なぜか知らないが、謎の冒険者と戦うことになった。
できれば、戦いたくないけど。
「船を守らないと」
「あれを護衛しているのは、ソレガシたちが手配した冒険者でヤンス。ランクの低い連中ばかりですが、信頼はできるでヤンス。お気遣いなく」
「それは、どうも」
「おたくらのことも、殺しはしないでヤンス。その剣をいただければいいでヤンスよ」
リンタローという緑色の天狗が、着物を豪快に脱ぐ。スレンダーな体を、スポーツ用のブラとショートパンツ姿が包んでいる。こちらも、緑色だ。
リンタローと言っていたが、この天狗は女性か。
着ていた装備は、鉄扇へと変わった。身体を覆い尽くせるほどに、範囲が広い。
クレアさんが、戦闘態勢に入る。
「おっと。ヤトと、こちらのお嬢さんとの、一対一でお願いするでヤンス」
リンタローが、クレアさんの進行方向を遮った。クレアさんの動きに反応できるとか、さすが天狗である。「天使に近い存在」と、言われるだけあるなあ。
「もっとも、あなたが手合わせしてくださるんなら、やぶさかでないでヤンス」
リンタローが、鉄扇で口元を抑える。
「好戦的すぎ。リンちゃんは、普通にしてて」
「はいでヤンスー」
リンタローという女性がふてくされた。
「ヤト・ザイゼン。そちらは?」
「キャラメ・F・ルージュ」
わたしは、レベッカちゃんを構える。
「それは、本当に【レーヴァテイン】?」
ヤトが、レベッカちゃんを指さす。
「どうして、レーヴァテインの名を?」
「ザラタンと戦っているときに、自分で名乗ってた」
ああーっ。そうでした。
「レーヴァテインを名乗る魔剣の目撃情報が、そこらじゅうで発生している」
ええ……。
いたるところで、レベッカちゃんの情報がダダ漏れだったみたい。
「レーヴァテインは伝説だと、『夜を斬り裂いた魔剣』とも、『七日間、大地を割った剣』書かれている。だが詳細が謎に包まれていて、誰も本物の刀身を見たことがない。この世界にある魔剣ではないというウワサもある。『マグマ説』もあったから火山地帯も漁ってみたけど、いたのはオークだけだった」
オタ独特の早口だな。魔剣のマニアなんだろうか?
とにかくこのヤトという少女は、「自分の興味のあることに関しては、やたらと饒舌になる」ってのはわかった。
なんか、親近感のわく子である。
「物語上の魔剣と思っていたけど、本物なら興味深い。ただ、これまで探してきた魔剣は、どれも紛い物ばかり。取り込んでも、たいして強くはならなかった」
「それは、本当に伝説のレーヴァテインなの?」
「一応は」
レプリカだしなあ。なんともいえない。
「なにか、歯切れが悪い」
ヤトが、首をかしげる。
ですよね、そういうリアクションになっちゃうよね。
「最強の魔剣かどうかは、取り込めばわかること」
この子、レベッカちゃんを自分の魔剣に食べさせる気だ。
どうしよう? レベッカちゃんと入れ替わるか? しかし、まだクールタイムが終わっていない。
変身は、クールタイムを要する。その時間は、わたしの体力に依存するのだ。
まだもう少し、時間がかかる。
「あなたが来ないなら、こちらから」
ヤトが、釣り竿を振り回す。
釣り針というより、死神の鎌のような。
「今日は、様子見! 【アイスジャベリン】!」
いつのまにか、わたしは氷のヤリに囲まれていた。
「うわっとっと!」
剣で、ジャベリンを弾き続ける。わたしはこれまでの戦いで、こういった動きもできるようになった。とはいえ、レベッカちゃんほどは強くない。
『気をつけな、キャル。まだ仕掛けがあるよ!』
「はいうひゃあああ!?」
言っているそばから、わたしは足を取られた。逆さ吊りにされる。
ジャベリンに注意をそらして、釣り糸を隠していたとは。相手の罠に、目が向いていなかったか。
「うおっと!」
氷でできた釣り針が、正面からわたしの首に切りかかった。殺すつもりはないって、言ってなかったっけ!? 殺意マシマシじゃん!
「こんにゃろ!」
逆さになりながらも、どうにか剣で弾き返す。
うう、冷たい。さっきの衝撃で、雪の結晶が手に。
鉱山にあった切り口と、同じ温度だ。
あの鉱山で戦っていたのは、このヤトなんだろう。
『脱出しなよ、キャル!』
「OK!」
わたしは剣で釣り糸を燃やし、脱出した。
釣り糸が、復活した。あの糸も氷でできているらしい。
『この子、氷特化の冒険者みたいだね?』
「専門のタイプって、めっちゃ強くなる代わりに、尖りすぎてあまり使い物にならないって教わったよ?」
今どき、特化型の魔法使いとは珍しい。応用が効くのか?
『たしか、氷も曲げたりできるんだったねぇ?』
「知っているの? 【水氷】を?」
『一応はね。そこまで純度の高い水氷は、見たことがないよ』
ヤトが、不思議そうな顔をした。
純粋な結晶であれば、氷も針金のように曲がる。おそらく氷に魔力を流し込んで、曲がるように調節しているのだろう。
氷を曲げることは、理論的には可能だ。
わたしも、授業で聞いたことはある。だけど、実際にやった人は見たことがない。
やれたとしても、何人もの魔導師が集まってようやく短い水氷ができる程度だという。
しかしヤトは、それを一人で作った。
それだけで、彼女の実力はうかがえる。
「わたしで、勝てると思う?」
『逆立ちしても、ムリだろうね』
ですよねー。
『アタシ様と入れ替われば、なんとかなりそうだどね』
まだ、クールタイムは切れない。あと数分持ちこたえられたら。
しかし、鎌のような釣り針の猛攻に、わたしは防戦一方である。
『あいつが【純魔】で、助かってるねえ。戦闘センスも微妙で、力も弱い』
【純魔】とは、【純粋な魔法使い】の略称だ。戦闘面では、ずっと後衛にいて魔法で飛び道具役か仲間の強化に専念する。
格闘において素人だから、わたしでもヤトの攻撃に対処できた。
もし、彼女が前衛職の戦闘技術を持っていたらと思うと。
「ヤトー。早く、決めるでヤンス」
こちらの実力差を知っているのか、リンタローがヤトを急かした。
マズイマズイ!
それにしても、なんでリンタローは汗びっしょりなんだろう? 何もしていないのに。熱いんだろうか?
「でも、なんか様子が変。ほんとにあれがレーヴァテインなら、使い手を操ってこちらが不利になる」
レベッカちゃんの仕組みを、わかってたんかい! っていうかヤトは、ザラタン戦を見ていたんだっけ。だったら、わたしがレベッカちゃんに取り込まれているのも知っているわけか。
『なるほどね』
「なにが? レベッカちゃん?」
『あいつが攻めあぐねている理由さ。魔剣だとわかった時点で、さっさとブン取ればいいじゃないか』
ホントだ。たしかに、弱いままのわたしから、早く魔剣を奪い取ればいい。
『やつは、東洋人だ。おおかた、【妖刀伝説】を叩き込まれているんだろうね』
「そっか! 妖刀が使い手の精神を奪って、一族皆殺しに!」
レベッカちゃんが本当にレーヴァテインなら、精神を乗っ取られるかも知れなかった。妖刀のように。
『なまじ妖刀伝説の恐ろしさを理解しているから、レーヴァテインの特性を恐れているのさ』
変にわたしが攻めあぐねているから、「なにか裏があるのかも」って考えているのか。
「でも、わたしが所持している段階で、その可能性は低くない?」
『だから、使い手にも秘密があるんじゃないかって考えているのさ』
そこまで頭が回る子……だろうな。ヤトは。
「仕掛けは済んだ」
「え? うわ、しまった!」
地面に張った氷で、足を滑らせる。
釣り針にばかり気を取られて、足元がおろそかになっていた。
ヤトが釣り針を、上空に飛ばす。そのままわたしの脳天めがけて、急降下させた。
だが……。
『反撃開始だよ』
ようやく、クールタイムが完了する。
レベッカちゃんと融合して、わたしの髪が、オレンジ色に変わった。
『またせたね、キャル』
わたしの身体を借りたレベッカちゃんが、足元の氷を溶かす。
「あぶなかったよ」
もし数秒遅れていたら、わたしの首は飛んでいたかも。
「くっ!」
ヤトが、鎌の形をした釣り針を再度放った。
レベッカちゃんは、釣り針を軽く魔剣でいなす。
釣り糸型の水氷を動かして、釣り針の軌道を変えた。これが厄介なんだよ。
どれだけ相手の武器が無軌道に動いても、レベッカちゃんはあっさり受け流す。どこに目がついているのかと。
曲がる氷の鋭さも、かわすのが難しい。釣り針ばかりに目が行くと、糸型の水氷に足を取られてしまう。こっちがメイン武器なんじゃないかって、思うほどだ。
しかし、属性無効の性能を持つ【原始の炎】を体中にまとったレベッカちゃんは、相手の氷属性をものともしない。魔剣を旋回させて、相手の切込みを阻止する。
「これほどまでとは。軽く腕試し程度だったのに」
さすがのヤトも、攻めきれないみたいだ。
『感謝するよ。クールタイム明けを狙ってくれていたんだろ?』
「本気のレーヴァテインを見なければ、分析ができない」
やっぱり、手を抜かれていた。
その気になれば、ヤトはわたしを拉致して、実験台にすることだってできただろう。
過激な手法を取らなかった理由は、フェアプレー精神ではない。効率的に、相手を見極めるためだろう。
『どらあ!』
レベッカちゃんが、ヤトに切りかかった。
「――っ!? 【フリーズウォール】!」
ヤトが眼の前に、氷の壁を作り出す。
しかし、レベッカちゃんは壁を一刀両断した。
この壁って多分、炎属性を完全に遮断する魔法だよね?
