――教えてくれるのか?

 俺は敵ではないのだと考えてくれたのか?
 それとも、疲れすぎて誰でもいいから寄り添いたい気持ちになったとか?

 魔王の心をこじ開けたくなる。

「どんな環境だったんだ?」
「誰にも愛されずに、ずっと孤独な環境だった……」

 魔王は目を細めると、表情を曇らせる。その表情を見て、胸が締め付けられるような気がした。

「孤独って、身内とか友達とかは?」
「母親は幼き頃に消され、身内は全員敵だった。我はずっと冷たい視線の中で生きてきた」

 俺の話ではないのに、なぜか喉が詰まるような感覚に襲われた。冷たい視線という言葉が、俺の頭から離れなかった。

 気になるけれど、これ以上詮索しても良いのだろうか、聞かない方がいいのかもしれない。沈黙がおとずれると気まずい空気が漂ってくる。

「魔王、遊ぼうよ」

 その時、幼児組の三人が魔王の脚にまとわりついてきた。空気の色が明るくなる。

――そういえば、魔王はひとりの時間が欲しく、俺は子供と遊ぶのだったな。

「よし、勇者とかくれんぼしよう! 俺が皆を探す!」

 俺は魔王のことが気になりながらも、キッチンから出た。幼児組は俺についてくる。ダイニングルームへ戻ると、ちょうどベビーベッドで赤ん坊が小さな声で泣きはじめていた。そっと抱き上げるとなだめながら、子供全員を集めた。

 魔王城はたしか、五階まであったはずだ。
 ふと、あの時を思い出す。

あの戦いの時は、最上階の一番奥の部屋で魔王と対峙した。重たい扉を開けると魔王が窓から外の景色を眺めていた。そして俺らの気配に気がつくと振り向き……初対面の魔王と戦いがはじまった。初対面で、恨んでいる訳でもなく、実際どんな者なのかも全く知らなかった魔王と――。

「勇者、難しそうな顔してどうしたんだ?」
「いや、なんでもない」

 初等部のオレンジに問われると俺は答えた。

「じゃあ、隠れるのは二階までにしようか」と俺が提案すると、「五階までがいい!」と子らが俺の意見を跳ね除けた。

「そっか、分かった。俺と執事が魔王……」

 俺は言葉を飲み込んだ。人間たちは遊びで逃げる者を追いかけたり、嫌われている役の者を〝魔王〟と呼んでいる。魔王を慕っている者たちがいるこの場では、場違いな言葉だろう。言い直して言葉を続ける。

「俺と執事が皆を探してみつける。三十分ひとりでも隠れたままでいられたら、皆の勝ちだ。じゃあ今から、二百数えたら探し始めるぞ」

 全員が一斉に散らばり、走り出した。

 魔王城はとにかく広いし、探す人数も多い。探しきれるのか分からない。二百数えると、執事が二階までを、俺が三階から五階までを探すことになった。小さい子は下の階辺り、いや、大きい子と一緒に上の階へ上がる可能性もあるな。

――とりあえず、誰かが五階にいそうだな。

 俺はらせん階段を駆け上がり、五階にたどり着いた。一階ほどではないが、十分に広い空間が広がっていた。五階だけでこんなに広い。

 ここは全て魔王が過ごす目的で造られた部屋らしい。魔王の本来の寝室、浴室……キッチンまである。ひとつひとつ、鍵の空いた部屋の中を隅々確認していく。隠れている子は、誰も見つからない。続けて書斎に入る。本当に五階だけで生活出来そうだな……この階だけですでに、俺が住んでる家よりも豪華だ。

 書斎の中も膨大な数の本があり、千冊以上あるだろうか。一冊一冊が分厚くて、チラリと中を覗くと解読できない文字で文章が書いてあった。

 今はかくれんぼの最中だ。本を読んでいる場合ではない。小さい子が隠れているかもしれないから机の下も椅子をどけて探してみる。

 誰も、いないな……。

 視線を机の上に向けると、書き途中の日記のようなものを見つけた。

 それは人間の言葉で書いてある。ここにあるってことは、魔王が書いたものだよな?

『我にできることは何か。母は幼き日に命を奪われ、唯一の愛は消えた。愛の形跡があった母の形見も人間に奪われた。愛とは何か。知る術もなく、与える術も知らず。ただ、衣食住を子供たちに差し出すだけだ』

 魔王の日記は、俺の心臓に重くのしかかる。息苦しさまで感じてきた。

――人間に、盗まれた?

 その言葉が特に引っかかった。

 ぱらぱらと日記を捲っていると、部屋の外から子供の叫ぶ声が響いてきた。切羽詰まったようなその声に、俺はハッとして手を止めた。