3話
事件は、次の日すぐに起きた。
七限が終わって放課後となり、部室に向かおうとしていた時だった。
一人の女子生徒が俺たちのクラスを訪れる。
「失礼します」
凛とした女子生徒の声が教室に響く。
先ほどまで騒がしかったはずの教室には一瞬で静寂が訪れた。
他の生徒であれば他の生徒の声でかき消されていただろう。
けれど彼女だけは別だ。周りの視線が一手に集まっている。
「佐伯君はいるかしら?」
そして次の彼女の言葉で彼女に向けられていた視線は今度は俺に集まる。
佐伯という苗字はこのクラスには一人しかいない。
そしてこれほど人から注目を集めれる女子生徒もこの学校には高嶺の花である彼女しかいない。
「俺に何か用? 西園寺さん」
俺は席から立ち上がり、彼女の元へと向かう。
昨夜、颯太から西園寺さんが俺を探していると聞いてから薄々嫌な予感は覚えていた。
しかし、まさかこれほど堂々と俺を呼びに来るとは思ってもいなかった。
おかげで周りからの視線はかなり痛い。男女問わずクラスメイト達は何があったのかとざわついていた。
「ここでは話しづらいからちょっとついて来てくれない?」
西園寺さんは特に表情を変えることなく告げた。
彼女の含みのある言葉にさらに教室のざわつきは大きくなる。
「…………」
今から部活があるから、そう言って断ろうと思った。
けれどこの状況で、この場面で、普通の高校生なら部活と美女どちらを優先するだろうか。
間違いなく美女を取るだろう。
それに昨日から探していたとなると、先延ばしにしようとしたところで彼女がここで引き下がるとは思えなかった。
「分かったよ」
「じゃあついて来て」
俺は西園寺さんの言う通りにして、先を歩く彼女の背中を追った。
大勢がいる場所では話すことのできない会話。
クラスメイトたちは俺と西園寺さんの後ろをこっそりつけようとしていたようだが、彼女が一睨みしたことで彼らはあっさりと諦めた。
西園寺さんが選んだ場所は屋上だった。
昼休みは昼食をとるためにかなりの生徒がいるが、放課後は全く人気がなくなる。
誰にも聞かれたくない会話をするには適しているだろう。
「それでこんな場所に俺を連れてきて何の話? 告白とかされちゃうのかな?」
先ほどから一切の会話のない重苦しい空気を紛らわすように俺は軽口をたたく。
もちろんこれから彼女が語る会話の内容がそんなものでないのは俺も分かっていた。
少しでも場が軽くなれば、少しでも和めば良かった。
けれど帰ってきた返答は想像もしていないようなものだった。
「思ってもないことを言わないでちょうだい。その薄っぺらく作られた人格を見ると吐き気がするわ」
「は?」
突然、胸を刺されたような衝撃が俺を襲う。
一瞬固まりそうになってしまったが、咄嗟に俺は笑顔でどうにか取り繕うとする。
「ははっ、急に何を――」
しかし彼女はそんな俺の言葉さえも遮った。
「分かるわよ。私と君は同類なんだから」
「…………」
同類。その二文字だけで彼女は俺との立ち位置を表す。
おそらく彼女は俺に自分と同じような才能があると考えているだろう。
昨日の颯太の件がなければ俺も戸惑っていたかもしれない。
「文化祭でのバンド、君が作曲したらしいわね?」
「……そうだね」
「あの作曲技術と演奏技術は普通の高校生には真似できないわ。まぁ演奏に関しては明らかに手を抜いていたみたいだけど」
よく見てるな、それが俺の彼女の第一印象だった。
あの一回の演奏でそれほどの判断が出来る者はいない。
作曲はさておき、演奏に関しては別に俺は手を抜いた覚えはない。
小学校の合唱コンのように浮かないようにしただけだ。
バンドは一人で行うものではないため郁人たちと歩幅を合わせただけである。彼女にはそれが俺が実力を隠しているように見えたのだろう。