それをあっさり、一太刀でぶった斬るって。レベッカちゃんがいかに強いかが、うかがえる。
「ヤトー。もうここまでにするでヤンス」
リンタローがわたしたちの間に割って入ってくる。戦闘を強制的に終了した。
「どいてリンちゃん。まだ勝負はついていない」
「ソレガシたちには、まだやることがあるでヤンス」
なぜかリンタローが、海の向こうに視線を送る。
「今日はおさらばでヤンスよ! 機会があれば、また相まみえることもあるでヤンしょう!」
両手の鉄扇を一振りして、リンタローが竜巻を起こした。
「次は、勝つ」
二人は竜巻に乗り込んで、街とは反対方向へ去っていく。
どこへ向かうんだろうか?
「クレアさん、追いかけますか?」
「いいえ。これでは」
クレアさんが、マナボードを持ち上げる。
さっきの戦闘で、ボードはボロボロになっていた。
わたしのボードも、同じ感じに。最後に、サハギンから攻撃を受けたせいだろう。
かろうじて移動は可能だが、これだと戦闘まではできない。
「もっと頑丈なボードが、必要ですわね」
というわけで、わたしたちも帰ることにした。
*
ヤトとリンタローは、小島にある小さい宿に到着する。
「どうして止めたの? まだやれたのに」
ふくれっ面のヤトが、リンタローを責めた。
「あー。もうあの場にいたくなかったでヤンス」
鉄扇を着物に変えて、リンタローが着込む。汗をかきつつ、身震いしていた。
「魔剣使いの相棒を務める金髪の冒険者、あれは、ただもんじゃないでヤンス」
「あなたが怖がるくらい、あの冒険者って強いの?」
「おそらくは。ソレガシと互角以上かと」
東洋諸国内で結成された魔剣調査隊の中でも、リンタローは若手最強と言われている。天狗という種族のポテンシャルを差し引いても、彼女の右に出る者はいない。
歴戦の天狗でさえ、リンタローには一目置いていた。
「なんというでヤンスか。戦闘特化型の鍛え方をしているでヤンス」
それでいて、王族か貴族のような気品も感じたと、リンタローは語る。
「ほとんど丸腰だった」
「あー。あんたはそういう人でヤンした。武器にしか、興味がないでヤンスからね。敵の強さの分析も、武器基準でヤンスよね」
呆れたように、リンタローは肩をすくめた。
「飛び出しナイフを、服の下に内蔵していたでヤンスが。まあ、だいたい武器を持っていなかったのが幸いでヤンス」
もし、魔剣なり聖剣を持った状態で挑まれたら、勝てたかどうか。
リンタローは、それくらいあの金髪冒険者を警戒していた。
「よく、ガマンした」
「ええ。ゾクゾクしていたでヤンス。戦いたくて、ウズウズしてヤンした」
普段はひょうひょうとしているが、リンタローは戦闘マニアである。戦いたい衝動を、なるべく隠しているのだ。
「けど、あそこでヘタに消耗はできないでヤンスよ。我々には、もう一つの目的があるでヤンスから」
ヤトたち調査隊は、自分たちの国から依頼を受けている。
海底神殿にある、マジックアイテムの調査だ。
*
「ありがとう。助かったよ」
帰還後、シューくんのお父さんと面会する。財団の会長さんだ。偉い人なのに、わざわざ出迎えてくれるとは。
「キミらが一番サハギンと戦ってくれたと、冒険者からは聞いているよ。船を救ってくれて、ありがとう」
「いえ。みなさんが、がんばってらしたからですよ」
「そうか。もっと誇っていいんだよ。欲がないとフワルーくんから聞いていたが、本当だね」
会長がいうと、フワルー先輩は「せやねんよ」と返す。
「もう、ええコすぎて涙が出るくらいや」
「アハハ。そうだね。屋敷の部屋は開いているから、好きなだけ使ってくれたまえよ」
そう会長に言ってもらえたが、わたしたちは遠慮する。
「じゃあ、せめて夕飯ぐらいはごちそうさせてもらえないかな?」
うわあ。なにからなにまでありがたい。
けど、店のこともあるし……というわたしの考えに反して、おなかの虫が鳴り出す。
「アハハ。遠慮することはない。用意させるから、待っていてくれ」
冷えるからと、オフロまで用意してくれた。たしかに、潮水で顔じゅうベタベタである。オフロに入れるのは、うれしい。
入浴後、食事をする。緊張で、どんな味かも覚えていない。
「本当に、強いんですね」
「せやで。うちの後輩やからな」
フワルー先輩もシューくんも、会議に同席している。二人とも無事でよかった。
わたしたちの強さを見込んで、魔物を撃退する会議を行うらしい。
「なるほど。海底神殿ですか」
「そうなんだ。ここ最近、ファッパ近海がモンスターで溢れている。ヤツらモンスターたちは、海底神殿からやってきているようなんだ」
財団の会長が、地図を広げてとある地点を指す。
「ファッパの街が栄える遥か以前、この地域には巨大都市があった」
だが、そこはモンスターが建造したらしい。当時の人々は、魔物に怯えながら暮らしていたとか。
「時の勇者がその魔物を撃退し、都市も海へ沈んだ」
未だ、その神殿は力を残しているという。
「その神殿の力を抑え込むために建造された都市こそ、ファッパだったという」
しかし今や、土地の誰もその伝説を知らないそうだ。
「わかっているのは、魔物が使っていたというマジックアイテムの存在のみだ」
財団の会長は、マジックアイテムの調査を、わたしたちに依頼してきた。
海底神殿は、ここから近い離れ小島の側にあるという。
「今現場には、我ら財団が派遣した冒険者及びスタッフが向かっている。彼らと合流したまえ」
「わかりました。ですが、時間をください。武器や装備品のチェックがしたいので」
「構わんよ」
とはいえ、フワルー先輩の店は、まだ改装中だとか。ゴーレムを入れる許可をもらい、手頃な土地も手に入った。しかし、内装の準備が整っていないらしい。
「朝イチでやってまうさかい、アンタらはシューくんの工房を見せてもろうとき。なんか、ヒントも得られるやろ」
そうさせてもらうか。
今日は、疲れている。
お屋敷の一室を借りて、クレアさんと泥のように寝た。
わたしたちは、シューくんの工房へ通された。
「キャルさん、クレアさん。ここが、ボクのラボです」
見たこともない武器や装備品が、たくさんある。
腕に取り付けるタイプのクロスボウ、街の城壁から撃ち出す大砲、マジックシールドなど。
「こちらは、なんですの? 柄しかありません。試作品ですの?」
クレアさんが、柄しかない剣を掴む。刀身がなく、取り付ける刃は、どこにも用意されていない。練習用かな?
「それは、最新型の魔法剣です。一度、魔力を流し込んでみてください」
シューくんの指示通り、クレアさんが剣の柄に魔力を流し込んだ。
柄から、刃が出てきた。
「魔力そのものを、刃にするんですよ」
ヨロイを着たカカシを、シューくんが用意する。
「これを斬ってみてください」
ためしにクレアさんが、ヨロイを着たカカシに斬りかかった。
きれいな袈裟斬りが、決まる。
ヨロイが斜めにカット、されない。
「まだ、試作品なのです。十分な強度が、得られなくて」
「刀身がないと、落ち着きませんわ」
わたしも、触らせてもらう。
やっぱりわたしが試しても、ヨロイは切れない。
『熱の制御が、足りないのさ。そのせいで、質量の割に火力が出ない』
レベッカちゃんが、脳内に直接語りかけてきた。
わたしが代弁して、シューくんに教える。
「なるほど。勉強になります。よくわかりましたね?」
「れれ、錬金術師だからねっ」
「よほど高度な学習を、受けていらしたんですね。そうお見受けしますっ」
シューくんは、盛大に勘違いしてくれた。
でもこの剣は、魔剣のいいヒントになりそう。
「これは、なに?」
わたしは、飛び出しナイフを見つけた。テーブルに、無造作に置かれている。あまり大事にされている感じではない。
「それは、ウチの商品ですね。その試作品です」
「どんな用途が?」
「こうやるんですよ」
ナイフの柄を、シューくんが指でつまむ。
缶切りが、出てきた。
「こちらは栓抜き、こちらはワインのオープナーですね」
他にも、色んな用途に使えそうな金属製品が出てくる。ノコギリ、爪切りとヤスリ、ハサミ、千枚通し、ウロコ落とし、包丁など。
「レンチやドライバーまで、ありますわ。今まで見たツールの中で、一番面白いですわ」
「ありがとうございます。でも、用途を足しすぎて、携帯用のツールとしては失格だと、父に言われまして」
結局商品にできたのは、せいぜい七つ道具つきだったらしい。
「あのさ、クレアさん。わたし、決めたよ。絶対、これだと思う」
「キャルさん、どうなさったの?」
「魔剣のヒントが、掴めたかも知れない」
続いて、完成したばかりのフワルー先輩のお店に。
「先輩、連れてきましたよー」
「あかんてキャル、待って! あと五分だけ待って!」
シューくんが来るというので、先輩はやたらドタバタとしていた。女子かよ。女子だけど。
いやあ、珍しいものを見たよ。恋する乙女って、こうなっちゃうんだねえ。
「はあ、はあ。お待たせやで。どうぞ」
先輩のお店は、街の隅っこに建てさせてもらっていた。景観を損ねないように、縮小したという。
「ウッドゴーレムを、間引きしたんですね?」
「せやねん。あまりにも多すぎたさかい、別の用途として活用してるねん。シューくんと相談してん」
フワルー先輩が、街の壁を指差す。
「あれは?」
この間までなかった弩が、セッティングされている。
「バリスタや。自動でモンスターを追尾して、狙撃するねん」
これがあれば、魔物が壁をよじ登って襲ってくることもない。
魔物たちは、また街を襲いに来るだろう。その準備は、しすぎなくらいでちょうどいいはずだ。
「シューくんから、ウッドゴーレムの活用法について、アドバイスを受けたんや。おおきにやで」
「い、いえ! お役に立てたなら、なによりです」
フワルー先輩から感謝されて、シューくんが照れている。
これは、二人とも意識している感じ?
