紗希に折り返し電話をしたのは、父の話を聞いて、一週間が過ぎた頃だった。
「悠馬、何してたの? すごく心配したのよ。学校にも来ないで。また一人であれこれ考えていたんでしょう?」
 沙希は怒涛の勢いで言った。
「ごめん。いろいろ考えることがあって。ほんとにごめん」
「もういいわ。とにかく一度会いましょう」
「わかった。あの公園でいい?」
「いまから一時間後ね」
 紗希はそう言うと、先に電話を切った。
 僕はいつものくたびれたシャツを羽織り、駆け足で公園に向かった。
 紗希は相変わらず、一人だけ違う世界の住人のように、スポットライトが当たって輝いているように、僕には見えた。
 僕は声を掛けるのに、もう、迷いはなかった。
「ごめん。お待たせ」
「久しぶりね」
「伝えたいことがあって」
「なに?」
「一枚、絵を描こうと思ってる。その絵が完成したら、受け取って欲しいんだ。お願い出来るかな?」
「いいけど、何を描くの?」
「それは言えない」
「分かったわ。言いたいことはそれだけ?」
 紗希は少し拗ねたような口調で言った。
 僕は、
「そうだよ」
 と申し訳なさそうに言った。
「じゃあ、私からも一つ。もう隠しごとはしないで。思ったこと、感じたことは私に話して欲しい」
「分かった」
 僕はそう言ったが紗希の目を見ることが出来なかった。
 その後、他愛ない会話のやり取りが一時間ほど続き、僕たちは公園を後にした。
 紗希に別れの言葉をを告げ、帰り道で、僕は人生を振り返った。ずっと絵を描いてきた人生だった。短い人生でも全うすればいい。死が他人事でない僕には、死ですら一つの始まりのような気がしていた。