「汐月さん、おはよう! 今日は体育館にひざ掛けもマフラーも持参で良いって! 持ってきている?」
「持ってきたよ! 今日も寒いもん、絶対要るよね」
そんな声に答えながら席に向かう。
「あ、有紗。これ、あげる」
そんな声とともに手渡されたものは、温かい何か。
「あれ、これって?」
「ホッカイロ! 今日ふたつ持ってきたから、ひとつは有紗にね!」
「わ! ありがとう。これで体育館耐えられる」
喜ぶ私をクスクス笑っている要くんと蒼くん。
「ムッ! なんで笑うの!」
「いや、有紗って寒さがホント苦手だよね」
「だって、私は夏生まれだもの! 寒いのは体に合わないのよ!」
そんな自己理論を言うと、周りがクスクス笑っていて私も自然と笑顔になっていた。
温かい装備でバッチリの三年生を送る会は、運動部がコントをしたり、軽音部は下級生のバンドに卒業生が乱入したりと実に楽しい雰囲気で進んで行った。
そして、終われば私達は午前中のうちに帰宅である。
今日はうちの親に用事があって出掛けていて夕方まで不在なので、親が帰宅するまで要くんの家にお邪魔することになっている。
「今日は有紗が来るから、母さんがお昼張り切って作るって言っていた。帰ろうか」
そうして、学校から徒歩十五分。
駅を通り過ぎて、坂道を上って脇道に入って少しすると要くんの家に着いた。
歩いてきたのは初めてだけれど、学校から結構近くて。
家に迎えに来てくれてから学校に行くというのが、かなり手間をかけさせていて申し訳なく思った。
お家について、お母さんが出迎えてくれる。
「要、おかえり。有紗ちゃん、いらっしゃい。有紗ちゃん? どうかしたの?」
そんなお母さんの問いに、要くんが私の顔を覗き込んだ。
「有紗、どうした? なんでそんな難しい顔しているの?」
私は思ったことを素直に言った。
「こんなに学校から近いのに、私の為に家まで迎えに来てもらって登校するのが申し訳ない気がして……」
私の言葉に要くんとお母さんは顔を見合わせ、その後お母さんが言った。
「有紗ちゃん。それ要がしたくてしているから、卒業式の日までやらせてやって? 夢だったんだって、彼女を家まで迎えに行って学校に一緒に登校するのが! 乙女か! て感じよね」
それは楽しそうにクスクスと笑いながら言うお母さんに、要くんが少しぶっきらぼうに返事をする。
「そこまで言わなくてよかったんだけど!」
そして、私の額にコツンとぶつかってきた要くん。
「変なバラされ方したけど、本当に俺がやりたくてやっているから気にしないで。俺、有紗と一緒に過ごす朝が楽しくて仕方ないから」
そこで言葉を区切ると、額を離した要くんが耳元に囁いた。
「もっと早くやってみれば良かったと後悔している位だから、気にするなよ!」
その声は照れを含んでいて、私は胸が温かくなり、キュンと甘く鳴る鼓動に手を当てていた。
「要くん、ずるい。いつもドキドキと幸せにしてくれちゃって!」
そんな私の返事に、要くんはクスッと笑うと耳元からの戻り際に頬に掠めるキスをした。
「もう!」
照れた私に、サラッと要くんは言う。
「母さんはもう、キッチンに行っているから大丈夫」
私が言いたかったことは、難なく伝わっていたようでそんな返事が返ってきたのだった。
「要! 有紗ちゃん手洗いうがいしてらっしゃい! ご飯用意出来るから!」
そんなお母さんの声に答えるように、手を引かれて洗面所に行き手洗いうがいを済ませてダイニングに戻ると、美味しそうな匂いがした。
「今日も寒いからね、スープパスタにしたわ」
トマトスープのパスタは生姜も効かせてあって、食べたら体がポカポカ温まった。
要くんの家で、ゆったりと過ごしたあとお母さんからメールが届き要くんの運転で家まで送ってもらった。
お父さんは電車通勤らしく、車は休日しか使わないらしい。
今日も私を送り届けるのに安全運転で使うようにと、ひと言貰って借りたと言う。
今度会った時にお父さんにもお礼を言わなくてはと、しっかり記憶しておく。
そう思いつつ、車に乗ればあっという間に我が家までたどり着く。
明日はとうとう卒業式だ。
私をしっかり玄関まで送り届けてくれる要くん。
