わたしたちは、ファッパの街を目指す。

 ウッドゴーレム軍団と、岩風呂を分解して作ったストーンゴーレムを引き連れている。

「このゴーレムさんたち、すごいですわ。キャルさん」

 ゴーレムたちのおかげで、多少の魔物たちは蹴散らしてくれた。たいていの魔物は、ゴーレムが殴り飛ばすだけで吹っ飛んでいく。

「魔物って、強い相手でも平気で襲ってくるんだね」

『基本、バカだからね。強い魔力を放っているやつに、食おうと思って向かっていくのさ』

 レベッカちゃんが、ゲラゲラ笑う。

 魔物は常時、強い魔力を求めている。修正として、魔力に引かれざるを得ない。【威圧】でもかけないと、襲いかかられ放題なんだとか。

「かけとこか、威圧?」

 馬車を引くフワルー先輩が、幌の向こうから声をかけてきた。

「いえ。ゴーレムたちの熟練度アップに、このままで」

「めんどくさなったら言うてや」

「はい。ありがとうございます。フワルー先輩」

 わたしがいうと、先輩は正面を向き直る。 

「クレアさんは、大丈夫でしたか?」 

「スパルトイさんたちが、がんばってくれました。サボる子たちもいるのが、意外でしたね」

「その子たちは、観察と遊撃。現場の把握と、他の子たちのサポーター要員です」

 手が開いている子たちがいないと、不測の事態に適応できない。エリートだけで構成すると、「自分たちが絶対に正しい」と思考が固定化して、組織が腐るって両親から聞いたので。

「キャルさんのご両親って、どんな方たちですの?」

「温かい人ですね。わたしが都会に出たいって言っても、ふたつ返事でOKをくれました」

 わたしが未熟だとはわかっていたが、だからこそ家においておかなかった。身内の恥は、甘んじで受けようと考えているらしい。

「だから、わたしが大失敗したら、ウチの家庭が笑われます」

「それはそれで、大変ですね」

「ですから、こまめな鍛錬が必要で……できました」

 わたしは、クレアさんに錬成したアイテムを渡す。

「キャルさん、これは? ヒクイドリの羽根のようですが?」

「【幸せの羽】っていうんです」

 ヒクイドリの羽根は、マジックアイテムのドロップ率を上げる。

 これを持っていると、いいアイテムが出やすい。

「これをアクセにしました。胸に挿して、お使いください。こんな感じで」

 実は、わたしもつけている。

「ありがとうございます。キャルさん。お揃いですわね」

「そうですねぇ」

 わたしはその後も、錬成を続ける。

 四割方は失敗して、できの悪い品になる。別の素材と組み合わせて良品に錬成すればいい。別に素材がムダになるわけじゃないし。

 ファッパの街につくまで、できるだけ上達しておきたいが。
 



 
――幕間 氷の魔術師と、天狗(イースト・エルフ)


 キャラメ・F(フランベ)・ルージュ一行がファッパの港に向かって、一週間後のことである。

 トリカン村の冒険者ギルドに、一人の少女が入ってきた。

「なにかしら?」

 エルフの受付嬢は、カウンター越しから少女へ呼びかける。

 その少女は、白かった。髪も、着ている東洋の着物も。武器は持っていない。冒険者でもなさそうだが。 

「依頼? それとも仕事をしたいの?」

 受付嬢は、少女に語りかける。

 しかし、少女は困った顔をしたままで、何も言おうとしない。

 観光客でもなさそうだし、どうするか。

「ごめんくださいまし~」

 浅葱色の着物を着た人物が、カウンター前に突っ立っている少女を押しのける形で割って入った。黒髪ロングのエルフである。

「ソレガシの名は、リンタロー・シャベと申すでヤンス」

 リンタローというエルフが、名刺を差し出してきた。

東邦国(トウホウコク) 【ハナノモリ】調査団 団員 舎辺(シャベ) 麟太楼(リンタロー)』と書かれている。

「あなた、女性なのね?」

 名刺を見ると、性別も書かれていた。

「イエスでヤンス」

 彼女のようなエルフを、世間では天狗(イースト・エルフ)と呼ぶ。

 天狗のリンタローは、布で包んだ杖のような長物を背負っている。

「ソレガシたちは、旅のものでヤンス。こちらは冒険者の、夜刀(ヤト)・ザイゼン。ソレガシは、ヤトに仕える天狗(イースト・エルフ)でヤンスよ」

 ヤトと紹介された少女は、ブンブンと首を縦に振った。だが、それ以上言葉を発しない。人見知りなのは、本当のようだ。

「その包は、なに?」

「釣り竿でヤンス。川釣りで、飢えをしのいでいるんでヤンスよ」

 それにしても、天狗を連れているとは。

 天狗は、自分たち以外の種族を見下している人種だと聞く。人との接触は避けるはず。こんなに人懐っこかっただろうか? 