「それで用件は何?」
俺は単刀直入に彼女に尋ねた。
話し合いを長引かせてしまえば周りからも変に見られる。
すると彼女は鋭い目つきで口にした。
「教えてほしいの。なぜ君は圧倒的な才能を持っているのに凡人のふりなんてしているのか」
彼女の瞳孔は俺を瞳を真に捉える。
この場では何の誤魔化しも通用しないと知らされる。
「先に俺も質問していいか?」
「えぇ、どうぞ」
「君は何の才能を持っているんだ? 同類だと言ったろ?」
俺は彼女の外見についてしか知らなかった。
おそらく彼女の圧倒的な自信はその美貌ではない。
「それなら見せた方が早いわね」
「見せる?」
西園寺さんはポケットからスマホを取り出して何やら準備を始めた。
準備したスマホを俺と彼女の間に置く。
「一番だけ聞かせてあげる」
そう言った直後、彼女のスマホからロックな音楽が流れ始めた。
印象深いギターからの導入で始まるかなり昔の曲だった。どうやら今からこの曲を歌うらしい。
西園寺さんは深く息を吸い込んで大きく吐く。
そして右手を胸に当てて閉じていた口を大きく開いた。
「午前0時の~~」
「――――っ!」
俺は西園寺さんの歌声に思わず目を見開いて全身に鳥肌が立った。
第一声から彼女の歌声は俺の耳を易々と貫く。美声なんて言葉で表せるものではなかった。
息をのむ、なんて言葉があるが本物の衝撃があった時は本当に息をのんでしまうらしい。
彼女の歌声は一瞬で相手の心を鷲掴んで震わせる。全ての生物の意識を奪う。
カッコよく可愛い曲を彼女は完璧に歌いこなす。
歌姫。この言葉が彼女以上に相応しい人物を俺は知らない。圧倒的な才能が俺を襲っていた。
それから俺は西園寺さんが歌い終えるまで一歩も動くことが出来なかった。
呼吸をも忘れさせるほどの圧倒的な歌声。心臓がドクドクと跳ね上がっているのが分かる。
歌い終えた彼女はふぅ、とひと段落着いてから置いていたスマホを拾う。
「私、今はネットで歌い手として活動してるの。チャンネル登録者もそれなりにいるわ」
西園寺さんはそう言って俺にスマホの画面を見せてくれる。
そこにはDivaという名前のアカウントがあった。
チャンネル登録者は四十万人と記載されている。それなりどころではない。
今まで彼女の歌声をどこかで聞いていてもおかしくないほどの人数だ。
普通なら嘘だと疑うところから入るのだが、彼女の歌声を聞いた後ではそんな馬鹿げた数字もすんなりと受け入れられてしまう。
「私は私の才能を自分のために使ってるわ。なのに貴方はその才能を無駄にしようとしている。どうして凡人として振舞おうとするのかしら?」
「西園寺さんが思ってるより俺は凄い人じゃないよ」
「私が天才だと思ったのなら佐伯君は天才なのよ」
「……ははっ、傲慢だね」
他人の意見なんて気にしない。まさしく天才であり、孤高である人間の在り方だった。
だからこそ俺の想いなど彼女には絶対に共感出来ない。
「西園寺さんは自分の才能で嫌な目にあったことはある? 嫉妬されたり気味悪がられたりとか」
「もちろんあるわ」
「俺はそれで自分の才能を使わないことを決めたんだ。俺は普通の生活が出来ていればそれで十分だから」
俺は二度とあんな思いをしたくなかった。孤独になりたくなかった。
一人で惨めな思いをするくらいなら才能など簡単に手放せる。
「馬鹿じゃないの?」
しかし俺の想いを西園寺さんは軽々と一蹴した。
彼女は呆れたようなため息とともに口にする。
「確かに天才は孤高の存在よ。誰にも共感なんてされないし、凡人と同じ思いを分け合うことも出来ない」
彼女は俺の言葉を肯定する。
そして肯定した上で否定する。
「けれど天才の周りには吸い込まれるように天才が集まるわ。応援してくれるファンも何十万人といる」
