卒業試験が始まる、前日のことだ。

 エクスカリオテ魔法学校には、学内中央にある泉に、魔王を倒した伝説の聖剣が刺さっている。

 その剣を抜いた者は、英雄になれるという伝説があるのだ。

 しかし、一〇〇年の歴史の中で剣を抜けた人物はいない。

 今年、初めて剣を抜いた者が現れた。この国のお姫様で我がクラス代表の、クレア・ル・モアンドヴィル第一王女だ。
 ストレートの金髪と、青い瞳が美しい、細身の女性である。

 その彼女が、聖剣を抜いたのだ。彼女の前にいた、二メートルの巨人が抜けなかったのに。

 校長が、その光景を見定め、クレア姫を称える。

「生徒諸君、ここに伝説を作り出す生徒が誕生した。今ここに洗礼を……?」

 だが、クレア姫がその洗礼を受けることはなかった。

「これは、違う」

 クレア姫が、聖剣を空に放り投げたから。

雷霆蹴り(トニトルス)

 黒のストッキングに包まれた細い足が、電光を帯びる。

 落ちてきた聖剣に、クレア姫は雷属性を帯びた蹴りを叩き込む。

 ミシミシと、聖剣が悲鳴を上げた。

「えーっ! 聖剣にヒビがーっ!?」

 校長が、絶句する。

 きれいなハイキックによって、伝説の聖剣は粉々になってしまった。

「おお、なんという罰当たりな!」

 狼狽した校長が、剣の破片を拾い集める。他の教師たちも。

 だが当のクレア姫は、「フン」と鼻を鳴らす。

「なにをしでかしたのか、わかっているのか! クレア王女! いくらモアンドヴィルの姫君とはいえ、このような狼藉を!」

「そんな役立たずな武器を後生大事にしていたから、この国は五〇年も停滞していたのです」

 クレア姫は、生徒全員に向き直った。

「武器は、装備品は本来、自分に合ったものを作るものです。人間は、手足の長さが違うのですよ? この学校の制服だって、仕立ててもらったはずなんです。なのに、マネキンにかけられているブランド物のヨロイを着て、高級メーカーに飾っている剣を手に取る。それはまさに、安物買いの銭失い! ただの、ミーハーです!」

 文明が発達して、ヨロイなどのオーダーメイドは少なくなった。工場で作る量産品が増えて、利益を出している。

 それで、この魔術都市モアンドヴィルは発展してきたのだ。文明開化、高度経済成長と言えよう。

 しかしクレア姫は、そんな文化を全否定した。

「そこの騎士様が着てなさっているヨロイは、優秀なお店で仕立ててもらったものでしょう。おそらく、金貨二〇枚と言ったところでしょうか」

 クレア姫が、懐からナイフを取り出す。

 生徒が「おおお!」とどよめいた。姫がコトを起こすつもりなのでは、と。

 まさか! 単に見せるだけだった。

「こちらのナイフは、金貨五枚分の素材を用いて、自分で作りました。自作の『聖剣』のサンプルです」

 クレア姫のナイフは、随所に電流が流れている。雷属性の魔法を仕込むことで、身体のどこにでも貼り付けることができるらしい。

「ナイフとはいえ、ありとあらゆる箇所に装着を可能とすることで、あらゆる攻撃に対処できます。また――」

 シュ! とクレア姫がまた蹴りを放つ。今度は虚空に。

「このように雷属性を付与することで、神速の動きも可能となります。魔力をコントロールすることで、肉体に負担もかかりません」

 さっきのキックも、このナイフを足先に取り付けて放ったのか。

「お見事でした、姫殿下」

「いいえ、騎士様。ワタクシの腕前なんて、まだまだです。しかしヨロイくらいは、仕立てていただきましょう。あちらの騎士様のように」

 姫様に称賛された老騎士さんが、深々と頭を下げる。

「自分専用の剣くらい、あなた方の財力があれば造れるはずです! それを有名ブランドの剣や装備を揃えて悦に浸っている。嘆かわしい!」

 それは、わたしも思っていたんだよね。

 あの男子が持っている杖も、その隣にいる女子が首にかけている護符(チャーム)も、本当は魔力効果なんてほとんどない。キラキラして、きれいなだけ。

 武器も本来は、自分の手で作るものだった。
 ときに有能な鍛冶屋にオーダーメイドを頼み、ときに自分で槌を振るい、手を汚す。
 それが紳士淑女の、本来の武器との接し方、愛し方なのである。

