数日後、部長は後輩であるバリサク吹きの家を訪ねた。またおどおどした表情で後輩は出てきた。

「どう? 部活から離れて心は軽くなったか?」
「……はい」
「やっと部員に、バリサクの大切さが分かってもらえた。また一緒に吹かない?」
「えっ……私をやめさせたんじゃなくて……?」

 勘違いをしている後輩に、部長はこれまでのことを伝える。そして、退部届とともに入部届も一緒に渡した理由を。

「私には一旦部活から離れて心を休ませて……バリサクがいない合奏で、部員にバリサクの重要さを分からせる……。そんなことが」
「勘違いさせてしまったのは申し訳ない。でも私から話を聞いて、また一緒に吹きたくなったら入部届を書いてほしい」

 後輩はまた目に涙を浮かべるが、それは嬉し泣きだった。

「低音楽器ってバンドの中心だろ? しかも低音の芯を作ってるのが木管低音楽器。バリサクはバンドの一番中心なんだよ」
 そう言うのは、吹奏楽の花形であるクラリネット奏者。低音楽器など「リズムが簡単でいいよねー」と言ってしまいそうな立場である。それなのに。

「バリサクを抜くとどうなるんですか?」
「とにかく酷かったな。そもそも土台の低音がまとまってないから。バスクラとファゴットの音が浮いちゃって、そっちばかりに耳がいっちゃう」
「そうなんですね……」

 ぶっきらぼうで怖そうな部長だが、人のことをよく見ていて、なおかつ自分の担当以外の楽器のことも分かっていた。
 口の悪ささえ直れば、本当に非の打ち所がない人である。
 後輩は涙をぬぐって、玄関の扉を閉めた。