その日、久し振りに実家を訪れた。
 母の顔を見たくなったのと、父のことがど気になったままだったからだ。
 僕が育った家は、一番近くの店まで三十分はかかる。建物よりも、緑の方が多い場所にひっそりと立っている。築十八年の建物で、僕と同じ年齢だ。近くに学校があるせいか、夕暮れ時には子供たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。自然と微笑ましい気分になる。
 1LDKのフローリングで、部屋の至る所に美術品が呼応するように飾ってある。
 実家には僕の絵も飾ってある。
 二科展に入賞したときの絵が、リビングのテレビの上に堂々と飾ってあり、帰るたびに目につくのでなんだか気恥ずかしくなってしまう。
 母は絵と僕を見比べて目を細めて笑う。僕はそんな母を見て、また気恥ずかしくなる。
「今日はどうしたの?」
 母がキッチンでコーヒーを淹れながら、背中越しに問いかけた。
 僕は、
「父さんのことを知りたいんだ」
 と迷いない口調で言った。
 母は動揺したのか、一瞬だけ視線を逸らして答えた。
「そろそろ、話す時期なのかもね」
 観念したように、母は唇を少し噛んだ。
「聞かせてくれる?」
「わかったわ。父さんのこと話すから」
「ありがとう」
 淹れたコーヒーをダイニングテーブルの上に置き、母は語り出した。これから話す真実と共鳴するかのように、窓の外では雨が降り出した。
 僕はただ、鼓動を抑えるのに必死で、外の雨のことより部屋の中の静寂が気になって仕方がなかった。
 外の雨は次第に雨脚を強め、お互いの声を邪魔するほどになった。
 優しい目をして、母は語り始めた。