草むらに片膝と両手をついて着地する。ユニコーンに乗り捜索するか、徒歩で近場を探すか……。

魔王が準備したと思われる朝食は、ほのかに温かかった。すなわち、朝食の準備をしてから魔王が消えるまでの時間はそんなに経ってはいないのだろう。まだ近くにいる可能性が高い。

 まずは近場を探すのが的確な判断だろう。

勘を頼りに、街に向かう道を進んでいく。木々に囲まれた一本道を少し歩くと魔王の背中が見えた。いつも溢れているオーラは消えかけ、いつもよりも小さく見える魔王の背中。小さな池のほとりにある岩の上に座り、池を眺めている様子だった。静かに近づいていく。近づくと怒りが込み上げてきて「何故何も言わずに突然いなくなったんだ。心配させやがって!」と、怒鳴りたい衝動に駆られる。

 その時だった。

『落ち込んでいる子には怒りをぶつけずに優しく対応しろ。まずは理由を聞くのだ』と、言葉が頭の中に流れてきた。今まで魔王に対しては、母親としての魔王への言葉が頭に流れてきていた。だが今回は魔王は子供ではないのに、子に対しての子育てチートが発動した。

優しく接しようと、怒りを腹の中にぎゅっと押し込める。深呼吸して「魔王、大丈夫か?」と、魔王の背中に優しく話しかけた。

「……」

 無視される予感はしていた。俺は静かに魔王の横に座る。しばらくすると魔王が何かを呟いた。聞き取れなく、顔を近くに寄せる。「もう一度今の言葉を言ってくれ」とゆったりとした口調で尋ねた。

「母と過ごした幼き日々と、母が亡くなった時を思い出した……」
「魔王は母のことを思い出したのか?」
「子供たちがいなくなった後のことを考えた」
「……壁の絵を見た時のことか?」
「あぁ、そうだ。今まで感じたことのない気持ちが荒波のように押し寄せてきて苦しくなった。やがて子供と親は離れて、独立してしまう」

 今の言葉、あの時からの仕草。推理すると魔王の気持ちが完全ではないが、分かった気がした。

 あの時に俺は、絵を眺めながら親のような嬉しさと寂しさが混ざりあった不思議な気持ちになったが、きっと魔王はもっと激しい気持ちに襲われてしまったに違いない。

「我はもう、孤独にはなりたくない」

 何を言ってるんだ魔王。鈍感だなお前は。お前は執事に溺愛されているのだから、執事に命がある限り孤独になることはないだろう。それに子らも魔王の事が大好きだ。子らが例え独立してもきっと近くに住んでいれば実家を訪れるように、頻繁に魔王城に遊びにくるだろう。お土産なんて持ってきてくれたりもしてな! それに、俺も――俺も、なんだ? 俺は魔王に何ができる?

 俺は、魔王のことをどう思っているのか。魔王にとってどんな存在でありたいのか。魔王について、頭の中を整理しようとしていると、こっそり読んだ魔王の日記の文章が一語一句、誤りのない状態ではっきりと目の前に浮かんできた。

 『我にできることは何か。母は幼き日に命を奪われ、唯一の愛は消えた。愛の形跡があった母の形見も人間に奪われた。愛とは何か。知る術もなく、与える術も知らず。ただ、衣食住を子供たちに差し出すだけだ』

 答えが見つかった気がした。

 俺は、魔王に無償の愛を渡したい。
 沢山の愛を魔王に教えたい。

 きっと俺は、魔王の母親になりたいのだ!!

「魔王、俺はお前の――」

 大切な気持ちを伝えようとした時だった。

「魔王、覚悟しろ。お前のせいで俺の兄貴が……」

 背後から憎しみ溢れるような低い叫び声がした。