「有紗は普段無駄遣いしないけど、昔の私みたいにバイトしている訳じゃないしね! お出かけの足しにしなさい。じゃあ、私は行ってきます!」
そうしてお姉ちゃんは、バタバタと出勤していった。
私も今日は急ぎめでご飯を食べると洗面台で化粧とヘアセットをして、部屋に戻りカバンに荷物をまとめて準備を済ませて玄関へ向かう。
リビングに一旦顔を出して、一声かける。
「お父さん、お母さん。それじゃあ、行ってくるね! 帰りもしかしたら夕飯も済ませるかもしれないから、要らない時は連絡するね!」
「ハイハイ、あまり遅くなるなよ!」
「気を付けて、行ってらしゃい」
笑って送り出す言葉をくれた両親に、私も微笑んで
「うん! 行ってきます!」
そう返事をして、家を出た。
自宅から五分のバス停からバスに乗って駅まで十分。
一昨年までは自転車で三十分だったので自転車で移動していたけれど、去年からまた症状の進行があったので自転車に乗るのをやめた。
それからは通学もバスと電車である。
集合場所は学校の最寄り駅。
私の自宅の最寄り駅からは二駅先になる。
日菜子と要くんは学校の駅が最寄りで徒歩通学。
蒼くんは電車でだと一駅だけれど、電車を使うより自転車の方が早いらしく自転車通学である。
それを踏まえて集合場所は学校の最寄り駅になった。
だってそこまでは定期もあるから移動にお金がかからないしね。
集合時間の五十分前に家を出た私は、乗り継ぎが上手く行き集合の十分前には学校の最寄り駅に着いていた。
そこには既に、日菜子と蒼くん、要くんの姿がある。
蒼くんと要くんは背が高いので二人並ぶと目立つ。
しかも、タイプの違うイケメン二人に可愛い系の日菜子が一緒にいると、注目を集める三人組になる。
改札向こうから見ていたら、視力の良い日菜子が私に気付く。
「有紗! おはよう!」
ぴょんぴょん跳ねる日菜子は、今日も可愛い。
昨日買った水色に花柄のワンピースが、よく似合っている。
改札を抜け、私は皆の元へと足を向けた。
「皆、おはよう! 今日ちょっと暑いくらいだけど、晴れて良かったね」
そう声をかければ、皆笑って答えてくれる。
「おはよう、有紗ちゃん。本当に天気が良くてお出かけ日和だね!」
ニコニコの蒼くんは日菜子と手を繋いでいた。
「おう、暑いからな。体調に少しでもなにか感じたらすぐ言えよ?」
そう言うと、要くんは少し心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「へ? さすがにそんなにヤワじゃないよ?」
「いや、俺らに比べたら有紗は確実にインドアだろ?」
その言葉には確かに、と頷いてしまう。
なにせ、三人は運動部だから、基礎体力から違う気がする……。
「ほら、行くぞ! あのカップル、周り見えてないからな?」
気付けば、日菜子と蒼くんは先を歩き出している。
「ちょっと、今日は四人で出掛けるんでしょ! 私と要くんを置いてかないで!」
そう大きく叫んでいると、私の手を要くんが掴み歩き出した。
その歩調は、私の一歩に合わせてゆっくりだ。
「コラ、そこの体力バカども! 有紗はインドアのお姫様だぞ? こっちに合わせろ」
そんな要くんの物言いに、日菜子がすぐさま噛みつく。
「うわ! 私だって女子なのに!」
「いや、お前マラソン大会で男子に混じりながら学年三位とかだから規格外だろ?」
「そう言えば、日菜っち俺の次だったもんね!」
「蒼くん!? 蒼くんまで私を規格外扱い!?」
私たちは賑やかに話しつつ目的地の海沿いの水族館に向かうために、電車に乗ったのだった。
電車でも、私達の会話は尽きること無く終始話しては笑いあっていて、気付けば電車は海が見えるところを進んでいた。
「わぁ! 天気が良いからか、海がキラキラ光って見える!」
外の景色に私が思わず声を上げると、皆も車窓から見える景色に視線を向ける。
「ホントだ、キラキラだね! 水族館のあとで、少し砂浜で遊びたいくらいだわ」
さすが、体動かすのが大好きな日菜子らしい言葉。
「遊ぶと言うよりは砂浜散策くらいだろうよ。遊び道具もなにも用意してないからな」
サクッと突っ込むのは要くん。
さすが長年の付き合い、会話のテンポが二人は早い。
