてもらっている間、わたしは魔剣の調節を行う。

 クラーケンの魔石は当然、クレアさんの魔剣に注ぎ込んだ。クレアさんの功績だからね。

「魔剣の性能をあと三つ残して、ようやく倒せましたわ」

「お見事です」

「いえ。キャルさんの魔剣、まだどれだけの性能があるのか。まあいいでしょう。残りは、海底神殿で試しますわ」

 わたしたちは、神殿へと続く洞窟に、足を踏み入れた。


(第三章 完)
 わたしとクレアさんは、海底神殿に続く道を進んでいた。

 財団の人には、入口付近で残ってもらっている。
 ここから先は、何があるかわからない。
 船を失っている上に、帰れる保証もなし。財団からの救援を、彼らには待ってもらうことに。冒険者が救援を呼びに向かったから、大丈夫だろう。

「ダンジョンなんて、久しぶりだね」

 わたしはファイアーボールを、松明代わりに浮かばせる。

 洞窟は、仙狸のテンちゃんに乗ったままでも移動できるほどの広さだ。

『といっても、長いだけだね。ポンコツのキャルでも、スタスタと前進できるよ』

 レベッカちゃんのいうとおり、モンスターはほとんどいない。

 ヤトとリンタローが、倒してくれたようである。

 といっても、ほとんど一本道だ。あのアハギンたちが、道を塞いでいた程度だったらしい。

 スパルトイ軍団がナメクジ型の魔物を叩き潰し、ゴーレムがサンゴ型ゴーレムと相撲を取る。

 仙狸のテンちゃんに至っては、クモをムシャムシャ食べていた。

 召喚獣だけで、全然対処できる。

「キャルさん。道が、二手に分かれていますわ」

 クレアさんが、足を止めた。

「左の方に、氷属性魔法の冷気を感じますわ。ヤトさんたちは、あちらに向かったようですわね」

 二つの入口の前には、木の枝が落ちている。おそらく、リンタローあたりが適当に選んだのだろう。

「じゃあ、わたしたちは右に行きましょう」

 仮に間違っていたとしても、ヤトたちが神殿のボスを倒してくれるはずだ。

 うまくいけば、ボスを挟み撃ちにできる。

「下って言っているようですわ」

 片方は上りで、片方は下りのようだ。

「上から攻めるか、下から攻めるか、ですかね?」

「焦っても、しょうがないんですわよね」

 あの二人も、枝が倒れた方角で道を選んでいるのだ。使命感もあるだろうが、案外いい加減なのかもしれない。

「ボスがどのような魔物なのか、ですわね。正体がわかりませんが、ヤトさんたちなら平気でしょう」

 水の混じった下り坂を、突き進む。

「壁の色が、変わってきましたわ」

 たしかに道が、どんどん明るくなってきた。

 わたしは手を握って、浮かんでいるファイアーボールの照明を消す。

 岩を侵食するかのように、青緑色のレンガが積み重なっている。このレンガに付いているのは、ヒカリゴケだ。これだけあれば、明かりはいらないだろう。

 岩山くらい大きなイソギンチャクのような怪物が、海底神殿の前を塞いでいた。

「触手に続いて、また触手のようですねわ」

「デカいですね」

 ヤツは、ここの門番ぽい。

 大型イソギンチャクを率いているのは、貝殻ビキニを着たセクシーな魔法使いだ。

「フワルー先輩?」

「いえ、あんなに真っ平らではありませんわ」

「えへへ。そうでしたね」

 たしかに、頭がアンモナイトの形だもんね。触手が髪の毛になっているし。

 貝殻のビキニといえば、先輩って刷り込まれちゃっていたよ。

 ビキニ魔法使いは、キンキラの杖を持っている。ただの杖のようだが、よく見ると先端が鍵の形をしている。この神殿の鍵は、アイツが持っているのか。

「我が名はスキュラ。セイレーンを倒した程度で、いい気になるでない。ここはカリュブディス様の神殿。見逃してやるから、立ち去りなさい」

 貝殻ビキニの魔女スキュラが、杖を掲げた。イソギンチャクが、爬虫類の頭をしたマッスルな男たちを吐き出す。

「あれは、リザードマン?」

 リザードマン族なら、冒険者の中にもいたよな。冒険者が、敵対した?

