――幕間 前日譚
伝説の聖剣を破壊して、夕刻を迎える。
クレア・ル・モアンドヴィルは、校長室に呼ばれた。
「失礼いたします。クレア・ル・モアンドヴィル、参りました」
「ああ、ご苦労さま。あとは、教頭とお話しなさい。私は、失礼するよ」
校長が教頭に鍵を預け、部屋から出ていく。
呼んだのは校長だが、用事があるのは教頭の方か。
「なんでしょう、お母様?」
「ここでは、教頭と呼びなさい。【雷帝】のクレア」
母親のクレイピアが、鼻でため息をつく。母はクレアを心配し、クレアの在学中だけの教頭先生となったのだ。
なんて過保護な。
とはいえ、母が天才なのは本当だ。雷属性と水魔法の【ミックス】ができる。
二つの違う属性をかけ合わせるミックスなんて、クレアですらできない。
また、魔法製造にも長けている。中でも代表的なのは、【リラックス】の魔法だ。雷属性で対象者に電気ショックを与え、水属性で血流を整える。
【リラックス】の魔法を編み出した母は、緊張しぃの生徒に人気があった。
「聖剣を壊した罰なら、しかと受けます」
「わかっています。だから夕方だというのに、まだ制服を着ているのでしょう?」
そこまで、わかっていたか。
「聖剣なら直ったわ。見ていらっしゃい」
「まさか!」
早すぎる。宮廷魔術師でも、一ヶ月はかかると思っていたが。
「でも、付け焼き刃でしょうに。たった半日で聖剣がもとに戻っているなんてもとに戻ってる!?」
思わず、クレアは泉の岩を二度見した。本当に聖剣が、岩に元通りに突き刺さっているではないか。しかも、完全再現されて。
「幻術なのでは、ないですか?」
「ウソだと思うなら、確かめるといいわ」
「再び抜いても?」
「ええ。どうぞ」
母クレイピアが、手で剣を指し示す。
クレアは柄に手をかけて、再び剣を抜いた。
剣の感触は、破壊したときと変わらない。相変わらずの、駄剣。
「その剣をもう一度、折ってみなさい」
クレイピアが、信じられないことを言う。
「ほんとうに、よろしくて?」
「いいわよ。好きになさい」
母の言葉に甘えて、クレアは聖剣を放り投げた。きれいな刀身に、渾身の蹴りを叩き込む。
十分な手応え。魔力の伝達もスムーズだ。これがエクスカリオテ学園歴代最強と謳われ、【雷帝】の二つ名で呼ばれたクレア王女の――!?
「どうして」
だが、今度は聖剣が砕けなかった。
「ワタクシの蹴りを受けても、ヒビ一つ入らない!」
いったい、どういうことだ? さっきは、軽く蹴っただけで一撃で崩壊したのに。
蹴ったときの質感も、まるで違う。
最初に抜いたときは、威厳や威圧感などを感じなかった。しかし、この剣からは絶大なオーラを感じる。
再構成された際に、なにか施された? いや、ありえない。聖剣なら構造も製造過程も複雑なはず。
「ようやく、あなたを聖剣の使い手として認めたようなの」
母の言葉に、クレアは首を傾げる。
「剣を抜いた時点で、ワタクシに資格ありだと思っていましたが?」
「違うわ。聖剣は……『わざと』壊れたの」
信じられない言葉を、母がクレアに投げかけた。
「この剣には、二重のセーフティがかかっていたのよ」
一つは、泉の岩に刺さった状態で、抜けば資格あり。
もう一つは、使っても壊れないかどうか。
「つまりあなたは、あの時点では剣を抜いただけ。扱いに慣れていないせいで、剣はあえてぶっ壊れちゃったのよ」
「――!?」
そうだったのか。どうりで脆いと思っていたが。
「あなたは確かに強い。しかし、聖剣を扱うには、少々傲慢が過ぎたみたいね」
母の言うとおりである。
ここまでの意思を、武器が持っているとは。この聖剣は、ただの強い剣ではない。持ち主の慢心を、見抜いている。
「ワタクシは、この剣を持つ資格がありませんわ」
クレアは剣を、泉の岩に刺し直した。謝罪の意味を込めて、祈りを捧げる。
単に自分は、傲慢だった。
聖剣の本質を知らず、イタズラに否定して。
「母さんが見ていたわ。この剣を直した人物のことを」
「いったいどんな魔法使いが、聖剣を」
「平民の女子学生よ」
バカな! 平民が、この剣を直せるはずが。
「ご冗談を! いくら母親といえど、ジョークがすぎるのではなくて?」
「でも、事実よ」
その子の名前はキャラメ・F・ルージュというらしい。
「修理した生徒は、わかっていたわ。聖剣がどんな思いであなたの攻撃によって壊れたのか」
「あの平民の子には、『モノの感情が、わかる』と?」
「そうよ。だから古臭い錬金術師になんて、なろうと思ったんでしょうね」
文明が発達し、錬金術はほぼオートメーション化している。忘れ去られた技術もあるが、そこまでのオーバーテクノロジーなんて誰も求めていない。
人々が求めているのは、ブランド性である。
「このメーカーなら、丈夫」「この店は格式が高いから確実」
そのブランド志向・バイアスこそ、人は信じていた。
お手軽量産・伝統ブランド志向が両立して当然の時代に、キャラメという少女は剣の声を聞き入れ、古の力を発揮させた。
「その生徒なんだけど、魔王を討伐した勇者パーティにいた、魔女の末裔かも」
そんな人物が、この魔法学校に通っていたとは。
キャラメ・F・ルージュ。彼女ならあるいは、クリスの願いを叶えてくれるに違いない。
*
「キャラメ・F・ルージュさんですわね? ご無事のようでなによりです。さあ、脱出しますよ」
「あ、はい」
セーフゾーンに向かうクレア姫に、ついていく。
ボスを倒すと、セーフゾーンはそのままダンジョンの脱出装置になるのだ。
「お水に触れてください。これでダンジョンから出られます」
「はい。その前に、よいしょっと」
荷物の忘れ物がないか、確認をする。
「ドロップアイテムも、お忘れなく」
「おっと、忘れるところでしたよ」
アイテムをどっさり、持って帰ろうとした。しかし、埋まりそうにない。
「これは、絶対持って帰るとして」
リザードのドロップアイテムが、最優先だ。
武器とか防具とかに使えそうな素材がたっぷり。でも、重すぎる。
あきらめるしかないか?
いや、往復すればワンチャン……でもなかった。
このダンジョンは、一度出るとアイテムの再設定がされるんだったよなあ。
「とんでもないものを、拾い上げましたね」
「ああ、これですか」
わたしは小さいビー玉を、指でつまむ。透明なフォルムは、爬虫類の目みたい。
「【龍の眼 極小】……レアリティは、Cだって」
ちょっといい感じのアイテムだね。
『レアリティCだと? 冗談じゃないよ。そんなのは、すぐにノーマルドロップに上書きされるレベルなのに』
リザードのレアアイテムは、めったに取れないという。普通はノーマルアイテムの、【毒消し草】に上書きされしまうからだとか。
「キャラメさん。あなた、しゃべる剣とお友だちになりましたの?」
クレア様が、ギョッとした顔になる。かなりかわいいんですけど?
「そうなんです。レベッカちゃんです」
あと、自分のことはキャルと呼んでくれと頼んだ。
「ご自身で、名前をつけましたのね? それはそうと、キャルさん。そのアイテムは、すぐにお使いなさい」
「いいんですかね?」
「ええ。今のあなたには、絶対必要なアイテムですわ」
どういった効果が……。
[【龍の眼 極小】
ドラゴンの腕力が、多少備わるだけ。
アイテムボックス無限。重量関係なし]
よし、即採用だ。
「多少」とか「だけ」とかっていっているけど、わたしのようなモヤシ体力には十分すぎる。
「どうすれば?」
「胸に、かざしてみなさい。体内に取り込まれます」
わたしは、龍の眼を抱きしめるように、胸にかかげた。
「うわ!」
龍の眼が、小さいネックレスに。しかも、どれだけ動いても邪魔にならない。身体と一体化したかのよう。
「そのネックレスは一生外せません。それでも、よろしくて?」
「よろしくてですわ」
これで、アイテム容量を心配する必要はなくなった! ドッカンドッカンと詰め込む。
「おまたせしました。帰りましょう」
セーフゾーンの泉に触れた。
身体が、光に包まれる。
ようやくわたしは、ダンジョンを脱出できた。
朝早く入ったはずなのに、もう日が暮れそうになっている。
ダンジョンの入口から学校まで、並んで歩く。
「ありがとうございます、クレア姫」
「いいえ。お礼なんて結構よ。それに、敬語も」
「でも、姫は姫なんで」
敬語を解いて話しているのを見られたら、それこそ他のクラスメイトにどんな目に遭わされるか。
「クレアと呼び捨てになさっても、構わなくてよ。同い年のお友だちなのに、みんな姫とかしこまるんですもの」
「では、クレアさん」
「うふふ、よろしくおねがいします。キャルさん」
ていうか、姫の言葉遣いが元々、敬語なのですわ。
「あれ、でもクレアさんって、魔剣探しは免除されているはずでは?」
クレア姫は、聖剣に選ばれている。だったら、聖剣を使えばいいこと。わざわざ卒業過程である、魔剣探しになんか参加しなくてもいいはずなのに。
「これは、ワタクシが招いた災いなのです」
なんでも聖剣を砕いた影響で、ダンジョンの構造がヤバイ雰囲気に変わっちゃったらしい。
魔物が異様に強くなったのも、ボス部屋がモンスターハウス化したのも、すべてクレアさんが聖剣を破壊したせいだったとか。
「おか……教頭先生から、お灸を据えられました。なので、事態の正常化を言い渡されたのですわ。あなたで最後ですよ」
「クレアさん、他の生徒に犠牲者とか」
わたしの向かったフロアで、ファイアリザードが相手だったのだ。生徒たちが、まともに帰れたのだろうか?