「工房はどうやった? ウチも見てみたかったけど」
「道具は、一通り見せていただきました」
参考になりそうなものはすべて、シューくんからもらってきた。
「ありがとう、シューくん。本当に全部を、錬成に使っても大丈夫?」
「家に飾っておいても、コレクションにしかなりません」
作ろうと思えば、設計図はすべて保管してあるという。
「キャル、シューくんの発明品やけど、正直な感想は?」
「ええっと」
言いづらい。かなりマイナスな感想が出るから。
「遠慮しないでください、キャルさん。我々は商人、ボクだって発明家である以前に、商人です。ヘタな製品を提供して、お客様に損害を与えるわけにはいきません」
シューくんも、覚悟を決めていたようだ。
ならば。
「これらは控えめに言って、さすがに学術用ばかりでした」
実用性を求める商人さんが相手では、まるでお話にならないものばかりだ。
「ですが錬金術師の観点から見れば、興味深いものばかりで」
わたしや先輩のような錬金術師なら、これらの製品を商品レベルまで改造できそうだ。
「ええ見立てや」
「忖度のないご意見を、ありがとうございます。キャルさん?」
フワルー先輩からだけでなく、シューくんからも合格をもらえたっぽい。
わたしとクレアさんは、またトレーニング用の魔力制御ジャージに着替えた。戦闘訓練用のジャージである。これでわたしも、錬金しながら熟練度を底上げできるだろう。
「では、開発をいたします。先に、防具を作らせてください。【錬成】!」
倒したザラタンの甲羅で、アームガードを錬成した。
うん。想像通りに軽い。生体素材だから、もっとベタベタしているかなと思った。けど、つけ心地は全然気持ち悪くない。
「こちらは、シューくんに。マナボードの補強素材にして」
「はい」
余った甲羅は、シューくんに活用してもらう。
『はあ、しゃべれないってのは、窮屈だねえ』
シューくんが去ったので、レベッカちゃんがようやく話し出す。
「お嬢ちゃんの魔剣を作る、っていう話やったな?」
「その前に、キャルさん。ワタクシの戦闘力は、どうでしょうか? これまでの戦闘で、ワタクシに受けた感想をお聞かせください」
クレアさんが、わたしに懇願してくる。
どう言えばいいのか。
「クレアさんなんですが」
「はい。忌憚なき感想を、お聞かせください」
自分で言うには、はばかられた。
『まったく、じれったいねえ。そら』
レベッカちゃんが、わたしの許可なく、勝手に人格を交代した。
前髪だけ、オレンジ色に変わった。
『うーん。アンタだけど、控えめに言ってゴリラだね』
「ゴリラ!」
『道具を渡してもぶっ壊しちまうあたり、相当やんちゃなゴリラだよ』
「まあ! やんちゃゴリラ!」
さすがにフワルー先輩も、「言い過ぎちゃうか?」と言葉を遮ってきた。
どうしてこの人は、【騎士】職なんて選んだんだろう? 【豪傑】じゃん。素手武術職の最高位じゃん、と。
「い、いかがでしょう?」
怒られても仕方ないことを、言ってしまった。
これじゃあ、嫌われちゃうよ。
「あははは! ゴリラですのね!」
お腹を抱えて、クレアさんが大笑いをする。
「言い得て妙ですわ。ゴリラさんと比較してもらえるなんて、ワタクシは光栄と考えております」
なぜか、クレアさんはわたしの、というかレベッカちゃんの意見を、好意的に捉えてくれた。
「怒って、いないんですか?」
「どうして、怒る必要がございますの? ゴリラ。実によろしいではありませんか。ワタクシは、人の領域では測れないと、キャルさんは判断なさったんでしょ?」
「まあ。そうですね。そんなクレアさんだからこそ、魔剣作りには難航しました」
正直に、感想を述べる。
「クレアちゃんの魔剣は、どないなるつもりなん?」
「はい、先輩。それなんですが――」
わたしは、フワルー先輩にだけ耳打ちする。今クレアさんに聞かせると、変な期待をさせてしまうからだ。
「それは、ええな。おもろいわ。あんたらしい発想やと思うで」
「ありがとうございます。さっそく取り掛かります」
魔剣を錬成する前に、素材の錬成を始める。この作業をやっておかないと、魔剣に能力が定着しない。
今回は、一本の魔剣に複数の要素を組み込んでいる。錬成には、かなり時間がかかるのだ。
まして今は、訓練用ジャージを着込んでいる。じっとしているだけでも、魔力消費が激しい。
『キャル、素材錬成をしている間に、スキルを振ったらどうだい? 最近、やっていないだろ?』
「そうだね。よしっ」
魔剣作りと並行して、スキルの見直しも行った。ここのところ戦闘続きで、スキルを取得する時間が取れなかった。
現在、レベル三〇までが上っている。アンロックされたスキルが、かなり増えていた。
手の甲を撫でて、ステータス確認画面を開く。
錬金術のレベルを、重点的に上げていこう。
『戦闘力は、アタシ様に頼るんだね?』
クレアさんの魔剣を作ることを考えると、そうなっちゃうんだよねぇ。
「ごめんね、レベッカちゃん」
『上出来だよ。アタシ様に暴れさせておくれ』
わたしは萎縮していたが、レベッカちゃんは気にしていないみたい。
レベッカちゃんのスキルも、確認する。
「かなりアンロックされているね」
まずは【フラッシュバン】を取る。攻撃効果のない炎の光を、暗い場所で放つ。早い話が、『目潰し』だ。
続いて、【フェニックスの恩恵】を取得した。聖なる炎によって、負傷しても徐々に回復する。
「魔剣なのに、『聖なる炎』なんて使えるんだね?」
『同じ火属性なら、関係ないよ。アタシ様は別に、悪い魔剣じゃないからね』
カカカと、レベッカちゃんが笑う。
続けて、【鎧通し】を取った。敵の装甲を溶かして、ダメージを与える。
あと、【延焼】も手に入れる。単体の敵に与えたダメージを、周囲の敵にも四分の一だけ飛ばす魔法だ。モンスターに囲まれた時、有利になるはず。
「まだスキルポイントが、余ってるんだよねえ」
『これなんて、どうだい?』
レベッカちゃんが推薦したスキルは、【魔獣召喚】だ。異界から、魔獣を呼び出すスキルである。魔法使いじゃなくても、冒険者なら呼び出せる。
「また召喚魔法? ただでさえ、スパルトイやストーンゴーレムがいるのに」
ウッドやストーンなどの【ゴーレム召喚】は、錬金術師用のスキルだ。
わたしも、取得している。
護衛・戦闘補助用と、重いものを持ち運ぶ用だ。ゴーレムがいれば、武器などをいちいちアイテムボックスから取り出す必要もない。
『あんたは基本、単独行動が多いからね。召喚は、たくさんあっても足りないくらいさ』
召喚獣のリストを、確かめた。
カメ、キツネ、カエルなどが、ラインナップされている。どれも属性を持たせて、戦闘も可能だ。
とはいえ、戦闘要員は事足りている。
『移動用の召喚獣もいるよ。武器などのアイテムを、携帯させてもいい』
ホントだ。これがあれば、いちいち馬や馬車を買わなくていい。
巨大な鳥は、今のレベルじゃ呼べないか。空を飛べたら楽だな、って思っていたんだけど。
「ちょっと待って。【トート】ってなに? まんまゴリラじゃん」
リストの中に、白いゴリラを発見した。重い武器を軽々と何本も持ち運べる、荷物持ちゴリラだって。戦闘も可能だって、書いてあった。
こんなの、誰が召喚するんだろう?