西園寺さんの意志は固く揺るがない。
「それにその才能は今まで何百時間とかけて磨いてきたものなんでしょう? 本当に君は納得してその才能を捨てられるの?」
「俺は自分で納得して――」
「今も未練が残ってるんじゃないの? だからバンドなんてしてるんじゃないの?」
「――っ!」
思わず俺は言葉を詰まらせてしまった。
郁人たちに誘われたから仕方なくバンドをしている。お小遣いを稼げるから仕方なく作曲活動をしている。
俺はそう自分に言い聞かせてここまでやってきた。
西園寺さんの言う通り本気で才能を捨てたければ音楽すらも捨てられたはずだ。バンドだって適当な理由で断れた。
なのに俺は今も楽器を持っている。それは自分でも気づかないうちに未練が残っていたからなのかもしれない。
「私、一か月後にある商店街の演奏会にDivaとして出るの。そこで初めて顔出しをするわ」
チャンネル登録者四十万人の歌い手なら演奏会にゲストとして呼ばれてもおかしくない。
彼女の歌声なら盛り上がることは間違いなしだろう。プロの歌手にも引けを取らないのだから。
「その時に歌う曲を簡単なものでいいから佐伯君に作ってほしい。そしてギターとして一緒に舞台に立ってほしい」
「……俺に?」
初めて顔出しをする大舞台で何の実績もない俺を隣に立たせる。この意味を西園寺さんが分かっていないはずがない。
このご時世、地元で行われる演奏会だろうと一瞬で動画は拡散される。
俺の行動次第で彼女の運命は大きく変わってしまうだろう。
そんなリスクさえも顧みず初対面の俺を彼女は運命の分岐点に誘っているのだ。
「一週間待つわ。嬉しい報告が聞けることを楽しみにしてる」
西園寺さんは言いたいことだけを言って颯爽と屋上から去っていった。
取り残された俺は広々とした屋上で下を向いていることしか出来なかった。
事件は、次の日すぐに起きた。
七限が終わって放課後となり、部室に向かおうとしていた時だった。
一人の女子生徒が俺たちのクラスを訪れる。
「失礼します」
凛とした女子生徒の声が教室に響く。
先ほどまで騒がしかったはずの教室には一瞬で静寂が訪れた。
他の生徒であれば他の生徒の声でかき消されていただろう。
けれど彼女だけは別だ。周りの視線が一手に集まっている。
「佐伯君はいるかしら?」
そして次の彼女の言葉で彼女に向けられていた視線は今度は俺に集まる。
佐伯という苗字はこのクラスには一人しかいない。
そしてこれほど人から注目を集めれる女子生徒もこの学校には高嶺の花である彼女しかいない。
「俺に何か用? 西園寺さん」
俺は席から立ち上がり、彼女の元へと向かう。
昨夜、颯太から西園寺さんが俺を探していると聞いてから薄々嫌な予感は覚えていた。
しかし、まさかこれほど堂々と俺を呼びに来るとは思ってもいなかった。
おかげで周りからの視線はかなり痛い。男女問わずクラスメイト達は何があったのかとざわついていた。
「ここでは話しづらいからちょっとついて来てくれない?」
西園寺さんは特に表情を変えることなく告げた。
彼女の含みのある言葉にさらに教室のざわつきは大きくなる。
「…………」
今から部活があるから、そう言って断ろうと思った。
けれどこの状況で、この場面で、普通の高校生なら部活と美女どちらを優先するだろうか。
間違いなく美女を取るだろう。
それに昨日から探していたとなると、先延ばしにしようとしたところで彼女がここで引き下がるとは思えなかった。
「分かったよ」
「じゃあついて来て」
俺は西園寺さんの言う通りにして、先を歩く彼女の背中を追った。
大勢がいる場所では話すことのできない会話。
クラスメイトたちは俺と西園寺さんの後ろをこっそりつけようとしていたようだが、彼女が一睨みしたことで彼らはあっさりと諦めた。
