はぁん?とした目で見ながら言ってやると、蒼は両手を合わせて拝む様にして言う。
「今年こそ、瀬名さんとお近付きになりたいんだよ!頼むよ、要」
情けない声を出すヘタレな俺の親友に、俺は溜息をつきつつ返事をしてやる。
「仕方ないな。でもお前、ほんとに頑張れよ?」
「高校最後の夏、しっかりカレカノで過ごしてやる!」
ある意味健全男子な思考回路を口にする蒼の肩をポンポン叩きつつ、仲良さそうに話している日菜子と汐月さんを見て俺はまず、日菜子へと声を掛けに行く事にした。

side 有紗

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私が前の席だから、日菜子と話せば必然後ろ向きになるわけで。
そんな私の視界にはこちらに近付いてくる、日菜子の幼なじみとそのお友達なサッカー部の部長さんが目に入る。
「日菜子、二人がこっちに来る!」
そんな私の声に、驚いているうちにあの二人は私達の席の横に来る。
「日菜子、久しぶりに同じクラスだな。今年一年よろしく」
日菜子に声を掛けてきたのは、あの面倒そうな顔をしていた幼なじみの彼。
今は少し穏やかな顔をして日菜子に話しかけている。
幼なじみだから気心知れているものね。
そんな風に観察していると、彼の横にいたサッカー部の部長さんに声を掛けられる。
「汐月さんは、初めましてだよね!俺は水木蒼!こっちは松島要。瀬名さんと要とは一年の時に同じクラスだったんだ、よろしくね!」
ウィンクと共に投げかけられた言葉は、元気がいい。
しかし、ウィンクが様になるとは……。
リアルイケメンって凄いな!と驚きを心の内に留めつつ返事をした。
「初めまして、汐月有紗です。日菜子とは去年から同じクラスで仲良くなったの。こちらこそ、よろしくね」
結局思わず笑ってしまいつつ答えると、松島くんが顔を顰めながら水木くんにひと声掛けた。
「お前、ウィンクしながら初めましては無いだろ? チャラい、チャラいぞ……」
溜息をつきつつ、額に手を当てて呆れ顔で言う松島くん。
「本当に、水木くんはキレイ系に目がないのね?有紗は渡さないわよ?」
松島くんと同じ呆れを含むテンションで言葉を連ねる日菜子。
幼なじみの二人が息の合うテンポで会話している。
「えぇ!?いや、俺そんなつもりないからね?!汐月さん!」
それを受けて、私に誤解されるとまずいのか。
水木くんの弁解には必死さが溢れていて、更に私の笑いのツボをついた。
「ふは!大丈夫、分かっているから!」
この教室に入ってきた時から、水木くんの視線の先は日菜子だった。
日菜子との会話中、視界の端にいた彼を観察していたのだ。
彼は分かりやすい程に分かりやすい。
日菜子と同じ素直なタイプだと、その様子を見ていて感じた。
「汐月さん。蒼も日菜子も騒がしいけど、よろしく」
そう締めくくるように言ってくれた松島くんは、私が初めて見る柔らかく優しい顔をしていた。
「うん。今年一年よろしく」
私が笑顔で返せば、三人もニコッと笑ってくれた。
この新たな出会いが、私にとってかけがえのないものになる。
そんな予感を胸に秘めつつ……
開けられた教室の窓からヒラリ、一枚花びらが舞い込んできた。
私にとっては、カウントダウンでもある一年が始まった。
不思議とこの時、私はいつも感じる不安な気持ちにはならなかったのだった。