完全に、ネタ召喚獣じゃん。
『炎属性なら、よりどりみどりさ』
調べてみると、結構な数の炎属性魔獣がいる。
炎の精霊である【サラマンダー】は、ファイアリザードのようなトカゲではない。サンショウウオのような見た目だ。ずっと側に置いておきたい感じではないかな。
『じゃあ、こいつなんてどうだい? 強さは保証するよ』
地獄の番犬、【ヘルハウンド】か。強いけど、わたしがほしいのは乗り物として使える魔物だ。ヘルハウンドだと、小さすぎる。
「この子にしようかな?」
わたしは、馬くらい大きな山猫をチョイスした。
『【仙狸】かい。いいねえ』
戦闘はできないけど、乗り物になる。アイテムを扱えるくらい、頭もいい。しかも、水面だって歩けると説明がある。
これなら、海の上も問題がない。
『あんたらしい、セレクトじゃないか』
「じゃあ、呼び出すよ。仙狸、召喚!」
地面に、魔方陣が浮かび上がった。バカでかい黒猫が、魔方陣からせり上がってくる。
「うわああ。かわいいなあ」
わたしはさっそく、山猫を撫でる。
真っ黒い体毛が、モフモフだあ。
こんなフサフサ、めったにお目にかかれないよ。
タヌキっぽい召喚獣だと思っていたから、毛がもっと硬いと思っていた。
これは、いいモフモフだ。
「キミの名前は」
『レベッカでいいよ』
ん? このネコちゃん、レベッカちゃんの名前でしゃべったぞ。
ネコちゃんの頭頂部が、赤いソフトモヒカンになっている。よく見ると、炎が揺らめいているではないか。
『コイツに、アタシ様の魂を分け与えたよ。今後はコイツが、あんたの鞘だ』
ネコちゃんの横腹に、鞘が移動していた。次からは、ここから引っこ抜いたらいいんだね?
ただ、剣もネコちゃんもレベッカちゃんだと、混同しちゃうよ。
「黒でしょ? 炎属性で黒っていいったら、黒点だよね。うーん。テンちゃんで」
「テンだね。それでいいさ」
クロネコちゃんの名前は、サンポちゃんで。
「キャル、いけるか!?」
フワルー先輩が、血相を変えて錬成所に入ってきた。
「どうしたんです、先輩?」
「バリスタに反応があった。魔物や!」
とうとう、街に襲いかかってきたか。
『乗りなキャル!』
テンちゃんが、しゃがんだ。
わたしは、テンちゃんに乗り込む。
『キャル、ぶっ飛ばすよ!』
ネコちゃんが、錬成所を飛び出した。
猛スピードで走っているのに、まったく振り落とされない。それどころか、お尻がテンちゃんにジャストフィットしていた。これなら、剣を振りながら暴れられる。
街の外では、サハギンが壁をよじ登ろうとしていた。フワルー先輩が仕掛けたバリスタに仕留められているが、追いついていない。数が多すぎる。
『ぶった斬っちまいな、キャル!』
「おっけえ、おおおおっ!」
壁にいるサハギンの胴を、切り捨てた。
胴体を真っ二つにされたサハギンが、壁から転落する。
垂直に伝っているっていうのに、テンちゃんは器用に壁を走り抜けた。
「まだまだ来るよ!」
『しつこいね。これでも喰らいな!』
テンちゃんが、口から火炎弾を吐く。
火の玉が、複数のサハギンを巻き込んだ。【延焼】の上位スキル、【誘爆】である。延焼より広範囲に、爆発を起こす。
壁付近は、もういいだろう。
「門に体当りしている、モンスターが居るよ!」
島くらい大きなヤドカリ型の魔物が、門に身体をぶつけていた。破城槌のように、ヤドカリが自身の背中を叩きつけている。
このままでは、門が破られてしまう。
そう思っていた矢先、一匹の白いゴリラがヤドカリを押し返した。小さい島くらいデカいヤドカリを、ゴリラはあっさりと仰向けにしてしまう。
「――【雷霆蹴り】!」
無防備になったヤドカリに、落雷が落ちる。
ヤドカリは黒焦げになり、ガラスのように砕け散った。
魔物の亡骸の上に立つのは、金髪碧眼の姫君である。
「ケガはありませんか、クレアさん」
「キャルさん、こちらは片付きましたわ」
あれだけ恐ろしい一撃を放ったのに、クレアさんは汗一つかいていない。
魔力を制御するジャージを着たままだで、あれだけの威力を出したのか。
「クレアさん? 召喚獣を手にしたのですか?」
「はい。ワタクシ、どんな魔剣も所持可能なキャリアタイプの召喚獣を呼び出しましたの」
のっしのっしと、クレアさんの召喚獣が現れる。
「ご紹介します。荷物持ちゴリラの【トート】さんですわ」
さっ……すがクレアさん、期待を裏切らない。
「あ、そうだ。魔剣が完成しました」
試行錯誤の末に、わたしはクレアさんにふさわしい魔剣を作り出した。
「とうとう、ワタクシの魔剣が完成したのですか、キャルさん?」
完成した魔剣を、クレアさんに見せる。
はじめ、クレアさんは首をかしげていた。
「使い方が、わかりませんか? これは――」
「結構。自分で試したほうが、楽しそうですわ」
用途を説明しようとしたのを、クレアさんは遮る。この人は、瞬時に理解したのだ。「使ってみたほうが早い」と。
「徒党を組んで、街を破壊せしめんとする狼藉者の方々。あなた方は魔剣のサビにされても、文句をいえませんわ。では、お覚悟を」
クレアさんがさっそく、サハギン相手に魔剣を試してみた。
見た目が剣っぽくないのに、試運転ですぐに用途を理解している。「優れた剣士はそんなもんだ」、って聞く。けど、クレアさんは桁違いだ。
『キャル、クレアのために作った魔剣、上出来じゃないか』
「そうだね。これほどまでとは、思っていなかったよ」
『アタシ様も、血が騒いじまって仕方ねえ。やるよ』
レベッカちゃんのゾクゾクが、わたしにまで伝わってくる。
「うん。街を守らないとね」
わたしも参戦し、サハギンを全滅させた。
「なるほど。わかりました」
クレアさんは納得した様子で、魔剣を収める。白いゴリラの【トート】に持たせた。
「ありがとうございます。あなたの性格が、すごく反映された剣だと思いましたわ。こういう剣を、ワタクシは求めていたのです」
「気に入ってくださったなら、なにより」
「では、海底神殿へ参りましょう」
神殿へ向かうため、まずは財団の屋敷に。
「街を救ってくれて、ありがとう。海底神殿に入る洞窟が、特定できた」
海底神殿は文字通り、海の底にある。海へ潜って、入るワケにはいかない。なのに魔物は海底からやってくるため、神殿探しは難航していた。
しかし、ようやく神殿と繋がっている洞窟を発見したらしい。
「現場には我々財団の他に、東洋の魔剣調査隊も向かったそうだ」
さきほど、東洋の国から連絡があったとか。
「キャルさん、例のお二方でしょうか?」
「多分そうですね」
クレアさんの質問に、わたしも同じ答えに行き着く。
「知っているのかね?」
ヤトとリンタローと名乗る二人組と交戦になったと、会長に話した。
「あの二人を相手にして、生き残るとは。あっぱれだよ」
「その調査隊とは、どんな方なんです?」
「東洋にある北国の巫女姫様と、天狗だそうだよ」
なんと、あちらもお姫様だったとは。
「かつてお姫様だった、と形容したほうがいいですね」
シューくんが、話に割り込んできた。
「ヤト様は、北東の小国【ザイゼン】の王女で、神通力を扱う巫女様だったのです。けれど、かつてその国は、一族皆殺しの被害に遭っていたのです」
「もしかして、妖刀伝説で一度滅びた国っていうのは?」
「はい。そのザイゼン国です」
ザイゼン国を血祭りにあげたのは、時の国王だった。自分でノドを切った姿で、発見されたらしい。しかし、肝心の妖刀はどこにも見当たらなかったそうだ。
「自決ではなく、殺されて妖刀を持ち去られたのでは、との説が濃厚です」
小国となっても、ザイゼンはかろうじて生き残っている。ザイゼン国は調査隊を率いて、現在も妖刀の在り処を探しているとか。
「ですが、ザイゼンは神と通じる力を持ち、影響力は強いです。もし、悪い考えを持つ国なんかに連れ去られたら」
「わかりました。助けに向かいます」
「準備はできています。お気をつけて」
シューくんたちに見送られ、わたしたちは海底神殿に通じるという洞窟へ出発した。
*
神殿に近いとされる、小島が見える。
調査に来た冒険者やファッパの関係者が、サハギンと戦っていた。
あそこに、洞窟があるに違いない。
「さっそく、戦が始まってるでヤンスねー」
リンタローが、竜巻から飛び降りる。落ちた拍子で、サハギンの一体を押しつぶした。
他の冒険者が、何事かとこちらを見る。
「ヤト、手を出す必要はないでヤンスよ」
もとよりリンタローに任せるつもりだったので、ヤトはゆうゆうと竜巻から降りる。
リンタローが、着物を脱ぐ。すぐさま、鉄扇に変化させた。
「ああ、ゾクゾクするでヤンス。あんなふうに殺気立たれたら、惚れっちまうでヤンスよ!」
身体を震わせながら、リンタローは自らが竜巻になった。サハギンの集団を、旋風脚で蹴り飛ばす。