あのダンジョンは入り口は共通だが、生徒一人ひとりによってルートも到着地点も違う。先生以外、助け出すことはできないのだ。
「ご心配なく。他の生徒たちは、スケルトンだとか、ゴブリンチーフがフロアボスでしたわ。とんでもない数でしたが」
特別な許可をもらい、クレアさんはダンジョンから生徒を助け出すため、すべてのダンジョンを駆け抜けたという。
「よかったぁ」
他の生徒たちもクレアさんに救出され、教室に帰っているらしい。
「あなたのおかげです。ありがとう、キャルさん。あなたが聖剣を直してくれなかったら、魔物たちの強化や大量発生は、防げませんでした」
あのまま直でダンジョンに向かっていたら、それこそ生徒たちは全滅していたかも知れないという。
やっべー……。直しておいて、よかったぁ。
「それにしても、あなたがどこにいるかわからず、探し回りましたわ。無事でよかった」
「平民のわたしごときにお手間を取らせて、申し訳ございません」
「とんでもない! 平民だろうと、あなたは大事なクラスメイトですわ! それに、ワタクシの目を醒ましてくれた、恩人です」
最大級の賛辞をいただいて、恐悦至極である。
学校に到着した。
だが、クレアさんは教室には向かわない。外れにある。学食まで歩く。
「教室には、戻らないので?」
「みなさんは、おうちに帰りました。卒業式までお会いすることはないでしょう」
クレアさんは、食堂の料金を払ってくれた。
「おかえりなさい。シチューを温めておいたから、お食べ」
「ありがとうございます、おばちゃん」
まるまると太ったおばさんが、わたしたちにシチューを振る舞ってくれる。
ああーっ。数時間ぶりの、まともな食事だぁ。最高ぉ。
「シチューとライスを、合わせる方ですのね? そんな人、初めて見ましたわ」
クレアさんが、目を丸くしていた。彼女の方は、パンに浸して食べている。
「田舎でも、珍しがられるんですけどね。やってみます?」
「では」
木のスプーンで、ライスをすくう。
「なるほど。ライスって、シチューと合わせると甘みが増しますのね? おいしいですわ」
「気に入ってもらえて、よかったです」
布教活動ってわけじゃないけど、同志ができてよかったぁ。
「でも、いいんですか? 平民のわたしとゴハンなんて、つまらないのでは?」
「いえ。あなたと一緒にいると、和みますわ。他の貴族の女の子たちとの会話なんて、誰を婿に迎えるだとか、政治的な話ばかりで」
人の悪口をエサにしている女性の話に、辟易しているのだとか。
「キャルさんのお話は、興味深いですわ」
「ありがとうございます」
「ですから、お礼は無用ですわ。わたくしの責任ですの。申し訳ございません」
クレアさんが、わたしに深々と頭を下げた。
恐縮ですってば! もし、わたしが姫様にお辞儀なんてさせている場面なんて、他の生徒に見られたらぁ! 殺されちゃう!
「いえいえ! おかげさまで、いい魔剣に出会いました。これもケガの功名。不幸中の幸いというものですよ」
「そうでした。あなたの連れている魔剣を、見せていただけますか?」
「どうぞどうぞ」
食べる作業をやめて、わたしはレベッカちゃんを見せる。
「レーヴァテイン・レプリカの、レベッカちゃんです」
レベッカちゃんも、『よろしくな』とあいさつをした。一国の姫君が相手だとしても、レベッカちゃんはブレない。
「ウソでしょ、レーヴァテインですって!?」
やけに、クレア嬢が驚いていた。
「姫様?」
「まさか。伝説のレーヴァテインが、レプリカとはいえ、この世界に顕現するなんて」
「どういう意味でしょう?」
「炎の剣の最上級アイテム【レーヴァテイン】は、この世界とは別の神話に登場するはずの剣ですわ。本の中に出てくる、創作上の逸品であるとしか」
マジかよ。
つまりレベッカちゃんは、この世界のアイテムではないってわけだ。
炎の巨人の武器で、巨人はこの剣を振るって、世界を破壊し尽くしたとされている。その後に創造神によって倒されて、巨人は肉体ごと大陸にされたと伝承に残っているそうだ。
噴火をモチーフにしていて、世界を創造した場面を、神話として語り継いでいるという説も。
わたしは、そっちの話の方が好きかな。リアリティがあって。
「ですが、それはこことは別の世界線での話だとされています。なのに、本物のレーヴァテインがこの世界に現れるなんて」
誰しもレーヴァテインなんて、『想像上の産物だろう』と、信じて疑わなかったそうだ。
「レベッカちゃんって、すごい魔剣だったんだね? おとぎ話の世界から、飛び出してきたなんて」
『自分でも、出自に驚いているよ。おおかた、伝記でしか語られていないレーヴァテインを、どっかの研究者が再現しようとしたんだろうね』
六〇〇〇本以上も魔剣を作る人だから、レベッカちゃんの生みの親は、かなりの変人な可能性がある。
「だったら、レベッカちゃんの扱い、どうしよう?」
そんな立派な魔剣をガッションガッションと持ち歩いていたら、めちゃ注目されるかも。
「ご心配なく。髪留めになさったら?」
「おお。そうでした」
イマドキの冒険者は、装備を小さく圧縮して携行する。デカい武器やヨロイを堂々と身につけ、町中を歩きはしない。「常時、臨戦態勢なのか?」と、役場の人に思われちゃうからだ。
実力を隠す意味も込められる。
よく考えたら、レベッカちゃんもむき身のままだった。抜いてそれっきりだったのを、忘れていたよ。
「拾ってきたファイアリザードの皮を使って、柄を錬成! っと。からのぉ」
わたしは、レベッカちゃんを縮小した。ボブカットの髪に、髪留めとして収める。
「ごちそうさまでした、クレアさん。ここまでしていただけるなんて、どうやってお返しをすればいいのやら」
「お返しは、ちゃんといただきますわ」
おっ。お姫様から、お願いをいただけるとは。なんだろう? 平民のわたしでも、できることかな? 抱いてとか、いわないよね? わたし、そんな性的な知識はないんだけど?
