「いや、連れがいるし。君らとは回らないよ。今、私ら食べているからここから動かないし、連れ待ちだよ?」
サラッと誘いを断る日菜子に、下級生達はそれでもにこやかに食いつてくる。
「え? だって先輩方今ふたりでしょ? いいじゃないですか!俺らと遊びましょうよ」
なかなか諦めの悪い子達だ。
どうしたものかと思いつつ私からも断ろうと口を開きかけた時、下級生達の後ろに蒼くんと要くんが見えた。
ホッと息を吐き出した時、蒼くんが彼らのうちのひとりの肩に手を置いて口を開いた。
「悪いね。そこの子達俺らの彼女なのよ? だから、おとといきやがれ?」
口調も去ることながら、その笑顔で冷気を漂わせているのがすごくて。
男の子達は一歩引きつつ、返事をした。
「あ、先輩方……。すんませんでした!!」
蒼くんと要くんが来たらあっさり去っていったのでホッとした。
「全く。油断も隙もないな」
その声は少し呆れている。
「有紗、大丈夫だったか?」
さっきまでは睨むような視線を向けていた要くんも、今は気遣うように優しい顔をしている。
「日菜子が断ってくれていたんだけど、引いてくれなくて困っていたの。ふたりが戻ってきてくれて良かったよ」
私がニッコリ笑って言えば、ふたりも笑ってホッとしたような顔をした。
「まったく、私が蒼と付き合っているのはかなり有名だと思うのに」
ため息つきつつ、日菜子が言うのを蒼くんと要くんも聞いて苦笑いだ。
「それに、有紗はいま要がアプローチ中で離さないってのも噂になっているのにね。チャレンジャーな下級生達だったわ」
実にサラッと言われたが、私はとある所を聞いて目を丸くしてしまう。
なにか今すごいこと言っていたような……。
「要くんが誰にアプローチ中なのが噂になっているの?」
私の問いに、日菜子と蒼くんがいい笑顔で答えてくれた。
「もちろん。要が、有紗に、アプローチ中なのは三年生の間では共通認識よ」
「下級生にもだいぶ噂はまわっているはずなんだけどな」
ねー! なんて顔を見合わせつつ仲良く言うカップルのふたりに、私は口ポカーンの間抜けな顔になってしまう。
そんな私にトドメのように要くんは言った。
「まぁ、俺も好意は隠してないし。アプローチしているし、外野から狙ってくる奴には牽制もしている」
そんなの、気づいてなかったよ!?
驚く私の顔を見て、三人はそれぞれに笑いながらも日菜子が一言で締めくくった。
「有紗はその辺鈍いから、気づかなくても仕方ないね! でもそろそろ要が不憫だから気にかけてやってよ」
こうして、少しの波乱を起こしつつプレ文化祭を過ごしたのだった。
翌日、土曜日。
今日が文化祭本番。一般公開日だ。
近隣の他校の生徒や受験を控えた中学生、さらにはご近所の方々に保護者など様々な人が来る我が校の文化祭。
十五時で一般公開が終わると軽く片付けたあとに生徒達の後夜祭だ。
大きなベニヤ板やら紙くずらやでキャンプファイヤー状態になる。
その周りでミス、ミスターコンテストの結果発表がある。
ちなみに登録は自選、他薦問わず。
エントリーは三年生のみ。
投票は全学年の生徒となっており、紙が配られ投票は各学年の廊下やメインステージたる、体育館などに箱が置かれている。
私は関係ないと思っていたら、気づけば他薦でエントリーされていて唖然とした。
辞退を申し入れたがコンテスト運営の二年生以下の下級生たちに他薦多数なので、お願いします!! とかなりの勢いで頭を下げられてしまい諦めた。
日菜子もエントリーしているし、蒼くん、要くんもエントリーしている。
他には男子なら軽音楽部のボーカルの男子。
女子だと前生徒会副会長さんなどがエントリーされている。
どの人達も目立つ人気者なイケメン、美人達なので私は大丈夫だろうとこっそり胸をなでおろしていた。
私は目立つタイプではないし、問題ないよねと今日は一般公開もあり忙しく立ち回っていた。
そして、自分の票は日菜子と蒼くんでこっそり投票しておいたのでそれで満足していたのがいけなかった。
お昼すぎ、休憩の為に控え室でお昼を食べていた私たち四人の元へ茜が駆け込んできた!