『ナーガ族だよ! リザードマンの中で、蛇神に魂を売ったヤツらさ!』

 サハギンより、戦闘向けの種族らしい。

『あの魔法使いは、アタシ様にやらせなよ』

 レベッカちゃんが、戦いたがっている。

「わかりました。わたくしはクラーケンで、散々暴れましたので。トートさん、八番を」

 クレアさんが、トートに指示を送る。

 トートが魔剣から取り出したのは、二刀流のサイだ。

 ナーガ族か。武器は矛と、サハギン共と変わらない。しかし、スパルトイ軍団やゴーレムが束になっても、軽くいなしている。

「それ!」

 わたしは横薙ぎで、魔物の胴を払おうとした。

 しかし、ナーガは矛で剣を止める。

「炎の剣が、通らない」

『矛を、水の膜で覆っているのさ!』

 レベッカちゃんのいうとおり、戦闘力はサハギンよりは上のようだ。群れで襲ってくるサハギンよりは、個体数が少ない。そこが狙い目か。

「だったら、【原始の炎】を」

 ちょっとだけ全力で、戦ってみることにした。

 レベッカちゃんに黒い炎をまとわせて、水の膜を無視して攻撃する。

 矛もろとも、ナーガを切り捨てた。

 しかし、ここで属性無視攻撃を仕掛けても、魔力ムダ遣いだ。属性貫通がちゃんと通るならば、よし。あとは、普通の火炎属性攻撃で叩く。

 もう一体のナーガに、レベッカちゃんで打ち込み続ける。

 こちらが大振りなこともあって、なかなか攻撃が当たらない。

 だが、そこが狙い目だ。

「いいの? 火属性をずっと防御し続けて。そしたら」

 矛から溢れている膜の勢いが、徐々に弱まってきた。

「こちらの火炎は、無限だ。そっちは魔力で、ずーっと水を張り続けなきゃいけない」

 水の膜が失われた矛は、とうとうレベッカちゃんの一撃で溶ける。

「道を開けなさい!」

 ナーガを袈裟斬りに仕留めて、レベッカちゃんと身体を交代した。

『さあ、魔法使い。攻撃開始といこうじゃないか』

「バカを言うな。いったいどれだけのナーガが、カリュブディス様のためにその身を捧げたと思っているのか」

『アタシ様の後ろを、見てみなよ』

 クレアさんが、ナーガをすべて殲滅している。トートに、サイを収納させていた。

『バカ野郎は、あんたの方だったね?』

「愚かな。愚鈍な魔剣ごときに、このスキュラが遅れを取るものか」

 鍵型の杖を振り回して、スキュラがイソギンチャクに指揮を送る。

 無数の触手が伸びて、レベッカちゃんに襲いかかってきた。

『切って捨ててもいいけど、ここは新技のお披露目と行こうかね。【ヒートウェイブ】!』

 レベッカちゃんが、魔剣の先を地面に突き刺した。彼女を中心に、炎の衝撃波が駆け抜ける。

 衝撃波によって、無限とも思えた触手が炎を上げてしなびていく。

『もういっちょ、ヒートウェイブ!』

 今度は、イソギンチャクの密集する山に、剣を突き刺す。

『――からの【誘爆】!』

 炎の衝撃波と誘爆によって、イソギンチャク自体も干からびていった。

『あとはあんただけだよ。貝殻ビキニ!』

「ちい!」

 レベッカちゃんのヒートウェイブを、スキュラは杖で弾く。氷魔法で障壁を張ったか。
 これは、ナーガ族のようにはいかない。魔力が高すぎる。

『クソが。原始の炎を舐めるんじゃないよ』

「待って。考えがある」

 わたしは、レベッカちゃんに障壁を壊す方法を教えた。

『いいねえ』と、レベッカちゃんは左腕の手甲を曲げ伸ばしする。

『やっておくれ』

 魔剣を短く圧縮し、手甲に差し込む。

「錬成!」

 ザラタンの甲羅でできた手甲が、炎に包まれた。

 レベッカちゃんが、スキュラに炎の拳を叩き込む。

 またスキュラが、氷の障壁を作って防ごうとした。

 その氷ごと、レベッカちゃんは拳で突き破る。

 火炎をまとった左拳が、スキュラのドテッ腹にめり込んだ。

 スキュラは炎に包まれて、ドロップアイテムと鍵を残してチリになる。

『原始の炎に、こんな使い方があったとはねえっ!』 

 また手甲から魔剣を引き抜き、レベッカちゃんはわたしに身体を返した。

「鍵をゲットですわ」

 門の穴に、クレアさんが鍵を差し込む。

「おお。海底神殿というから、てっきり内部も水だと思っていましたが」

 内部に、海水が入り込んでいない。

『そのキーを使って中に入らないと、神殿内が水浸しになる仕組みなんだろうね』

 謎仕様によって、わたしたちは神殿に入れたようだ。

 まあ魔剣レベッカちゃんを拾ったダンジョンも、人によってランダム化するダンジョンだったし。
 神殿の内部は、エントランスが拡がっている。気になったのが。

「キャルさん、あれ」

 クレアさんが、壁の一部を指差す。

 そこは、明らかにショップである。長いこと開けっ放しだったのだろう。入り口を開けようとしたら、ドアごと取れてしまった。中に入ると、マジックアイテムを売っていた形跡が。

「お店がありますね」

 空き店舗は、神殿内部に点在していた。今は誰もいないが、人が商売をしていた形跡がある。
 元々地上にあったお店を、どうにか経営を回そうとしていたのか。

 神殿という割に、俗っぽい。

「ここは元々、地上と海底を結ぶ、地下都市だったのかもしれません」

 モンスターごと海に沈められたが、なんとか生活しようと思ったのか。だから、トンネルを掘って、地上と関わりを持とうと。

「モンスターがいないので、ここで錬成しちゃいましょう」

 神殿にアタックする前の、準備を行う。

「ところで、キャルさん。スキュラからは、なにを手に入れたんですの?」

「それがですね……」

 わたしは、貝殻ビキニを差し出す。他には、アンモナイト型の帽子だ。

「まあ。キャルさん、それは、使い物にはなりませんわね」

「だと思うでしょ?」

 わたしは、冒険者証の機能である、【アイテム鑑定】を実行した。

[貝殻ビキニ:
 古代の魔王カリュブディスの魔力が詰まった水着。水属性の魔法を強化する。水属性の攻撃を弾く効果がある。ただし全身をカリュブディスに侵食されるため、魔王の命令には逆らえなくなる]

 呪いのアイテムだったのです。

 このアンモナイト帽子も、鑑定してみる。

[叡智の帽子:
 カリュブディスの叡智が詰まった、巻き貝状の帽子。魔力を増強し、古代からの強力な魔法を扱える。ただし、術師はカリュブディスに忠誠を誓うことになり、正気を失う]

 魔術師垂涎のアイテムだが、呪いと差し引きするとイマイチのようだ。

 つまり、ごうつくばりの魔法使いが、うっかりカリュブディスの呪われたマジックアイテムを装備してしまった。
 結果、モンスターに変えられたわけだ。ここの神官に、されていたのかも。リスクを考えない、魔法使いの末路である。

「ウカツに、アイテムを触れませんわね」

「多分。魅力に取りつかれて、身に着けてしまいそうになるでしょう。装備したくなくても」

 うん。手甲をはめていて、よかったよ。

「素手で触っていたら、わたしもどうなっていたか」

『心配ないさ。アタシ様を装備していたら、【呪い焼き】のスキルがあるからねえ』

 呪い焼きとは、文字通り呪いを逆に焼き払ってしまう効果だ。

「そのスキルさ、呪いを破壊する代わりに、アイテムも消滅するじゃん」

『まあ、そうなんだけどさ』

 ガハハ! とレベッカちゃんが笑う。

 さて、どうしたものか。威力はそれなりに魅力的だが、現状だと捨てるしかない。こんなところでビキニになるのも、おっくうだし。

「錬成によって、効果だけを取り除くことはできませんの?」

 ほほう。それは盲点だった。

「できるのかなぁ。効果はどっちがほしいです?」

「威力が上がる方を」

 ビキニかい。

「ワタクシは、キャルさんより火力が乏しいので」

 クレアさんの方が、なんでもできて器用なんだけどね。

「じゃあ、わたしは帽子の方をいただきますね。新しい魔法には、興味があるので」

 廃墟ショップのスペースを借りて、錬成の準備を始めた。

「呪いを打ち消す系のアイテムって、何にしよう?」

『サンゴで、髪飾りにでもしちまいな』

「それだ。錬成!」

 サンゴ型の魔法石と組み合わせて、小さいホタテ貝の髪飾りを作る。

 わたしは、小さい巻き貝型の飾りを、髪に取り付けた。

「効果は下がるけど、恩恵は受けられますよ」

「ありがとうございます、キャルさん」

 準備も整ったので、海底神殿の探索へ。

「ナーガですわ」

 クリスさんは、八番のサイを柄頭同士で繋げた。身の丈ほどある、長物に変える。ナーガの三叉戟をサイでさばき、心臓へ一撃を喰らわせた。見事な使いこなしだ。

「サイの威力が上がっていますわ。髪飾りのおかげでしょう」

 魔剣の威力も、上げてくれるのか。

 わたしの古代魔法って、なんだろう?

「もう一体、ナーガがきますわ」

 じゃあ、あれで試してみよう。

「古代魔法! って、うわお!?」

 手甲の表面に、イソギンチャクが寄生した。

 イソギンチャクの触手が、ナーガを掴む。そのまま地面にビターンビターン! と、ナーガを叩きつけた。

 なんちゅうワイルドさなんだ、古代魔法ってのは。

「キャルさんの手甲が、ザラタンでできているからでしょう」

「たしかに、そうかもです」

 貝とかイソギンチャクがひっついてる甲殻類って、いるもんね。

「ヤトさんとリンタローさん、お二人が無事だと、いいのですが」

 あの二人は、錬成とか持っていないもんね。持久戦になったら、難しいかも。

「フワアアア~♪」

 懐かしい歌声が、神殿の中に響き渡った。

 セイレーン!?