「キャルさん。ワタクシに、魔剣を作ってくださいまし」
おおおお。シチューの代償は、デカかったーっ。
魔法学校の卒業式が、行われた。
体育館に、教員と卒業生全員が集まっている。
「ねえ、レベッカちゃん。みんな、結構いい感じの魔剣を所持しているね」
わたしは、レベッカちゃんと脳内会話を行う。失礼ながら、クラスメイトたちの魔剣を吟味する。
レイピアタイプの魔剣もあれば、斧タイプの魔剣もあった。仕込み杖なんてのも。全員、髪留めや万年筆サイズに、装備を圧縮していた。
今の時代、町中で無意味に武器をジャラジャラと持ち歩いていると、役場の騎士に職質される。そのたび、いちいち冒険者カードを見せなければならない。
魔王がいなくなったのはいいが、面倒な時代になったものだ。
『ほとんど、魔力を帯びただけの無銘だね。アタシ様より脅威になる魔剣は、いないみたいだね』
たしかに、レベッカちゃんのような純正の魔剣とは違う。
「でもみんな、がんばったんだね」
『あんたは、お優しいねぇ』
それは、よく言われる。
『けど、その優しさがあったから、あんたはアタシ様を見捨てなかったんだろうよ。アタシ様が強くなったのも、あんたのおかげだからね。感謝しているよ』
「えへへ」
伝説の聖剣を引っこ抜いたクリスさん以外、全員魔剣ゲットに成功したみたい。
まあ歴代で、この学園は落第者なんて出したことはないし。
レベッカちゃんは、堂々としたものだ。なんといっても、魔剣レーヴァテインだしね。レベッカちゃんは。
最後に、冒険者の許可証をもらって、お開きとなる……はずだった。
「しまった」
魔剣のお披露目、すっかり忘れてたじゃん。
そりゃあ魔剣を取ってきたんだから、手に入れた魔剣を見せるって儀式があっても不思議ではないよね。
「どうしよう? 架空の魔剣なんて、この世界には存在しないよ。パチモンだって、バカにされちゃわない?」
『そんときは、そんときさ。いざとなったら、手頃な相手と決闘して、魔剣レーヴァテインの恐ろしさをわからせりゃいいのさね』
物騒だよ、レベッカちゃんは。そんな過激なことなんてやったら、せっかくの卒業を取り消しにされちゃう。
「キャラメ・F・ルージュ殿。魔剣を、ここへ」
しんがりに、わたしの番が来た。
「遠慮しないで」
校長と教頭から促され、わたしはレベッカちゃんを元のサイズに戻す。
ド派手に、レベッカちゃんはドン! と炎を巻き上げる。直後、美しいオレンジ色の刀身が目の前に現れた。黒い炎と、橙色のコントラストが、実にすばらしい。
「は、はい。いくよ、レベッカちゃん!」
オレンジ色に輝く刀身を見て、式の会場がザワつく。
「あんなデカい剣を軽々と!」
「平民の取って来た魔剣が、一番立派だと!?」
「でも、なんかデザインがカワイイ!」
学校じゅうから、驚きと憧れの眼差しを向けられた。
実は昨日、卒業式を控えたこともあって、ちょっと柄の方をいじってみたのである。
握り込みの気になる点や、無骨なデザイン性などを見直したのだ。
ああでもないこうでもないと考えていたせいで、二時間くらいしか寝ていない。
教頭先生から緊張を解きほぐす永続魔法をもらっていなかったら、わたしは経っていることすらできなかっただろう。その場でうずくまり、保健室あたりに連れて行かれるんだ。
「して、キャラメ・F・ルージュ。その剣の名は?」
「この子は、【レーヴァテイン】のレベッカちゃんです」
レベッカちゃんはしゃべろうとした。
だが、しゃべる魔剣は珍しい。口を挟ませないほうがいいだろう。ここにきて変な誤解を、招きたくない。
「レーヴァテインですって!?」
教頭先生が、クリスさんと同じリアクションをした。
まるで親子みたいだな、あの二人。
「しかし、レーヴァテインなど、この世界で確認はされておりませんぞ。いったい、どう判断すれば」
「おとぎ話に出てくる、剣じゃないですか! デタラメだ!」
教師陣が、ざわついている。
レーヴァテインが顕現してヤッホーって人もいれば、あれは贋作の魔剣だと頑として認めない派閥も。
「仮に本物のレーヴァテインだとしても、平民の娘ですぞ! うちの学生とはいえ、そんな少女が、危険極まる剣を取ってこられるはずがない! ただちに回収すべきです!」
一際偉そうな貴族風の教師が、レベッカちゃんの存在を断固否定する。うわあ、わたしからレベッカちゃんを取り上げる話まで出ているよお。
さらに、生徒たちの私語が多くなっていった。
「お静かに!」
教頭が、手をパンパンと叩く。
卒業式の会場が、一気に緊迫感を増した。
「これはレプリカながら、正真正銘の魔剣に違いありません」
教頭先生が、とまどう教師陣を説得する。
「この子は、錬金術師です。その気になれば、魔剣を錬成することも可能です。結果的に、絵本に出てくる魔剣を作ったに過ぎないなら、それでいいでしょう」
「だったらこの生徒の魔剣は、贋作ということではありませぬか!」
さっきの偉そうな貴族先生が、なおも食い下がった。
もーお。なんなん? そんなに平民が魔法科学校を卒業するのに、納得がいかんのか? いかんのだろうなぁ。
「それでも、ベースとなったのは魔剣に他なりません。この魔剣から、なんらかの特殊効果を確認しました。校長もどうぞ」
手持ちのモノクルを、教頭が校長に差し出す。
「ふむ。たしかにベースは魔剣ですな。それも、かなりレアリティは低いようだ」
「でしょ? なら、魔剣を取ってきたこと自体は、事実なわけです。レーヴァテインを『自称』したところで、さしたる脅威にはならないかと」
教頭は、助け舟を出してくれているみたいだ。
意固地になってレーヴァテインを本物だと主張したら、実験道具にされる。
かといってレベッカちゃんがニセモノだとしたら、わたしは卒業できない。
「魔剣であることは本物だが、レーヴァテインはあくまで自称」と、教頭は折衷案を出してくれたようだ。
「フン。たしかに、まがい物ではないようですな」
わたしを認めようとしなかった貴族先生も、モノクルでレベッカちゃんを確認した後にため息をつく。
「ではキャラメルージュ殿、ご卒業おめでとう」
パチパチパチ、とわたしは生徒たちに歓迎されて席に戻った。
さて、帰り支度をするか。
わたしは、荷物を整理する。
「お世話になりました」
錬成術の先生に、あいさつをした。
「それと今日一日、こちらを使わせていただきたいのですが」
「好きなだけ、使いなさいな」
先生である老魔女さまが、快く承諾してくれる。
よし、装備品を作ろう。たっぷりと、錬成するぞー。
『夕方に始まる、ダンスのドレス作りかい?』
レベッカちゃんからの質問に、わたしは首を振った。
「あれは、貴族様の式典だから」
卒業式典のパーティなんて、わたしのような平民が立ち入っていい場所ではない。窮屈すぎて、息が詰まりそう。
今、わたしが作っているのは、冒険者用のジャケットだ。
「錬成!」
掛け声とともに、鉄のヨロイとファイアリザードの皮を融合させる。
ファイアリザードの皮を使って、赤紫のジャケットを仕上げてみた。
「制服の色と近くて、いい感じじゃない?」
『たしかに、いいねえ。身体のラインも出て、セクシーじゃないか』
「そこは、見なくていいよぉ」
わたしは、自分の身体を抱きしめる。
しかもこのジャケットは、鉄のヨロイよりも硬い。レザーアーマーとしての役割も、果たすのだ。
『殊勝だねえ。もう旅の支度をしておくなんてさ』
「わたしは学校にいたいんじゃなくて、錬金術師でレベッカちゃんを強くしたいからね」
今ではなく、わたしは先を見据えて行動する。いつまでも、学生気分じゃいられない。
あとはスカートと靴を揃えたいけど、ベース素材がない。買ってこなくては。
ひとまず、使わない武器は鉄くずに変えておこう。素材に使えるかも。
錬成室で一人旅の準備をしていると、部屋をノックされた。
「クレア姫……」
扉を開けると、前にいたのはクレア姫ではないか。
「姫……クレアさん。どうして?」
「キャルさん。お昼のパーティに、ご出席されていませんでしたから」
あっ、もうお昼すぎか。
そういえば卒業式の直後も、なんかイベントがあったんだっけ。
でもなー。貴族のパーティなんて気後れしちゃうんだよねえ。
『昼メシも食わずに、没頭していたねぇ』
卒業のあれやこれやで、胃があまり食事を受け付けないのであった。
錬成中にお菓子をバリバリ食べていたので、お腹はあまり空いていない。
早く姫に差し上げる魔剣の素材を集めるため、街を出ることを最優先にしていたからね。
「もう、行ってしまわれるのですか?」
「はい」
昼の間に準備をして、夕方には出ていく予定だ。
「夕刻には、ダンスも立食もありますのに」
「結構です。みなさんで楽しんでください」
わたしのような平民は、クールに去るぜ。
「ならば、ワタクシも出発いたします」
ええ……。大丈夫なのか? お姫様じゃん。勝手に出歩いて、いいのかよ?