西園寺さんが選んだ場所は屋上だった。
昼休みは昼食をとるためにかなりの生徒がいるが、放課後は全く人気がなくなる。
誰にも聞かれたくない会話をするには適しているだろう。
「それでこんな場所に俺を連れてきて何の話? 告白とかされちゃうのかな?」
先ほどから一切の会話のない重苦しい空気を紛らわすように俺は軽口をたたく。
もちろんこれから彼女が語る会話の内容がそんなものでないのは俺も分かっていた。
少しでも場が軽くなれば、少しでも和めば良かった。
けれど帰ってきた返答は想像もしていないようなものだった。
「思ってもないことを言わないでちょうだい。その薄っぺらく作られた人格を見ると吐き気がするわ」
「は?」
突然、胸を刺されたような衝撃が俺を襲う。
一瞬固まりそうになってしまったが、咄嗟に俺は笑顔でどうにか取り繕うとする。
「ははっ、急に何を――」
しかし彼女はそんな俺の言葉さえも遮った。
「分かるわよ。私と君は同類なんだから」
「…………」
同類。その二文字だけで彼女は俺との立ち位置を表す。
おそらく彼女は俺に自分と同じような才能があると考えているだろう。
昨日の颯太の件がなければ俺も戸惑っていたかもしれない。
「文化祭でのバンド、君が作曲したらしいわね?」
「……そうだね」
「あの作曲技術と演奏技術は普通の高校生には真似できないわ。まぁ演奏に関しては明らかに手を抜いていたみたいだけど」
よく見てるな、それが俺の彼女の第一印象だった。
あの一回の演奏でそれほどの判断が出来る者はいない。
作曲はさておき、演奏に関しては別に俺は手を抜いた覚えはない。
小学校の合唱コンのように浮かないようにしただけだ。
バンドは一人で行うものではないため郁人たちと歩幅を合わせただけである。彼女にはそれが俺が実力を隠しているように見えたのだろう。
「それで用件は何?」
俺は単刀直入に彼女に尋ねた。
話し合いを長引かせてしまえば周りからも変に見られる。
すると彼女は鋭い目つきで口にした。
「教えてほしいの。なぜ君は圧倒的な才能を持っているのに凡人のふりなんてしているのか」
彼女の瞳孔は俺を瞳を真に捉える。
この場では何の誤魔化しも通用しないと知らされる。
「先に俺も質問していいか?」
「えぇ、どうぞ」
「君は何の才能を持っているんだ? 同類だと言ったろ?」
俺は彼女の外見についてしか知らなかった。
おそらく彼女の圧倒的な自信はその美貌ではない。
「それなら見せた方が早いわね」
「見せる?」
西園寺さんはポケットからスマホを取り出して何やら準備を始めた。
準備したスマホを俺と彼女の間に置く。
「一番だけ聞かせてあげる」
そう言った直後、彼女のスマホからロックな音楽が流れ始めた。
印象深いギターからの導入で始まるかなり昔の曲だった。どうやら今からこの曲を歌うらしい。
西園寺さんは深く息を吸い込んで大きく吐く。
そして右手を胸に当てて閉じていた口を大きく開いた。
「午前0時の~~」
「――――っ!」
俺は西園寺さんの歌声に思わず目を見開いて全身に鳥肌が立った。
第一声から彼女の歌声は俺の耳を易々と貫く。美声なんて言葉で表せるものではなかった。
息をのむ、なんて言葉があるが本物の衝撃があった時は本当に息をのんでしまうらしい。
彼女の歌声は一瞬で相手の心を鷲掴んで震わせる。全ての生物の意識を奪う。
カッコよく可愛い曲を彼女は完璧に歌いこなす。
歌姫。この言葉が彼女以上に相応しい人物を俺は知らない。圧倒的な才能が俺を襲っていた。
それから俺は西園寺さんが歌い終えるまで一歩も動くことが出来なかった。
呼吸をも忘れさせるほどの圧倒的な歌声。心臓がドクドクと跳ね上がっているのが分かる。
