「魔王、待てよ!」
「……」
魔王は待たずにそそくさと脱衣所で浴衣を脱ぎ捨て、浴室の中に入っていった。俺も急いで中に入る。魔王は浴槽の中に入った。
「魔王、体を洗ってから浴槽の中に入れって書いてあるぞ」
「……そうだった」
魔王は出てきて体を洗う。ふたりは体を洗い終えると浴槽に入った。
他には誰もいなく、流れる温泉の湯の音だけが響いている。エウリュの話を聞いてから、魔王に対して変に意識してしまっている。
「なぁ、魔王……」
「なんだ?」
「なんでもない」
「そうか」
「いや、なんでもある!」
このまま聞かずにいたら今夜は眠れない。確認しようと決心した。
「魔王、さっきのエウリュと俺の会話を聞いたか?」
「エウリュとは誰だ」
「魔法使いの、今、廊下ですれ違った女だ」
「……いや、聞いてはいない。聞こえてはいない!」
魔王は怒鳴ると露天風呂へ行ってしまった。
そもそも会話を聞かれたことを確認するだけなのに俺は何故躊躇していたんだ? エウリュと俺が魔王の悪口を言っていたと勘違いされるのが嫌だったからか?
――それとも、本当に俺がラブとして魔王に惹かれているから?
いやいや、そもそも何故魔王は突然怒りだしたんだ。イラッとしてきたから文句を言おうと魔王を追い、露天風呂に向かった。
露天風呂への扉を開くと、仁王立ちしている魔王がこっちに背中を向けて星空を見上げていた。魔王の背中を見ると、胸がギュッと締め付けられ痛くなった。
俺が魔王を切りつけた時の傷が、まだ痛々しく背中に残っていたからだ。スラッとした体型だからか、その傷は余計に目立っていた。謎の怒りをぶつけられたせいで発生した苛立ちは一瞬でなくなった。今すぐに謝りたい――。
「魔王……」
謝ろうとした時、魔王が何かを呟いた。
「魔王、今なんて言った?」
「この星空、子供たちに見せたかった――」
俺も魔王の横に並び空を見上げた。
たくさんの星が空にちりばめられている。雲一つなく、全ての星がはっきりと見えていた。
「本当だな。特にキラキラが大好きなオレンジやピンク辺りが喜びそうだな。あと、ホワイトは星に話しかけそう」
「あぁ、そうだな。バイオレットは後から星の絵を描きそうだ」
「イエローやスカイ、ギルバードは星を捕まえようとしそう……ブラックは、あんまり興味を示さなそうかな」
「そうだな。ブルーが何個星があるのか数え出したら、レッドがどっちが正確に数えられるか勝負を挑むだろう」
「その騒いでいる弟と妹たちの風景をグリーンは優しい眼差しで見守りそうだな」
魔王と目が合うと、ふたり同時に口角を上げた。俺らは今、いい雰囲気だ。
今日謝るのはやめよう。傷の話をしたら、雰囲気がどんよりして暗くなりそうだ。温泉旅行は始まったばかりだ。まだ一週間ある。旅行中に魔王には謝ろう。
「魔王、ありがとな」
謝る代わりになんとなく、お礼を言った。
「何に対してのお礼だ?」
「何に対してだろう。魔王城から追い出さずに、雇ってくれていること?」
「追い出しはしない。こっちは色々助かってるからな」
「俺は魔王に嫌われているから、すぐに追い出されるかと思っていたぞ」
しばらく返事をしない魔王。
「……我は別に、嫌いじゃない」
張り詰めていた糸のようなものが緩んだ気がした。俺はきっと、その言葉を魔王から直接聞くのを待っていた。魔王は正直に言うだろうから、嘘ではないだろう。嘘ではないと信じたい。
「嫌じゃないのか、そっか。じゃあ、これからも一緒にいたい。近くに俺がいても、大丈夫か?」
「あぁ、我の傍にいればいい」
「いや、魔王と一緒にいたいのは、子らのためだからな!」
「分かってる!」
しばらく魔王と空を眺めていた。
チラリと魔王を見ると、魔王の目が輝いているように見えた。
*
「……」
魔王は待たずにそそくさと脱衣所で浴衣を脱ぎ捨て、浴室の中に入っていった。俺も急いで中に入る。魔王は浴槽の中に入った。
「魔王、体を洗ってから浴槽の中に入れって書いてあるぞ」
「……そうだった」
魔王は出てきて体を洗う。ふたりは体を洗い終えると浴槽に入った。
他には誰もいなく、流れる温泉の湯の音だけが響いている。エウリュの話を聞いてから、魔王に対して変に意識してしまっている。
「なぁ、魔王……」
「なんだ?」
「なんでもない」
「そうか」
「いや、なんでもある!」
このまま聞かずにいたら今夜は眠れない。確認しようと決心した。
「魔王、さっきのエウリュと俺の会話を聞いたか?」
「エウリュとは誰だ」
「魔法使いの、今、廊下ですれ違った女だ」
「……いや、聞いてはいない。聞こえてはいない!」
魔王は怒鳴ると露天風呂へ行ってしまった。
そもそも会話を聞かれたことを確認するだけなのに俺は何故躊躇していたんだ? エウリュと俺が魔王の悪口を言っていたと勘違いされるのが嫌だったからか?