「あなたに、魔剣を作っていただかなくては」
やはり、昨日話してきたお願いは、まだ生きているのかー。
「作って、お届けするというわけには」
「参りません。自分で素材を集めて、直接手で触れて、肌触りを実感しなくては。それが、聖剣・魔剣を愛好するというもの」
ホントたくましいな、クレアさんって。
「本物の剣士は、手を汚すものです。人に全部任せて自分の所有物ヅラなんて、できるわけないですわ」
「たしかに、もう旅支度をなさっていますね」
クレアさんは、気が早い。言っているそばから、もう支度ができている。貴族とのイベントなんて、まったく興味がないんだな。
「家督は、一番上の兄が継承なさいます。両親や兄弟姉妹に、あいさつも済ませて参りました。みな、快く送ってくださいましたわ」
王家といえど、末娘は融通は効くみたい。
「よく、承諾してくださいましたね。国王様」
本来なら、泣いて引き止めるところなんだろうけど。
「ワタクシは、末っ子ですから。それにロクな花嫁修業もしない穀潰しは、必要ないのですよ。ヘタに政治に関与されるより、放逐してしまった方が国としても都合がよいのですわ」
国の言う通りにならないなら追放しちまえとか、マフィアみたいな考えだなぁ。
『ふーむ。「国の守り神である聖剣を叩き壊すような女は、家においておけない」ってのが、本音なんだろうね』
レベッカちゃんが、えらいことを言う。それは思っていても、はばかられちゃうよ。
「ウフフ。よろしくてよ。事実だから」
クリスさんも、自身の状況を把握しているらしい。
「それにしても、そのお洋服は?」
「自分で作ってみました。どうでしょう?」
わたしは、くるりんと回ってみせた。
「ファイアリザードの皮を鉄のヨロイと融合させて、ジャケットにして――」
「そうではなく! 今の格好を話しているのです」
やけに圧が強めで、クレアさんがつっかかってくる。
「あなたまさか、学校指定のジャージ姿で旅をなさるおつもり!?」
今のわたしの服装を見て、クレアさんが驚愕していた。
ジャージは最強の部屋着であり、トレーニングウェアであり、外着だ。冒険に行くんだから、別に服装なんてどうでもいいじゃないかと。
「いけませんかねえ? この服、身体に馴染んで落ち着くんですよ」
「いらっしゃい!」
「わわ!?」
わたしは、クレアさんに手を引かれる。
「どうしたんです? クレアさん!」
「ワタクシの行きつけの仕立て屋さんへ、ご案内しますわ!」
ツカツカと、わたしの手を引きながら石畳の街を歩いた。
周りの人は、わたしの横にいる人がクレア姫だとわかっていないようである。おそらくクレアさんが、認識阻害の魔法でもかけているのだろう。
「どうしてあなたは、平然とジャージで街を動き回れますの? 理解できません」
「さて、どうしてでしょう?」
わたしが出歩くとしても、特に誰もいない早朝だもんね。早寝早起きで街へ行けば、人と会うこともないし。
「今後は、人に慣れる必要がございます。ひとまず、わたくしの行きつけにどうぞ!」
有無を言わせぬ様子で、クリスさんはわたしの手を引っ張り続けた。
「到着しましたわ」
ものの五分で、仕立て屋とやらにたどり着く。
「いらっしゃいませ。おお、クレア姫様」
女性店員さんが声をかけるより早く、クレアさんが呼びかけた。
「この子の寸法を、測ってくださいまし! できるだけ細かく!」
店員さんに、クレアさんがわたしを差し出す。
「か、かしこまりました」
仕立て屋さんが、わたしのサイズをメジャーで測りだした。
「バスト九二ですか、実にうらやましい限りですわ。ほかはムチムチですわね」
「衣装の作り甲斐が、あるというものです」
クレアさんが店員さんと、わたしの胸をマジマジと見る。
まずクレアさんは、街で着る衣服を用意してくれた。
白ブラウスと、赤いミニのプリーツスカートである。服の下に、一分丈のショートスパッツを履くタイプだ。
全体的に、魔法学校の制服に近い。
「では、この子が作った錬成品に合いそうな衣装を、見繕ってくださいませ」
この服の上からつけられる装備を、作ってもらえるそうだ。
わたしも、作った錬成品を店員さんに差し出す。
「承知しました。装備品として仕立てなくても?」
「装備品を装飾するアイテムは、この子がご自身で用意していますわ。あとは、そちらで加工なさって!」
「はい!」
「あと、お食事してまいります。お腹周りは、なるべく余裕をもたせてちょうだい」
「かしこまりました。お気をつけて」
装備の加工一式を仕立て屋さんに任せて、昼食に向かう。
「キャルさん。あとは、完成品をお待ちなさい」
「ありがとうございます。あの、お金まで出してもらって、よろしいので?」
「お構いなく。ダンジョンにモンスターを大量発生させた、迷惑料です。取っておきなさいませ」
じゃあ、受け取っておこうかな。
「でも、錬成ならわたしが」
「あなたは人の為なら腕は確かなのですが、自分のこととなると美的センスが壊滅なさっています。それは、あまりよろしくないですわ」
「お世話になります。じゃあ、お昼はごちそうさせてください」
「ありがとう。いただきます」
わたしはクレアさんを連れて、小さな酒場に向かった。
「ここが、旅人の集う酒場ですか?」
「はい。カウンターで注文をしてきますね。同じものでいいですか?」
「お願いします」
酒場で、米粉でできたラーメンをいただく。服にかからないよう、いつもよりおとなしめに食べる。
ちなみに、二人ともお酒は飲まない。甘い炭酸水をもらう。
「モチモチで、すごくおいしいですわ! こういった料理、初めて食べましたわ。食べる機会がありませんでしたの」
「わたしと一緒に旅をするなら、ずっとこんな料理ばかりになりますよ」
景観が汚くても美味しい場所を探すなら、わたしにお任せあれ。
「それは、楽しそうですわ!」
クレアさんの様子なら、大丈夫そうだ。
米粉のラーメンを食べ終わり、装備のチェックを行う。
「うわあ。女子力の高さがハンパない」
わたしだったら、的確なパーツに装具を取り付けるくらいしか、思いつかなかったよ。
ちょっとアイテムの位置をずらすだけ、ちょっとアクセサリの角度を変えるだけで、乙女度が格段に上がっている。
「ファイアリザードの皮って、こんな感じに仕上げるとかっこよくなるんだぁ」
垢抜けたデザインの装備品なんて、わたしには絶対に似合わないと思っていた。しかし装備してみると、毎日身に着けていたかのようなフィット感がある。
これが、最高級の仕立て屋さんのお仕事なんだなあ。
「装備品のリストです。ここでご説明差し上げてもよろしいのですが、実際にお使いなさってからのほうがよろしいかと」
習うより慣れよ、だ。その方がいい。こちらとしては、早く街を出たいからね。
「ありがとうございます」
「ワタクシからも、お礼をいたします」
夕食も、外で食べる。卒業パーティも出席しない。
馬車を手配して、今度こそ街を出る。
「キャルさん。晴れて冒険者になったわけですが、これからどこへ向かいますの?」
「ツテがあります。そこまで旅をしようかと」
幌馬車を休ませて、キャンプにした。
夕飯は食べてきている。朝食も、あらかじめ買っておいた。
魔物よけの結界を張って、馬車ごと包む。結界装置の真下に火を炊いておけば、ずっと魔物から守ってくれる。
あとは、休むだけ。
テントも兼ねる馬車って、便利だね。
『キャル、アタシ様が見張っておくから、ゆっくり休みな。モンスターが出てきたら、起こしてやるよ』
「ありがとう、レベッカちゃん」
わたしは、レベッカちゃんを元のサイズに戻す。
「クレアさん、しんどくないですか?」
「どうってこと、ありませんわ」
寝袋にくるまるクレアさんは、どこか楽しげだ。
「わたくしたちは災害時や有事の際に備えて、訓練もしていますから。いざというときに『非常食がおいしくない。食べられない』なんてワガママ、言っていられませんもの」
王国では、相当厳しく育てられたみたい。
「あなたのお知り合いが、目的地にいらっしゃるのですわね? どんな方?」
「わたしのひとつ上の先輩で、エクスカリオテ魔法学校の卒業生です。わたしと同じ平民出身ですよ」
「先輩自体は、どんな方ですの?」
「破天荒ですね。同じ錬金科にいたんですが、とにかくワイルドでした」
錬金術のアレンジ方法は、たいていあの先輩から授かったものである。
「修学旅行で水泳の課外授業があったとき、浜辺の貝殻を使って水着を錬成したんですって。『貝殻ビキニや!』といって、クラス中の注目を浴びていたそうです」
「アイザッカー地方の方言ですわね? たしかにあそこは、うるさくて人懐っこい方が多いと聞きますわ」
卒業式でわたしにつっかかっていた先生が、先輩の担任なんだったっけ。そりゃあの人、平民を目の敵にするよね。
「ただ、腕は確かなんですよね」
ケンカは強かったが、冒険者にはならなかった。人と話す方が好きだったため、この先にある村で店を開いたという。
「で、よかったら店専属の素材収集冒険者にならないかと、打診がありまして」
わたしは二つ返事で、「やります」と書いたのである。
「お店番をやってと言われたら、お客さんが怖くてできません。でも、素材集めなら多少の知恵はありますので」
「このキャンプをする前も、えらく大量に素材を集めていらしたわね。ただの木片から、石ころに至るまで」
「訓練用です。すぐに魔剣を作るわけには、いきませんから」
木や石の成分は、個体によってかなり違う。
枝一本でも、どれだけの雨を吸ってきたか、日差しをどれだけ浴びてきたか。
そんな些細なことも、錬成には関わってくる。「石なんだから、こう錬成すればいい」わけじゃない。
「錬成をしているキャルさん、楽しそうですわ」
「ありがとうございま――」
レベッカちゃんが、ピコンピコンと点滅した。
「どうしたの?」
『敵だ。オウルベアだね』
ウマと御者さんを隠し、わたしたちは結界から出た。
いくら弱いモンスターを避ける結界と言っても、オウルベアクラスとなると放っておけない。結界を壊す可能性があるからだ。
「オウルベア討伐はギルドの依頼書にもあったね。ちょうどいいよ」
わたしは、手配書を確認する。
あらかじめ、わたしたちは冒険者ギルドで討伐依頼を受けていた。道中でモンスターと遭遇したら討伐し、目的地の街で報酬を受け取ろうと考えたのである。
やっつけてほしいオウルベアの数は、冒険者一人につき三体と書かれていた。
