「姫……クレアさん。どうして?」

「キャルさん。お昼のパーティに、ご出席されていませんでしたから」

 あっ、もうお昼すぎか。

 そういえば卒業式の直後も、なんかイベントがあったんだっけ。

 でもなー。貴族のパーティなんて気後れしちゃうんだよねえ。

『昼メシも食わずに、没頭していたねぇ』

 卒業のあれやこれやで、胃があまり食事を受け付けないのであった。
 錬成中にお菓子をバリバリ食べていたので、お腹はあまり空いていない。
 早く姫に差し上げる魔剣の素材を集めるため、街を出ることを最優先にしていたからね。

「もう、行ってしまわれるのですか?」

「はい」

 昼の間に準備をして、夕方には出ていく予定だ。

「夕刻には、ダンスも立食もありますのに」

「結構です。みなさんで楽しんでください」

 わたしのような平民は、クールに去るぜ。

「ならば、ワタクシも出発いたします」

 ええ……。大丈夫なのか? お姫様じゃん。勝手に出歩いて、いいのかよ?

「あなたに、魔剣を作っていただかなくては」

 やはり、昨日話してきたお願いは、まだ生きているのかー。

「作って、お届けするというわけには」

「参りません。自分で素材を集めて、直接手で触れて、肌触りを実感しなくては。それが、聖剣・魔剣を愛好するというもの」

 ホントたくましいな、クレアさんって。

「本物の剣士は、手を汚すものです。人に全部任せて自分の所有物ヅラなんて、できるわけないですわ」

「たしかに、もう旅支度をなさっていますね」

 クレアさんは、気が早い。言っているそばから、もう支度ができている。貴族とのイベントなんて、まったく興味がないんだな。

「家督は、一番上の兄が継承なさいます。両親や兄弟姉妹に、あいさつも済ませて参りました。みな、快く送ってくださいましたわ」

 王家といえど、末娘は融通は効くみたい。

「よく、承諾してくださいましたね。国王様」

 本来なら、泣いて引き止めるところなんだろうけど。

「ワタクシは、末っ子ですから。それにロクな花嫁修業もしない穀潰しは、必要ないのですよ。ヘタに政治に関与されるより、放逐してしまった方が国としても都合がよいのですわ」

