魔物が、この街で造られた車を輸送船ごと奪っていったという。

 車の動力装置は、船の高速化も可能にする。もし奪われたら、戦力ダウンは避けられない。

「やっつけに行きます」

「よろしいのかね?」

「お任せください。これでも冒険者なので」

「ありがたい。ではよろしく頼むよ」

 わたしたちは、財団から近い停泊所へ。

 マナボードが二つ、置かれている。

「水陸両用の、戦闘用マナボードです」

 このマナボードを使えば、低速の船より先に現場へ到着するという。

「参りましょう、キャルさん」

「うん!」

 わたしとクレアさんが、ボードに乗り込んだ。簡単な操作法を学ぶ。杖に魔力を流し込んだら、勝手に動くらしい。

「ただ、これは冒険者用でも、実験用です。道路の魔力石の恩恵を受けられません。そのため膨大なマナが必要で、並の冒険者でも――」

 説明を終える前に、クレアさんがボードをぶっ飛ばしていった。

 風圧で、シューくんのメガネがズレる。

「あの人は、特別なんですよ」

「ボードであそこまで加速できた人なんて、始めてみましたよ」

 呆然とした顔で、シューくんはクレアさんを見送っていた。

「お気をつけて」

「はい。じゃあ先輩は、シューくんを守ってて」

 フワルー先輩が、うなずく。

『キャル! アタシ様たちも、ぶっ飛ばすよ!』

「OK!」

 クレアさんに追いつくため、猛スピードでボードを飛ばす。

 敵は、先程のサハギンたちだ。車を積んだ輸送船を、えっちらおっちらと運んでいる。彼らは、海の上を歩けるようだ。船を必要としていない。

 先導しているのは、やはりセイレーンである。

『あのアマ、歌を使ってサハギンたちの筋力を強化してやがるよ!』

「急いで、倒さないと」

 その前に、クレアさんに加勢しないと。

 もうクレアさんは、サハギンと戦っていた。
 腕を上下させ、袖からナイフを飛ばす。

 眉間にナイフを受けて、サハギンが海へ沈んでいく。

 クレアさんは足からも、ナイフを飛ばした。

「いつの間に、シューくんのナイフ飛び出し装置を?」

 すぐにシューくんの発明品に、順応している。足にも装備できるって、どうしてわかったんだろう? わたしでも、気づかなかったよ。

「天才すぎて、参考にならないよ」

 もはや、なにを装備しても強い。

 手は杖を掴んでいるままなので、飛び出しナイフが最適だ。クレアさんは、それにいち早く気づいていた。洞察力も、すごい。

「どんな場数を踏めば、あそこまで強くなれるんだろう?」

『決まってんだろ。こっちも場数を踏めばいいのさ!』

 そんなあっけらかんと、解答されても。

『こっちにも敵が来たよ!』

 気を取り直して、戦闘に集中する。

「フワアアアア~♪」

 サハギンのボスであるセイレーンが、兵隊に指示を出す。
 半魚人の尖兵が、矛を持ってわたしに襲いかかってきた。

『身体をよこしな、キャル!』

「うん! お願い!」

 レベッカちゃんに、わたしは身体を預ける。

 わたしの髪が、燃え盛るオレンジ色に変わった。

 サハギンが、三叉の矛で突き刺しにかかる。

『トロいんだよ!』

 足で杖を操作しながら、レベッカちゃんは矛を体を捻っただけでかわす。カウンターで、胴体をぶった斬った。

 真っ二つになったサハギンが、燃えて炭化する。

 レベッカちゃんはもう一体のサハギンを、脳天から真一文字に切り捨てた。

 クレアさんも天才だけど、レベッカちゃんも大概だね。違うベクトルで、異常に強い。

「ホワアア~♪」

 セイレーンが、仲間を呼ぶために歌う。

『もう、あんただけだよ!』

 味方のサハギンは、船を動かしているヤツラ以外は全部、クレアさんが倒している。

「クレアさんは船を! こいつは、わたしが倒します!」

「お願いしますわ!」

 よし。任されたよ!