「てっとり早く仕留めますわ」
「まってください。ちょっとやりたいことが」
わたしは、レベッカちゃんを地面に突き刺す。
「我が呼びかけに応じて、いでよ。しもべたち! 【スパルトイ召喚】!」
スキル振りのときに、見つけたんだよね。ガイコツを召喚する魔法を。
「グガー」「ウオー」「ムキュー」
三匹のスケルトンが、地面から這い出てきた。それにしても、四等身とは。
剣と盾を持つタンクに、斧を持つ前衛戦士は、スケルトンである。三角帽子と杖を持つ魔法タイプは、ゴーストをベースにした。
わたしは基本、ぼっちプレイである。
なので、前衛が必要だなと考えたのだ。
スケルトンの骨粉と、不要な装備品をリサイクルしたかったし。
「がんばって!」
わたしが声をかけると、一同が「わー」っと声を上げてオウルベアに立ち向かう。
剣と斧がオウルベアの動きを止めている間に、魔法使いがファイアーボールを撃って仕留める。
ファンシーな光景だが、彼ら的に必死だ。
ただ、普通にわたしたちが斬ったほうが早かった。
クレアさんが仲間になるなんて、想定していなかったもんよ。
「あまり役に立っている感じじゃないですね」
「ですが集団戦となると、変わってきますわ」
いわく、「数を増やせば、ザコ戦では重宝するかも」とのこと。そんなすごい戦いがあればいいけど、戦争がしたいわけじゃないからなあ、わたし。
『見張りというか火の番はコイツらに任せな。あとはアタシ様が、しっかり見ておいてやるよ』
「ありがとう、レベッカちゃん」
わたしたちは、就寝することにする。
朝起きると、スパルトイ軍団の数が五体に増えていた。一体は、やたらゴツい。もう一体は、犬っぽかった。
『あの後、オウルベアやウルフの襲撃が、三回あったのさ。面倒だからスパルトイ共で適当に始末して、配下にしてやったよ』
わっはっはーと楽しげに、レベッカちゃんが笑う。
レベッカちゃんのレベルが上っていたので、【スパルトイ召喚】にさらにスキルポイントを振ってあげた。これで操れる数もさらに増えるし、維持できる時間もアップする。
で、オウルベアとウルフをさらに一体ずつ増やした。
『賑やかになったね』
かなりアレなパーティだけど。
「スパルトイたちに、スキルは振らなくていい?」
『構わないよ。アタシ様がのレベルが上がれば、勝手に強くなるよ』
よかった。スパルトイが増えたら、そちらのスキル振りも考える必要があるかもって、思っていたからなあ。
「朝食が、できましたわ」
クレアさんのいる方角から、おいしそうな香りが。
うお、いつの間に。
オウルベアの肉で、サンドイッチとスープを作っている。御者さんが、もう食べてるじゃん。
「いただきます! おおーっ。おいしいです!」
「お料理を覚えた甲斐が、ありましたわ」
簡単な料理を、クレアさんはメイドさんから、教わっていたらしい。
これで、結婚する気がないっていうんだからなあ。
旅に出て三日が過ぎた。
わたしたちは、森で採取を始める。
ガイコツウルフの軍団が、よく働いてくれた。上に乗っているレンジャー型スケルトンが指揮を取り、薬草やキノコを取ってきてくれる。錬成がはかどって、仕方がない。
「ワタクシたちの出番が、ありませんわ」
「ホントですね。ここまでの数になると」
はい、わたしのせいですよね。ゴブリンの集落を壊滅させようなんて思ったから。
もはや、ガイコツの群れは三〇体を越えていた。どれも四等身サイズだが、これだけの数がいればかなり強い。
ウルフやオウルベア、オバケキノコなどをターゲットにしていた。そのうち、ゴブリンの集落を見つけたのである。
討伐依頼があったので、わたしたちは集落を撃滅させることにした。
ガイコツたちで集落を襲撃して、またガイコツが増えるという状況に。
『アハハ! 絶景だね! スパルトイの大行列だよ! これなら、世界だって征服できそううさね!』
ただ、レベッカちゃんだけが上機嫌だ。
なにごともなければいいが。
しかし、わたしの願いは脆くも崩れ去る。
目的地である、トリカンの村が見えたときだ。
「そこのモンスター使い、止まれ!」
門の前で早々に、わたしは門番にヤリを突きつけられた。
やっべ。スケルトンを引っ込めるのを忘れてたよ!
「まって! ウチのお客さんや!」
オオカミ獣人族の女性が、村からわたしたちの元に駆け寄ってくる。豊満な胸を、ユッサユッサと揺らしながら。
「フワルー先輩!」
フワルー先輩が、門番さんと話をした。
「堪忍や。この子は、ウチの通ってた学校の後輩でな。キャラメ・F・ルージュちゃんいうんや。キャルちゃんをこの村に呼んだんは、ウチなんよ」
先輩が、わたしの説明をする。
「いくらあなたの顧客といえど、魔物を村に入れるわけにはいかんぞ」
「かまへんかまへん。この子ら、デコに召喚の紋章が付いてるやろ? あれはキャルちゃんと契約したモンスターや。襲ったりせえへんって」
さすが錬金術師である。ちゃんと魔物の識別も可能とは。
門番さんが確認をして、わたしたちは晴れてお咎めなしに。
「事情はわかった。ただ召喚モンスターとはいえ、この数では村の連中が怯えてしまう。悪いが、お嬢さん。差し支えがなかったら、モンスターを引っ込めていただけないだろうか?」
ああ。ですよね。
「すいません。消しますんで」
わたしは、スパルトイ軍団に「戻って」と指示した。
レベッカちゃんの中へ、スパルトイたちが吸い込まれていく。あとは、有事の際に召喚し直せばいいし。
「おおきに。ほなキャルちゃん、お店まで来てな」
「ありがとうございます、先輩」
馬車を駅舎へ帰し、わたしとクレアさんは先輩についていく。
フワルー先輩は、豊満な身体をユサユサと揺らしながら歩いた。生地の厚いジャンパースカートの上からでも、スタイルのよさがわかる。
街の男たちの視線を集めて……などいない。
男たちはみんな、先輩の女っ気のなさを知っているのだろう。
「ところでキャルちゃん? となりに連れてるべっぴんさんは、誰や?」
興味深そうに、先輩がクレアさんを見る。
「こちらの方は、おひ――」
「クレア・ナイフリートと申します。キャルさんとは、エクスカリオテ魔法学校の同級生でした」
当たり前のように、クレア姫は偽名を使う。だよね。お姫様ってバレたらヤバいもん。それこそ、スパルトイ軍団が村に入るより恐ろしいことが起きるよ。
「さよか。ウチは『コナモロッド村のフワルー』や。よろしゅうな」
フワルー先輩は、クレアさんの正体に気づいていないみたい。
よかったぁ。先輩が世情に疎くて。この人、研究以外にはまるで興味がないもん。
もっと社会勉強をしていたら、先輩だって大きな街でも成果を上げられるのに。
そんな先輩でさえ、クレアさんには興味を持つんだね。やっぱりクレアさんは、すごいんだ。
「あんたの魔剣も、大概やな」
「レベッカちゃんですか?」
「名前までつけとるんかいな! アンタらしいわ!」
フワルー先輩の視線が、レベッカちゃんに向けられる。
「アンタ、黙っとったら窮屈やろ? ウチの前では、しゃべってええさかい」
突然、フワルー先輩が、レベッカちゃんに語りかけた。
『アハハ! バレちまうとは! アタシ様はレベッカ。よろしくな』
「フワルーや。よろしゅうな」
レベッカちゃんが言葉を話すことが、わかるなんて。
『どうして、バレたかねえ?』
「魔剣には、息遣いがする個体が存在するんや。アンタは、そのタイプみたいやったから」
『随分と、魔剣に詳しいようだね』
そこまで勘がいいなら、クレアさんが王女様だってこともわかるはずなのになあ。
「せや。ギルド行かなアカンやん」
スタスタと、冒険者ギルドのある建物へ。
「いらっしゃい。トリカン村の冒険者ギルドへようこそ。あら、フワルーじゃないの」
カウンターには、耳の長いおねえさんが。この人、ウッドエルフだ。
「この子、ウチの後輩やねん。素材を取ってきたよってに、ちょっと頼むわな」
フワルー先輩は、エルフおねえさんにすべてを任せて、先に店へ戻るという。客を待たせているそうだ。
「じゃ、よろしくね。手を拝見するわ。見せてちょうだい」
「はい。お願いします」
ウッドエルフのおねえさんに、わたしは手を差し出す。
「承知しました」
エルフおねえさんが、わたしの手の甲に平べったい特殊な杖をかざした。記録された冒険者データを、杖を使って読み込む。
クレアさんの手も、同じように見る。
「お二人で、冒険者七人分のお仕事をなさったのね。まだお若いのに、すばらしいわ」
「どうも。それと、これを」
わたしはエルフおねえさんに、戦利品を見てもらう。
「ウフフ。上等な品ばかりだわ。フワルーの後輩なだけあるわね」
一部はギルドが買い取って、残りはフワルー先輩の元に行くそうだ。
「いやあ。おまちどうさん」
「あのおばあさん?」
「せやねん。孫が街へ出てもうたさかい、話し相手がほしいんやろうな。なかなか、話してくれへんかったんよ」
フワルー先輩が、ナハハと高らかに笑った。
「これが、依頼の品よ。いいものは、持って帰っていいわ」
「おおきにやで。依頼主は、ウチやもんな」
オウルベアのクチバシと目を手に、先輩がホクホク顔で家へと帰る。
「ついたで。ここがウチの店や」
先輩の家は、こじんまりとした木組みの家だ。ハンドメイド感が溢れている。ただ、あと二人が生活できるスペースはなさそう。
「二人もやってきてくれるなんて、思ってへんかったさかい。庭が余っとるから、増築増築っと」
フワルー先輩が、腕をまくる。
「お構いなく」
「そういうわけにも、いかへんて。キャルちゃんが木材も集めてくれとるさかい。すぐ終わるわ」
空いたスペースに、フワルー先輩が家を作り始めた。魔剣をガッツリ装備して。
「ええやろ?」
フワルー先輩の魔剣は特殊で、ただの魔法で動く工具だ。刃の周りにチェーンが取り付けられていて、魔力を流し込むとチェーンが刃の周りを回転する。丸太を切るのに、特化しているとか。
「これでゾンビをシバいたら、なんか爽快やねん。なんでやろ?」
ウイーンと轟音を立てながら、フワルー先輩は丸太を斬り続ける。片手で。
もう片方の手で魔法を操り、丸太を削って組み立てる。
「相変わらず、規格外ですね。先輩って」
「どうやろ? アンタこそ、こんなえげつない量の丸太を、アイテムボックスに仕込んできたやん。ウチからしたら、アンタのほうがよっぽどバケモンなんやが?」
そうだろうか? それを片手でバシバシ切り刻んでいるのは、先輩でしょ?