「どうして。あれは、クレアさんが倒したはずですよね?」

 クレアさんも、首を振る。

「とにかく、行って確かめましょう」

 歌が聞こえる方角へ、わたしたちは走った。
 




 リンタローは、魔王の座にまでたどり着く。

 木の枝で適当に道を選んだが、近道を引いたようだ。なんのトラップもなく、仕掛けも大したことはなかった。

 キャラメ・F・ルージュとクレア姫は、ババを引いたに違いない。

「この魔王カリュブディスの神殿、最奥部までたどり着くとは」

 対するは、上半身が女の裸体で、下半身が蛇の魔王である。

「妖刀を返しなさい。あれは、あなたには過ぎた代物」

 ヤトが腕を伸ばして、魔王に語りかける。

「返せだと? 妖刀【夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)】は、余の復活に必要なもの。あれで地上人たちの血を吸い、今度こそ完全なる復活を遂げるのだ」

 ヨグルトノカミ……その言葉を聞いて、ヤトが殺気立った。

 隣に立つリンタローでさえ、身震いするほど。

「ここにあった。ヨグルトノカミが」

 かつて、ヤトの先祖を絶滅させた妖刀が、ここに。

 流れ流れて、こちらに辿り着いたか。妖刀が、この地を選んだのかはわからない。

 しかし、たしかに仇はこの神殿に存在している。 

「言ってわかってくれるような相手じゃ、ないでヤンスよ」

「なら、怪滅竿(ケモノホシザオ)で語ることにする」

 ヤトは、妖刀である釣り竿を振り回した。

 死神の鎌のような剣先が、魔王に向かっていく。

 だが魔王は、妖刀ケモノホシザオを、腕を払っただけで弾いた。

「この程度か。東洋からこちらに流れてどれだけの月日が流れたかは知らぬが、東洋の使い手は、ここまで弱く――」



「終わった」



「なんと……!?」

 魔王の身体が、バラバラになる。

「やはりあなたは、この武器の本質をわかってなかった」

 妖刀ケモノホシザオの刃は、釣り竿と鎌をつなぐ水氷なのだ。

 仕掛けを理解しているリンタローも、驚きを隠せない。

 本気になったヤトの攻撃は、リンタローでさえ追いかけられないのだ。

 魔王の体内から、一振りの飾太刀(かざりたち)が現れる。

 あれこそ、ヤトの一族を血に染めた妖刀だ。

「魔王が、再生するでヤンス!」

 リンタローは、思わず声を上げてしまう。

 その行為が、ヤトを愚行に走らせた。

 魔王が再生する直前、ヤトはとっさにケモノホシザオを引いて妖刀を回収する。

 いかん! とリンタローが思ったときにはもう遅い。


 妖刀を手にした瞬間、ヤトの雰囲気が変わった。


 同時に、魔王の肉体は崩れ去る。

「気を確かに! ヤト!?」

 主に近づこうとした途端、リンタローはヤトに蹴り飛ばされた。

「妖刀に、魂を奪われたでヤンスか!」

 あれだけ注意を払っていたのに、妖刀がヤトへ憑依するのを許してしまうとは。
 長い廊下を渡り、大広間にたどり着く。そこには、扉のような壁で覆われていた。しかし、錠らしき部分は、遥か上空にある。

「扉の各所に、足場がありますね。ジャンプして渡って、上空の仕掛けを開けなければ」

「キャルさん、敵ですわ!」

 ナーガが、襲いかかってきた。黒いウミネコも、数匹出現する。

 それらを従えているのは、一つ目の大入道だ。フジツボやイソギンチャクが、表皮に寄生している。

『あいつは、海坊主だねぇ』

 このモンスターの、通り道だったのか。

「ちょうどいいですわ。トートさん、六番を」

 クレアさんから指示を受けて、トートが魔剣の六番である鉄塊を用意する。

「キャルさんはジャンプして、扉の仕掛けを操作してくださいまし。ザコは、ワタクシが引き受けますわ」

 ナーガの群れを、クレアさんが鉄塊で瞬殺した。

 わたしは足場をジャンプしつつ、ウミネコを火球で撃ち落とす。

 ウミネコも、氷の矢を飛ばしてきた。

 足場をジャンプしつつ、氷の矢をかわす。

「よっと!」

 カウンターで、火球を飛ばした。

 黒いウミネコが、黒焦げになる。

「ヤバ!」

 凍った足場で、わたしは足を滑らせた。一つ前の地点に、戻されてしまう。

 なるほど、ウミネコの役割がわかったぞ。優先的に倒さねば。

「うわっ! とっとっと!」

 ウミネコを撃墜していると、海坊主がわたしに殴りかかってきた。

「うわああ。足場まで引っ込んだ!」

 わたしは慌てて、来た道を引き返す。

 どうするか。あれでは、扉の仕掛けまで登れない。剣で扉を突いてみたが、刺さらなかった。やはり足場を登らないと、ダメなようである。

「あなたのお相手は、ワタクシですわ!」

 クレアさんが、海坊主の小指に五番の棍棒を叩きつけた。

 足の指を潰されて、海坊主がクレアさんを踏みつける。

「クレアさん!?」

 だが、海坊主の足が破裂した。

 クレアさんが、六番の両手斧を持って跳躍する。いつの間に、武器を変えたのか。

 海坊主が、ヒザをついた。

 クレアさんが、両手斧からレイピアを引き抜く。

 中腰状態な海坊主の目に、クレアさんはレイピアを突き刺した。

「これが、九番ですわ」

 六をひっくり返すと、九になる。

 わたしはクレアさんの魔剣を錬成する際、鉄塊にレイピアを仕込んでいたのだ。六番と九番は、対の魔剣なのである。

 扉にもたれながら、海坊主が事切れる。

「ちょっと通りますよっと」

 海坊主の亡骸を足場代わりにして、扉の仕掛けまで登っていった。

 今度はクレアさんが、ウミネコを弓で撃ち落としていく。

「開けますよ」

 敵が全滅したのを見計らい、わたしは扉の仕掛けを回す。

 巨大な扉が、ギギ、とゆっくり開く。

「ようこそ。私の神殿に」

 そこにいたのは、セイレーンだった。

「あっ」

 わたしは、そのセイレーンに見覚えが。片腕がない。

『アタシ様が、腕を切り落としたヤロウだね』

「そう。あのときに受けた屈辱は、忘れないわぁ」

 そういえば、言葉を話す個体は、コイツだけだったような。

「何者なの?」



「私? あなたたちの言葉を借りれば、【カリュブディス】っていうんだけど」



「魔王カリュブディス!?」

 なんと、街に攻めてきたのが、カリュブディス本人だったとは。

「といっても、妖刀を預けていた方の姉妹は、もうやられちゃったみたいだけど」

「姉妹?」

「そう。私たちは、二体で一つの魔王なの。私は偵察役。妹の方は、妖刀を守る」

 このセイレーンは、二体いるカリュブディスの一体だという。

「わたしたちは、この地に沈んでいたんだけど、逃げてきた妖刀【夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)】が、この地に流れ着いたことで、復活できたのよ」

 東洋から来た悪徳商業船が嵐に巻き込まれて、妖刀が海底神殿付近に沈んだという。

「妖刀は巡り巡って、色んな人に買われていった。けれど全然使いこなせる相手がいなくて、退屈していたみたい。使い手も、みーんな死んじゃうんだもん。だから、魔王を選んだのかもね」

 ケラケラと笑いながら、妖刀の武勇伝を語る。

「でもさ、今はいい依代が見つかったみたい」

 まさか……。

「キャルさん、イヤな予感がしますわ」

 クレアさんが、拳を固めた。

 ヤトたちが危ない。ここを早く切り抜けて、ヤトたちと合流しないと。

「あなたたちを、止めますっ!」

「ンフフ。やってみなさいな。人間ごときに、なにができるかわからないけど」

 魔王カリュブディスが、帽子を脱ぐ。

「こっちは妖刀なんかなくたって、あんたたちくらい一捻りなのよねぇ」

 魔王らしく、傲慢な言葉を吐いた。とはいえ、彼女の話は本当だろう。一気に魔力が、膨れ上がった。

「このちぎれた腕の仇を、取らせてもらうわよ」

 魔王の切られた腕から、イソギンチャクの触手が生えてきた。うええ。

「キャルさん。行ってください。ヤトさんたちは、あの通路の向こうです」

 クレアさんが、魔王の後ろにある脇道を指差す。

「……クレアさん?」

 わたしは呼びかけて、一瞬ですべてを理解した。


 クレアさんは、怒っている。


「この怪物は、一〇番を叩き込むのに、ふさわしい相手ですわ」

 これは、手を貸すべきではない。

 初めて本気を出せる相手に巡り合った高ぶりと、人間の感情を踏みにじったことに対する激怒が、クレアさんの顔に混ざり合っていた。

「手出し無用。キャルさんは先を急いでくださいまし」
「はい!」

 わたしは秒で、判断する。大急ぎで、ヤトたちの救出に向かった。
 


 

