「勇者として選出いただいたレンツォ・ライモンディと申します。ウェネティア共和国出身の二十歳です」

 そう名乗ったレンツォは実に瑞々しい青年だった。
 身長は俺と同じぐらいで高くはないが、金髪に碧眼で端整な顔立ちのレンツォを一目見て、俺はRPGの主人公っぽいなと思った。
 ギュスターヴがレンツォを酒場に連れて来たのは、聖皇と謁見してから六日後の七月十五日だった。
 昼下がりの酒場は客も少なく、俺たちは落ち着いて飲んでいた。

「ユーゴです。よろしく」

 俺が立ち上がって右手を差し出し握手を求めると、レンツォは驚きの表情を浮かべた。
 わずかな戸惑いを感じさせながらレンツォが俺の右手を握る。
 硬く引き締まった手だった。

「緊張してる?」

 俺はフランクに話しかけてみた。

「はい。正直に打ち明けますと、とても緊張しております」
「そうか。まあ、座って」

 俺が席を勧めるとレンツォは「失礼します」と言いながら椅子に腰掛けた。
 ギュスターヴも椅子に腰掛けながら、レンツォの紹介を口にした。

「レンツォの実力は折り紙付きです。何せ聖槍ロムルスの槍に選ばれた当代随一と言っても過言ではない槍術士ですから。出自が大きく物を言う聖七使徒騎士団という保守的な組織にあって、孤児でありながら実力のみで第一階級である正義の騎士にまで昇叙した俊才です」

 ギュスターヴの紹介に反応したのはルドヴィクだった。

「ほお……それは頼もしいな。明日にでも一つ手合わせ願おうか」

 ルドヴィクの提案に対し、レンツォは恐縮を隠さなかった。

「剣聖と並び称される太範(たいはん)剣士ラゴン閣下の相手が務まるか不安ではありますが……」
「俺のことを知っているのか?」
「もちろんです。魔王エンリルを討ち取った勇者ブレイス公のパーティーについて知らぬ騎士などおりません」
「まあ、そうか。俺のことはルドヴィクで構わんよ」
「はっ、恐れ入ります」
「そう緊張なさんな。これからは一緒に旅をするんだ。同じ釜の飯を食う仲間にいちいち恐縮しとったら身が持たんぞ」
「はい!」

 レンツォが気持ちの良い返事を返した。
 なんだか好青年だ。俺が描かないタイプのキャラクターかもしれない。
 レンツォのように『ミシェル戦記』に登場していない人物は、俺にとって新鮮な存在だ。
 孤児でありながら実力のみで勇者になった美しい好青年。実に主人公っぽい。
 そんなことを俺が思っていると、ニナがギュスターヴとレンツォのグラスに赤ワインを注いだ。

「まずは乾杯しよう。あたしのこともニナでいい」
「わたしもクロエで構わない」
「そうですね。私のことも今後はギュスターヴと呼ぶように」
「ドラクロワ猊下も、でありますか……よろしいのですか?」

 レンツォがギュスターヴを見る。ギュスターヴは微笑みながらうなずいた。

「君は勇者に選出されたんだ。そして聖皇聖下の御意向で我々の仲間となった。魔王ニヌルタを討ち取るまで、背中を預ける仲間だ。名前で呼ぶのが自然だろう」
「かしこまりました。では、そうさせていただきます」

 レンツォの返答を待って、俺はワイングラスを掲げた。

「俺のこともユーゴと呼んでくれ。じゃあ、新たな仲間に乾杯!」

 乾杯を済ませると、俺たちは日が沈むまで杯を重ねた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 翌朝。レンツォを加えた俺たち六人は、滞在するヴァティカーノから隣町までの街道を徒歩で移動した。
 隣町とのほぼ中間地点に頃合いの草原を見つけ、俺たちは荷物を降ろした。
 荷物といっても、ちょっとした食事をするためのものだった。
 気分的にはピクニックに近い。
 適度に雲があるピクニック日和だったこともあり、クロエやニナの表情も明るかった。