 冒険者ギルド界隈でも、このようなタイプの天狗は見たことがなかった。

「本当は、こちらにまっすぐ立ち寄ろうと思っていたでヤンスが、北にあるオークの巣に魔剣があるってウワサがありましてね。狩りに行ったでヤンスよ。空振りだったでヤンスが」

 どうもこの二人は、魔剣を求めて旅をしているらしい。東洋から派遣された、調査隊らしい。

 魔剣といえば、ヒクイドリの巣に現れたオークロードが所持していたというが。伝えていいものだろうか。

 ヤトたち二人が話しているのは、その魔剣のことだろう。

「わかったわ。それで、どういったご用件で? 魔剣関連かしら?」

「こちらに、魔王が出没したと」

 魔王? そんな存在なんて、ここにいただろうか?

「この地帯に、突然魔王城がドーン! って建ったそうなのですが?」

 エルフや他の冒険者たちは、一斉に「あー」と答える。

「なにか、知っているでヤンスか?」

「一週間前に、出ていったわ」

 村に住む中年女性が、ファッパの方角を指さした。

「でもあの子たち、全然危ない気配はなかったわ。ウチの野菜を収穫してくれたし、いい子たちよ。毎回なにかしでかすから、びっくりするけど」

 中年女性は、キャルの特徴を話す。悪気はない。本当にいい子なんだと、教えたいのだろう。

「ほほーう。で、その女の子は、魔剣は、所持していたでヤンスか?」

「学校の卒業試験で手にした、って聞いたわ」

「そうでヤンスか」

 リンタローは、思案するポーズを取る。 

「ご協力感謝するでヤンス」

「本当に、危なくない子たちなのよ?」

「危険かどうかは――」

 急に、リンタローが真顔になる。

「ソレガシたちが判断するでヤンス。では」

 それだけいって、リンタローたちは手を振った。

「あ、あの……」

 ヤトが振り返って、何か言おうとしている。

「どうなさったの?」

「ごはんを……」

「ああ、夕飯ね。隣に酒場があるから、そちらで食べてちょうだい」

 ペコリと、ヤトが頭を下げる。
 
 

 

「北の村が空振りだったのは痛いでヤンした」

 夜も遅いので、トリカン村にしばらく滞在することに。

 夜刀(ヤト)・ザイゼンが、酒場のチキンカレーうどんを食べながらムスッとする。

「あれはあんたが、北の村のウォッカを飲みたいっていうから」

「それを言うなら、あなたが辛味噌ラーメンを食いたがっていたから、乗ってあげたんじゃないでヤンスか」

 リンタローが、ホットジンのグラスを傾ける。

「ば、ばかぁ……」

 顔を真っ赤にしながら、ヤトがカレーうどんに七味をドバドバかけた。ヤトは氷属性使いだが、辛党なのである。
 カレーうどんを食べているのに、白い着物にはちっともカレーがハネない。

「まったく。あなたもエクスカリオテの魔法学校まで行って、【緊張解除】魔法を受けてくればよかったでヤンスよ。意地にならないで」

「遠すぎる」


「のんびり行くでヤンスよ。村の名産でも食べながら」

「そうも、言っていられない。妖刀が、魔剣が近いって唸ってる」

 リンタローのそばに立てかけてある釣り竿が、意思を持っているかのように震えた。

「【怪滅竿(ケモノホシザヲ)】が、でヤンスか? たしかに、カタカタ言っているでヤンスね。明日にでも、ここを発つでヤンスか?」

「ファッパに、向かったほうがいいかも。かつて我が里を滅ぼした妖刀は、必ず破壊する。そのためには」

 席を立ち、ヤトが包みに入った竿を撫でる。

「魔剣【レーヴァテイン】の力が要る」

 竿が、氷のように冷たくなった。
 
(第二章 完)