「俺が持ってくるから座って待っていて。オレンジペコーでしょ?」
その言葉にうなずいて、私は要くんにお願いして席で待つ。
その間に要くんのアラビアータが届き、紅茶とコーヒーを持って要くんが戻ってくると私のスープパスタとマルゲリータピザも届いて食べ始める。
一緒に食べる時は、一口ずつ交換して食べるのも定番になってきた私達は互いになにも言わずとも小皿にお互いのパスタを乗せて交換した。
アラビアータもピリ辛で美味しい。
「スープパスタは優しい味だね」
「うん。温かくて美味しい」
少し会話をしたあと、私はピザを二切れもらい残りは要くんが食べてくれてお店をあとにした。
その後はファストファッションのお店を覗いて見たり、駅ビルのゲーセンに行って遊んだりするとあっという間に時間が過ぎる。
疲れた私に気づいてお茶することにしてドーナツ屋さんに来た。
私はドーナツふたつとカフェオレ。
要くんはドーナツひとつとコーヒー。
ここはカフェオレとコーヒーはおかわり自由なので、少しゆっくりするつもりだ。
おやつの時間には少し早めだからかまだお店は混んでいない。
ゆっくりドーナツを味わいつつ温かいカフェオレを飲んで落ち着いてきた。
そろそろ、話す頃合いだろうか。
いい雰囲気で過ごしてきたのに、壊すような話しをしていいの?
でも話さないままではいられないよね……。
私は意を決すると、ドーナツを食べ終わったタイミングで口を開いた。
「要くん。私、要くんに話さなきゃいけないことがある」
真剣に切り出した私に、要くんも表情を変えて聞く体勢になってくれた。
「有紗、なに?」
ゴクッと喉を鳴らして私は話し始めた。
「あのね、私には病気があって。実はそれで体育は免除されているのだけれど。その病気でね、私はもうすぐ目が見えなくなるの……」
話しながら、どんな反応が返ってくるか怖くて顔を俯けてしまう。
そんな私に要くんは聞いてきた。
「それは、有紗がこれから大変になるってことだな。ただ、目が見えなくなっても有紗は有紗だよ。俺が有紗を好きなことに変わりはないよ」
その言葉に、優しい声に顔をあげれば要くんは真剣な目をしていた。
目が合うと、要くんは苦笑して言った。
「もしかしてさ、有紗はこの話をしたら俺が離れていくと思っていた?」
その問いに、私は上手く答えられない。
要くんの声がいつになく、冷えて聞こえてきて私は固まってしまった。
それは肯定と同じだ。
そんな私に、要くんの悲しい声がかかる。
「そっか。まだまだ俺の気持ちは、有紗に全然届いてないわけか……」
パッと顔を上げれば、その顔は悲しげで私の胸に痛みが走る。
「大切に想ってくれて、ことある事に行動でも言葉でも伝えてくれているよ。その度に嬉しくて幸せで、胸がいっぱいになるよ」
素直に感じている事を言葉にして伝える。
要くんは少し目を見張ると、話し始める。
「少なからず気持ちが伝わっているのは分かった。でもちゃんと届いてないと意味が無い。俺この前言ったと思うんだけど、届いてなかったか?」
その言葉にはたと気付いて、私は自分の右手を見る。
その私の様子を見て思い出した事に気付いた要くんは、フーっと息をつくと苦笑しつつ言った。
「ちゃんと届いてなかったみたいだな。もう一度言うよ」
そして、一息つくと要くんは言った。
「有紗、今はお互い右手に着けたけど、いつかちゃんと大人になった時これよりしっかりしたのを左手に贈りたいと思っている。それくらい本気で好きだから、それを忘れないで」
そして要くんはあの時の言葉を言って更に続けて言った。
「まだ大人になれてない、頼りないところだってたくさんある。でも、これからもっと成長する。その過程も、そうして大人になっても、俺は有紗とずっと一緒にいられるように頑張るから」
そこで区切ったあと、要くんは優しく微笑んで言う。
「有紗。俺、有紗を好きより愛しているんだよ。だから絶対離れないから。有紗が大切だ。だから、不安になんてなるなよ? ずっと一緒に居たいと思っているから……」
コツンと合わさる額に、私はキュッと目を閉じる。
目の端に浮かぶ涙が零れていく……。
