俺を振り返って、またもやショック! みたいな顔をする蒼に、俺は同意を示した。
「まぁ、そうなるだろうな……」
するとガックリ肩を落としつつ、蒼は言った。
「なんとなくあの水色の花柄ワンピな気がするから、離れるか……」
「そうだな、それが良いだろ」
そうして離れる間際、振り返ると有紗はレモンイエローのスカートを持っていた。
その色は有紗らしい、明るく柔らかな色だった。
そこから離れると、俺たちはドーナツ屋さんで脱力しつつお茶をしていた。
すると、しばらくしたら買い物を済ませた二人もやってきた。
入口を背にしている蒼は気付いていない。
二人はドーナツと飲み物のトレーを持ち、俺たちからは少し離れた席に座った。
「蒼、日菜子と有紗も来たぞ。お前の斜め後ろ」
そう言うと、チラッと振り返って確認した蒼は
「ちょっと、バレないように静かにしているか……」
幸い、ここは男でも入りやすく既に何組か男同士の客が居るので怪しくはないだろう。
すると、日菜子と有紗の会話が聞こえてきた。
「明日はダブルデートだからね! 有紗もしっかり今日の服で可愛くしてくるのよ!」
ビシッという音がしそうなくらい、腕を振って言う日菜子の姿が目に入る。
すると、有紗の答える声が聞こえた。
「久しぶりの遠出だからね。綺麗にはして行くよ。どんな生き物が居るのかな? 今からすごく楽しみ!」
有紗の返事は、しっかりしつつも日菜子の会話から少しズラしているのが分かる。
有紗の返事を聞いて、ガックリしている日菜子。
しかし、有紗がにっこり笑顔で答えていたので日菜子もそれ以上追求できなかったみたいだ。
その会話を聞いていて、なんとなく気づいた。
有紗からは、あまりその手の話を聞いたことが無いことに……。
「なぁ、蒼。お前、有紗の好きな人とか、付き合っていたとかの噂を聞いたことあるか?」
蒼はそういう話を、よく聞いて覚えている。
「有紗ちゃんの? 告白されても断わるって話は聞いたことあるけど。そう言えば、誰かと付き合ったとか言う話は聞かないな……」
それを聞いて、俺はなんとなく察した。
あの、しっかりした有紗が避けて通るものが恋愛であるということ。
普段しっかり受け答えして気遣いを見せる有紗が、日菜子との恋愛話はそこから逸らすような受け答えをしていたから……。
それに気付いて、俺は少なからずへこんだ。
有紗の態度の意味するところを考えれば、俺の気持ちを伝えても、有紗がそれに応えてくれる可能性が低いと気付いたからだ。
それでも俺は諦めきれない。
今の距離から、少しずつでも彼女に近づきたい……。
出来れば蒼や日菜子みたいな関係になりたい。
でも、有紗はそれを望んでいない気がする……。
ならば、ゆっくりやって行くしかない。
俺は、覚悟を決めた。
少しでも有紗と近くなれるように。
でも拒絶されたら困るから、少しずつ、一歩ずつ距離を縮めていくことを。
明日のダブルデートはその一歩になるだろう。
楽しめる様に、俺は有紗をよく見ていようと、その後も楽しそうに会話している二人を眺めながら明日へと思いを馳せていた。

Side有紗

買い物を済ませ、お茶をした後は明日の予定もあるので日菜子と駅で別れて家に帰る。
「ただいま」
そう声を掛けて帰宅すると、家に居たお母さんが顔を出す。
「有紗、おかえりなさい。明日は本当に大丈夫?最近、遠出は控えていたでしょ?」
友だちと家から距離のある場所に出掛けることに不安そうなお母さん。
「大丈夫よ!まだそんなに大変なことになっているわけじゃないんだから。むしろ友達と行きたかった所に一緒に行けるのよ? いい思い出になるわ」
そう笑顔を向ければ、お母さんは不安そうなものの納得はしてくれたみたい。
「帰り、疲れが出てしまったら連絡しなさい。迎えに行くから」
お母さんの心配も理解出来るので、私はそれに素直に頷き答えた。
「分かった。疲れてきつく感じたら迎えに来てって連絡するね」
私の返事を聞き、お母さんはにっこり笑っていう。
「えぇ、明日はお母さん休みだから。遠慮せずに疲れたら連絡しなさい」
「うん、ありがと。夕飯まで部屋で勉強しているね」
