振り向くと執事が呆然とした表情で立っていた。
「執事、どうかしたのか?」
「いや、あの、勇者様、もしかしてスープを全てお飲みになってしまいました?」
執事に問われると俺は静かに頷いた。
「駄目だったのか?」
「いえ、あの、わたくしも飲みたかったなと……」
「そっか、執事も食事はまだだったか。何か代わりに食べるものを……」
「いえ、お気になさらずに。わたくしは魔族ですので、食事を取らなくても平気ですので……ただ、リュオン様の作る料理を食するのが毎日の楽しみなのです。とても美味でして――」
「なっ、美味しいよな」
会話をしながら俺は、スープが入っていた鍋を洗う。
「勇者様、本当にこちらで働いてはもらえないでしょうか? 本当に大変な毎日で……」
執事の声を背中で受けている状況だけど、執事の真剣さが伝わってくる。洗い終わると鍋を拭き、執事の方を向いた。
「仕事な、受けてもいいんだけど。魔王的には俺と共に過ごすの、嫌なんじゃないのかなって思って」
「そ、それは……」
魔王がどう思っているのかは、さっきの魔王の言動、そして今の執事の表情をみれば分かる。さっと斜め下に視線がいき、気まずそうな表情をしていたからだ。
「……今、少しわたくしとお話してくださいませんか?」と上目遣いで言う執事。視線を一瞬ダイニングルームに向けたから、俺は頷く。執事は紅茶を淹れた。
ダイニングルームのテーブルの、一番入口に近い場所に執事が紅茶のカップを置くと、そこの席に並んで座った。
「というか、執事も俺を憎んでいるだろ?」
「……正直に申し上げますと、その感情はゼロではありません」
だよな、俺が魔王を倒したから魔王や執事、魔王の手下たちも……俺が魔界の全てを滅ぼしたようなものだから。
「しかし、わたくしのそのような感情などはどうでもよく。それよりもリュオン様のことが気になりすぎて……」
「俺も気になることあるんだけど、どうして魔王城で子供を育てるなんて状況になったんだ?」
「はい、話せば長くなるのですが……」
執事は俺の眠る時間と赤ん坊の目覚める時間も配慮しますのでと宣言をしてから、早口で話しはじめた。
まず、俺たちのパーティーが魔王を倒すと、魔界の者たちの中で魔王だけが捕らえられた。俺らの対決をあらゆるパターンで魔王は想定していて、魔王自らが倒され捕らえられたパターンも考えていたそうだ。
「リュオン様は『万が一、我が倒されたら、とにかく全員逃げ切れ』と、わたくしや他の魔族にも仰っておりました。本当にリュオン様はひとりで何でも抱え込んで解決しようとなさる。今も……」
目尻が濡れてきた執事は、ポケットから白いハンカチを取り出し、自分の涙を拭いた。
「リュオン様がいなくなると、わたくしはリュオン様の指示通り、魔王城にいた魔族全員を逃がし、外にいた者たちにも、はるか遠くへ行くように指示をいたしました」
「……執事は逃げなかったのか?」
「はい、人間界の者がわたくしたちを捕らえに魔王城に来ると予想していましたから、ここでじっとしておりました」
「何で逃げなかったんだよ」
「リュオン様がいなくては、わたくしが存在している意味はないからでございます。わたくしは予想通りに捕らえられ、リュオン様と再会いたしました。わたくしもリュオン様も、処刑という名の完全なる封印をされるのは確実でしたから、リュオン様と再会するまでは、リュオン様と共にこの世から消える覚悟でいました……ですが……」
執事の言葉が、ヴッと詰まる。
「執事、大丈夫か?」
「はい、話を続けます……。再会してリュオン様の無事なお姿を確認すると、リュオン様がお生まれになった時からトップに上り詰めた時までの、リュオン様の孤独や努力、共に過ごした日々を思い出し、わたくしは気がつけばリュオン様の命乞いを人間にしておりました。そして人間側が出した条件が『身寄りのない獣人の子供たちを一人前に育て全員無事に世へ送り出せば、リュオン様とわたくしを処刑せずに、魔力を全て封印した状態でわたくしたちを解放する』だったのです」
「そして今に至ると……」
なんか、魔王たちも色々大変なんだな。
全員を一人前にとなると、おそらく最低で成人までということだろうか。赤ん坊が十八の歳になるまで……人間と違い、魔族は何百年、中には千年以上も生きる者もいるらしい。子らが一人前になるまでの年月は魔族にとっては、一瞬なのか? 俺ら人間が生きている時間も魔族にとっては一瞬かも知れなくて。そんな人間なんかに、しかもただ命令を受けたから、ただ羨望の眼差しを向けられたいから勇者になった俺なんかに全てを一瞬で壊されて――。
モヤモヤとした考えが次々頭の中に湧き、罪悪感に苛まれる。
「そんな事情があったのか。国から命令されたからとはいえ、俺が原因を作ったわけだから、仕事の件は前向きに検討する」
「よろしくお願いいたします」
執事は丁寧にお辞儀をしてきた。
それから少し話をし、廊下に置きっぱなしだった荷物を持つと、執事と眠る部屋に戻った。
