僕は身支度を整えるために一度部屋に戻った。今回はどこかに宿泊するわけではないので、大きな荷物は必要ないと思い、リュックは置いておく。制服に瞬間的に着替えて、僕はクローゼットからオボロさんから貰ったこげ茶色のグローブを取り出して手に着けた。本当は大切なものだし大事にしたいけれど、使わないとホノカに怒られそうで、力を借りる事にする。
 準備が終わり部屋を出て、下の階に降りるとすでに二人がいてアヤメさんと話していた。モモ先輩は、いつも通りのゴスロリスタイルで、コノは村を出る時に貰っていた黄緑と赤色のスカート巫女服を着ている。

「ユーぽん、準備出来た?」
「はい。戦闘出来る状態です」
「そう。コノハも本当に大丈夫?」
「問題ないと思います」

 モモ先輩はまさしく先輩としての責任感からか、僕達を気にかけてくれる。その姿を見ると安心させられて緊張も緩和した。

「行く前にこれを持っていって」
「こ、これって……」

 アヤメさんが手にしていたそれは、白色で上下に画面ある携帯ゲーム機のような形をしていた。

「凄い既視感のあるマギアね」
「何だか懐かしくなります」

 昔はこのゲーム機で沢山遊んだ。一人だけでなく、クラスの友達やもちろんアオとも一緒に。僕の人生でもっとも輝いていた時を思い出してしまう。ちなみにアオはゲームがとても上手くて、僕なんかよりも圧倒的だった。

「作る前に、デザインをミズアに考えて貰ったんだー。これはね、上画面にはマジックロープの残弾数と搭載されているカメラからの映像が表示されて、下画面では地図と今いる地点が表示されるんだ」

 見せてもらうと、言われた通りの画面になっていた。カメラ映像も綺麗で真ん中には照準マークがある。地図もこの街のものでちゃんと僕達の位置も赤い丸で示されていて、向こうの世界のものと遜色ない。

「このカメラで狙いをつけてこのAボタンを押すと、マジックロープを撃てるんだー。弱らせてからそれでボアホーンを捕まえて。後で狩人の人達に処理してもらうからさ」
「捕まえたのはそのままでいいの?」
「だいじょーぶ。君達が行ったすぐ後に付いて行ってもらうし、マジックロープがある位置はわかるようにしてあるから」
「凄く便利ですね」
「ふふん。威力も凄いんだよ? 多分半亡霊にも効くし」

 アヤメさんは誇るように胸をそらす。それに、コノは瞳をキラキラさせていて。

「わぁ! こういう物を作れるなんてカッコいいです!」
「ニヒヒっ、それじゃあ君にこれを預けるよ」
「い、いいんですか?」
「うん。どーぞ」

 コノはそのマギアを受け取ると、まるで高級品のように震える手で乗せる。

「使わない時は閉じてね」
「と、閉じる? どうやって……」
「こういう風にするのよ」

 モモ先輩はコノの手を動かしてあげてやり方を教える。それは元になったゲーム機のようにカチャッと閉じた。

「閉じました……じゃあこうすれば……開きました。そしてもう一度……閉じました!」
「楽しそうだね」
「はい! 新感覚です!」

 よっぽど琴線に触れたらしく、何度も開いたり閉じたりしている。子供みたくはしゃいでいて、可愛らしくもあり少し羨ましくもあった。

「そんなに喜んでくれると嬉しいよー。最近はミズアに見せられてないからそんな反応貰えなかったからさー。今度、コノハちゃんにマギアを作ってあげるね」
「いいんですか! ありがとうございます! えへへ、どうしようかな……」
「……楽しそうにしているところ悪いけど、そろそろ行くわよ」

 盛り上がっているコノにモモ先輩は姉のような面持ちで苦笑している。

「わかりましたっ。マギアはコノに任せてください!」
「ええ。それじゃ」
「「「いってきます」」」
「いってらっしゃーい!」

 僕達はアヤメさんに送られて店を出てウルブの森へと向かった。



「……」
「ユーぽん、心配いらないわ。前みたいにはならないから。それに、これもデートなんだから気楽にね」
「は、はい」

 三人で森の中に入る。木々の隙間はエルフの森よりも広くて、陽の光が差し込んでいる。けれど、思い出してしまうのは、魔獣達に襲われた記憶。前よりも強くはなっているけれど、やはり不安が押し寄せていた。

「コノもいますからだいじょーぶ、です」
「あ、ありがとう。勇者なのにこんなのでごめんね」
「いいえ。そういう部分も含めて勇者様なので。それに、ユウワさんとは頼って頼られの関係になりたいですから!」

 顔に出ていたらしく、二人に元気づけられる。恥ずかしくなるが、嬉しくもあり守られているような感覚が心を前向かせてくれた。

「……あれは」

 森の奥へと進んでいれば、ある魔獣が姿を現した。

「キユラシカね」
「温厚な魔獣さんですよね。あまり外を知らないコノも知っている子です……ってユウワさん?」

 僕はコノの後に身体を縮めて隠れる。勇気を貰って早速だけど、思わずそうしていた。

「あはは……ユーぽん、何故かキユラシカに狙われるものね」
「見つかったら、また襲われるかも」
「……不思議です。あんなに穏やかそうなのに」
「人も魔獣も見かけによらないんだよ、きっと」
「いえ、ユーぽん以外には穏やかよ?」