 国の言う通りにならないなら追放しちまえとか、マフィアみたいな考えだなぁ。

『ふーむ。「国の守り神である聖剣を叩き壊すような女は、家においておけない」ってのが、本音なんだろうね』

 レベッカちゃんが、えらいことを言う。それは思っていても、はばかられちゃうよ。

「ウフフ。よろしくてよ。事実だから」

 クリスさんも、自身の状況を把握しているらしい。

「それにしても、そのお洋服は?」

「自分で作ってみました。どうでしょう?」

 わたしは、くるりんと回ってみせた。

「ファイアリザードの皮を鉄のヨロイと融合させて、ジャケットにして――」

「そうではなく! 今の格好を話しているのです」

 やけに圧が強めで、クレアさんがつっかかってくる。

「あなたまさか、学校指定のジャージ姿で旅をなさるおつもり!?」

 今のわたしの服装を見て、クレアさんが驚愕していた。

 ジャージは最強の部屋着であり、トレーニングウェアであり、外着だ。冒険に行くんだから、別に服装なんてどうでもいいじゃないかと。

「いけませんかねえ? この服、身体に馴染んで落ち着くんですよ」

「いらっしゃい!」

「わわ!?」

 わたしは、クレアさんに手を引かれる。

「どうしたんです? クレアさん!」

「ワタクシの行きつけの仕立て屋さんへ、ご案内しますわ!」

 ツカツカと、わたしの手を引きながら石畳の街を歩いた。

 周りの人は、わたしの横にいる人がクレア姫だとわかっていないようである。おそらくクレアさんが、認識阻害の魔法でもかけているのだろう。

「どうしてあなたは、平然とジャージで街を動き回れますの? 理解できません」

「さて、どうしてでしょう?」

 わたしが出歩くとしても、特に誰もいない早朝だもんね。早寝早起きで街へ行けば、人と会うこともないし。

「今後は、人に慣れる必要がございます。ひとまず、わたくしの行きつけにどうぞ!」

 有無を言わせぬ様子で、クリスさんはわたしの手を引っ張り続けた。

「到着しましたわ」

 ものの五分で、仕立て屋とやらにたどり着く。

「いらっしゃいませ。おお、クレア姫様」

 女性店員さんが声をかけるより早く、クレアさんが呼びかけた。

「この子の寸法を、測ってくださいまし! できるだけ細かく!」

 店員さんに、クレアさんがわたしを差し出す。

「か、かしこまりました」

 仕立て屋さんが、わたしのサイズをメジャーで測りだした。

「バスト九二ですか、実にうらやましい限りですわ。ほかはムチムチですわね」

「衣装の作り甲斐が、あるというものです」

 クレアさんが店員さんと、わたしの胸をマジマジと見る。

 まずクレアさんは、街で着る衣服を用意してくれた。

 白ブラウスと、赤いミニのプリーツスカートである。服の下に、一分丈のショートスパッツを履くタイプだ。

 全体的に、魔法学校の制服に近い。

「では、この子が作った錬成品に合いそうな衣装を、見繕ってくださいませ」

 この服の上からつけられる装備を、作ってもらえるそうだ。

 わたしも、作った錬成品を店員さんに差し出す。

「承知しました。装備品として仕立てなくても?」

「装備品を装飾するアイテムは、この子がご自身で用意していますわ。あとは、そちらで加工なさって!」

「はい!」

「あと、お食事してまいります。お腹周りは、なるべく余裕をもたせてちょうだい」

「かしこまりました。お気をつけて」

 装備の加工一式を仕立て屋さんに任せて、昼食に向かう。

「キャルさん。あとは、完成品をお待ちなさい」

「ありがとうございます。あの、お金まで出してもらって、よろしいので?」

「お構いなく。ダンジョンにモンスターを大量発生させた、迷惑料です。取っておきなさいませ」

 じゃあ、受け取っておこうかな。

「でも、錬成ならわたしが」

「あなたは人の為なら腕は確かなのですが、自分のこととなると美的センスが壊滅なさっています。それは、あまりよろしくないですわ」

「お世話になります。じゃあ、お昼はごちそうさせてください」

「ありがとう。いただきます」

 わたしはクレアさんを連れて、小さな酒場に向かった。

「ここが、旅人の集う酒場ですか?」

「はい。カウンターで注文をしてきますね。同じものでいいですか?」

「お願いします」

 酒場で、米粉でできたラーメンをいただく。服にかからないよう、いつもよりおとなしめに食べる。
 ちなみに、二人ともお酒は飲まない。甘い炭酸水をもらう。

「モチモチで、すごくおいしいですわ! こういった料理、初めて食べましたわ。食べる機会がありませんでしたの」

「わたしと一緒に旅をするなら、ずっとこんな料理ばかりになりますよ」

 景観が汚くても美味しい場所を探すなら、わたしにお任せあれ。

「それは、楽しそうですわ!」

 クレアさんの様子なら、大丈夫そうだ。

 米粉のラーメンを食べ終わり、装備のチェックを行う。

「うわあ。女子力の高さがハンパない」

 わたしだったら、的確なパーツに装具を取り付けるくらいしか、思いつかなかったよ。
 ちょっとアイテムの位置をずらすだけ、ちょっとアクセサリの角度を変えるだけで、乙女度が格段に上がっている。
 
「ファイアリザードの皮って、こんな感じに仕上げるとかっこよくなるんだぁ」

 垢抜けたデザインの装備品なんて、わたしには絶対に似合わないと思っていた。しかし装備してみると、毎日身に着けていたかのようなフィット感がある。

 これが、最高級の仕立て屋さんのお仕事なんだなあ。

「装備品のリストです。ここでご説明差し上げてもよろしいのですが、実際にお使いなさってからのほうがよろしいかと」

 習うより慣れよ、だ。その方がいい。こちらとしては、早く街を出たいからね。

「ありがとうございます」

「ワタクシからも、お礼をいたします」

 夕食も、外で食べる。卒業パーティも出席しない。

 馬車を手配して、今度こそ街を出る。

「キャルさん。晴れて冒険者になったわけですが、これからどこへ向かいますの?」

「ツテがあります。そこまで旅をしようかと」