 しかし、今はほとんどの人がブランドメーカー任せ。装飾品ジャラジャラで実用性に乏しい品を、みんなして好んで身につけている。

 平和になりすぎた弊害が、こんなところに現れるとは。

「生まれ育った祖国モアンドヴィルを、愚弄なさるか姫よ! 魔法によって生産力を向上させてきた、この国の伝承や文化をバカにするのか!?」

「そうは言いません! この国の歴史と伝統は、たしかに称賛されるべきです。このように!」

 クレア姫は、恥ずかしげもなくブラウスを手で剥いだ。

 ブチブチブチ、とボタンが取れる。

 スレンダーな身体を包むのは、ホルスタイン柄のカエルのイラストがプリントされた黒いTシャツである。

「あれ、『もーかえる』だよな?」

 男子生徒が、プリントを指差す。

『もーかえる』とは、絵本のタイトルだ。
 元は王都で配られている新聞に描かれている四コママンガである。
 子どもどころか、大人にも人気があった。
 芝居の演目にだって、なってるんだから。

「クレア様って、『もーかえる』が好きなのね。だからこの国を、快く思っていないんだわ」

「オレも好きだった。社会風刺が聞いていて、アナーキーなんだよな」

 さっきまでクレア様を敵視していた生徒たちも、少し和んだ。

「お主も、ブランドに取り憑かれているミーハーではないか!」

「これは、自分で作りました!」

「布教活動過激派!?」

「いいですか? たしかに伝統や歴史は、語り継ぐものでしょう。しかし、『伝説』は自らの手で作り出すものです! だからこそ、伝説となりうるのです。人の打ち立てた伝説なんぞに寄り添った先に、成長はない! この国のように!」

 確かに、かつてのモアンドヴィルは詠歌を極めていた。

 しかしそれも、魔王を倒して五〇年を過ぎた頃に落ちぶれ始める。
 昔から推奨されていたルールに縛られ、さらなる発展を恐れ、イノベーションを否定し続けた。

 結果、諸外国の勢いに押され気味である。

 今のモアンドヴィルは、当時の勢力なんて見る影もない。

「わたくし、クレア・ル・モアンドヴィルは、お約束します。これより始まる卒業試験のダンジョン攻略で、このナマクラより素晴らしい聖剣を、自ら作り出してみせると! そして、モアンドヴィルの意識を根本から改革いたします!」

 生徒からは、拍手喝采が。

 教師陣は、ずっと苦い顔をしていた。聖剣だった残骸を手に持ちながら。



 
 
『壮絶な野郎が、いたもんだな』

「アイテム愛が、凄まじいんだよね。ゴミに用はないって、徹底してる。クラスでも、ずっと一人だったし」

 お姫様だから近寄りがたいってのもあるけど、「話しかけるなオーラ」がとんでもなかったんだよね。

 わたしとは、対局にいる人かもしれない。

『あんたは、憧れないんだな。そいつには』

「うーん。気持ちはわかるけど、一方的すぎるかなって。でも、価値観を押しつけてくることがなかったら、主張は正しいよ」

 きっとクレア姫なら、とんでもない武器を作り出せるだろう。

「少なくともさ、あの聖剣よりクレア姫の放ったキックのほうが価値があるってのはわかったよ」

 わたしは目利きができないから、あの聖剣の真贋はわからない。それでも。

『で、聖剣を失った後、学校はどうなったんだい?』

「剣なら直したよ」

『誰が? ああ、校長先生だろうな』

「ううん。わたしが」

『ファ!?』

 レベッカちゃんが、変な声を出す。

『冗談だろ!?』

「ホントだよ」

 姫がぶっ壊した剣は、わたしがこの手で直してある。