「お二人とも、バケモノですわ」
わたしたちのやり取りを見て、クレアさんがつぶやく。
「そうだ。お手伝いします。おいで、スパルトイ軍団」
スパルトイを召喚して、手伝ってもらった。ガイコツがウロつくと村人の視線が痛いので、カブトとヨロイを着てもらう。これで姿を隠して、作業してもらった。
斧使いが丸太を斬り、手の開いているガイコツが木を組み立てていく。
「器用やなあ。あんたの召喚したアンデッドは」
「わたしの腕が、反映されているのかも知れませんね」
柵も作っておくか。あとは薬草畑のお手入れと、部屋の中に入れる作業台の準備を。
「キャルさん、一階にキッチンを作ってくださいまし。わたくしは、お夕飯の材料を買ってきます」
「いいの、クレアさん?」
「はい。村の方ともお話がしたいので」
「ありがとうございます。じゃあ、お願いしちゃおっかな?」
「おまかせを」
買い物かごを持って、クレアさんが買い物へ。
わたしは、二階に取り掛かる。ベッドは、広めに作らせてもらった。
「先輩は、どこを作ってらっしゃるので?」
広い敷地に、先輩がやたらと岩や石を積み上げている。石窯は大量にあるし、クラフト用の設備ではないだろう。城壁ってわけでもなさそうだな。
「できてからのお楽しみや」
フフン、とフワルー先輩が不敵に笑う。
あっという間に、もう一軒の家が出来上がった。お店と地続きになっている。お店も新調されて、立派に。
「ま、魔王城だわ!」
「大変よ! 魔王の城ができているわ!」
わたしたちが作った家は、すっかり魔王城呼ばわりだった……。
「ただいま、戻りました」
クレアさんが、帰ってくる。村人の騒ぎを聞きつけ、慌てて帰ってきたという。面目ない。
まだギャラリーがいるよ……。
「ほらほらぁ。見せもんちゃうで。帰ってやー」
フワルー先輩が、人払いをする。
「すいません。張り切りすぎちゃったみたいで」
「それは、お互い様や。ウチも楽しすぎて、ハッスルしすぎてもた」
わははーと、さして気にしていないふうに先輩は笑う。
「こんな立派なおうち、維持費が大変でしょうに。お掃除も」
「いやいや。ゴーレムもおるから、掃除は心配せんでええさかいに。維持費なら、キャルちゃんのおかげで、十分に元が取れてるんよ。足らんかった分は、キャルちゃんに稼いでもらうよって」
そこも見越して、大量に依頼を出していたのか。やるなあ、先輩は。
「では、お夕飯を作ってまいります」
「おおきに。ウチらは店の仕事するさかい。用事があったら、言うてや」
「はい」と返事をして、クレアさんは炊事場へ。
わたしたちは、工房へ向かう。
「カウンターには、行かなくてもいいんですか?」
「ええねん。ほら」
お店の番は、使い魔のウッドゴーレムたちが担当してくれるらしい。
ゴーレムが、冒険者を相手にマジックアイテムを身振り手振りで売っている。わたしよりしっかりと、お客さんに応対していた。すごいな。
「簡単な受け渡しと、代金の支払いはできるねん。せやけど、中にはムズい注文してくる人もおるんよ。そんときは、ウチが担当するんや」
「ゴーレムでさえ働いているのに、わたしときたら」
まだ、接客できるような神経は、持ち合わせていないよ。
腰を痛めたというおばあちゃんが、尋ねてきた。
「行くわ。キャルちゃんは釜を見ておいてや」
「はい」
先輩が応対に向かう。
わたしは、薬草釜の方へ。コトコトと音を立てる釜を、混ぜ棒でかき回す。材料をスパルトイ軍団に刻んでもらった。
何も教えなくても、ちゃんとこなしている。やはり、わたしのスキルや熟練度を、トレスしているみたい。
先輩は、えらい話し込んでいる。
「オウルベアの肉や。これで、腰の筋肉をつけや。薄く切ってあるさかい、食べやすいはずやで」
お肉の包みを持って、おばあちゃんはお礼を言って帰っていった。
「あんな感じやな」
というかさっきの人は、単に雑談をしに来たみたい。
お年寄りって、あんな感じだよね。
コミュ力が求められる仕事は、先輩のほうが向いている。
「いらっしゃい。いつもありがとうな」
「こんばんは。店を新調したのか?」
先輩の知り合いらしき中年男性が、店を尋ねてきた。数名のパーティを、引き連れている。他の男女のいでたちからして、冒険者か。
「みんな魔王城が出現したって、驚いていたぞ」
「ちょっと、増築の機会ができたよってに、店を改装したねん。今日は何を?」
「いつもの、ポーションを。それと、火山を攻略するんで、耐熱装備があると助かるんだが」
「炎耐性か。耐火ポーションは、前に売れてしもうたんよ」
フワルー先輩が言うと、中年男性が「あちゃー」と額に手を置いた。
わたしは「あの」と、パーティたちに声をかけた。
「キミは?」
「ええー、キャルといいます。こちらでお世話になっています」
「ああ、キミがさっき話に出ていた後輩か」
中年男性の質問に、わたしはうなずく。
「せやねん。さっき言うてた後輩や。働きに来てくれてんよ」
「それは頼もしいな。それで、どうかしたか?」
「えっと、耐火装備ですよね? ファイアリザードの皮なら、余っているんですが」
腰に取り付けたアイテムボックスから、わたしはファイアリザードの皮を取り出す。なめして、革の状態にしてある。
「ファイアリザードだって!?」と、中年男性が驚いた。
「レベル一二のバケモンだぜ。そんな怪物を、あの嬢ちゃんがやっつけたってのかよ?」
「信じられないわ。私の氷魔法でも、やつのブレスには通じないのに」
冒険者たちが、わたしの話に興味を持ち出す。
「魔剣のおかげですよ。わたし、エクスカリオテの卒業生なんです」
「だからか。あそこから排出された魔法使いは、みんな優秀だもんな」
リーダーの中年男性が、コクコクとうなずいた。
「あなた、フワルーちゃんと同じ平民よね? でもすごいわ。大したものね」
冒険者たちからの称賛に、わたしは「ありがとうございます」と返す。
「剣士さんは片手剣持ちですから、革製のシールドを作成いたします。手持ちの防具をお借りしても」
「頼むよ。これなら、再利用してくれて構わない」
リーダーの男性が不用品の丸い盾を、わたしに差し出した。
錬成を施し、ファイアリザード製のシールドに変化させる。
「ありがとう。これで、ヒクイドリに対抗できる」
「ヒクイドリ?」
「この付近の火山をナワバリにしている、火属性のモンスターだ」
街を襲っては来ないが、鉱山を荒らすやつを攻撃する厄介者だという。マグマをエサにするんだとか。
『すっかり人気者だねえ、キャル』
「おだてないでよ。レベッカちゃん」
ただレベッカちゃんは、ヒクイドリに興味津々の様子である。火属性だからだろうね。
「オレには、そうだな。この矢に毒を仕込めるか? 三〇本くらいほしい」
レンジャーの男性が、矢の束をカウンターに置いた。
「はい、ただいま! 錬成!」
わたしは錬成を行って、矢の先に毒を生成する。
「矢の内部を空洞にして、矢じりの先まで穴を通しています。突き刺さると、矢じりが引っ込んで毒が体内に流れ込むという構図です。ただし普通に武器として使うと、壊れやすいので注意してください」
教頭先生から施してもらった「緊張をほぐす魔法」のおかげで、淀みなく商品の解説ができた。
「ありがとう。お嬢さん。これは少ないが、取っておけ」
さっき採取したての、動物の角や爪を手に入れる。
「お夕飯ができました」
「おおきに! キャルちゃん、看板裏返してきて。店閉めるで」
今日の営業はこれで終わりとなった。
本日の夕飯は、ゴハンと干物である。
「すごいですね。海がないのに、お魚が食べられるなんて」
クレアさんはお上品に、ナイフとフォークでホッケの干物をいただいていた。
一方わたしと先輩は、お箸で干物をつまんで豪快に貪っている。
「このトリカン村からちょっと西に行ったら、港町ファッパがあるねん」
わたしが漬けた梅干しを一口で平らげて、先輩が語った。
港町ファッパには、この一帯を治める領主が住んでいる。
「フワルー先輩が発酵技術を提供し、干物文化が浸透したんですよね」
「まあ、作ったんが干物女やねんけどな! アハハー!」
笑えないジョークで、フワルー先輩が一人で笑う。
食事を楽しんでいると、なにやらオルゴールが鳴り出した。
「オフロガ、ワキマシタ」と、ウッドゴーレムが呼びに来る。
「さて、疲れたやろ。オフロに入りや」
フワルー先輩についていくと、外の岩場にたどり着いた。
岩の煙突から、煙が立っている。
空に向かって、湯気が立ち上っていた。
先輩が岩石を組み立てて作っているのは、露天風呂か。一階を脱衣所にして、高い位置に露天風呂を設置している。
「今の家は、一人用の浴槽しかないねん。せやから、岩風呂を作ろう思ってな」
以前に使っていた風呂場は、薪の置場にしたという。
「入ろっ」
全員で服を脱ぎ、湯船へ。
ああああ、生き返るぅ。
『いや。とんでもないね。キャルから疲れが取れるたびに、アタシ様の魔力も回復していくよ』
レベッカちゃんも、気持ちよさそうだ。