ゴールデンウィークも開けた頃、そろそろ中間テストの時期になる。
その頃には私達四人はクラスで一緒に居ることが当たり前になり、互いの事は名前で呼び合う仲になっていた。
テスト週間になり部活がお休みになると、三人は深いため息をついた。
「あぁ、勉強漬けの一週間って地獄かよ…」
いつもは明るい蒼くんは、テスト期間に入りとっても憂鬱そうな顔をしている。
「ねぇ。中間なのに範囲広くない?広いよね?」
とテスト範囲に頭を抱えてボヤくのは日菜子。
「やるしかねぇ、赤点とったら二週間部活出来ないとか、生きていけない……」
必死さが、言葉にも顔にも滲むのは要くん。
「みんな、大変ね……」
私はまだ引退前で部活命な三人に同情をしつつ、帰り支度。
そんな私を三人が驚きながら見つめてくるので何だ?と思いつつ首を傾げると、蒼くんが不思議そうに聞いてくる。
「有紗ちゃん、なんでそんなに余裕なの?慌てない?テスト前!」
蒼くんが声高く言えば、日菜子が口を開く。
「そう言えば、昨年自分が必死だったからあまり気付かなかったけど。有紗は、テスト期間に慌てたりしていた記憶があまり無いわ……」
呟くように言う日菜子の言葉に、蒼くんと要くんが驚きつつ私を振り返る。
そんな私たちのやり取りを見ていた三浦先生が、可笑しそうにクスクス笑いながら言ってしまった。
「お前らはいつも平均値組だから必死になるよな。部活命だし。ただ、汐月はそう慌てないだろうな」
三浦先生のニヤニヤと笑いつつの勿体ぶった言い方に、蒼くんが食い付いた。
「ちょ!先生事実だけど酷い!有紗ちゃんが慌てないってなんでなんだよ?」
「あれ?お前ら覚えてないの? 汐月はお前たちの入学式の時に、新入生代表で挨拶していただろ?」
その先生の言葉に、三人はさっきから驚いたままの顔をして、グルっと振り返る。
「新入生代表の挨拶って事は?」
「俺らの代の入試で……」
「トップの成績??」
三人で伝言リレーみたいに繋がった言葉に、三浦先生はニッコリ笑顔で首を縦に振り肯定した。
「それからこの二年、汐月の成績は学年一桁キープだ。なにか分からなかったら汐月に聞いてみろ? ま、頑張れ、受験生!」
と蒼くんと要くんの肩をポンと叩くと、先生は日直から貰った日誌を片手にハッハッハなんて笑い声を残して教室を後にした。
先生、そんな置き土産要らないのに……。
はぁ、とため息がひとつこぼれ落ちる。
そうして、フッと振り返るとそこには両手を組んだ三人が目をキラッキラさせていた。
「ちょっと!みんな、なに? その目!」
思わず後ろに身を引きつつ突っ込むと、三人が同時に話し始めた。
「有紗!」
「有紗ちゃん!」
「有紗」
三人が組んでいた手を離すと、頭上に拝みポーズで一言。
「一緒にテスト勉強して下さいぃ!!」
それは三人からの、泣きの入った本気の懇願だった。
「それで、どの科目のどの辺とかあるの?」
ふぅと、息をつきつつ問いかければ返ってきた返事が予想外にすごかった……。
「もう、いっそマルっと全部? みたいな?」
「そうそう、どこもかしこも! 全部必要な感じ?」
そんな日菜子と蒼くんに私は目を見開いてしまう。
「俺は、英語……」
どうやら、日菜子と蒼くんはなかなか手厳しそうだ。
要くんはとにかく英語が苦手な模様。
「じゃあ、今日から部活も無いし、放課後図書室に集合して勉強会で良い? 下校時間までしか、面倒みられないけれど」
聞いてしまえば仕方ないかと、私は笑いながら言う。
「有紗ぁ!大好き!」
「有紗ちゃん、ありがとう!」
「助かる」
という三人の返事が来たので、早速図書室に移動して勉強会が始まる。
私はいつになく、笑顔で三人の勉強を見た。
「日菜子、ここ一昨日の所よ?話聞いてなかったの?」
「蒼くん、そこ綴りおかしい」
「要くん、動詞の形と位置もう一度見直してみて?」
そう言うとみんなを見つつ、自分も復習として振り返る。
そんな一日目が終わる頃には……。
「有紗、笑顔でスパルタ……。分かりやすかったけど、けど……」
「日菜ちゃん、うん。俺らちょっと、かなり……、頑張らないとダメだね……」
「有紗、助かったありがとう」
そんな三様のコメントを聞きつつ、この調子で勉強会はテスト前日まで続いたのだった。
そうして迎えたテスト初日。
今日は国語と世界史と英語。
明日は数学と化学と現代社会。
明後日は選択授業のテストになるので、バラバラにテストである。
テストが終わった後の三人の顔はいつになく晴れ渡っている。
「有紗! 凄いよ! いつになく解答欄がしっかり埋められた!」
「あ、勉強会の時教わったところ! て気づく問題が沢山出てきて、俺も初めてこんなにテストの解答欄埋まったわ!」
そんなこと言っている二人に続いて、要くんも言った。
「英語、いつもより自信を持って書けた。有紗、ありがとう」
そうしてこの勢いのまま、無事にテスト期間を終えることが出来たのだった。
翌週、返却されたテストは三人とも平均点を超えていて、いつになく良い点だったらしく各科目の先生達に褒められていた。