「あの林原さん、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「その答えづらかったらいいんですけど……何があったのかなって」
「死因か」
「は、はい」

 未練について聞いた後、僕は一つ重要な事を聞き忘れていたと、その事を尋ねた。やはり聞きづらく、遠回しで言葉を選ぶも、必要ないと言わんばかりの表現で返答される。

「それはだな……」

 そうして彼が話し出したのはある未練を解決するためにアオと協力して行動したことだった。
 彼らはイシリスにいるある母親から依頼を受けた、自身の大切な人が霊になってしまったと。そして霊となった未練の相手を聞くと、それは生まれたばかりの赤ちゃんだったらしくて。

「あ、赤ちゃん……ですか? そんな事があり得るんですか?」
「そうだ、レアケースではあったがな。恐らく、自我や意識がなくとも、親を求める本能がそうさせたんだろう」
「でも、その解決って」
「色々試しはした……」

 それから林原さん達が様々な試行錯誤をしたという話を聞かせてくれた。しかし、その苦労話の結論は時間切れという残酷なもので。街の中で赤ちゃんの亡霊が暴走。依頼を受けた時点ではもう半霊状態になっていたらしく、時間も少なかったらしい。

「そこで愛理とも協力して亡霊を倒す事になった」
「そう。けれど、未練について何一つ進展しなかったからか、亡霊はとても強かったわ」
「じゃあ林原さんはそこで……」
「その通りだ。ミズアを庇ってもろに攻撃を受けたからな」
「そんな……」

 多分、いや絶対アオは自分のせいで林原さんは死んでしまったと思って苦しんでいる。今もきっと。

「だが、その結果ミズアが亡霊を倒した。街を救った。以上が、俺の話だ。」

 そして平和が訪れて終幕。でもそれには大きな爪痕を街にも人にも残した。

「あの、半年前にイシリスタワーが被害を受けた件がそれだったんですね」
「そうだ」

 アオが街の人から認知されていることの理由としてその話を聞いていた事を思い出す。あの時、悔しそうにしていたのは、未然に防げなかった事だけじゃなく、林原さんを失ったからでもあったんだ。

「あの出来事以降、ミズちゃんは街の人から大きな信頼を得るようになったわ。まるで英雄のように」

 きっとアオは複雑な気持ちにあったはずだ。そして強い責任感を背負っていたのに、あんな明るく振る舞っていた彼女を思うと胸が痛む。

「話してくれてありがとうございます」
「ああ。なら次はエルフの村でお前がやってきた事を教えてくれ」
「僕ですか? わ、わかりました」

 こちらに会話のボールが回ってくるとは思わなかった。少し動揺してしまったけど、僕はモモ先輩に聞かせた話をコノに協力して貰い伝えた。

「という事があったんです」
「やはり、大きく成長したみたいだな」
「わかっていたんですか?」
「だから未練について話したんだ。アヤメさんから置かれた状況を聞いてきっと君が飛躍する糧となると思った。そして顔を見て確信した」
「林原さん……」

 自分でも何か前進出来たような手応えはあったのだけど、林原さんからそう言ってもらえると確かなものに感じられた。嘘もお世辞も言わなそうだからだろうか。

「……ってコノ、大丈夫?」
「は、はい。少し考え過ぎちゃって」

 額を抑えてとても苦しそうにしている。彼女からすれば、未練を解決したとはいえ、何度も死というものに触れていれば強い負担になってしまうだろう。

「コノハ、長話で疲れただろうし少し休むわよ」
「え……でも」
「いいから」
「は、はい……」

 モモ先輩はコノを連れて二階へと部屋へと戻って行ってしまった。それを林原さんは少し目を細めて、しばらく見つめている。

「……」
「林原さん?」
「少しは仲良くなれたみたいだな」
「ですね。これで、僕に関する争いは無くなれば良いんですけど……」
「それは無理だろうな」

 即断言されてしまった。機械的に感情が薄い言葉だから、謎の説得力があって、落ち込んでしまう。

「だが、それでいい」
「へ? いや、僕的には困るんですけど」

 想定外な肯定をされて思わずそう言ってしまったけど、林原さんは変わらず真剣な表情のままで。

「悪い。そういう意味ではなくてだな、未練についての話だ」
「未練?」
「ああ。コノハさんとの関係はこれからどうなるかわからないが、日景くんとの関係は、俺達と大きく違うように感じている。あの、ギュララさんの一件から。何かあったのか?」
「モモ先輩が、僕を救うために好きになるって言ってくれたんです」

 彼女からはまだ聞いていなかったのか、林原さんは目を丸くした。

「……そうか。愛理は一歩、進んでいるんだな」
「かもですね」

 依存とはまた違うとは思う。それに、自分のためじゃなくて僕のためだし。

「そして、コノハさんともまたミズアと違うものを作ろうとしている」

 それがどうなるかはわからないけれど、そうなってくれると僕は嬉しい。

「多分、その二つが俺達への依存から脱却する足掛かりになるんだと思う」
「じゃあ、それが未練を……」
「だが、足りない。まだ俺は安心する事が出来ないんだ」

 流石に、そう簡単にはいかないみたいだ。でも見間違いじゃなければ、林原さんが一瞬微笑んだ気がした。

「今、愛理はミズアとの距離が離れている。そして、俺に関しては未練解決に向かおうとしている。もしかしたら、変わる大きなチャンスかもしれないな」
「林原さん……」
「日景くん。俺は暫く愛理とは距離を置こうと思う」
「え……」
「きっとそれの方が良い、依存解消するにはな。その間、愛理の事もミズアの事も頼んだぞ」

 林原さんは頭を下げてそう頼み込んできた。それに思わずあたふたしていると、ゆっくりと立ち上がって。

「もう、行ってしまうんですか?」
「ああ。いつ、暴走するかわからないからな。さっさと街の外に出る。まぁ、たまに戻って来るがな」

 彼はモモ先輩と別れの言葉を伝える気はないらしい。それはまた帰ってくるからだろう。

「……俺の料理を美味しいそうな顔で食べてくれてありがとな」

 それだけ告げて林原さんは部屋を出ていってしまう。その背中は確かな覚悟を思わせるように大きくて、確かな足取りは終わりへと向かっていくようだった。