目が覚めると、私は薄暗い冷たい石壁に囲まれていた。

「おばあちゃん! お姉ちゃんが起きた! おばあちゃん!」

 ザッザッと足音を立てながら、向こうの方に走り去っていく赤髪の少女。
 だれ……けっこうちっちゃい子……。

「おぉ、そうかい。よかった、よかった」

 ゆっくりとした足取りで、老婆のような声の人が近づいてくる。

「全身傷だらけでよう助かった。あんたは旅人かい?」

 旅人……じゃない。起きたばかりで頭がぼうっとして、まだ状況が整理できていない。
 しわだらけの手が伸びてきて私の額に触れた。

「熱も下がったようだね。ここの集落 総出で手当てしたかいがあったよ」
「あぁ……ありがとうございます」

 私は痛む体に歯を食いしばりながら起き上がる。
 下に敷いてあるのは、わらが詰まった麻袋のようなもの。上にかかっていたのは、ゴワゴワとした麻布だった。

「ここは……どこですか」
「どこって、アールテム王国王都の西地区さ。旅人なのに知らないで来たのかい?」
「いや、私旅人じゃないです。というか、アールテム王国……初めて聞きました」
「聞いたことがないとは……そんな遠くから来たのかい!」

 自分の出身を言おうとして、私はみるみる青ざめた。
 私ってどっから来たんだっけ!?

 最後に記憶にあるのは、どこかのホールの舞台裏。確かそこは名古屋だったから愛知県。でもそこにはバスで来たし、前の日はホテルにも泊まってるし、あっ!

「埼玉! 埼玉から来ました!」
「さ、さい……たま?」
「えっと……東京の隣です」
「と……うきょう?」
「東京を知らない!? じゃあ日本! ジャパン!」
「にほ……ん? ジャパン? あんたは何を言ってるんだ?」

 ええっ、この現代で日本も東京も知らない人っているの? 私もアールテム王国なんて初めて聞いたけど。

「私は商人だから色んな国の話も聞くんだけどねぇ。全く聞いたことがないわ」

 世界史取ってたから分かるけど、これ、中世ヨーロッパ時代の家と似てるんだよね。一階は石壁になってるこの感じ。
 それなら他の家とか外の雰囲気も、ヨーロッパっぽくなってるはず。
 私は足を引きずりながら外に出ようとしたが――

「あんた、靴!」

 薄い革の簡単なつくりの靴を渡される。そうだった、外国は家でも靴生活だもんね。
 外を見た瞬間、私はあることを悟った。

「あ…………やっぱりか」

 外はどこを見ても洋風な建物ばかりで、前の道路は石畳で舗装されている。行き交う人々はみな『外国人』のような見た目。でも、話されているのは日本語。

「私、異世界にいるのかも。異世界転生ってやつだ。私、死んだんだった」

 風が吹き、横髪が揺れて視界に入った。……ピンク色のものが。

「へぇっ!?」

 それをつかみ、こわごわまた視界に入れる。

「ぎゃぁぁぁぁ!! しかもめっちゃ髪短くなってるーーーー!!」

 頭を触り、首に手を当てるが、ない。髪がない。

「うそ!? 大学デビューしたくてずっと伸ばしてきたのに!」
「おまえさん、頭もケガしてたんだよ。髪の毛は血だらけでカピカピで手当てしづらかったから、切らせてもらったよ」
「そんなぁ……!」

 JKは髪が命なんだって!(特に前髪!) ここじゃあJKっていうのも関係ないと思うけど……とほほ……。

 おばあちゃんに手鏡を貸してもらい、どれくらい切られてしまったのか確認する。

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 これじゃあベリーショートだし、何か目が赤いんですけど! ピンクっぽい髪になっちゃったし、瞳の色が赤とか怖すぎるし、しかもこの髪の長さ!
 もう悲しくなってきたよ……。まだ前髪があるだけマシかぁ……。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 私が着ている、羊毛の赤いワンピースの袖が、ちょんちょんと引っ張られる。あの赤髪の少女である。

「大丈夫じゃないよぉ……。お姉ちゃん、起きる前と起きた後で、見た目がすっごい変わっちゃってて」
「そうなの? でもお姉ちゃんかわいいよ!」
「……ホントに?」
「髪は男の子みたいだけど、お姉ちゃんだとかっこいいよ!」

 ホントのホントに? この子めっちゃ天使じゃん!
 老婆がのっそのっそと歩み寄ってきた。

「さっきボソッと言っていた『転生』とやら、それは本当なのかい?」
「はい……どうやら。私、死んでこの世界に来てしまったみたいなんです」
「なるほど……、生き返ったということかね?」

 うなずいたのを見た老婆は、「第二の人生じゃ。名前をあげよう」と言い出す。

「リリー、このお姉さんの名前、何がいいと思うかね?」
「神様のお名前!」

 無邪気に答える赤髪の少女。
 そっか、そういう感じで考えるんだ。神様と同じ名前とか、日本じゃああんまりないよね。

「死ぬ前は何をしていたのかい?」
「高校生……学生でした。あと楽器吹いてました」
「若い時から芸術に触れていたのかい。それなら『グローリア』はどうじゃ?」

 感心するように目を細める老婆の口から出たのは、この世界で『音』を司る、音楽の神『グローリア』の名だった。

「すごいよお姉ちゃん! グローリア様と同じ名前!」

 私の腰に抱きついてきた。

「せっかく決めてもらった名前、使わせていただきます。……私は、グローリア」
「いい名前だよ。……おっと、私たちの自己紹介をしていなかったね」

 さっきおばあちゃん、この子を『リリー』って呼んでたけど。

「私はイザベル・プレノート。ベルって呼んでおくれ。こちらが孫のリリアン」
「みんなからリリーって言われるから、お姉ちゃんもリリーって呼んで!」

 あっ、イザベルさんのニックネームってベルなんだ! 確かに言われてみればそうだよね。

「あと、敬語はよしておくれ。あまり使われると背中がムズムズする」
「分かりました……じゃなくて、分かった」
「はい、よし」

 私は冷たい石壁に寄りかかった。
 あぁ……私、転生してきてどこかに倒れてて、ベルや近所の人に助けてもらったってことだよね? 「全身傷だらけ」って言ってたから、死んだ時の傷が残ってたのか。
 あの髪は何回頭を洗っても取れなかったから、おそらく地毛だろうって。そういえば眉毛もピンクっぽかった気がする。なんでこんな変な見た目の私を引き取ってくれたんだろ。

 だがただ一つ、転生前よりいいことがある。
 Bカップだったおっぱいが、圧倒的に大きくなっていることだけは。