「逃さないわよ!」

 イソギンチャクの腕を伸ばし、魔王がキャルを撃破しようとする。

 だが、クリスは即座に四番の弓を射た。魔王の触手を、矢で切断する。

「やるもんね。人間も」

「あなたは、人間を舐めすぎです。誰かを守ろうとする時、人間は強くなる。あなただって、かつて人間を舐め腐ったせいで、負けたのでは?」

 クレアが挑発すると、さっきまで笑っていたカリュブディスが真顔になった。

「私の正体を、見せてあげる」

 魚だった下半身が、蛇のそれに変わる。身体も大きくなり、ナーガ以上の背丈に。

「どちらかがやられたら、片方に力が行くようになっているの。つまりあなたはたった一人で、私たち二人の魔王を相手にしなければならない!」

「そうですか。ちょうどいいハンデキャップですわ」

「なにい!?」

 あくまでも、クレアは負ける気がしない。キャラメ・F・ルージュが作った魔剣【地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)があるから。

 この剣は、本当によくできている。今の自分に、ちょうどいい武器を選択できるのだ。

「トートさん、五番を」

 今の自分は、頭にきている。

「まずはこのイキリ散らかしているあなたの頭を、一発ぶん殴ることにしますわ」

「イキリ散らかしているのは、どっちなのかしら?」

 魔王カリュブディスが、両方の腕を振り上げた。それだけで、嵐が巻き起こる。

「アハハ! 雷雨を存分に圧縮した竜巻に、身体を削られ続けなさい」

「一見棍棒にしか見えないこの五番が、どうして【魔剣】と称されているか、お教えいたしますわ」

 クレアは、棍棒をブン! っと振り回した。

 猛威を振るっていた竜巻が、一瞬にしてかき消える。

「なんだと?」

「この魔剣は、相手の武器や攻撃を、破壊するための武器なのですわ」

 攻撃を破壊するための魔剣として、この刃のない武器が作られた。

 しかし、魔王の攻撃さえも壊すとは。

 魔剣作りをキャラメ・ルージュに頼んで、本当によかった。

 学園に突き刺さっていた聖剣だったら、こんな面白い攻撃は、できなかっただろう。それこそ、オーソドックスな攻防しかできなかったに違いない。

「許さない。私の、この魔王カリュブディスをコケにしたことを、後悔しなさい」

「あなたこそ、人間を見下した罪は思いですわ。一〇番のサビにして差し上げます」

 トートがためらいながら、一〇番の剣を投げてよこした。

 その剣には、刃がない。

「アハハッ! バカね! 刀身のない剣で、どうやって戦うの?」

「まあ、あなたに見えなくて同然です。この魔剣の刀身は、バカには見えませんので」
 ここまでか、と、リンタローは脳内でひとりごつ。地べたに寝そべり、死を覚悟した。

 武器である鉄扇は、砕けている。

 ヤトに打ちのめされるのは、二度目だ。

 初めてヤトと戦ったのは、幼少期の頃である。
 跳ねっ返りだった自分と、主従を賭けて戦った。

 思えばあれが、ヤトとの出会い。
 完膚なきまでに倒されたのも、あれが初めてである。

「負けたほうが召使いになる」という約束をして、ケンカをした。
 当時はガキンチョとはいえ、天狗(イースト・エルフ)としての意地があったが。

 今のヤトは、それより遥かに強い。

 妖刀の力が、これほどまでとは。

 しかし、当時の清々しさは、見る影もない。

 妖刀の影響力が、強すぎる。
 
 ヤトが、巫女の一族だからだろう。並の冒険者などと比べて、魔力の浸透力が高いのだ。
 妖刀を使いこなし、妖刀に操られてしまっていた。妖刀からして、ここまで扱いやすい傀儡はなかろう。

 あとは、キャラメとクレア・ル・モアンドヴィル王女に、すべてを任せるか。人に頼るのは、不本意だが。

 ヤトが、自身の妖刀である、怪滅竿(ケモノホロボシザヲ)を操る。

 死神の鎌のごとき刃が、リンタローに振り下ろされようとしていた。

「フェニックスアロー!」

 不死鳥をかたどった魔法の火球が、ヤトの鎌を弾き飛ばす。

 火球はなおも、ヤトを妨害する。

「あなたは」

 キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、助けに来た。



 

「大丈夫!? 【再生の炎】!」

 わたしはリンタローに、回復魔法を施す。体内から自己治癒力の活性化を促す、炎の治癒魔法だ。

 リンタローの顔に、生気が戻ってきた。

「キャル殿、ありがとうでヤンス。しかし、元に戻してもらっても、アイツに勝てそうにないでヤンス」

 リンタローでさえ、手こずるのか。

 不死鳥を、ヤトが妖刀で一刀両断する。

「あれって、本当にヤトなの?」

「そうでヤンス。妖刀を触ってしまい、正気を失っているでヤンス」

 ヤトの目は、怪しげに赤く光っていた。妖刀に、身体を乗っ取られたのか。

 彼女が手に持っているのは、短い催事用の宝刀だ。装飾が派手で、相手を切るような剣ではない。柄も、サンゴのように歪だ。人を切るための剣には、とても見えないが。

「あれが、妖刀」

「そうでヤンス。夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)。夜の闇で敵を切り裂く、伝説の妖刀でヤンス」

 さる邪教徒が、邪神を祀るために打たれた剣らしい。
 あの妖刀によって邪神を意のままに操り、ヤトの親戚筋であった王都を壊滅させようとしたらしい。
 邪教徒はその妖刀で、自らのノドを切って自決した。しかし、妖刀は姿を消したとされる。

「その妖刀が、アレでヤンス」

「わかるの?」

天狗(イースト・エルフ)なら、その呪力に対抗できるでヤンスから」

 しかし、ヤトは妖刀に、触らされてしまった。

「なんとか、回収しようと試みたんでヤンスが、強くて強くて」

 リンタローでさえ、手を焼く相手らしい。

「レベッカちゃんなら、いけそう?」

『まあ、勝てるだろうさ。しかしアタシ様じゃ、アイツを殺してしまいかねないねえ』

 レベッカちゃんでも、手を抜けない相手か。いつものように体を貸して、どうにかできるかと思ったけど。

「やるだけ、やってみて。わたしが、解決策を考えるよ」

『わかったよ、キャル! なるべく手加減するさ!』

 一旦、わたしはレベッカちゃんに身体を預けた。

 ヤトが、釣り竿型の妖刀を地面に捨てる。妖刀夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)を抜いた。