「また明日! ちゃんと迎えに来るから」
「ありがとう、また明日」
そんな前日を過ごして、翌日。
制服を着る最後の日。
感慨深い気持ちで制服に袖を通す。
チェックのプリーツスカートに、紺のブレザー、赤のネクタイの制服は近隣校の中では可愛くて人気がある。
そんな制服を着て、朝ご飯を食べて準備を終える頃要くんが迎えに来てくれた。
「おはよう、要くん」
「おはよう、有紗」
そんな挨拶を交わす私たちに、お母さんが声を掛ける。
「あとから行くからね! 要くん、よろしくね」
「はい!」
そんなお母さんに返事をして、私達は今日で通うことのなくなる道を歩く。
卒業式の今日は、冬晴れでここ数日の中では温かい日差しが射す日だった。
学校に着くと、卒業式独特な感じでみんなソワソワしている。
今日は既に日菜子と蒼くんは先に来ていたようで、教室で会った。
「日菜子、蒼くん。おはよう」
「有紗、要! おはよう」
今日の朝私の髪はお姉ちゃんによってゆるふわカールにされてハーフアップにまとめられた。
さらにナチュラルメイクまでされて、制服なのに綺麗にまとめられている。
「お姉ちゃん! こんなにする?」
驚きつつ突っ込んだけれど、私はなされるがまま。
「高校の卒業式は一度きりよ! 写真も撮るでしょう! 綺麗にしとかないと!」
そんなゴリ押しのお姉ちゃんに、お母さんまでもが言う。
「さすがお姉ちゃん! よく分かっているわね。お父さんにも頼まれたし、バッチリカメラで撮ってくるわ!」
どうやら、卒業する本人よりなにか別なところに気合が入っていた家族だった。
そんな今朝を振り返っていると、どうやらボケーッとしていたらしい。
「有紗、今日可愛い! お姉ちゃんがやってくれたの?」
私のメイクや髪型に気づいた日菜子が聞いてくる。
「そう、お姉ちゃんが卒業式は一度きりよ! 気合い入れて可愛くして、ちゃんと記念に写真を撮ってくることって」
その言葉にクラスの女子達が騒ぎ出して、教室の後ろに女子みんなで並んで記念撮影会になった。
見えないけれど、私のヘアメイクも目立つことないくらいみんな、今日は綺麗にしてきているらしい。
お姉ちゃんは間違ってなかったようだ。
そうして、記念撮影会でワイワイしているところに三浦先生がやって来て声を掛ける。
「おう、みんなおはよう! そろそろ移動だぞ、並べ!」
その声に振り返った女子達から悲鳴が上がる。
「キャー! 三浦先生、スーツ! カッコイイんだけど!!」
あー、なるほど。
普段ジャージが多い先生がスーツで現れたからギャップ萌えか!
ポンっと手を打っていると、日菜子が言った。
「見えないながらにたどり着いた有紗の答えは間違ってないよ。三浦先生は顔が良いからスーツも映えるよね!」
そんな日菜子の言葉に私は少し惜しみつつ返した。
「確かにね! あー、見えないのが惜しいネタに、こんな最後に出会うとは」
その私の声に、騒ぎつつも近くに残っていた女子が声をかけてくれた。
「あー、これは見れないの惜しいよ! 目の保養だよ! 三浦先生顔良いからさ!」
女子はおしなべてイケメンに弱い。
ギャップ萌えにも弱い。
そんな自分達の現金な思考に、笑いが込み上げてみんなでクスクスと笑いあっていると要くんが移動のために迎えに来てくれた。
「有紗、移動だって。行こう」
その声に応えるように、私は要くんの肘を掴んで歩き出した。
廊下に並ぶと下級生が胸元に花を飾りに来てくれる。
「卒業おめでとうございます」
そこかしこから聞こえる声。
私と要くんの前にも下級生がやってきた。
「お花つけさせてください」
「はい、お願いします」
パッと付けてくれた下級生の女の子ふたりは、着け終わるとお祝いの言葉と共に言ってくれた。
「先輩方、卒業おめでとうございます。仲の良いおふたりは下級生にとって憧れでした」
その声にはキラキラとした輝くような感じがして、なんだか照れくさくなったけれど私は返事をした。
「ありがとう。あなた達も残りの高校生活を、悔いのないように楽しんでね」
「はい! 本当におめでとうございます」
そうして、最後にお話しできちゃった!と可愛らしい声を上げて二人の下級生は去って行った。