「要くん。私、出来ていたことが出来なくなるよ。不甲斐なくて落ち込んだり、当たったりするかもしれないよ?そんな私でも、そばに居てくれるの?」
私の言葉に、驚きつつ答えてくれる。
「言っただろ?絶対離れないって。俺は有紗が大変な時だってそばに居るよ。そんなことで離れるような、軽い気持ちじゃないから」
私、本当に分かってなかったんだね。
要くんの気持ちの大きさに、気づいてなかったなんて。
このリングをくれた時から、しっかり言ってくれていたのに。
見えなくなる不安から、相手の気持ちまで見えなくなっていたのかな……。
「要くん、私も一緒に居たい。どうなっても頑張るから、一緒にいて欲しいよ」
「うん、ありがとう。一緒に居るから、有紗も俺から離れないでよ」
一番伝えなきゃいけないことを伝えて、大切な人が離れる不安が消えた。
クリスマスイブ、私達はまたひとつ絆が深くなっていった。
クリスマスイブの日、しっかりと話せたことで私と要くんはまた少し関係が変わったように思う。
それは良い方向に。
今まで隠していたことで、症状も現在の状況も教えていなかった。
その事に要くんが少し考え顔で言った言葉が胸に痛かった。
「聞いていたなら、もっと気遣った行動が出来ていたよ。多分待ち合わせじゃなくて迎えに行っていた。今日みたいに」
そう言われた。
クリスマスイブに手編みのニット帽をプレゼントした時、今の私の症状について話した。
「要くん、これプレゼント。多分この先はなかなか手作りのものをあげられないかもしれないから、気持ちを込めて編んだよ」
そう言って手渡したニット帽を、丁寧に取り出して被ってくれた。
グレーの縄編みのニット帽は要くんによく似合っている。
「あのね、これを編む時に気付いたんだ。症状が進んだみたいでね。手元にピントを合わせるのも短時間が限界で、また症状が進んだみたいなの」
私の言葉に要くんは少し驚いて、そして言った。
「今は? 見え方は大丈夫なのか? 今日、帰りは家までちゃんと送るから」
ひとつ息を吐くと要くんは続けた。
「これから出かける時は、待ち合わせじゃなくて迎えに行く。それは、有紗が大切で心配だからだ。今回話してくれて良かった。知らないと、なにも出来ないから……」
要くんの最後の一言が痛かった。
私だって逆の立場なら、知って相手の力になりたいと思うんだと、この時気付いた。
「要くんに話すのは不安もあったの。もしも、この時間が無くなってしまったら……。それは嫌だと思ったら、上手く言い出せなかったの……。ごめんなさい」
そんな会話をして、その日私達はしっかりと手を繋いで歩き、私を家まで送ってくれた。
家で出迎えたお母さんは、少し驚いていたけれど一緒に来た要くんも迎え入れてくれた。
家で今日要くんに病気の事を話した事を伝えると、今までどんな友達にも話してこなかった私を知る両親は驚いたけれど、話せるくらい大切な相手に出会えた事を静かに喜んでくれた。
「今まで知らなくて、ちゃんと出来なくてすみませんでした。これからは出かける時は迎えに来て、帰りもここまで送ります。だからふたりで出掛けることを、許してもらえませんか」
要くんは私の両親を見つめて頭を下げてお願いしていて、私と両親が慌ててしまった。
「要くん、有紗の事をしっかり考えてくれてこちらこそありがとう。君はしっかりしているし、こうして有紗の病気が分かったらしっかり家まで送ってくれた」
そうお父さんが言ってお母さんと顔を合わせると、優しく微笑んで続きを言った。
「要くん、そんな君なら安心して僕らも有紗が君と出掛けるのを送り出せるよ。これからも有紗と仲良くしてくれれば、僕達は嬉しいよ。ありがとう」
こうして、イブの日から我が家の方では要くんとのお付き合いは家族公認となったのだった。
そんなイブを振り返った現在は、大晦日の午後10時。
今日しっかり約束通り我が家まで迎えに来てくれた要くんは、私の親やお姉ちゃんにもしっかり挨拶をして連れ出してくれた。
今日は学校の最寄り駅のそばでやる、カウントダウンの花火を一緒に見る約束なので、出掛けるのはこの時間だ。
一緒に年越しを過ごせることが嬉しい。
そして、初めて彼のお家に行くので少し緊張している。