『まずは、あの刀をどうにかするよ! ついてきな!』

 リンタローと二手に分かれて、妖刀を斬る作戦に。

 レベッカちゃんが正面へ、リンタローが側面に。

 ヤトは、身動き一つしない。ただ妖刀を構えて、こちらの動きに備えていた。

 コマのように身体を旋回させて、レベッカちゃんが跳躍する。

 レベッカちゃんが、オレンジ色に光る魔剣の刀身に黒い炎をまとわせた。

『どらあ! 【原始の炎】に焼かれちまいな!』

 体を捻って反動をつけ、レベッカちゃんは剣を叩き込む。

 妖刀が、黒くきらめいた。かと思えば、レベッカちゃんが後ろに飛ばされる。

 レベッカちゃんごと、わたしは壁に激突した。

『ぐは!』

「キャル殿! やめるでヤンス、ヤト!」

 側面から、リンタローがヤトの腕を取ろうとする。

 ヤトはリンタローの腹に向けて、回し蹴りを叩き込んだ。相手の方を、見ようともしない。

 リンタローはヤトの白い脚を取り、ヒザを破壊しようとヒジを落とす。

 しかしヤトは、足を曲げてリンタローのヒジを押し返した。取られた方の足で、リンタローのみぞおちを蹴って押し出す。

 わたしの隣まで、リンタローが吹っ飛んできた。

『なんだい今のは!? 原始の炎が弾かれたじゃないか!』

 すべての属性を貫通する原始の炎が、通じないなんて。

「あれは、【原始の氷】でヤンスね! ソレガシも、あれでやられたでヤンス」

 おそらく、【原始の炎】の氷バージョンだろう。しかも、レベッカちゃんより純度が高い。

『あそこまで純度がある原始の氷なら、【中】程度の威力はあるだろうね』

「勝てそう?」

『歯ごたえのある相手だねえ』

 ヤトが、こちらに迫ってきた。ゼロ距離まで詰めて、妖刀でリンタローのノドをかき切ろうとする。

 レベッカちゃんが、魔剣で防ぐ。

「目を醒ますでヤンス! 旋風脚!」

 ヤトの死角から、リンタローが回し蹴りを食らわせた。

 足を曲げて、ヤトはリンタローのきっくをかわす。

 曲げたヤトのヒザを足場にして、リンタローは相手のアゴに膝蹴りを浴びせようとする。

 リンタローの動きを読んでいるかのように、ヤトはヒザを手で押さえつけた。

「まだまだ!」

 ダメ押しとばかりに、リンタローは跳ぶ。ヤトの脳天に、ヒジを打ち付けんとした。

 ヤトは身体を少しズラしただけで、リンタローのヒジをかわす。カウンターで、リンタローのアゴに掌底を食らわせた。

 リンタローの身体が、回転しながら吹っ飛んでいく。

『なめるんじゃないよ!』

 再び、レベッカちゃんが切りかかった。

 ヤトが両ヒザを折って、レベッカちゃんの剣戟を回避した。

 リンタローが、ヤトの組み付きから脱出する。追撃をしようとしたが、妖刀に阻まれた。

 妖刀で、ヤトはわたしの足を切ろうとする。

 レベッカちゃんも跳躍し、横たわった状態のヤトに剣を突きつけた。

「ダメだよ、レベッカちゃん!」

 一瞬、レベッカちゃんの動きが止まる。

 そのスキをついて、ヤトが魔剣を打ち返してきた。

 わたしとレベッカちゃんが、吹っ飛ぶ。

「ごめんなさい、レベッカちゃん!」

 せっかくのチャンスを、わたしはフイにしてしまった。

『言われなくても、止めたさ。アンタに悲しい顔を、させたくないからね』

 こんな局面でも、レベッカちゃんはわたしを気遣ってくれている。

「よしなさい、ヤト!」

 リンタローが、ヤトの足を掴んでコマのように回った。ジャイアントスイングという、レスリングの技だ。ヤトの側頭を、神殿の柱に叩きつけようとする。

 だがヤトは、腹筋で上体を起こして柱を回避した。頭突きで、リンタローの技から脱出する。

「その力、妖刀の切れ味を持ってしても破壊できぬその頑丈さ。そして、異常なまでの炎属性の高さ。まさか、魔剣レーヴァテインか?」

 初めて、妖刀が声を発した。ヤトの声帯を借りて。

『だったら、なんだっていうんだい?』

 わたしは、立ち上がる。

「レーヴァテインは伝説ではない。たしかにこことは違う世界から来た、実在する魔剣。手に入れない手はない」

 夜巡斗之神は、レベッカちゃんを自分のものにする気なのか。

「だが、その伝説も、真の力を得た夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)の敵ではなかったか」

「真の力を手に入れた、とは?」

「わからぬか? ザイゼン一族は、夜巡斗之神を祀っていた一族の末裔ぞ」

 ヤトに取り憑いた妖刀、それを打ったのが、ヤトの一族だと?

 となれば、東洋の王族を滅ぼしたのは、ヤトの血族だったのか?
 クレアはトートから、魔剣の一〇番を受け取る。

「この刀身なき剣こそ、魔剣【地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)】の、真髄ですわ」

「バカには見えない刀身ですって? バカはアンタの方じゃん。丸腰で私に勝とうっての?」

 魔王カリュブディスが笑うのも、ムリはない。

 この魔剣が強いのか、クレア自身でさえ半信半疑だった。

「試してみれば、わかりますわ」

「ハン。試すも何も、そんな武器が私に通用するわけ――」

 何かをいいかけて、魔王が黙る。

 クレアが、カリュブディスの腕を奪ったからだ。

 胴体を真っ二つにしたかったが、さすがにかわされてしまう。

 復活したばかりで本調子でなくても、そこは魔王か。簡単には、倒れてくれない。

「アンタ、それは」

 魔剣が、稲妻の刀身を放つ。



「一〇番の刀身は、ワタクシ自身ですわ」



 クレアの魔力自体を、刀身に使っているのである。

「バカな!? たしかに魔力を実体化することは、不可能じゃない。けれど、魔王クラスの魔力がなければ、絶対に安定なんてしないはず」

「おっしゃるとおり、この剣だってさして安定はしていませんわ」

 すぐにクレアは、稲妻の刀身を消す。

 つい最近まで、一〇番は未完成品だった。しかし、クラーケンの魔石を扱ったことで、ようやく魔剣の安定性が上がったのである。

 カリュブディスから魔石を得れば、さらに強くなるだろう。

 フワルー氏からは、一本の剣にこだわった方がいいと言われている。

 しかし貪欲なクレアは、一〇本の武器を存分に扱いたかった。
 ここまで多面的な戦闘を好んでいたのかと、自分でも驚いている。自分がどこまでやれるのか、やれることは全部試したい。

