「とりあえず、池の前で座ろうか」

 左から俺、ブラック、魔王の順に並んで座った。

「ブラック、お前、強かったんだな?」
「元々は、暗殺集団の一員だったんだ。今回の任務も本来、魔王にバレないように魔王を見張ることだった」
「じゃあ、他の子らとは違い、ブラックには他に居場所があるのか?」
「いや、家族はいないし、居場所はなかった……」

 暗殺集団は居場所ではないのか。

 しばらくしんとなり、三人は池を眺める。時間がかかっても良いから、こっちから詮索しすぎずにブラックから何か話してくれるのを待ちたい。

「何故、子供たちの中に紛れている?」

 待っていたが、魔王が沈黙を破る。騙されていたのだから怒る可能性もあったが、魔王の声に怒りは一切感じない。むしろ優しく尋ねている。

「……見張っていたら、魔王は必死に子供たちのことを見ようとしているし、悪いヤツだと思っていたけれど悪いヤツではなくて……その辺にいる人間達よりもすごく優しいし」

 うんうん、よく分かる。と俺は何回も頷いた。

「魔王の子供になってみたい。なれたら幸せになれそうだなって思ったから、他の暗殺集団にもっと近くで見張りたいとお願いをした」
「我は、誰も幸せにはできない。不幸にするだけだ」

「いや、魔王は人を幸せにできる!」

 ふたりの会話を見守っていようかと思っていたが、横から口を出してしまった。

「勇者と同じように思う。魔王と一緒にいると、毎日幸せだ」

 魔王はゆっくりと目を閉じ、目頭を押さえる。

 魔王は今、泣かないように我慢をしているな。子供の前で泣くなんて……と思っていそうだ。魔王の考えを予想できたと思える度に、嬉しさが込み上げてくる。

「勇者に嘘ついたことがある」
「なんだ?」
「他の暗殺集団が朝食を運んできてくれた時、ホテルからの手紙を暗殺集団から受け取った。そして勇者の名前を知らないフリしたり、入口に手紙が落ちていたって嘘ついた。嘘ついて、ごめん」

 本当に反省をしている様子だった。世の中のどす黒い嘘と比べたら、なんて愛らしく可愛い嘘なんだ。そして何よりも、正直に打ち明けても大丈夫だと信用してくれたのかななんて考えたら、嬉しい。

「嘘は良くないけれど、立場的につかないとならない嘘だったんだもんな? それに、きちんと正直に伝えてくれて、謝ってもくれた。ブラックの嘘は受け入れた。大丈夫だ。いいぞ!」
「ありがとう」
「だからあんなにかくれんぼも上手だったのか!」

 ブラックだけが最後まで見つからず、どこに隠れていたか全く検討もつかない状況の中、ふわりと突然現れる。何回もかくれんぼをしたけれど、誰もブラックを見つけることはできなかった。

「すごいことだぞ。隠れるのが上手なのも、才能だぞ」

 ブラックは微笑み、褒められて照れているようだ。俺はブラックの頭をぽんぽんとした。

 子らと出会う前までは、誰がどんな才能があるか、どんな個性があるかなんてどうでもよかった。だけど今は、ひとりひとりの才能や個性を見つけ、本人に伝え褒めるのが楽しくなっている。

「ブラックは強いしな。助けてくれて、本当にありがとな」

 微笑みあっていると、魔王が何かを呟いた。

「どうした魔王。もう大丈夫か?」
「我は、命を狙われていることに気がついていた」
「知ってたのか?」
「あぁ、窓から見下ろすと、城の前であの男がじっと我の方を睨んでいたり、執事と外に出た時についてきたりもしていた」
「もしかして、ヤツは魔王ひとりの時を狙っていたのか?」
「おそらく、そうだろう」

 狙われていたのを知っていた――

「じゃあ、今回も知っててひとりで?」
「このまま、世界から消えてしまいたいと思ってしまった」
「嫌だ、魔王、いなくならないで!」

 ブラックの叫ぶ声は震えていた。そして魔王に思いきり抱きつき、鼻をすする。泣いているのか? ブラックの泣く姿を初めて見た。

「幸せだった。子供たちは我の孤独を忘れさせてくれた。将来、子供たちといられる時間を失うのが、怖くなった。ならば失う前にいなくなれば、苦しまずにいられると考え――」
「いやいや、幸せだった? なんで過去形なんだよ。魔王、お前がいなくなった後はどうなる? 子らは悲しむぞ。それに、執事や……俺も」

 自分も寂しくなることを伝えるのは恥ずかしく語尾が小さくなったが、正直に伝えた。俺は言葉を続ける。

「魔王、これからはもっと幸せになるぞ! 一緒にな!!」

『思いきり、子を抱きしめろ』

――言われなくても、抱きしめようと思ってた!

 子育てチートの言葉に心の中で返事をする。

 俺もブラックと共に魔王を抱きしめた。魔王に触れると安心するような、そして心臓の鼓動がすごく早くなる。

 ずっとこのままでいたかったが、ふたりから離れる。

「みんな魔王を心配しているから、帰るぞ」
「心配してくれているのか?」
「当たり前だ」
「本当に迷惑をかけた……すまない」
「勝手に消えるなんて、本当に迷惑だ!」

 帰り道、あんまり表情を変えないクールタイプなふたりの横で、俺はずっと笑っていた。