『どらああ!』

 セイレーンに、レベッカちゃんが切りかかった。

 水面から突如、巨大カニが伸びてくる。

 レベッカちゃんの剣が、カニのハサミに阻まれる。

 一〇メートルはあるカニが、浮上してきた。亀の甲羅に、セイレーンを載せている。

『こいつは、ザラタンだね!』

 亀の甲羅を持つ、カニの怪物だ。

『ザラタンごときに、このレーヴァテインが負けるとでも思ってんのかい?』

「ホウアアアア~ッ!」

 挑発を受けて、セイレーンの歌声がより一層強くなる。

 セイレーンの魔力が、ザラタンに行き渡っていった。

 ザラタンの甲羅が、さらに膨らみを増す。強烈なフックが、レベッカちゃんに襲いかかってきた。

『いいねえ! 力比べといこうじゃないか!』

 レベッカちゃんが、なんと片手でザラタンのハサミを掴んだ。

『この程度かい、バケモノ! ザラタンってのは、もっととんでもない握力で、獲物を挟むんじゃなかったかい?』

 ピリピリと震えながら、ザラタンはハサミでレベッカちゃんを圧殺しようとする。その表情からは、怯えの色が見えた

 レベッカちゃんは涼しい顔をしている。

 ザラタンのハサミに、ヒビが入った。

『さっきの一撃でハサミを砕いたことに、気が付かなかったようだね』

 とうとう、ザラタンのハサミが砕ける。

 その瞬間、レベッカちゃんは刀身に黒い炎をまとわりつかせた。

『さあ、受け止めてみなよ!』

 レベッカちゃんが、黒い炎を振り下ろす。セイレーンごと、ザラタンを切り裂いた。

「ホアアアアア~!?」

 腕を切り落とされて、セイレーンは退散した。

『しぶといねえ』

 レベッカちゃんが、変身を解く。

 ドッと、疲れが身体を包んだ。

『あのヤロウ、アタシ様が放った最初の一撃を、まともに浴びたからね。【原始の炎】の効果があるのを知らずに』

 原始の炎は、物理的な防御さえ破壊する。おっかねえ……。

 輸送船の方は……無事か。

 船が、元の進行方向へ向かう。どうやら、救出任務はうまくいったようだ。

 冒険者たちを乗せた船が、輸送船の後を追った。船の警備は、彼らに任せておけばいいだろう。

「キャルさん、一〇時の方向です!?」

「む!? あわわ! とっとっと!」

 わたしは、一〇時の方向から攻撃を受けた。

 サハギンが、水中に隠れていたのか。

「何事!?」

 とっさによける。

 サハギンの身体に、見えない糸に絡みつく。

 釣り上げられたサハギンが、糸によってバラバラに。

 わたしがいた場所に、氷が張っていた。ここは、南の国だってのに。

 攻撃してきたのは、氷でできたデカい釣り針だった。

 釣り針が、見えない力に引っ張られていく。

 見上げた先にあったのは、小さな竜巻だ。

 竜巻の上には、白い着物を着た少女が乗っていた。少女は、手に釣り竿を持っている。先に大きな釣り針が乗っかっているため、魔法使いの杖のようになっていた。

「やーっと、追いついたでヤンスよ」

 緑色の服を着た東洋風のエルフが、別の小さい竜巻に乗りながらこちらを見ている。

「さっきの攻撃でヤンスが、礼には及ばないでヤンスよ。実際、あーたの方が早かったでしょうに」

 たしかに、わたしはカウンターの準備ができていた。その前に釣り針と糸が、相手を細切れにしたくらいで。

 白い着物の少女も、「助けてやった」という印象を出していない。ただ、「降りかかる火の粉を払ったに過ぎない」といった、冷静さを持つ。

「申し遅れました。こちらは、【魔導師(ウィザード)】のヤト。ソレガシは天狗(イースト・エルフ)の【戦闘僧侶(バトルプリースト)】で――」

「リンちゃん、見つけた。魔剣【レーヴァテイン】を」

 天狗が自己紹介をしようとした途端、ヤトという少女が話をぶった切った。

「最後までしゃべらせるでヤンスよ! とにかく、お手合わせ願いますかねえ?」

 リンちゃんと呼ばれた天狗が、風を起こして海に波を立てる。

 そのままわたしたちは、街から少し離れた小島まで流された。

「ここなら、邪魔は入らないでヤンスよ。あなたの力は、わかっているでヤンス。どうせ、ザラタン程度では話にならないことくらいは!」

 この人、本気でわたしたちと戦う気である。

「ヤト・ザイゼン及び、リンタロー・シャベ。推して参るでヤンス!」