習ったわけじゃないのに、わたしは魔剣をクルクルと回し、構え直していた。

[キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、レベルアップしました。ステータスを割り振ってください]

 なんか、魔物を倒してわたしのレベルが上がったっぽい。

 こっちはステータス振りなんて、やっているヒマがないよ。

 スライムのときもそうだったけど、ゴブリンを一匹倒しただけでレベルがアップするなんて。わたしって、どんだけ魔物との戦いを避けていたか、っての。

『次が来るぞ、キャル』

「わかった!」

 続けざまに、襲ってきたゴブリンをスパスパーっと切り捨てる。

「はっ! てやあ!」

 近づいてくるゴブリンを、ダッシュ切りで斬り捨てていく。盾もなにも持っていないのに、真正面からだ。

 ゴブリンに側面から、棍棒で殴られそうになった。

 瞬時にわたしの手は、魔剣を逆手に持ち替える。敵の棍棒を、柄頭で弾き飛ばした。同時に、ゴブリンの首をはねる。

 悲鳴を上げる前に、モンスターは黒い灰と化す。

「これ、わたしがやっているの?」

 グレートソードほどのサイズがある剣を、わたしは片手で操っていた。初心者なら、両手で持つくらいの重さと分厚さなのに。わたしがやったら、自分の手を切断してしまうね。

『そうだ。お前の脳に作用して、使い方を叩き込んだ。あとは、お前の体力次第ってところだな』

 それだと、すぐに息切れしそうなんだけど?