 結果、単身で魔王に挑むという、暴挙に出たのだが。血がたぎって、しょうがない。

「魔力を実体化して剣に変える、たいした実力ね。けど、どこまでもつかしら?」

「やってみなければ、わかりませんわ」

 またカリュブディスが、切れた腕から触手を生やす。

「深海魚のエサにしてあげるわ!」

 触手が、クレアに襲いかかってきた。

 柱や壁を、触手は破壊し続ける。クレアが回避する地点に、先回りされる。

「トートさん、六番を!」

 触手を切らねば、魔剣を試すどころではない。

 一旦、武器を交換する。

 しかし、投げた六番が触手に取られてしまった。

「武器がなければ、アンタは何もできない!」

 魔剣を奪われて、クレアは回避行動ばかりになる。

 やはり、魔王を少し舐めすぎていた。召喚獣に武器を投げてもらう戦法は、修正が必要だ。

「【雷霆蹴り(トニトルス)】!」

 電撃を帯びたハイキックで、触手を撃墜する。ついでに電流を魔王の身体に流し込んで……。

「ざっけんじゃないわよ!」

 と思ったが、魔王は自ら触手を切り捨てた。

「ですが、魔剣は回収しましたわ」

 両手斧を取り戻し、触手攻撃を切断していく。

 尻尾で、魔王が攻撃してきた。

 クレアは両手斧を地面に突き刺す。

 魔王は尻尾を減速できず、両手斧に衝突した。ドン、と尻尾がちぎれる。

 両手斧から、クレアは九番であるレイピアを抜き取った。魔王の心臓に向けて、レイピアを突き出す。

 魔王が、口から魔力の濁流を吐き出した。

 濁流に飲まれ、クレアは壁に叩きつけられる。

「ふううう!」

 どうにか、クレアは立ち上がった。

「クソが。まだ生きているなんて!」

 ダメージは、たしかに大きい。だが、自分はまだ飛べる。

「これくらいのハンデは、ご必要でしょ?」

「まだ言うか! この死にぞこないが!」

 魔力を口に溜め、魔王カリュブディスが濁流の渦を作り出す。ガレキをも吸い込んで、確実にダメージを与えるつもりだ。

「一〇番!」

 ここで、クレアは一〇番を選択する。ここが、魔剣の使いどころだ。

「フルパワーですわ!」

 全力を出すなんて、いつ以来だろう? 父を相手にしたとこでさえ、全力だったかわからない。

 とにかく、クレアに並ぶ相手は、いつの間にかいなくなっていた。キャルが現れるまでは。

 きっとキャルは、無事だろう。必ず、最悪の局面を切り抜けてくれるに違いない。

 だからこそ、信頼できる。だからこそ、自分は全力でこのゴミを始末できるのだ。

「あなたの顔も、見飽きましたわ」

「こっちは、とっくに飽きてるのよ! たかがニンゲンが、この魔王に歯向かうなんて!」

「魔王ごときが、ニンゲンに勝てると思わないことですわね」

 実際、この魔王はかつて人間に負けている。その事実を忘却し、いいように解釈しているだけだ。

「今度こそ完全なる復活を遂げて、最強の座をほしいままにするのよ!」

「その愚かな願い、ここで断ち切らせていただきます!」

 両足で、クレアは大地を踏みしめた。

「バカね! 自分から渦に飛び込んでいくなんて! 喰らいなさい、【ファイナル・テンペスト】!」

 跳躍しながら、一〇番をヒザにセットする。

 クレアのレッグガードには、魔剣を装着する仕掛けが施されていた。クラーケン戦の後、キャルがクレアの要望を聞いてくれたのである。

「な!?」



「……雷霆蹴り(トニトルス)



 魔剣を突き出した飛びヒザ蹴りを、魔王の口内に食らわせた。

 飛び込んでのヒザ蹴りをモロに喰らい、魔王は感電する。

 倒れ込んだ魔王の顔面を、さらにヒザで押しつぶした。

 魔王の肉体が、ガラスのように砕け散る。

「ふう……。さすがに、立てませんわね」

 クレアは、自身の状況を嘲笑した。自分のヒザが、笑うとは。こんな状況まで、自分を追い詰めたことはなかった。

「キャルさん、あとは、頼みました」

 本当はすぐにでも、キャルの元へ駆けつけたい。
 が、少々休むことにする。





 ヤトが、邪教の末裔だったとは。

「どうして、そんなことに?」

「いわゆる、勢力争いってやつでヤンスよ」

 神の力で国が栄えたが、国が巫女たちから権利を取り上げたのだ。権力争いに魂を奪われた国王が、代々王妃を配してきた巫女の一族を、勢力争いから分離したのである。

「我は国に見限られて、邪神となった」

「語弊でヤンス」

 リンタローが、反論した。

「邪神徒は、刀を作ったヤツだけでヤンス。巫女が政権を持てなくなったのも、権力争いから巫女たちを退けさせるための安全策でヤンスよ」

 当時は、巫女が暗殺される事件などが続発したという。

 巫女の力を失いかねない事情を察し、時の国王が巫女から権力を取り上げた。

「それに、邪教を祀っていたのは分家でヤンス」

「どういうこと?」

「コイツはヤトが祀っていた神とは、まったく違う神でやんす」

 妖刀を信仰していたグループが、ヤトの一族から外されたらしい。

 当時の国王は、ヤトたちの先祖だけは守り通そうとした。しかし、連帯責任でひいきはできなかったらしい。

「邪教化も、全部そいつの仕業でヤンスから。調べはついてるでヤンス。テメエで居場所をなくしておいて、責任転嫁も甚だしいでヤンスよ!」

「黙れ! 我は今こそ権力を取り戻し、東洋の地を再び手中に収めようぞ!」

「どうやら、言っても聞かねえでヤンスね」

 リンタローが、身構える。 

「素手じゃ、キツイよね? 錬成!」

 わたしは錬成で、リンタローの鉄扇を修理する。

「これ、結構精製に時間がかかったでヤンスよ? それを一瞬で。フワルーじゃあるまいし」

 フワルー先輩のことを、知っているのか? リンタローは。

「もしかして、フワルー先輩が言っていたガチの格闘家って、リンタローのこと?」

「そんなことを吹いて回ってたでヤンスか? フワルーが」

 リンタローが、苦笑する。

「ご期待に答えられるかわからないでヤンスが、スキくらいは作るでヤンス」

 鉄扇をもって、リンタローが突撃した。

「作戦を考えるので、ちょっと時間をちょうだい」

「OKOK、キャル殿。ソレガシが、時間を稼ぐでヤンス」

 ひとまず、リンタローには無理せず戦ってもらう。

『ヤトを止める。見込みはあるのかい?』

「手は、あるよ」

 わたしは、妖刀が捨てた釣り竿に目を向ける。
「うわーっ!」

 リンタローが、こちらにぶっ飛ばされてきた。

 妖刀を鉄扇で防いだだけで、突き飛ばされるとは。

 わたしは、リンタローをキャッチする。

『キャルが、釣り竿型妖刀をよこしな、だってさ』

 レベッカちゃんは仙狸のテンちゃんを介して、リンタローに語りかけた。魔剣が言葉を話すってことは、内緒だ。まだ召喚獣が口をきくって方が、説得力がある。

「わかったでヤンス!」

 再度リンタローが、鉄扇を広げてヤトに立ち向かっていった。

「スパルトイ、ゴーレム! わたしを囲んで!」

 盾を装備した魔物たちに、取り囲んでもらう。

 手持ちの素材を錬成しまくる。どうにか、釣り竿妖刀を受け取る前に、強力な素材を開発していく。

「準備OK! いつでもいいよ!」

「承知でヤンス」

 ヤトに作戦を見破られないように、リンタローはあえて足元に注意を払わない。回し蹴りを浴びせ、そのスキに鉄扇で風魔法を起こす。

 竜巻が起きた。

 その勢いで、こちらに釣り竿が飛んでくる。

『うまいね!』

「お見事」

 だが、リンタローのキックは外れ、撃墜されてしまった。

 ヤトはまた、ブリッジだけで蹴りを回避したのだ。どんだけ、身体が柔らかいのか。

 鉄扇による打撃も、ヤトは妖刀で弾き返す。

「いいでヤンス。殺意高めの攻撃は、久々でヤンスから! でも、もっと違う形で戦いたかったでヤンス!」

 強い相手は大歓迎って感じの、リンタローの口調。しかし、イントネーションはどこか物悲しさが。

 二人の間に、よほどの信頼関係が合ったのが、戦闘の中で見て取れる。

 おそらく、妖刀の洗脳は完璧じゃない。殺そうと思えば、いつでもわたしたちを殺せる場面はあった。その状況は、一度や二度ではない。少なくとも、腕や足は吹っ飛んでいたはずだ。

