僕はこれまでの人生で、他人とあまり関わってこなかった。彼女が声を掛けてくれたことは、僕の人生の中で大きな出来事になっていく。  
 始まりというものは、いつも突然やってくるものだ。しかし、終わりもまた突然やってくる。
 僕は今まで、何かを手に入れることをとても恐れて生きてきた。失う瞬間が怖いからだ。手に入れなければ、怖さを知るはずがない。
 でも、ほんの少しだけ変化が生まれた。彼女ともう一度、話がしたい。
 僕は一握りの勇気が欲しかった。
「こんな十八歳は今どきいないだろうな」と呟きながら歩いていると、彼女が一人で校舎を歩いていた。
 腰ほどまではある長い髪を、軽やかに揺らし、今にも飛び立ちそうな軽快な足どりで。
 そんな彼女を見た瞬間、ためらいよりもほんの少し早く「倉本さん」と声が出ていた。僕は声が上ずっていたことよりも、自分から他人に声を掛けたことに、何よりも驚いた。
 彼女は小走りで僕に近寄り、満面の笑みでこう言った。
「また、会えたね」
 彼女は、ただ、眩しかった。
「うん。また会えた」
 同じ学部だから顔を合わせることはあるはずだが、このタイミングで会えたことには偶然の中の必然めいたものを感じられずにはいられなかった。
「何してるの?」
「今、授業が終わったとこ。君にまた会いたいと思ってた」
 僕は自分が言った台詞を、五倍速で巻き戻して反芻した。何を言っているんだろう。
「嬉しい。私もそう思ってたわ」
 その台詞を十倍速で巻き戻して反芻した。自分が何を言ったか、彼女が何を言っているのか全く理解できず、思わず俯いて答えた。
「同じこと考えていたんだね」
「改めてよろしく。あなたのことをもっと教えて」
「うん」
 世界とは急速に変わるものだ。