『案ずるなって。アタシ様には身体強化魔法がセットされていている。体力増強バフもかかっている。あとは戦闘で経験を積み、体力を上げていけばいいのさ』

 それまでは、レベッカちゃん自身の戦闘技術に任せるか。気が遠くなりそうだけど。

 それ以降、何度もレベルアップの通知が来た。しかし、すべてスルー。そんなステータスポイントの割り振りをする余裕なんてない。

「どんくさそうなムチムチ女だと思ったら、予想外に強いギャ!」

 背後から、ゴブリンに斬られそうになった。

 わたしはバク転し、剣を持ったゴブリンの背後に回り込む。背中から剣を突き刺して、魔物を打倒した。

 前転をやっても、わたしはコケちゃうのに。

「ウギャー!」

 魔物が武器を落とし、灰になっていく。

『集団で襲ってくるヤツらの戦略、歩幅、間合いの取り方もちゃんと学ぶんだ。まともな戦闘経験がなければ、錬金でいい魔剣も作れないぞ』

「わかったよ!」

 レベッカちゃんの指導は、スパルタ気味だ。しかし、的確である。

 わざと攻撃を受け止めて、ゴブリンの腕力を確かめた。

 ゴブリンの力や動きは、初心者の冒険者とあまり遜色がない。
 
 それでも、力がないわたしからすれば脅威だ。

 レベッカちゃんの身体強化魔法がかかっていなかったら、腕が折れていたかも。

 レベッカちゃんの力に頼らなくて済むように、ちゃんと鍛えていかないとね。

「あ、逃げていった」

 ゴブリンたちが、一目散に散っていく。

『今の集団じゃ勝てないと思って、援軍を呼んだんだろう』

「ヤバイんじゃない?」

『いや。今のうちに、どういったビルドにしていくか考えよう』

 また、戦うのか。

 しかしこの戦いは、魔剣を持った者の宿命だ。どうせ戦わないと、このダンジョンからは脱出できない。
 
 甘んじてその宿命、受けようじゃないか。

「はああああ」

 剣を置いて、一息つく。

 ゴブリンが、ポーションをドロップしていた。

 ポーションを、グイッと飲み干す。スタミナが、ある程度回復したのを感じた。

「さて、どうしようかねえ」

 わたしがどれだけ強くなろうと、戦闘力はレベッカちゃん頼みだ。自分は、頑丈な身体にしておくか。

 武器の強化にも興味があるが、まずは自分が強くならないと。

「体力が上がったからかな? アイテムボックスの容量が、上がったね」

 これで、結構な量の荷物を持てるように。

『しかしあんたは、錬金術師を目指すんだろ? 知恵にも多少振っておいたほうがいいか?』

「ダンジョンを出たら、考えるよ。しばらくは、学術書に頼ろうかな。死んだおばあちゃんの書籍もあるし」

 当分は、虎の子の知恵袋に頼るとする。

 わたしって、人に頼りっぱなしだな。早く、一人前にならないと。

 なので、スキルは戦闘系ではなく、錬成の方に。

『援軍のお出ましだよ』

「何度来たって、同じなんだから!」

 わたしが言うのも、なんだけど。

『自信を持ちな。レベル五程度なら、並のゴブリンともタメだ』

 レベッカちゃんの言うとおり、わたしでも対応できる。

 しかし、そうも言っていられない個体が。赤い肌を持つゴブリンが、剣と盾を装備して現れる。

「ゴブリンチーフだ」

 通常のゴブリンを束ねる、ボス敵の存在らしい。

「何が来ても、やってやる!」


 わたしは、剣を振り下ろした。

 しかし、鉄製の盾に阻まれる。

 こちらがいくら攻撃しても、ジャストで受け流された。うーん、動作がきめ細かい。

『完全にタンクタイプだな。防御一辺倒だ。自分は攻撃を受けて、手下に攻撃させるタイプのようだね』

 相手は攻撃に慣れていないのか、わたしに向けての攻撃しても、スカばかり。とはいえ、こちらの攻撃も止められる。

『初期スキルを使う。【エンチャント:火炎属性】!』

 レベッカちゃんが、炎を帯びる。

『キャルッ! そのまま、ゴブリンを斬ってみな』

「うん! やあ!」

 ゴブリンに向けて、突き攻撃を仕掛けた。

 またゴブリンチーフが、盾を構える。

 その盾ごと、レベッカちゃんはゴブリンを貫いた。

 盾だけを置いて、ゴブリンチーフが灰になっていく。

「ふううううう」

 どうにか、ゴブリンの群れを撃退し終えた。

 どこからともなく、チープな音源のファンファーレが。

[魔剣【レベッカ】のレベルが上がりました]

 レベッカちゃんのステータスを見ると、二に上がっていた。

『ゴブリンチーフを倒した程度で、二も上がれば上等か』

 新しいスキルがないか、見せてもらう。

「なにもないね」

『【身体強化】が、上がるくらいだな。アンタが強くなるなら、いい』

「もっとレベッカちゃんを強化したいかな、わたしは」

 わたしは自力で、レベルが【六】になっている。

 とりあえず、体力に振っておこうかな。本当は魔法系に振って、レベッカちゃんの加工に全力を注ぎたいけど。
 わたし自身が強くならないと、魔剣にも影響が出ちゃうもんね。