歌い終えた彼女はふぅ、とひと段落着いてから置いていたスマホを拾う。
「私、今はネットで歌い手として活動してるの。チャンネル登録者もそれなりにいるわ」
西園寺さんはそう言って俺にスマホの画面を見せてくれる。
そこにはDivaという名前のアカウントがあった。
チャンネル登録者は四十万人と記載されている。それなりどころではない。
今まで彼女の歌声をどこかで聞いていてもおかしくないほどの人数だ。
普通なら嘘だと疑うところから入るのだが、彼女の歌声を聞いた後ではそんな馬鹿げた数字もすんなりと受け入れられてしまう。
「私は私の才能を自分のために使ってるわ。なのに貴方はその才能を無駄にしようとしている。どうして凡人として振舞おうとするのかしら?」
「西園寺さんが思ってるより俺は凄い人じゃないよ」
「私が天才だと思ったのなら佐伯君は天才なのよ」
「……ははっ、傲慢だね」
他人の意見なんて気にしない。まさしく天才であり、孤高である人間の在り方だった。
だからこそ俺の想いなど彼女には絶対に共感出来ない。
「西園寺さんは自分の才能で嫌な目にあったことはある? 嫉妬されたり気味悪がられたりとか」
「もちろんあるわ」
「俺はそれで自分の才能を使わないことを決めたんだ。俺は普通の生活が出来ていればそれで十分だから」
俺は二度とあんな思いをしたくなかった。孤独になりたくなかった。
一人で惨めな思いをするくらいなら才能など簡単に手放せる。
「馬鹿じゃないの?」
しかし俺の想いを西園寺さんは軽々と一蹴した。
彼女は呆れたようなため息とともに口にする。
「確かに天才は孤高の存在よ。誰にも共感なんてされないし、凡人と同じ思いを分け合うことも出来ない」
彼女は俺の言葉を肯定する。
そして肯定した上で否定する。
「けれど天才の周りには吸い込まれるように天才が集まるわ。応援してくれるファンも何十万人といる」
西園寺さんの意志は固く揺るがない。
「それにその才能は今まで何百時間とかけて磨いてきたものなんでしょう? 本当に君は納得してその才能を捨てられるの?」
「俺は自分で納得して――」
「今も未練が残ってるんじゃないの? だからバンドなんてしてるんじゃないの?」
「――っ!」
思わず俺は言葉を詰まらせてしまった。
郁人たちに誘われたから仕方なくバンドをしている。お小遣いを稼げるから仕方なく作曲活動をしている。
俺はそう自分に言い聞かせてここまでやってきた。
西園寺さんの言う通り本気で才能を捨てたければ音楽すらも捨てられたはずだ。バンドだって適当な理由で断れた。
なのに俺は今も楽器を持っている。それは自分でも気づかないうちに未練が残っていたからなのかもしれない。
「私、一か月後にある商店街の演奏会にDivaとして出るの。そこで初めて顔出しをするわ」
チャンネル登録者四十万人の歌い手なら演奏会にゲストとして呼ばれてもおかしくない。
彼女の歌声なら盛り上がることは間違いなしだろう。プロの歌手にも引けを取らないのだから。
「その時に歌う曲を簡単なものでいいから佐伯君に作ってほしい。そしてギターとして一緒に舞台に立ってほしい」
「……俺に?」
初めて顔出しをする大舞台で何の実績もない俺を隣に立たせる。この意味を西園寺さんが分かっていないはずがない。
このご時世、地元で行われる演奏会だろうと一瞬で動画は拡散される。
俺の行動次第で彼女の運命は大きく変わってしまうだろう。
そんなリスクさえも顧みず初対面の俺を彼女は運命の分岐点に誘っているのだ。
「一週間待つわ。嬉しい報告が聞けることを楽しみにしてる」
西園寺さんは言いたいことだけを言って颯爽と屋上から去っていった。
取り残された俺は広々とした屋上で下を向いていることしか出来なかった。