「執事、どうかしたのか?」
「いや、あの、勇者様、もしかしてスープを全てお飲みになってしまいました?」
執事に問われると俺は静かに頷いた。
「駄目だったのか?」
「いえ、あの、わたくしも飲みたかったなと……」
「そっか、執事も食事はまだだったか。何か代わりに食べるものを……」
「いえ、お気になさらずに。わたくしは魔族ですので、食事を取らなくても平気ですので……ただ、リュオン様の作る料理を食するのが毎日の楽しみなのです。とても美味でして――」
「なっ、美味しいよな」
会話をしながら俺は、スープが入っていた鍋を洗う。
「勇者様、本当にこちらで働いてはもらえないでしょうか? 本当に大変な毎日で……」
執事の声を背中で受けている状況だけど、執事の真剣さが伝わってくる。洗い終わると鍋を拭き、執事の方を向いた。
「仕事な、受けてもいいんだけど。魔王的には俺と共に過ごすの、嫌なんじゃないのかなって思って」
「そ、それは……」
魔王がどう思っているのかは、さっきの魔王の言動、そして今の執事の表情をみれば分かる。さっと斜め下に視線がいき、気まずそうな表情をしていたからだ。
「……今、少しわたくしとお話してくださいませんか?」と上目遣いで言う執事。視線を一瞬ダイニングルームに向けたから、俺は頷く。執事は紅茶を淹れた。
ダイニングルームのテーブルの、一番入口に近い場所に執事が紅茶のカップを置くと、そこの席に並んで座った。
「というか、執事も俺を憎んでいるだろ?」
「……正直に申し上げますと、その感情はゼロではありません」
だよな、俺が魔王を倒したから魔王や執事、魔王の手下たちも……俺が魔界の全てを滅ぼしたようなものだから。
「しかし、わたくしのそのような感情などはどうでもよく。それよりもリュオン様のことが気になりすぎて……」
「俺も気になることあるんだけど、どうして魔王城で子供を育てるなんて状況になったんだ?」
「はい、話せば長くなるのですが……」
執事は俺の眠る時間と赤ん坊の目覚める時間も配慮しますのでと宣言をしてから、早口で話しはじめた。
まず、俺たちのパーティーが魔王を倒すと、魔界の者たちの中で魔王だけが捕らえられた。俺らの対決をあらゆるパターンで魔王は想定していて、魔王自らが倒され捕らえられたパターンも考えていたそうだ。
「リュオン様は『万が一、我が倒されたら、とにかく全員逃げ切れ』と、わたくしや他の魔族にも仰っておりました。本当にリュオン様はひとりで何でも抱え込んで解決しようとなさる。今も……」
目尻が濡れてきた執事は、ポケットから白いハンカチを取り出し、自分の涙を拭いた。
「リュオン様がいなくなると、わたくしはリュオン様の指示通り、魔王城にいた魔族全員を逃がし、外にいた者たちにも、はるか遠くへ行くように指示をいたしました」
「……執事は逃げなかったのか?」
「はい、人間界の者がわたくしたちを捕らえに魔王城に来ると予想していましたから、ここでじっとしておりました」
「何で逃げなかったんだよ」
「リュオン様がいなくては、わたくしが存在している意味はないからでございます。わたくしは予想通りに捕らえられ、リュオン様と再会いたしました。わたくしもリュオン様も、処刑という名の完全なる封印をされるのは確実でしたから、リュオン様と再会するまでは、リュオン様と共にこの世から消える覚悟でいました……ですが……」
執事の言葉が、ヴッと詰まる。
「執事、大丈夫か?」
「はい、話を続けます……。再会してリュオン様の無事なお姿を確認すると、リュオン様がお生まれになった時からトップに上り詰めた時までの、リュオン様の孤独や努力、共に過ごした日々を思い出し、わたくしは気がつけばリュオン様の命乞いを人間にしておりました。そして人間側が出した条件が『身寄りのない獣人の子供たちを一人前に育て全員無事に世へ送り出せば、リュオン様とわたくしを処刑せずに、魔力を全て封印した状態でわたくしたちを解放する』だったのです」
「そして今に至ると……」
なんか、魔王たちも色々大変なんだな。
全員を一人前にとなると、おそらく最低で成人までということだろうか。赤ん坊が十八の歳になるまで……人間と違い、魔族は何百年、中には千年以上も生きる者もいるらしい。子らが一人前になるまでの年月は魔族にとっては、一瞬なのか? 俺ら人間が生きている時間も魔族にとっては一瞬かも知れなくて。そんな人間なんかに、しかもただ命令を受けたから、ただ羨望の眼差しを向けられたいから勇者になった俺なんかに全てを一瞬で壊されて――。
モヤモヤとした考えが次々頭の中に湧き、罪悪感に苛まれる。
「そんな事情があったのか。国から命令されたからとはいえ、俺が原因を作ったわけだから、仕事の件は前向きに検討する」
「よろしくお願いいたします」
執事は丁寧にお辞儀をしてきた。
それから少し話をし、廊下に置きっぱなしだった荷物を持つと、執事と眠る部屋に戻った。