「ああ。刺激が足りないでヤンス! もっと強いやつは、いないんでヤンスか?」
言っていた矢先、鉄球のようなパンチが飛んできた。しかも、立て続けに六発。
「およよっと!」
リンタローは華麗にかわす。なんてことない動きのように見える。が、普通の冒険者には、できるものではない。
パンチを繰り出した相手は、ボクサー型のイカである。イカ型の魔物は、触手すべてにグローブをはめている。絡め取るのではなく、触手をしならせて殴るタイプか。珍しい。
「そうこなくては、でヤンスね」
対するリンタローも、やる気だ。
こちらは、サハギンの数を減らす作業に専念するか。
四方八方からくる触手パンチを、リンタローは手足だけで軽くさばく。風魔法で、肉体を強化しているのだ。
リンタローは、風属性の天狗である。
だが、本職は格闘技能の専門家である【豪傑】だ。
肉体を、風属性で強化している程度である。戦闘力は、魔力に依存しない。
リンタローはエルフながら、フィジカルが強いのだ。
「リンちゃん、後ろ」
エビの頭を持つ格闘家が、リンタローの背後に回った。
「わかってるでヤンスよ」
背後から魔物に掴まれそうになるのを、リンタローは受け止める。両足だけでイカボクサーの連続パンチをすべてさばきながら。
「よっと」
バク転し、リンタローは背後から攻撃してきた敵を迎え撃つ。
モンスターは裏拳で、リンタローに殴りかかった。
リンタローは、軽々と身をかわす。
エビ格闘家の裏拳は、岩を砕き大木をなぎ倒した。
「その程度でドヤってされても、困るでヤンスよっ!」
リンタローが、鉄扇を装備する。
「遊びは終わりでヤンス」
鉄扇を振り回し、リンタローはイカボクサーの触手を切断した。
「変則的な動きは立派ですが、一発一発が遅すぎるでヤンス。死角を狙っているのが、バレバレでヤンス」
イカボクサーの動きは、たしかに絶妙だ。とはいえマルチタスクなせいで、精彩を欠いている。
「倒すなら、一発で十分でヤンス」
すべての腕を失ったイカボクサーの眉間に、リンタローの正拳突きがめり込んだ。
イカボクサーが、灰になる。
続いてリンタローは、エビレスラーにハイキックを叩き込んだ。
しかし、エビレスラーは動じない。分厚い装甲に、キックの威力が相殺されている。
「上等上等。でヤンスが、それで勝ったとはいえないでヤンスね」
リンタローは、エビの関節に蹴りを連続で叩き込んだ。
「いくら甲羅が固かろうが、可動部分はどうしたって脆くなるでヤンスよ」
最後はリンタローの方が、エビを投げ飛ばす。
尖った岩に背中を打ち付けて、エビが逆方向へ海老反りになった。
「ボハアアアアアア~♪」
魔物の群れを率いていたセイレーンが、力の限り歌う。
海が膨れ上がり、幽霊船が浮上してきた。いや、幽霊船の中には大ダコが。
「あれは、クラーケン」
「リーダー格モンスターの、お出ましのようでヤンスね」
歌っているセイレーンを、クラーケンが飲み込む。
「あれはちょいと、厄介でヤンスよ」
冒険者たちも触手に掴まれ、セイレーンと運命をともにするところだった。
しかし、謎の雷光が冒険者たちを助け出す。
「おお、あなたはいつぞやの」
「冒険者の、クレアです」
白いゴリラを連れた金髪の冒険者は、クレアと名乗った。
【トート】なんてネタ召喚獣を、連れているとは。
「そのゴリラ殿が持っているのは、魔剣でヤンスか」
「はい。ご紹介いたしますわ。これぞワタクシの魔剣。その名も、【地獄極楽右衛門】ですわ」
クレアなる冒険者が持っていたのは、身の丈ほどに大きい一〇徳ナイフだった。
「そりゃそりゃあ!」
クロネコの【テン】ちゃんに乗りながら、わたしは財団関係者を襲うサハギンたちを蹴散らす。
テンちゃんはネコ型の召喚獣だが、クマくらい大きい。テンちゃんの方も、足でサハギンたちを踏み潰していく。さすが、水の上もスイスイ歩く召喚獣だ。
幽霊船型の魔物【クラーケン】に、クレアさんは向かい合う。
白いゴリラ型召喚獣の【トート】が、クレアさんの指示を待つ。
クラーケンが、幽霊船からスケルトンをわらわらと湧かせる。
『クレア、地上は任せな! 魔剣の試し切りついでに、あんたの好きに暴れるがいいさ!』
テンちゃんのノドを借りて、レベッカちゃんがクレアさんに呼びかけた。
「承知。キャルさん、財団の方々はおまかせします。トートさん、まずは一番を」
トートが、大きな一〇徳ナイフから、ショートソードを差し出す。
一〇徳ナイフは、人の身体くらいある。
クレアさんが、ソードを受け取った。柄には、【一】と番号が振ってある。
「魔剣、【地獄極楽右衛門】、この大物に通用するのでしょうか。まずは、小手調べですわ!」
触手の攻撃を器用にかわしながら、クレアさんは触手を坂代わりに駆け足で登った。スケルトンをショートソードで斬りながら。
触手ごと、クレアさんはスケルトンの胴を薙ぎ払った。
「重い攻撃ですわね。いいですわ。トートさん二番を」
一番と呼ばれたショートソードを、クレアさんはトートに返す。
トートが一番を受け取り、二番のヤリを投げ渡した。
クレアさんを、スケルトンが囲む。
対するクレアさんは、ヤリを旋回させる。スケルトンを、まとめて振り払った。
幽霊船から、クラーケンが大砲を飛ばす。
砲台から、火球が発射された。
海に着弾し、水柱が上がる。
その度に、クレアさんが体勢を崩した。
「三番を!」
クレアさんが投げたヤリを、トートはキャッチする。代わりに、弓を投げてよこした。
ちなみにトートは、さっきからクラーケンの触手の上で、腕を枕にして寝そべっている。飼い主に似て、フリーダムだ。
クラーケンも、触手でトートを攻撃したところで、触手を引きちぎられるだけ。なので、手出しができないのだ。
武器を受け取ったクレアさんが、弓を引き絞る。矢は、魔法で自動生成した光の矢だ。
一筋の光が、クレアさんの弓から解き放たれる。
光の矢は、砲台の一つに入り込む。そのまま、砲台の箇所が大爆発を起こす。
「クレアさん、反対側も!」
わたしの声に反応して、クレアさんは移動する。光を矢を、幽霊船の左側面に放つ。
しかし、矢は触手に阻まれてしまった。触手を犠牲にして、クラーケンは砲台を攻撃から防いでいる。
「触手が厄介ですわね。四番を!」
トートに指示を出し、弓を投げ渡す。
「待って。クレアさん! 四番は、実験作ですよ!」
「だからこそ、面白くなるのです!」
わたしがピンチだと思っている局面さえも、クレアさんから見たらアトラクションに過ぎないのか。
クレアさんが所持したのは、バズソーだ。平たい円盤型のノコギリで、鎖から魔法を通して回転させる。いわゆる、ギザギザの刃が付いたチャクラムだ。鎖で通しているという違いはあるが。
「素晴らしい切れ味ですわ、キャルさん!」
嬉々として、クレアさんはクラーケンの触手を切り刻んでいった。実に楽しそう。
「あの御婦人が使ってらっしゃる魔剣でヤンスが、あれがあなたの作った魔剣でヤンスかぁ?」
唖然とした顔で、リンタローがわたしに質問してきた。
「そう。戦う相手によって用途を使い分ける魔剣。その名も【地獄極楽右衛門】。地獄も極楽もまとめて面倒を見る魔剣、という由来があるよ」
わたしの作った魔剣は、一〇徳ナイフから着想を得ている。
「何を渡しても強いんだから、武器を全部渡すことにした。あとは的によって選んでね、っていうさ」
「その結果が、一〇徳ナイフとは。さしずめ、【一〇刀流】といったところでヤンスかね? 理にかなっているでヤンス。ですが随分と、投げやりでヤンスね?」
「使い手の選択肢を、増やしたんだよっ」
クレアさんの戦い方からして、もっとも戦闘力が高いのは素手だ。そんな人を相手に、最も強い武器となると、これしか思いつかなかったのだ。
「武器も敵を選ぶ……属性特化型の私では、到底浮かばない発想」
「あぁ、ありがとう。好意的に受け止めてくれて」
「褒めてない」
ヤトからは、称賛とも侮蔑とも取れないコメントをいただく。
「自分であんな武器を作っておいて、怖くない?」
「怖くはないかな? 一番ヤバイのは、使い手であるクレアさんだから」
一言でクレアさんを形容するなら、『人間凶器』だろう。あの人は、鞘のないむき出しの剣だ。飾っておいても、厳重に保管していても、放浪に出てしまう。
クラーケンも、触手の先に針をむき出しにした。クレアさんを突き殺す気だ。
「いいですわ。お相手しましょう!」
相手のヤリ型触手に対抗し、クレアさんはバズソーでカウンターを行う。
クラーケンの触手は、ハムのようにスライスされた。
*
ヤトは、海底神殿へと続く洞窟へ向かう。
「はあ!? ヤトッ! 全部見ていかないんでヤンスか!?」
リンタローが、不満をヤトにぶつけてきた。
