「ごく稀に、放課後の音楽室でピアノに合わせて歌っている人の歌声を、近い視聴覚室で活動している僕らは聴いていたんですよ」
その言葉に驚いた。
私は彼の顔をマジマジと見返す。
「ある日、どうしても気になって音楽室を覗いたらピアノを弾いているのは保健室の田中先生で、歌っているのは先輩でした」
そう、私のたまのストレス発散。
実は中学までは合唱部だった私は、歌うことが好きだった。
しかし、入学した高校には合唱部が無かった。
なので、ピアノが弾ける叔母が空いている時にたまに弾いてもらい、思いっきりのびのびと歌うのが私のストレス発散だった。
まさか、聞かれているとは知らなかったので驚いたのだ。
それを近くで聞いていた三人は、驚いた顔をしてこちらを見る。
「あの、時々聞こえる噂の放課後の歌姫って有紗だったの!」
その日菜子の声に私もびっくりする。
「え? なに? 日菜子も知っているの?」
すると、興奮した日菜子がまくし立てるように答える。
「私らが入学した年からたまに部活中に聞こえてくる歌声が、とても綺麗でいつからか不定期に聞こえてくる歌声に放課後の歌姫ってあだ名が付けられたの!」
私の肩を掴んで、前後に振りつつ日菜子はさらに続ける。
「その、正体はなかなか知られないし。歌うのも一~二曲だから誰もわからなくて。しかも不定期! まさか有紗だったとは!」
「外で活動している運動部の人間はみんな聞いたことがあるよ! 有紗ちゃんだったんだね!」
蒼くんの言葉に要くんもうなずく。
まさか、校庭まで聞こえているとは思わなかった。
そこに校内巡回中らしい、叔母が顔を出す。
「あらあら、とうとうバレちゃったのね。まぁ、有紗の声量はオペラ歌手並みだもの。校内どこでも届くわよ」
どうやら事の次第を聞いていたらしい叔母は、クスクス笑いながら言う。
「田中先生! あれ? いつもは汐月さんって言ってなかった?」
叔母の声掛けに不思議そうに聞いたのは蒼くん。
よく知っているなとちょっとその場は口をつぐんでいると、叔母が答えた。
「ふふ。身内贔屓とかにはならないだろうとは思うけど一応養護教諭だからね。先生達以外には黙っていたんだけど、私はこの子の叔母なのよ。この子のお母さんが私の姉」
その言葉にへぇーって周りは関心の声。
「ま、これは逃げられないから歌ってらっしゃいな」
そんな叔母に私は言った。
「ピアノ伴奏で歌う曲とバンドじゃ全然違うじゃない」
ため息混じりに呟けば、叔母は背中をポンポンと叩くと言った。
「カラオケも大好きなんだから大丈夫でしょ! いい思い出になるわよ、行ってらっしゃい」
そうして身内にまで行けと言われて逃げられる訳もなく、私は軽音楽部のバンドに飛び入り参加する事になった。
あぁ、目立ちたくないのに。
最後の文化祭、目立ちまくりだよ……。
「はい、いらっしゃい! 名前をどうぞ」
ボーカルのハルトくんがマイクをむけるので、しぶしぶ答える。
「三年二組、汐月有紗です」
「彼女がみんなも一度は聞いたことのある放課後の歌姫だよ!彼女とコラボするのは、この曲」
そうして、鳴り出したのは今年ヒットしているJPOP。
しかも、女性ボーカルの曲。
たしかにこれなら歌える。
遠慮しなくていいわよね? 無理やりステージに上げられたんだし。
開き直った私は演奏に合わせて歌い出す。
ハルトくんが、上手く音を合わせてきて声が綺麗に重なる。
会場のテンションもサビに来る頃には高くなり、跳ねたり飛んだりしている子達が見える。
日菜子や蒼くんに要くんも見ていてくれるし、この騒ぎからか体育館の入口にはお化けのままの茜が見えた。
どんどん私も楽しくなってきてテンションが上がる。
サビで目線を合わせて更にギターの子も飛び出してきて、合わせて歌う。
あっという間に一曲が終わる。
こんな歌い方は初めてしたけど、なんだろう。
かなりの高揚感で気持ちよかった。
ニコッと笑って、一言。
「飛び入りだから、これでおしまい!」
一言言うと、近くまで来てくれていた要くんに向かってステージから飛び降りる。
上手くキャッチして下ろしてもらうと、そのまま通路になっている壁際を走り抜けて体育館を飛び出した。