 しかし、ヤトは妖刀にこだわらない。リンタローやレベッカちゃんの攻撃を、徒手空拳で押し戻していた。舐めプかなと思っていたが、攻めきれないのだとわかる。

 ヤトも、戦っているのだ。その表情から、苦悩がうかがえるから。リンタローの動きを読みつつ、かといってトドメは刺さない。刺せないんだ。

「どうしたでヤンスか? あなたはそんなヤワな攻撃をしてくるような魔法使いでは、なかったはずでヤンスよ」

 リンタローに挑発されて、ヤトの攻撃が激しくなる。より深く踏み込むようになり、リンタローを徐々に追い詰めていく。

「そこ!」

 初めて、リンタローの突きがヤトを捉えた。みぞおちに、リンタローの拳がヒットする。

「くっ! ぬかったでヤンス」

 ヤトの妖刀が、リンタローの脇腹をすり抜けていた。

 そこまで肉薄しなければ、リンタローでさえヤトに一太刀を浴びせられない。

 リンタローがヒザをつく。


「伏せてくださいまし!」


 もう危ういと思っていた矢先、稲妻を帯びたヒザ蹴りが、ヤトに飛んできた。


雷霆蹴り(トニトルス)!」


 妖刀で蹴りを防いだのに、ヤトが一回転する。そのまま、壁まで吹っ飛んだ。

 こんな恐ろしい蹴りを打ち込んでくる相手は、一人しかいない。

「クレア氏! 魔王カリュブディスを倒したでヤンスか!?」

「相手は、完全体ではありませんでしたからね。完全復活していれば、危険でしたでしょうけど」

 不完全な復活とはいえ、一人で魔王を倒すとは。

「リンタローさん、おケガは?」

 クレアさんが、リンタローの横に並ぶ。

「多少は、やられたでヤンス。ツバをつけておけば、治るでヤンスよ」

 リンタローが脇腹に、治癒魔法を施す。

「キャルさんが突破口を開くまで、足止めをすればいいのですね?」

「瞬間的な状況確認、恐れ入るでヤンスよ」

 クレアさんが飛び蹴りを繰り出し、リンタロが鉄扇で竜巻を起こした。

 雷撃を込めた渾身の飛び蹴りを、ヤトがかわす。

「甘いでヤンス!」

「トニトルス!」

 キックを避けられたクレアさんが、竜巻で舞い戻ってきた。今度は竜巻を段差代わりにして、オーバーヘッドキックを繰り出す。

 起き上がったヤトの首筋に、蹴りがめり込んだ。

 苦悶の表情を浮かべながら、ヤトが剣を逆手に持ち替える。

 追撃してきたリンタローの首を、妖刀で撫でようとした。

 リンタローは、かろうじてすり抜ける。だが追撃の前蹴りを太ももに受けて、転倒した。

 反対の手で、釣り竿を取ろうとしたのだろう。ヤトは地面に手を伸ばす。

 しかし釣り竿は、わたしの手の中にあった。

 クレアさんが、五番の棍棒を掴んで、ヤトに振り下ろす。

『魔剣を破壊する魔剣』として開発した棍棒を、妖刀はいとも簡単に弾き飛ばした。

「オーソドックスな戦法で、参ります。一番を!」

 トートに武器交換を頼み、クレアさんはショートソードを装備する。

「やあ!」

 妖刀と、魔剣が打ち合う。

 リンタローも両手持ちの鉄扇で、クレアさんをサポートした。

 二人がヤトと戦っている間に、こちらは素材を錬成。

『キャル。ヤロウ、とんでもないよ。あの二人を相手に、互角以上に戦ってやがる』

「待ってて、二人とも」

 妖刀から、ヤトが氷の刃を飛ばしてきた。立て続けに、二発も。衝撃波まで、使うのか。

『キャル!』

「打ち返して、レベッカちゃん!」

『よっしゃ。【ウェーブ・スラッシュ】! おらああ!』

 こちらも二発、衝撃波を放った。

 ヤトの衝撃波を、無事に打ち消す。

 だが今度は、リンタローとクレアさんが吹っ飛んできた。

 スパルトイとゴーレムを駆使して、二人をキャッチする。

 この二人をもってしても、ヤトを止められないか。

「不甲斐ないでヤンス!」

「強いですわね。不完全体ながらも魔王を倒して、レベルは上がったはずですのに」

 わたしは、二人の前に立つ。

「キャルさん!?」

「みんなありがとう。魔剣の錬成は、できあがったよ。クレアさんたちは休んでてください」

「一人で戦うおつもりですか?」

「うん。どうにか、目を覚まさせる方法は、思いつきましたから」

 だが、これを外すと、もうヤトを殺すしかなくなる。

 一か八かの賭けだ。

「二人は、わたしが失敗したときに、ヤトを倒してもらう」

 どうにか、ヤトにダメージだけは負わせるつもりである。レベッカちゃんの戦闘力頼みになるが、そちらの方は安心だろう。

「クレアさん、これを。これが切り札です」

 わたしは、クレアさんに耳打ちをした。これで、ヤトが目覚めるはずだと。

『さあ妖刀ヤロウ! 決着をつけようじゃないか!』

 レベッカちゃんと、人格を入れ替える。

 本格的な切り合いが、始まった。

 わたしの身体を使い、レベッカちゃんが片手で魔剣を振り回す。

 妖刀を逆手に持ち、ヤトは重い一発に耐える。

『そらそら、どうした!』

「くっ!」

 情け容赦がなくなったレベッカちゃんの剛剣に、ヤトはついていけていない。やはり剣術は、使い手の肉体に依存するようだ。

 ヤトは本質的に、魔法使いである。今までの戦闘も、魔力依存による肉体強化だったのだろう。

 一方でわたしは、身体能力にステータスポイントを振ってきた。

 フィジカルの差が、ここにきて生まれている。

『どらあ!』

 魔剣の一撃で、レベッカちゃんがヤトを押し出す。

 レベッカちゃんが、突きの構えに。

 狙うは、妖刀だ。この突きによる【原始の炎】によって、妖刀を破壊すれば……。

 ヤトも、同じ構えになる。身体のしなりを活かし、突きを繰り出してきた。

「折れた剣の方が、相手を取り込む!」

『OKだっ! やってやるよ!』

 魔剣と妖刀の切っ先が、ぶつかり合う。

 弾かれたのは、レベッカちゃんの方だった。

 剣の衝突によって、ではない。妖刀が刀の先端に、氷結魔法を込めたのである。


 妖刀が、日和ったのだ。


 魔剣も、無事である。

「こ、こいつは、レーヴァテインじゃない。何者だ!?」

『アタシ様かい? アタシ様はね、もうレーヴァテインじゃないよ。【魔剣 レベッカ】として、独自に進化したんだ! 違うベクトルで、強くなっていくんだよ!』
 レベッカちゃんは、もう魔剣レーヴァテインと呼べないくらい、歪な存在になってしまった。