「ここからが面白いんじゃないでヤンスか! あのパツキン冒険者殿が、どうやってクラーケンを退治するか、ヤトは知りたくないでヤンスか!?」
「いい。どうせ、あの金髪が勝つ」
クラーケン相手なら、あの金髪だって確実に勝てるだろう。おそらく、油断もしない。
「どうやって勝つのか、見ておかないとでヤンス! いずれ彼女とも、戦うかもしれないんでヤンスよ?」
たしかに、リンタローの意見はもっともだ。敵を視察しておくことは、大事である。
「大丈夫。私たちの方が強いから」
手品がわかっている敵と戦っても、それは勝利とは呼べない。ただの消化試合だ。
それに、今見ていても、仕方がない気がする。
「クレア・ル・モアンドヴィル第一王女程度に、ザイゼンの巫女である私は遅れを取らない」
「あーっ。ヤトも、気づいていたでヤンスね?」
わざとらしく、リンタローが肩をすくめた。
「あんたもでしょ?」
「ええ。あれだけ強い雷属性の剣士なんて、この辺りだとモアンドヴィル王家くらいでヤンスから」
バズソーは、雷属性魔法を流し込んで動いている。
あの器用さと勢いの強さは、並の冒険者では会得できまい。
雷属性持ちで、戦闘力がゴリラ並みの姫君がいることは、あの王国近隣でよくウワサになっている。勝手に城を飛び出しては、ダンジョン攻略に専念していたと。
「なんといっても警戒すべきは、あのキャラメ・F・ルージュの方」
「モアンドヴィル王家よりも脅威、なんでヤンスかねえ?」
彼女は金髪の魔剣を、さらにアップデートさせるに違いない。
「あの子はクレア姫をヤバイと形容していたけど、本当にヤバイのは、あの子。キャラメ・ルージュは、王女の強さを引き出しつつある。本人にその自覚はないけど」
今観察をしていても、それは余計な情報収集というもの。
どうせ戦うなら、未知の状態で戦いたい。
それが、フェアプレーだ。
「どうしたでヤンス、ヤト? まったく気にしていないと思ったら、かなり引っかかってるんでヤンスね? 人間に興味のないヤトが、珍しい心境でヤンスね?」
「自分でも、驚いている」
まさか、こんなにも胸を踊らせる相手が存在していたとは。
あの魔剣を作り、さらにレーヴァテインさえ操る女錬金術師に、ヤトは興味を示していた。
「グズグズしていられない。海底神殿に向かって、マジックアイテムの調査を進めないと」
ヤトたちは、一刻も早く確認しなければならない。
魔物がマジックアイテムを操っているのか、マジックアイテムが魔物を先導しているのか。
「この程度ですか、クラーケン? それだけの巨体を誇りながら、少女一人倒せないとは」
クレアさんが、クラーケンを煽る。
自分より小さい存在に挑発されてか、クラーケンが怒り狂った。触手でバシャバシャと、水面を叩く。
「おとと」
クレアさんもトートも、平然として動じない。
両者の対応は、まったく対照的だ。
側面を向き、クラーケンが大砲をセッティングした。体内で威力を調節できるのか、一発だけながら、やたら砲台がデカい。代わりに、他の砲台はしなびている。
砲台が、魔力を貯め始めた。船の表面すら、しおれてきたではないか。
『クレア、とんでもない一発が来るよ!』
「心得ております、レベッカさん。トートさん、五番を」
トートは、バズソーと棍棒を交換した。剣というには棍棒に近い代物で、大きさが大雑把すぎる。
トロルが使うようなデザインの鉄塊だ。
周りには、大量の棘が。魔剣と言うか、もはや鉄の塊に過ぎない。この剣は、先のトゲトゲを刃とみなしている。
「撃ってご覧なさい、クラーケンよ!」
触手の上で、クレアさんは一本足で立つ。ほんとに器用だな、この人は。
クレアさんの方へ向けて、クラーケンが大砲を放つ。
側に停泊していた財団の船すら、一撃で破壊した。くくりつけていた岩ごと、粉々になる。
誰も乗っていなかったからよかったものの、もし動かしていたら、惨劇は免れなかったろう。
それでもクレアさんは、クラーケンが放った特大の火球を、鉄塊のごとき棍棒で打ち返した。打った火球で、クラーケンのフラッグを叩き折る。
「マジかよ」
作ったわたしでさえ、その破壊力に驚いた。クレアさんのセンスの賜物か、思っていた以上の傑作を、わたしは作り上げてしまったのか。
棍棒なんて、もはや魔剣ですらない。
あの魔剣に、あんな使い方があったなんて。ヤケクソで作った鉄塊を、カウンター専門の武器にしてしまうとは。
「クラーケン、あいにくトドメですわ」
クレアさんはトートに、六番を指定した。
トートが用意したのは、両手持ちの斧だ。トートでさえ、重たがっている。十分に勢いをつけて、トートは斧を投げ飛ばした。
重量に全身を持っていかれそうになりながらも、クレアさんは斧を掴む。勢いをつけながら、上空へ跳躍した。
「そおおれ!」
クレアさんは急降下して、船の先端ごとクラーケンに斧を叩き落とす。
クラーケンの顔が、真っ二つに裂けた。
やったか?
「まだです。クレアさん!」
魔物を、まだ倒せていない。
沈んでいくと思われたクラーケンが、水上で体勢を立て直した。ファスナーが上がるかのように、クラーケンの顔が一瞬で元に戻る。
「なんと……うぐ!」
クレアさんが、触手で殴り飛ばされた。呆けていたのを、狙われたか。
さすがのクレアさんも、あれでトドメをさせたと思い込んだらしい。あんな感じで、完全復活をするとは考えていなかったのだろう。
トートの太い両腕に、クレアさんはキャッチしてもらった。
「なるほど」
「交代しましょうか、クレアさん?」
ここで油を売っている場合じゃない。
ヤトたちが、もう海底神殿に先行してしまった。こちらは、財団からクラーケンを引き付けているのに。薄情と言えるが、彼女たちだって調査に来ているんだ。責められないか。
「お気遣いなく。クラーケン、そうこなくては」
この土壇場で、まだ笑みを浮かべますか。クレアさんは。
「キャルさん。ワタクシは、満足していますのよ。自分がどんどん強くなっていくのを、肌で感じますわ」
クレアさんは、戦闘を楽しんでる。頼もしくいて、危うい。そのところがクレアさんを彼女たらしめるのだから、なんとも言えなかった。
「トートさん、七番も同時にくださいませ。キャルさん、おまたせしましたわね。ここで仕留めます」
六番の両手斧を持って、クレアさんはトートの手の上に乗った。
「上です、トートさん。クラーケンの頭上へ、投げてくださいまし」
トートの力で、上空に投げ飛ばしてもらう。七番であるナイフを、片手に持ったまま。
再度急降下して、クレアさんは斧を踏むようなスタイルに構え直した。
「また、かまぼこにして差し上げます!」
クラーケンの頭上を捉え、クレアさんは足で斧を踏みつける。再び、クラーケンの顔面を両断した。
斧が、眉間近くで止まる。
「そこですわ!」
クラーケンの眉間の奥めがけて、クレアさんがキックでナイフを投げ飛ばす。七番は、ザラタンが襲ってきたときに使った、飛び出しナイフである。
魔物の眉間には、セイレーンの姿が。コイツが、クラーケンを再生させていたようだ。飲み込まれたふりをして、操っていたとは。
ナイフで心臓に一撃をくらい、セイレーンが断末魔の叫びを上げる。
今度こそ、クラーケンは海に沈んでいった。
クレアさんに、大量の経験値が入る。
「ふううう」
モンスターを倒してレベルが上ったとはいえ、疲労が取れていない。
「神殿へ急ぎたいですが」
財団たちの消耗が、激しかった。あれでは、帰れるかどうか。
「助けましょう」
「はい。クレアさんは、治療をお願いします。わたしは、昼食を用意しますので」
クラーケンからは魔石だけではなく、お肉も大量に手に入った。お昼は、クラーケン鍋にしよう。
「レベッカちゃん、ちょっと魔剣を圧縮してくれませんかね?」
『アタシ様を、包丁に使うのかい? お安い御用さ』
レベッカちゃんが、刀身を短くする。ショートソードくらいの包丁に変形した。
まずは洗った昆布を、鍋に放り込む。ダシをとりつつ、野菜を入れた。
鍋が煮えるまで、クラーケンの身や足を薄くスライスする。
薄切りにした身を沸騰した鍋にくぐらせる、しゃぶしゃぶスタイルだ。
余ったゲソは醤を塗って、串焼きに。
「鍋が煮えてきたね」
クラーケンの切り身をしゃぶしゃぶして、塩ダレで味見する。
「うん、うまい!」
塩ダレだからちょい薄いかなと思っていたが、クラーケンの身は濃厚だ。
醤ダレのゲソも、負けず劣らずうまい。こっちは少し、アイテムボックスへ。先行したあの二人に、取っておいてあげよう。
[【タコしゃぶしゃぶ】は、体力を大きく回復させる効果があります]
[【ゲソの串焼き】は、傷を癒す効果があります]
え、そんな機能があるの? ただ料理しただけだよ? レベッカちゃんで作ったからかな?