「みんな! 見た?!」
その問いがなんなのか分からず首をかしげる私たちに、茜がニッコリ笑って爆弾投下してくれた。
「ミス、ミスターコンテストの中間結果! ダントツで有紗と要くんが首位独走だよ!」
その言葉に食べていたご飯でむせて咳き込む私の背中を、隣にいた要くんが撫でてくれる。
「はぁ!? なんで私と要くん? 知名度的には日菜子と蒼くんだと思っていたのに!!」
私の叫びに、日菜子、茜、蒼くんがニヤニヤとした顔をしているので私はジトっと目で睨んで返せば蒼くんが言った。
「俺、サッカー部の面々に要が頑張っているから、有紗ちゃんとの後押しよろしく! て頼んでいたんだよな」
ドヤと胸を張って言う蒼くん、私の顔はピキピキと音を立てるごとく険しくなっていく。
「あ、私もね。テニス部の面々にうちの有紗と要をよろしくしておいたのよね」
「もちろん、家庭科部も」
日菜子と茜もサラリと言う。
まさか、身内が部活権力を駆使して票集めしているなんて……。予想外にも程がある。
私はブチッと何かのキレる音とともに、静かに一言口を開いた。
「日菜子、茜、蒼くん? ふ、ざ、け、る、な?」
その時私の顔を見た四人は、いつにない私の本気の怒りに顔色を一気に悪くした。
「私が目立つのが嫌いなのは知っているはずよね? 嫌がるのを分かっているのに。むしろ辞退する気だったのを断念したのも知っているくせに、どうしてそんなことをしたの?」
私の静かなままの一言一言に、四人は顔を見合わせてから要くんが口を開く。
「有紗、ごめん。俺知っていたけど止めなかった。ちょっと憧れていたんだよ。好きな子とこういうイベントで並べたら、良い思い出になると思っていたから……」
反省と、気恥しさがあるのだろう。
要くんは視線を下向きにしつつ言った。
「こんなこと言うと普段の俺とはかけ離れているだろ? だから都合良く周りに流されていた。有紗に嫌な思いさせるってところに考えが至らなかった。本当にごめん……」
普段はしっかり者で落ち着いている要くんも、年相応の男の子だったんだとこんな状況でやっと気づいた。
私との思い出だと思ってくれたこと。
じわりと怒りが溶けて胸が温かくなってくる。
「これ以上は広めないで。とりあえず参加しちゃっているものは仕方ないから、出た結果はちゃんと受け止めるから」
ため息混じりに返事をすれば、四人はホッと一息ついて肩の力を抜いた。
「普段怒らない有紗を怒らせちゃったね。本当にごめんなさい」
日菜子と蒼くん、茜も謝ってくれて。
とりあえずこの件はもう言わないことにした。
楽しいはずの文化祭、嫌な気持ちで過ごしたくないからね。
私は少し家庭科部を覗いたあとは、午後は自由時間になっていたのでいつものメンバー四人で校内を回っていた。
午後はメインステージの体育館で軽音楽部のライブがある。
今年はミスターコンテスト出場者がボーカルのバンドがあるので、体育館は人がいっぱいだった。
「ハルト!!」
ワーッと歓声があがり、バンドが登場した。
制服を着崩し、ちょっと軽い感じのメンバーが並ぶとボーカルとギターの子が掛け合いながらバンド紹介を始めた。
体育館の中のテンションがどんどん上がっていく。
そうして演奏が始まれば会場の空気が一気に湧いた。
コピーしている演奏だけれど、どのメンバーの演奏も上手く、ボーカルの声は力強くよく伸びる、耳に心地よい歌声。
聴かせてくる、バラードから一気にアップテンポのノリのいいナンバー。
どれも演奏して歌っているメンバーが楽しそうで、惹き込まれた。
「実は最後の曲はある人とセッションしたいんだ。人気の曲だからいきなり振っても受けてさえくれれば大丈夫だと思うんだよね」
そんな言葉を発した後、チラリと目線がこちらに向いて目が合うとニコッと笑って言った。
「ね、学園のマドンナ! 汐月有紗さん! ぜひ、ステージに上がってよ!」
なんで?!
驚いていると、このグループの前に演奏していた子が私を迎えに来る。
「先輩、お願いします。俺らは放課後の歌姫のファンなんですよ」
そんな、意味深なことを言う。
「放課後の歌姫?」
私の疑問に、彼は笑いながら言った。