体育館は、わーっと再び騒がしいほどの声が上がったけれど、その声を背受けつつ私と要くんは校舎へと戻って行った。
校舎の中も人が多いので、私と要くんは少し静かになれる場所へと行くべく立ち入り禁止の屋上へと続く階段へと向かった。
「ここに居れば、しばらくは静かに居られるかな?」
「今日みたいな日は、早々ここに人は来ないだろ」
ふたりで、そこの階段に座ると笑い合った。
「まさか、飛び入りさせられるとは思わなかったよ」
「そうだな。俺は放課後の歌姫の正体にびっくりしたけどな」
その言葉に肩を竦めてチラッと顔を見れば、要くんは怒っている訳ではなく優しい顔をしていた。
「手先も器用で、勉強も出来て、歌も上手くて可愛らしい。死角なしだなぁ、俺の好きな人は」
柔らかい顔で紡がれた言葉は優しさと気持ちが溢れている。
私は、胸がキュッとなってドキドキして少し苦しい。
「有紗。俺は有紗が好きだよ。優しくて、大切な事はしっかりしていて。たくさん出来ることがあって、でも時々遠くを見ている。そんな有紗に惹かれたんだよ。放課後の歌姫の歌も好きだ」
そんな重ねてくる言葉は、真っ直ぐで嘘がないのは声にも顔にも出ていてわかる。
嬉しいのに、私は私の事情で要くんの優しさに飛び込むことに二の足を踏んでいる。
「なぁ、もし今日お互いにミスとミスターに選ばれたなら。俺と付き合ってくれないか?」
私が要くんを見上げると、要くんは私を真っ直ぐに見つめていた。
だから、私はここで伝えることにした。
「要くん、私がもしも今出来ることが出来なくなったとして。そんな私でもそばにいてくれるの?」
私の問いは、声は自信がなくて震えている。
要くんは私の問いかけが予想外だったのか、少し目を見開いたあとにしっかりと答えてくれた。
「人は出来ていたことが出来なくなったり、出来なかったことが出来るようになったりするものだろう? そんな事で離れるほど俺の気持ちは軽くないよ」
その言葉は私の心に真っ直ぐに届いた。
そうだね、出来ることが出来なくなったり、出来なかったことが出来たりするのは人が生きていく上ではきっとたくさんあるだろう。
私は近く出来ないことが増えてしまうけれど、それはまた努力すれば出来るようになることがあるという事でもある。
ずっと失う事ばかりに目がいっていた私には、要くんの言葉がストンと胸に落ちてきてハマったのだ。
「要くん、結果発表があったあとで返事してもいい?」
「うん、いいよ」
「ありがとう」
そのあとは、たわいのない話を少ししているうちに一般公開の終了案内が流れたので私達は自分のクラスに戻ることにした。
その手をしっかりと繋いで歩く。
この時、すでに結果がどうであれ私はしっかり心の答えを決めていた。
後夜祭の準備兼片付けが済む頃には、周りはすっかり暗くなっていた。
十七時半、後夜祭がスタートする。
校庭にはキャンプファイヤーもどきの焚き火。
その奥には、ミス&ミスターコンテストの結果発表が行われる朝礼台が置かれる。
そして、文化祭実行委員による結果発表が始まった。
「みなさん、文化祭お疲れ様でした! そしてこれから毎年恒例! ミス&ミスターコンテストの結果発表だよ!」
キャーキャーと元気な声が上がってきて、校庭はいまだに元気いっぱいな学生ばかりで、活気に溢れている。
「それでは、まずミスターコンテストの結果発表です! エントリーした方々は前の方へお願いします」
その声に要くん、蒼くん、ハルトくんが進んでいく。
並んだ三人は学内でも人気のイケメン達なので、女子の声がそこかしこから聞こえる。
「はー、イケメン最高!」
「目の保養だよね!」
そんな女子達の会話がそこかしこから聞こえてくる。ミスターコンテストに出るだけあって、そこに並んだ男子はみんなカッコイイ。しかも爽やか系、クール系、元気なやんちゃ系とくれば見に来ている女子達はキャーキャー言うよね……。
私ってばそんな注目浴びちゃうような要くんに、なんだかんだと言われてきていたわけで……。
今さらだけど、なんか自覚したというか。