「前に村人用に、ごっつい大衆浴場を作ったんや。使い魔を放っとるから、ノゾキ対策もバッチリやで」
もし不審者がいたら、ギルドが飼っている使い魔が知らせてくれるらしい。
わたしたちのハダカなんぞ、せいぜい鳥しか見に来ないだろう。
「あんたら、魔剣を作るんやな。その前に、強さを見せてもらってええかな?」
「はい。お願いします」
次の日、わたしたちは先輩にコーチを付けてもらう約束を交わす。
翌日から、レベッカちゃんの強化と、クレアさん用の魔剣を作る作業に取り掛かった。
店番はウッドゴーレムの他に、スパルトイ軍団にも手伝ってもらう。
『はいよ、薬草は銅貨一〇枚。そこのホーンラビットの角は、銅貨二〇枚だよ。カウンター前の調味料は各種、味見ができるからね。専用の木サジですくって、手において舐めっておくれ』
スパルトイ軍団のCVは、レベッカちゃんが担当する。
お客さんは最初こそちょっとビビっていたみたい。だが、危なくないとわかってからは安心して買い物をしていた。
わたしは、魔剣作りに専念する。
「素材は、こんなもんかな?」
いい魔剣を作るには、わたし自身が上達しなければ。
「ダメだ」
ガタガタの魔剣ができあがる。
わたしはもう一度、ダメ魔剣を素材に分解した。
『キャル、毒の矢じりを追加で二〇本頼むよ』
時々、仕事も入ってくる。
スパルトイに背負われているレベッカちゃんが、わたしに声をかけてきた。
「はーい。錬成! できたよー」
『はい、おまちどう。気に入ってもらえたみたいだね』
「よかった。この調子で、魔剣作りもがんばるね」
『その意気だよ』
その後も、素材になる剣を錬成してみたが、あまりうまくいっていない。魔力の流れが、どこかで滞っている。
「一から魔剣を打つって、こんなにも難しいんだ」
かといって、参考としてレベッカちゃんを分解するわけにもいかない。
細かく砕いて中身を見たところで、魔剣の構造がわかる保証もなかった。
『キャル。冒険者が、ボロいナマクラ剣を、三〇本も売りに来たよ』
「お相手に、『全部買い取る』って伝えて。素材にするよ」
『あいよー』
一度、わたしは席を離れた。冒険者と面談し、鉄の剣をすべて買い取る。代金はフワルー先輩からではなく、こちらで出す。研究材料だからね。
『あんま、根を詰めすぎるんじゃないよ』
「わかってる」
わたしは、鍛冶用スキルを持っていない。取ったところで、中途半端になる。
錬成の授業で、魔剣の作り方は学んできた。ただ、人のために作ったことはない。
「習うより慣れろ。錬成術の先生が、いつも言っていたじゃん」
今は、手に入れた素材を使った魔剣もどきを作るくらいである。とにかく、失敗してもいいからトライするのみ。
「ひとまず一本」
作った魔剣は、スパルトイに素振りしてもらう。
「ギャギャー」
スパルトイたちが勝手に、剣の打ち合いを始めた。魔剣が当たって、骨が粉々になる。しかし、また元の姿に戻った。彼らなら魔剣が身体に当たっても、再生できるもんね。
わたしはさらに数本の魔剣を、製造した。斧型や槍型なども作って、スパルトイたちに持たせる。何がうまくいって、どれができていないか、メモに取っていく。
その間クリスさんは、フワルー先輩にコーチしてもらった。
「ところで、アンタの魔剣は?」
「こちらに」
クレアさんが、スカートをたくし上げる。太ももに引っ掛けているナイフを、先輩に見せた。
「身体に装着して、魔法を使うタイプかいな。自分自身を剣にする、体術スタイルやね?」
「よくご存知で」
「たまにおるんよ。そういうのを使いたがるモンが。ほとんど使いもんにならんけど、アンタは強そうや。なんか、オーラが全然ちゃう」
「ありがとうございます」
さっそく、わたしが作ったサンプル魔剣の耐久度テストと、実戦のテストを同時に行う。
「クレアさん、準備はいいですか?」
「いつでもよろしくてよ」
わたしは、ガイコツたちに武器を持たせる役割を担当していた。魔剣のサンプルを開発し、ガイコツたちに使わせる。これにより、何が足りないかを分析するのだ。
「やっちゃえ、スパルトイ」
スケルトンゴブリンたちが、クリスさんに飛びかかる。
「はっ!」
電撃を放つクレアさんのキックで、ゴブリンたちの群れがあっという間に半壊した。やはりゴブリン程度の腕前では、話にもならない。再生させてもう一度向かわせたが、結果は同じだった。
魔剣がどうのこうのって、次元ではない。基礎的な部分が、足りていなかった。
「たいした実力や。せやけど、ちゃんと剣を装備したほうがええよ。知り合いに、ホンマもんがおるから」
「そうなのですね? 聞けば、あなたも相当の腕前だったとか」
「……ウチを、挑発してるんか?」
フワルー先輩が、メガネを直す。
「いえ。ですが、以前からずっと、我々よりレベルが高いと察知していましたので。ギルドの方にも、伺いました。あなたもその気になれば、冒険者として戦えるレベルだと」
「ええで。かかっておいで」
「では。雷霆蹴り!」
言った瞬間、クレアさんがフワルー先輩に蹴りかかった。
しかし、フワルー先輩は不敵な笑みを浮かべるだけで、その場から動かない。
「な!?」
クレアさんの顔から、余裕が消えた。
フワルー先輩は涼しい顔で、あっさりとクレアさんのキックをチェーンソーで受け流す。聖剣ですら叩き壊す、クレアさんの電撃キックを。
「これが、学校と実戦の差や」
派手に転倒したクレアさんの顔の前に、フワルー先輩が、チェーンソーの先を突きつけた。
「ウチはレンジャーの授業にも出とったさかい、これくらいの戦闘力はあるんよ。コーチも強かったし。獣人族の特性もある。異常な反射神経やね」
獣人族は一瞬だけ、相手の動きを完全に読める。
もし先輩が本気だったら、クレアさんは足の一本はなくしていたかもしれない。
クレアさんも気づいたのか、戦闘態勢を引っ込めた。いかに自分がヌルい環境にいたか、思い知ったのだろう。
「冒険者としてやっていくなら、これ以上の強さが必要やねん。せやからウチは、冒険者にはならんかった。最低限の素材集めができたらええ、って思ったんよね」
フワルー先輩が、チェーンソーを止める。
まだまだ、世界は広い。もっととんでもない魔物や、冒険者がいるんだ。
この間のおばあちゃんが、またやってきた。この方は、先輩に話し相手になってほしいみたい。
「フワルー先輩、またあの方が。なんだか、困ってるっぽいです」
「わかったで。クレアちゃん、知り合いのお客さんが来たねん。ウチからの講義は、このくらいにしたってや」
先輩が、カウンターに向かう。
「大丈夫ですか、クレアさん」
わたしは、肩を落とすクレアさんに歩み寄る。
「慰めは、不要ですわ。今の一撃で、目が醒めました」
クレアさんはもう、戦士の顔になっていた。甘えが抜けて、油断もない。
「キャルさん。わたくし、もっと強くなりたいですわ」
「そうだね」
わたしにも、レベッカちゃんを最強の魔剣にするという目標がある。
「なんやて!?」
カウンターから、フワルー先輩の荒々しい声がした。
「どうしました、先輩!?」
「この人のお孫さんが、南西の火山付近で足止めを食らっとるらしい」
おばあさんのお孫さんは、行商人をしている。その馬車が火山付近を通りかかったときに、山の岩場が崩れたらしいのだ。
「ヒクイドリが、暴れとるせいや。なんか最近、モンスターが活発化しとってな。悪さしよるんや」
そのせいで、行商人さんが帰ってこられないという。それどころか、誰も待ち入れなくなってしまっているとか。
先輩の言葉を聞いて、わたしはレベッカちゃんをスパルトイからひったくった。クルンと回転させてから、背中に担ぐ。
「わたし、行ってきます」
「ムチャや! 相手はヒクイドリやで。見つかったら、大変なことになるで」
「できるだけ、回避して向かいます。行商人さんを助けたら、すぐに退散しますから」
クレアさんも、「ワタクシもついていきます」と告げた。
フワルー先輩は、おばあさんの肩を抱きながら「ええやろ」と、つぶやく。
「頼むわ。うちはおばあさんを見ておくさかい」
「はい。行こう、クレアさん」
わたしとクレアさんは、南西にある鉱山に向かった。
「クレアさん、あそこですかね?」
わたしたちは、火山地帯に到着する。
「酷い有様ですね」
そこは、見事に土砂崩れが起きていた。自然現象ではない。明らかに、魔物などの強い外部の力が働いている。
「キャルさん、岩を壊しましょう」
「待ってください。クレアさん。スパルトイのオウルベア軍団、来て!」
わたしはスパルトイの中から、オウルベアのガイコツを呼んだ。あと探索用にウルフのガイコツも。
「オウルベア、ガレキをどけて!」
指示を出すと、オウルベアはよいしょと岩石をどけ始める。
「そうそう。その調子……うわ!」
モンスターが、押し寄せてきた。
「なんて数ですの!」
赤いワニ、黄色い巨大クモ、炎の弾を吐くてんとう虫が。中央には、イノシシ頭の亜人種がいる。トサカが燃え盛っていますが、平気なの?
