ギルバードは「ギェー」と不快な金切り声をあげた。と同時に辺り一面の空気が振動した。子らはギルバードが放出した威力に驚き、息を呑む。

 荒波が通り過ぎると静寂が辺りを包み込む。

 ふわりと風が吹いてきた方に視線を向ける。なんと、魔王城の一部が破損した。壁に大きな穴が空いた。大人がひとり身を縮こませると通れそうなくらいの大きさだ。

時間が停止したかのように誰も身動きせずにいると、魔王が深いため息をつきながら穴に向かって両手をかざした。かざしたが何も起こらない。

「リュオン様、リュオン様は魔法をお使いいただくことはできないのです……」
「あぁ、そうだったな」

 魔王は手を下ろして俯いた。表情は落ち込んでいるようにも見える。

「我は壁を修正する材料を買ってくる」
「リュオン様、それはわたくしが!」

 壊れた壁を睨み、それから「ついてくるな」と強く言い、背を向けると部屋から出て行ってしまった。

 しばらくしんと静まる室内。呆然と壁を見つめていた執事が口を開いた。

「人間たちがわたくしたちを討伐しようと魔王城に訪れるたびに、壁は壊されました。しかし、毎回一瞬で完全に壁を元通りに修復されていたのです。リュオン様の魔法のお力で」
「……過去の、俺ら以外に討伐チャレンジしたパーティーの話は聞いている。壊されるたびに魔王が城の壁を直していたのか」 

「リュオン様がおひとりで材料をお買いに……無事に必要な材料を購入できるのか……そして体調は万全ではありません。もしも道中何か起こってしまったら?」

 ぶつぶつと呟いている執事の顔は青ざめていく。
 慌てて俺は魔王を追いかけた。魔王は外へと繋がる扉の前で立っていた。

「魔王、体調優れないのにひとりで外に行くな!」
「心配無用だ。ほっといてくれ」
「俺も、ついてく」
「いや、いい!」

 扉を開けようとした魔王の腕を強く掴んだ。だが、掴んだ手は勢いよく振り払われる。魔王の顔を覗くと、魔王の瞳の奥には怒りの炎がメラメラと燃えていた。

「魔王、魔王はいつも壁を……」

 魔王の気持ちを鎮めようと俺が言葉をいいかけた時「魔王、待って」「一緒に行く!」と、がやがやした声が後ろから湧いてきた。射るような眼差しを浴びた子らは数人泣いた。すると魔王ははっとして悪魔に取り憑かれたような表情をすっと引っ込めた。

「……ご、ごめん」

 魔王の足元にぎゅっと抱きつく甘えん坊のピンク。落ち着いてきた魔王を見て、俺はホッとした。

 結局幼い子を連れていくとなるとミルクやら沢山準備しなければならないから、街の観光も含めて明日の朝に出発しようと話はまとまった。