「さて、昼食を愉しむ前に少しばかり手合わせといこうか」

 ルドヴィクがレンツォに声をかける。

「はい! よろしくお願いします!」

 レンツォは快活に応じた。それを聞いたルドヴィクが満足そうにうなずく。

「よし。では早速、始めよう。デュランダル!」

 ルドヴィクの声に呼応するように全長が約六フット、センチメートルで言えば約百八十センチという異様な大きさのロングソードが、ルドヴィクの右手に出現した。
 黄金色の柄と青白く輝くブレードを持つ聖剣デュランダルは、そこに存在するだけで見る者を圧倒する迫力を有していた。

「ロムリハスタ!」

 その迫力に飲まれんと抗うように、レンツォが声を張った。
 レンツォの右手に全長が約七フット、センチメートルで言えば二百十センチの長槍が出現する。
 翠色に輝く鋒先と、同色の柄を持つ聖槍ロムリハスタ。ロムルスの槍とも呼称される神話級の槍は、聖剣デュランダルに負けぬ迫力を感じさせた。

「おお……!」

 俺は思わず感嘆の声を漏らした。
 剣と魔法の世界を描きたかった俺は、派手で大きな剣や槍をキャラクターに持たせたかった。
 しかし、それらを実際に普段から持っているのは困難だし、なにより描写が面倒臭い。
 そこで苦肉の策として、聖剣や聖槍といった神話級や伝説級の武器に関しては、それらの武器に選ばれた人物が召喚して現出させるという設定にした。
 グッジョブ俺。演出としてなかなかに格好いいし、何よりルドヴィクやレンツォも生活しやすい。従者に常に持たせるなんてことも無くて済むのだ。

「それがロムルスの槍か……見事なものだ。では、始めよう」
「はい! 参ります!」

 ルドヴィクとレンツォの手合わせが始まった。
 殺傷能力の高い剣技や槍術のスキルは使われないものの、俺の目には充分に迫力のある仕合だった。
 斬り結ばれる一合ごとに、離れている俺にも圧が届く。
 見応えのある仕合が数分ほど続いたところで、ルドヴィクが動きを止めた。

「見事。さすがは力で勇者に選出されただけはある」
「ありがとうございます!」
「ユーゴ様!」

 ルドヴィクが俺に向って声を掛けた。

「なんでしょう!」
「加護をお願いできますでしょうか!」
「りょーかいです!」

 俺は即答した。仲間内で加護と呼ぶ俺のユニークスキルを発動する。
 意識するだけなのでラクなものだ。魔力を消費する訳でもないので疲れもしない。 まあ、俺は魔力ゼロなんだけど……。

「これは……!」

 レンツォは初めて味わうであろう感覚に、目を丸くしていた。
 それを見たルドヴィクは満足そうな笑みを浮かべた。

「これがユーゴ様の創造神たる加護の力だ。さあ、打ってこられよ!」
「はい! 参ります!」

 ドンッ! とレンツォが地面を蹴る音が響いた。
 俺のユニークスキルによるバフを受けた二人の仕合は、それまでとは次元が違うものだった。
 そのあまりの速さに、俺の目では二人の姿を追うのが精一杯だった。
 ルドヴィクとレンツォの間で交わされる技の応酬。その本質を理解するのは無理だと分かったが、俺は目を離さなかった。
 見ているものを描写しようとする、あるいは吸収しようとする創作者の性かもしれない。
 ルドヴィクとレンツォが斬り結ぶ一合一合が、離れた俺の内臓を震わせる。
 俺は感動していた。
 ファンタジーを愛する読者として見たかった光景、作者として描きたかった光景、その光景を俺は確かに今、目の当たりにしている。
 数十秒の仕合が、長く感じられた。

「よしっ! これまで!」

 ルドヴィクが声を張る。それに呼応してレンツォの動きがピタリと止まった。

「どうだ。創造神の加護、ユーゴ様のバフを味わった気分は?」
「これほどとは……僕の想像など遙かに越えています」
「俺も最初に味わったときは驚いたもんさ」

 レンツォの反応に満足した様子のルドヴィクが豪快に笑った。