 他のアイテムを漁る。ほとんどが角や爪程度で、たいしたアイテムは落ちていない。

「剣と棍棒くらいだね」

 換金するにしても、銅貨数枚程度にしかならないだろう。

『こいつも吸おう。魔力の足しにする』

 魔剣は他の装備品を吸収することで、パワーを上げられるそうだ。

「すごいね。アイテムを吸収して、自分の力にするなんて」

『たいして能力アップにはならんが、ないよりはマシだ』

 少しでも、強度や切れ味を上げていく。

『さらに敵だ。左方向に、ホーンラビット』

 巻き貝型の角を生やしたウサギが、こちらに向かって飛んできた。

「おおぅい!」

 かわいい見た目に騙されそうになったわたしは、我に返る。

 ラビットはゴブリンの爪や骨を、ガリッといただいていた。魔力の残滓を、取り込んでいるのだろう。

 そうだ。ここはダンジョン。
 敵はわたしを、ただのエサとしか思っていない。
 ましてわたしは、強力な魔剣を所持している。

 レプリカと自称するが、レベッカちゃんは高い魔力を秘めているのだ。

 魔物にとって、魔剣はごちそうに違いなかった。

「レベッカちゃんは、食べさせないよ! 取れるもんなら、取ってみろ!」

 自主的に剣を構え、ラビットを迎え撃つ。

 再びラビットが、驚異的な瞬発力でこちらに突撃してきた。

「にょわう!」

 できるだけ自力で、剣を振るう。

 だが、あっさりとかわされた。

 剣を踏み台にされるなんて。

『アタシ様を足蹴にするなんてね。覚悟はできているみたいだ』

 再びレベッカちゃんの人格が、わたしの人格を上書きする。

 再度突撃してきたラビットを、力で叩き潰した。斬るのではなく、殴打でラビットを倒す。

『逆に食ってやろう』

 ラビットの角をゲットし、レベッカちゃんの素材に。

 お肉は、わたしの胃袋に収めることに。潰したから、柔らかいお肉になっているはず。

 ナイフを使ってウサギの血を抜き、肉をさばく。骨付きで焼くと、おいしいんだよね。

『器用だな』

「母型の家系が、料理人なんだよね」

 肉や野菜の下ごしらえは、任せてもらいましょ。

 といっても、焚き火できる場所がない。火起こしの薪もないよね。ダンジョンでは。

『こういうときこそ、アタシ様よぉ』

 レベッカちゃんの刀身の上に乗せて、ラビットの肉を焼く。

 剣をバーベキューの鉄板に使うなんて、わたしくらいじゃない?

 けれど、まずはベジファースト。カットとうもろこしをパクリと。コーンは野菜じゃねえ? うるさいんです。

 いよいよ、メインだ。ホーンラビットの命を、滴る脂とともに口へ放り込む。

「やっぱり味気ない」

 ガマンしていたけど、やっぱ塩コショウだけだと物足りない。味が微妙だな。
 田舎でおいしいものを食べてきたから、こういったサバイバルメシにも、ちょっとこだわりを持ちたいわけよ。レディーとしては。

 そんなときは、これ! 田舎のばあちゃん直伝のぉ、みかんジャム!

『なんだい、それは?』

「ウチの田舎で採れたみかんを、ジャムにしたんだよ。甘酸っぱくておいしい、だけじゃないよ」

 保存も効くし、調味料にもなる!

「これを、こんがり焼いたウサギ肉にチョボっと」

 で、さらにこれ! ドン!

『なんだい、それは?』 

(ひしお)!」

 ばあちゃんから漬け方を教わった、発酵調味料なり!

『味が、想像できないね』

「いわば、食べるおしょうゆだね」

『しょうゆ……ガルムか。把握したよ。ウチの開発者も、ガルムは使っていたからね』 

 オレンジのジャムと食べるおしょうゆを、お肉の上で混ぜて、付け焼きすれば……できあがりっと!

「おおう、ウサギさんが見違えるほど、うまくなった!」

 これは、ライスが欲しくなる味だなあ。携帯おこげせんべいは、道中のおやつで食べてしまった。長すぎるダンジョンが悪いんだいっ。

『アタシ様に、頼ろうとしなかったな?』

 二枚目の肉を焼きながら、レベッカちゃんが私に聞いてきた。

「死んだおばあちゃんからの、指導なんだ。『道具に頼るだけのヤツは、上達しない』って」

 いい道具を選ぶのは、その道のプロを目指すかも知れない。だが集めているだけの人は、コンプ癖があるだけ。腕前が上達したいわけじゃない、と。

「道具に頼らず創意工夫をして、ちょっとくらいは自分の頭で考えなさい、ってさ」

 最初は意味がわからなかったよ。全部教わればいいじゃん、ってね。

 でも、今はよくわかる。

 レベッカちゃんにばかり、頼り切ってちゃダメだよね。

「クラスに、とんでもない人がいてさ」

『どんなヤツだい?』

「卒業前に、学校に刺さっている聖剣を抜くってイベントがあるんだけど」

『とんでもない勇者探しだね?』

「だよね。でもさ、今年始めて抜けたんだよね。しかも、女子が」

 しかし、その聖剣を見事抜いた人物がいた。ウチのクラス代表だ。

「でも、ヤバかったのはその後なんだよね」

『ソイツが、どうしたんだい?』



「聖剣をへし折ったんだよ。『必要ない』って言って」