じわじわと実感してきて、私の胸がドキドキとしてキュンとする。
その言葉に驚いた。
私は彼の顔をマジマジと見返す。
「ある日、どうしても気になって音楽室を覗いたらピアノを弾いているのは保健室の田中先生で、歌っているのは先輩でした」
そう、私のたまのストレス発散。
実は中学までは合唱部だった私は、歌うことが好きだった。
しかし、入学した高校には合唱部が無かった。
なので、ピアノが弾ける叔母が空いている時にたまに弾いてもらい、思いっきりのびのびと歌うのが私のストレス発散だった。
まさか、聞かれているとは知らなかったので驚いたのだ。
それを近くで聞いていた三人は、驚いた顔をしてこちらを見る。
「あの、時々聞こえる噂の放課後の歌姫って有紗だったの!」
その日菜子の声に私もびっくりする。
「え? なに? 日菜子も知っているの?」
すると、興奮した日菜子がまくし立てるように答える。
「私らが入学した年からたまに部活中に聞こえてくる歌声が、とても綺麗でいつからか不定期に聞こえてくる歌声に放課後の歌姫ってあだ名が付けられたの!」
私の肩を掴んで、前後に振りつつ日菜子はさらに続ける。
「その、正体はなかなか知られないし。歌うのも一~二曲だから誰もわからなくて。しかも不定期! まさか有紗だったとは!」
「外で活動している運動部の人間はみんな聞いたことがあるよ! 有紗ちゃんだったんだね!」
蒼くんの言葉に要くんもうなずく。
まさか、校庭まで聞こえているとは思わなかった。
そこに校内巡回中らしい、叔母が顔を出す。
「あらあら、とうとうバレちゃったのね。まぁ、有紗の声量はオペラ歌手並みだもの。校内どこでも届くわよ」
どうやら事の次第を聞いていたらしい叔母は、クスクス笑いながら言う。
「田中先生! あれ? いつもは汐月さんって言ってなかった?」
叔母の声掛けに不思議そうに聞いたのは蒼くん。
よく知っているなとちょっとその場は口をつぐんでいると、叔母が答えた。
「ふふ。身内贔屓とかにはならないだろうとは思うけど一応養護教諭だからね。先生達以外には黙っていたんだけど、私はこの子の叔母なのよ。この子のお母さんが私の姉」
その言葉にへぇーって周りは関心の声。
「ま、これは逃げられないから歌ってらっしゃいな」
そんな叔母に私は言った。
「ピアノ伴奏で歌う曲とバンドじゃ全然違うじゃない」
ため息混じりに呟けば、叔母は背中をポンポンと叩くと言った。
「カラオケも大好きなんだから大丈夫でしょ! いい思い出になるわよ、行ってらっしゃい」
そうして身内にまで行けと言われて逃げられる訳もなく、私は軽音楽部のバンドに飛び入り参加する事になった。
あぁ、目立ちたくないのに。
最後の文化祭、目立ちまくりだよ……。
「はい、いらっしゃい! 名前をどうぞ」
ボーカルのハルトくんがマイクをむけるので、しぶしぶ答える。
「三年二組、汐月有紗です」
「彼女がみんなも一度は聞いたことのある放課後の歌姫だよ!彼女とコラボするのは、この曲」
そうして、鳴り出したのは今年ヒットしているJPOP。
しかも、女性ボーカルの曲。
たしかにこれなら歌える。
遠慮しなくていいわよね? 無理やりステージに上げられたんだし。
開き直った私は演奏に合わせて歌い出す。
ハルトくんが、上手く音を合わせてきて声が綺麗に重なる。
会場のテンションもサビに来る頃には高くなり、跳ねたり飛んだりしている子達が見える。
日菜子や蒼くんに要くんも見ていてくれるし、この騒ぎからか体育館の入口にはお化けのままの茜が見えた。
どんどん私も楽しくなってきてテンションが上がる。
サビで目線を合わせて更にギターの子も飛び出してきて、合わせて歌う。
あっという間に一曲が終わる。
こんな歌い方は初めてしたけど、なんだろう。
かなりの高揚感で気持ちよかった。
ニコッと笑って、一言。
「飛び入りだから、これでおしまい!」
一言言うと、近くまで来てくれていた要くんに向かってステージから飛び降りる。
上手くキャッチして下ろしてもらうと、そのまま通路になっている壁際を走り抜けて体育館を飛び出した。