――それとも、本当に俺がラブとして魔王に惹かれているから?
いやいや、そもそも何故魔王は突然怒りだしたんだ。イラッとしてきたから文句を言おうと魔王を追い、露天風呂に向かった。
露天風呂への扉を開くと、仁王立ちしている魔王がこっちに背中を向けて星空を見上げていた。魔王の背中を見ると、胸がギュッと締め付けられ痛くなった。
俺が魔王を切りつけた時の傷が、まだ痛々しく背中に残っていたからだ。スラッとした体型だからか、その傷は余計に目立っていた。謎の怒りをぶつけられたせいで発生した苛立ちは一瞬でなくなった。今すぐに謝りたい――。
「魔王……」
謝ろうとした時、魔王が何かを呟いた。
「魔王、今なんて言った?」
「この星空、子供たちに見せたかった――」
俺も魔王の横に並び空を見上げた。
たくさんの星が空にちりばめられている。雲一つなく、全ての星がはっきりと見えていた。
「本当だな。特にキラキラが大好きなオレンジやピンク辺りが喜びそうだな。あと、ホワイトは星に話しかけそう」
「あぁ、そうだな。バイオレットは後から星の絵を描きそうだ」
「イエローやスカイ、ギルバードは星を捕まえようとしそう……ブラックは、あんまり興味を示さなそうかな」
「そうだな。ブルーが何個星があるのか数え出したら、レッドがどっちが正確に数えられるか勝負を挑むだろう」
「その騒いでいる弟と妹たちの風景をグリーンは優しい眼差しで見守りそうだな」
魔王と目が合うと、ふたり同時に口角を上げた。俺らは今、いい雰囲気だ。
今日謝るのはやめよう。傷の話をしたら、雰囲気がどんよりして暗くなりそうだ。温泉旅行は始まったばかりだ。まだ一週間ある。旅行中に魔王には謝ろう。
「魔王、ありがとな」
謝る代わりになんとなく、お礼を言った。
「何に対してのお礼だ?」
「何に対してだろう。魔王城から追い出さずに、雇ってくれていること?」
「追い出しはしない。こっちは色々助かってるからな」
「俺は魔王に嫌われているから、すぐに追い出されるかと思っていたぞ」
しばらく返事をしない魔王。
「……我は別に、嫌いじゃない」
張り詰めていた糸のようなものが緩んだ気がした。俺はきっと、その言葉を魔王から直接聞くのを待っていた。魔王は正直に言うだろうから、嘘ではないだろう。嘘ではないと信じたい。
「嫌じゃないのか、そっか。じゃあ、これからも一緒にいたい。近くに俺がいても、大丈夫か?」
「あぁ、我の傍にいればいい」
「いや、魔王と一緒にいたいのは、子らのためだからな!」
「分かってる!」
しばらく魔王と空を眺めていた。
チラリと魔王を見ると、魔王の目が輝いているように見えた。
*