「できました。みんな、食べてください」
クラーケン鍋に、みんなが飛びついた。
あとタコスミといえば、なんといってもパスタでしょう。
シメに、パスタを放り込んだ。昆布のダシが出ているから、塩も振らなくていいでしょう。
『イカスミは聞いたことがあるが、タコスミのパスタは見ないねえ』
「お値段がとんでもないからね」
タコスミは手間がかかる上に、取れる量が少ない。一食作るには、タコが一〇匹も必要だ。量が取れないゆえ、イカスミの一〇倍もする高級食材である。
しかしこれだけデカければ、タコスミもわんさかというわけよ。
「ほら、思った通り」
アイテムとして手に入れた【タコスミ袋】は、案の定の大きさ。これは、いいパスタになるはず。ざっと一〇〇人前はあるに違いない。
スミを香草やにんにくと一緒に炒めて、生臭さを消す。で、茹で上がったパスタと絡めて完成と。
おお、大絶賛じゃん。旨味成分は、イカスミより多いらしいからね。「毒がある」説もあるけど、甲殻類だけに効果があるとか。
鍋やパスタをつついてもらっている間、わたしは魔剣の調節を行う。
クラーケンの魔石は当然、クレアさんの魔剣に注ぎ込んだ。クレアさんの功績だからね。
「魔剣の性能をあと三つ残して、ようやく倒せましたわ」
「お見事です」
「いえ。キャルさんの魔剣、まだどれだけの性能があるのか。まあいいでしょう。残りは、海底神殿で試しますわ」
わたしたちは、神殿へと続く洞窟に、足を踏み入れた。
(第三章 完)
わたしとクレアさんは、海底神殿に続く道を進んでいた。
財団の人には、入口付近で残ってもらっている。
ここから先は、何があるかわからない。
船を失っている上に、帰れる保証もなし。財団からの救援を、彼らには待ってもらうことに。冒険者が救援を呼びに向かったから、大丈夫だろう。
「ダンジョンなんて、久しぶりだね」
わたしはファイアーボールを、松明代わりに浮かばせる。
洞窟は、仙狸のテンちゃんに乗ったままでも移動できるほどの広さだ。
『といっても、長いだけだね。ポンコツのキャルでも、スタスタと前進できるよ』
レベッカちゃんのいうとおり、モンスターはほとんどいない。
ヤトとリンタローが、倒してくれたようである。
といっても、ほとんど一本道だ。あのアハギンたちが、道を塞いでいた程度だったらしい。
スパルトイ軍団がナメクジ型の魔物を叩き潰し、ゴーレムがサンゴ型ゴーレムと相撲を取る。
仙狸のテンちゃんに至っては、クモをムシャムシャ食べていた。
召喚獣だけで、全然対処できる。
「キャルさん。道が、二手に分かれていますわ」
クレアさんが、足を止めた。
「左の方に、氷属性魔法の冷気を感じますわ。ヤトさんたちは、あちらに向かったようですわね」
二つの入口の前には、木の枝が落ちている。おそらく、リンタローあたりが適当に選んだのだろう。
「じゃあ、わたしたちは右に行きましょう」
仮に間違っていたとしても、ヤトたちが神殿のボスを倒してくれるはずだ。
うまくいけば、ボスを挟み撃ちにできる。
「下って言っているようですわ」
片方は上りで、片方は下りのようだ。
「上から攻めるか、下から攻めるか、ですかね?」
「焦っても、しょうがないんですわよね」
あの二人も、枝が倒れた方角で道を選んでいるのだ。使命感もあるだろうが、案外いい加減なのかもしれない。
「ボスがどのような魔物なのか、ですわね。正体がわかりませんが、ヤトさんたちなら平気でしょう」
水の混じった下り坂を、突き進む。
「壁の色が、変わってきましたわ」
たしかに道が、どんどん明るくなってきた。
わたしは手を握って、浮かんでいるファイアーボールの照明を消す。
岩を侵食するかのように、青緑色のレンガが積み重なっている。このレンガに付いているのは、ヒカリゴケだ。これだけあれば、明かりはいらないだろう。
岩山くらい大きなイソギンチャクのような怪物が、海底神殿の前を塞いでいた。
「触手に続いて、また触手のようですねわ」
「デカいですね」
ヤツは、ここの門番ぽい。
大型イソギンチャクを率いているのは、貝殻ビキニを着たセクシーな魔法使いだ。
「フワルー先輩?」
「いえ、あんなに真っ平らではありませんわ」
「えへへ。そうでしたね」
たしかに、頭がアンモナイトの形だもんね。触手が髪の毛になっているし。
貝殻のビキニといえば、先輩って刷り込まれちゃっていたよ。
ビキニ魔法使いは、キンキラの杖を持っている。ただの杖のようだが、よく見ると先端が鍵の形をしている。この神殿の鍵は、アイツが持っているのか。
「我が名はスキュラ。セイレーンを倒した程度で、いい気になるでない。ここはカリュブディス様の神殿。見逃してやるから、立ち去りなさい」
貝殻ビキニの魔女スキュラが、杖を掲げた。イソギンチャクが、爬虫類の頭をしたマッスルな男たちを吐き出す。
「あれは、リザードマン?」
リザードマン族なら、冒険者の中にもいたよな。冒険者が、敵対した?
『ナーガ族だよ! リザードマンの中で、蛇神に魂を売ったヤツらさ!』
サハギンより、戦闘向けの種族らしい。
『あの魔法使いは、アタシ様にやらせなよ』
レベッカちゃんが、戦いたがっている。
「わかりました。わたくしはクラーケンで、散々暴れましたので。トートさん、八番を」
クレアさんが、トートに指示を送る。
トートが魔剣から取り出したのは、二刀流のサイだ。
ナーガ族か。武器は矛と、サハギン共と変わらない。しかし、スパルトイ軍団やゴーレムが束になっても、軽くいなしている。
「それ!」
わたしは横薙ぎで、魔物の胴を払おうとした。
しかし、ナーガは矛で剣を止める。
「炎の剣が、通らない」
『矛を、水の膜で覆っているのさ!』
レベッカちゃんのいうとおり、戦闘力はサハギンよりは上のようだ。群れで襲ってくるサハギンよりは、個体数が少ない。そこが狙い目か。
「だったら、【原始の炎】を」
ちょっとだけ全力で、戦ってみることにした。
レベッカちゃんに黒い炎をまとわせて、水の膜を無視して攻撃する。
矛もろとも、ナーガを切り捨てた。
しかし、ここで属性無視攻撃を仕掛けても、魔力ムダ遣いだ。属性貫通がちゃんと通るならば、よし。あとは、普通の火炎属性攻撃で叩く。
もう一体のナーガに、レベッカちゃんで打ち込み続ける。
こちらが大振りなこともあって、なかなか攻撃が当たらない。
だが、そこが狙い目だ。
「いいの? 火属性をずっと防御し続けて。そしたら」
矛から溢れている膜の勢いが、徐々に弱まってきた。
「こちらの火炎は、無限だ。そっちは魔力で、ずーっと水を張り続けなきゃいけない」
水の膜が失われた矛は、とうとうレベッカちゃんの一撃で溶ける。
「道を開けなさい!」
ナーガを袈裟斬りに仕留めて、レベッカちゃんと身体を交代した。
『さあ、魔法使い。攻撃開始といこうじゃないか』
「バカを言うな。いったいどれだけのナーガが、カリュブディス様のためにその身を捧げたと思っているのか」
『アタシ様の後ろを、見てみなよ』
クレアさんが、ナーガをすべて殲滅している。トートに、サイを収納させていた。
『バカ野郎は、あんたの方だったね?』
「愚かな。愚鈍な魔剣ごときに、このスキュラが遅れを取るものか」
鍵型の杖を振り回して、スキュラがイソギンチャクに指揮を送る。
無数の触手が伸びて、レベッカちゃんに襲いかかってきた。
『切って捨ててもいいけど、ここは新技のお披露目と行こうかね。【ヒートウェイブ】!』
レベッカちゃんが、魔剣の先を地面に突き刺した。彼女を中心に、炎の衝撃波が駆け抜ける。
衝撃波によって、無限とも思えた触手が炎を上げてしなびていく。
『もういっちょ、ヒートウェイブ!』
今度は、イソギンチャクの密集する山に、剣を突き刺す。
『――からの【誘爆】!』
炎の衝撃波と誘爆によって、イソギンチャク自体も干からびていった。
『あとはあんただけだよ。貝殻ビキニ!』
「ちい!」
レベッカちゃんのヒートウェイブを、スキュラは杖で弾く。氷魔法で障壁を張ったか。
これは、ナーガ族のようにはいかない。魔力が高すぎる。
『クソが。原始の炎を舐めるんじゃないよ』
「待って。考えがある」
わたしは、レベッカちゃんに障壁を壊す方法を教えた。
『いいねえ』と、レベッカちゃんは左腕の手甲を曲げ伸ばしする。
『やっておくれ』
魔剣を短く圧縮し、手甲に差し込む。
「錬成!」
ザラタンの甲羅でできた手甲が、炎に包まれた。
