それから、彼女とは時間がある度に会うようになった。
 紗希と僕の共通の話題は、もちろん絵画についてだった。話していくうちに、彼女は理論より、感情で絵を描くタイプだということがわかった。僕が理想の絵を語るとき、紗希はいつも、大きな瞳を更に大きくして真摯に耳を傾けてくれた。僕は何よりも、その事が嬉しかったんだと思う。
 紗希と過ごす時間は、いつの間にかかけがえのない時間へと変わっていった。氷が解けて水に変わり広がっていくように、僕の心も少しずつ形を変えていった。
 紗希の持つ真っ直ぐさに憧れを抱き始めたのもこの頃だ。 
 僕は元来、友好的な人間では決してない。高校を卒業するまで、親友と言える友人なんて一人もいなかった。いや、作らなかったのだ。厭世的な人間だったと思う。
「絵を描くことさえ出来ればいい」と心から思っていた。だが、それだけではどうしても越えられない壁があることにも気付いていた。
 紗希には、そんな僕の心さえも見透かされていたんだと思う。