 キユラシカは、名前の通り大きな二つの角で木を挟んで揺らして落ちてくる果物を食べている。話の通りなら、あんな感じで彼らはこちらが何もしなければ敵対してこないはずなんだ。

「もしかしたら、今回なら襲われないかも? ユーぽん、強くなったし」
「そ、そうですかね……」
「今こそトラウマ克服のチャンスよ。万が一があってもあたし達が助けるわ」
「マジックロープの残弾数も沢山ありますし、コノがマギアで捕まえちゃいます」

 二人に背中を押されて前に出されてしまい、僕は姿を晒した。すると、食べる途中のキユラシカがこちらを見てきて。

「え……うわぁぁぁ!」

 威嚇するように、獲物を見つけたように、二本の角をガシガシとしてから、こちらに飛びかかってきた。

「あちゃー。やっぱり駄目だったわね」
「ゆ、ゆ、ユウワさん!」
「なんでぇぇぇ!」

 案の定キユラシカに追われることとなり、逃げるはめに。全力で走りつつ、モモ先輩達が見える範囲で逃げ回る。木を使いながら攻撃を避け、小回りに動き続けた。

「はぁ……はぁ……」
「ユーぽん、あたしが魔法で倒すから、もう少し遠くにお願い!」
「わ、わかりました!」

 僕はモモ先輩達から離れるため、引きつけて目的の位置まで誘導する。背を向いて逃げるだけでなく、後ろを確認しながらというのは、恐ろしくもあり難しい。常に凶器がこちらにあると認識させられるから。でも、恐怖を噛み殺してそれをし続けた。

「ここなら……今っ!」

 木を背にした僕にキユラシカが挟もうと迫る。そのクワガタのような角二本に挟まれるギリギリでかわす。強く木を挟んだことで動きが少し止まった。

「ナイスよユーぽん! 喰らいなさい、スパ――」
「ブモォォォォ!」
「え」

 その声と足音に、キユラシカに集中していた意識は瞬間的に反対方向に向いた。そこにはこちらに猛突進してくるボアホーンがいて。

「あっぶ!」
「ブモォォ!」
「――!」

 地面に飛び込むような形で避ける。前転で衝撃を吸収してすぐに体勢を立て直し振り返ると。すでにキユラシカは遠くにふっ飛ばされていて、すぐそこには紅の毛皮を持つイノシシみたいな魔獣のボアホーンがいた。カブトムシみたいな一本の鋭い角を僕の方に向けて、今にも再び突進しそうに足を動かしていて。

「ブモォォ」
「っ」
「ユーぽん、目を瞑って! スパーク!」

 そう言われて反射的に瞼を閉じると、一瞬目映い光を感じた。それと同時にボアホーンの弱々しい声が聞こえて、目を開けると、そいつはしびれているのか地面に倒れてピクピクとしている。

「コノハ、今よ」
「は、はい。これで狙いを定めて……えい!」

 コノがボタンを押すと、マギアのカメラ部分から白い魔法陣が出現して、そこから同色のロープが放たれる。真っ直ぐ伸びたそれはボアホーンの身体に着弾すると、勝手に巻き付いて完全に拘束した。

「や、やりました!」
「上手くいったわね。ユーぽんは、大丈夫?」
「は、はい。何とも……ってまた次が!」

 達成感に浸る間もなく、またボアホーンがこちらに向かってきていた。突撃準備をしているようで。

「ブ……モォォォォ!」
「……っ」

 僕へと直線に襲いかかってくる。それに手にロストソードを出して構えた。思い出すのはアオがボアホーンをいなした姿。引き付けてから剣で掬い上げるようにして、投げ飛ばした。今の僕なら出来る、そんな気がして。

「……」
「ブモォォ!」
「……」
「ブモォォォォ!」
「や、やっぱ無理!」

 直前で怖くなり、ギリギリのところで身体を投げ出して向かい撃つ事なくかわしてしまった。そのままボアホーンは奥の木に角を突き刺して身動きがとれなくなって。

「ナイスよユーぽん! スパーク!」

 モモ先輩の目元にあるハートマークは黄色になり、可愛らしくウインクをした瞬間に黄色の魔法陣が現れてそこから電撃がほとばしった。それをモロに受けたボアホーンは、力なく倒れる。

「今です!」

 そしてコノがマギアを使って捕まえた。これで二匹目だ。

「やったわね。この作戦でどんどん捕まえていくわよ!」
「はい! マギアはコノに任せてください!」

 強い手応えを感じたらしい二人は、盛り上がって仲良くハイタッチしていた。関係が目に見えて進展しているのは、嬉しいのだけど、僕の囮作戦の続行を止めづらい雰囲気になっていて。

「ユーぽんも、頑張って!」
「ユウワさん、一気にやっちゃいましょう!」
「……はい」

 このやり方で続ける方針に固まり、僕達は森の中を歩き周りボアホーンを捕まえていった。