体育館は、わーっと再び騒がしいほどの声が上がったけれど、その声を背受けつつ私と要くんは校舎へと戻って行った。
校舎の中も人が多いので、私と要くんは少し静かになれる場所へと行くべく立ち入り禁止の屋上へと続く階段へと向かった。
「ここに居れば、しばらくは静かに居られるかな?」
「今日みたいな日は、早々ここに人は来ないだろ」
ふたりで、そこの階段に座ると笑い合った。
「まさか、飛び入りさせられるとは思わなかったよ」
「そうだな。俺は放課後の歌姫の正体にびっくりしたけどな」
その言葉に肩を竦めてチラッと顔を見れば、要くんは怒っている訳ではなく優しい顔をしていた。
「手先も器用で、勉強も出来て、歌も上手くて可愛らしい。死角なしだなぁ、俺の好きな人は」
柔らかい顔で紡がれた言葉は優しさと気持ちが溢れている。
私は、胸がキュッとなってドキドキして少し苦しい。
「有紗。俺は有紗が好きだよ。優しくて、大切な事はしっかりしていて。たくさん出来ることがあって、でも時々遠くを見ている。そんな有紗に惹かれたんだよ。放課後の歌姫の歌も好きだ」
そんな重ねてくる言葉は、真っ直ぐで嘘がないのは声にも顔にも出ていてわかる。
嬉しいのに、私は私の事情で要くんの優しさに飛び込むことに二の足を踏んでいる。
「なぁ、もし今日お互いにミスとミスターに選ばれたなら。俺と付き合ってくれないか?」
私が要くんを見上げると、要くんは私を真っ直ぐに見つめていた。
だから、私はここで伝えることにした。
「要くん、私がもしも今出来ることが出来なくなったとして。そんな私でもそばにいてくれるの?」
私の問いは、声は自信がなくて震えている。
要くんは私の問いかけが予想外だったのか、少し目を見開いたあとにしっかりと答えてくれた。
「人は出来ていたことが出来なくなったり、出来なかったことが出来るようになったりするものだろう? そんな事で離れるほど俺の気持ちは軽くないよ」
その言葉は私の心に真っ直ぐに届いた。
そうだね、出来ることが出来なくなったり、出来なかったことが出来たりするのは人が生きていく上ではきっとたくさんあるだろう。
私は近く出来ないことが増えてしまうけれど、それはまた努力すれば出来るようになることがあるという事でもある。
ずっと失う事ばかりに目がいっていた私には、要くんの言葉がストンと胸に落ちてきてハマったのだ。
「要くん、結果発表があったあとで返事してもいい?」
「うん、いいよ」
「ありがとう」
そのあとは、たわいのない話を少ししているうちに一般公開の終了案内が流れたので私達は自分のクラスに戻ることにした。
その手をしっかりと繋いで歩く。
この時、すでに結果がどうであれ私はしっかり心の答えを決めていた。
後夜祭の準備兼片付けが済む頃には、周りはすっかり暗くなっていた。
十七時半、後夜祭がスタートする。
校庭にはキャンプファイヤーもどきの焚き火。
その奥には、ミス&ミスターコンテストの結果発表が行われる朝礼台が置かれる。
そして、文化祭実行委員による結果発表が始まった。
「みなさん、文化祭お疲れ様でした! そしてこれから毎年恒例! ミス&ミスターコンテストの結果発表だよ!」
キャーキャーと元気な声が上がってきて、校庭はいまだに元気いっぱいな学生ばかりで、活気に溢れている。
「それでは、まずミスターコンテストの結果発表です! エントリーした方々は前の方へお願いします」
その声に要くん、蒼くん、ハルトくんが進んでいく。
並んだ三人は学内でも人気のイケメン達なので、女子の声がそこかしこから聞こえる。
「はー、イケメン最高!」
「目の保養だよね!」
そんな女子達の会話がそこかしこから聞こえてくる。ミスターコンテストに出るだけあって、そこに並んだ男子はみんなカッコイイ。しかも爽やか系、クール系、元気なやんちゃ系とくれば見に来ている女子達はキャーキャー言うよね……。
私ってばそんな注目浴びちゃうような要くんに、なんだかんだと言われてきていたわけで……。
今さらだけど、なんか自覚したというか。
じわじわと実感してきて、私の胸がドキドキとしてキュンとする。