レベッカちゃんが、スキュラに炎の拳を叩き込む。
またスキュラが、氷の障壁を作って防ごうとした。
その氷ごと、レベッカちゃんは拳で突き破る。
火炎をまとった左拳が、スキュラのドテッ腹にめり込んだ。
スキュラは炎に包まれて、ドロップアイテムと鍵を残してチリになる。
『原始の炎に、こんな使い方があったとはねえっ!』
また手甲から魔剣を引き抜き、レベッカちゃんはわたしに身体を返した。
「鍵をゲットですわ」
門の穴に、クレアさんが鍵を差し込む。
「おお。海底神殿というから、てっきり内部も水だと思っていましたが」
内部に、海水が入り込んでいない。
『そのキーを使って中に入らないと、神殿内が水浸しになる仕組みなんだろうね』
謎仕様によって、わたしたちは神殿に入れたようだ。
まあ魔剣レベッカちゃんを拾ったダンジョンも、人によってランダム化するダンジョンだったし。
神殿の内部は、エントランスが拡がっている。気になったのが。
「キャルさん、あれ」
クレアさんが、壁の一部を指差す。
そこは、明らかにショップである。長いこと開けっ放しだったのだろう。入り口を開けようとしたら、ドアごと取れてしまった。中に入ると、マジックアイテムを売っていた形跡が。
「お店がありますね」
空き店舗は、神殿内部に点在していた。今は誰もいないが、人が商売をしていた形跡がある。
元々地上にあったお店を、どうにか経営を回そうとしていたのか。
神殿という割に、俗っぽい。
「ここは元々、地上と海底を結ぶ、地下都市だったのかもしれません」
モンスターごと海に沈められたが、なんとか生活しようと思ったのか。だから、トンネルを掘って、地上と関わりを持とうと。
「モンスターがいないので、ここで錬成しちゃいましょう」
神殿にアタックする前の、準備を行う。
「ところで、キャルさん。スキュラからは、なにを手に入れたんですの?」
「それがですね……」
わたしは、貝殻ビキニを差し出す。他には、アンモナイト型の帽子だ。
「まあ。キャルさん、それは、使い物にはなりませんわね」
「だと思うでしょ?」
わたしは、冒険者証の機能である、【アイテム鑑定】を実行した。
[貝殻ビキニ:
古代の魔王カリュブディスの魔力が詰まった水着。水属性の魔法を強化する。水属性の攻撃を弾く効果がある。ただし全身をカリュブディスに侵食されるため、魔王の命令には逆らえなくなる]
呪いのアイテムだったのです。
このアンモナイト帽子も、鑑定してみる。
[叡智の帽子:
カリュブディスの叡智が詰まった、巻き貝状の帽子。魔力を増強し、古代からの強力な魔法を扱える。ただし、術師はカリュブディスに忠誠を誓うことになり、正気を失う]
魔術師垂涎のアイテムだが、呪いと差し引きするとイマイチのようだ。
つまり、ごうつくばりの魔法使いが、うっかりカリュブディスの呪われたマジックアイテムを装備してしまった。
結果、モンスターに変えられたわけだ。ここの神官に、されていたのかも。リスクを考えない、魔法使いの末路である。
「ウカツに、アイテムを触れませんわね」
「多分。魅力に取りつかれて、身に着けてしまいそうになるでしょう。装備したくなくても」
うん。手甲をはめていて、よかったよ。
「素手で触っていたら、わたしもどうなっていたか」
『心配ないさ。アタシ様を装備していたら、【呪い焼き】のスキルがあるからねえ』
呪い焼きとは、文字通り呪いを逆に焼き払ってしまう効果だ。
「そのスキルさ、呪いを破壊する代わりに、アイテムも消滅するじゃん」
『まあ、そうなんだけどさ』
ガハハ! とレベッカちゃんが笑う。
さて、どうしたものか。威力はそれなりに魅力的だが、現状だと捨てるしかない。こんなところでビキニになるのも、おっくうだし。
「錬成によって、効果だけを取り除くことはできませんの?」
ほほう。それは盲点だった。
「できるのかなぁ。効果はどっちがほしいです?」
「威力が上がる方を」
ビキニかい。
「ワタクシは、キャルさんより火力が乏しいので」
クレアさんの方が、なんでもできて器用なんだけどね。
「じゃあ、わたしは帽子の方をいただきますね。新しい魔法には、興味があるので」
廃墟ショップのスペースを借りて、錬成の準備を始めた。
「呪いを打ち消す系のアイテムって、何にしよう?」
『サンゴで、髪飾りにでもしちまいな』
「それだ。錬成!」
サンゴ型の魔法石と組み合わせて、小さいホタテ貝の髪飾りを作る。
わたしは、小さい巻き貝型の飾りを、髪に取り付けた。
「効果は下がるけど、恩恵は受けられますよ」
「ありがとうございます、キャルさん」
準備も整ったので、海底神殿の探索へ。
「ナーガですわ」
クリスさんは、八番のサイを柄頭同士で繋げた。身の丈ほどある、長物に変える。ナーガの三叉戟をサイでさばき、心臓へ一撃を喰らわせた。見事な使いこなしだ。
「サイの威力が上がっていますわ。髪飾りのおかげでしょう」
魔剣の威力も、上げてくれるのか。
わたしの古代魔法って、なんだろう?
「もう一体、ナーガがきますわ」
じゃあ、あれで試してみよう。
「古代魔法! って、うわお!?」
手甲の表面に、イソギンチャクが寄生した。
イソギンチャクの触手が、ナーガを掴む。そのまま地面にビターンビターン! と、ナーガを叩きつけた。
なんちゅうワイルドさなんだ、古代魔法ってのは。
「キャルさんの手甲が、ザラタンでできているからでしょう」
「たしかに、そうかもです」
貝とかイソギンチャクがひっついてる甲殻類って、いるもんね。
「ヤトさんとリンタローさん、お二人が無事だと、いいのですが」
あの二人は、錬成とか持っていないもんね。持久戦になったら、難しいかも。
「フワアアア~♪」
懐かしい歌声が、神殿の中に響き渡った。
セイレーン!?
「どうして。あれは、クレアさんが倒したはずですよね?」
クレアさんも、首を振る。
「とにかく、行って確かめましょう」
歌が聞こえる方角へ、わたしたちは走った。
*
リンタローは、魔王の座にまでたどり着く。
木の枝で適当に道を選んだが、近道を引いたようだ。なんのトラップもなく、仕掛けも大したことはなかった。
キャラメ・F・ルージュとクレア姫は、ババを引いたに違いない。
「この魔王カリュブディスの神殿、最奥部までたどり着くとは」
対するは、上半身が女の裸体で、下半身が蛇の魔王である。
「妖刀を返しなさい。あれは、あなたには過ぎた代物」
ヤトが腕を伸ばして、魔王に語りかける。
「返せだと? 妖刀【夜巡斗之神】は、余の復活に必要なもの。あれで地上人たちの血を吸い、今度こそ完全なる復活を遂げるのだ」
ヨグルトノカミ……その言葉を聞いて、ヤトが殺気立った。
隣に立つリンタローでさえ、身震いするほど。
「ここにあった。ヨグルトノカミが」
かつて、ヤトの先祖を絶滅させた妖刀が、ここに。
流れ流れて、こちらに辿り着いたか。妖刀が、この地を選んだのかはわからない。
しかし、たしかに仇はこの神殿に存在している。
「言ってわかってくれるような相手じゃ、ないでヤンスよ」
「なら、怪滅竿で語ることにする」
ヤトは、妖刀である釣り竿を振り回した。
死神の鎌のような剣先が、魔王に向かっていく。
だが魔王は、妖刀ケモノホシザオを、腕を払っただけで弾いた。
「この程度か。東洋からこちらに流れてどれだけの月日が流れたかは知らぬが、東洋の使い手は、ここまで弱く――」
「終わった」
「なんと……!?」
魔王の身体が、バラバラになる。
「やはりあなたは、この武器の本質をわかってなかった」
妖刀ケモノホシザオの刃は、釣り竿と鎌をつなぐ水氷なのだ。
仕掛けを理解しているリンタローも、驚きを隠せない。
本気になったヤトの攻撃は、リンタローでさえ追いかけられないのだ。
魔王の体内から、一振りの飾太刀が現れる。
あれこそ、ヤトの一族を血に染めた妖刀だ。
「魔王が、再生するでヤンス!」
リンタローは、思わず声を上げてしまう。
その行為が、ヤトを愚行に走らせた。
魔王が再生する直前、ヤトはとっさにケモノホシザオを引いて妖刀を回収する。
いかん! とリンタローが思ったときにはもう遅い。
妖刀を手にした瞬間、ヤトの雰囲気が変わった。
同時に、魔王の肉体は崩れ去る。
「気を確かに! ヤト!?」
主に近づこうとした途端、リンタローはヤトに蹴り飛ばされた。
「妖刀に、魂を奪われたでヤンスか!」
あれだけ注意を払っていたのに、妖刀がヤトへ憑依するのを許してしまうとは。