木の影から出てきたのは、戦士ゼロス、僧侶ウェスタ、魔法使いエウリュだった。

「何故そこにいる? もしかして、話を聞いていたのか?」
「ええ、盗み聞きしてごめんなさい。あの
、もし良かったら、お酒飲まない? 魔王さんも一緒に」

 三人はそれぞれ酒の瓶を抱えている。ウェスタは手に持っていた酒の瓶をアピールした。

「酒か、久しぶりだな。俺は飲めるけど、魔王はどうなんだ?」
「……飲んだことは、ない」
「飲んだことないのか? ひと口飲んでみるか? 美味いぞ」

 俺はウェスタから酒を受け取ると、魔王にひと口飲ませた。

「美味いな」と言いながら魔王は再び酒を飲む。
 自分も酒を受けとったが、魔王の反応が気になりすぎたから動きを止めて眺めていた。

 すると魔王はウトウトし始めて、そして、寝た。



 「寝たのか?」と言いながら戦士ゼロスは魔王をゆさゆさ揺らした。だが魔王は反応せず寝息をたてて心地よさそうに眠っている。

「部屋まで運ぼうか?」
「ちょっと待ってください。試したいことがあります」

 ゼロスが魔王を担ごうとした時、魔法使いエウリュはゼロスの動きを止めた。そして魔王の背中に手を置いた。

「エウリュ、どうした?」
「やはり魔法の封印は完全に解かれている……」

 俺が問うと、エウリュは眉を寄せ呟いた。

「やっぱりそうなのか! 魔王が風の魔法を使えていたんだ。原因、エウリュは何か分かるか?」

「全てではないけれど、分かる部分を簡単に説明いたします。わたくしの魔力、正しくは元々は魔王さんのところにあった魔力が、魔王さんのところへ戻っていったのです。」
「魔王はたしか、露天風呂にいた時に魔力が戻ってきたようだと言っていた」
「わたくしも、露天風呂で魔力が抜けていったような気がいたしました」

「温泉の効能なのか、封印が解かれた理由など謎だらけだが、ふたりの異変は露天風呂で起こった……露天風呂は男女に分かれているが、ひとつの大きな浴槽の中に、木の仕切りが置いてあるだけだ。つまり、同じタイミングで同じお湯に浸かっていた」
「露天風呂のお湯を通して魔力の移動が行われたのでしょうか」
「かもしれない。ちなみに全ての魔力が移動したのか?」
「いいえ、一部だけです。全てではありません。だけど封印が解かれたのなら――」

 エウリュが触れていた魔王の背中から光が溢れ出した。エウリュは無意味に誰かに危害を加えないと信じているが、不安になった。

「何をしているんだ?」
「魔王さんに魔力をお返しいたします」
「何故返そうと思ったんだ?」
「魔法は使い方によっては悪にも善にもなり、魔王さんクラスのレベルなら世界を破滅まで追い込むことも可能です。私は魔法を利用して悪さをする者は大嫌いで見るだけで虫唾が走るのです。しかし、魔王さんは悪のために魔法を利用することは決してない。子供たちや善のために魔法を利用すると確信したからです」

 魔王、また魔王を信じる者が現れたぞ。それに、魔力が戻ってきたぞ――。壁が壊れた時に魔法を使おうとし、でも使えなかった時の魔王の寂しげな表情がずっと頭の中に残っていた。魔法が完全にまた使えるようになるのだと、魔王に早く伝えたい。

「奪ってしまった魔力を全てお返しいたしました」

 エウリュはそっと手を離した。魔王の肌が少し前よりもふっくら艶やかになったような気がした。

「魔王、起きないな。担いでいくか?」
「あぁ、お願いする」

 ゼロスが魔王を乱暴に担ごうとした。

「ゼロス、待て!」
「どうしたラレス」
「魔王は俺にとって一番大切な存在なんだ。もっと大切に、丁寧に扱ってくれ」
「おぉ、分かった!」

 ゼロスは軽々魔王を姫抱っこをした。

「ありがとな。俺が魔王を姫抱っこできれば良いのだが……」
「それぞれ得意不得意なことがある。力仕事なら、何でも任せろ!」

 全員で宿に戻ろうと歩き出す。

「三人に頼みがある。魔王の封印が解かれたことはまだ誰にも言わないでくれないか?」
「そうよね、もしも国にバレたら魔王さんの存在が消されたり、もっと酷い罰を与えられたり、どうなるか分からないものね……」

 僧侶ウェスタが呟くと他のふたりも頷き、俺の頼みを聞き入れてくれた。

「魔王を部屋に置いたら、四人で久しぶりに飲もうぜ!」
「もう、ゼロスは変わらずお酒が大好きね」
「ウェスタもだろ!」

 俺は姫抱っこされている魔王の寝顔を眺めた。

 自分はどんなに犠牲になっても良いから、魔王がこれからも幸せになれる道を模索したい――。