魔王は酒を飲み眠ると数日起きなかった。次に目覚めたのは、魔王城に帰る日の朝だった。

 魔王がゆっくり眠っていられるように隣の部屋も借りた。そして魔王が安心安全でいられるように俺は護衛となり、同じ部屋に約九割の時間いた。今もその部屋でふたりきりでいる。

 眠っている魔王の枕元で天井を眺めながら、ぼんやり木の板の数を数えていると、ガサガサと布団が擦れる音がした。魔王を見ると、魔王の目が開いていた。

「おっ、魔王目覚めたか? たくさん寝たな。もう魔王城に帰る日だぞ」

 魔王は頭を抱えながら何か考えている様子だ。

「そうだった、酒を飲むと睡魔が襲ってきて。そんなに眠っていたのか。子供たちはどこだ?」
「朝食を食べている。そろそろ食べ終わる頃だろう」
「そうか、子供たちの世話を任せきりにしてすまなかった……」

 魔王の部屋を別にしても、結局わらわらと昼夜問わず魔王の周りを子らが囲んでいた。だけど魔王を休ませてあげたい話をすると、声を小さくしたりそっと歩いたりして魔王の近くにいる時は静かにしてくれていた。時には魔王が寂しくないようにと、宝物のぬいぐるみを魔王の横に置いていく子もいた。

「子らに関しては、言うことをきちんと聞いてくれたし、余裕だ。それよりも魔王、調子はどうだ?」
「調子はとても良い。疲れも取れた。魔力もなんだかみなぎっている気がする」
「疲れがとれたのか、良かったな魔王」

 目の下のクマは完全に消え、肌はつやつや、オーラは以前のように溢れているようだった。

「魔王、子らが戻ってくる前に伝えなければならないことがある」
「なんだ?」
「魔王の魔力が完全にもどったんだ」
「なんだと?」
「エウリュが、封印が解かれていることを確認した。そしてエウリュは魔王に魔力を全て返した……」

 魔王は手のひらを見つめたあと、壁に向かって軽く光の魔法を放った。

「本当だ。我の魔力が戻っている」
「魔王の魔力が戻ったことはめでたいことだ。だが、問題がある。もしも封印が解けたことが国に知られたら、魔王に何か被害が及ぶのではないかと考えた。国側からしたら勝手に封印を解いたようなものだから、魔王が何か企んでいるだろうと疑われる可能性もある」
「たしかに可能性はあるな」
「だからしばらくバレないように――」

 話の途中で、執事が走って部屋の中に入ってきた。

「勇者様、大変です!」
「執事、どうした?」
「えっ、リュオン様がお目覚めに? リュオン様~、お目覚めになられて良かったです~。ずっとお眠りになられていて、わたくしはずっと心配しておりました~」
「執事には心配をかけてしまったな。すまない」
「良いのです! もっと迷惑をかけてください! 何でも受け止めますので!」

 涙目の執事は大興奮していた。

「執事、今、急いで来たが、何かあったのか?」
「あっ、勇者様。あの、今、人間界のトップの方がいらっしゃって」
「王がここに? とりあえず、魔王たちはここから動かないでくれ」

 外に出ると、王と王女が立派な馬車から降りてきたところだった。そして何故か、おまつりで屋台を運営していた者らを含めた十人が、まるで只者ではないように、瞬時に馬車の前で扉を挟んで二列に整列した。王は馬車を降りるとその間を堂々と歩き、俺と目が合うと立ち止まった。俺は急いで跪く。

「ラレスよ、久しぶりだな。調子はどうだ?」

 王が話しかけてきた時、子らがわらわらとやって来た。何故このタイミングでここに来るのか。何か王たちを怒らせるようなことをしなければよいのだが。 

「子供たちが我らのところに来た」
「まぁ、可愛い~! 噂のモフモフちゃんだわ!」

 王と王女は子らに釘付けになった。ピンクが王女に抱き上げられモフモフされていた。

 ピンク、可愛がられて良かったな――いや、それどころではない。この宿には今、王と魔力が完全に復活した魔王がいるのだ。もしも鉢合わせてしまったら緊迫した雰囲気になり、周りがその空気に押しつぶされるに違いない。もしかしたら激しい闘いも勃発するかもしれない。俺は警戒を強めた。

 まさにその時だった。突然どこからか分からないが、なにか大きなものが崩れる音がした。宿の中だ!

――もしかして、魔王に何かが?

 俺は音のする方に急いで向かった。
 王たちも俺の後をついてくる。

 宿の中に入ると唖然とした。
 崩れた壁の前にいたのは、戦士ゼロスに抱かれたギルバードだったからだ。

 なんとなく、今何が起きたか理解した。

 魔王城の壁を壊した時以来、ギルバードは魔力を調整する方法を魔王から学び、同じ事件が起こることは二度となかった。しっかりと反省もして後悔もしていた。なのに――何故子供は、今かい!と叫びたくなるようなタイミングで予想していなかったことをするのか。

 ギルバードの近くによると「ごめんなさい」と声を震わせ泣きながら謝ってきた。

「これは、どういうことだ?」

 王は怒りを含ませた威圧的な表情でギルバードの方を見ていた。