そうこうするうちに、水族館の最寄り駅へと辿り着いた。
電車を降りながらも、私たちの会話は途切れない。
「そうだね。日菜っちはほっとくと海に突撃しそうだから、捕まえとかないと」
クスクス笑って言う蒼くんも、だいぶ日菜子との距離がぐっと近くて親密度が上がった感じだ。
「おう、こいつ犬並にはしゃぐから綱つけとけ!」
「要! 本当に私の扱い酷くない!?」
「日菜子だからな」
フッと鼻にかけつつ言う要くん。
それにカチンと来たらしい、日菜子は蒼くんに訴えだした。
「蒼くん! 笑ってないで、なんとか言って!」
「うん、でも日菜っち喜びでテンションあがると、鉄砲玉みたいにポーンと飛んでくでしょ?」
まさかの、彼氏からも肯定的発言が出ると、日菜子も項垂れつつ認めざるをえなかったようで、苦い顔して呟いた。
「……、うぅ、言い返せないぃ……」
悔しそうな日菜子を見て、私達には思わず笑いが溢れる。
「日菜子、今日は散策にして。多分三人のペースに合わせていったら私、バテちゃう」
多分いまは、要くんが日菜子に声を掛けてセーブしてくれている。
それを聞いて察した蒼くんが、手を繋いだ先にいる日菜子を突っ走らないように止めてくれているのだ。
おかげで今のところ疲労することなくいられている。
要くんが私の一歩に合わせて歩いてくれているのもあるからだ。
しかも、手を繋いでいる……。
さて、これはスルーして良いのだろうか?
駅から水族館に向かって歩きながら、ついつい視線の先はいつの間にか自分と繋がれた要くんの手。
電車を降りる時に繋いで掴まれたら離されぬまま、気付けばそのままで歩いてきてしまった。
これは突っ込むべき?聞くべき?
ぐーるぐると脳内で考えていたら、横からプッと声がする。
横を見上げれば、笑いを堪えたような顔した要くん。
「なに? なんかおかしな事あった?」
そう聞けば、笑いを抑えつつ返事が来る。
「だって、有紗が百面相してるいから。面白くって……」
言いながら、とうとう声を出して笑い出した要くん。
「そんなに笑わなくてもいいと思う!」
「うん、ごめん。でも有紗面白いし、可愛いわ」
言葉を理解すると、頬がカッと熱くなってきた。
なに、サラッと可愛いとか言っちゃうかな!
「それで、コレは? いつまで繋いでいるの?」
やっとの思いでこの状態を聞く。
「ん? 置いてくのも嫌だし、繋いでないと上手く歩幅合わせづらいし。ダメか?」
聞き方がずるいと思うのは私だけ?
でも、そんな言い方されると仕方ないから、ふぅと一つ息を吐き出して答えた。
「そう言われたらダメなんて言えない! けど、こうして歩くのはちょっと恥ずかしい……」
素直に感じたことを言えば、要くんはとても楽しそうな顔でいった。
「そっか。ま、恥ずかしがっているのを見ていると、こっちは楽しいよ。とりあえず今日はこの感じで!」
なんだか、笑顔で押し切られてしまったのだった。
駅から徒歩10分程で辿り着いた水族館。
入口で蒼くんが四人分のチケットを渡して、中に入る。
中の照明は落とし気味で、少し薄暗い。
「なんか、間違って海の中入っちゃったみたいな気分になるね」
ゆっくりと水槽を見て回りながら呟く。
「やっぱり有紗は感性が豊かだな。物をじっくりと見ているよな」
「そうだね、見るのが好きなの。今見えるものもいつか形を変えたり、見えなくなったりするかもしれないじゃない?だから、見えるものはしっかり見ておきたいなと思うの」
そう、私は微笑みながら返していた。
要くんは少し驚いたような顔をしたけれど、ニコッと笑うと、手を引きつつ言った。
「そっか。じゃあ今日はじっくり見て楽しもう」
「うん!」
私達はゆっくりと各水槽を見て回り、ギリギリの時間になってショープールへ辿り着く。
そこでイルカやアシカ、シャチのショーを堪能した。
オットセイは巨体のわりに良く動くし、シロイルカの頭はプルプルしていた。
イルカのジャンプは迫力満点。
とっても楽しい時間を過ごした。
また館内に戻ると巨大水槽の前でじっくり、泳ぐたくさんの海の生き物を見ていた。
この水槽はサメにマンタ、イワシに亀と実に様々な生き物が悠々と泳いでいる姿が見られる。
飽きること無く見続けられるけれど、そろそろお腹がすいてきた。