自分の部屋に入って、買ってきたスカートを取り出して姿見に映す。
「うん、このスカートは買いだったね」
明日のコーディネートをまとめて置くと、私は自分の机に勉強道具を広げて復習と予習を夕飯までの時間にして過ごす。
コンコンと部屋のドアをノックする音がすると、ドアを開けてお姉ちゃんが顔を出した。
「有紗、ご飯よ!」
「お姉ちゃん、おかえりなさい。今日は早かったのね」
姉の和紗は私より六つ歳上で、社会人二年目の二十四歳。
栗色に染めた髪にゆるいパーマを当ててフワッとしたミディアムヘアの、見た目は可愛い系女子だ。
身長も、私より五センチ低い。
なので、私が綺麗系の格好をして姉妹で出掛けるとなぜか私が姉に間違えられる。
お姉ちゃんは童顔でもあるので、下手すると私と変わらない年代と間違えられるのだ。
しかし、スーツにキッチリメイクをした姿のお姉ちゃんは、間違いなく大人の女性である。
「明日、珍しくお友達と遠出なんだって?」
どうやら帰宅してから明日のことについてお母さんに聞いたらしい。
「うん。海沿いの〇〇水族館に行くの」
「あぁ、あの水族館! この間、宏樹と行ったわ。綺麗だしデートで行くならいい所よ!」
お姉ちゃんはどうやら明日行く予定の水族館には、大学時代からの彼氏と行ったことがあるらしい。
宏樹さんは我が家にもすっかり馴染んでいる。
優しく穏やかで、カッコイイお兄さんだ。
「友達カップルのデートに付き合わされるだけだよ?」
そう呆れ顔で返せば、ニマニマと笑ってお姉ちゃんは言う。
「それでも、相方になるような男の子も一緒でしょ?ダブルデートじゃない!若いって良いわ!」
お姉ちゃん、あなたもまだ十分若いと思う。そう、心の中で突っ込んでおいた。
絶妙な会話を繰り広げたあと、お姉ちゃんとリビングに戻り家族とご飯を食べる。
その後はお風呂に入り、部屋に戻って一息ついた頃。
また、部屋のドアをノックしてお姉ちゃんが来た。
「ん? なにかあるの?」
そう聞くと、フフっと笑ってお姉ちゃんは手を差し出した。
「はい、これ。有紗にあげるわ」
そう言って差し出されたのは、お姉ちゃんが大事にしていたオープンハートのネックレス。
「え?これ気に入っていたじゃない!」
びっくりして言うと、ニコッと笑ってお姉ちゃんが言う。
「気に入っていたけど、ちょっともう付けるには私には可愛すぎるわけよ! だから有紗にあげるわ」
チェーンの留め具を外し、私の後ろに回るとネックレスを首にかけて付けてくれる。
付け終わると、お姉ちゃんが前に回ってきて納得の表情で一つ頷くと言った。
「うん、やっぱりもうこれは有紗の方が似合うわね! あげるから付けて行くといいわ」
ポンと肩に手を置き、ウィンク一つするとお姉ちゃんは離れてドアを開けつつ振り向いて一言。
「ふふ、有紗!それさ、宏樹とのお付き合いにも縁のあった物なのよ。恋愛のご利益はお墨付きよ。有紗も恋をしなさい。人を好きになるって素敵な事なの。だから、初めから諦めちゃダメよ」
そう私に言ったお姉ちゃんは、いつになく真面目な顔をして言った。
特に話していた訳では無いのに、私が諦めていることを分かっていて、今回のお出かけを聞いてこのネックレスをくれたみたい……。
気持ちは有難く受け止めよう。だから、ネックレスに触れながら私は心から返事をした。
翌朝は梅雨の中休み。
晴天に恵まれてむしろ、暑いくらいになった。
「おはよう」
着替えてリビングに降りれば、姉はサービス業なので今日も出勤スタイル。
父と母はゆったり休日モードだった。
「おはよう、有紗。ご飯、いま出すわね」
そういうと母はキッチンへ。
私はダイニングテーブルの自分の席に着くと、向かいの父が声を掛けてきた。
「今日はお友達とお出かけなんだろう?楽しんでおいで。もしなにかあれば遠慮なく電話してな?」
父も元々なにかと、末っ子の私に甘い。
そんな会話の脇で出勤準備を整えた、お姉ちゃんがハッとすると鞄に手を突っ込むとバット差し出すなり言う。
「あ、忘れていた! はい、有紗。お姉ちゃんからささやかに。今回は特別よ!」
お姉ちゃんはウィンクとともにポチ袋をパシッと渡してきた。
「えぇ!? お姉ちゃん、いいのに!」