「火山に適応した、オークまでいますわ!」
わたしの知っているオークとは、かなり違うけど。
これは……いいスパルトイの材料になりそう!
とはいえ、やっつけないと仲間にならないよね。
「ええい、負けるかっての」
『残りのスパルトイも、出てきやがれ!』
わたしより早く、レベッカちゃんが指示を出した。
数には、数で勝負だ。やってやれないことはないっ!
オウルベアには引き続き道を作ってもらいつつ、岩で遠投をしてもらう。
炎のワニが、岩に叩き潰された。
だが、炎のてんとう虫が岩を溶かしてしまう。
「あーっ、オウルベアがーっ!」
オウルベアが、溶岩をかぶって溶けちゃった。後で治してやるから、待っとれい。
『ゴブリン・毒弓部隊! 出番だよ!』
ならば、弓矢で撃ち落としてやる。
『仕込んだ特製の毒弓で、混乱しちまいな!』
矢に貫かれたてんとう虫が、敵味方問わず火の玉を乱射する。
「うわ、結構被害がデカい! レベッカちゃん、やっぱ普通に仕留めて!」
『あいよ。聞いての通りさ。通常の矢を浴びせな!』
結局ノーマル弾で、てんとう虫砲台を撃ち落とす。
オウルベアが、オークに岩を投げつけた。
片手に持った蕃刀を振り下ろし、オークが岩を切り裂く。並のモンスターではないようだ。火山の魔力を吸って強くなったのか、あるいは、なんらかの作用が働いているのか。
「オークは、ワタクシが仕留めますわ!」
蕃刀を持ったイノシシ頭が、クレアさんを見てニヤリと笑った。うええ。
「メスをエサにしようとなさって? おあいにくさま」
クレアさんは、レイピアを所持している。わたしが作った剣の中で、どうにか雷属性に合いそうな品だ。柄のガードに魔法石を埋め込んであり、魔法増幅装置として働く……ハズ!
「サンプルの魔剣、試させていただきます」
わたし作のレイピアを構え、クレアさんが魔物と向き合う。
オークは油断しているみたいだ。「そんな細い剣で何ができるのか」という、顔をしている。
だが、彼はすぐに肉塊となった。何をされたのか、想像もつかなかっただろう。クレアさんが動いた瞬間に、ボロボロの炭になったから。
とはいえ、魔剣も壊れちゃったんだよなあ。
「調節を間違えました。すいません」
クレアさんの力を、甘く見積もっていた。魔力に耐えきれない剣なんて、作っちゃダメだよね。
「いいえ。ワタクシの魔力調節に、問題がありました。全力を出しすぎて、せっかくの武器が。所持者として、情けないですわ」
「とんでもない! もっと頑丈な武器を作りますんで」
「お願いしますわ」
オークが落とした蕃刀を、手に取る。
「これを、錬成できれば」
わたしは、壊れた魔剣と蕃刀を錬成し、かけ合わせた。
「蕃刀の頑丈さと、レイピアのきめ細やかさを両立させてみました。今度は、耐久力も上がるかと」
「ありがとうございます。先へ進みましょう」
わたしたちは、先を急ぐ。
「見えてきましたわ」
壊れた馬車が、視界に入った。
以前、店に来てくれた冒険者たちも、馬車の周りを守っている。
「来てくれたのか。ありがとう!」
リーダーの男性が、わたしたちに礼を言った。
「応援は我々だけですわ。申し訳ありません」
「来てくれただけでも、感謝するよ! 本当にありがとう」
冒険者だけではない。行商人さんも、何度も頭を下げている。
「しかし、積み荷が」
「そんなの、置いていけ! 逃げるぞ!」
「積み荷のほうが、大事なんだ!」
冒険者リーダーが、行商人を馬車から離そうとした。たしかにウマは逃げちゃったから、もう馬車は意味をなしていない。
「アイテムは、こちらで預かります」
わたしのアイテムボックスは、ドロップアイテムである【龍の眼:極小】のおかげで、無限だ。何でも入り、腐らない。
「何から何まで、助かるよ」
「それはいいですから、逃げてください。早くしないと……」
何者かが、空からこちらを見ている。デカい。一五メートルくらい、体長があるな。全身が黒く、頭部から首にかけて青い。虹色のトサカを持っている。
「ヒクイドリだ!」
とうとう、ヒクイドリに見つかってしまった。派手に暴れたもんな、わたしたち。いくら、街道を修復しようとしていたとはいえ。
「みなさんは、逃げてください!」
冒険者たちが、駆け出した瞬間だった。
巨大ヒクイドリが急降下し、蹴りを放つ。獲物をとらえるかのように、オウルベアごと岩石を掴んだ。再度宙を舞い、空中でオウルベアと岩を粉々に砕く。
「ひいいい!」
行商人が、恐怖で駆け出していった。
声に反応したのか、ヒクイドリが行商人を視認する。
いけない。魔物が彼をターゲットにした。
わたしは、即座に【ファイアボール】を放つ。
ヒクイドリが行商人さんに蹴りを繰り出した。
そのタイミングで、火の玉が魔物の足にクリーンヒットする。威力は低いが属性を無効化する、【原始の炎】を込めた火の玉で。
射撃ダメージしかないものの、ヒクイドリから行商人を守ることだけはできた。
「逃げて! 応援を呼んできて!」
もう一度冒険者たちに叫び、わたしはヒクイドリをこちらへ引き付ける。
『さあ、どうしたよ。アタシ様はここだよ、このコケコッコー野郎!』
魔剣を振り回して、レベッカちゃんにヒクイドリを挑発してもらった。
相手は、わたしがディスったと思っているんだろうなあ。
「キャルさん。今度もワタクシがいただきますわ」
「どうぞ」
わたしが言った瞬間、クレアさんが足元に【雷霆蹴り】を繰り出した。ヒクイドリより、高く跳躍するためである。
空中戦なら負けないと、ヒクイドリも高く舞い上がった。
「キック対決など、無粋なマネはいたしませんわ」
なんと、クレアさんが空中を蹴る。上空でナイフを足場にして静電気を発生させ、空中から急降下したのだ。
攻撃モーションに移っていたヒクイドリが、あっけにとられた顔になる。
「もう、遅いですわ」
ヒクイドリの首をハネて、クレアさんが急降下した。
魔物の身体が、空中で炭化する。
「ヒクイドリのクチバシと、トサカ。肉もゲットしましたわ」
「すごいです、クレアさん」
「本当にすごいのは、キャルさんの魔剣ですわ。今度は、壊れておりません。ワタクシ、本気で全力の雷光を注ぎ込みましたのに」
勝ったというのに、クレアさんは少しむくれていた。
『……キャル! もう一匹くるよ!』
とっさに、わたしはクレアさんを突き飛ばす。
同時に、背中に強烈な打撃が入った。
「キャルさん!」
「平気です!」
わたしは、レベッカちゃんで攻撃を防ぐ。レベッカちゃんが気を遣って、わたしに憑依してくれたおかげだ。とはいえクリスさんの避難を優先したので、結構なダメージが入ったけど。
「クレアさんは逃げてください! コイツは、わたしが仕留めます!」
「でも!」
「まだコイツらには、仲間がいるかも知れません!」
わたしがそう言うと、クレアさんは自分のすべきことを悟ったらしい。すぐにわたしを置いて、行商人さんの元へ。
それでいい。
『さて、遊んでやるよ。クソコケコッコーが!』