 彼女は彼女で、独自の強さを手に入れている。

「バケモノめ。同じ魔の存在であるレーヴァテインなら、御せたものを! 不純物まみれの、ガラクタが!」

 妖刀で、わたしの腕に切りかかった。

『ガラクタ、上等だよ!』

 レベッカちゃんが、打ち返す。

『あんたら剣どもに、アタシ様の思想は理解できないだろうね!』

 魔剣レベッカちゃんがこうなったのは、きっとわたしのせいだ。わたしが低レベルなうちから、錬成でムリヤリ【原始の炎】と錬成したから。

 それが正しいのか悪いことなのか、使い続けていかないとわからない。

 けど、レベッカちゃんはレーヴァテインという『縛り』からは開放された。

『キャルが気にすることじゃ、ないんだよ。たしかにあんたのせいで、アタシ様はレーヴァテインとは別物になったけどさ。今は感謝ているくらいさ』

「レベッカちゃん」

 わたしはレベッカちゃんを、ヤトに向けて構える。

「【属性貫通】など、邪道もいいところだ! 属性剣の誇りを失いおって!」

『あんたこそ、【原始の氷】なんて持っているじゃないか!』

「あれは、魔王カリュブディスのスキルだ! 勝手に取り込んでしまったのだ!」

『ほざいてな! あんたみたいなのを、ダブスタってんだよ!』

 ヤトの妖刀による攻撃を、レベッカちゃんがカウンターで弾き飛ばした。

『おかげで、高純度のオリジナル魔剣に生まれ変わったのさ。いいかい? キャルの錬成はすごいよ。あんたもやられてみなよ!』

「ほざけ! そんな奇術師の手に、改造されたくないわい!」

 ヤトが、妖刀を振り回す。

『頼む、クレア!』

「はい!」

 クレアさんが、釣り竿の針を投げた。

 死神の鎌を思わせる巨大な針と、水氷の糸が、ヤトに巻き付かんとする。

 妖刀で、ヤトが鎌を弾こうとした。

『どらあ!』

 レベッカちゃんが、ヤトに斬りかかる。

 ヤトは、魔剣に対処せざるを得ない。魔法で、釣り糸を破壊した。

 こちらの攻撃は、受け流されてしまう。

 だが、ヤトの動きが一瞬止まった。

「やっぱり!」

 ヤトは魔法を使う時に、洗脳が和らぐ。少しだけ、正気に戻るのだ。身体強化は、妖刀が勝手に作動している。しかし魔法を使うのは、苦手なようだ。

 どおりで、魔法に頼る攻撃をしてこないと思っていたが。

 さすがの妖刀も、マルチタスクに割く魔力はないか。

 妖刀がヤトを洗脳しきれていないというわたしの予想は、間違っていなかったんだ。

 生まれたスキを、わたしは見逃さない。

「今だよ、リンタロー!」

「はいでヤンス!」

 わたしとヤトの間に割って入り、リンタローがヤトの手を折った。

 ヤトの手から、妖刀が離れる。さすがに手の甲が折れたら、妖刀を手放すか。

 カラン、と妖刀が地面に落ちた。

 リンタローはヤトを抱える。すぐさま風属性魔法で竜巻を起こし、妖刀から距離を取った。

「しっかりするでヤンス。ヤト」

 わたしが錬成した特製ポーションを、リンタローがヤトに少しずつ飲ませる。

 折れたヤトの腕が、徐々に再生していった。

「ん?」

 ようやく、ヤトが正気に戻ったらしい。

「無事でヤンスか、ヤト?」

「私は、なんてことを」

 今までのことを思い出してしまったのか、ヤトが顔を覆う。

「いいんでヤンス。お前さんが無事なら、ソレガシはそれで十分でヤンスよ」

「でも、傷だらけ」

「これくらい、ツバをつけていれば治るでヤンス」

 さすがに力を使いすぎたのか、リンタローがあぐらをかいて動けなくなる。

「ば、バカな。洗脳が、こうもあっさりと」

 妖刀を手放せれば、開放できるだろうと思っていたが。

「本来なら、ヤトの腕を切り落とすところでした」

 どうにか最小限のダメージを与えて、ヤトから妖刀を手放せればよかった。

 しかしヤトが強すぎて、付け入るスキがない。

 なのでクレアさんとリンタローをぶつけて、ヤトの戦闘スタイルを把握する必要があった。

 結果、魔法を使うと一瞬の洗脳が微量ながら解除されると判明。

 レベッカちゃんと話し合い、策を立てたのだ。

「錬成で、貴様が作っていたのは?」

「ポーションです。エリクサーっていえば、いいですかね?」

 もしヤトの腕や指を切り離さなければならなくなったとき、このポーションで身体を繋げる予定だったのだ。

「なんと。怪滅竿(ケモノホロボシザヲ)に細工をしたのでは?」

「何もしていません」

 錬成台で釣り竿を分析して、わかった。

 結局どうやっても、ヤトの武器である釣り竿型杖は、錬成できないと。

 完成しすぎていて、わたしの技術を入れ込む余地はない。

 さすが異国の巫女たちが作った、伝説の妖刀である。気軽にわたしが、変化させていいものではない。

「この釣り竿は、これだけで十分に強いので」

 わたしは、釣り竿をヤトに返す。

「本当に、なんの錬成もしていない」

 ヤトが釣り竿の状況を、確認した。

「はい。東洋の武器は、専門外なので」

 ヘタにわたしが釣り竿を細工をすれば、どんなクリーチャー武器になるかわからない。
 人語を解するくらいなら、大丈夫だろう。
 だが魔法使いにとって扱いづらい武器になってしまえば、目も当てられない。

 ましてやわたしは、炎属性の魔法使いだ。
 氷属性の武器を、開発できるかも謎だったし。

「どうもおかしいなと思ったのは、あなたが釣り竿型の妖刀を捨てたときでした」

 ヤトはいわゆる純魔……純粋な魔法使いだ。

 なのに、アイデンティティである釣り竿型の妖刀を使わないのはおかしい。

 これと妖刀ヨグルトノカミで二刀流されていたら、わたしも結構あぶなかったはず。

「これで、わたしは確信したんです。あなたは、魔法を使いたくないのかなって」

 わたしたちは、妖刀に迫る。

「さて、講釈は終わりです。お覚悟を」

「フフ。いくら弁舌を並べ立てたところで、余を手に取る者はまた新たなエサとなるだけ。さあ、どちらの女が余を手に取るのか?」

 未だコイツは、自分に武器としての勝ちがあると思いこんでいるらしい。 

「トート、五番を」

 クレアさんがトートに命じて、『魔剣を破壊する棍棒』を用意させた。ブンと、スイカ割りのようなフォームをしてみせる。

「ヤトさん。どうぞ。これは、『魔剣を壊すために作られた魔剣』ですわ」

 持ち手の方を上にして、クレアさんがヤトに棍棒を差し出す。

 ヤトが、棍棒を受け取った。

「待て! こんな純度の高い妖刀、そのままで活用せねばどうなるか! 元に戻すのに、一〇〇年以上はかかるぞ!」

「私たち一族は、一〇〇〇年以上も苦しめられた」

 棍棒を、ヤトが振りかぶる。

「待て!」

「妖刀としてではなく、単なるガラクタとして死ね」

 断末魔を妖刀が上げることすら許さず、ヤトは妖刀を叩き壊した。


 見事、妖刀は粉々になっている。

「いいの? 報告しなきゃでしょ?」

「大丈夫でヤンス。ほら」

[妖刀【夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)】を討伐しました。ギルドに報告をします]

 わたしたちの手の甲にある端末から、アナウンスが。

 ちゃんと、母国のギルドに伝わるのか。

「さて、素材素材を、と」

 妖刀の破片にしゃがみこんで、素材を取っていく。

 東洋の素材って、不思議なものが多い。見たことない金属を扱っている。

「見て。レベッカちゃん。こんな色した金属なんて、見たことないよ」

『こいつは【ヤミハガネ】だね。邪悪な魔力をインゴットの段階で込めているのさ。アタシ様の一部にも、使われているよ』

「じゃあ、錬成してOK?」

『もちろんさ。大好物だよ』

 わたしは早速、錬成を試す。

「キャラメ・F(フランベ)・ルージュ」

 後ろから、ヤトが声をかけてきた。

「あなた、【原始の氷】はいらないの?」

 黒い氷を、ヤトがわたしに差し出してくる。お礼のつもりなんだろう。

「うーん。いらないかな。わたしたちには、【原始の炎】があるから」

 炎属性なのに、氷の属性貫通なんてもらったら、相殺されちゃいそうだ。

「でも」

「代わりに、いいものをもらうからね」

 わたしは海底神殿の壁に、レベッカちゃんを突き刺す。

「さあ、食事の時間だよ」